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2016年11月

2016年11月28日 (月)

二十四節気「小雪」2016続き

 一つの記事につき、写真は30枚以下と自己規制していますので、写真が少し残りました。残りの写真で、二十四節気「小雪」をもう少し続けます。

 木津川土手の上に立って眺める草原です。傾きかけた日の光を受けて、葦やオギが風に揺れています。見えない風が光りとなり、燦めきながら広がっていきます。ぼんやりと見ていると、様々の思いが通り過ぎていきます。河原の葦やオギは、歌謡曲や短歌、小説などもにも取り上げられてきました。なかでも、小野十三郎の詩集、「大阪」や「風景詩抄}は、名作だと思います。「大阪」の中から一つ。
  ~♪ 「葦の地方」
        遠方に
    波の音がする。
    末枯れはじめた大葦原の上に
    高圧線の弧が大きくたるんでいる。
    地平には
    重油タンク。
    寒い透きとほる晩秋の陽の中を
    ユーファウシャのやうなとうすみ蜻蛉が風に流され
    硫安や 曹達や
    電気や 鋼鉄の原で
    ノヂギクの一むらがちぢれあがり
    絶滅する     ♪~

 小野十三郎は、大阪の重工業地帯に広がる荒涼とした葦原に、異常な工業化、軍需産業の拡大という近代資本主義の発展と荒廃を見ました。日本が戦争を拡大していった時代の詩ですね。
 現代はどうでしょうか?  私たちは、この葦原に何を見ているのでしょう?
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   遠くから見る流れ橋です。葦やオギが夕陽に照らされて輝いています。
 女性二人。母と子が橋を渡っています。温かい光に包まれていますね。
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   長谷川河口付近の柿の木です。見えている町は、対岸の京田辺です。
 土手の上の夕焼け空です。 風が冷たいです。 
 久人ぶりに八木重吉さんです。
         ~♪  夕焼け
     じっと自分を見据えて
     冬を昨日今日とすごして行くと
     こんな綺麗な夕焼けにはうっとりする  ♪~
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   次は、文化パルク城陽の紅葉(黄葉)。桂の木、メタセコイア、桜などです。
 家の近所なので時々出かけています。図書館もあり、お世話になっています。
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   街の中に落葉広葉樹があるのはいいですね。こぢんまりとした会館ですが、ちょっとホッとするような別空間が生まれています。
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   明るい小春の日を浴びて、ベンチに座って、ゆっくり本でも読みたい気分です。温かい光と一緒に過ごしたいですね。
    ~♪ 光  八木重吉 
    ひかりとあそびたい
    わらったり
    哭いたり
    つきとばしあったりしてあそびたい  ♪~
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   子どもが水上の舞台の上で遊んでいます。無邪気。この後、子どもは舞台から転げ落ちて、母親が駆け寄ってきました。大丈夫だったようです。泣かなかったのが偉い!
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   このあと紅葉が終わると、冬にまっしぐらですね。散歩に出る元気があるかどうか不安です。なんとか、良い天気を希望します。雨の日に出かける元気は無いです…。
       では。 次の節気は「大雪」です。
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2016年11月25日 (金)

二十四節気「小雪」2016

 11月22日は、二十四節気の「小雪」でした。少しずつ寒さが増して来ました。22日の「小雪」当日は、良い天気になりましたが、小春日和と言うには、少し風が強かったです。その後、24日は、南岸低気圧の通過により天気が崩れ、関東方面は雪だったようです。しだいに季節は本格的冬へと進んでいきます。
 では、「小雪」の時期の、木津川土手周辺の散歩写真を紹介しましょう。

 田んぼでは藁の束が並び、畦道では種子をつけ終わり、役目を終えたエノコログサやアメリカセンダングサが茶色く変色しています。花の姿はめっきりと少なくなり、風景は冬へ冬へと変化していきます。
 中国の詩人杜甫は、「春望」という詩で、~♪国破れて山河在り♪~と詠いました。
 戦乱で荒れた国土。無常にも変化する人の世。しかし、変わらずに在り続ける自然。その対比の中で感慨にふける杜甫。人はいつも、風景に語りかけ、風景の中で思考し、時には風景に自分を投影し、風景とともに生きてきました。
 この冬枯れていく野に立って、杜甫なら何という詩を作るでしょうか。
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   プロレタリア詩人の壺井繁治に、「氷河」という詩があります。
  ~♪ 「氷河」      壺井繁治
      とぼしき花を眺めて
   日は暮るる

   花のまわりの
   空気いよいよ冷え
   もはや蝶も姿見せず

   どこからも便りなく
   秋の夜を
   虫の声
   水のごとく流る

   何を求めて鳴き通す虫の声ぞ
   わがこころのなかに流れ来たりて
   ついひに氷河となる    ♪~

  冬枯れていく野。冷えていく空気。止めようもなく広がる戦争。孤立していく我が身。戦前の氷河のように厳しい時代に作られた詩ですね。
 では、今の時代は? 間もなく終わる我が身は? 私にとって、風景はどうも優しすぎるように思われます。 人間が甘くできているのか? 厳しさがたりない?
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   街の中では、児童公園の木が紅葉しています。高校生らしい子がブランコに載っています。一人は、歩きスマホではなく、ブランコスマホ。スマホ世代ですね。
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   城陽市の名木の榎も黄葉しています。この樹は、不思議な二本立ち。
 土手の上の名木、大榎木もゆっくり黄葉が始まりました。この樹の前に立つと、いつも樹が何かを語りかけてくれるような気がします。 今日の語りかけは?
 長田弘さんの、「樹、日の光り、けものたち」を紹介してみます。
    ~♪  樹が言った。きみたちは
        根をもたない。葉を繁らすこともない。
        そして、すべてを得ようとしている。

