政治・経済

2017年5月30日 (火)

フクシマ6年後 消されゆく被害 感想

 Fukushima
  日野行介、尾松亮共著「フクシマ6年後 消されゆく被害」~歪められたチェルノブイリ・データ~ (人文書院)を読みましたので、感想を書かせていただきます。
  著者の日野行介氏は、毎日新聞記者。
  尾松亮氏は、関西学院大学災害復興制度研究所研究員。

 安倍首相がオリンピック招致演説で、「フクシマはアンダーコントロール」と演説しました。多くの国民は、アレッ?と思ったと思います。立ち並ぶタンクのあちこちから汚染水が漏れ、山側から流れ込む地下水は止められず、それが汚染水となって海側に流れ出している状態は今も続いています。日本国民は、オリンピックのために世界に向かって嘘をついたことになります。

 多くの文化人や科学者、評論家が、原発の安全神話を当たり前のように語っていました。原発事故が起こり誰かが責任を取ったでしょうか? 
 第一義的責任を負うべき東京電力は生き残り、20数兆円ともいわれる廃炉費用は、全国民が税金と電気代で支払う仕組みも作られました。

 除染が進み避難指示の解除が行われています。しかし、国民の年間許容被爆線量は1mSvですが、解除地域は20mSvとなっています。この数値は、安心して暮らせる基準として設定されたものではなく、本来、緊急避難をすべき基準として決められたはずのものです。空間線量が20mSvであっても、到るところにホットスポットと呼ばれる高線量の地点もあります。いつのまにか、緊急避難基準が安全・安心基準になっているのです。
 避難解除された地域の住民への支援は打ち切られ、地域へ帰れば、他の国民とは違った、避難基準の場所での生活を強いられます。これに従わない住民は「自主避難者」となるわけです。「自主避難者」は、自らには何の責任が無いにもかかわらず、補償もなく避難を続けるか、不安を抱きながらも生活環境の整わない自宅へ帰るかの選択を迫られているのです。
 先日、今村雅弘復興大臣が、自主避難者の避難行動は「自己責任」であるとの見解を示しました。その背後にある考えは、政府が科学者の知見を取り入れ設定した安全基準を受け入れない「自主避難者」は、放射能に対して科学的に無知であるか、ワガママであるというものです。だから支援の必要はないと…。
 「自主避難者」の子どもがいじめにあう事件も報道されています。
 復興庁の水野靖久参事官は、ツイッター上で原発の問題を追及する市民団体を「 左翼のクソども」と暴言を吐き辞任しました。風評被害は国民の放射能に対する無知からきていて、それを「左翼のクソ」どもが煽り立てているというわけです。
   原発問題については、忘却と再稼働が進む背後で、ドロドロとした混乱状態が続いています。放射性廃棄物の処理についても、トイレのないマンション状態です。

 前置きが長くなりました。この本の内容を部分的ですが紹介してみます。

 第1章、著者の日野氏は、子供を連れて「自主避難」している母親たちを取材し、周囲からの厳しい反応を報告します。「勝手に逃げたのに賠償をもらった」ずるい人、ありもしない不安にさいなまれた「頭のおかしな人」のように見られ、学校では子供がいじめられる事例も発生しています。自主避難を隠して生活している人も多くいると……。
 健康への影響を心配して、母親が子供を連れて避難するのは普通のことなのに、そういう人は守られなくていいのか?。国は、早々と住宅支援の打ち切りを決めています。「もう5年も経ったんでしょ」と、周囲の視線の冷たさは増しているとのことです。

 第2章では、福島県で行われてきた県民健康調査の甲状腺検査について問題点が指摘されています。
 福島県では、県内に住んでいた18歳までの子ども38万人を対象に、甲状腺の検査が行われています。15年3月時点で112人が甲状腺癌とされました。これは、通常の罹患統計からすると、数十倍の多さであるといいます。しかし、県民調査検討委員会は、「放射線の影響は考えにくい」と報告しています。その論拠として出されるのが、「チェルノブイリ」ではどうだったかという知見です。
 ①チェルノブイリでは、4~5年後に甲状腺ガンが増加した。
  →したがって、今まで福島でみつかった甲状腺ガンは事故との因果関係はない。
 ②チェルノブイリでは、事故時5歳以下の層に甲状腺ガンが多発した。
  →福島では5歳以下の層に増加はないので、チェルノブイリとは違っている。
  ③チェルノブイリに比べ、福島は被爆線量がはるかに少ない。
  →したがって、福島での甲状腺ガンの増加は考えにくい。

 福島原発の事故の影響を否定する人たちがいつも重要な論拠としているのが、「チェルノブイリの知見」なのです。
 ロシア語に堪能な著者の尾松氏は、チェルノブイリ被災国のロシア語原文資料に直接あたります。「ウクライナ政府報告書」だけではなく、まだ翻訳されていない「ロシア政府報告書」にもあたり、福島の検討委員会が提示する説明は正確ではないことを明らかにします。
   ①チェルノブイリでは、4~5年後に甲状腺ガンが増加した。
     →翌年から増加をしている。
   ②チェルノブイリでは、事故時5歳以下の層に甲状腺ガンが多発した。
   →事故時5歳以下の層に甲状腺ガンが多発するのは、10歳後半になってから。
 ③チェルノブイリに比べ、福島は被爆線量がはるかに少ない。  
     →チェルノブイリでは、被爆線量が少ない地域でも甲状腺ガンが増加している。
 このように、チェルノブイリの知見が、都合よくねじ曲げられ、一部が隠されているのです。

 このあと、この本は、第3章 日本版チェルノブイリ法はいかに潰されたか/第4章 闇に葬られた被害報告/ 第5章 チェルノブイリから日本はどう見えるのか/ となっていますが、スペースが無くなりました。
 「民主主義は、国民による意思決定への参加を保障することで成り立つ。その意志決定の前提となる情報が、いびつに歪められた社会では、民主主義はあり得ない。原発事故は民主主義の問題である。」 著者たちの熱い訴えが新鮮です。
 日本にとって原発問題は、逃れられない課題ですね。 お薦めします。

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2017年5月17日 (水)

平田雅博(著)・英語の帝国 感想

  平田雅博(著)・「英語の帝国」~ある島国の言語の1500年史 ~(講談社選書)~を読みましたので、紹介させていただきます。平田雅博氏は、青山学院大学史学科教授。
 この本は、イングランド島という一島国の言語に過ぎなかった「英語」が、現在のような世界支配を確立していく1500年の歴史を検証しています。そして今、日本で起こっている「英語熱」、小学校での英語教科化や低年齢化などに警鐘を鳴らしています。
 現代日本の英語教育をかんがえる時、この本は必読と言えそうです。

