政治・経済

2018年6月30日 (土)

沖縄慰霊の日・平和の詩「生きる」

 最近は、体調の良くない日が続き、家で引きこもり生活をしています。
横になって過去の思い出に浸ったり、グダグダとつまらないことを考えたりしています。実に非生産的な生活です。

 ところで、6月23日は沖縄慰霊の日でしたね。私は、何となく横になってテレビで、慰霊式典を見ていました。中学3年生の読み上げる、平和の詩「生きる」で目が醒めました。中学生が書いたとは思えない、堂々とした詩で感動しました。
 まだ、読まれていない方のために、下手くそな解説ですが、抜粋で紹介してみます。 全文を確認したい方は、ネット上で簡単に検索できます。
    *******

  この詩は、「過去」、「現在」、「未来」の時間軸の上で展開されていきます。

 まず最初に、大切な「今」を生きる作者の気持ち、沖縄への愛が歌われます。

~♪ ………
私は今、生きている。

私の生きるこの島は、
何と美しい島だろう。
青く輝く海、
岩に打ち寄せしぶきを上げて光る波、
山羊の嘶き、
小川のせせらぎ、
畑に続く小道、
萌え出づる山の緑、
優しい三線の響き、
照りつける太陽の光。
私はなんと美しい島に、
生まれ育ったのだろう。
  ………
たまらなく込み上げるこの気持ちを
どう表現しよう。
大切な今よ
かけがえのない今よ
私の生きる、この今よ。 ♪~

 かけがえのない今を生きる作者の眼差しは、一転して、73年前の沖縄戦の悲劇へと向かいます。

~♪火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声、燃えつくされた民家、火薬の匂い。
着弾に揺れる大地。血に染まった海。 魑魅魍魎の如く、姿を変えた人々。
阿鼻叫喚の壮絶な戦の記憶。♪~

 彼女は、戦禍で亡くなった人々は、「日々の小さな幸せを喜び、手をとり合って生きてきた、私と同じ、人間だった。」ことを確認します。そして、死者たちと手を取り合い、共に生きることを誓うのです。
死者と共に生きるとは、どう生きることなのでしょうか?
彼女は次のように歌います。

~♪私は手を強く握り、誓う。 奪われた命に想いを馳せて、 心から、誓う。

こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。
もう二度と過去を未来にしないこと。
全ての人間が、国境を越え、人種を越え、宗教を越え、あらゆる利害を越えて、平和である世界を目指すこと。
生きる事、命を大切にできることを、 誰からも侵されない世界を創ること。
平和を創造する努力を、厭わないことを。♪~

 死者と共に生きるとは、「奪われた命に思いを馳せ、心から誓うこと」なのです。
そして、彼女は、今の時代を生きる人々に、共に生きることを訴えます。

~♪今を一緒に、生きているのだ。

だから、きっとわかるはずなんだ。 戦争の無意味さを。本当の平和を。
頭じゃなくて、その心で。
戦力という愚かな力を持つことで、 得られる平和など、本当は無いことを。
平和とは、あたり前に生きること。
その命を精一杯輝かせて生きることだということを。♪~

 死者と手をとりあい、今を生きる人々と共に、未来へと歩んでいこう。未来を生きるとは、未来へ繋がる今を生きることなのだ、と彼女は呼びかけます。

~♪私は、今を生きている。 みんなと一緒に。
そして、これからも生きていく。 一日一日を大切に。
平和を想って。平和を祈って。
なぜなら、未来は、 この瞬間の延長線上にあるからだ。
つまり、未来は、今なんだ。

これからも、共に生きてゆこう。
この青に囲まれた美しい故郷から。 真の平和を発進しよう。
一人一人が立ち上がって、 みんなで未来を歩んでいこう。  ♪~

  最後に、詩は次のように締めくくられます。

~♪摩文仁の丘の風に吹かれ、
私の命が鳴っている。
過去と現在、未来の共鳴。
鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。
命よ響け。生きゆく未来に。

私は今を、生きていく。♪~

      ******
  哀しみの過去に響き渡る命の鎮魂歌。生きゆく未来に届く命の響き。
「過去」、「現在」、「未来」の時間軸の上で展開される、壮大な命の共鳴。
「未来へ繋がる今を生きる…。私は今を、生きていく。」……。
  私は、最初はテレビの前で寝ころんでいましたが、いつの間にか起きあがって、正座してしまいました。私の心にも、十分に共鳴の波動が伝わってきました。

   下手くそな解説で申し訳ないですが、お薦めします。 では。

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2018年3月22日 (木)

伊勢崎賢治著「主権なき平和国家」感想

Keichitu18k801 伊勢崎賢治・布施祐仁著、「主権なき平和国家」(集英社)を読みましたので、お薦めの紹介と感想を書きます。
伊勢崎氏は、東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。
布施氏は、ジャーナリストで『平和新聞』編集長です。

 私が小学生の頃、富士演習場でジラードというアメリカ兵により、日本の主婦が射殺されました。世に言うジラード事件です。ジラードはたいした刑に問われることなく帰国しました。子どもながらに、今でもはっきりと記憶しています。
 私の故郷丹後半島に、関西唯一のアメリカ軍基地ができあがりました。
 沖縄では、殺人事件や婦女暴行事件、航空機の墜落事件、落下物事故が起きています。日本政府は、ほとんどまともな対応もせず、形ばかりの抗議や対策の申し入れをくり返しています。いったいこれは何なんでしょうか?

【日米地位協定とは?】
 この本は、以上のような疑問に答えてくれています。
日米安保体制は、次のような仕組みで出来上がっているのです。

★「日米安保条約」第6条=日本の安全と極東の平和を維持するため、日本に米軍基地を置くことができる。
運用は別個の協定及び合意による。⇒これが「日米地位協定」
 ↓
★「日米地位協定」
 2条=米軍が日本のどこにでも施設・区域の提供を求める権利   
 3条=提供された施設・区域内ではあらゆる管理権を行使する権利
 4条=返還の際は、原状回復、補償の義務が免除される権利
 5条=米軍の艦船・航空機は、日本国内に自由に出入りし、移動できる権利
 7条=日本の公共サービスを優先的に利用する権利
  ……
  17条=公務中の刑事事件では、米国に裁判権を行使する権利。身柄拘束されない。
  18条=損害補償、民事裁判権に関する免除を受ける権利
    ……
 25条=解釈や運用は、「日米合同委員会」で決める。
 ↓
★「日米合同委員会」=日米双方の合意が無い限り非公表

◎もう一度、流れをまとめてみます。
「日米安保条約」=米軍は日本に基地をおける。詳しくは「日米地位協定」で。
⇒「日米地位協定」=どこでも自由に使える。詳しい運用は「日米合同委員会」で。
⇒「日米合同委員会」=すべて非公開(秘密)。

  「米軍は、日本国民には秘密で自由に基地を使用できる。」なんと、恐るべし、日米安保体制です。これで日本は主権国家と言えるでしょうか?

