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2017年4月17日 (月)

山村暮鳥の詩を読む

 夭逝の詩人は、どのように死と向き合ったのでしょうか? 今回の夭逝詩人は、山村暮鳥をとり上げてみます。
 山村暮鳥を知らない日本人は少ないと思います。私と同世代の人は、名前くらいは必ず知っています。小学校の国語の教科書に、次の詩が取り上げられていました。
 ~♪ 「風景」
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
かすかなるむぎぶえ   ⇒☆
いちめんのなのはな

二連目の☆の部分では、「 ひばりのおしやべり」
三連目の☆の部分では、「 やめるはひるのつき」と少し変化するだけ。
 視覚的効果もねらった詩です。広々とした菜の花畑に、かすかな麦笛の音、ひばりの囀り、空には薄白く昼の月。静かな広がりの中にくっきりとした動的添景表現ですね。

  また、彼の最後の詩集『雲』もよく知られています。二つばかり紹介します。
   ~♪ 「雲」
丘の上で
としよりと
こどもと
うつとりと雲を
ながめてゐる       ♪~

 ~♪ 「雲」
おうい雲よ
いういうと
馬鹿にのんきさうぢやないか
どこまでゆくんだ
ずつと磐城平の方までゆくんか  ♪~

 山村暮鳥は、キリスト教の伝道師でした。「いちめんのなのはな」と詩集『雲』のイメージから、暮鳥は、信仰深いクリスチャンで、自然を愛する自然派詩人と思っている人もいると思いますが、それは少し違います。
 では、彼の生涯を年譜で概観しながら、作品を確認していきましょう。

 ★1884年 明治17年
  群馬県生れ。本名は土田八九十(つちだ・はつくじゅう)。複雑で貧しい家庭に生まれ、小作農の働き手をはじめとして、様々な職業を転々とながら底辺生活を送る。
  ★1903年 19歳
 東京府築地の聖三一神学校に入学。卒業後はキリスト教日本聖公会の伝道師として秋田、仙台、水戸などで布教活動に携わる。 ひそかに詩を作り始める。
  ★1910年 26歳
 自由詩社同人となり、官能謳歌的詩を発表し、上級牧師より警告を受ける。
  ★1913年 30歳
 愛欲的傾向の『三人の処女』発表。萩原朔太郎、室生犀星らと「人魚詩社」設立。
  ★1915年  32歳
 詩集『聖三稜玻璃』を出版。極端な象徴派的な異色の詩。悪評を受ける。
  ★1918年  35歳
 この年、結核のため喀血する。詩風は一変し、自然と人間への賛歌を歌いあげた人道主義的な傾向を強める。 『風は草木にささやいた』を発表。 
 翌年、結核のため伝道師を休職。
  ★1922年 39歳
 神を糾弾する『梢の巣にて』を刊行。
  ★1924年  40歳
 茨城県大洗町で死去。『雲』を編集。(死後一年後に出版)

 山村暮鳥はキリスト教の伝道師でありながら、彼の詩は、信仰とかけ離れた人間的欲望に根ざしたものでした。上級牧師より警告を受けたり、敬虔な信者から反発されたりしてトラブルにもなりました。詩集『聖三稜玻璃』からほんの少し一節を。
 ~♪ 「囈語」           *囈語 ←うわごと
 ・・・・
姦淫林檎
傷害雲雀(ひばり)
殺人ちゆりつぷ
墮胎陰影
騷擾ゆき
放火まるめろ
誘拐かすてえら。  ♪~

  人間の犯罪とそれから直感される言葉を並べた言葉遊びです。姦淫、殺人、墮胎……、いくら言葉遊びでも、聖職者としてこれはちょっとアウトでしょう。
 その後、暮鳥は作風を一変。今度は、自然と人間への賛歌を歌いあげる人間主義・人道主義というべき作風へと変化します。『風は草木にささやいた』より、一つだけ紹介してみます。大地と人間への賛歌です。
 ~♪ 「此處で人間は大きくなるのだ」
とつとつと脈うつ大地
その上で農夫はなにかかんがへる
此の脈搏をその鍬尖に感じてゐるか
雨あがり
しつとりとしめつた大地の感觸
あまりに大きな此の幸福
どつしりとからだも太れ
見ろ
なんといふ豐富さだ
此の青青とした穀物畑
このふつくりとした畝畝
このひろびろとしたところで人間は大きくなるのだ
おお脈うち脈うつ大地の健康
大槌で打つやうな美である      ♪~

 やがて、結核のため伝道師を休職します。そして、彼は神との訣別、神を糾弾する詩集『梢の巣にて』を発表します。この中の長編詩『荘厳なる苦悩者の頌栄』の一節を書き出してみましょう。
 ~♪ 荘厳なる苦悩者の頌栄
 ・・・・
神様
人間は自主です
もうあなたの奴隷ではありません
此の貴い崇高い力のうへに立つた人間
御覧ください
この人間のかゞやかしさを
光りかゞやく人間を
まるで神様です
 ・・・・
人間はめざめました
あなたはもう消えてなくならなければなりません
けれど神様
真のあなたである神様
理想としての神様
それをわたしはわれわれ人間にみつけました
眼ざめた人間がそれです
あなたに咀はれた此の大地を
ともかくも楽園とした人間です
その人間です
おゝ新しい神様                 ♪~