Ujit01 「英語の帝国」は、中世イングランドによる、スコットランド、ウェールズ、アイルランドの侵略に始まります。これらのブリテン諸島の国々を支配下に置き、イングランド帝国が出来上がりました。
 さらに近代に入りイングランド帝国は、「ブリテン帝国」(大英帝国)として世界的に帝国を建設していきました。これとともに、「英語の帝国」は拡大していきました。
 その拡大は、左の図のようになります。(クリックすると拡大します。)
 まず、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなど、「母語としての英語」を話している人々が中核となります。
 さらに、植民地の拡大競争によりインド、アフリカなど、大英帝国やアメリカに植民地化された国々へと英語は広がっていきます。図の「外郭の円」。
 さらに十九世紀以後は、「非公式帝国」としてラテンアメリカ、中東、そして日本を含む極東にまでその支配圏が広がっていきました。図の「膨張する円」。

 「英語の帝国」は勢力を拡大していく過程で、支配拡大のための様々な原理(戦略)を獲得していきます。その一つは、使用言語の違いを利用した分断支配です。
 まず、上からの英語押しつけ政策で、英語話者に経済的・社会的な優位性が与えられる仕組みを作ります。この仕組みが機能を始めれば、経済的ゆとりのある者は英語を学び有利な地位を得ていき、それができないものは不利な立場に追いやられ、格差社会は広がっていきます。社会的・経済的利益を得させようと親たちは、子どもには英語を獲得させようと必死になっていきます。
「上からの強制」と「下からの迎合」により、植民地的言語支配が進んでいくのです。

 例えば、ウェールズは16世紀の「連合法」により、イングランドに併合されます。この連合法の中には言語条項があり、行政的に英語の使用が義務づけられ、英語に習熟していないものは官職に就けなくなったのです。ジェントリ(地主階級)の師弟は、イングランドで英語を学び社会的地位を獲得していきました。一方ウェールズ語は、地方の小作人の言語として緩やかに衰退をたどっていくことになるのです。

 19世紀の「帝国主義」の拡大により、英語は教育システムとして、「帝国支配」の言語として広がっていきました。支配者側(宗主国側)からの「強制」と、被支配者側からの「迎合」という原理は、ここでも活用されました。
 インドでは、公的な使用言語がペルシャ語から英語に置き換わり、インド人が政府ポストに就くときは、英語教育を受けた者の優先が決められました。さらに主要な都市に国立大学が作られ、英語で授業がおこなわれたため、英語教育は進みました。
 ガンジーは、「英語は、教養層と大衆を隔てる深い溝であり、インドの国民語になり得ない。」と、英語反対論をとなえましたが、しかし、子どもの将来を考え就職を有利にしようとする親たちが多数派でした。2003年時点で、英語が自由に話せるインド人は、5000万人に達しています。

 アフリカでは、「アフリカ人は英語を必要としている」として、一方的、暴力的に英語の押しつけが進行しました。スワヒリ語や多数の現地語は「近代的な、抽象的な思考」を表現できないと見なされ、教育機関から追放されていきました。
 1961年にウガンダのマケレレで、「第二言語としての英語教育」についてのブリテン連邦会議が開かれました。この会議をまとめた報告書が、「マケレレ報告」です。この報告の中で注目されるのが、次のような「信条」です。

 ①英語は英語で教えるのがもっともよい。
 ②理想的な英語教師は英語を母語とする話者である。
 ③英語学習の開始は早いにこしたことはない。
 ④英語に接する時間は長いにこしたことはない。
 ⑤英語以外の言語の使用は英語の水準を低下させる。
 
 これらの信条は、第ニ外国語を学習するための教育的理論から生み出されたものではなく、英語を一方的に押しつけるために「英語の帝国」の歴史が生み出した「前理論」であるといいます。これらの信条は、教育的な理論的背景が明確でないまま、当然のことのように言われ、現在の日本でも英語学習の低年齢化の根拠となっています。

  最後は、膨張する円の中にいる日本の英語教育についてです。
  文部科学省は、2014年に有識者会議を設置し、「グローバル化に対応した英語教育改革実施計画」を作成しました。この計画に基づいて、今年2017年3月、新指導要領が告示されました。
 小学3.4年生で、「聞く・話す」を中心に週一時間の体験的学習、5.6年生には、週二時間の「読み・書き」を加えた教科としての学習が入ります。
 中学校では、英語の授業は英語でおこなうことを「基本」とするとしています。
 これらはまさに、「マケレレ報告」の日本適用版ともいえます。

 著者は、現代の英語帝国主義は、アメリカが主導する帝国主義であると述べています。アメリカが主導する「新自由主義」による「グローバル化」が世界を覆い、これに呼応して日本の財界は「英語教育改革」を唱えて、「グローバル化」=「アメリカ化」に都合のよい日本人=「グローバル人材」の育成を目ざしていると…。
 この「グローバル人材」を育てるための教育改革は、膨大な予算を伴う国家プロジェクトです。限られた授業時間と予算の中で、小学校に英語を導入することが、本当に経済的に意味のあることなのか国民的議論が必要です。現代日本の「英語熱」は異常であり、日本人は、早く目を覚ますべきであると著者は警告しています。
       *********
 小学校への英語導入については、反対の学者も多くいます。愛知県立大の袖川裕美氏は、小学の年間35~70時間程度の英語なら、大人になれば短期間にマスターできると言います。外国語が母語以上になることはあり得ず、国語力が低いままでは、英語も使えなくなります。国語の作文の時間を増やす方が大切であると主張しています。
 国民的議論が必要な問題であることは確かですね。 

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2016年11月21日 (月)

子供の貧困が日本を滅ぼす

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   日本財団 子供の貧困対策チーム著「子供の貧困が日本を滅ぼす」(文春新書)を読みましたので、紹介と感想を書かせていただきます。

 多くの日本人は、長らく日本は格差の少ない社会であると信じてきました。「一億総中流」という言葉もありました。しかし、1990年代に入り、日本でも格差社会が広がっているのではないかと言われるようになりました。そして、ついに2006年7月、経済開発機構(OECD)が、「対日経済審査報告書」を発表し、日本の相対的貧困率がOECD諸国の中でアメリカに次いで第2位であると報告され、大きな衝撃が広がりました。
 大人の社会で「格差」が広がっているのであれば、大人の所得に依存している子どもたちの間にも、当然「格差」「貧困」が広がっていきます。貧困家庭に暮らす子どもたちの問題、それが「子供の貧困 」問題です。

