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2017年7月

2017年7月20日 (木)

カテゴリー追加しました

 カテゴリー「詩集を読む」を追加しました。
「詩集を読む」という記事が増えてきましたので、
新カテゴリーにまとめました。
 現在までに登場した詩人は、次の方々です。

 高見順 宮沢賢治 金子みすず
 八木重吉 石川啄木 山村暮鳥
 中原中也 立原道造 山之口貘
 新美南吉

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新美南吉の詩を読む

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  夭逝の詩人は、どのように死と向きあったのでしょうか。今回は、29歳の若さで亡くなった新美南吉です。
 新美南吉は、「ごんぎつね」などの童話作家として有名です。「ごんぎつね」は、1956年に小学四年の国語教科書に初めて採用され、1980年からはすべての教科書に採用されました。50歳以下の人ならだれでも知っていることになります。童話作家としてあまりに有名になったため、詩人としての新美南吉はあまり知られていないようです。
 では、新美南吉の作品と生涯を追っていきましょう。

 南吉は、1913年(大正2年)、愛知県半田に生まれました。本名は「渡辺正八」。
南吉は四歳の時、母を亡くします。父が再婚し、継母の元で育てられますが離婚。生母のの実家、新美家の養子になりますが、養母との二人暮らしに耐えられず逃げ帰ります。このように、南吉はめぐまれない少年時代を送ります。
  南吉17歳の時の短歌です。傷ついた想い出を歌っています。
 ~♪まま母と あらがいてのち家出ぬ 赤きけいとう うつつなく見る~♪

 18歳で半田中学校を卒業。体が病弱だったため、師範学校の試験に不合格。半田第二小学校の代用教員となります。この頃から、鈴木三重吉が創刊した児童文学誌「赤い鳥」に投稿を始めます。「赤い鳥」に初掲載された「窓」という詩をみてみましょう。
 ~♪「窓」
窓をあければ
風がくる、風がくる
 光った風がふいてくる

窓をあければ
こえがくる、こえがくる
 遠い子どものこえがくる

窓をあければ
空がくる、空がくる
 こはくのような空がくる ♪~

 窓を開ければ、光った風、子どもの声、琥珀色の空。南吉の澄んだ目を感じます。同じ頃作られた「光」という詩では、~♪……人は光の中にいる。/神も光のなかにいる。♪~と、光に満ちた信仰的思いを感じさせる詩を作っています。
 
 19歳で、東京外国語学校英文科に進学します。彼の童話の代表作である「ごんぎつね」や「手袋を買いに」は、この時期の作品です。
  「ごんぎつね」では、きつねは心のつながりを求めますが、悲劇的結末が待っています。「手袋を買いに」では、汚れのない無邪気な子どもの心のみが、心と心をつなげることに成功します。
 生きてゆくことの孤独。他者と心をつなげたいという心情。これらは、南吉童話の底流を流れています。南吉の恵まれない生い立ちを反映したものであると思います。

 21歳で、結核による喀血。帰郷。静養。精神的挫折。この頃より、自己の内面や背後に死を感じさせる詩作が多くなっていきます。この頃書かれた「墓碑銘」という詩をみてみましょう。
~♪ 「墓碑銘」
  この石の上を過ぎる
 小鳥たちよ。
 しばしここに翼をやすめよ。
 この石の下に眠っているのは、
 おまえたちの仲間のひとりだ。
 何かのまちがいで、
 人間に生まれてしまったけれど、
 ・・・・・・
 人間のしゃべる憎しみといつわりの言葉より、 
 おまえたちの
 よろこびと悲しみの純粋な言葉を愛した。
 ・・・・・・
 彼には人間たちのように
 おたがいを傷つけあって生きる勇気は、
 とてもなかった。
 ・・・・・・
 彼は逃げてばかりいた。
 けれど現実の冷たい風は、
 ゆく先き、ゆく先きへ追っかけていって、
 彼の青い灯を消そうとした。
 ・・・・・・
 彼はある日死んでしまった。
 小鳥たちよ、
 真実、彼はおまえたちを好きであった。
 ・・・・・・
 小鳥よ、ときどきここへ遊びにきておくれ。
 そこで歌ってきかせておくれ。
 ・・・・・・
 彼はこの墓碑銘を、
 おまえたちの言葉で書けないことを、
 ややこしい人間の言葉でしか書けないことを、
 かえすがえす残念に思う。  ♪~

