二十四節気写真

2017年11月 9日 (木)

二十四節気「立冬」2017

 11月7日は、二十四節気の「立冬」でした。暦の上ではもう冬ですね。
風も少し冷たさを増してきて、初冬の日だまりで想い出にひたるのもいいですね。

  ~♪…冬が来る前に   もう一度 あの人とめぐり逢いたい♪~

  この曲は、 「紙ふうせん」というグループが40年前に発表した曲です。終わった夏の恋を歌っているようですね。今の時期には、ピッタリな名曲かと…。
この曲を聴きたい方は、 → こちら
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  あなたには、冬が来る前に逢いたい人はいますか?
私にはあります。私はその人に会うために、いつも木津川土手に出掛けるのです。

~♪「立冬の日に」
暦が冬を知らせた日
街路樹は色を変え葉を散らしている
野焼きの煙の中に無言の藁地蔵が立ちならび
畦道の野菊は最後の時をむかえている
私は今日も木津川の土手へと急ぐ
 
土手の坂道を登れば
空が大きく広がり私を迎えてくれる
土手の上に立てば北には比叡の山並み
田んぼでは冬支度をする人々の営み
冬の陽ざしはなぜか優しい

私は大切な人と会うためこの土手に来る
僅かに色を変える大榎の下に彼はいる
彼はいつものように語り始める
風景は時間の流れの中で
止めようもなくうつろっていく
本当に美しい風景は目を閉じて見るものだと

冬が始まった日  彼の目にした風景は
風になびく枯れススキ  欠けた夕月
遙かに渡っていく雁の影 

今は目を閉じても何も見えない 
風の音が聞こえるばかりだ
いつも無言で立ち去る彼は
私と同じ名前で呼ばれている    ♪~

 目を閉じてしか会えない彼。哀しみの中でしか会えない彼。
 止めようもなくうつろってゆく時間。その中に一人残される私…。
この詩に合わせて、彼と一緒に木津川土手を散歩したい方は、
二十四節気「立冬」2014へどうぞ → こちら

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  土手の上には青い空が広がり、コブシの木から赤い実が旅立とうとしています。
 ガマの穂の種子たちが、風に乗り盛んに旅立ちを始めています。

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  夕焼けはいつの季節でも美しいものですが、今の時期の夕焼けは、夏の夕焼けとは一味違う美しさです。
 オギの白い穂は赤く染まり、炎のように風に揺れています。誰かに別れを告げているかのように…。
 高田敏子さんの詩が頭をよぎります。

~♪「すすきの原」
さようなら さようなら
すすきの穂のくり返す
さようなら
 ………
私のまわりから いつとはなしに
時の流れのなかに
去っていった人たちのことがおもわれる
すすきの原  ♪~

 私もまた、時の流れのなかに去っていかねばなりません。すべての想い出を抱き、すすきの穂がさよならをくり返すなかを……。
 初冬のほんのり温かな陽ざしのなかを散歩したい方、または夕日に輝くオギを眺めたい方は、二十四節気「立冬」2016後編へどうぞ → こちら

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  田んぼ道に貼りつくように広がるイヌタデ。嘗ては「赤まんま」と呼ばれ、子どもたちに愛された花。今は余命少ない老人の感傷花。
  さらに、初冬の木津川土手周辺を散歩したい方は、
二十四節気「立冬」2016前編へどうぞ → こちら

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2017年11月 2日 (木)

二十四節気「霜降」・柿の実

 今は、二十四節気の霜降の時期です。間もなく紅葉も本格的になることと思います。
10月30日に近畿地方では、今年の木枯らし1号が吹きました。
 では、晩秋の風景を楽しみながら散歩しましょう。(ただしパソコン上で…)

 稲刈りが終わり、田んぼはすっかり土が露出しています。そこに藁束が地蔵のように立ち並んでいます。空は青く、白い雲が流れていきます。
 人はしばしば、雲と対話しながら、未来や過去に思いをめぐらせ、自分自身を見つめてきました。遙か古の清少納言さんも雲を見ていたのでしょうね。きっと。
 調べてみました…。 ありました!♪

~♪ 枕草子238段 「雲は白き」
雲は、白き。紫。黒きもをかし。 風吹くをりの天雲。
あけ離るるほどの黒き雲の、やうやう白うなりゆくもいとをかし。
朝にさる色とかや、文にも作りけり。
月のいと明かき面に、薄き雲あはれなり。 ♪~

