写真2017.1~

2017年12月 8日 (金)

二十四節気「大雪」2017

 12月7日は、二十四節気の一つ「大雪」でした。西日本の平地でも雪の便りが聞かれるようになりました。今年は、冬の進み方が早いようです。

~♪はかなくて
   木にも草にも いわれぬは
  心の底の思ひなりけり  ♪~

  江戸時代の歌人・香川景樹の歌です。木や草にも言うことができない心の思いって何でしょうか。言ってしまえば終わり、心の中だけで温めておきたい思い。何かそんな思いが心の中にあるような気がする冬の一日。小春日和です。温かな日だまりを求めて散歩に出掛けましょう。
 では、「大雪」の頃の散歩写真を紹介していきます。過去の「大雪」へのリンクということになりますが……。

 先ず2010年の「大雪」の頃です。この頃はまだ体調に異変はなく、木津川土手ばかりでなく、宇治川、背割り堤、宇治田原茶畑と撮影場所は広かったです。苦手の早朝も何とか頑張っていました。
 二十四節気「大雪」2010へのリンクは → こちら
 写真は、宇治川天ヶ瀬ダム湖。天ヶ瀬ダム下流の朝。興聖寺紅葉。

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  体力づくりも兼ねて、鴻ノ巣山へもよく散歩に行っていました。2011年の「大雪」は鴻ノ巣山の写真が中心です。
 九条武子の歌です。鴻ノ巣山とは、何かこの歌を思い出します…。
~♪ 何という足れる姿ぞ 山も海も はた生うる木も おのずからゆゑ  ♪~
  二十四節気「大雪」2011へのリンクは → こちら

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  木津川土手の散歩でよく行った場所に、近鉄木津川橋梁があります。夕日が綺麗ですが、太陽の位置関係から、撮影チャンスは冬の時期だけです。
 正月に向けてクワイの収穫。鴻ノ巣山の紅葉。以上3枚です。
  二十四節気「大雪」2012へのリンクは → こちら

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  今の時期、いたる所で枯れ草などを焼く作業が行われます。よく晴れて風のない日は、夕方の空気がうっすらと紫色に見えます。晩秋から初冬の何とも言えない空気感です。懐かしいような、寂しいような…。 三枚目は、鴻ノ巣山の紅葉です。
  二十四節気「大雪」2013へのリンクは → こちら

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  冬の散歩道を赤く彩るのが、ヒヨドリジョウゴなどの赤い実。
網目状に枯れたホオズキの実。
取り残されたイチジクの実は、イチジクの産地城陽市ではよくある光景です。小さな拳みたいです。悔しさを握りしめた……。
  二十四節気「大雪」2014へのリンクは → こちら

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2017年12月 2日 (土)

二十四節気「小雪」・鴻ノ巣山

 今は、二十四節気の「小雪」の時期に当たります。
 貧血が進んで来たため、ほんの近くなのにもう一年半ほど、鴻ノ巣山に行けていませんでした。「小雪」の小春日和の暖かさに誘われて、思い切って出掛けてきました。トボトボ歩きです。お婆さんに追い抜かされて…。

 鴻ノ巣山につながる水度神社の参道では、いつの間にか新しいヘアサロンがオープンしていました。店の看板は大きな時計です。時の流れを感じさせるかのるように…。
参道の木々はみな、紅葉して盛んに落ち葉を散らしています。

~♪「木」(まどみちお)
木が そこに立っているのは
それは木が
空にかきつづけている
きょうの日記です

あの太陽にむかって
なん十年
なん百年
一日一ときの休みなく
生きつづけている生命のきょうの……
  ………        ♪~

参道の木々たちは、しばらく会わない間にどんな日記を書いていたのでしょう。
今年の紅葉は、今を盛りに終わりが近づいています。
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  参道の石畳の上には、赤や黄色の落ち葉が風に吹かれています。
 石垣りんさんの「風」という詩を思い出しました。