【各国の地位協定との比較】
日米地位協定は、非常に曖昧な協定で、詳細な運用は、日米合同委員会で決められる形となっており、しかも、日米合同委員会の合意事項が非開示となっています。つまり、日米地位協定の本当の姿は、秘密の闇の中なのです。
 この本では、以上のことに加え、日米地位協定が他国の地位協定に比べても、不利な協定であるかを明らかにしてくれます。
 
 以下、項目を立てて、スペースのある限り紹介していきます。

【互恵性の無い日米地位協定】
 NATO地位協定で導入されているのが互恵性です。互恵性とは、相互に同じ特権を認め合うといことです。
 日米地位協定には、互恵性はありません。例えば、米兵は自由に出入国し、刑事免責特権が与えられていますが、自衛隊にはありません。アメリカで訓練する自衛隊は、普通の公用パスポートで入国し、公務中に交通事故を起こした場合、第一次裁判権は米側にあります。

【韓米地位協定は改定に成功】
 日米地位協定の運用では、殺人・強姦などの凶悪な事件の場合のみ起訴前の身柄の引き渡しが可能です。しかし、これはあくまでも運用上の好意的配慮によるものです。
 韓国では、相次ぐ強姦事件などで国民の怒りが爆発し、現在では12種の犯罪について、起訴前の身柄引き渡しが可能な合意がなされています。
 最初は日米地位協定よりも不利であった韓米地位協定は、改定と運用見直しに成功し、現在では日米地位協定よりも有利になっています。日本政府の姿勢が問われます。

 実績でみると、米兵による事件の起訴率は、強姦=26%(日本人は62%)、強制わいせつ=11%(日本人は58%)、窃盗=7%(日本人は45%)となっていて、日本では、米兵は起訴されにくい状態になっています。

【日本の警察権が、米軍に及ばない実態】
 少し前、沖縄でオスプレイが墜落しました。日本の警察は、手も足も出ませんでした。沖縄国際大学にヘリが墜落したときも、日本の捜査機関は指一本触れることもできませんでした。なぜこんなことになるのでしょう。
 理由は簡単です。日米地位協定合意記事録(17条について)によれば、日本は、基地内ばかりでなく、基地外についても、捜索・差し押さえなどの権利を実質的に放棄することを認めているのです。

【敗戦国のイタリアでは】
 アメリカと対等な同盟関係をもつイギリスでは、当然のことながら警察権の行使はイギリス側にあります。
 日本と同じような、第2次大戦の敗戦国イタリアではどうでしょうか。
イタリアでは、低空飛行訓練をした米軍機によりロープウェイが切断され、スキー客の死亡事件が起こりました。イタリアの検察は、関係している将校を起訴しました。イタリア政府は、米軍の最低飛行高度を600mに引き上げ、実質的に低空飛行訓練を禁止しました。イタリアにおける米軍の行動は、イタリアの法律の範囲に限られているのです。
 日本では、米軍の低空飛行訓練ルートが、非公表の内にいくつも設定されていることが明らかになっていますが、日本政府は黙認しています。

【この続きは、……】
 すべてを紹介するには、スペースが足りません。
 結論的にいえば、日本が他のアメリカの同盟国と違う点は、他の同盟国は自国の法律の範囲に米軍の活動が制限されているのに対し、日本では特別な取り決めがある場合を除き、自由な活動が認められているという点です。日本は主権を放棄した「従属国家」というべき状態にあるということです。  
 第5章では、日米地位協定改定案が提案されています。
 興味のある方は是非お読みください。

           ******
 伊勢崎氏と布施氏は、安全保障や憲法改定に向きあう考え方が違うようですが、日米地位協定の改正が、憲法改定の大前提という点では一致しているようです。
 日本の主権が十分確立していない中で、集団的自衛権の行使を容認する安保法が成立しました。このまま憲法を改定すれば、自衛隊はアメリカに従属する軍隊になることは明らかでしょう。
 憲法を問題とする前に、まず日米地位協定を改正し主権の回復が必要です。

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2018年3月 8日 (木)

橋本健二著「新・日本の階級社会」感想

Kaikyus_01   橋本健二著「新・日本の階級社会」(講談社現代新書)を読みました。著者の橋本氏は、早稲田大学人間科学学術院教授(社会学)です。
  では、簡単に内容を紹介させていただきます。(項目は私が勝手に設定)

  【階級という視点で格差社会を分析】
 日本で、「格差社会」という言葉がマスコミに登場してきて、30年が経とうとしています。今や日本で格差社会が進行していることは、誰の目にも明らかな状態となってきています。格差社会の実態を明らかにした著作は、溢れるほど出されています。
 しかし、「階級」という視点を持ち込んで、日本の階級構成を明らかにし、格差社会を分析した本は少ないです。
  その点でこの本は、私たち一般庶民が日本の社会構造を「階級」という概念を使い理解するのに役立つと思います。

 【階級とは】
 「階級」という用語に対して、「アカ」や「サヨク」の使う用語だとアレルギー症状を示される方は、もう少し社会科学の基礎的理解を身につけてから、この本に取り組むことをお薦めします。

 「階級」とは、生産手段の所有に係わる用語です。生産手段を私的所有している=資本家階級、生産手段を所有していない=労働者階級です。この二つの階級の間に、農民や自営業者などの中間階級(旧中間層)があります。
 資本主義の発展にともなって、労働者階級の中から、資本家が行っていた経営や開発、意志決定の一部を担い、資本家階級の仕事の一部を請け負うエリートたちが、成長してきます。これが新中間階級です。

 【著者の描く階級の構成】
  この本では、階級を四階級に分類する方法を採用しています。
★資本家階級
 ↓
★新中間階級……★旧中間階級
 ↓
★労働者階級

  ☆資本家階級=経営者・役員
 ☆新中間階級=被雇用の管理職・専門職・上級事務職
 ☆旧中間階級=自営業者・自営農民・家族従事者
 ☆労働者階級=単純事務職・販売職・サービス職・その他マニュアル労働者 非正規労働者(パート、アルバイト、派遣社員)

 【著者の利用した社会調査データ】
 本書で使用された社会調査データは、社会学を専門とする学者により、10年ごとに行われる「社会階層と社会移動全国調査」(SSM調査)と2016年首都圏調査データなどです。
 具体的なデータの詳細は本書を読んでいただくとして、以下に、著者の分析の重要な部分を紹介します。

 【巨大な下層階級の出現】
  著者が明らかにしたのは、「労働者階級に属する正規雇用の労働者は、長期不況にもかかわらず収入が安定し、貧困率も低下してきている一方で、巨大な下層階級が姿を現わしてきた」ということです。
著者の言葉を引用します。
  …………
 いま日本の社会では、格差拡大が進むとともに、巨大な下層階級が姿を現わした。その数はおよそ930万人で、就業人口の約15%を占め、急速に拡大しつつある。それは、次のような人々である。
 平均年収はわずか186万円で、貧困率は38・7%と高く、とくに女性では、貧困率がほぼ5割に達している。
 貧困と隣り合わせだけに、結婚して家族を形成することが難しい。男性では実に66・4%までが未婚で、配偶者がいるのはわずか25・7%である。女性では43・9%までが離死別を経験していて、このことが貧困の原因になっている。生活に満足している人の比率も、また自分を幸せだと考える人の比率も、きわだって低い。
 パート、派遣、臨時雇用など、身分の不安定な非正規雇用の労働者たちで、仕事の種類は、マニュアル職、販売職、サービス職が多い。平均労働時間はフルタイム労働者より1-2割少ないだけで、多くがフルタイム並みに働いている。
  労働者階級の内部に巨大な裂け目ができ、非正規労働者は取り残され、底辺へと沈んでいるのだ。
  格差が拡大するなか、正規労働者たちとは明らかに区別できるアンダークラスが誕生し、階級構造の重要な要素となるに至ったのである。
  ………

 著者は、このような社会を「新しい日本型階級社会」と名付けたのです。

 【なぜ格差は拡大したのか】
 なぜ格差は拡大したのでしょうか? 
 著者の言葉を引用します。
 …………
  ☆1970年代の終わりには、「一億総中流」という言説が流布し、あたかも格差や貧困の問題は日本からなくなったかのような幻想が振りまかれた。たしかに当時、現在に比べれば日本の格差は小さかったが、中小零細企業や零細な農家には依然として深刻な貧困があった。
 ☆1980年代に入ったころには格差は拡大し始めていた。しかし「一億総中流」という幻想のもと、格差拡大は放置され続けた。そればかりか、消費税の導入、高所得層の所得説率の引き下げなど、格差拡大を助長する税制の改変が行なわれた。

