« 定期診察(129)・輸血初体験 | トップページ | 中原中也の詩を読む »

2017年4月28日 (金)

故郷の父母の墓参り

 先日の定期診察は、私にとっては、ちょっと重要な意味がありました。
 まず、初めて輸血をうけました。輸血前がHb=5.6という状態だったため、輸血後は急に貧血症状が良くなったように思われました。
  毎日必ず発熱して体の骨が痛み出し、歩行も困難という症状について、私はものすごく異常性を感じていましたが、そのことについて医師の言葉がありました。
  「白血病への転化又は、骨髄のがん(骨髄腫)の可能性!」
  検査はこれからですが、もしこのことが正しければ、私に残された時間は極めて限られていることは明らかです。まあ、そうでなくても限られているんですけどね…。
 現時点では、輸血で貧血が少し改善し、骨の痛みは痛み止めで抑えることができています。この機会を逃すことはないですね。体が動ける間に父母の墓参りに行かねば・・・・。善は急げです。

  昨日、思い切って車で故郷、丹後半島を目ざしました。故郷の風景や親類、墓の中の父や母に最後のお別れを言うつもりです。

 人には、人それぞれに故郷があります。
 中原中也の「帰郷」では、挫折感と漂泊感を滲ませ次のように歌います。
   ~♪ ・・・・
      これが私の故里だ
      さやかにも風も吹いている
      ・・・・
      ああ おまえはなにをして来たのだと・・・・
      吹き来る風が私に云う       ♪~

 室尾犀星の「小景異情」は有名ですね。
   ~♪ ふるさとは遠きにありて思うもの
      そして悲しくうたうもの
            ・・・・                   ♪~

 井上靖は散文詩「ふるさと」の中で、~♪私の最も好きなのは、論語にある”父母国”という呼び方で、わが日本に於ても、これに勝るものはなさそうだ。
 ”ふるさと”はまことに”ちちははの国”なのである。
 ああ、ふるさとの山河よ、ちちははの国よ、風よ、陽よ。♪~  と詠っています。

 私の場合は、井上靖氏の「ああ、ふるさとの山河よ、ちちははの国よ、風よ、陽よ。」に大いに共感します。
 私は6人兄弟の末っ子だっために、多くの兄弟にまぎれて親孝行など考えたこともなかったです。初めての給料で親に何かプレゼントしたでしょうか。していません。親の誕生日なども意識したことはないです。母の日も…。親の愛を受け取るだけ受け取って、お返しは無しです。両親は何を思っていたのでしょう。考えると情けない気分です。

 昼頃海岸に到着しました。
 石室古墳がある岬の上では、ハマダイコンが出迎えてくれました。
 眼下に見えるのが「立岩」。海岸に立つ故郷のランドマークです。
 犬ヶ岬。三角形の岩が特徴的。子どものころからの見慣れた目印。
 墓に到着。花と線香を供えてお祈り。目を閉じて、脳裏に浮かぶ父と母に対面。
 この後、実家に寄り食事を頂きました。
Tango01Tango02Tango03  

 

 

 
   

 

 Tango04_2
  出発の時、町はずれの浜に夕日が沈みます。
  懺悔の一日は静かに終わっていきます。
  私は、父と母から許されたのでしょうか? 
  脳裏に浮かんだ父と   母は何故か無言。
  吹き去る風は何も云ってはくれません。

 

   ふるさとは遠きにありて思うもの そして悲しくうたうもの」。なのでしょうか?
ただ、後悔…。懺悔…。

 体の疲労度から言えば、かなり無謀な計画でした。   では。また。

|

« 定期診察(129)・輸血初体験 | トップページ | 中原中也の詩を読む »

コメント

墓石さん おはようございます。(*^-^*)

丹後までよく自分で運転して行かれましたね!
その気力に乾杯です。

故郷は、、、故郷は遠きにありて思うもの。
じんと来ますね。美しいふるさとで良かったです。
6人の末っ子ですか。夫もそうなんです。責任がないから
やはり親を思う気持ちは希薄な様ですよ。
でも根源は思っていると思いますけど。

私は全く美しくない風景で育ったし、因習深い故郷でした
から、恋しくはないです。むしろ今のところが故郷の
ような。これって少し悲しいです。

お墓も海の見える丘ですか?尚故郷を思う気持ちが解ります。行けて良かったですね。

投稿: 輝子 | 2017年4月29日 (土) 09時27分

輝子さん、おはようございます。

今回はちょっと無理をしました。
足が少し痺れていて、アクセルを踏む感覚が、
少し狂っていました。

ご主人も6人の末っ子ですか。偶然ですね。
久御山も田んぼが広がって良いところですね。
しかし、因習深い土地ですか。
以前のブログで、信仰に到る経過を書かれていたのを
よく憶えています。それで、この言葉の意味も何となく
理解できます。

投稿: 墓石 | 2017年4月29日 (土) 11時18分

墓石さま おはようございます。

お墓参りに行けてよかったですね。
美しく、また思い出の多い故郷から
お帰りの時はさぞかし淋しかったと思います。

きっとご両親は、
「ゆるす」も「ゆるさない」もなく、
末っ子の墓石さまを心から愛していたと思います。

私も末っ子で、姉妹のうち一人だけ実家から
離れて過ごしていたので、
親には何もしてあげていません。
お正月もほとんど帰ることができませんでした。

それでも亡き父は、最後に
「子どもを育てられて楽しかったよ」
と言ってくれました。申し訳なかったなあ~。
親に感謝するしかありません。

無理をおしてのお墓参りを、
きっとご両親も喜んでくださっていると思います。
ご無事に行って来られて、何よりでした。

投稿: ひかる | 2017年4月30日 (日) 06時52分

ひかるさん、おはようございます。

「子どもを育てられて楽しかったよ」
いや~、素晴らしいお父様ですね。
離れて暮らす娘に、思いを馳せていたと思います。

「風樹の嘆」という言葉がありますが、
私は、まさにこの言葉通り、ただ嘆くばかりです。
父は、「気がつくのが遅い!」と怒っているような
気がします。 たぶん…。

投稿: 墓石 | 2017年4月30日 (日) 09時43分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/522242/65209034

この記事へのトラックバック一覧です: 故郷の父母の墓参り:

« 定期診察(129)・輸血初体験 | トップページ | 中原中也の詩を読む »