 「憎しみといつわりの言葉」より、「よろこびと悲しみの純粋な言葉」を愛したい自分。しかし、現実に立ち向かえない弱い自分。近づいてくる死。深刻な生と心の危機。南吉は、詩をつくることにより、傷ついた心を乗り越えていきます。
  22歳で、再び上京。東京外語を卒業するも、再び喀血し帰郷。時々自殺を考える苦しい生活を送ります。思いを寄せていた女性が結婚するということもありました。この時期に書かれた「わが靴の破れたるごとく」という詩をみてみましょう。

~♪「わが靴の破れたるごとく」
 わが靴の破れたるごとく
 わがこころまた破れたり
  靑やかに美しかりし
 かの若き日の感傷は乾からび
 今ははや
 まことにいたみ凋(しぼ)みたる
 かなしき傷痕のみ
 その破れたる心抱きて
 今宵また氷雨しみらなる
 暗き街々をさまよへば
 わが靴は心とともに
 憐れに貧しく
 しみしみと泣くなり   ♪~

 25歳で、安城高等女学校の英語教師として就職することができます。。生徒と共に詩集を作ったり、しばらくの充実した生活を送ります。
  28歳で、結核は腎臓へと進行。死を覚悟し遺書を書きます。日記には、病気や死に関する記述が多くなります。
 29歳。1月12日の日記です。
 <……朝目がさめるとすぐ病気のことが頭に来た。しかし恐怖感はなかった。「死」にも馴れることが出来るものだなと思った。貧乏や失恋に馴れることが出来るように。…新しい生活が始まったのである。腎臓結核(つまり死)との新婚生活が。……>

 死を覚悟しながらも南吉は、最後の力をふりしぼり童話を書き続けます。「おじいさんのランプ」、「牛をつないだ椿の木」、「ごんごろ鐘」、「花の木村と盗人たち」など、後期の名作を残します。
  26歳頃の童話作品「最後の胡弓ひき」では、時代の潮流に取り残された胡弓弾きと味噌屋の主人との心の交流、失われゆくものや滅びゆくものの哀惜の念が描かれます。
 しかし、後期作品の「おじいさんのランプ」では、時代の流れを感じとったランプ売りのおじいさんは、きっぱりとランプに別れを告げ、人々の内面を照らす本を売る商売を始めます。
 「ごんごろ鐘」では、「古いものは新しいものに生まれかわって、はじめて役立つということに違いない。」と、童話の最後を締めくくっています。古いものは新しいものに変わっていく、自らもまた同じであると……。
 「牛をつないだ椿の木」では、日露戦争へ出征する主人公は、自らの一生の仕事として、旅人や村人のために井戸を堀ります。南吉は、激しく移り変わる時代の流れの中で、自らの死を自覚し、井戸水のように澄んだ作品を後世に残そうとしたのだと思います。
 30歳を迎える年の3月に、死を自覚して退職届けと父への遺言状を書きます。自らの作品を後の世に託し、29歳で永眠しました。
                *********
 スペースが少なくて、十分に詩を紹介することが出来ませんでしたが、私の一番のお薦めの詩は、「疲レタ少年ノタビ」です。死に対する南吉の姿勢が一番示されているような気がします。
 興味をもたれた方は、「新美南吉童話集(岩波文庫)」、「新美南吉詩集(ハルキ文庫)」をお薦めします。低価格♪
 岩崎書店の美しい日本の詩歌シリーズ、「花をうかべて―新美南吉詩集」は、分厚い装丁で、編集の仕方もなかなか良いです。ただし、文庫本2冊分の値段。    
「デデムシ 新美南吉詩歌集」石川勝治・斎藤卓志編集(春風社 )は、年代順に作品が読め、短歌、俳句作品も掲載されている優れものです。1944円。(アマゾン)

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2017年7月17日 (月)