 日本の子供の貧困率は年々上昇しており、2012年の時点で16.3%です。つまり、日本の子供は、6人に1人が貧困家庭で育っているわけです。実は、日本はOECD諸国の中でみると、「子どもの貧困」大国なのです。
 多くの私たち日本人は、「子どもの貧困」と言われても、ほとんど実感がありません。6人に1人が貧困と言われても、着る服が無くて学校に行けないとか、靴が買えず裸足で登校している子どもをみることはありません。私たちが「貧困」という言葉から感じるイメージは、食うや食わずで、やっと生きているという絶対的貧困のイメージです。
 このような感覚で、「子どもの貧困」を考えると大きく間違ってしまいます。

 OECDの発表している「子供の貧困率」によれば、日本は、OECDの平均を大きく上回り、ワースト10に入っています。ちなみに隣の韓国は、OECD平均をかなり下回っています。特にひどいのは、「ひとり親家庭」を取り出した貧困率です。2014年に内閣府が発表した資料によると、日本は50.8%で世界第一位の貧困率なのです。日本のひとり親家庭での親の就業率は、母子家庭で81%、父子家庭では91%となっており、イギリスの56%と比べても大変高くなっています。つまり、日本のひとり親家庭(特に母子家庭)は、働いているにもかかわらず貧困状態なのです。女性の賃金が、海外に比べ、いかに低い水準にあるのかが分かります。

 では、なぜ「子どもの貧困」が特に問題なのでしょうか?
 それは、貧困が世代を超えて「連鎖」していくことにあります。「生まれた家庭の経済格差が教育格差をもたらし、将来の経済格差を再生産する」ということです。
 全世帯の平均大学進学率は、73.3%ですが、ひとり親家庭では41.6%、生活保護家庭では32.9%と大きな差があります。
 学歴の差は収入の差となって現れます。大学卒と高校卒では平均すると、1.5倍の賃金格差を生じています。賃金カーブにも大きな差が現れています。

 本書では、子どもの貧困を放置した場合、日本社会はどれだけの経済的損失を受けるのかを推計しています。(第2章)
 まず、推計に使うため、貧困の子どもの数を定義します。
 現在、15歳の人口120万人のうち、生活保護所世帯2万2000人、児童養護施設の2000人、一人親世帯の15万5000人、合計18万人を便宜的に貧困状態にある子どもと定義します。比率では15%になります。
 次に、状況が現在の進学率のまま放置された「現状放置シナリオ」と、進学率などが、平均的数値近くまで改善された「改善シナリオ」とを比較し、どれくらいの社会的損失が発生するかを推計しています。
 社会的損失とは、個人の生涯所得の減少、それによる税収や保険料収入の減少、無業者の増加による社会保障給付の増加などを合計したものです。
 その推計結果によると、現状を放置した場合、0歳から15歳までの世代を合計すると、所得の減少分の合計は42兆9000億円、税収や社会保障支出による財政収入の減少は、15兆9000億円になると推計しています。収入に関係する一生涯を、19歳から64歳までの45年間とするると、一年あたりの所得減少は約1兆円、財政収入の減少は3500億円となります。 これは、大変な経済的損失です。

第3章「当事者が語る貧困の現場」では、貧困の具体的イメージを取材しています。
第4章「貧困から抜け出すために」では、社会的相続という考え方が紹介されます。
第5章「貧困対策で子どもはどう変わるか」では、海外での貧困対策の効果についての実証的研究が紹介されています。
第6章「子どもの貧困問題の解決に向けて」では、国や自治体、NPOでの取り組みの必要性と現在の取り組み内容が紹介されています。

 新自由主義的な経済政策が進むにつれ、格差社会が拡大し、社会の到るところにひずみが生じています。その中でも、「子どもの貧困」は、経済格差が教育格差に繋がり、それがさらに将来の所得格差を生み出し、格差の拡大再生産につながつていくという日本の将来に係わる大きな問題です。私たち自身の問題として真剣に考えるべき問題です。
  「子どもの貧困」はこれまで、学力の問題、虐待の増加の問題、身体発達の問題、心の健全な発達の問題、進学問題など多方面から論じられてきましたが、この本は、国の経済的損失という点に焦点が当たっています。その点が、この本の面白いところです。
 「子どもの貧困」が放置された場合の影響は、経済的側面だけには留まりません。「子どもの貧困」の教育的側面を知りたい人には、少し不満が残るかも知れませんが、この本は、お薦めです。

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2016年11月 4日 (金)

なぜトヨタは税金を払っていなかったのか?

 Toyota
   大村大次郎著「なぜトヨタは税金を払っていなかったのか?」(ビジネス社)を読みましたので、感想と紹介を書かせていただきます。
 著者は、元国税調査官。日本の多国籍企業の横暴、税金逃れ、日本の税制度の闇、タックスヘイブンなどについて訴えておられます。

 「トヨタが世界一に!」と聞けば、多くの日本人は何か誇らしい気分になったりします。しかし、今の時代では、それはまったくバカげた感情なのです。
 なぜなら、現代の資本主義は、新自由主義の時代に入っているからです。日本の上位100社は、多国籍企業として世界に展開しています。例えば、トヨタは60% 、ホンダは80%が海外生産です。雇用は海外に逃げ、多国籍企業があげた利益は、様々の優遇税制や、タックスヘイブンに隠され、日本の国税としては入ってきません。事実、世界的企業のトヨタは、2009年から2013年の5年間、法人税は1円も払っていなかったのですから。
 つまり、多国籍企業の繁栄は、一般国民の利益とは無関係なのです。大手企業が栄えれば、やがて下々にも利益がしたたり落ちて来るというトリクルダウンは、詐欺的言説なのです。

  では、大村氏の主張を超要約的に解説してみます。大村氏は、トヨタという企業のみを取り上げていますが、もちろん他の上位100社の企業にも共通します。

 ①法人税、事業税など、法人が払うべき法定実効税率は34.62%であるが、実質税負担は低く、トヨタは(27.3%)しか払っていない。
  理由は、企業向け政策減税である。安倍政権になってスケールアップしている。
 企業向け「政策減税」は、2014年度、1兆2000億円にのぼっている。
 
 ②「政策減税」のなかで、大きな割合を占めているが研究開発費減税である。
 2014年度で、減税額の総額は6746億円にのぼっている。

 ③エコカー減税は、9300億円が使われたが、これは、待機児童関連の予算の2倍を超えている。これは、自動車業界救済であ。 自民党への企業献金第一位は、自動車工業界である。実に分かりやすい構図になっている。

 ④海外子会社を使った課税逃れ。
 海外の子会社から受け取った配当の95%が、課税対象から外される「受取配当益金不算入」という制度により課税を逃れている。
  トヨタは、日本本社の営業は赤字でも、海外子会社からの配当をを入れると経常黒字になっている。赤字なので、もちろん日本への法人税は払っていない。