  私は、ぽっかり浮かんだ白い雲が好きなのですが、清少納言さんは、黒雲や雨雲にも心惹かれています。宮中の難しい人間関係を巧みに乗り切っていた、やり手な女性だったのでしょうね。

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  柿も赤く色づいてきました。吉野弘さんの詩に柿の木を歌った詩があります。
~♪ 「夥しい数の」
夥しい数の柿の実が色づいて
痩せぎすな柿の木の華奢な枝を深く撓ませています
 ………
枝を撓ませている柿の実は
母親から持ち出せる限りを持ち出そうとしている子供のようです

能う限り奪って自立しようとする柿の実の重さが
限りなく与えようとして痩せた柿の木を撓ませています

晩秋の
赤味を帯びた午後の日差しに染められて ♪~

 痩せた親木。旅立とうとする、夥しい数の赤い実。命のリレーのドラマ。
 晩秋の傾きかけた陽ざしが見守っています。
晩秋の日の散歩をさらに続けたい方は、
二十四節気「霜降」2011へどうぞ → こちら

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  籾摺り機のある小屋の側には、大きな籾の山が出来ています。私はかってに、「籾富士」と名前をつけています。世間で一般的に通用しているかどうかは分かりません。
 籾殻に火がつけられて、煙があたりに立ちこめます。こんな場所で、晩秋の空気が作られているのですね。

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  晩秋の道を行く人も、どこか遠くを見ているような気がするのは、
私だけの感傷でしょうか?
 晩秋の風景をさら散歩したい方は、
二十四節気「霜降」2012へどうぞ → こちら

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  案山子、アキアカネ、藁地蔵、チカラシバ、ムクドリの群れ、すすき……。
下手くそな写真で申し訳ないですが、晩秋の風景をさら散歩したい方は、
二十四節気「霜降」2010へどうぞ → こちら

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2017年10月26日 (木)

二十四節気「霜降」・ひだまり

 今の時期は、二十四節気の「霜降」の頃です。
 吹く風にも少しずつ寒さが付け加わってきました。暖かい日溜まりで、想い出や郷愁にひたりたい気分になったりします。

~♪「日溜まり」 (高田敏子)
お日さまは
きょうも探しています
あたたかな日だまりを
どこに作ろうかと
 ………
配達の少年が すこしの間
自転車を休めて
ふるさとの空を思うところ

お日さまもお忙しい ……
こうした場所に日だまりを
たくさん作るために…… ♪~

 お日さま! 孤独な老人のためにも暖かい日だまりをお願いします。
私も、ふるさとの空を思ってぼんやりしたいです。
 日だまりでゆっくりと晩秋を楽しみたい方は、下手な写真で申し訳ないですが、
「霜降から立冬へ」2015追加へどうぞ → こちら

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  今年は、霜降の時季に台風がやって来て、大雨を降らせました。木津川に架かる流れ橋が流されました。23日の「霜降」の日の当日に、車で見に行ってきました。
 当分の間、この橋の勇姿ともお別れです。
 案山子さんの死亡事故。これも台風被害?

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  夜になり、ハタッと気付きました。虫の声がしない! 
 台風の長雨に、虫たちも最後を迎えたのかも知れません。

~♪「鎮魂歌」  (吉野弘)
死ぬことを強いる時間は
生きることを強いる横顔を持ち
タクトをとって休みなく
秋のあまたの虫たちを残酷なほど歌わせる。
 ………
強いられぬ唯一のものが歌
であるかのごとく声を高め、それを時間の
肉のうすい小さな耳にも聞かせようとして
倦むことを知らない。  ♪~

 限りある命。時間に急かされ歌う虫たち。命の鎮魂歌…。
今まで、私は何の歌を歌ってきたのでしょうかか?
いや、そもそも歌う歌などもっていたのでしょうか?
日々の時間に流されて……。

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  晩秋の風景の中で、いろいろな思いにひたりたい方は、
二十四節気「霜降」2013へどうぞ → こちら

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  柿の実は赤く色づき、稲刈りもほぼ終わりに近づいています。
嘗て稲刈りは、明るい光に溢れ、みんなでする作業でした。

~♪みんなではたらく刈田ひろびろ♪~    (種田山頭火)

~♪見下せば 里は稲刈る 日和かな♪~   (正岡子規)

~♪稲刈れば 小草に秋の 日のあたる♪~  (与謝蕪村)

 今の時代は少し様子が違います。機械化。老齢化。
田んぼに立てかけられた藁の束は、夕日に何を語り合っているのでしょうか?
この国は何処へ向かって進んでいるのでしょうか?