日本の農業と食が危ない~種子法廃止~

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  今、加計学園問題が話題になっています。テレビに登場する評論家が、「特区制度は良い制度だが、加計学園のみが優遇されたことが問題だ。」という追求の仕方をすることが、しばしばあります。これは、間違った議論です。特区制度も大変重要な問題です。
 国家戦略特区とは、新自由主義的な規制緩和政策です。企業が規制を受けずに、自由に利潤を追求するための政策です。今まで公共が担ってきた福祉、教育、医療、水道をはじめとする生活インフラなどを民営化して、企業の利潤追求に差し出すものです。
 種子法の廃止も、岩盤規制の緩和・撤廃という理由付けの下に企業の参入を拡大し、企業の利潤追求を種子生産分野に持ち込もうとするものです。いわゆる新自由主義的なアベノミクス農政の一環です。

 「種子法(主要農作物種子法)」とは、いったいどんな法律なのでしょうか。
  種子法が制定されたのは1952年。戦中から戦後にかけて食糧難の時代を経験した日本が、「食料を確保するためには種子が大事」と、「二度と国民を飢えさせない。国民に食料を供給する責任を負う。」という国家の明確な意思に基づき制定されました。
  種子法では、コメ、麦、大豆といった主要作物について、優良な種子の安定的な生産と供給を「国が果たすべき役割」と定めています。コメ、麦、大豆などの種子は、食糧としての重要性や、野菜などと違い短期間での種子の開発・普及が困難なものです。このため、国の責任として都道府県に対し、種子の開発や生産・普及を義務づけているのです。
  この制度の下で、都道府県は農業試験研究の体制を整え、地域に合う品種を開発し、「奨励品種」に指定し、さらには原原種や原種の生産圃場の指定、種子の審査、遺伝資源の保存などを行ってきました。

 4月14日、共謀罪法案が注目を集める中、たいした議論もなく、マスコミも全く報道しない中で「種子法(主要農作物種子法)」の廃止が国会を通過しました。
  政府や農水省は、「国が管理するしくみが民間の品種開発意欲を阻害している」と説明しています。種子の生産コストが国の財源でまかなわれている今の制度では、都道府県と民間企業との競争条件が対等ではないというのです。つまり、規制緩和してもっと企業に利益をまわせというわけです。

 都道府県が、予算を削り種子事業から撤退し、すべて民間企業の手に種子が委ねられたとしたらどうなるのでしょうか。
  例えばコメについていえば、日本では現在300品種近くのコメが作られています。種子生産企業が利益を上げるためには、たくさんの需要があり、利益が上がる一部品種に集中する必要があります。300品種すべてに責任を持つことはしません。
 300品種コメの中には、愛知県の中山間地でのみ栽培されている「ミネアサヒ」という 大変味の良いコメがあります。三河地方のみで流通し、地域振興資源となっている品種です。このような少量品種では、コストもかかり企業は利益を上げることはできません。やがて切り捨てられていくことは火を見るより明らかです。これは、別の視点から見れば、地域の切り捨てということでもあるのです。

 また、国や都道府県が持つ種子や施設を民間に提供し、品種開発を進めるということは、税金を使って育成した品種という国民の財産を民間企業へ払い下げることです。
  そして、企業はやがて改良した新品種に対して特許を取得します。特許料を払わなければその種子が使えなくなる、つまり種子が企業に囲い込まれてしまう「種子の私有化」が起こります。農家は毎年高い種子を買わされることにもなります。

すでに民間が主体となっている野菜などの作物では、圧倒的な技術力と資本を持つ数社の多国籍企業が、中小の種苗会社を次々に買収し、世界中にシェアを拡大しています。スーパーなどで販売されている野菜の多くも、そうした多国籍企業の種子によるものになっています。

 世界の種子市場は急速に寡占化が進んでいます。世界的な多国籍企業が、各国の種子企業を買収して主要作物の遺伝資源を囲い込むと共に、遺伝子操作による技術開発により新品種の特許を独占し、世界の農業を支配してきています。世界の上位10社で、70%近いシェアを持つまでになっています。
 23%のシェアを持つアメリカのモンサント社は、遺伝子を組み換えて、自社の農薬しか効かない種子を農薬とセットで販売するという方法で巨利を得ています。