 ⑤タックスヘイブンの利用による逃税。
 トヨタは、ヨーロッパ地域の統括本部をベルギーに置いているが、ベルギーは配当所得のロイヤリティー収入に関して低税率である。トヨタの知的財産などをベルギーの子会社に持たせ、ヨーロッパの収益をそこに集中することにより、税を逃れることができる。「海外子会社受け取り配当の非課税制度」により、日本に持ってきた利益にも税金は掛からない。また、トヨタは、アジア地域の統括本部をシンガポールに置いている。シンガポールは、様々な優遇税制をもっているタックスヘイブンである。シンガポールには生産工場は無く、合法的に税逃れをしていることは明らかである。。

 ⑥「日本の法人税は世界一高い」というのは、大きな嘘である。
 日本の名目法人税は高いが、研究開発減税を初めとして様々な減税を考慮すると、実質税負担率は18%しかない。
 さらに、先進諸国の中では、日本の企業の社会保険料負担がかなり低い。法人税と合算すると、企業負担は、フランス、イタリア、ドイツより低い。

 ⑦破壊された雇用
 1995年、経団連は、非正規社員を増やして賃金抑制を行おうとする「雇用の流動化策」を提案。1999年には、労働者派遣法が改正され、非正規労働は増加の一途を辿り、現在では、ついに4割を超えた。非正規雇用の半数は、厚生年金に加入していない。国民年金すら加入していない人もいる。将来的には、国民の20%~30%が生活保護という事態も予想される。
 トヨタは、悪名高い「トヨタ方式」と呼ばれるやり方で、期間工の使い捨てを行ってきた。2年11ヶ月で首を切り、1ヶ月の空白の後、再雇用するやり方である。

 ⑧儲かっているのに賃金を渋り続ける大企業。
 トヨタを例にとれば、トヨタは毎年1000億円~6000億円の株主配当を行ってきたが、7万人の従業員に1万円の賃上げをしても80億円ほどで済む。株主には数千億円の配当を支払っても、従業員には数億円の支出さえ渋っている。

 ⑨消費戻し税のしくみ。
 海外へ輸出した商品について、輸出企業は消費税を取ることができない。輸出企業は、その分を消費税から戻し税として、還付を受け取ることができる。
 トヨタは消費税を払うどころか、毎年受け取る還付は、数千億円に達している。
 消費税は、輸出企業優遇税制である。

  この後、この本は、第4章「トヨタは日本経済に貢献していない」。第5章「トヨタ栄えて国滅ぶ」と続きます。
  この本で、新自由主義の経済政策の一端が、分かりやすく理解できます。
 「このままでは格差は広がる一方だ・・・。」新自由主義を告発する元国税調査官の叫びが聞こえてる一冊です。  お薦めします。

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2016年10月20日 (木)

楜澤能生著「農地を守るとはどういうことか」

 Nouchi
    楜澤能生著「農地を守るとはどういうことか」~家族農業と農地制度 その過去・現在・未来~(農山村文化協会)を読みましたので感想を書かせていただきます。
 著者は、早稲田大学の法学部長を務められ、法社会学、農業法の研究などをされている方です。農業政策についての本をいろいろ勉強しましたが、この本はお薦めです。

  私の住んでいる地域は、木津川が作り出した田園地帯です。しかし、徐々に耕作地は減少し、工場や住宅地に代わっていっています。広々とした芋畑だった場所も、工場用地に変わろうとしています。耕作放棄地も目立ちます。日本全体では、食糧自給率もしだいに下がってきているようです。また、TPPが農業に大きな打撃を与えるのではないかと懸念されています。いったいこのままで、日本の農業は大丈夫なのでしょうか?
 この本は、農地はなぜ守られなければいけないのか、農地をまもるとはどういうことなのかについて、明治以後の土地制度から現在までを概観し、基本的視点を与えてくれています。一読をお薦めしたいですが、ほとんどの方は興味がないと思います。
 そこで、興味のない人のために超要約(?)、勝手な解説(?)をしてみます。 
  【新自由主義からの要請】
 現在日本では、新自由主義的政策が進められており、産業競争力会議は、アベノミクスの成長戦略の一つとして、①農業協同組合(農協=JA)組織の見直し、②企業の参入促進、③農業委員会制度の見直し、などが柱となる抜本的農業改革を提案しています。
 資本力を持つ株式会社に農地を取得させ、輸入農産物との価格競争に耐えうる大規模農業経営体の育成を進めようというわけです。農協や農業委員会が発展の足かせとなっているため、この足かせをはずし、農地法は撤廃し、農地を誰でも自由に取得できるようにすべきだという方向です。既得権益打破。農業の規制緩和路線です。
 はたして、この方向は、正しいのでしょうか? 

  【農地法の要=耕作者主義】
 明治政府は、農地を自由な取引、自由な所有権の対象物としました。その結果、誕生したのが大地主制度でした。不在地主などが、自分の利益のために農地を他の目的のために転売すれば、農地によって成り立っていた農民の生活、文化は丸ごと破壊されてしまいます。農村の自然と社会に組み込まれた農地は、他の一般商品とは違った性格を持っているのです。全国で農地を守るための小作争議が起こされました。
  戦後の農地改革は歴史の教訓に学び、「耕作者主義」という考え方を取り入れました。「耕作者主義」とは、農業に常時従事する生活を営む地元農家を、農地に対する権利主体として保護する考え方です。つまり、農地は誰でも自由に買えるものではなく、一定の要件を満たす者だけにその取得が許されるということです。これにより、農地を基本とする地域社会、水資源、里山や山林の自然資源、生活・文化を保護するのです。
  資本は、より安い労働力を求め、より税金の安い国を求めて移動するものです。必要とあらばいつでも地域を捨てます。このような農外資本(株式会社)に農地所有権の取得を解禁するということは、農地を他の一般商品と同じく、所有した以上は、転用を含む売買自由の世界に置くということになります。

  【持続可能社会へ】
 現在人類は、三度目の大転換に迫られています。一度目の大転換とは、農耕と牧畜に基づく社会の成立です。二度目の大転換は、産業革命です。すなわち、化石燃料の大量投入による経済成長、大量消費の社会です。しかし、地球温暖化、環境の破壊など、地球そのものの限界に直面しています。
 現在、人類にに求められている大転換は、自然と調和した持続可能社会への転換です。資源の効率性を向上させ、生産と消費を自然循環プロセスに適合させる、新しい社会モデル、幸福モデルの追求です。