~♪「風」 (石垣りん)
 ………
生まれたとき
人は舞い落ちた
一枚の木の葉

どこから?
どこかから。

そのときから
帰れない。
どうしても
帰れない。
 ………
みんな
あしたのほうへ
吹き寄せられてゆく。
 ………    ♪~

 人は木の葉。二度と帰れない落ち葉。漂泊感・締命感が漂っていますね。
 ダダイズムの詩人・高橋新吉さんの場合は、もっとストレートで強烈です。
 
~♪「落ち葉」 (高橋新吉)
生きるに及ばざるなり
死に果てて白く
風にさらされるべきなり
しぐるる雨のさびしさに
 ……
地に散りきし落ち葉なれば
何事もなく眠るべし ♪~

 落ち葉を見て思うことは、人それぞれですね。
私は高橋新吉派かな? どちらかといえば…。
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  鴻ノ巣山へつながる水度神社では、入り口の木がよく紅葉しています(最初の2枚の写真)。 3枚目は、私のお薦めポイントの紅葉のトンネル。

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  石垣りんさんに、「枯葉」という詩があります。
~♪ 「枯葉」
どいてくれないかな
木の葉は
言葉にならない
そんな要求の前に
少しずつ枯れ
少しずつ落ちていった

病み疲れたちちが
死にたい、とひとこともらした
私は言わなかった
負わされた生活が重荷だとは
 ………
木の葉がいたたまれなくなって
落ちていくのを
冷たい自分の
ひとつの仕打ちのために
おびただしい悔いが
降りつもるのを  ♪~

 石垣さんに背負わされた家族の重み。この詩は、ちょっと深刻ですね。
5千億円も社会保障費を削ったと自慢する首相がいる国では、特にそうですね。
写真は、お薦めポイントを散歩する人。散歩の人が行き交います。

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Shousetuknos0501 帰りは、すっかり日が傾いて、黒い影が長くくっきりと伸びていました。
その中を落ち葉がカサカサと、風に吹き寄せられていきます。どこへ?
 お気に入りの一枚が撮れました。 では。また。 

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2017年11月24日 (金)

二十四節気「小雪」2017

 11月22日は、二十四節気の「小雪」でした。高い山や北国からは、雪の便りも聞かれるようになりました。季節は、まっすぐに冬を進んでいます。

 私は少し訳あって、故郷の丹後半島へ帰省してきました。
ふるさとの海は荒れ、草は枯れ、強い北風が吹き荒れていました。
冬の荒れた日本海を前にすると、何故か背筋を正して見てしまいます。

~♪「岩と風」 高見順
声を立てずに
じっと坐って我慢している
岩よ
 ………
誰も君の苦しみは知らない
 ………
僕は知っています
僕は風だから
絶えず揺れて苦しんでいるから
だから僕は岩の苦しみも分かるのです
 ………
岩のようでありたいと思いながら
揺れ動いてやまない僕の苦しみを
君だけは知ってくれています
 ………
さようなら 苦しみの友よ
生きていたら また会おう ♪~

 ガンの闘病で死と向き合っていた高見さん。風のように揺れ動く苦しみ。黙して動かない岩の苦しみ。死と向き合う者にだけ分かる、生きることの苦しみ…。
 写真は、わが故郷のランドマーク・立岩(たていわ)です。冬の荒波にも堂々と向きあっています。荒れる海の上を飛ぶ鳶。スポット光をを浴びた屏風岩。
僅か数時間の滞在でしたので、写真はこれだけです。

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  先日、車で木津川土手に行ってみました。貧血のため、自転車では無理です。車でヒョイと行けるところだけです。
 木津川土手の大榎は、ゆっくりと黄葉を始めていました。
 寺田桜堤の欅や桜の紅葉は、もう終盤です。盛んに落ち葉を散らしています。

~♪「落ち葉」 高田敏子
木々はいま ひっきりなしに
葉をちらしている

私たちも あのように
はらい落とすことができたら……
かなしい思い出や
ときに 胸をさす悔いを
 ………    ♪~

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  ***これから後の写真は、過去の「小雪」の写真からです。***

  木津川土手は今、落ち葉の季節を迎えています。
~♪ ほれぼれと 日を抱く 庭の落葉哉 ♪~ (桜井吏登)
最後を迎えた落ち葉。じっと日を抱きしめている落ち葉。共感できますね。
田んぼの風景は、しだいに冬枯れていきます。

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  杜甫の漢詩。プロレタリア詩人の壺井重治さんや現代詩人の長田弘さんなど、詩人たちの言葉を聞きながら、さらに木津川土手を散歩したい方は、
二十四節気「小雪」2016へどうぞ → こちら