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  籾を焼く煙。色づき始めた桂の木。土手に沈む夕日。
晩秋の風景をさらに散歩したい方は、
二十四節気「霜降」2014へどうぞ → こちら

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2017年10月23日 (月)

二十四節気「霜降」2017

 10月23日は、二十四節気の「霜降」です。季節はずれの台風がやってきて、一暴れして去っていきました。
 今日は、詩人のまどみちおさんと一緒に、木津川土手周辺を散歩してみます。ただし、パソコン上でですが……。

 私の考えでは、木津川土手周辺の晩秋は、稲刈りの終了ともに始まります。稲刈りが終わると、急に風景が一変するのです。
 稲刈りの終わった田んぼには藁の束が並び、柿の実は赤く、何処からともなく金木犀の香りが漂います。空は青く、白い雲が流れていきます。

~♪「白い雲」 (まどみちお)
すみきったまっ青空に
きょうも白い雲がひかっている
 ………
ああ どんなんだろう
景色の一ばんうしろにいて
すべてを見わたしている雲の思いは
  ………     ♪~

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  刈り取りの終わった畦道では、小さな草たちが晩秋の野を飾っています。

~♪「小さな草」  (まどみちお)
風がどこからか運んできた一つぶのタネ
からうまれでた この一かぶの小さな草
人にふまれ くるまにけとばされ
 ………
まだこうして霜がおりるまではここで
夕やけに見とれ 風とあそんで生きている
この世に一つきりの自分をこんなに光らせて
  ………     ♪~

 晩秋の風景や小さな草花と遊びながら、木津川土手周辺を散歩したい方は、
二十四節気「霜降」2016へどうぞ → こちら

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  今の時期、田んぼの畦道に咲く小さい草はアカマンマです。

~♪「アカノマンマ」   (まどみちお)
このういういしさは
このつつましさは

天からのもの 地からのもの
はるかな はるかな はるかな…

なのに この草のもの
におうばかりに いまここに
  ………     ♪~

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  以前、シロとい名前の犬と散歩する老人と知り合いになりましたが、最近姿を見かけません。どうかしたのでしょうか? 写真をプレゼントするために、写真店でプリントしたのですが……。
 アカマンマ。白い犬の老人。紅葉を始めた木々。静かに暮れていく土手。
晩秋の土手を散歩したい方は、
「霜降から立冬へ」2015へどうぞ → こちら 

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  今の時期の夕焼けは、夏の夕焼けと違って、ちょっと寂寥感が漂っています。
清少納言さんも「秋は夕暮れ……」と言っていますね。

~♪「夕やけのうた」  (まどみちお)
夕やけよ
あかあか 空をかざれ
千万億の バラをまけ
二どとはこない きょうの日が
ああ いまおわる
日がしずむ
 ………
夕やけよ
はるばる 空をわたれ
千万億の 星をよべ
銀河がけむる かなたから
ああ くる明日が
しあわせが   ♪~

 空をゆく雲。並ぶ藁束。花の咲き乱れる土手を行く人。野焼きの煙。沈む夕日。
晩秋の風景を楽しみたい方は、下手くそな写真で申し訳ないですが、
「霜降」2016続きへどうぞ → こちら 

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2017年10月20日 (金)

二十四節気「寒露」・七草談義

 次第次第に秋も深まってきました。野には秋の花です。
秋の花といえば秋の七草ですが、秋の七草すぐ言えますか? 私はダメです。
秋の七草は、万葉歌人の山上憶良の歌がもとになっていますね。

~♪秋の野に 咲きたる花を 指折りかき数ふれば 七種の花 ♪~
~♪萩の花 尾花 葛花 瞿麦の花 女郎花 また藤袴 朝貌の花♪~
 (はぎのはな おばな くずはな なでしこのはな おみなえし また ふじばかま あさがおのはな)