  【自然保護と農地】
  人間は、自然に働きかけ、自然を加工することによって生を営んでいます。自然保護とは、人間の生産と消費を自然の循環にどう適合させるかという課題です。
 好きな物を、好きな時に、好きなだけ食べるという消費のあり方は、大きな問題です。消費者を獲得し、利潤を最大化するために大量の化学肥料や農薬を投入する農業のあり方も問題です。生産と消費を自然と調和させる社会への変革が求められているのです。
  森林資源と水資源を保全し、農地を保全することは、国の自然環境の保護にとっても重要な問題です。
 農地にとって、本源的な意味をもつのは土壌です。長い時間をかけて醸成された、豊かな微生物の棲息空間としての土壌です。化学肥料ではなく堆肥を利用し、生態系を丸ごと保全する必要があるのです。この課題を成し遂げることができるのは、地域社会・文化の担い手として、その土地で生きる生活者、農地を含む自然との関係を共同で形成しつつ世代を越えてこれを継承する農業者をおいてほかにないのです。
 農地を農外資本に売り渡すことは、国土の保全に逆行することです。

  【ヨーロッパにおける取り組み】
  スイスでは、憲法に農業の持続的生産規定があります。政府は、①国民にたいする食料の安定供給、②生命基盤としての自然の維持、③地域定住の施策を講じる義務があることが規定されています。
 オーストリア、ドイツでは、農林地取引法により自由な農地取引を規制しています。
 欧州共同体内では、農林地の取引に関して、事前許可制の法規制がかけられているのが一般的です。

 農産物については、他の工業製品のようにグローバルな自由貿易に任せるのではなく、国土を保全し、食糧自給率を確保するための特別な政策が必要です。農業の保護。国土の保全です。TPP推進は、国土を荒廃させることにつながる危険があります。経済成長一辺倒ではなく、持続可能社会への転換。脱原発。「人類三度目の大転換」です。
    不十分なまとめで申し訳ないです。お薦めします。

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2016年10月 7日 (金)

望月衣塑子著「武器輸出と日本企業」

 Buki
  望月衣塑子著「武器輸出と日本企業」(角川新書)を読みましたので、感想と紹介を書かせていただきます。望月氏は、東京新聞の社会部記者です。

 武器がなければ戦争はできないはずですが、世界各地で紛争が絶えません。口では平和を言いつつ、なぜ武器輸出は行われるのでしょうか? 考えると不思議ですね。
 
 本書の紹介の前に武器輸出について基本的な問題点を整理しておきます。
  【軍事は産業】
  多額の武器輸出をしているのは、アメリカ、ロシア、フランス、中国などの国です。いずれも軍事大国です。なぜ軍事大国は武器を輸出するのでしょうか?
 理由は簡単です。新しい兵器を研究・開発し、大量の兵器を製造するには、莫大なコストがかかります。国家予算だけをつぎ込んで、自国のみの兵器の開発・製造を維持するのは負担が大きすぎます。そのため、兵器生産が産業として自立することが必要です。産業には、利潤をあげる市場が必要です。つまり、軍事大国には、それを支える軍需産業が必要であり、そのために国内ばかりでなく、海外の市場も必要なのです。
 武器輸出は、軍事大国の宿命、必然的なことなのです。
 アイゼンハワー大統領は退任挨拶の中で、巨大な軍産複合体の危険性について警告しました。「軍産複合体による不当な影響力の獲得を排除しなければなりません。」と。
 しかし、その後のアメリカの歴史は、この警告を無視して進みました。
 日本の自衛隊は、数兆円もかかるミサイル防衛を初め、イージス艦、航空機などを購入し、莫大な日本の国費を使ってアメリカの軍需産業・軍事力強化に貢献していることになるのです。
 
  【新武器輸出三原則】
 日本は、「武器輸出三原則」により、武器輸出には慎重な態度を取ってきました。しかし、安倍内閣の下で、「新三原則」が制定され、規制は実質的に撤廃されました。「防衛装備庁」も発足し、武器輸出に向けた国内環境が整いました。
 武器輸出を解禁し軍需産業を育てる、その軍需産業により軍事が支えられる、日本は本格的な軍事大国への道を歩み出したと言えます。憲法9条とは逆行する道です。

  【デュアルユースについて】
 デュアルユースとは、民生用にも軍事用にも使える技術のことです。
 例えば、核兵器を作るために開発された核技術は、ウランの精製から濃縮、ウランを扱う技術など膨大なものです。これらの技術・設備を核兵器のためだけに維持するのは、コストがかかり過ぎます。そこで、軍事から民生用にデュアルユースして、利潤を確保し、核技術を産業として維持するわけです。それが原子力発電です。
 逆に民生用に開発された技術も軍事用にデュアルユースして、利潤を得ることができます。武器輸出とは、単に完成した兵器を輸出することだけではなく、民生用に開発した技術を軍事用として輸出することも含まれるのです。
 これにより、今まで民生用の製品しか生産していなかった企業が、軍事用として輸出し、利潤を確保することが可能になるわけです。このことが進めば、軍事依存により利潤を確保する、歪んだ企業が出てくることになります。海外の子会社は、「新武器輸出三原則」は、適用されません。武器を生産する日系企業が活躍する日も来るかも知れません。

  では、本書の内容を簡単に紹介します。、項目だけで申し訳ないですが・・。
 第1章:悲願の解禁 
  2015年10月、防衛装備庁が発足。220社30万部品を結集した国産戦闘機X2の開発。 フランス武器見本市への日本企業の参加。防衛セミナーで企業募集。前のめりな防衛省 の姿勢が浮き彫りに。国の形は変わりつつあると・・・。

 第2章:さまよう企業人たち 
  大手防衛企業と防衛省の蜜月関係。積極的な企業。とまどう企業。
  足踏みする企業。様々な企業の反応が紹介されます。

 第3章:潜水艦受注の脱落の衝撃 
  日本製潜水艦・「そうりゅう」のオーストラリアへの輸出をめぐる問題です。

  第4章:武器輸出三原則をめぐる攻防 
  国民の税金を使って進められる軍産複合体作りへの道。三原則改変の歴史。

  第5章:最高学府の苦悩
  狙われてきた大学の研究。軍事研究容認か禁止か、揺れる大学の姿。

  第6章:デュアルユースの罠
  防衛省が始めた、科学研究を取り込むための資金援助制度。それに応募する大学。
  広がる波紋。日本学術会議での軍事研究容認発言問題。

 第7章:進む無人機の開発
  無人機開発。防衛省のイスラエルとの接近。日本の向かう先はどこか・・・。

  三菱重工、川崎重工、NEC、ANAホールディングス、三菱電機、IHI・・。
 武器輸出で利潤を上げたい企業。自前の武器を安くで整備したい防衛省。
  防衛費は5兆円を突破。死の商人の栄える国。軍事国家。
 日本の進路はこれでいいのでしょうか・・・?  
 今一度立ち止まって、冷静な判断が必要です。  一読をお薦めします。