 今の時期、文化パルク城陽の桂の木が紅葉し、盛んに枯れ葉を散らしています。
 木津川土手では、葦原を風が渡っていきます。
 土手の上に夕焼け空が広がります。
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  ~♪「枯れ葉」 高田敏子
枯れ葉が鳴っている
ほんの少しの風にもゆれて
ささやきあっている

でもこんなひそやかな会話に
耳をすますのは
早すぎる月日の流れに気づく
おとなたちだけだ
 ………    ♪~
 高田さん、早すぎる月日に流されて、私は今ここに立っています。北風に葦がなびくこの場所に。
 詩人の小野十三郎さんや八木重吉さんの言葉を聞きながら、風に葦の穂が揺れる木津川土手を散歩したい方は、
二十四節気「小雪」2016続きへどうぞ → こちら

 木津川土手以外に、太陽が丘公園、宇治川、光明寺、宇治田原などの「小雪」の頃を散歩したい方は、二十四節気「小雪」2010へどうぞ → こちら

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2017年11月22日 (水)

二十四節気「立冬」過去の写真

 二十四節気ごとに散歩写真を更新するようになって、8年が経ってしまいました。
過去の「立冬」の写真へのリンクが、まだ少し残っていますので、年ごとに3枚ずつ選んでみました。(2010年~2013年)
  先ず、2010年の「立冬」の写真です。 
  2010年頃は、撮影場所の中心が隣町の宇治田原町でした。茶畑や残り柿、すすきなどの被写体を求めて出かけていました。
 すすきが揺れる茶畑。今はこの場所に、作業場の建物が…。
 宇治田原町高尾の残り柿風景。 蔦の紅葉。

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  2010年の「立冬」へのリンクは → こちら

 2011年の「立冬」の写真です。
 やはり宇治田原によく行っていました。しかも、時には朝早くから。朝靄に陽が差すと光芒がドラマチックです。
  木津川土手周辺で、小さなドラマを求めて散歩するようになりました。孫たちに昔話でもしているのでしょうか。藁地蔵たちも神妙にしています。光が無いのが残念。

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  2011年の「立冬」へのリンクは → こちら

 2012年の「立冬」の写真です。
 この年になると、身近な文化パルク城陽の紅葉や木津川土手の紅葉などが、中心となっていきます。
 散歩写真へのシフトが進み、小さな植物にも目が向くようになりました。

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  2012年の「立冬」へのリンクは → こちら

 2013年の「立冬」の写真です。
 ほとんどが散歩写真になりました。身近な被写体に視線がいっています。
 土手を走る耐寒走の子どもたち。
 葉を落とし冬枯れていく木々と散歩するお婆さんと孫。ほのぼの感があります。
 近くの街路樹の紅葉。

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  2013年の「立冬」へのリンクは → こちら
今年は、急に寒くなりました。今日、我が家では、ガスストーブを登場させました。

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2017年11月16日 (木)

残り柿の風景

 先日、宇治田原へ柿の撮影に行ってきました。胆石手術の後、病気の進行もあって体調が悪く貧血も進行して、起伏のある茶畑に撮影に行くのは2年ぶりのことです。
 2年間の変化は驚くべきものでした。いたる所で工事が行われていて、風景が変わっているところがありました。僅か2年というのに変化は大きいです。

 先ずは湯屋谷の茶畑。壊れかけた農機具小屋は、前と変わらず残っていました。
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  この茶畑で作業されていた女性に写真を撮らせていただき、写真をプレゼントしたことがありました。その後、ご主人を病気で亡くされたと聞きましたが、茶畑が維持されているところをみると、元気で仕事を続けられていることと思います。
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  茶畑は広いです。さらに茶畑の奥へと進みます。茶畑と柿の風景が続いています。
これらの柿はすべて渋柿です。渋を抽出して、お茶を包装する紙を強くするために利用していた、という話を聞いたことがあります。 真偽のほどは?