  しかし、「カワラナデシコ」、「オミナエシ」、「フジバカマ」、「キキョウ」などは、減少の一途。「キキョウ」は、環境省の絶滅危惧Ⅱ類、「フジバカマ」は、準絶滅危惧に指定されています。万葉時代の七草は危機に瀕しています。
  昭和10年、与謝野晶子の提唱で、「新・秋の七草」が日々新聞に発表されました。
  「ハゲイトウ」「シュウカイドウ」「ヒガンバナ」「イヌタデ」「キク」「オシロイバナ」「コスモス」だそうです。
  この新・秋の七草に対抗して、作家の佐藤春夫氏が反応し、自分流の秋の七草を発表しています。
  「カラスウリ」「ヒヨドリジョウゴ」「イヌタデ」「ヒガンバナ」「ツリガネニンジン」 「ノギク」「ミズヒキ」。 それなりに納得ですね。

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  ちなみに、枕草子の清少納言さんは、「草の花は」の段で、秋の花の魅力についていろいろ書いています。……撫子、女郎花、桔梗、朝顔、刈萱、菊、壺すみれ、竜胆、 萩、夕顔、、しもつけの花、蘆の花、薄(すすき)、など…。
 人の生活圏周辺に草地がどんどん減ってしまった現代では、秋の七草といえばどんな花になるのでしょうね。このままだと、セイタカアワダチソウも名乗りを上げてきそうな気配です。
  木津川土手を散歩しながら秋の花を楽しみたい方は、
二十四節気「寒露」2014へどうぞ → こちら

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  私の自転車散歩コースに、水主神社という極めて古い神社があります。平安初期には、すでに神社があったことが文献に出ています。
 水主神社の秋祭りで写真を撮りましたが、撮った写真をプレゼントしようと思っていましたが、遂に果たせないまま時間が過ぎてしまいました。写真の子どもたちは、たぶん高校生くらいかと…。
 水主神社の祭り、夕日に輝くオギや藁の束などをご覧になりたい方は、
二十四節気「寒露」2012へどうぞ → こちら

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  以前は、宇治田原や加茂町などにも撮影によく行っていました。
さらに、秋の散歩を続けたい方は、 
二十四節気「寒露」2010へどうぞ → こちら

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2017年10月12日 (木)

二十四節気「寒露」・野菊

 今の節気は「寒露」です。この節気には、菊の花が咲き出します。木津川土手周辺でも、ヨメナ、ノコンギク、ユウガギクなどの野菊が目立つようになります。

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  野菊と言えば、伊藤左千夫の「野菊の墓」ですね。封建的な社会の壁に阻まれ、結ばれることのなかった悲しい純愛の物語です。
 純愛物語といえば、シュトルムの「みずうみ」も、私の世代以上の人には、よく読まれていたと思います。主人公は学業のために恋人を残して故郷を出ていきますが、その間に女性は金持ちの友人と結婚してしまうという物語です。こう書くと、もう味も素っ気もないですが、かって多くの若者の心をとらえました。
 経済の発展にともなって、仕事のため、学業のため、多くの若者が故郷を出て都市部を目ざしました。その若者の心の奥底には、故郷への郷愁、別れてきた人への思いが堆積しています。抒情あふれるこの物語が、世界の若者に受け入れられた理由ですね。世界の若者(男性)に共通する心理です。 女性はどうなんでしょうね?

 「野菊の墓」を思い出しながら、道の辺に咲く花々と対話したい方は、
二十四節気「寒露」2016続きへどうぞ → こちら

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  今は、稲刈りの時期です。稲刈りの後に残される藁の地蔵。
 実に秋らしい光景ですね。

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  歌人たちも、秋の光景を歌にしています。
 ☆前田夕暮
~♪武蔵野の 野少女どもの稲を刈る鎌日に白し 唯稲を刈る♪~
  ☆島木赤彦
~♪犬蓼の くれなゐの茎はよわければ 不便に思ひ踏みにけるかも♪~
 ☆ 片山広子
~♪こすもすや 観音堂のぬれ縁に 足くづれたる僧眠りゐぬ♪~

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  ☆北原白秋
~♪秋の田の 稲の刈り穂の新藁の 積藁のかげに 誰か居るぞも♪~
 ☆伊藤左千夫
~♪秋草の いづれはあれど露霜に 痩せし野菊の花をあはれむ♪~
 ☆石川啄木
~♪ふためきて 君が跡追ひ野路走り 野菊がなかに寝て空を見る♪~