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2016年9月18日 (日)

鈴木大裕著「崩壊するアメリカの公教育」感想

  Houkai01 鈴木大裕著「崩壊するアメリカの公教育」~日本への警告~ (岩波書店)を読みましたので紹介させていただきます。著者はアメリカの教育に憬れ、16歳でアメリカ留学を果たし、その後スタンフォード大学で修士号を取得し、日本で中学校の英語教師も経験されたことのある教育学の研究者です。

 今、日本の教育はどこに向かって進んでいるのでしょうか?
 安倍政権の下で全国学力テストは、60億円の予算をかけて抽出調査から全数調査に代わりました。調査を受注したB社には大きな利益がもたらされました。テストの結果は、多くの自治体で学校ごとの得点が公表され、学校間の競争と評価につながっていきます。教育方法、教員の指導力が、得点により評価される状況になってきています。
 そもそも教育は、点数によりすべてが評価できるものなのでしょうか?
 大阪では、三年連続定員割れを起こした高校は廃校というような制度も行われています。学校間の競争により、人を集められなかった学校は廃校にする、需要が少なければ切り捨てる、こんな市場競争原理が教育に持ち込まれていいものなのでしょうか? 
 得点化された教育価値で競争が組織され、得点を上げられる教育方法や学校が評価され、それを進める特定の出版社、受験産業等が大きな利益を上げる、そんな事態が進行しているのではないのでしょうか?

  また、小学校では、5~6年生で外国語(英語)を正式教科にするほか、歌やゲームなどで英語に親しむ「外国語活動」の開始を3年生に早める学習指導要領の改訂が予定されています。
 明治維新後、日本ではドイツ語、英語、フランス語などの科学技術用語を、漢語に翻訳し日本語の中に取り入れ、多くの国民が日本語により高度な西欧の先進的知識を学ぶことに成功しました。しかし、高度な学問を学び記述することが、英語でしかできないという事態は、多くの国民への知識の普及という点で大きな障害になるのではないでしょうか?母国語で、高度な知識や文化を語れなくなった国に未来はあるのでしょうか?

  大学教育では、大学の格差付けが進んでいます。世界の大学ランキング100位以内を目指すスーパーグローバル大学(東大など16大学)、社会のグローバル化をけん引するグローバル化けん引型大学などの格付けです。格付けにより運営費交付金に差をつけ、多国籍企業で活躍できる人材作りをする大学を目指しているのではないでしょうか?
  文化系学部については、「組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組む」という方向で改革が進められています。経済効率を高めるための学問が重視され、経済効率の悪いものは切り捨てる、それは果たして正しい方向なのでしょうか?

  前置きが長くなりましたが、この本は、日本の教育が向かっている先には、「崩壊するアメリカの公教育」と同じ運命が待っていると警告しています。キーワードは、「競争原理導入」、「民営化」などによる「新自由主義的教育改革」です。
 新自由主義の下では、今まで公共が担っていたものが民営化されていきます。教育においては、教育目標は数値化・標準化され、単純化された目標に向かって競争原理が導入され、それにより、民営化された教育は、競争に勝つための商品となっていきます。公教育が巨大な市場と化すわけです。世界最大手の教育出版社、ピアソン・エデュケーションは、多くの学力調査を受注し、関連する事業も含めると、アマゾンに匹敵する収益を上げるまでに成長しています。最近では、OECDの「生徒学習到達度調査 PISA」 の運営にも参加しているといいます。

 新自由主義的教育改革が進められたアメリカでは、「市場型学校選択制」が進められました。特に貧困地帯で、学力の低迷を理由に公立学校が閉鎖され、チャータースクール(公設民営学校)などの選択肢が新設され、すべての学校が存廃を掛けて点数の取れる生徒を奪い合う一大教育市場が生まれました。学校選択制の名の下に公教育の序列化を進め、教育の機会均等を保障するはずの義務教育が、格差を拡大する社会システムへと変質してしまったのです。また、バウチャー制(税金で私立学校へ通えることを可能にする制度)は、税金が私学・教育産業へ流れる仕組みになりました。

 アメリカでは発展途上国からの「教員」輸入という驚くべき問題も起こっています。
教育目標が単純化され、得点化されれば、教育は効率よく得点を取るためのマニュアルと化していきます。教育の専門性は軽視され、教育はマニュアルに従って進められる単純化された労働へと変質していきます。教員免許の条件が緩和され、教師は「安い使い捨て労働者」へと変質し、安い労働力として、海外から教員を調達するということすら起こっているのです。

 レーガン政権の下で始まった「ゼロ・トレランス」政策も、教育格差拡大に大きな影響を与えたといいます。「ゼロ・トレランス」とは、「割れ窓」理論です。割れた窓を放置しておけば、さらなる無秩序が広がり、より深刻な犯罪へとエスカレートしていくというものです。些細な乱れの段階で取り締まろうというわけです。日本風に言えば、「心の乱れは服装の乱れから」です。
 しかし、「ゼロ・トレランス」は、正しい援助が行われない状態で、取り締まりが強調されれば、非行の定義が拡大され、犯罪・非行は増大します。教育現場では、停学処分、退学処分の増加となり、300万人もの生徒が処分されるという事態になっています。結果として、家庭に困難を抱える黒人やマイノリティーの貧困層が学校システムから排除され、社会的弱者の切り捨てへとつながっていると、著者は指摘しています。

 著者は、日本では大きな権威として受け入れられている、OECDの「学習到達度調査 PISA」についても、新自由主義的危険性を指摘しています。
 第10章「立ち上がったアメリカの人々」では、今後の方向性が示されています。
 不十分なまとめですが、長くなりますので、このへんで。
 この本、一読をお薦めします。  では。また。
      

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2016年7月 8日 (金)

突然の広島見学

 突然ですが、先日、日帰りで広島へ行ってきました。夏空の広がる暑い日でした。
 
 私の人生も終りが近づいています。何とか動ける間に、行っておきたい場所がいくつかありますが、広島はそのうちの一つです。
 広島へは、過去に何度も行ったことがあります。修学旅行の引率、原水禁の世界大会、教育研究会などです。しかし今、平和資料館がどんなだったか、原爆ドームがどんな姿だったか、遙か遠いかすかな記憶しか残っていないのです。
 私たちの世代は、憲法と原爆、反戦と平和の声の中で少年時代を過ごしてきたという思いがあります。それこそが、私自身の人生の原点だと思っています。
 鮮やかな記憶といえば、修学旅行で資料館の近くに生徒を整列させた時、コンクリートの隙間にコケが生えていたことだけです。なぜそんな記憶しか残っていないのか、いったい、今まで自分は何をしてきたのか、どう生きてきたのか、自分の原点を考える広島行きです。

