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2017年8月

2017年8月17日 (木)

村上昭夫詩集「動物哀歌」を読む

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 夭逝の詩人は、どのように死と向き合ったのでしょうか? 今回は、肺結核のため41歳の若さで亡くなった村上昭夫の場合をみていきます。
 彼の手になる詩集は、「動物哀歌」という詩集一冊のみで、近現代詩人の中では、あまり知られていない詩人かも知れません。

 では、年譜にしたがって略歴をみていきます。
昭和2年(1927):岩手県、現在の陸前高田市に生まれる。
昭和20年(1945)18歳:岩手中学卒業。
 官吏として満州ハルビンに渡り、臨時徴兵。敗戦。捕虜生活。
昭和21年(1946)19歳:帰国。翌年、盛岡郵便局に就職。
 職場での合唱や文化活動に励む。
昭和25年(1950)23歳:結核発症。3年間岩手サナトリウム入院。
 入院を機に、俳句や詩を書き始める。
 退院後、野良犬クロとの出会い。
昭和30年(1955)28歳:病気により郵便局を免職。
 雑誌などに投稿。詩人クラブの活動。
昭和34年(1959)32歳:仙台厚生病院入院。
 右肺切除。入院は3年に及ぶ。
昭和40年(1965)38歳:国立盛岡療養所に入院。 
昭和42年(1967)40歳:詩集「動物哀歌」上梓。土井晩翠賞を受賞。
昭和43年(1968)41歳:10月、41歳で永眠。全身衰弱。

 年譜からも分かるように、村上昭夫は、病気を契機に詩を作り始め、病気と向き合いながら詩をつくり、長くない一生を終えました。
 もっともよく知られた「雁の声」という詩をみてみましょう。

 ~♪「雁の声」
雁の声を聞いた
雁の渡ってゆく声は
あの涯のない宇宙の涯の深さと
おんなじだ

私は治らない病気を持っているから
それで 雁の声が聞こえるのだ

治らない人の病は
あの涯のない宇宙の涯の深さと
おんなじだ

雁の渡ってゆく姿を
私なら見れると思う
雁のゆきつく先のところを
私なら知れると思う
雁をそこまで行って抱けるのは
私よりほかないのだと思う

雁の声を聞いたのだ
雁の一心に渡ってゆくあの声を
私は聞いたのだ   ♪~

 彼の詩は、いつも宇宙的広がりを見据えながら展開していきます。
 宇宙の深淵へと遙かに渡っていく雁。不治の病であるがゆえに、彼は雁の哀しみの声を聞くことが出来たのです。その宇宙の深淵で、雁の哀しみと命を抱きしめることが出来るのは、彼だけなのです。…… 自然の摂理により消えていく命。自らの死の予感から、彼は、動物の哀しみと自分自身を重ね、哀しいまでの透明な眼差しで宇宙の深淵をのぞき見たのです。

  彼が「動物哀歌」の詩を書くきっかけは、野良犬クロとの出会いです。川を流されていた子犬を拾い、クロと名づけ、家の縁の下を住み家として与えます。後に彼は、「動物哀歌はすべてクロが作ってくれたようなもんだ」と語っていたそうです。
 いくつかある犬の詩の中から一つ紹介してみます。
 ~♪「犬」
犬よ
それがお前の遠吠えではないのか
 ……
お前の遠吠えする声の方向に
死なせるものや愛させるもの
別れさせるものが
目も眩むばかりにおいてあって
お前はそれを誰も知らない間に
密かに地上に呼んでいるのではないか

だがお前はひるになると
 ……
愛くるしい目を向けたりする
真実忠実な犬でしかないように
嘘の姿を見せるのだ ♪~

 忠実な犬。嘘の姿でしか生きられない哀しい存在。死や愛や別離を隠し生きる犬。
荒野の月に向かって吠える犬の遠吠えに、彼は聞くのです。生きることの哀しさ、命の愛おしさを……。
 嘘の姿を生きる飼い犬。おびえながら生きる野良犬。弱々しいもの、滅びゆくものへの限りない共感。彼は、動物たちへの共感を通して、死を見つめて生きようとする自らの意志、生きることの哀しさ、命の尊厳を詠ったのです。

