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2017年3月23日 (木)

八木重吉詩集を読む

 夭逝の詩人は、どのように死と向き合ったのでしょうか。今回は、29歳の若さで夭逝したクリスチャン詩人、八木重吉の場合を考えていきます。

 明治に入り急速に欧米の科学技術や文化を取り入れていった日本。いわゆる欧化政策です。島崎藤村、国木田独歩、有島武郎、志賀直哉など多くの詩人や作家は、キリスト教文化に触れ、大きな影響を受けました。また、自らがクリスチャンとなる詩人や作家も多く出ました。多くの場合、信仰は作品の背後に隠されており、前面に出ることはありません。しかし、八木重吉の場合は、作品の前面に信仰が打ち出されており、神への祈りのような作品が多く残されています。彼にとっては信仰がすべてだったと思われます。その意味で、人々は彼を、「クリスチャン詩人」と呼んでいるのだと思います。

 では、彼の生涯を年譜で概観してみます。
 八木重吉は明治31年、現在の東京都町田市相原町の富裕な農家に生まれました。
 神奈川県師範学校へ進学。19歳で東京高等師範学校(現在の筑波大学)に進学します。ここで文学に目覚め、キリスト教へ入信します。卒業後、兵庫県の御影師範学校に奉職します。この少し前に知り合った島田とみと、遠距離恋愛の末に結婚します。重吉は24歳、とみは18歳、とみの親の反対を押し切っての強引な結婚だったようです。
 二人は、一男一女をもうけ、重吉は詩作に励む生活を送ります。
 大正14年、27歳の時、千葉県立東葛飾中学校に転勤。ここで第一詩集「秋の瞳」を出版します。
 昭和元年、結核第Ⅱ期と診断され、療養生活へと入ります。そのかたわら、第ニ詩集の「貧しき信徒」を自選、編集します。(出版は死後)
 昭和2年10月、熱烈なキリスト教信徒として、29歳の若さで亡くなりました。

 貧困と苦しい闘病生活。彼の精神を支えたのは、神への信仰でした。亡くなる前、わずか3年間に遺された詩や詩稿は、3000篇近いと言われています。その多くは、宗教的心情の吐露や祈りの言葉です。そのいくつかを拾い出してみます。
   ~♪ わからなくなった時は
      耶蘇の名を呼びつづけます
      私はいつもあなたの名を呼んでいたい ♪~

   ~♪ 基督が解決しておいてくれたのです
      ただ彼の中へはいればいい
      彼につれられてゆけばいい   ♪~

  彼の信仰は、一途で純粋なものでした。私のようなクリスチャンでない者から見れば、あまりにも痛々しい感じすらします。
 信仰とは、人間は本来的に罪なる存在であり、欲望に満ちた自分の存在を罪として神の前で悔い改め、神にひざまずき救いを求めることです。彼は、詩を作ることも、たんなる人間的欲望の一つではないかという思いにとらわれるのです。彼は、純粋な神への信仰のためには、他の一切の欲望は断ち切る必要があるのではないかと思い悩むのです。

      ~♪ あるときは
     うたをつくるのさへ悪であるとおもふ
     こんな詩などつくらなければ
     ほんとにわたしのせけん的のよくぼうはなくなる
     そうしたら一挙にわたしのこころは
          きれいになってしまうかもしれぬ     ♪~

      ~♪ わたしが
      詩をすてるとき
            わたしはほんとのひとになれる     ♪~

しかし、彼は詩を捨てることはできません。家族への愛を断ち切ることもできません。信仰と詩、信仰と家庭をどのように統一すればよいか、心は揺れ動きます。

   ~♪  たったひとつの手すさびでありほこりである
      かなしみでありよろこびである
            詩をつくることをすててしまふなら
            あまりにすきだらけのうつろすぎるわたしのせかいだもの
            ここにこうして不覚の子は
            歯をくいしばって泣くまいとしてうたをうたふ   ♪~

      ~♪ 裸になってとびだし
      基督のあしもとにひざまずきたい
      しかしわたしには妻と子があります
      すてることができるだけ捨てます
      けれど妻と子をすてることはできない
       ・・・・
      ここに私の詩があります 
      これが私の贖(いけにえ)である
      これらは必ずひとつびとつ十字架を背負うている
      これらはわたしの血をあびている
      手をふれることできぬほど淡々しくみえても
      かならずあなたの肺腑へくいさがって涙をながす  ♪~