 ☆1990年代に入ると、一部の経済学者や社会学者が、格差は拡大していると指摘し始めた。しかし、これらはほとんど無視され、政府は逆に格差拡大を積極的に促進するような政策をとり始めた。財界人を中心とするメンバーで構成された経済戦略会議は、日本の社会は、「行き過ぎた平等社会」だと根拠もなく断じ、富裕層減税と低所得者の増税を提言し、これが実行に移された。
 ☆2004年、小泉政権下で規制緩和が進み、派遣労働が原則自由化され、非正規労働者は激増し、巨大なアンダークラスの出現へと至るのである。
 ………

 現在、非正規雇用は全労働者の4割を超える事態となっています。さらに今、国会では働き方改革と呼ばれる長時間労働を可能とする法案が審議されています。

 【分断される労働者階級】
  巨大なアンダークラスの出現により、労働者階級は正規雇用労働者とアンダークラスに分解を始めたのです。
 その結果、従来の4階級ではなく、資本家階級、新中間階級、旧中間階級、労働者階級、アンダークラスの5階級で捉えなければならない状態になっているのです。
 被雇用者は、新中間階級と労働者階級、アンダークラスに三分され、放っておくと三者間で激しい利害対立が起きるかもしれません。労働者階級が、アンダークラスを搾取する側になる危険もあるのです。
 
  【女たちの階級社会】
 この本の第5章では、女性たちを、本人の階級所属、夫の有無と夫の階級所属などにもとづいて、17のグループに分けて、格差と政治意識について分析しています。
女性は男性とは違った仕方で、階級社会を経験しているのです。
  この章は、特に興味がありました。

  【この続きは…】
 長くなり、スペースがなくなりました。
この後、「第6章:格差をめぐる対立の構図」では、各階級の政治意識、格差意識などが分析されます。
「第7章:より平等な社会」では、現状を変えるための方策が提案されています。
  著者のことばです。
「格差拡大の事実を認めるか否か。格差拡大を是正すべきと考えるか否か。
 貧困を自己責任として切り捨てるか否か。これらは、現代日本における階級対立の主要な争点である。」
「現状を変えるために必要なのは、格差縮小を一致点として、アンダークラス、主婦、旧中間階級、そして新中間階級と労働者階級のなかのリベラル派の支持を、一手に集めることができるような政治勢力を形成することだ。」
  ********
 最後の方、少しスペースが無くなり、尻切れトンボになりましたが、この本、お薦めします。興味を持たれた方はどうぞ。

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2018年2月14日 (水)

大河ドラマと歴史認識で一言

Saigo NHK大河ドラマ、林真理子原作の「西郷どん」始まりましたね。どんな西郷像が描かれるのか楽しみにしている方も多いと思います。
  しかし、歴史小説や大河ドラマを楽しむときには注意が必要です。ドラマを歴史的事実と勘違いしてしまう人が多いのです。これにより、歪んだ歴史観を持ってしまう人が少なからずいます。これについて、私の意見を少し書いてみます。

  【司馬遼太郎・坂の上の雲】
 日本人の歴史認識に大きな影響を与えた作家に、司馬遼太郎がいます。
 司馬遼太郎は、~ まことに小さな国が、開化期をむかえようとしている。~という書き出しで始まる代表作「坂の上の雲」で、明治の時代を、極東の小国日本が世界に通用する近代国家となっていく栄光の時代として描きました。
 確かに明治維新は、日本史上の大きな変革であったことは間違いないですが、歴史には、いつも明と暗があります。明治維新から始まる時代を栄光の時代と一面的に評価するのは、実証的な歴史学からすれば問題が大き過ぎます。

 【明治維新の歴史的評価は確定していません】
 明治維新を歴史学的にどう評価するかは、研究者により様々な見方があり、確定しているとは言えません。
  例えば、私たち世代は、歴史教科書で明治維新=1868年と習いましたが、今の教科書では、「明治維新=近代的国家を確立していく過程」として教えられています。しかも、明治維新がいつ始まり、いつ終わったか定説はありません。始まりを天保年間にとる研究者もいれば、黒船来航にとる研究者もいます。
終わりについては、「廃藩置県」、「西南戦争」、「明治憲法」などの説があります。
明治維新の期間についてさえ様々な意見がある状態です。
  明治維新は、民主主義的な性格をもった革命であると主張する研究者もあれば、絶対主義的な天皇制の成立だとする研究者もいます。
このように、明治維新=栄光の時代という評価は、感覚的な一面的評価と言えます。

 【歴史認識に歪みが…】
 時代小説や大河ドラマにより、知らず知らずのうちに、感覚的で一面的な歴史的評価が刷り込まれることはよくあることです。
 明治維新は素晴らしいと一面的に評価してしまうと、歴史認識にも様々な歪みが生じてきます。その思考過程を単純化すると、次のようになります。

 ★明治維新は栄光の時代→明治維新を実現したのは薩長同盟→薩長同盟を作り上げた維新の志士は素晴らしい→吉田松陰や西郷隆盛、坂本龍馬は偉い

  維新の志士が、史実以上に高く評価されるというが起こっています。坂本龍馬が実際の歴史的役割以上に高い評価を受けているのも、司馬氏の小説によるところが大きいです。坂本龍馬については、次の教科書改訂では削除されることになっています。
 薩長同盟についても様々な評価があります。また、維新の中心だった士族階級の働きに注目がゆき過ぎて、武士道などをやたら賞賛する人もいます。
  1873年の「地租改正」では、地価の3%という過酷な税が義務づけられ、払えない農民は小作人に転落し格差が拡大しました。農民による一揆も各地で頻発しました。
 士族階級の動きばかりでなく、農民や商人の動きも視野に入れて、明も暗もある歴史を見ていく必要があります。

 【その後の歴史認識にも歪みが…】
 明治維新は栄光の時代という一面的時代認識は、次に続く時代の認識にも歪みをもたらしていきます。大胆にその思考過程を単純化してみます。

 ★栄光の明治維新=アジアでいち早く近代化を成し遂げ富国強兵の国家づくりを成功させ→列強の植民地化をはね返し日清・日露戦争に勝利し→韓国を植民地化することに成功し→さらに中国大陸へと進出し→列強に肩を列べるまでになった:この時代は帝国主義の時代であり植民地を広げるのは当然のことである。日本は欧米列強のやっていることを後追いしただけであり非難されるものではない→ABCDラインにより経済封鎖を受け→やむを得ず太平洋戦争を始めた→敗戦→東京裁判は勝者による裁きであり不当である

 明治維新は栄光の時代という時代認識を出発点にして、歴史をこのような形で展開している人たちが少なからずいます。
 日清戦争中の朝鮮王宮占領事件。日清戦争後に引き起こされた朝鮮王妃(閔妃)殺害事件。朝鮮の農民が抗日で立ち上がった第2次甲午農民戦争では、日本軍は数万の人々を殺害しました。
 明治の朝鮮半島への進出が、栄光に満ちたものどころか、朝鮮半島を踏み台にして策謀と殺戮に満ちた帝国主義の階段を駆け上がる最初の時代だったのです。
 また、アジアで二千数百万人の犠牲者が出た戦争とはいったい何だったのでしょうか。『日本は侵略戦争はしていない。歴史的に正当である。』こういう主張は、歴史修正主義と呼ばれています。
  大河ドラマや歴史小説から、なんとなく歴史を理解した気分になると、いつの間にか歴史修正主義に取り込まれていくレールが引かれているのです。