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  茶畑の一番高いところにやって来ました。少し息が切れます。
谷筋の向こう側の茶畑も見えます。山は紅葉が始まっています。
針葉樹の緑と広葉樹の黄葉のコントラストが美しいです。

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  湯屋谷を出て、高尾というところに向かいます。
途中の道端で、逆光に輝く柿を見つけました。紅葉している木もありました。

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  ~♪ふるさとの 秋ふかみかも柿赤き 山べ川のべ わが眼には見ゆ♪~
 これは、歌人古泉千樫の歌です。私のお気に入りの歌です。
 柿の実は、何故かふるさとを思い出します。
 かって多くの人が、故郷を離れて都市部へと旅立ってゆきました。その心の中には、故郷の風景が刻まれています。それは、秋になればすすきの穂がなびき、赤い柿の実が陽の光に輝いている風景ですね。
  高尾のすすきと柿の木の風景です。

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  自分が生きてきた半世紀を超える時間の流れの中でみたとき、その変化は途方もなく大きなものです。自分が子ども時代を過ごしたふるさとの風景は、もはや何処にもない風景かも知れません。目を閉じてしか見ることのできない風景です。

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  高田敏子という詩人も柿の実とふるさとを歌っいます。

~♪「柿の実」
枝に光る柿の実に
私のふるさとがある
遠い日の記憶の中にあるやさしい村
  ………
二階の窓にもたれて立って
夕日に光る柿の実を見ていると
峠のむこうのふるさとが浮かんでくる
 ………
縁に座っている 祖父母
その隣には
祖母が座り
母が座っていて
 ………
みんな静かな笑みをこちらに向けて
私を待っていてくれる
座布団の上に
柿の実が一つ
光っているのが よく見える ♪~

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  柿の木のある風景は、日本の田舎の原風景です。いつの時代から、柿の木が植えられるようになったのでしょうか?
 柿の種は、縄文の遺跡からも発掘されているようです。しかし、万葉集に柿の歌はありません。枕草子にも登場しません。
 それは、鎌倉時代だと言われています。突然変異で甘柿が登場したのが鎌倉時代、それから品種改良がくり返され、現在にいたったそうです。

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  紅葉もしだいに本格的になってきました。車から降りて、直ぐ撮影出来るような場所なら、貧血の私でも行けそうな気がします。探してみます。  では。また。
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2017年11月 9日 (木)

二十四節気「立冬」2017

 11月7日は、二十四節気の「立冬」でした。暦の上ではもう冬ですね。
風も少し冷たさを増してきて、初冬の日だまりで想い出にひたるのもいいですね。

  ~♪…冬が来る前に   もう一度 あの人とめぐり逢いたい♪~

  この曲は、 「紙ふうせん」というグループが40年前に発表した曲です。終わった夏の恋を歌っているようですね。今の時期には、ピッタリな名曲かと…。
この曲を聴きたい方は、 → こちら
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  あなたには、冬が来る前に逢いたい人はいますか?
私にはあります。私はその人に会うために、いつも木津川土手に出掛けるのです。

~♪「立冬の日に」
暦が冬を知らせた日
街路樹は色を変え葉を散らしている
野焼きの煙の中に無言の藁地蔵が立ちならび
畦道の野菊は最後の時をむかえている
私は今日も木津川の土手へと急ぐ
 
土手の坂道を登れば
空が大きく広がり私を迎えてくれる
土手の上に立てば北には比叡の山並み
田んぼでは冬支度をする人々の営み
冬の陽ざしはなぜか優しい

私は大切な人と会うためこの土手に来る
僅かに色を変える大榎の下に彼はいる
彼はいつものように語り始める
風景は時間の流れの中で
止めようもなくうつろっていく
本当に美しい風景は目を閉じて見るものだと

冬が始まった日  彼の目にした風景は
風になびく枯れススキ  欠けた夕月
遙かに渡っていく雁の影 

今は目を閉じても何も見えない 
風の音が聞こえるばかりだ
いつも無言で立ち去る彼は
私と同じ名前で呼ばれている    ♪~

 目を閉じてしか会えない彼。哀しみの中でしか会えない彼。
 止めようもなくうつろってゆく時間。その中に一人残される私…。
この詩に合わせて、彼と一緒に木津川土手を散歩したい方は、
二十四節気「立冬」2014へどうぞ → こちら

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  土手の上には青い空が広がり、コブシの木から赤い実が旅立とうとしています。
 ガマの穂の種子たちが、風に乗り盛んに旅立ちを始めています。

