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2017年2月 3日 (金)

高見順著「死の淵より」を読む②

  高見順著「死の淵より」を読むの第二回です。ここでは、「死の淵より」のⅠ部を読んでいきます。Ⅰは手術後に書かれた詩です。
  ~♪ 「突堤の流血」
  突堤の
  しぶきの白くあがる尖端の
  灰色のコンクリートにこびりついた
  アミーバ状の血

  寄せてはくだける波も
  それがいくら努力しても
  そこを洗うことはできない
  そこに流された血は
  そこでなまぐさく乾かされる
  波にかこまれながら
  ゆっくりと乾かされねばならぬ       ♪~

   ~♪ 「赤い実」
  不眠の
  樹木の充血
  患者の苦しみの
  はじまる暁
  赤いザクロの実が割れる            ♪~

 手術後の入院生活のなかで、死は現実のものとして高見さんに重く真っ直ぐに迫ってきます。赤い血のイメージをともなって・・・。
 努力しても洗うことはできない血。アミーバ状の血。不眠。充血。苦しみ。赤く割れるザクロの実・・・。

  ~♪ 「汽車は二度と来ない」
  わずかばかりの黙りこくった客を
  ぬぐい去るように全部乗せて
  暗い汽車は出て行った
  すでに売店は片づけられ
  ツバメの巣さえからっぽの
  がらんとした夜のプラットホーム
  電灯が消え
  駅員ものこらず姿を消した
  なぜか私ひとりがそこにいる
  乾いた風が吹いてきて
  まっくらなホームのほこりが舞いあがる
  汽車はもう二度と来ないのだ
  いくら待ってもむだなのだ
  永久に来ないのだ
  それを私は知っている
  知っていて立ち去れない
  死を知っておく必要があるのだ
  死よりもいやな空虚のなかに私は立っている
  レールが刃物のように光っている
  しかし汽車はもはや来ないのであるから
  レールに身を投げて死ぬことはできない      ♪~

 独り取り残された暗いプラットホーム。孤独。空虚。鋭く不気味にひかるレール。死を願望しても死ねない暗黒の空間。高見さんは、死よりもいやな空虚のなかに立たされたのです。
 次の「不思議なサーカス」という詩では、自殺の楽しみを考えたりします。迫り来る死に直面することにより、かってのような青春の賛美や精神の高みを目ざした心のゆとりは失われ、ますます自己の心の中へと内向していくのです。
 ~♪ 「不思議なサーカス」
     ・・・・
  私に人殺しはできぬ
  しかし自分を殺すことはできそうだ
  ほとんどあらゆることをしてきた私も
  自殺だけはまだしていない
  自殺の楽しみがまだ残されている
  どういうふうに自殺したらいいか
  あれこれ考える楽しみ
  不思議な楽しみに私はいま熱中している
  当り前でない楽しみだが
  私にとっては不思議でない楽しみだ        ♪~

  では、Ⅰ部の最後の詩です。
 ~♪ 「魂よ」
  魂よ
  この際だからほんとのことを言うが
  おまえより食道のほうが
  私にとってはずっと貴重だったのだ
  食道が失われた今それがはっきり分った
  今だったらどっちかを選べと言われたら
  おまえ 魂を売り渡していたろう
  第一 魂のほうがこの世間では高く売れる
  食道はこっちから金をつけて人手に渡した
  魂よ
  わが食道はおまえのように私を苦しめはしなかった
  私の言うことに黙ってしたがってきた
  おまえのようなやり方で私をあざむきはしなかった
  卑怯とも違うがおまえは言うこととすることとが違うのだ
  それを指摘するとおまえは肉体と違って魂は
  言うことがすなわち行為なのであって
  矛盾は元来ないのだとうまいことを言う
  そう言うおまえは食道がガンになっても
  ガンからも元来まぬかれている
  魂とは全く結構な身分だ
  食道は私を忠実に養ってくれたが
  おまえは口さきで生命を云々するだけだった
  魂よ
  おまえの言葉より食道の行為のほうが私には貴重なのだ
  口さきばかりの魂をひとつひっとらえて
  行為だけの世界に連れて来たい
  そして魂をガンにして苦しめてやりたい
  そのとき口の達者な魂ははたしてなんと言うだろう

 高見さんは、迫り来る死に対して魂があまりに無力であることを思い知ります。
 魂と肉体は分離を始め、「魂よ おまえの言葉より食道の行為のほうが私には貴重なのだ 」と、激しく魂を攻撃します。自らの命を支えていたのは肉体なのだと・・・。
 死を前にして、自分と心の中にいるもう一人の自分との対立は、ますます深刻さを深めていきます。死よりもいやな空虚のなかで苦悶が続きます。
  死よりもいやな空虚のなかに立たされた高見さんは、この後、どこに向かっていくのでしょうか。    それは次回に。

         「死の淵より」を読む①へ → こちら

       「死の淵より」を読む③へ → こちら

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