 【明治150年】
  今年は、明治改元(1868年)から150年目に当たるため、「明治150年」を謳ったイベントが数多く準備されています。近代国家の成立に尽力した明治維新の偉業を称え、明治を礼賛しようというわけです。
 かって、佐藤栄作首相の下で、明治百年記念式典が行われました。この時も、明治賛美・近代化賛美が展開されていました。
一面的な明治礼賛は、歴史認識を歪める入り口です。
明も暗もある歴史的事実に向きあう必要があります。

 【定まらない西郷の評価】
 明治150年の今年、大河ドラマ「西郷どん」が始まりました。
「西郷は市民平等を基本とする民主的な社会を目指したのか、士族の権益をあくまでも守ろうとしたのか」。「大度量の人だったのか、狭量の人だったのか」。西郷への評価は、時代により、また立場の違いや歴史観の違いにより定まっていません。
 定まっていないからこそ、様々に描くことが可能です。林真理子「西郷どん」は、果たして何を描くのでしょうか。
  今回の「西郷どん」で時代考証を担当されている原口泉氏の「西郷隆盛はどう語られてきたか」(新潮文庫)は、具体的資料に基づき、各時代で様々な人から、西郷がどう語られてきたかを俯瞰的に述べていて面白かったです。お薦めします。
 ドラマはドラマとして楽しむことは良いことですが、西郷隆盛礼賛、明治礼賛の一面的歴史観に流されないことが大切だと思います。

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2018年1月19日 (金)

中室牧子著「学力の経済学」感想

Shoukan2018501  中室牧子著「学力の経済学」(ディスカバー・トゥエンティーワン)を、図書館で見つけて読みました。教育経済学という学問分野があることも初めて知りました。
 この本は、2年前、ベストセラー(30万部)だったそうです。

 中室牧子氏は、慶応大学準教授、教育経済学の専門家ということです。
 教育経済学は、教育政策の費用対効果を統計的に分析・評価するもので、統計データや教育実験などの科学的根拠に基づいて行われます。

 最初は面白くて引き込まれ、笑いながら読み進みましたが、途中で目が醒めて、この本のおかしさに気付きました。
 では、内容を紹介してみます。

  <第2章より>
  ★子どもをご褒美で釣ってはいけないのか?
 子どもを「ご褒美」で釣ってはいけないのか? こんな疑問は、興味がありますね。 ハーバード大のフライヤー教授の教育実験の結果は、「効果あり」です。
 「よい成績を取ればご褒美」というアウトプットにご褒美を与えるより、「本を1冊読めばご褒美」とか「宿題をすればご褒美」というように、具体的なインプットにご褒美を与える方が、結果として効果が大きいそうです。どうしたら良い成績が取れるのか、具体的方法は子どもには分からないですから…。 納得ですね。

 この本は、こんな調子で様々の教育課題に対して、教育経済学の研究を紹介しながら答えを紹介しています。面白そうなものを取り出してみます。

  ★「頭がいいのね」と「よくがんばったね」は、どちらが効果的か?
 答えは、「よくがんばったね」です。「能力を褒めることは、子どものやる気を蝕む」という、教育実験の結果をまとめた論文があるそうです。

 ★テレビやゲームは子どもに悪影響を及ぼすか?
 答えは、「ほとんど影響はない」です。テレビやゲームを禁止しても、学習時間はほとんど増えないということです。
 「勉強しなさい」も、効果はないそうです。逆効果の場合もあるそうです。

 ★「友だち」が学力に与える影響は?
 ・学力の高い友だちの中にいると、プラスの影響がある。
 ・レベルの高すぎるグループに無理矢理入れると逆効果になる可能性がある。
 ・問題児の存在は、学級全体に負の効果を与える。
 ・飲酒、喫煙、暴力などの反社会的行為は、友人からの影響を受けやすい。
  ということです。

 ★教育にはいつ投資すべきか?
  教育を投資と考えるならば、最も収益率が高いのは、幼児教育ということです。
  これは、ペリー幼稚園を舞台に行われた大規模な教育実験の結果だそうです。

  <第3章より>
  ペリー幼稚園での幼児教育プログラムの研究より明らかになったことは、意欲、忍耐力、自制心といった「非認知能力」が、将来の年収、学歴や就業などの労働市場における成果に大きく影響をするということです。
  「非認知能力」への投資も非常に重要ということです。 なるほど。

 <第4章より>
 ★少人数学級は効果があるか?
  著者の結論は、「少人数学級は学力を上昇させる因果効果はあるものの、他の政策と比較すると費用対効果は低い政策である」です。
  この結論の根拠になった論文は、慶應義塾大学の赤林教授の研究です。
 研究方法は→40人学級の学校に転校生があると、学級は20人規模の少人数学級が突然誕生します。この突然生じた少人数学級の学力が上昇するか調べるものです。
  結果は、学力の上昇は見られなかったということです。
 著者は結論づけます。
「少人数学級になるときめの細かい指導ができるなどと考えることは、根拠のない期待や思いこみ。こんなことに財政支出するのは危険!」  ウーン!! ちょっと待て!

  何か、この辺まで来ると目が醒めてきますね。
  こんなデータから、少人数学級を否定されてはたままりませんね。教科書も教材も同じで、指導方法も一斉講義方式の授業では、成果が出ないのも当然です。

 少人数学級が、全国一斉で始まるとすれば、指導方法や教材が劇的に変化します。また、変化させなければいけないです。
 OECDの統計で見れば、欧米では学級規模は30人以下が普通となっています。日本は、大規模学級を指導し、勤務時間も長くなっています。
 日本では、大規模学級での一斉講義方式の授業が一般的となっています。学級規模が小さくなれば、生徒が参加できる授業づくりが進むことはまちがいないです。大声で命令口調で喋る日本の教師の特徴も変化するかも知れませんね。

 また、学級規模の縮小は、今や重要な課題です。私が教師になった頃に比べると、現在では教師に求められる課題は、複雑で多様化してきています。
 昔であれば、「やりにくい子」、「できない子」、「落ち着きのない子」などと、一括りにされていた生徒も、実は、様々な発達の課題を持っていることが、心理学の研究が進み科学的に明らかにされてきています。家庭内での虐待や不登校の生徒、食物アレルギーをもった生徒などへも、以前より遙かにきめ細かな指導が求められています。
 成績が上がるかどうかというアウトプットだけを見て、効果が少ないから少人数学級を否定する、これは暴論に近いでしょう。

  <第5章より>
 第5章に入ると、著者のパワーはますます炸裂してきます。
 【いい先生とは?】
  ★いい先生とは、学力を上げられる教師である。
 ★いい先生を作るためには、成果が出ればボーナスを増やすより、成果が出なければボーナスを削る仕組みの方が有効である。
  ★なるべく能力の高い人に教員になってもらうためには、教員免許制度を無くすことである。
  点数の向上というアウトプットだけで、教師を評価しようなどとは、もうついて行けませんね。この辺まで来ると、教育経済学なるものは適用を誤れば危険なものであると思わざるを得ませんね。

 著者は言います。
「現在の日本経済の状況を考えると、学校の教員を1人増やすには警察官や消防士を1人減らさないといけないし、学校を新しく建てるには、病院を新しく作ることをあきらめなければいけない。」
  教育にお金をかければ、なぜ、警察官や消防士を減らしたり、病院を減らさねばいけないのでしょうか? 
 戦闘機の購入やイージスァショアの導入よりも、教育への投資を増やすことは意味がないのでしょうか? その政策の選択は誰が決めるのでしょうね。
 そこまでして、OECD諸国の中で、GDPに占める教育予算が最低の国を維持し続ける必要があるのでしょうか?
  2013年の統計で見ると、日本の国内総生産(GDP)に占める教育機関への公的支出の割合は前年と同じ3.6%で、OECD加盟国中最下位。最下位は4年連続!
  著者は、政府の教育政策に影響のある委員を兼職されているようです。また、労働者派遣業で稼ぐパソナグループ会長・竹中平蔵氏の慶応時代のお弟子さんとか。納得!