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  夕焼けはいつの季節でも美しいものですが、今の時期の夕焼けは、夏の夕焼けとは一味違う美しさです。
 オギの白い穂は赤く染まり、炎のように風に揺れています。誰かに別れを告げているかのように…。
 高田敏子さんの詩が頭をよぎります。

~♪「すすきの原」
さようなら さようなら
すすきの穂のくり返す
さようなら
 ………
私のまわりから いつとはなしに
時の流れのなかに
去っていった人たちのことがおもわれる
すすきの原  ♪~

 私もまた、時の流れのなかに去っていかねばなりません。すべての想い出を抱き、すすきの穂がさよならをくり返すなかを……。
 初冬のほんのり温かな陽ざしのなかを散歩したい方、または夕日に輝くオギを眺めたい方は、二十四節気「立冬」2016後編へどうぞ → こちら

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  田んぼ道に貼りつくように広がるイヌタデ。嘗ては「赤まんま」と呼ばれ、子どもたちに愛された花。今は余命少ない老人の感傷花。
  さらに、初冬の木津川土手周辺を散歩したい方は、
二十四節気「立冬」2016前編へどうぞ → こちら

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2017年11月 2日 (木)

二十四節気「霜降」・柿の実

 今は、二十四節気の霜降の時期です。間もなく紅葉も本格的になることと思います。
10月30日に近畿地方では、今年の木枯らし1号が吹きました。
 では、晩秋の風景を楽しみながら散歩しましょう。(ただしパソコン上で…)

 稲刈りが終わり、田んぼはすっかり土が露出しています。そこに藁束が地蔵のように立ち並んでいます。空は青く、白い雲が流れていきます。
 人はしばしば、雲と対話しながら、未来や過去に思いをめぐらせ、自分自身を見つめてきました。遙か古の清少納言さんも雲を見ていたのでしょうね。きっと。
 調べてみました…。 ありました!♪

~♪ 枕草子238段 「雲は白き」
雲は、白き。紫。黒きもをかし。 風吹くをりの天雲。
あけ離るるほどの黒き雲の、やうやう白うなりゆくもいとをかし。
朝にさる色とかや、文にも作りけり。
月のいと明かき面に、薄き雲あはれなり。 ♪~

  私は、ぽっかり浮かんだ白い雲が好きなのですが、清少納言さんは、黒雲や雨雲にも心惹かれています。宮中の難しい人間関係を巧みに乗り切っていた、やり手な女性だったのでしょうね。

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  柿も赤く色づいてきました。吉野弘さんの詩に柿の木を歌った詩があります。
~♪ 「夥しい数の」
夥しい数の柿の実が色づいて
痩せぎすな柿の木の華奢な枝を深く撓ませています
 ………
枝を撓ませている柿の実は
母親から持ち出せる限りを持ち出そうとしている子供のようです

能う限り奪って自立しようとする柿の実の重さが
限りなく与えようとして痩せた柿の木を撓ませています

晩秋の
赤味を帯びた午後の日差しに染められて ♪~

 痩せた親木。旅立とうとする、夥しい数の赤い実。命のリレーのドラマ。
 晩秋の傾きかけた陽ざしが見守っています。
晩秋の日の散歩をさらに続けたい方は、
二十四節気「霜降」2011へどうぞ → こちら

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  籾摺り機のある小屋の側には、大きな籾の山が出来ています。私はかってに、「籾富士」と名前をつけています。世間で一般的に通用しているかどうかは分かりません。
 籾殻に火がつけられて、煙があたりに立ちこめます。こんな場所で、晩秋の空気が作られているのですね。

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  晩秋の道を行く人も、どこか遠くを見ているような気がするのは、
私だけの感傷でしょうか?
 晩秋の風景をさら散歩したい方は、
二十四節気「霜降」2012へどうぞ → こちら

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  案山子、アキアカネ、藁地蔵、チカラシバ、ムクドリの群れ、すすき……。
下手くそな写真で申し訳ないですが、晩秋の風景をさら散歩したい方は、
二十四節気「霜降」2010へどうぞ → こちら

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2017年10月26日 (木)

二十四節気「霜降」・ひだまり

 今の時期は、二十四節気の「霜降」の頃です。
 吹く風にも少しずつ寒さが付け加わってきました。暖かい日溜まりで、想い出や郷愁にひたりたい気分になったりします。

~♪「日溜まり」 (高田敏子)
お日さまは
きょうも探しています
あたたかな日だまりを
どこに作ろうかと
 ………
配達の少年が すこしの間
自転車を休めて
ふるさとの空を思うところ