 詩は、私の贖(いけにえ)であると・・。重吉は、詩と家族、そして神の間で悩み続け、苦しみます。そして、ついに一つの境地に到達するのです。

 ~♪ 詩をつくり詩を発表する
    それもそれが主になったら浅間しいことだ
    私はこれから詩のことは忘れたがいい
    イエスを信じ
    ひとりでに
    イエスの信仰をとおして出たことばを人に伝えたらいい
    それが詩であろう   ・・・・         ♪~

  文学的野心とは無関係、金銭的利益とも関係ない、信仰をとおして心の奥から自然に湧き上がってくる言葉、それこそが詩である・・・。彼は、信仰と詩、家族愛について、ついに真実に到達します。

  ~♪ ほんとうに
     しぜんに詩の生まれる日は
          じぶんみづからがとほとひものになったとおもふ
          いのちがあることがたしかにかんじられる
          みづからが かみのこころの窓となり
          わたしのうたは
          わたしのもつ かみの観念とおなじたかさからながれいづる ♪~

   ~♪ この明るさのなかへ
     ひとつの素朴な琴をおけば
     秋の美しさに耐えかね
     琴はしづかに鳴りいだすだろう   ♪~

 彼は、神の創造物である自然と静かに向き合い、心の中にただ湧き上がる言葉を書き留めました。信仰を通して、心の中に自然に湧き上がる言葉、それこそが詩であるという境地に到達したのです。彼の琴が静かに鳴り始めたのです。自然派詩人八木重吉の誕生です。彼のことを宗教的自然詩人と呼ぶ人もいます。納得の表現です。

  ~♪ 雨がふっている
     いろいろなものをぬらしてゆくらしい
     こうしてうつむいてすわっていると
     雨というものがめのまえにあらわれて
     おまえはそう悪いものではないといってくれそうなきがしてくる ♪~

  ~♪ 雨のおとがきこえる
     雨がふっていたのだ
     あのおとのようにそっと世のためにはたらいていよう
     あめがあがるようにしずかに死んでゆこう   ♪~

  神に許された彼が、自然と向き合いながら紡ぎ出す世界は、なんという静謐な世界なのでしょう。
 彼の編んだ詩集、「秋の瞳」、「貧しき信徒」は、宗教的信条とは関係なく、多くの人から愛されることになりました。

  ~♪ 私はくるしい
     私は怖ろしい
     私は自分がたより無い
     私は基督に救ってもらいたい
     それが最後のねがいだ    ♪~

  ~♪ 冨子
     神さまの名を呼ばぬ時は
          お前の名を呼んでいる  ♪~

  昭和2年10月、重吉は、神と家族の名を交互に呼びながら最後の時に向かいます。
 ~危篤が告げられ高熱のなかで十字を切る。キリストの姿を見たしぐさをする・・
 彼の最後の瞬間はこのように伝えられています。
 生活苦の中で29歳の若さで昇天しました。

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コメント

墓石さん 体調は如何ですか。

八木重吉さんは何と純粋な方でしょう。こんな純粋な
人は私は知らない位ですよ。
クリスチャンとして急に成長する方もありますが、殆ど
人は徐々に成長して行きます。彼も初めの頃はキリスト
のみを見てなきゃいけないと思ってられたけど、自分の思い
を書いてこその詩ですし、それがキリストの証でもあると
示されたのでしょうね。芸術は自己表現ですから。

悪い遊びや人を裏切るとかそういった事以外は自由です。
まずイエスを愛し、その事により家族を愛し、また隣人を愛
せるのです。原罪はありますから、知らぬ内に人を
傷つけたり、悪口を言ったりしますが、何回主に
謝るやら。。。でも主と共にいる事が幸せなんです。
重吉さんも幸いだったでしょう。家族は心配ですが、
多分キリストにお任せして亡くなられたと思いますよ。
何にも心配ないのです。亡くなる時、キリストが
見えて、平安な顏で昇天されます。

肉体の苦しみは自信がありませんが、あなたに耐えられない
苦しみは与えないと聖句にありますから、重吉さんのように
最後を迎えたいです。天国に凱旋の喜びの日でもあるのです。感謝です。

投稿: 輝子 | 2017年3月23日 (木) 23時50分

輝子さん、こんにちは。
コメントありがとうございます。

体調は相変わらず悪いです。
筋力が弱るのではないかと思い、できるだけ体を
動かして、できれば買い物などにも行こうと努力
しています。しかし、横になっていたいです。

八木重吉さんの到達した地点は、写真を撮る者にとっても
参考になりますね。自然と向き合いながら、心に湧いて来
るままに撮りたいものを撮る、感動したものを撮る、ですね。
これは、輝子流? 