 最初は笑って、後は気持ち悪くなる本でした。面白い内容もあるものの、お薦め度は半分以下かな?  では。また。

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2018年1月 9日 (火)

サローヤン著「ヒューマンコメディー」

Saroyan_01_3  アルメニア系移民二世のアメリカ作家、ウィリアム・サローヤン著「ヒューマンコメディー」(光文社古典新訳文庫・小川敏子訳)を読みましたので、拙い感想を書かせていただきます。
 新春読書第一冊目です。体調も悪く、小説も苦手ときているので、集中力を持続させるのに苦労しました。先ずは、簡単に内容の紹介から。

物語の舞台は、第2次大戦下のカリフォルニア州イサカという静かな田舎町。
  主人公のホーマー・マコーリーは、ハイスクールに通う14歳。電報配達人のアルバイトをして家計を助けています。父は、二年前に死亡。兄のマーカスは、戦地へ出征中。母親は趣味のハープを、大学生の姉のベスはピアノを弾きます。弟のユリシーズは、好奇心旺盛な四歳。家族みんなで、力を合わせて家庭を守っています。

  【ユリシーズ】
  物語は、弟のユリシーズの記述から始まります。好奇心旺盛なユリシーズは、人々を乗せた汽車に向かって手を振ります。黒人の兵士が手を振って応えてくれます。「故郷に帰るんだよ。自分の場所に!」と…。この言葉が不思議にユリシーズの幼い心を捉えます。「戦争」、「帰郷」、「共生」、「子どもたちの成長」。この小説の底流となるテーマが暗示的に提示されます。
  この後、この家族と町の人々との交流が、涙と笑いの物語として断章的に描かれてゆきます。この作品の雰囲気が伝わるように、いくつかの物語を切り出してみます。(タイトルは、私が勝手につけました。スミマセン)

  【電報配達の仕事】
   ホーマーはハイスクールに通いながら家計の助けに、自転車で電報を配達するアルバイトをしています。局長スパングラーとアルコール中毒気味の老いた電信士グローガンとの心温まる付き合いが語られます。
 イサカの街にも陸軍省から、出征兵士の戦死を伝える電報が次々に届きます。そのたびに、ホーマーは配達先で、悲しみに打ちひしがれる家族の姿を見ることになります。
「あなたみたいな子が、悪い知らせを届けにくるはずがないわ」と言いながら、哀しみを押さえ、ホーマーを抱きしめる、息子を失った母親。ホーマーは、残されたものの哀しみや生と死について悩み、苦しみます。
  このようにしてホーマーは、人として成長していくのです。

 【古代史のヒックス先生】
  ホーマーが通う学校で古代史を教えるヒックス先生は、人としてアメリカ人として、どうあるべきかについて語ります。
  「……問題は人間性です。人として温かさがあるかどうか。真実を学び胸を張って生きる、短所も長所も自分の一部として受け入れる。……私達は古代史からそれを学ぼうとしています。」と…。
 陸上部の監督に反抗した貧しいイタリア移民の生徒に対し、監督は「イタ公!」と罵倒します。ヒックス先生は、それは間違っていると、監督に謝罪することを毅然と要求します。謝罪は要らないと、暴力で仕返しをしようとする生徒に対しても、監督がアメリカ人としてやり直すために、謝罪の機会を与えるよう説得します。
 移民国家であるアメリカ人が持たなければならない「教養」である、「寛容」と「共生」の精神の大切さが、成長していく子どもたちに示されるのです。

 【子どもたちの成長】  
  杏の実を盗もうとする、いたずら好き少年グループ。幼いユリシーズも見習い役として参加しています。木の持ち主に見つかり逃げ出す子どもたち。怒った振りをしながらも、必死に逃げる子どもたちを見ながら、笑みを浮かべる木の持ち主。
 大人たちに見守られながら、成長していく子どもたちの姿か微笑ましい。

 【強盗事件】
 ホーマーの勤務する電報局に、まだ年の若い強盗が入ります。強盗に対して、局長のスパングラーは売上金を差し出し、それをもって故郷に帰郷するよう諭します。強盗は、「この世で堕落していない人物がひとりでも見つかったら、おれは堕落せずにすむ、人を信じられる、生きていける」と、自分の行為を思い直し、なにも盗らずに故郷へと向かっていきます。

 【最後の電報】
 アル中気味の老電信士のグローガン。愛や希望、苦しみ、死のメッセージを電報の文字にしてきましたが、最後の時を迎えます。彼が受け取った最後の電報は、ホーマーの兄・マーカスの死を知らせるものでした。ホーマーは、皮肉にも、愛すべき兄の死を知らせる電報を届ける運命に直面するのです。
 ホーマーに、言い知れぬ憎しみが湧き上がってくるのですが、それをどうすることもできません。局長のスパングラーは、「憎むべき敵は、おそらく人間ではない。人を憎めば、結局自分自身を憎むことと同じだ。……」と諭します。

  【戦友のトビー】
  兄の死により悲しみにくれるホーマーの家に、兄マーカスの戦友トビーが訪ねてきます。マーカスからイサカの話を聞かされていたトビーは、イサカに暮らすためにやって来たのでした。家の中に招き入れられる場面で、この物語は終わります。

   *******
  この作品の背景をなしているのは、アメリカの精神的支柱であるキリスト教(プロテスタント)の精神です。それが、古代史のヒックス先生の言葉や局長スパングラーの愛の言葉として語られています。
 移民の国であるアメリカは、それぞれの民族の多様性を受け入れ、「共生」すること無しには成り立たないのです。人として、相互の愛と信頼に基づかなければ、社会は分断されてしまうのです。

 この作品が書かれたのは1943年。第2次大戦の真っ只中で、戦争遂行のための国威発揚プロパガンダが溢れる中で書かれました。主人公の名前がホーマーであることからも、戦時下での家族の物語です。出征した人は皆、生者も死者もhomeに帰郷しなければならないのです。作品の中に「帰郷」という言葉が、いくつも埋め込まれています。
 この作品からは、著者の戦争に対するメッセージが聞こえてきます。

 「私たちは、憎しみのために戦ってはいけない。憎むべき敵を打ち倒すことが戦争の目標であってはならない。……」
 「戦争によって危うくさせられるのは、いつもhome なのだ。人々にとって戦争とは、戦うことではなく、homeへの『帰郷』を目指すものである。と……。」

 この作品は、戦時下という時代状況から考えると、ヒューマニズムにもとづく、反戦的作品と読むことも可能です。

 戦時下、日本はどうだったのでしょうか。
 天皇を頂点とする軍国主義支配。血縁にもとづく家父長的家族制度は、軍国主義国家を下支えする基礎単位でした。武士道精神、大和魂、神国日本、八紘一宇など、日本賛美、日本中心主義的な精神が語られていました。「鬼畜米英!」が叫ばれ、また中国、朝鮮に対する民族差別的意識もかき立てられていました。国民は国のために命を投げ出し、戦死者の帰る場所はhomeではなく、靖国神社だったのです。
  現代の日本でも、拝外主義的主張をする人々がいます。なぜか同じ人が、家族の大切さを説いています。閉鎖的家族主義は排外主義と親和性があるようです。