お日さまもお忙しい ……
こうした場所に日だまりを
たくさん作るために…… ♪~

 お日さま! 孤独な老人のためにも暖かい日だまりをお願いします。
私も、ふるさとの空を思ってぼんやりしたいです。
 日だまりでゆっくりと晩秋を楽しみたい方は、下手な写真で申し訳ないですが、
「霜降から立冬へ」2015追加へどうぞ → こちら

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  今年は、霜降の時季に台風がやって来て、大雨を降らせました。木津川に架かる流れ橋が流されました。23日の「霜降」の日の当日に、車で見に行ってきました。
 当分の間、この橋の勇姿ともお別れです。
 案山子さんの死亡事故。これも台風被害?

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  夜になり、ハタッと気付きました。虫の声がしない! 
 台風の長雨に、虫たちも最後を迎えたのかも知れません。

~♪「鎮魂歌」  (吉野弘)
死ぬことを強いる時間は
生きることを強いる横顔を持ち
タクトをとって休みなく
秋のあまたの虫たちを残酷なほど歌わせる。
 ………
強いられぬ唯一のものが歌
であるかのごとく声を高め、それを時間の
肉のうすい小さな耳にも聞かせようとして
倦むことを知らない。  ♪~

 限りある命。時間に急かされ歌う虫たち。命の鎮魂歌…。
今まで、私は何の歌を歌ってきたのでしょうかか?
いや、そもそも歌う歌などもっていたのでしょうか?
日々の時間に流されて……。

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  晩秋の風景の中で、いろいろな思いにひたりたい方は、
二十四節気「霜降」2013へどうぞ → こちら

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  柿の実は赤く色づき、稲刈りもほぼ終わりに近づいています。
嘗て稲刈りは、明るい光に溢れ、みんなでする作業でした。

~♪みんなではたらく刈田ひろびろ♪~    (種田山頭火)

~♪見下せば 里は稲刈る 日和かな♪~   (正岡子規)

~♪稲刈れば 小草に秋の 日のあたる♪~  (与謝蕪村)

 今の時代は少し様子が違います。機械化。老齢化。
田んぼに立てかけられた藁の束は、夕日に何を語り合っているのでしょうか?
この国は何処へ向かって進んでいるのでしょうか?

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  籾を焼く煙。色づき始めた桂の木。土手に沈む夕日。
晩秋の風景をさらに散歩したい方は、
二十四節気「霜降」2014へどうぞ → こちら

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2017年10月23日 (月)

二十四節気「霜降」2017

 10月23日は、二十四節気の「霜降」です。季節はずれの台風がやってきて、一暴れして去っていきました。
 今日は、詩人のまどみちおさんと一緒に、木津川土手周辺を散歩してみます。ただし、パソコン上でですが……。

 私の考えでは、木津川土手周辺の晩秋は、稲刈りの終了ともに始まります。稲刈りが終わると、急に風景が一変するのです。
 稲刈りの終わった田んぼには藁の束が並び、柿の実は赤く、何処からともなく金木犀の香りが漂います。空は青く、白い雲が流れていきます。

~♪「白い雲」 (まどみちお)
すみきったまっ青空に
きょうも白い雲がひかっている
 ………
ああ どんなんだろう
景色の一ばんうしろにいて
すべてを見わたしている雲の思いは
  ………     ♪~

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  刈り取りの終わった畦道では、小さな草たちが晩秋の野を飾っています。

~♪「小さな草」  (まどみちお)
風がどこからか運んできた一つぶのタネ
からうまれでた この一かぶの小さな草
人にふまれ くるまにけとばされ
 ………
まだこうして霜がおりるまではここで
夕やけに見とれ 風とあそんで生きている
この世に一つきりの自分をこんなに光らせて
  ………     ♪~

 晩秋の風景や小さな草花と遊びながら、木津川土手周辺を散歩したい方は、
二十四節気「霜降」2016へどうぞ → こちら

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  今の時期、田んぼの畦道に咲く小さい草はアカマンマです。