 彼の詩に登場する動物は多いです。犬を初めとして、鶴、鹿、すずめ、熱帯魚、雁、鳶、鴉、、鳩、リス、牛、ねずみ、深海魚、象、熊、猿、蛇、虎、蜥蜴、あざらし、キリギリス、ウミネコ……略……。 その中から「ねずみ」の詩を紹介してみます。

 ~♪ 「ねずみ」
ねずみを苦しめてごらん
そのために世界の半分は苦しむ

ねずみに血を吐かしてごらん
そのために世界の半分は血を吐く

そのようにして
一切のいきものをいじめてごらん
そのために
世界はふたつにさける
 ……
一匹のねずみが愛されない限り
世界の半分は
愛されないのだと ♪~

 弱いものの命の尊厳が侵されるとき、世界は二つに裂けるのです。一匹のねずみが愛されない世界では、もはや世界の半分は愛されないのです。死を予感した彼の透明な眼差しは、世界の奥底に隠された真実を見抜いているのです。

 ~♪「五億年」
五億年の雨が降り
五億年の雪が降り
それから私は
何処にもいなくなる

闘いという闘いが総て終わりを告げ
一匹の虫だけが静かにうたっている
その時
例えばコオロギのようなものかも知れない
五億年以前を鳴いたという
その無量のかなしみをこめて
星雲いっぱいにしんしんと鳴いている
その時
私はもう何処にもいなくなる
しつこかった私の影さえも溶解している
  ……  ♪~

 五億年の遙かな時間の流れ。「闘いが総て終わりを告げ/一匹の虫だけが静かにうたっている」宇宙。五億年の雨が降り、雪が降る宇宙。彼は、その宇宙の中を動物たちの無量の哀しみを抱き、影とともに宇宙のなかへと溶解し、「何処にもいなくなる」のです。 自らの死の悲しみを動物たちに投影し、その動物たちを抱きしめ、遙かな時空の果てへと歩み去った詩人、村上昭夫は41歳で永眠しました。
    ******
 宇宙を吹き渡る郷愁の風に吹かれ、微かな光を求めて億光年を歩み続けると、そこにはすべての命の故郷があるのです。そこでは、動物の哀しみと人の哀しみが共鳴し、お互いを抱きしめ合うことが出来るのです。そんな故郷を目ざして村上昭夫は旅立っていったと私には思えます。
 失われていく自然の原風景への哀しみが滲む「精霊船」。「都会の牛」。
 満州での戦争体験を滲ませた「死んだ牛」。「砂丘のうた」。
  「砂丘のうた」では、「もう殺しあったりすることなんかない/海を越えた愛のうたを」と詠います。いろいろ紹介したいですが、スペースが無くなりました。
 村上昭夫詩集、お薦めします。          では。 また。

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2017年8月13日 (日)

二十四節気「立秋」・季節の扉

 8月7日は、二十四節気の「立秋」でした。暦が、季節の扉を開けてくれました。しかし、秋とは名ばかりで、毎日暑い日が続いています。
 季節の歩みは、実にゆっくりと進むものなのです。
 雲は、過ぎ去る夏の想い出を語り、風は、静かに秋をはこんでくる…。出会いと別れをくり返し、散る花は涙をながす。季節は人の歩みのようにゆっくりと進むものなのです。すべてが終わる日まで…。