  地方切り捨てや小規模農家を排除する政策を進める「アベノミクス農政」は、さらに種子事業を民営化し、今まで日本が蓄積してきた公共の種子を多国籍企業が開発した「特許種子」に置き換えることにつながっていくものです。
 世界的に見ても小規模農家が食料生産の重要な部分をになっています。世界各地で、巨大資本による種子の囲い込みに反対し、小規模農家を保護して、農業の多様性を保持しながら食料主権を守っていこうとする市民や農民による運動が起こっています。
  「種子は農業の生命線であり、食の根幹であり、したがってすべて生命の源である。」京都大学の久野秀二教授の言葉です。
  今後も種子法廃止の行方を見守っていく必要があります。
 国家戦略特区や規制改革会議が打ち出す、新自由主義的な企業重視の政策に目を向けていくことが必要です。カジノ容認。医療特区での株式会社の病院経営。混合診療解禁。…など。もう課題は山積みです。     

  なぜ農家は、毎年種子を購入しなければならないのか? 種子の自家採取は出来ないのか? 疑問を持たれた方は、「タネが危ない」へ → こちら

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2017年7月15日 (土)

二十四節気「小暑」・蓮の葉

 木津川土手周辺の蓮田では、夏の花である蓮が成長を始めています。今日は、パソコン上で、葉を出し始めたハスを捜して散歩します。

 ハスの花と言えば、盛夏の花ですね。夏の朝に露をまとって咲く姿は、実に美しいですが、今の時期は、まだ最盛期には少し早すぎます。しかし、今の時期でしか見られないハスの姿もあります。若々しく伸びゆくハスです。
 水の張られた蓮田。長い地中での眠りから覚めて、夏雲の下でゆっくりと成長を始めます。若い蓮の息が、水面に小さな輪を作っています。
 水草が発生した蓮田は、緑の絨毯状態です。
 ~♪ 一葉浮て 母に告ぬる 蓮かな ♪~ (山口素堂)
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   雨の時は、水玉が宝石となって葉を飾ります。玉まつり?
 流れる雨水は、水草の流紋を描きます。
  ~♪  蓮池や 折らで其まま 玉まつり ♪~   (松尾芭蕉)
  ~♪ 蓮の葉に 此の世の露は 曲がりけり ♪~ (小林一茶)
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   夕日が差してくると最高です。水草が黄金色に輝きます。
 影は長く伸びて、水草の上に金と黒のコントラストを作ります。
   ~♪ 一つづつ 夕影抱く 蓮かな ♪~    (高浜虚子)
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   開いた花一つ一つに表情があるように、つぼみにも表情があります。
  ~♪ 面かげも 籠りて蓮の つぼみかな ♪~  (りん女)
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   間もなく「大暑」です。大輪のハスの花が待たれます。
 最後の写真は、琵琶湖烏丸半島のハスです。この見渡す限りのハス群落は、昨年より全滅したとのことです。水中の土壌の悪化らしいです。残念ですね。では、また。
  ~♪ 蓮枯れて 夕栄ばえうつる 湖水かな ♪~  (正岡子規)   
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2017年7月11日 (火)

二十四節気「小暑」2017・雨の歌

 今は梅雨の季節ですね。シトシト降る雨もなかなか良いものです。梅雨の季節には、雨を楽しみましょう。…などと言うと非難を浴びそうです。集中豪雨により九州で大変な被害が出ています。梅雨末期の集中豪雨は大変です。

 ちょっと遠慮しながら、雨を楽しみますね。
 では、啄木歌集から、雨の歌を拾ってみます。

~♪雨降れば わが家の人誰も誰も 沈める顔す 雨霽(は)れよかし♪~
 啄木さん一家は、雨が嫌いだったようですね。

~♪さらさらと雨落ち来たり 庭の面の濡れゆくを見て 涙わすれぬ♪~
  静かに降る雨は涙。多くの人に共通する感覚ですね。啄木さんは、悲しい想い出にひたっているようです。

~♪夏の雨 人ぞなつかしそぼぬれて 窓の小鳥も 日もすがらなく♪~
 人ぞなつかし…。人とは誰? 別れた人? なき続け、求め続ける人?