集中力がなくなり、読書もなかなか進みませんが、
八木重吉さんの詩は、短詩が多いので読みやすかったです。  では。  

投稿: 墓石 | 2017年3月24日 (金) 12時39分

今まで夫も写真をやってますから、連れてくれ
ましたが、この頃超忙しくて、私も眼が悪いものですから、
ボチボチ宇治か、せいぜい勇気を出して、田原へ
行く位になりました。改めて夫の存在に感謝です。

写真は自然に触れられますね。
自然はいいですね!暖かい日にはベランダで空と
雲を見るのも体にいいでしょうね。大都会なんて私は住め
ないですワ。趣味が多い人間ですが、写真は自然に触れられ
良かったです。墓石さんも前は広範囲に撮ってられた
から満腹では?まだ不足なら何とか元気になってパチリに
励んで下さい。

投稿: 輝子 | 2017年3月24日 (金) 13時22分

輝子さん、こんにちは。

カメラを持たずに外出すると、何か気が抜けたように
感じます。
何とか元気になって、写真を楽しみたいです。
4月になると桜が咲くようです。
ちょっとだけ期待しています。無理かな?
   では。

投稿: 墓石 | 2017年3月24日 (金) 17時18分

墓石さま

八木重吉の詩、心打たれますね。
わたしも八木重吉の詩集を読み返しました。
(といっても、数冊しかもっていませんが)

「かならずや ひかりの世界があろう」
この短い詩が伝えていることを
わたしは墓石さまの写真からも感じます。
「お散歩写真」も「自然派写真」ですね!

「何はともあれ 私は死ぬる瞬間まで
  生きる! という努力を捨てない」
すごいですね。
わたしも、そのように生きたいものですが…。

今年は、春分を過ぎてもいつまでも寒いですね。
もしかしたら、墓石さまのご体調が回復されるまで
桜のつぼみも開くのを待っているのでは?
でも、無理しないでくださいね。

どうか、お体が少しでも楽になりますように
お祈りしています。

投稿: ひかる | 2017年3月24日 (金) 23時17分

ひかるさん、心のこもるコメントをありがとうございます。

ひかるさんは、重吉さんの詩集を複数持っておられるのですね。
実は、私は一冊だけです。弥生書房の定本八木重吉詩集です。
40数年前の版です。近年、本立ての中にあるのを見つけて
読み始めました。この本、過去に読んだ憶えもなければ、
買った憶えもありません。妻も自分の本ではないと言います。
実に不思議な縁で八木重吉に出会ったこと二なります。
写真を撮している時に、突然、頭をよぎったりします。
いいですね。

今日は、今まで物干し台にいました。
春らしい日ですが、天気は下り坂のようです。
明日は、雨らしいです。植物にとっては恵みの
雨でしょうね。 では、ありがとうございました。

投稿: 墓石 | 2017年3月25日 (土) 12時08分

墓石さま。
不思議な八木重吉の詩との出会いですね。
もしかして、神さまからの贈り物!?

私の持っているのは、義母の遺品です。
長い間、本棚の背表紙しか見ていませんでしたが、
以前、ブログで八木重吉の詩が紹介されていたときに
「どれどれ…」とようやく手にとった次第です。

身近にありながら、
出会いには本当に「時」があるものですね。

月曜日は受診ですね。
ご無事に通院できますようにお祈りしています。

投稿: ひかる | 2017年3月25日 (土) 21時42分

ひかるさん、こんばんは。

ひかるさんの詩集は、お母さんの遺品ですか。
私のものは、はてさて、さっぱり覚えがないです。
私は、人から借りた本は几帳面にきっちり返却する
タイプなので、人の本ということはないと思います。
もしかして、返し忘れて、今頃相手の人は怒ってい
のるかも・・・。
神様の贈り物なら、ありがたく頂いておきます。

ロキソニンが効いて、夜の発熱と体の痛みが治まって
きたので、今から就寝します。
病院の受診は、今から悩ましいです。

投稿: 墓石 | 2017年3月25日 (土) 22時03分

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