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2017年2月19日 (日)

宮澤賢治詩集を読む②

  昭和3年、農業指導で過労状態だった32歳の賢治に病魔が襲いかかります。肺浸潤、急性肺炎です。この時期二年間の療養生活中に書かれた詩群が、「疾中より」です。黒いクロスの表紙に挟んで、直筆の詩が保存されていたそうです。
 肺病を病んだ賢治は、いよいよ迫ってくる死と向き合います。
 この詩人は、何を思いながら死と向き合ったのでしょう。では、「疾中より」を読んでいきましょう。

  ~♪ 〔その恐ろしい黒雲が〕
   その恐ろしい黒雲が
   またわたくしをとらうと来れば
   わたくしは切なく熱くひとりもだえる
   北上の河谷を覆ふ
   あの雨雲と婚すると云ひ
   森と野原をこもごも載せた
   その洪積の大地を恋ふと
   なかばは戯れに人にも寄せ
   なかばは気を負ってほんたうにさうも思ひ
   青い山河をさながらに
   じぶんじしんと考へた
   あゝそのことは私を責める
   病の痛みや汗のなか
   それらのうづまく黒雲や
   紺青の地平線が
   またまのあたり近づけば
   わたくしは切なく熱くもだえる
   あゝ父母よ弟よ
   あらゆる恩顧や好意の後に
   どうしてわたくしは
   その恐ろしい黒雲に
   からだを投げることができよう
   あゝ友たちよはるかな友よ
   きみはかゞやく穹窿や
   透明な風 野原や森の
   この恐るべき他の面を知るか  ♪~

 森と野原を載せた洪積層の大地。青い山河。賢治の愛した自然は、今は黒い雲を沸き立たせ襲いかかってきます。「わたくしは切なく熱くもだえる」。「どうしてわたくしは/その恐ろしい黒雲に/からだを投げることができよう」と独白します。
 病魔は、容赦なく賢治を痛めつけます。苦痛の中で、次のような特異な詩も書いています。

   ~♪ 〔丁丁丁丁丁〕
     丁丁丁丁丁
     丁丁丁丁丁
  叩きつけられてゐる 丁
  叩きつけられてゐる 丁
 藻でまっくらな 丁丁丁
 塩の海  丁丁丁丁丁
   熱  丁丁丁丁丁
   熱 熱   丁丁丁
    (尊々殺々殺
     殺々尊々々
     尊々殺々殺
     殺々尊々尊)
 ゲニイめたうとう本音を出した
 やってみろ   丁丁丁
 きさまなんかにまけるかよ
   何か巨きな鳥の影
   ふう    丁丁丁
 海は青じろく明け   丁
 もうもうあがる蒸気のなかに
 香ばしく息づいて泛ぶ
 巨きな花の蕾がある   ♪~

「丁」という文字は、本文とは違う筆記用具で、黒々と書き込まれていたそうです。悪魔ゲニイと闘う斧の音でしょうか。病気の身体的苦痛は、当然のことながら、相当なものだったとうかがえます。

   ~♪ 夜
  これで二時間
  咽喉からの血はとまらない
  おもてはもう人もあるかず
  樹などしづかに息してめぐむ春の夜
    ・・・・
  こんやもうこゝで誰にも見られず
  ひとり死んでもいゝのだと
  いくたびさうも考をきめ
  自分で自分に教へながら
  またなまぬるく
  あたらしい血が湧くたび
  なほほのじろくわたくしはおびえる ♪~

 まもなくやって来る死。賢治はそれを覚悟しながら、ほのじろくおびえるのです。

  ~♪  眼にて云ふ
  だめでせう
  とまりませんな
  がぶがぶ湧いてゐるですからな
  ゆふべからねむらず血も出つづけなもんですから
  そこらは青くしんしんとして
  どうも間もなく死にさうです
  けれどもなんといゝ風でせう
  もう清明が近いので
  あんなに青ぞらからもりあがって湧くやうに
  きれいな風が来るですな
  もみぢの嫩芽と毛のやうな花に
  秋草のやうな波をたて
  焼痕のある藺草のむしろも青いです
  あなたは医学会のお帰りか何かは知りませんが
  黒いフロックコートを召して
  こんなに本気にいろいろ手あてもしていたゞけば
  これで死んでもまづは文句もありません
  血がでてゐるにかゝはらず
  こんなにのんきで苦しくないのは
  魂魄なかばからだをはなれたのですかな
  たゞどうも血のために
  それを云へないがひどいです
  あなたの方からみたらずゐぶんさんたんたるけしきでせうが
  わたくしから見えるのは
  やっぱりきれいな青ぞらと
  すきとほった風ばかりです。    ♪~

  この詩からは、自然科学を学んだ賢治ならではの冷静な自己分析や、青空と透きとおった風の中で悠然と生きようとする賢治の姿勢を感じとることができます。迫り来る死を前に、青空や風を感じるとは、私からすれば、何とも壮絶という感じすらします。

  ~♪ 〔そしてわたくしはまもなく死ぬのだらう〕
   そしてわたくしはまもなく死ぬのだらう
  わたくしといふのはいったい何だ
  何べん考へなおし読みあさり
  さうともきゝかうも教へられても
  結局まだはっきりしてゐない
  わたくしといふのは             ♪~

  トシの後を追い、トシと共に理想世界を求め続けた賢治ですが、最後の時までその答えを見つけることなく、自問し苦悶しながら世を去ります。
 「疾中より」が書かれた後、一時病状は回復しますが、二年後の昭和8年、37歳の若さで永眠しました。
               ******
  宮沢賢治は、仏教的悟りを得て、安らかな死に至る道を進もうとしたのではありません。彼は、病魔と戦い、苦悶し、壮絶な最後に到りました。
 激しい身体的苦痛の中で、彼を最後まで支えたのは何だったのでしょうか。
 それは、青い空や透きとおった風、流れる雲、賢治の自然への愛であり、また、愛する妹トシへの思いであり、二人が目ざした理想世界だったのではないかと思います。
  今でも賢治は、妹トシと二人で、銀河鉄道に乗って天上への旅を続けていることと思います。
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コメント

賢治は30代で、、、

吐血とは壮絶ですね。彼の最後は
愛する自然ですか。とっても解る
気がします。

森や野原。そして愛する妹。
多くの人はそうかもしれないですね。

投稿: 輝子 | 2017年2月22日 (水) 19時48分

輝子さん、こんばんは。
コメントありがとうございます。

夭逝の詩人を追って、死とどう向き合ったかを考えていく
予定でしたが、ちょっと挫折しつつあります。
毎日、ほとんど寝たきり状態という感じです。
貧血と発熱と体のだるさです。今は、熱の方はロキソニンで
しのいでいます。

投稿: | 2017年2月22日 (水) 21時46分

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