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   歌人たちと一緒に、秋の風景を楽しみたい方は、
二十四節気「寒露」2015追加②へどうぞ → こちら

  秋の日の終わり、木津川土手に広がる夕景は、いろいろな思いをかき立ててくれます。あなたなら、心はどこに向かいますか? あした? 未来へ? 過去へ?
 私の場合はいつも少年時代です。いつも夢を見ているような少年だった、とは誰も認めてくれませんけどね……。同級生の女の子の証言によると、わがままで、いじわるな少年だったらしいです。

 生活綴り方の詩人・大関松三郎少年にとっては、一日の労働の終わりです。
~♪…… 遠い夕日の中に うちがあるようだ たのしいたのしいうちへ かえっていくようだ あの夕日の中へかえっていくようだ いちんち よくはたらいたなあ ♪~

 17歳でこの世を去った、「赤い鳥」の詩人・海達公子さんの場合もやはり、あたたかい家ですね。(「日ぐれ」より)
~♪ごはんのこげる
  においがしてきた
  夕焼け雲が
  残っている ♪~

 夕日の木津川土手で思いに耽りたい方は、下手くそな写真で申し訳ないですが、
二十四節気「寒露」2013へどうぞ → こちら

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2017年10月 8日 (日)

二十四節気「寒露」2017

10月8日は、二十四節気の「寒露」です。秋もいよいよ本番です。
 気温も下がってきて、冷え込んだ朝には、冷たい露が結ばれ、あたりには水分をたっぷり含んだ朝の空気が静かに流れていきます。
 では、そんな「寒露」の朝にご案内しましょう。
 この写真を撮影したのは、宇治田原町の田んぼです。撮影現場を訪れたい方は、二十四節気「寒露」2011へどうぞ → こちら

 ~♪「朝のうた」
朝露は夜の闇から生まれ
明けてゆく光の中で
白く静まりかえっている
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  静寂を破り陽が昇る
川霧は金色の炎を上げ
すべての朝露は歓喜の光を放ち
野に咲く花は
光の言葉で希望を歌う

この時 隠されていた秘密が
光の言葉で明かされたのだ
一日はどのように始まり
何でできているのかが
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  夜の闇に耐え
朝露をまとった虫たちは
すべてを知っている
いのちの長さとは
朝露が生まれやがて消えていく
その一瞬の時間のことなのだと

無意味な日々の積み重ねを
人生と呼ぶなら
何十年生きようとも
人の一生はつかの間だ
人は忘れているのだ
一日が何故そこにあるのか
その意味が何であるのかを
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  やがて朝の秘密は
昼の光の中に隠され
今日もまた一日が始まるのだ ♪~
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   一日一日を大切に生きるとは? 幸福な一日とは? 詩人の長田弘さんの言葉を聞いてみましょう。
 ~♪「地球という星の上で」
朝の、ひかり。
窓の外の、静けさ。
おはよう。一日の最初の、ことば。
ゆっくりとゆっくりと、目覚めてくるもの。
熱い一杯の、カプチーノ。
やわらかな午前の、日差し。
遠く移ってゆく季節の、気配。
  ………
住まうとは幸福な一日を追求することだと
〈わたし〉は思う。 …… ♪~

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  今の時期、田んぼの畦道や空き地には、秋の花が咲き乱れます。アカマンマ、イボクサ、ミゾソバ、ヒレタゴボウ……。
 野の花と遊んだり、青い秋の空を眺めたり、木津川土手周辺の散歩を続けたい方は、二十四節気「寒露」2016へどうぞ → こちら 
 三好達治の「かよわい花」。丸山薫の「青い空」もあります。

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  「雲見」という言葉をご存じですか? その意味を知りたい方は、
二十四節気「寒露」2015追加①へどうぞ → こちら

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2017年10月 5日 (木)

久しぶりの撮影・彼岸花

 体調不良のため、久しく写真撮影から遠ざかっていました。(10ヶ月くらいかな?) 輸血の効果のおかげで、最近少し体の楽な日がありました。それで、木津川土手に彼岸花を撮りに出掛けてきました。短時間ですが…。
  カメラを持ち風景を見るのと、持たずに見るのとでは、見え方が少し違います。
風景の中に何か意味を捜そうとする意識が、それを生み出しているのでしょうね。