~♪雨つよく降る夜の汽車の たえまなく雫流るる 窓硝子かな♪~
 闇の中を疾走する列車。絶え間なく流れる雫。漂泊。悲しみ。忘れがたき人。

~♪重げにも 露はね返しゆらぎたる 小雨の中の 草の色かな♪~
  重い露をはね返しゆらぐ葉。小さく揺らぐ心。雨に濡れ、くっきりと草の緑。この歌は、私のお気に入りです。

 雨が降って喜ぶのは、森のきのこたちです。じめじめした今の時期を喜んでいることと思います。
 萩原朔太郎の詩に、キノコを詠った「あいんざあむ」という詩があります。あいんざあむとは、独語でeinsam=「孤独」の意味です。
~♪「あいんざあむ」 (遺稿詩集)
じめじめした土壤の中から、
ぽつくり土をもちあげて、
白い菌のるいが、
出る、
出る、
出る、
この出る、菌のあたまが、
まつくらの林の中で、
ほんのり光る。

すこしはなれたところから、
しつとり濡れた顏が、
ぼんやりとみつめて居た。   ♪~

  真っ暗ななかにほんのり光るキノコ。ぼんやり見つめる濡れた顔。繊細で、ちょっと病的な感じのする、萩原朔太郎らしい詩ですね。
 では、雨の中を鴻ノ巣山へ散歩に出かけましょう。雨に濡れたみどり。地面から顔を出したキノコ。…… 雨の鴻ノ巣山を楽しみたい人は、……    
   二十四節気「小暑」2015・追加へ → こちら

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   鴻ノ巣山の椎の森に降る雨。巨木の幹を伝い地面へと落ちていきます。
 水滴をまとった羊歯や茸たち。 さらに鴻ノ巣山の雨を楽しみたい方は、……
   二十四節気「小暑」2014へ → こちら

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   宇治田原の林道で、雨の中の小紫陽花をご覧になりたい方、太古の雰囲気を漂わせる杉林の羊歯群をご覧になりたい方は、……
    二十四節気「小暑」2010へ → こちら

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2017年7月 7日 (金)

二十四節気「小暑」2017

 7月7日は、二十四節気の「小暑」です。暦便覧によれば、「大暑来れる前なれば也」です。梅雨末期に入り大雨の降る頃です。近年は毎年のように、大雨の被害がくり返されています。今年も、九州地方で大きな被害が出たようです。
  私は貧血などの体調不良で、引きこもり生活です。いつものように、パソコン上で、木津川土手方面の散歩に出かけることにします。
 では、梅雨の晴れ間に、詩人の立原道造さんと一緒に散歩に出かけましょう。

  今の時期、土手の斜面には萱草(ワスレグサ)が咲いています。萱草といえば、立原道造の詩集「萱草に寄す」ですね。
  ~♪……夢は そのさきには もうゆかない/ なにもかも 忘れ果てようとおもひ/ 忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには/夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう/そして それは戸をあけて 寂寥のなかに/星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう ♪~
 女性との出会いと別れ。孤独。美しいイメージの詩ですね。
  立原さんが、もしこの木津川土手に立ったらどんな詩をつくるのでしょうね。たぶんこんな詩だと思います。「初夏」という詩を紹介してみます。
 
  ~♪ 「初夏} 
街の地平線に 灰色の雲が ある
私の まはりに 傷つきやすい
何かしら疲れた世界が ただよつている 
明るく 陽ざしが憩んでいる
 
そして 一本のポプラの木が
白い壁のまへで 身もだへしてゐる
ああ 西風が吹いてゐる きらきらと
うすい陽ざしがちらついている
 
しかし 屋根ばっかりの 街の
地平線に 灰色の雲が ふえてゆく
 
私を 生んだ 私の母の ちひさい顏を
私は 不意に おもひ出す
 
ああ 陽ざしがかくれる かげが
しづかにひろがる 風がやはり吹いている  ♪~

 あかるい日差しの中でも、「私のまはりに 傷つきやすい 何かしら疲れた世界が ただよつている」。漂う深い倦怠感。心の痛み。なぜか不意に母を思い出す。ああ、灰色の雲が日差しを隠していく。風も吹いていく……。立原さんにとってはこの時、「恋人」よりも「母」ですね。私も、もう長くは生きられない…、突然母を思い出したりします。
  萱草の咲く木津川土手を、立原さんとさらに散歩を続けたい方は、……
   二十四節気「小暑」2016へどうぞ → こちら