 ~♪「季節の扉」
暦が秋の扉を開いた日 
百日紅の花が咲き
樹上で油蝉が夏の歌を合唱している
蓮は夏の陽ざしの中で眩しい
季節はゆっくりと歩むものなのだ

季節を語るのは雲だ
まだ入道雲が夏を語っている
湧き上がる雲は形を変え
少年の日の想い出を捜している

季節を運ぶのは風だ
ゆっくりと歩めば気づくだろう
青田の上を吹き渡る風の涼しさに
風に揺れる山法師の赤い実に
散った花びらが涙に濡れていることに 

季節を造るのは出会いと別れだ
出会いには 心ときめかせ
別れには 涙する
季節の歩みはいつも人と同じだ

すべての扉が閉じられる日が来たら
涙をぬぐい遙か遠くを見つめるのだ
地平の向こうに一つの扉が見えるだろう
その扉に向かってゆっくりと歩むのだ
季節のようにゆっくりと  ♪~

 この詩に合わせて、木津川土手方面を散歩したい方は、
二十四節気「立秋」2014へどうぞ → こちら

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   ボブという猫の物語を知っていますか? 詩人の長田弘さんが、猫のボブを詩にしています。
 ~♪ 「猫のボブ」   (奇跡―ミラクル―)
……
猫のボブがいった。平和って何?
……
それからは、いつも考えるようになった。
ほんとうに意味あるものは、
ありふれた、何でもないものだと。
魂のかたちをした雲。
樹々の、枝々の、先端のかがやき。
すべて小さなものは偉大だと。 ♪~

 長田さんは言っています。何げないありきたりの風景や、何げないささやかな日常生活のなかにこそ、ほんとうに意味のあるものがあると……。平和も幸福も…。
  また、「人の権利」という詩の中では、~♪木立の上に、/空があればいい。おおきな川の上に、/風の影があればいい。/……/幸福とは、単純な真実だ。/必要最小限プラス1。/人の権利はそれに尽きるかもしれない。/誰のだろうと、人生は片道。/行き行きて、帰り着くまで。♪~
 人の権利とは…。木立の上の空。川の上を渡る風。…必要最小限プラス1。長田さんは、いつも何げない風景や日常生活の中で、人生の意味を考察した詩人です。

 いつもの何げない木津川土手周辺の風景の中を、詩人の長田弘さんと一緒に散歩したい方は、…二十四節気「立秋」2016・後半へどうぞ → こちら

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   高田敏子さんという詩人には、橋をテーマにした詩がいくつかあります。
 ~♪「橋のうえ」
……
たくさん仕事を抱えた人が通る
なんにも仕事のない人が通る

恋ある人が歩いてゆく
恋なき人が歩いてゆく

秋の風が渡ってゆく
風よりもさびしいものがわたってゆく
さびしい目に見えないものがわたってゆく
見えないものが通るとき
橋はいちばん美しい ♪~

 さまざまな人が通る橋。恋する人も、恋を失った人も…。見えない何かも渡っていく…。橋を一番美しくする、見えないものとは何でしょうか? 希望? 憬れ? 安らぎ?
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   田の上を渡る風。雲。スイレン。ハス。ヒルガオの花。夾竹桃。百日紅。
 土手の大榎。茶畑のスブリンクラー。
  見えないものを感じながら、木津川土手周辺や流れ橋を散歩したい方は、…
二十四節気「立秋」2012へどうぞ → こちら

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2017年8月10日 (木)

二十四節気「立秋」2017

 8月7日は、二十四節気の「立秋」でした。いよいよ暦の上では秋ですね。今年の「立秋」当日は、ノロノロとした夏の台風が、騒がしく日本列島を通過していきました。

 ~♪ 秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる ♪~
  古今和歌集で藤原敏行が詠っているように、秋は、静かにそっと近づいて来ているのでしょう。今の時期、どれくらい秋が来ているのでしょうね。
 木津川土手周辺へ植物図鑑を持ち、秋を探しに散歩しましょう。きっと、城陽特産のイチジクの実も成長し始めている頃だと思います。
 ★植物図鑑を持って木津川土手方面を散歩をしたい方は、
 二十四節気「立秋」2011へどうぞ → こちら

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  土手の上に上がると、空が大きく広がり、白い雲が流れていきます。土手に座って、雲を眺めていると分かります。なつかしい人は、みんな雲に乗ってやって来るのです。亡くなった人も、遠くにいる人も、幼なじみも、なつかしい想い出を連れて、……。
 ★空を見ながら木津川土手周辺を散歩したい方は、
 二十四節気「立秋」2016へどうぞ → こちら