  「憎しみのために戦ってはいけない。戦争によって危うくさせられるのは、いつもhome なのだ。」
 これが、サローヤンから私の受け取ったメッセージです。間違っているかも知れません。 お薦めします。 では。また。

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2017年12月14日 (木)

原爆死の真実・紹介と感想

 NHKスペシャル取材班著「原爆死の真実」(岩波書店)を読みましたので、内容の紹介と感想を書かせていただきます。この本は、2015年8月6日に放映されたNHKスペシャル「きのこ雲の下で何が起きていたのか」を書籍化したものです。証言者を捜し、事実を丹念に追っていく圧倒的な取材力に驚かされます。お薦めします。

 【出発は2枚の写真】
 下に掲げた2枚の写真。原爆に係わる写真といえば、郊外で写したきのこ雲の写真や数日後に写された写真は残されていますが、被爆3時間後の街の中の様子を写したものは、この2枚の写真が唯一の写真です。
  この写真を撮ったのは、中国新聞社のカメラマン・松重美人氏。涙でファインダーが曇る中で、シャッターを二度だけ押したのです。その後、松重氏は、市内の中心部に足を踏み入れ、焼けた路面電車を見つけます。ステップに足を掛け中を覗いた彼は、数十人の凄惨な死体が折り重なる光景に、恐怖と申し訳なさを感じ、二度とシャッターを押すことはできなかった、と手記に書き残しています。
  このような状況下で、この2枚の貴重な写真だけが残されたのです。

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  【撮影場所は御幸(みゆき)橋】
 発生した大火災に追われた人々は、先ず大きな通りへ出た後、橋を渡ることになります。南東方面に逃げた人々は、この御幸橋を目ざしたのです。火の手は川で遮断されます。御幸橋は、まさに「壊滅地帯」の出口であり、「生と死の境界点」だったのです。
 取材班は、この御幸橋の写真に写っている人を捜し、証言を集め、いったいこの写真に写し出された光景は、どんなものだったのかを明らかにしていきます。

 【セーラー服の女学生】
 左側の写真で、一番手前にセーラー服を着た女学生らしい女性が写っています。
この女性は、当時13歳。過去に、写真に写っているのは自分であると名乗りでたが、メディアの取材に深く心が傷つき、以後メディアの取材は避けてきました。NHK取材班の丁寧な何回かの取材の結果、ようやく重い口を開いたのでした。
 セーラー服は従姉妹からもらったもの。勤労動員の最中に被爆し、友達と逃げてきたこと、硝子の破片を浴びて大けがをしていることなど被爆時の詳細が証言されます。
 この写真に写っている光景で、忘れられないことは?との質問に、衝撃的な回答が返ってきます。右の写真で、中央少し右に、全身が黒い女性が写っています。(足が少し曲がった女性です。)この女性は何か黒いものを抱いています。これは、「黒こげになった赤ちゃんを抱いていた…。」  ………。

 【日本被団協の坪井直さん】
 右の方の写真では、橋の欄干に沿って人々が座り込んでいるのが写っています。
この列の中に、後の日本被団協の坪井直さんもいたのです。みんな痛みのために立っていることができず、座り込んでいたのだそうです。坐ることもできず倒れた人の「水」、「助けて」、「お母さん」といった声が聞こえていたそうです。
 立っている人たちは、何をしていたのでしょう。足元に四角い箱のようなものが写っています。これは、菜種油の入った一斗缶で、みんなは火傷の上に油を塗っていたのだそうです。坪井さんの証言はなおも続きます。………。

 【垂れ下がる皮膚とフラッシュ・バーン】
 左の写真のやや右側に、服がボロボロの女性が写っていいます。専門家は、これは服ではなく皮膚であると指摘します。熱傷について研究するこの専門家は、フラッシュバーンという、人間にとって最高度の痛みを与える熱傷のメカニズムを明らかにします。
  フラッシュバーンとは、強烈な光線により、皮膚の下の血液などの液体が一瞬に沸騰する熱傷のことです。表皮がはがれることにより、痛覚神経が刺激され続け、最高度の苦痛を与えるのです。原爆は、放射線、熱線、爆風、火災による複合的な大破壊をもたらします。そして、人に必要以上の苦痛を与える非人道兵器なのです。
 左の写真の右端に写っている人も、手をだらりと下げていて、フラッシュバーンの火傷を負っていると考えられます。火傷により体の表面から急速に水分が失われます。そのため、異常な喉の渇きに襲われ、みんな水を求めていたのです。「水」、「水」という声が溢れていたと、証言者は述べています。……。 

【この続きは……】
 こんな調子で内容を紹介していくと、スペースが足りませんね。私の下手くそな説明を読んでいるよりは、本を読んでいただく方が早いですね。
 私は、過去に何度もこの2枚の写真を見ています。しかし、この写真に写し出されているものが、いったい何であるのか、ここまで深く考えたことはありません。ただ何となく、悲惨な広島の被爆写真としてしか見ていませんでした。猛反省です。
   この本、お薦めします。
      ******
  国連会議で、122カ国という圧倒的多数で「核兵器禁止条約」が採択されました。唯一の被爆国である日本は、この条約に棄権の態度をとっていましたが、今回、明確な反対を表明して議場から退席しました。情けない限りです。
 「日本はアメリカの核の傘に守られている」。これが理由です。しかし、アメリカが北朝鮮に対し軍事的選択肢をとれば、日本が核攻撃を受けるかも知れない事態となっています。アメリカは、軍事的な選択肢を含めすべての選択肢を用意していると言い、日本政府はそれを全面的に支持していると宣言しています。話し合いは不要、必要なのは圧力。これは、国民を危険にさらす余りにも酷い発言でしょう。
 ここに来て、アメリカの核の傘で守られているという、アメリカに従属した安全保障体制は、大きな問題があることが明らかになってきたと思います。本当は、守られていたのではなく、アメリカの戦争政策に追随していただけのこと……。
  戦後70年が経ちました。今こそ悲惨な戦争の原点に立ち帰って、アメリカに従属しない、日本独自の安全保障体制を構想する段階に来ているようです。

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2017年12月 5日 (火)

悪魔のティティヴィルスの話

Chuseini  今回は、中世ヨーロッパで目撃された悪魔のティティヴィルスの話です。

 この悪魔は、アイリーン・パウワー著「中世を生きる人々」(東京大学出版会)という本の中に登場しています。まずは、この本の紹介から。

  著者のアイリーン・パウアは、イギリスの中世史家です。この本は、中世のヨーロッパ社会に生きた無名の人々の姿を描いたもので、6人の人物が登場しますが、13世紀の旅行家マルコ・ポーロ以外は、まったく普通のありふれた人物です。農夫、尼僧院長、パリの主婦、羊毛商人、毛織物の織元の6人を通して、中世ヨーロッパの本音の人間生活が活き活きと描かれています。
 私たちは、中世ヨーロッパと聞けば、神聖な祈りに満ちた世界、魔女狩りや封建的因習に満ちた暗黒社会、アーサー王や騎士の恋物語などを思い浮かべますが、実際の生活がどんなだったかは、ほとんど知りません。
 人間社会ではいつの時代でも、法律や支配の抜け穴をチャッカリと生き抜く人々がいたり、欲望や喜怒哀楽に動かされながら生活する人間臭い人々がいるものです。中世のヨーロッパ社会も同じであることを、この本は教えてくれます。