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   人生には絶望もあります。悲しみもあります。立原道造さんの詩をもう一つ。
 ~♪ 「歌ひとつ」
昔の時よ 私をうたはせるな
慰めにみちた 悔恨よ
追憶に飾られた 物語よ
もう 私を そうつとしておくれ
 
私の生は 一羽の小鳥に しかし
すぎなくなつた! 歌なしに
おそらく 私は 飛ばないだらう
木の枝の向うに 靑い空の奥に
 
未來よ 希望よ あこがれよ
私の ちひさい翼をつつめ!
そして 私は うたふだらう
 
大きな 眞晝に
醒めながら 飛びながら
なほ高く なほとほく    ♪~

 「追憶に飾られた物語よ もう 私をそうつとしておくれ 」、「おそらく 私は飛ばないだらう 」。「未來よ 希望よ あこがれよ」、「私の ちひさい翼をつつめ!」。 絶望の中から、詩人立原さんは飛び上がります。「なほ高く なほとほく 」…。希望や憬れを抱きつつ、孤独に、悲痛に…。
 今の時期、土手には、ヤブカンゾウ以外にも様々な花が咲いています。ヒメジョオン、アカツメクサ、ネジバナ、ムクゲ。頭上には、ホオジロ、田んぼにはサギ。今の時期、茶色のアマサギも見られます。希望を翼に込めて、さらに散歩を続けたい方は、……
   二十四節気「小暑」2015へどうぞ → こちら

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   さらに散歩を続けます。今の時期、土手周辺には、カワラナデシコが咲き乱れています。アカツメクサ、タンポポ、ガマ、ツユクサ、アカバナユウゲショウ、セリ、サツマイモ、ハス……なども花盛りです。
 まど・みちおさんは、ツユクサは青空からの雫だと言っています。
 ~♪「ツユクサのはな」
……あの はるかな ところから /おちてきて /よくも つぶれなかった /
あおぞらの しずく /いまも ここから /たえまなく /ひろがっていく /
なみのわが みえます /あのそらへの /とめどない /おもいなのでしょうか

 様々な花に思いを寄せながら、さらに土手の周辺を散歩したい方は、……
  二十四節気「小暑」2016後半へどうぞ → こちら 

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2017年7月 3日 (月)

定期診察(134)・横ばい状態

 今日はKS病院血液内科の定期診察でした。暑過ぎる一日でした。汗まみれ!

最近の症状ですが、……
 発熱し骨が痛くなる症状は続いています。ロキソニンが習慣化してきています。
 背中から脇腹の違和感もますます強くなってきました。何か気持ちが悪いです。
 貧血も相変わらず続いています。
  寝汗。むくみ。理由のない体のだるさ。手足の痺れ。……等々。

  さて、診察結果です。
 ★ヘモグロビンはHb=7.4。予想に反して少し上昇。今日は輸血は無し♪
 看護師さんから口内炎の有無について聞かれたので、口内炎はよく起こっていると答えると、口の中を調べられました。輸血をした患者の中に、口内炎を訴えることがよくあるそうです。
 ★骨の痛みと熱については、やはりロキソニンの処方です。
 ★ジャカビは一日に2錠が続きます。血小板は10万のまま。
  ★主治医の感想的評価は、「主治医の欲目かも知れませんが、病気の進行は何とか抑えられていると思いますよ」でした。何とか病気は横ばいのようです。

  今日の診察は、こちらもあまり質問もしなかったので、変化もなくあっという間に終わりました。次の診察は、三週間後になりました。(二週間後が休日のため)

  帰りの電車で途中の駅から、高校生らしい男女の一団が乗ってきました。4人掛けの私の前の席が二つ空いていました。そこに男子の生徒が二人座りました。座れなかった女子の生徒が、「ウワァ~、女子に席を譲らずにズル~!」と、非難を浴びせていました。私は、今時「レディーファースト」など絶滅危惧言語と思っていましたが、どうなんでしょうね? やり取りが面白くて、心の中で笑っていました。 では、また。

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