~♪「アカノマンマ」   (まどみちお)
このういういしさは
このつつましさは

天からのもの 地からのもの
はるかな はるかな はるかな…

なのに この草のもの
におうばかりに いまここに
  ………     ♪~

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  以前、シロとい名前の犬と散歩する老人と知り合いになりましたが、最近姿を見かけません。どうかしたのでしょうか? 写真をプレゼントするために、写真店でプリントしたのですが……。
 アカマンマ。白い犬の老人。紅葉を始めた木々。静かに暮れていく土手。
晩秋の土手を散歩したい方は、
「霜降から立冬へ」2015へどうぞ → こちら 

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  今の時期の夕焼けは、夏の夕焼けと違って、ちょっと寂寥感が漂っています。
清少納言さんも「秋は夕暮れ……」と言っていますね。

~♪「夕やけのうた」  (まどみちお)
夕やけよ
あかあか 空をかざれ
千万億の バラをまけ
二どとはこない きょうの日が
ああ いまおわる
日がしずむ
 ………
夕やけよ
はるばる 空をわたれ
千万億の 星をよべ
銀河がけむる かなたから
ああ くる明日が
しあわせが   ♪~

 空をゆく雲。並ぶ藁束。花の咲き乱れる土手を行く人。野焼きの煙。沈む夕日。
晩秋の風景を楽しみたい方は、下手くそな写真で申し訳ないですが、
「霜降」2016続きへどうぞ → こちら 

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2017年10月20日 (金)

二十四節気「寒露」・七草談義

 次第次第に秋も深まってきました。野には秋の花です。
秋の花といえば秋の七草ですが、秋の七草すぐ言えますか? 私はダメです。
秋の七草は、万葉歌人の山上憶良の歌がもとになっていますね。

~♪秋の野に 咲きたる花を 指折りかき数ふれば 七種の花 ♪~
~♪萩の花 尾花 葛花 瞿麦の花 女郎花 また藤袴 朝貌の花♪~
 (はぎのはな おばな くずはな なでしこのはな おみなえし また ふじばかま あさがおのはな)

  しかし、「カワラナデシコ」、「オミナエシ」、「フジバカマ」、「キキョウ」などは、減少の一途。「キキョウ」は、環境省の絶滅危惧Ⅱ類、「フジバカマ」は、準絶滅危惧に指定されています。万葉時代の七草は危機に瀕しています。
  昭和10年、与謝野晶子の提唱で、「新・秋の七草」が日々新聞に発表されました。
  「ハゲイトウ」「シュウカイドウ」「ヒガンバナ」「イヌタデ」「キク」「オシロイバナ」「コスモス」だそうです。
  この新・秋の七草に対抗して、作家の佐藤春夫氏が反応し、自分流の秋の七草を発表しています。
  「カラスウリ」「ヒヨドリジョウゴ」「イヌタデ」「ヒガンバナ」「ツリガネニンジン」 「ノギク」「ミズヒキ」。 それなりに納得ですね。

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  ちなみに、枕草子の清少納言さんは、「草の花は」の段で、秋の花の魅力についていろいろ書いています。……撫子、女郎花、桔梗、朝顔、刈萱、菊、壺すみれ、竜胆、 萩、夕顔、、しもつけの花、蘆の花、薄(すすき)、など…。
 人の生活圏周辺に草地がどんどん減ってしまった現代では、秋の七草といえばどんな花になるのでしょうね。このままだと、セイタカアワダチソウも名乗りを上げてきそうな気配です。
  木津川土手を散歩しながら秋の花を楽しみたい方は、
二十四節気「寒露」2014へどうぞ → こちら

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  私の自転車散歩コースに、水主神社という極めて古い神社があります。平安初期には、すでに神社があったことが文献に出ています。
 水主神社の秋祭りで写真を撮りましたが、撮った写真をプレゼントしようと思っていましたが、遂に果たせないまま時間が過ぎてしまいました。写真の子どもたちは、たぶん高校生くらいかと…。
 水主神社の祭り、夕日に輝くオギや藁の束などをご覧になりたい方は、
二十四節気「寒露」2012へどうぞ → こちら

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  以前は、宇治田原や加茂町などにも撮影によく行っていました。
さらに、秋の散歩を続けたい方は、 
二十四節気「寒露」2010へどうぞ → こちら

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