 神に呪われたこの大地を、ともかくも楽園としたのは人間であると…。もうかなり言いたい放題ですね。
 クリスチャン詩人八木重吉は、神に付き従うことにより、信仰と詩の矛盾を統一し、「宗教的自然派詩人」となりました。
 暮鳥は逆に、神を捨てるることにより、自然賛歌・人道主義へと到達したのです。詩集『雲』の世界は、信仰と人間主義を彼なりに統一した世界と言えます。彼は神から自立し、静かで心安らかな世界に到達したのです。
 人間派・自然派詩人、暮鳥の最後の詩集『雲』より、2つばかり紹介します。
  ~♪ 「ある時」
宗教などといふものは
もとよりないのだ
ひよろりと
天をさした一本の紫苑よ     ♪~

    ~♪ 「ある時」
またひぐらしのなく頃となつた
かな かな
かな かな
どこかに
いい國があるんだ           ♪~

 神から自立し、ひょろりと天をさした一本の紫苑。山村暮鳥はカナカナの声を聞きながら、どこかにあるいい国へと旅立ちました。 40歳でした。

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コメント

墓石さん おはようございます。(*^-^*)

昨夜は如何でしたか?

聖公会は英国の国教で、この近くでは伏見桃山にあり
ますね。カトリックとプロテスタントの中間らしいです。

昔は肺病で多くの方が亡くなりましたね。山村さんは
困った方でしたね。牧師でも極少数ですが、そういった人
があったと聞きます。この世は聖霊と悪霊がありますが、
悪霊の虜になったのでしょう。罪というか悪霊に負ければ
神から離れるのです。祈りそれに勝たねばならないのです

山村さんは最後人間を神にしてますね。それは万よのアチ
コチにある偶像の神で、救いはなく天への凱旋はありません。ゲヘナが待ち構えています。悲しいですね。

天国行きの切符を貰わなきゃ。体が苦しくても、天国への
希望を持って歩もうではありませんか。

投稿: 輝子 | 2017年4月18日 (火) 09時21分

輝子さん、おはようございます。

毎日、爽やかな目覚めとは生きません。
寝汗地獄という感じです。朝食が済んで、
今の時間帯が、一番ホッとする時間帯です。

聖公会とはイギリス国教会系の教会でしたか。
さすがに詳しいですね。

山村簿鳥は、詩のスタイルが次々と変化し、捉えにくい詩人です。
信仰についてもしっかりと固まってから、伝道師になったという
より、いろいろ揺れ動きながら、その道に進んでいったような
気がします。一種の職業として・・・。
信仰の道もなかなか厳しいですね。

投稿: 墓石 | 2017年4月18日 (火) 10時24分

墓石さま こんばんは。

先日の夫との会話。
私:「この人知ってる?」(「暮鳥」の字がよめない)
夫:「知ってるよ。」
私:「詩、読んだことある?」
夫:「ない… 僕は詩を読む感性がないんだ。」
 …(*´v゚*)ゞ

ユニークな詩人でいらしたのですね。
輝子さんのご説明を読ませていただいて
ふと、思いました。

先日の雨上がりの日、
近所にある桜の花が、2.3日前よりもピンク色が
濃くなっているのに気がつきました。
次の日の大雨で、桜の花は見事に散って行きました。

もしかして、桜さんは、
最後に一段と色鮮やかになって散って行く?
今年の新発見です。
他の場所の桜で検証していないので
何とも言えませんが…

最後は美しく、人の心を和ませて
終わりたいものだと思いました。
地面に散って茶色くなった花びらも、
愛おしいです。

暮鳥さんは鳥だから、夜になって
目が見えなくなってしまったのですね。
そう思うと、なんだかかわいそうです。
変な感想を書いて、すみません。

寝汗と悪夢との闘いは大変でしょうけれど、
いい夢が見れたらいいですね。

投稿: ひかる | 2017年4月19日 (水) 20時43分

ひかるさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。

山村暮鳥、知らない人が多いかも知れません。
私の妻も知らないと言っていました。
小学校の教科書に出ていた世代だと思うのですが…。
暮鳥は、一生を通して、詩のスタイルや内容があまりに
も大きく変化します。とらえどころが難しいです。
艶めかしい詩を書いた頃もありました。
どれくらい深い信仰心があったかもよく分からないです。
研究者の方の評論を捜して調べておきます。

桜、ついに終わりましたね。ちょっと残念な…。
八重桜はこれからなので、諦めてはいませんが…。

ソメイヨシノなどは、散る前にピンクが濃くなりますね。
一個ずつの花を見ても、中心部が赤味を増しています。

まもなく寝汗地獄の世界に入ります。
明日は良いことがあることを期待します。

投稿: 墓石 | 2017年4月19日 (水) 22時08分

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