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2017年2月17日 (金)

宮澤賢治詩集を読む①

 今回は、宮澤賢治の「春と修羅」、「疾中より」などを読んでいきます。
 宮澤賢治は人気詩人でファンの方も多いと思います。キリスト教や仏教など、様々な角度からの評論も行われています。
 私は一読者として、「一人の人間として、賢治は死とどのように向き合ったか」という単純なテーマを立てて読んでいきたいと思います。
 「詩人はいかに死と向き合ったか」、これが今年一年の私のテーマですので・・・。 ちょっと荷が重いかな?

  宮澤賢治は生涯で二度、大きな死と向き合いました。一回目は、妹トシの死です。二回目は、もちろん自分自身の死です。今回は、第①回として「トシの死」について考えていきます。
                        *****
  賢治にとって妹トシの死は、最愛の妹を亡くすということにとどまらず、彼の人生に大きな意味を持っていました。それは、その後の彼の人生は、トシの目ざしたものを追い、トシと共に生きた人生だということです。
 では、有名な「永訣の朝」を読みましょう。多くの説明は不要ですね。
 ~♪ 永訣の朝
  けふのうちに
  とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
  みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
   ・・・・
  おまへがたべるあめゆきをとらうとして
  わたくしはまがつたてつぱうだまのやうに
  このくらいみぞれのなかに飛びだした
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
      ・・・・
  ああとし子
  死ぬといふいまごろになつて
  わたくしをいつしやうあかるくするために
  こんなさつぱりした雪のひとわんを
  おまへはわたくしにたのんだのだ
  ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
  わたくしもまつすぐにすすんでいくから
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
  はげしいはげしい熱やあへぎのあひだから
  おまへはわたくしにたのんだのだ
     ・・・・
  ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
  あああのとざされた病室の
  くらいびやうぶやかやのなかに
  やさしくあをじろく燃えてゐる
  わたくしのけなげないもうとよ
  この雪はどこをえらばうにも
  あんまりどこもまつしろなのだ
  あんなおそろしいみだれたそらから
  このうつくしい雪がきたのだ
    ・・・・
  おまへがたべるこのふたわんのゆきに
  わたくしはいまこころからいのる
  どうかこれが天上のアイスクリームになつて
  おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
  わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ   ♪~

 「あめゆじゆとてちてけんじや」。賢治は霙の降る中へ飛び出していきます。
  恐ろしい乱れた空からやって来る美しい雪。それは天からの贈り物。

  ~♪ああとし子
    死ぬといふいまごろになつて
    わたくしをいつしやうあかるくするために
    こんなさつぱりした雪のひとわんを
    おまへはわたくしにたのんだのだ♪~

 雪を手にした賢治は、まっすぐに進んでいくことを決意するのです。
    ~♪ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
    わたくしもまつすぐにすすんでいくから♪~
 まっすぐに進むとは、どこへ向かって進むというのでしょうか。
 そのことを、次の「無声慟哭」という詩を読んで確認しましょう。
 
  ~♪  無声慟哭
   こんなにみんなにみまもられながら
   おまへはまだここでくるしまなければならないか
   ああ巨きな信のちからからことさらにはなれ
   また純粋やちひさな徳性のかずをうしなひ
   わたくしが青ぐらい修羅をあるいてゐるとき
   おまへはじぶんにさだめられたみちを
   ひとりさびしく往かうとするか
   信仰を一つにするたつたひとりのみちづれのわたくしが
   あかるくつめたい精進しやうじんのみちからかなしくつかれてゐて
   毒草や蛍光菌のくらい野原をただよふとき
   おまへはひとりどこへ行かうとするのだ
   ・・・・  ♪~

  ~♪信仰を一つにするたったひとりのみちずれのわたし~♪ つまり、トシと賢治は信仰で深く結ばれ、同じ道を歩もうとしていたみちずれだったのです。
  トシは日本女子大学に学び、ここで帰一教会と出会います。帰一教会とは、仏教、キリスト教、神道などの宗教者同士の相互理解と協力を推進し、新しい指導理念を確立しようとしたものです。賢治は法華経信者として活動していましたが、トシの影響を受け、法華経を乗り越えたより高い精神的理想を目ざそうとしていたと思われます。
 名作「銀河鉄道の夜」にも、賢治の目ざした理想をみることができます。銀河鉄道の夜の最終場面、ジョバンニとカンパネルラの二人の別れの場面で、ジョバンニはカンパネルラに呼びかけます。「…きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行こう。」
 しかし、この後カンパネルラはいつの間にか姿を消し、ジョバンニは天上への切符を手に夢から覚めるのです。「みんなのほんとうのしあわせ」。これこそが二人が求めた最上の理想なのです。一つの宗教に限定されない宇宙的視野の理想世界です。
 トシを亡くした賢治は、樺太旅行へと出かけますが、それは、トシの影を追う鎮魂の旅でした。この旅の中で書かれた詩の中にも、トシの後を追う賢治の姿勢や二人の求めた理想を読み取ることができます。
 
   ~♪ 青森挽歌
    ・・・・
   あいつはこんなさびしい停車場を
   たつたひとりで通つていつたらうか
   どこへ行くともわからないその方向を
   どの種類の世界へはひるともしれないそのみちを
   たつたひとりでさびしくあるいて行つたらうか
        ・・・・
    《みんなむかしからのきやうだいなのだから
      けつしてひとりをいのつてはいけない》
   ああ わたくしはけつしてさうしませんでした
   あいつがなくなつてからあとのよるひる
   わたくしはただの一どたりと
   あいつだけがいいとこに行けばいいと
   さういのりはしなかつたとおもひます
        ・・・・                  ~♪ 

 トシの影を追いながら、理想世界を目ざした賢治。次回は、賢治がどのように死に向き合ったかについて考えます。 (つづく)

         宮澤賢治詩集を読む②へ → こちら

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コメント

墓石さん こんにちは。(*^-^*)

暑かったり寒かったりこれからそんな日が
続くのでしょうね。
情感豊かな詩人は死に向き合ってどう感じる
のでしょうね。愛する親や兄弟に、複雑な思いが
交差するでしょう。賢治は妹を愛してやまない
のですね。その後の人生に影響して行くのでしょう。

私は両親との別れだけですが、母はボケて枯葉が
落ちる様でした。父はしっかりしていて、「天国へ
行けるから何にも心配いらないよ。」と言えば頷いて
いました。その2日後でしたが、実に安らかでした。

またの賢治を楽しみにしています。

投稿: 輝子 | 2017年2月19日 (日) 15時09分

輝子さん、こんにちは。
コメントありがとうございます。

昨日は、38℃を超える熱が出て、ちょっと苦しい
夜を過ごしました。今日は、ちょっと楽です。
写真を写さなくなったので、読書の時間があると思って
詩人の死シリーズを考えましたが、早くも挫折の兆しです。
体が不調で、思ったように本が読めないです。
やはり集中力が……。

輝子さんのイスラエルシリーズ拝見しています。

投稿: 墓石 | 2017年2月19日 (日) 17時01分

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