☆土手への坂道を上がる時、空が大きく広がってきます。何か高揚感。
☆先ずは木津川土手の大榎へ。長田弘さんの言葉を思い出しました。
 ♪自由とは、どこかへ立ち去ることではない。
  考えぶかくここに生きることが、自由だ。
  樹のように、空と土のあいだで。♪
☆ハギの花は、もう終わりか? 花が少ないです。

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☆桜の木に寄り添うように並ぶ彼岸花。
☆前ボケを入れるも…。むずかしい。
☆彼岸花の周りで秋は一休み。
 道を往く女性のハミングは「赤とんぼ」?

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☆アレチヌスビトハギ。ピンク色。
☆斜面に咲く彼岸花。のぞく青い空。
☆秋のひだまりを行く二人。光がやさしい。

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☆彼岸花と雲。爽やかな対話?
☆巨木に寄り添う彼岸花。長く伸びる影。
☆蝶と彼岸花。

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   ☆夕日の中の彼岸花。3枚。 
  夕日は明日への希望? 過ぎ去った過去?
 祈り? それとも……?

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 ~♪この世には草があるし木がある
というようにして鳥がいるしけものがいる
というようにして日々が開けるし四季が巡る
というようにして私とても生かされている
ふりそそぐ秋のきんのひかりのなかに
 ………  ♪~ (まどみちお) 

Hisasburi601☆お別れの一枚は、ツルボから彼岸花への季節のリレー。
 南天に上弦の月。

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2017年10月 1日 (日)

二十四節気「秋分」・彼岸花特集

 今は彼岸花の時期ですね。今回は彼岸花の特集です。

  日本の彼岸花は、里に咲く花です。人々の暮らしと共に、人々に寄り添って生きてきた花です。生物学的に言うと、染色体数が三倍体のため種子を作ることは出来ません。人が植えなければ広がることは出来ないのです。
 里に咲く花、彼岸花に、詩人や俳人たちも心を寄せてきました。
  では、中村汀女の句から。

 ~♪ 曼珠沙華 抱くほどとれど 母恋し ♪~

 中村汀女は一人娘だったそうです。嫁いで自らが三児の母となった後も、故郷の母を思っていたようですね。

 次は、病気療養中の山口誓子の句。紺と赤の対比が、引き締まるように鮮やか。
~♪ つきぬけて天上の紺 曼珠沙華 ♪~

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  浅川マキは、「♪港の彼岸花」で「…悲しい恋なら何の花 真っ赤な港の彼岸花」と歌います。山口百恵も、「♪曼珠沙華」で、「♪…恋する女は 罪作り 白い花さえ真紅に染める~」と歌っていましたね。彼岸花は、炎のような女の情念?

 中原中也は、「盲目の秋」で、~♪ …私の青春はもはや堅い血管となり、その中を曼珠沙華と夕陽とがゆきすぎる。…♪~ と詠っています。

 金子みすずは、「~♪ 曼珠沙華」で、~♪ 地面(ヂベタ)のしたに 棲むひとが、 線香花火を たきました。 ♪~ と詠います。 死者のたく線香花火?

 里に咲く花、彼岸花を見ながら、詩人たちと一緒に散歩したい方は、
二十四節気「秋分」2015追加へどうぞ → こちら

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  漂泊の人、種田山頭火も彼岸花の句をたくさん作っています。

  ~♪ 歩きつづける 彼岸花咲きつづける ♪~
  ~♪ 悔いるこころの 曼珠沙華燃ゆる ♪~
  ~♪ なかなか死ねない 彼岸花さく ♪~
  ~♪ いつまで生きる 曼珠沙華咲きだした ♪~
  ~♪ 彼岸花さくふるさとは お墓のあるばかり ♪~

  彼にとって漂泊とは、死と向き合うことだったのでしょうか。
 何かそんな気がします。

  種田山頭火と一緒に、霧の中に咲く彼岸花の里をさまよいたい方は、
「高尾の彼岸花」へどうぞ → こちら

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  秋の空は、青く澄んでいます。何か静かですね。
 吉野弘さんの詩に「争う」という詩があります。漢字遊びの詩です,。 
 ~♪「静」 
青空を仰いでごらん。
青が争っている。
あのひしめきが
静かさというもの。 ♪~