 路面電車に乗り、原爆ドーム前へ。 保存工事中。
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   原爆ドームの撮影は、アングルが限られます。巨大な商業ビルが建設され、ドームを青い夏空に抜くことができないからです。景観とは、空の表情も含めたものだと思います。広い空があって初めて風景が成立するように思うのですが・・・、景観論争は無かったのでしょうか、今や原爆ドームも単なる観光資源なのでしょうかか、気になります。
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    原爆死没者慰霊碑へ。
 外国人観光客は大変多いです。世界的に広がっているようです。良いことですね。
 慰霊碑のドームの向こうに、丁度、原爆ドームが見える仕掛けになってぃます。だったら、この景観は保全したかったですね。ビルがちょっと邪魔です。経済優先の世の中だから仕方がないのかも・・・。
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   「原爆の子の像」へ。
 白血病にかかり病床で折り鶴を折り続けた佐々木禎子さん。湯川秀樹博士の筆による「地に空に平和」の文字が彫られた銅鐸型の鐘。祈りの折り鶴。修学旅行生と思われる生徒たちの黙祷。
 「義務教育の平和学習の総仕上げとして広島・長崎への修学旅行を・・・」、そんなことが教育界の常識のように語られていた時代は終わり、私の住む地域では、教育現場から「平和教育」という言葉すら消えようとしています。修学旅行に広島・長崎を選択する学校は、一校も無くなったと聞きます。
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    ~ 原爆詩集   序     (峠三吉)
         ちちをかえせ ははをかえせ
    としよりをかえせ
     こどもをかえせ
    わたしをかえせ わたしにつながる
         にんげんをかえせ
         ・・・・    ~

 平和資料館へ。資料館前の噴水。
 展示室の入り口正面の写真。 助け合う人々の様子。
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   戦後70年。70年前に間違いなくあった事実に向き合います。
    ~ 八月六日  (峠三吉)
    あの閃光が忘れえようか
    瞬時に街頭の三万は消え
    圧しつぶされた暗闇の底で
    五万の悲鳴は絶え
        ・・・・      ~
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   影を残して逝った人も、焼けた三輪車の子供も。 弁当を食べるることなく熱戦に焼かれた人も、何処へ行ってしまったのでしょうか? 問いかけても展示物は無言です。

   ~にんげんの にんげんのよのあるかぎり
   くずれぬへいわを
   へいわをかえせ   ~
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   戦争の責任は曖昧にされ、その後の原発事故でも、誰も責任を問われることなく、憲法が公然と無視され始めた今の時代、反戦・平和の原点に帰ることが必要だと思うのは、私だけではないはずです。

   ~   その日はいつか  (峠三吉)  
     ・・・・
     原爆の光りが放たれ
     国民二十数万の命を瞬時に奪った事実に対し
     底深くめざめゆく憤怒を誰が圧さええよう
    この図のまえに自分の歩みを誓わせ
     この歴史のまえに未来を悔あらしめぬよう     ~

 お別れの写真は、黒い雨の痕。祈りを捧げる浄土宗青年部の皆さん。 では。また。
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2016年6月17日 (金)

「福島原発事故と小児甲状腺がん」(本の泉社)

 宗川吉汪・他二人著「福島原発事故と小児甲状腺がん」(本の泉社)を読みましたので、紹介させていただきます。
 チェルノブイリ原発事故では、その後、甲状腺がんが増加したことが知られていますが、福島の原発事故ではどうなっているのでしょうか? この本(小冊子)は、福島では原発事故後、小児甲状腺がんが明らかに増加していることを、簡単な統計的な分析により示したものです。

 福島県では、甲状腺がんの大規模な調査が行われています。
 【先行検査】
   2011年10月から2014年にかけて、19歳未満の県民全体(36万人)を対象にした先行検査が実施されました。
  チェルノブイリの場合、4年後から甲状腺がんが増加したことが知られています。したがって、先行検査の調査を基にすれば、4年後以降の調査で甲状腺がんが増加してくるかどうかを知ることができるわけです。
 【本格検査】
 本格検査は、事故後に生まれた子供を加え、38万人を対象に2014年から開始され、順次検査が進んでいます。
 検査の途中経過は、福島県のホームページで確認することができます。

  この本では、2015年8月の第20回県民健康調査検討委員会に報告された資料に基づいて分析が行われています。
  中高生にも理解できる単純な比例計算だけを使って、先行検査の患者推定数は、10万人あたり90.2人、本格検査では10万人あたり162.6人であることが示されています。
 次に、極めて大雑把な計算ですが、単純な平均値の計算と割り算だけを使って、先行検査の1年当たりのがん発生率を、10万人当たり9.5人、本格検査では54.7人であると計算しています。つまり、年当たりの発生率でみると、先行検査より本格検査の方が6倍高くなっているという結果です。
 この本は、難しい計算ではなく、中高生でも理解できる単純なかけ算、割り算と比例計算だけを使って計算しているところが、なかなかのすぐれものです。

 また、この本では、大雑把な比例計算では満足できない人のために、統計学の簡単な解説もつけています。それを使って、原発事故によって甲状腺がんが、先行検査に比べ本格検査では、95%の信頼率で3.03培に増加したという計算結果を導き出しています。
 統計学に興味のある人は、ぜひ勉強してみてください。

  日本では過去に、水俣病やイタイイタイ病など悲惨な公害事件が引き起こされてきました。そのたびに、御用学者と呼ばれる人たちが企業の責任を擁護して、排出物との関係を否定してきました。そのため、公害が認定されるまでに長い時間を必要とし、その間に被害者は悲惨な生活を強いられることになりました。
 福島原発事故でも県民健康調査検討委員会は、「甲状腺がんの発生に、事故の放射線の影響は考えにくい。」という評価をしています。マスコミも、ほとんど甲状腺がんの問題を報道していません。日本は、同じ間違いを何度くり返したら気が済むのか、という気持ちにさせられます。
 原発再稼働が進められていますが、原発は、いろいろ問題・課題が山積みですね。

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2016年6月 3日 (金)

タックス・ヘイブンを考える

 先日、あるテレビ局の報道番組でパナマ文書のことが取り上げられていて、解説者の方が、『タックスへイブンを使って課税逃れをしている人がいる。法人税や所得税の税率を上げれば、ますます所得は海外に逃げていく。税は消費税を基本にしていくべきである。』と解説していました。あまりにも程度の悪い解説に怒りが湧いてきました。
 それで、自分なりに、タックスヘイブンの問題について整理することにしました。