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  8月6日は広島に、8月9日は長崎に原爆が投下された日ですね。かって8月6日や9日は、全国の小中学校で夏休みの登校日になっていました。しかし今は、取りやめている学校がほとんどです。8月6、9日が何の日であるか答えられない人が、7割に迫っているというNHKの報道がありました。
 7月7日には、国連会議で122カ国の賛成で、「核兵器禁止条約」が採択されました。拍手と歓声の中で…。しかし、日本は不参加です。事前交渉にも参加していないといいます。何ということでしょうか…!!
 詩人の石垣りんさんは、しだいに近づいてくる戦争の足音をすでにずっと以前に聞いていました。
~♪ 「雪崩のとき」
……
すべてがそうなってきたのだから
仕方がない”というひとつの言葉が
遠い嶺のあたりでころげ出すと
……
あの言葉の
だんだん勢いづき
次第に拡がってくるのが
それが近づいてくるのが
私にはきこえる ……♪

 また、石垣りんさんは、~♪人はみんなで、空をかついで生きている。世代を超えて。輝きも、暗闇も。♪~と詠いました。みんなのつながりで、青い平和な空をかついでいけたらいいですね。
  ★石垣りんさんと一緒に木津川土手で空を眺めたい方は、
  二十四節気「立秋」2015へどうぞ → こちら

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 ★ハスの花やザリガニ、アメンボ、糸トンボ、アゲハ、ワスレグサ。さまざまな生き物を見ながら、夏休みの土手周辺をさらに散歩したい方は、
  二十四節気「立秋」2013へどうぞ → こちら

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2017年8月 7日 (月)

定期診察(136)・腸炎

 今日はKS病院血液内科の定期診察でした。台風接近で激しい雨の中を病院に向かいました。こんな時は、さらによくないことが重なるというのが、世の常です。気を引き締めて行動しなくては……。その割りに、転びそうになったり、傘を忘れて帰ろうとしたり、ドジな行動が続きました……。

 さて、最近の症状ですが、
 *今回、腹の痛みが出てきました。胃や腸が痛いのです。ヘソの周囲を押すと痛いです。食後は胃が痛いです。ロキソニンを毎日2錠以上飲んでいるので、その副作用に違いないです。いよいよロキソニンが使えなくなるかもです。

  *貧血症状は、前回の輸血のおかけで少しましです。

  *背中から脇腹の違和感は、ますます強くなっています。寝ているとき、目がさめる回数が増えました。

  *発熱し骨が痛くなる症状は、依然として続いています。ロキソニン無しでは生活できないです。1錠のロキソニンで何時間我慢出来るか試しに調べてみたところ、16時間が限界でした。熱と痛みがひどくなるので、この実験はもう二度とやりたくないです。バカなことをしていますね。

  さて、診察結果です。
 ★ヘモグロビンはHb=7.6。 予想通りです。輸血は無し。

 ★胃と腸の痛みについては、いろいろ問診の結果、「まちがいなく腸炎ですよ。」でした。素人考えのロキソニン副作用説は、あっさりと否定されました。
 というわけで、抗生剤と整腸剤のビオフェルミンの処方になりました。

 ★骨の痛みと熱については、引き続きロキソニンの処方です。

 ★背中から脇腹にかけての違和感、つまり脾臓の肥大化については、引き続き我慢あるのみです。

 ★ジャカビは一日に2錠が続きます。血小板は10万のまま。

 帰りは、雨の止み間に急いで帰りました。さすがに電車は空いていました。
 薬局で、ジャカビが品切れで足りないことが判明。明日、残りを受け取りに行くことになりました。 よくないこととは、このことかな?……。 許せますね。
                    では。また。

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2017年8月 3日 (木)