  さて、悪魔のティティヴィルスの話は、第3章「マダム・エグランティーン」に出てきます。尼僧院長のエグランティーンの生活を描くことにより、中世の修道院の実態が明らかにされていきます。
  修道院といえば、禁欲的で厳粛な雰囲気を想像しますが、実際は必ずしもそうではなかったようです。
  「祈祷は空虚な形式と化し、信仰の念は薄らぎ、時には恥ずかしいほど冒涜的な態度でそそくさとすまされた。余りにもきまりきった日課が、もたらす当然の反動であった。……中世後期の修道院において時間不励行の罪はごく普通のことだった。…祈祷の間にくすくす笑い、ふざけ、喧嘩をし、下の席でうたっている人の剃った頭に上の席からあつい蝋燭の蝋を落とした。……」
 「祈祷の言葉をとばし読みする者、もぐもぐと誤魔化す者、いい加減に急ぐ者、神聖な聖歌を歌う時、ぶらぶらする者、とびはねる者。」 こんなような状況だったので、悪の父はティティヴィルスという悪魔を傭うことにしたのです。

  信仰心の深い人には、しばしばティティヴィルスは目撃されていました。長い大きな袋を首のまわりにぶら下げ、みすぼらしい姿で尼僧席の周りをウロウロしながら、不誠実な言葉を袋に集めるのです。
  修道院長に見つかり、問いつめられたティティヴィルスは答えます。
  「毎日あなた方の修道院で読んだり歌ったりする時にできる失敗、怠慢、言葉のきれはしなどを千袋ずつ主人の所に持っていかねばなりません。そうしないとひどくぶたれるのです。」
 彼は、神のためではなく自己の虚栄のために歌うテナー歌手の歌も、人々のつまらない噂話なども袋に詰めていたそうです。
 ティティヴィルスを傭った悪の父も、さぞかし満足だったことでしょう。
 
 中世ばかりでなくいつの時代も、人間は不誠実な言葉やいい加減な言葉を吐き続けています。堕落した言葉を拾い集めなければならないティティヴィルスの仕事は、際限もなく続いています。哀れなティティヴィルスに同情、いや共感してしまいます。
 宗教改革前夜の中世に目撃されたという悪魔のティティヴィルスの話、何か深く印象に残ります。
   ……………
 悪魔のティティヴィルスのその後について、この本には記述はありませんが、中世の修道院以上に堕落した現代の日本では、悪魔のティティヴィルスは忙しく働いているに違いありません。特に不実な言葉が飛び交う永田町と呼ばれる界隈では……。
 今の日本ほど、堕落した言葉が溢れ、言葉が意味を失っている時代はありません。
「丁寧な説明」とは、なにも説明しないことであり、
「働き方改革」とは、残業代を払わずに、非正規で一生働かせることであり、
「1億総活躍」とは、老人も病人も低福祉で働き続けろ、という意味です。
「人づくり革命」とは、人を潰す政策を隠すための言葉です。
「危機突破」とは、危機を振りまくことでした。
「忖度する言葉」。流行語大賞です。人を堕落させる言葉ですね。

 東京都庁方面で、ティティヴィルスを見たという噂もあります。
「東京大改革」、「日本をリセット」、「改革の一丁目一番地」。この空虚な言葉をティティヴィルスが見逃すはずはありませんね。
 現代のティティヴィルスは、どんな姿をしているんでしょうね。
 私も目撃したいものです。
  悪魔のティティヴィルスの話でした。 「中世を生きる人々」お薦めします。

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2017年11月 6日 (月)

憲法改定にどう向き合うか②

「憲法改定にどう向き合うか①」の続きです。 ①は→ こちら
  戦後史を俯瞰しながら、自衛隊の指揮権問題を中心に戦後史をみていきます。

 【自衛隊の指揮権~旧安保体制下では】
 朝鮮戦争下、サンフランシスコ講和条約が結ばれ日本は独立します。しかし、ほぼ同時に、旧安保条約が締結され、アメリカの占領的状態が継続されました。
 アメリカは、後方支援のため再軍備を要請し、警察予備隊が結成され、これが後に自衛隊となります。
  旧安保条約に基づき、アメリカ軍の日本における地位を定めた『日米行政協定』の交渉が行われます。アメリカ側の示した『日米行政協定』原案の第14条では、「日本の軍隊はアメリカ軍の指揮下に入る」となっていました。交渉に当たった岡崎官房長官(後の外務大臣)は、「これでは国民の反発があり政権がもたない。条文には現れないような形にして欲しい」と要求し、出来上がったのが『日米行政協定』第24条です。

 行政協定24条:『…急迫した脅威が生じた場合には、…必要な共同処置をとり…直ちに協議しなければならない。』

  「共同処置をとり直ちに協議する」までの部分を条文化し、「アメリカ軍の指揮下に入る」という部分は密約という形で合意しました。いわゆる指揮権密約です。
 指揮権を具体化する組織として、第26条で定められた日米合同委員会が位置づけられました。結局、次のように表すことが出来ます。
 『日米行政協定24条』+『密約』+『日米合同委員会』=『有事の時、自衛隊はアメリカ軍の指揮下に入る』

  【自衛隊の指揮権~新安保条約下では】
  1960年に安保条約の改定が行われました。指揮権密約はどうなったのでしょうか。
 国民から非難を受けた『日米行政協定』第24条は削除されますが、ほぼ同じ内容で新安保条約の第4条に受け継がれ、さらに軍事力の増強を定めた第3条、共同作戦を義務づけた第5条などがあいまって、さらに強化されました。
 日米安保協議委員会(SCC)が組織され、その下部組織としていくつかの組織が作られ、アメリカ軍と自衛隊幹部による直接的、具体的な協議が非公開で行われる体制も出来上がりました。日米防衛協力小委員会(SDC)、日米安保運用協議会(SCG)などです。
 '60年の安保条約の改定は、国民から大きな批判を招き、「安保反対闘争」が全国的に展開されました。

 【日米ガイドライン】
  ★1978年に日米防衛協力小委員会(SDC)で、日米防衛協力のための指針(第1次日米ガイドライン)が決定されました。
 自衛隊とアメリカ軍は、調整機関を通して緊密に連携し、日本とその周辺で作戦行動を執るとする内容です。調整機関とは実質在日米軍司令部です。
 作戦領域は日本領土から周辺(極東)へと広がりました。
 鈴木・レーガン共同声明では、「1000海里・シーレーン防衛」が明記されました。
  中曽根総理の「不沈空母」発言は1983年のことです。

 ★1997年に、第2次ガイドラインが決定されました。
 日米防衛協力ガイドラインとは、アメリカ太平洋軍と自衛隊との協議で決められたもので、国会で論議され決まったものではありません。国民からみれは密室協議です。シビリアンコントロールという点からも重大な問題です。
 この第2次ガイドラインに沿って、「周辺事態法」が成立しました。自衛隊の活動領域の拡大が進みました。
 アフガン紛争、イラク戦争中、燃料補給や米軍輸送のために、自衛隊は、海上給油やイラク派遣を行いました。
 横田基地に自衛隊航空総隊司令部が、キャンプ座間には、米陸軍第一軍司令部と自衛隊の中央即応集団司令部が移ってきて、司令部機能が一体化され、自衛隊と米軍の共同作戦体制が進みました。
 
 ★2015年に第3次ガイドラインが決定されました。
 このガイドラインでは、平時から緊急事態までのあらゆる段階で、自衛隊と米軍が協同することが確認されました。いわゆる「切れ目のない対応」。
 第3次ガイドラインの発表に続いて、国会では集団的自衛権を容認する「平和安全法」が強行採決されました。ガイドラインの方が先行し、国会決議がこれを追いかけるという、シビリアンコントロールに疑念を抱かされる事態になりました。
 同盟調整メカニズム(ACM)で、自衛隊とアメリカ軍の調整機関が設置され、事実上の日米統合司令部が発足しました。

