« 定期診察(137)・辛い夜 | トップページ | 二十四節気「処暑」・雲と橋とこぶし »

2017年8月24日 (木)

二十四節気「処暑」2017

 8月23日は、二十四節気の「処暑」でした。暦の上では秋となり、暑さも少しずつ和らいでいく時期です。では、木津川土手周辺の散歩に出かけましょう。

  ~♪「処暑の日に」
激しかった日々はゆるやかにに静まり
澄み渡る空に実りの予感が運ばれてきた
蓮はまだ夏の夢を追いかけ
夏の忘れ物を捜す少年は畦道を駆けていく

田んぼに迷い込んだ蓮に許されるのは
夏の夢を見ることだけだ
睡蓮が湧き上がる雲を欲しがっても
雲はもう流れてゆくばかりだ

田んぼでは稲の穂が花をつけ
水田の雑草さえも忙しい
土手ではつるぼの花が目を覚まし    
豊かな実りの時が刻まれていく

エノコロ草は無数の種子をつけ
山法師は土手の上で実を結び
赤い実は地面に伏して希望の春を待つ
明日のためにこそ豊かな実りはある

私は明日のために
豊かな何かを準備できただろうか
繰り返す自問を残し
夕日は赤く明日の喜びを歌っている   ♪~

 この詩に合わせて処暑の日の木津川土手周辺散歩を楽しみたい方は、
二十四節気「処暑」2014へ → こちら

Shosho20171Shosho20172Shosho20173  

 

 

 

  処暑の頃といえば、もうすぐ夏休みも終わりです。子どもたちには、宿題の仕上げに忙しい頃でしょうか。去っていく夏休みが惜しいですね。
 夏の終わりに感じる空虚な寂しさ。どこかなつかしく、何かやるせない夏の終わりです。高田敏子という詩人が、忘れものを残して去ってゆく夏に、語りかけています。
 ~♪「忘れもの」
入道雲にのって
夏休みはいってしまった
「サヨナラ」のかわりに
素晴らしい夕立をふりまいて
………
だがキミ! 夏休みよ
もう一度 もどってこないかな
忘れものをとりにさ

迷子のセミ
さびしそうな麦わら帽子
………波の音   ♪~

Shosho20174Shosho20175Shosho20176  

 

 

 

  寺山修司の歌集にも、夏の終わりを詠った歌があります。
~♪ 少年の
   わが夏逝けり
   あこがれしゆえに怖れし
   海を見ぬまに   ♪~
 憧れるからこそ近づけない、恋するからこそ近づけない。遠く過ぎ去ってゆく夏。歯がゆいような少年、少女期の心理ですね。
 空をゆく雲を眺め、過去の想い出にひたりながら土手を散歩したい方は、
二十四節気「処暑」2013へ → こちら

Shosho20177Shosho20178_2Shosho20179_2  

 

 

 

  風、栗の実、蝶、エノコログサ、流れ橋、夕日のスプリンクラーなど、しだいに秋めいてゆく木津川土手周辺を、さらに散歩を続けたい方は、 
二十四節気「処暑」2010へ → こちら

Shosho201792Shosho201791Shosho201793

|

« 定期診察(137)・辛い夜 | トップページ | 二十四節気「処暑」・雲と橋とこぶし »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/522242/65703255

この記事へのトラックバック一覧です: 二十四節気「処暑」2017:

« 定期診察(137)・辛い夜 | トップページ | 二十四節気「処暑」・雲と橋とこぶし »