二十四節気「大暑」・夏の歌

 大暑の頃。一年中で一番暑い季節に入りました。
 考えてみると夏はなぜ暑いのでしょうか。理科的に言えば、地軸の傾きにより四季が生まれ、夏になるのですが……。 心までもが暑いのはなぜでしょうか。

 ~♪「夏に」
暑いから夏になったのではない
蓮の花が咲き
白い夏雲が湧き上がり
青田の上を風が吹き渡ってゆく
風景が夏を語ったから夏が来たのだ

暦が知らせたから夏になったのではない
水の上のアメンボウ
ワルナスビの針
花に潜むハラビロカマキリ
すべての命が夏を知らせているのだ

夏が来たから涙が流れるのではない
焼け跡に夾竹桃が咲いた夏
二度と帰らない少年の日の夏
わすれ草を胸にした夏
夏の想い出が涙を連れて来るのだ

夏が来たから暑いのではない
遠く見つめる先に
平和はあるのか ホオジロよ
人はどこから来て
どこに行くのか 無言の空蝉よ

思いを込めるから暑いのだ 夏よ   ♪~

 この詩にあわせて、木津川土手周辺を散歩したい方は、…
二十四節気「大暑」2014へ → こちら

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   詩人の高田敏子さんは、橋をテーマにした詩をいくつかつくっておられます。
 ~♪「橋」
少女よ
橋のむこうに
何があるのでしょうね

私も いくつかの橋を
渡ってきました
いつも 心をときめかし
急いで かけて渡りました
……
そして あなたも
急いで渡るのでしょうか

むこう岸から聞こえる
あの呼び声にひかれて ♪~

 心をときめかせ、いくつもの橋を渡ってきた私。今、橋を渡ろうとしている少女。
橋のむこうにある何かを目ざして…。
 人はみんな橋をわたるのです。「あの呼び声にひかれて…」。あなたもまた…。
  夏の夕暮れ。赤い夕雲を見ながら、木津川流れ橋を渡ってみたい方は、…
二十四節気「大暑」2012へ → こちら

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   仏教経典『妙法蓮華経』に、「不染世間法 如蓮華在水」(世間の法に染まらざるは、蓮華の水に在るが如し)とあるそうです。ハスは泥の中にあっても汚れることなく美しい花を咲かせるということです。ありがたい仏の花というわけです。
 枕草子、「草は」の段には、次のように書かれています。
  ~♪…蓮葉(はすば)、よろづの草よりもすぐれてめでたし。妙法蓮華のたとひにも、花は仏にたてまつり、実は数珠(じゅず)につらぬき、念仏して…♪~
 北原白秋の名曲、「からたちの花」は、♪…からたちの花のそばで泣いたよう…♪と歌います。これを「ハスの花のそばでないたよ~」に変えるとどうなるでしょうか? もう絶対、死んだ誰かを思う歌になってしまいますね。
 日本人にとってハスの花は、仏の花という印象がすり込まれてしまっています。ハスの花を見ると、線香の匂いが漂ってくる人は、もう、ちょっと重症ですね。
 花を愛でるときは、先入観にとらわれず素直に見たいものです。
  明るく咲く昼の蓮に出会いたい方と、流れ橋の夕景を眺めたい方は、…
二十四節気「大暑」2013へ → こちら

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   ハスの花は、外国ではどんな扱いを受けているのでしょうね。
 シューマンの歌曲集「ミルテの花」第7曲は、ハイネの詩に作曲した「Die Lotosblume(はすの花)」です。この曲を聴きたい方は、→  こちら   (歌はElly Ameling)

~♪ 「はすの花」  (H・ハイネ 訳/西野茂雄)
はすの花は 燃えさかる太陽を恐れて
うなじを垂れて夜を待つ
夢見心地に

月こそ はすの恋人
その光に はすは目覚め
いそいそとヴェールを脱いで
つつましい顔をあらわす

花開き 燃え立ち 光を放ち
はすは言葉もなく空を見上げる
はすは匂い はすは泣き
はすはおののく
愛と愛の切なさゆえに ♪~
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