  【私の結論】
 以上みてきたように、自衛隊は、『アメリカ軍の指揮下で作戦行動をする軍隊』という側面を持っていることが分かります。このような対米従属的な状態で自衛隊を戦力として憲法に位置づけることには、問題が多すぎます。
  「平和安全法」の廃止、「日米安保条約」と「日米地位協定」の改定が前提として必要であると考えます。私の結論は、(A)には×を投じます。
   *****
 自衛隊の指揮権についてだけみても、これだけの問題点があります。
 「日米地位協定」については、書くスペースが無くなりましたが、その異様さは、肌で感じられていることと思います。
 ・全国にたくさんの米軍基地が存在し、沖縄は基地の島となっている。
 ・日本の上空には、国内法の根拠が無いにも拘わらず、アメリカ軍の飛行管制空域が広がっている。(沖縄空域、岩国空域、首都圏の横田空域など)
 ・在日米軍駐留関係の日本負担経費は、6千億円を超えている。
 ・先日、ヘリが墜落したが、日本の警察や消防は手出しも出来ず、墜落原因も究明されず、同型ヘリの飛行停止は直ぐに解除されてしまった。
  ・事故率の高いオスプレイが、日本上空7つのルートで、日本の航空法を無視して低空飛行訓練をしていると思われるのに、抗議もしないし、止めさせることも出来ない。

  あ~~、もう書き出したらキリがありませんね。日本の主権はどうなっているのでしょうか。
 北朝鮮に対してアメリカが軍事行動をとれば、自衛隊も協同で行動することになります。ならず者国家の北朝鮮が、日本を核攻撃する可能性さえあります。東京が攻撃されれば、100万人の人が死ぬという試算も出されています。こんな危険を冒してまで、アメリカに追随するのは、ちょっと御免です。
 穴の空いた「核の傘」から自立して、アメリカに頼らない日本独自の安全保障を追求する必要がありますね。
 核兵器禁止条約にも早く署名して欲しいものです。
 以上、私の勝手な意見を書きました。 では。また。

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2017年11月 5日 (日)

憲法改定にどう向き合うか①

 先日の『48回衆議院選挙にあたって』という記事で、憲法改定と海外派兵は、アメリカの首尾一貫した要求であること、民進党の分裂は憲法改定をめぐる問題であることを戦後史を振り返りながら書きました。
  『48回衆議院選挙にあたって』は、→ こちら です。

  今回の選挙で自民党は大勝しました。当然のことながら、間もなく、国民は憲法改定に直面することになります。国の進路を決める重大な問題であり、国民一人一人が、しっかりと自分の意見を持つべき時が来たのだと思います。
 以下、一国民である私の意見を書いてみます。

 【改定の焦点は9条】
 憲法改定の項目として、教育の無償化や解散権の制約、個人情報の保護など様々な問題が提起されています。しかし、これらの問題は本質的な問題ではありません。
  例えば、教育の無償化という問題について言えば、現憲法はそれを禁止してはいません。憲法改正しなくても、無償化の法律を作れば出来ます。国会の3分の2を占める勢力が、やる気を出せば出来ることです。今、教育無償化が進まないのは、やる気がないだけです。憲法に書き込んでも、予算化されなければ実現しません。解散権の制限など、他の項目についても同じ事が言えます。(ただし、緊急事態条項は危険な意味を持ちます)
 あくまでも9条をどうするか、自衛隊を憲法に書き込むかどうかが、今回の核心的問題なのです。問題の焦点を見失ってはいけません。
 マスコミは、あれこれと争点らしきものを並べて、争点を曖昧にするのはいつものことです。

  【自衛隊は国民から認知されている】
 自衛隊は災害派遣などで成果を上げ、この点では、ほとんどの国民からは評価されています。PKO派遣で一定の役割を果たしているという評価もあります。自衛隊の存在は、今や多くの国民から認知されています。
 現在の政党の中で、自衛隊の即時廃止を主張する政党はありません。
 今問われているのは、自衛隊を廃止するかどうかではありません。憲法上にどう位置づけるかの問題です。

 【戦後史における現在の到達点】
 『48回衆議院選挙にあたって』で書いたように、自衛隊は、朝鮮戦争下という状況の中でアメリカの要請により誕生しました。その後の東西冷戦の中で、共産圏と対峙するものとして存在しました。東西冷戦終了後は、アメリカの世界戦略の中に位置づけられ、アメリカからは憲法改定と海外派兵を求め続けられました。そして、2015年、日米同盟を進めるために、憲法の枠組みを乗り越える「平和安全法」が成立しました。

  【国民の選択肢は三つ】
 現時点で日本の置かれた状況を考えると、国民の前に示された選択肢は、論理的に考えると三つしかないことが分かります。
(A):『9条2項を削除し、自衛隊を戦力として位置づける』
 集団的自衛権を容認した「平和安全法」は合憲とする人、日米同盟を外交の基軸だと考える人は、この(A)を選択することになります。
 政党で言えば、自民党、公明党、維新の党、希望の党ということになります。
  2項を残したまま、3項に自衛隊を加憲するのは、国民の支持を得るための一時しのぎで、2項との矛盾が生じます。遠くない時期に2項を削除することになります。

 (B):『自衛隊を海外派兵をしない専守防衛の戦力として位置づける』
 専守防衛の自衛隊は合憲であるという人、対米従属に反対の人、「平和安全法」は違憲であるとする人、安全保障のためには何らかの戦力は必要と考える人は、この(B)を選択する事になります。護憲的改憲派と言うべき立場です。
  現在、この方向を明確に打ち出している政党はありません。
 立憲民主党は、「平和安全法を廃止し、明確に専守防衛を保障する改憲もあり得る」と言っているので、この(B)に最も近いかもしれません。
 共産党も「当面自衛隊は保持するものの、将来的には国民の合意で決める」と言っているので、国民的合意で(B)に変化する可能性はあります。

 (C):『自衛隊は専守防衛の枠内に留め、当面は現憲法を維持する。』
 9条は、アメリカからの海外派兵要請を拒み、敵地攻撃力などの兵力の拡大に歯止めをかける役割を果たしてきたことを評価して、当面は現在の憲法を維持しようと考える人、「平和安全法」は違憲であるとする人は、この(C)を選択することになります。
 政党としては、社民党、共産党、立憲民主党ということになります。 

  【対立軸は(A)対(B+C)】
  間もなく予想される憲法改定発議は、国会の3分の2以上を占める(A)の立場からの発議です。(A)の立場からの憲法草案に賛成か反対かを問う国民投票です。
 したがって対立軸は、(A)対(B+C)になるわけです。
 護憲か改憲かは対立軸ではありません。(B)の意見の人は改憲ですが、(A)とは対立的位置にいます。あくまでも、(A)に対して、○か×が問われているのです。
 様々な意見が、マスコミを通じて錯綜する中で、対立軸を間違えると、教育無償化に賛成だから、(A)には○ということになったりします。
 また、(B)と(C)の意見の違いに焦点を当てて対立するのは、歴史の現局面を見失うことになります。アメリカに頼らない日本独自の安全保障を確立するのは、歴史的には次の段階での課題です。

  【自衛隊とは何かを考える】
  自衛隊を憲法に位置づけようというわけですから、現在の自衛隊をどのように考えるかが重要な問題です。
 次に戦後史を俯瞰しなが、自衛隊の指揮権問題を中心に戦後史をみていきます。
     この続きは、「憲法改定にどう向き合うか②」です。 ②は、→ こちら

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