  【資本主義と社会保障】
  資本主義とは、資本を投資して利潤を得る仕組みです。資本を持つ側には利潤が集まり、利潤が資本となり、さらに利潤が生まれます。そのまま放置すれば、経済格差が広がり社会は不安定化していきます。
 これを経済学者ピケティ氏流に言えば、r>g です。
   r=資本収益率、g=国民所得成長率です。
  つまり、国民所得が増加する以上の収益が、資本の側に集まるというわけです。
 ピケティ氏は、過去の税務資料などを調べ、理論としてではなく歴史的事実として、この法則にたどり着きました。

 この資本主義の弱点を緩和するため、社会保障という制度が生まれました。
 国家が、資本の側に集まった利潤を累進所得・法人課税により回収し、資本を持たない側に、社会保障として分配する制度です。富の再分配です。
 もし、この制度が機能しなくなれば、貧富の格差は拡大し、社会は荒廃していきます。
多くの人が貧困化すれば、購買力が失われ、経済恐慌やデフレ進行の危険も増していきます。

  【新自由主義とは】
  資本は利潤を求め世界を駆けめぐります。現代の資本主義は、「新自由主義」の時代に入りました。新自由主義とは、資本が、安い労働力と資源を求めて世界を駆けめぐる経済システムです。世界に展開する多国籍企業の利益が優先されるシステムです。
 新自由主義は、生まれながらの本質として、社会保障の削減、低賃金労働、企業活動の無制限の自由を主張します。
 新自由主義的な政策の特徴とは、「規制緩和」と「民営化」に代表されます。
 具体的には次のようなものです。(日本を例に)
 ★資本の側に蓄積した利潤を社会的弱者に分配する働きを持つ社会保障、それに振り向けられる利潤を削減します。
 ★労働に掛けられた規制を緩和し、派遣労働などの非正規労働を増やし、企業が安い労働力を使えるようにします。現在、非正規労働は4割を超えました。実質賃金もずっと下落中です。
 ★公共が担ってきた保育、教育、介護などを民営化し、安い労働力を利用して、この分野からも利益を得ます。
 ★法人税・所得税率を引き下げ、代わりに逆進性の高い消費税率を上げます。
 ★農業、漁業、医療、介護などすべての分野で規制を取り払い、競争原理を持ち込み、企業活動の自由を広げます。すべてが自己責任の世界です。
  ★TPPなどの多国籍企業の利益を誘導する協定を進めます。(ISD条項など)
  その結果、自国の農業や国民皆保険、食品の安全規制などを危険にさらします。
     ・・・・・・あげていくときりがないくらいです。
 要するに、新自由主義とは、多国籍企業の利益を擁護し、自国の国民の社会保障、労働環境などを破壊してまでも、グローバルに利潤の蓄積を行っていくものです。

 日本の上位100社は多国籍企業として世界展開しています。多国籍企業が、安い労働力を使い、自国の課税を逃れ、世界的に得た利潤を蓄え、それを再投資する舞台、それがタックスヘイブンです。
 タックスヘイブンは、グローバルな新自由主義経済が持つ本質的な問題なのです。新自由主義政策を進める各国政府が、タックスヘイブンへの取り組みに踏み出せない理由は、ここにあるわけです。

 【広がる格差】
  現在、新自由主義経済の下で、世界的に富の格差はどれくらい大きくなっているのでしょうか。
  貧困と不正を撲滅するために世界100ヶ国以上で展開するイギリスのNGO、オックスファムの報告書「An Economy for the 1% 」によれば、「62人が所有する富と、世界の所得の低い方の半数が所有する富とが、等しい」と言っています。
 国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)は、タックスヘイブンにある秘密情報を入手し、それを暴露しました。そのうちの一つが、今回のパナマ文書です。世界の富裕層の富は、課税を逃れ、タックスヘイブンなどに隠されていると思われます。

  【タックスヘイブンに隠された資産は?】
 では、タックスヘイブンに隠された資産はどれくらいあるのでしょうか? そもそもタックスヘイブンには資産が本当に隠されているものなのでしょうか?

◎ピケティ氏の著書『21世紀の資本』(p483~)に、そのことが書かれています。
 IMFなどの公式統計に表れた各国の対外資産を合計すると、貸す国があれば借りた国があるわけなので、各国の対外資産を合計すれば、当然0になるはずです。ところが、0にはならずに、全世界の合計はマイナス収支になっているといいます。日本、アメリカ、ヨーロッパなどの富裕国は合計すると、全世界の資産の4%分もマイナスになっているそうです。ピケティ氏は、「地球は火星に支配されているように見える」と述べています。この収支の合わない部分がタックスヘイブンに隠された資産です。
 ピケティ氏は、ガブリエル・ズックマンの研究を紹介し、タックスヘイブンに隠された資産は、全世界のGDPの10%以上にのぼる可能性があると述べています。
 世界のGDPを8000兆円とすると、これは800兆円になります。

 ◎タックス・ジャスティス・ネットワーク(TJN)は、イギリス下院で発足したNGOですが、この報告によると、タックスヘイブンに隠された世界の富は、2100兆円~3200兆円にのぼると推計しています。これは、世界のGDPの3分の1です。

 【日本では】
 先日5月24日に発表された日銀の国際収支統計によると、「対外証券投資残高」は423兆円となっています。このうち、ケイマン諸島にあるタックスヘイブンだけでも74兆円の投資が行われているとのことです。有価証券報告書に登場するタックスヘイブン子会社だけでも、524社にのぼるということです。匿名会社やペーパーカンパニーも入れると、かなりの数になると思われます。
 先日の国会でも、ユニクロの柳井氏による、慈善信託(チャリタブル・トラスト)という手法での課税逃れが指摘されていました。
  過去にはオリンパス事件もありました。アマゾン社やアップル社の日本法人が、日本へ税金を払っていない問題などは、以前から指摘されています。

 政府税制調査会の志賀櫻氏は、「アメリカの内国歳入庁(IRS)は、2001年に2900億ドルの課税逃れが発生したと議会に報告していたが、日本では推計さえしていない。驚くべきことだ。」と述べています。日本政府の対応は、もっと非難されるべきです。

 非正規労働の増加、消費増税、国家戦略特区、TPP、医療の混合診療解禁・株式会社化などの政策に反対することも、タックスヘイブンを利用した多国籍企業の課税逃れを追求することも、根っこは一つ、「新自由主義の暴走!」を止めることです。「新自由主義」という視点を抜きに、現代の政治や経済を正しく捉えることはできませんね。

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