 「静」という漢字は、青が争っていると書きますね。青い静かな空は、目には見えない激しい青のせめぎ合いにより、「静さ」を保っているのです。「静」の中に「動」があり、「動」の中に「静」がある、なかなか弁証法的ですね。

 秋の青い空を見ながら、動揺する心に静寂を取り戻したい方は、
「加茂町の彼岸花」へどうぞ → こちら

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   伊藤左千夫の歌。
~♪曼珠沙華 ひたくれなゐに咲き騒めく 野を朗らかに 秋の風吹く♪~

  古泉千樫の歌。
~♪秋の風 土手をわたればあかあかと ひそかに揺るる 曼珠沙華の花♪~

  この歌のように、秋の風に吹かれながら彼岸花の里を散歩したい方は、
「宇治田原・加茂の彼岸花」へどうぞ → こちら

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2017年9月28日 (木)

二十四節気「秋分」・詩人と散歩

二十四節気「秋分」2017の追加です。
 空の青さがますます増して来て、すべてががくっきりと見えてくるこの季節、いつものように詩人と一緒に木津川土手周辺を散歩しましょう。

 丸山薫という詩人がいました。小学校の教師だった彼は、戦禍で荒れた国土の上に広がる青い空を見て、明日への希望を詠いました。昭和23年頃のことです。

 ~♪ 青い黒板
鉛筆が買えなくなつても
指で書くから いい
ノートブックがなくても
空に書くから いい

算数の式も 読本の字も
図画も綴方の文章も
みんな 指で空に書く
 ………
空の黒板はひろくて たのしい
日本中のぼくたちが書いても
書き切れないだろう

毎日 雲がまつさおに
それをぬぐつてくれる    ♪~

 二度と戦争をしないと誓った日本。物質的豊かさが無くても、人は生きてゆけます。希望さえあれば…。
  木津川土手で青い空を眺めたい方は、
二十四節気「秋分」2012へどうぞ → こちら

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  長田弘さんの詩に、「樹の伝記」という詩があります。
 ~♪
この場所で生まれた。この場所で
そだった。この場所でじぶんで
まっすぐ立つことを覚えた。
 ………
最初に日光を集めることを覚えた。
次に雨を集めることを覚えた。
それから風に聴くことを学んだ。
 ………
ずっと遠くを見ることを学んだ。
大きくなって、大きくなるとは
大きな影をつくることだと知った。
………
うつくしさがすべてではなかった。
むなしさを知り、いとおしむことを
覚え、老いてゆくことを学んだ。
老いるとは受け容れることである。
 ………               ♪~

 「大きくなるとは大きな影をつくること」。
 「老いるとは受け容れること」。自らの弱さも間違いも、そして死も…。
 巨木の根元に寄り添うように、彼岸花が咲いています。彼岸花も巨木の魅力に引き寄せられているのでしょうか?

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  詩人の八木重吉さんも詠っています。
 ~♪はっきりと もう秋だなとおもうころは 色色なものが好きになってくる
  あかるい日なぞ  大きな木のそばへ行っていたいきがする ♪~

  木津川土手で、巨木や彼岸花、エノコログサと語り合いたい方は、
二十四節気「秋分」2013へどうぞ → こちら

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   岸田衿子さんの詩は、どこか明るくて澄んでいて内省的ですね。
 ~♪
星はこれいじょう
近くはならない
それで 地球の草と男の子は
いつも 背のびしている  ♪~

  この詩は何か笑えてきます。
草と男の子は、いつも背伸びして生きているそうです。なぜでしょうね。
憬れが遠すぎるから? いや、女の子に良いところを見せたいから?
では、女の子の場合は? 背伸びせず現実的? それとも夢ばかり見ている?
草が背伸びをする理由は簡単です。光が欲しいからですね。光合成するために。
  野菊。エノコログサ。いつも背伸びをして生きている雑草たちに会いたい方は、
二十四節気「秋分」2016へどうぞ → こちら

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  「野に咲く花のように」という歌がありましたね。ダ・カーポというデュオの曲で、画家の山下清氏を主人公にした『裸の大将放浪記』の主題歌でした。
 木津川土手周辺は、秋の野の花が溢れています。「野に咲く花のように」を聞きながら木津川土手周辺を散歩したい方は、
二十四節気「秋分」2016へどうぞ → こちら

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