        日の光りが言った。きみたちは
        あるがままを、あるがままに楽しまない。
        そして、すべてを変えようとしている。

        けものたちが言った。きみたちは
        きみたちのことばでしか何もかんがえない。
        そして、すべてを知っていると思っている。
                ・・・・

 樹は黙って立ち、日の光りは輝いているだけなのに・・・。人間の存在は、何と傲慢で欲深い存在なのでしょうか。そして、詩は次のように締めくくられます。
        どこでもなかった。ここが、
        われわれの居場所だった。
        空の下。光る水。土の上。  ♪~
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   大榎木の下で、少女二人、犬の散歩の人。
 大榎木のある土手の、すぐ下の田んぼで作業する人。 田んぼの冬支度?
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   土手の上の木々は、よく紅葉しています。紅い落ち葉が、地面の上で風に吹かれています。ヴェルレーヌの「秋の歌」(上田敏訳)では、 ~♪……色かへて/涙ぐむ/過ぎし日の/おもひでや。/げにわれは/うらぶれて/ここかしこ/さだめなく/とび散らふ/落葉かな。 ♪~ と、風に舞う落ち葉に我が身を重ねます。
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   地面すれすれに視線を下げると、散った落葉は、温かく、優しく、何かを包もうとしているように見えます。落ち葉たちは、何を優しく包もうとしているのでしょうか?
  冷えていく地面? 夏の想い出? 若かった頃の情熱? 春への希望?
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   寺田堤の欅も紅葉が始まりました。役目を終え紅葉し散っていく葉っぱたち。青空に映え、陽の光に眩しいです。
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   紅葉。黄葉。青い空。雲。陽の光。道をゆく人々。切り取られた一瞬の時間と空間。  散歩写真の楽しみですね。
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   夕陽の時間になりました。今日も一日が終わりました。
 小林一茶の句です。    ~♪ 日の暮の背中淋しき紅葉哉 ♪~ 
 少しだけですが写真が残っていますので、次回に続きます。 では、また。
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2016年11月21日 (月)

子供の貧困が日本を滅ぼす

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   日本財団 子供の貧困対策チーム著「子供の貧困が日本を滅ぼす」(文春新書)を読みましたので、紹介と感想を書かせていただきます。

 多くの日本人は、長らく日本は格差の少ない社会であると信じてきました。「一億総中流」という言葉もありました。しかし、1990年代に入り、日本でも格差社会が広がっているのではないかと言われるようになりました。そして、ついに2006年7月、経済開発機構(OECD)が、「対日経済審査報告書」を発表し、日本の相対的貧困率がOECD諸国の中でアメリカに次いで第2位であると報告され、大きな衝撃が広がりました。
 大人の社会で「格差」が広がっているのであれば、大人の所得に依存している子どもたちの間にも、当然「格差」「貧困」が広がっていきます。貧困家庭に暮らす子どもたちの問題、それが「子供の貧困 」問題です。

 日本の子供の貧困率は年々上昇しており、2012年の時点で16.3%です。つまり、日本の子供は、6人に1人が貧困家庭で育っているわけです。実は、日本はOECD諸国の中でみると、「子どもの貧困」大国なのです。
 多くの私たち日本人は、「子どもの貧困」と言われても、ほとんど実感がありません。6人に1人が貧困と言われても、着る服が無くて学校に行けないとか、靴が買えず裸足で登校している子どもをみることはありません。私たちが「貧困」という言葉から感じるイメージは、食うや食わずで、やっと生きているという絶対的貧困のイメージです。
 このような感覚で、「子どもの貧困」を考えると大きく間違ってしまいます。

 OECDの発表している「子供の貧困率」によれば、日本は、OECDの平均を大きく上回り、ワースト10に入っています。ちなみに隣の韓国は、OECD平均をかなり下回っています。特にひどいのは、「ひとり親家庭」を取り出した貧困率です。2014年に内閣府が発表した資料によると、日本は50.8%で世界第一位の貧困率なのです。日本のひとり親家庭での親の就業率は、母子家庭で81%、父子家庭では91%となっており、イギリスの56%と比べても大変高くなっています。つまり、日本のひとり親家庭(特に母子家庭)は、働いているにもかかわらず貧困状態なのです。女性の賃金が、海外に比べ、いかに低い水準にあるのかが分かります。

 では、なぜ「子どもの貧困」が特に問題なのでしょうか?
 それは、貧困が世代を超えて「連鎖」していくことにあります。「生まれた家庭の経済格差が教育格差をもたらし、将来の経済格差を再生産する」ということです。
 全世帯の平均大学進学率は、73.3%ですが、ひとり親家庭では41.6%、生活保護家庭では32.9%と大きな差があります。
 学歴の差は収入の差となって現れます。大学卒と高校卒では平均すると、1.5倍の賃金格差を生じています。賃金カーブにも大きな差が現れています。

 本書では、子どもの貧困を放置した場合、日本社会はどれだけの経済的損失を受けるのかを推計しています。(第2章)
 まず、推計に使うため、貧困の子どもの数を定義します。
 現在、15歳の人口120万人のうち、生活保護所世帯2万2000人、児童養護施設の2000人、一人親世帯の15万5000人、合計18万人を便宜的に貧困状態にある子どもと定義します。比率では15%になります。
 次に、状況が現在の進学率のまま放置された「現状放置シナリオ」と、進学率などが、平均的数値近くまで改善された「改善シナリオ」とを比較し、どれくらいの社会的損失が発生するかを推計しています。
 社会的損失とは、個人の生涯所得の減少、それによる税収や保険料収入の減少、無業者の増加による社会保障給付の増加などを合計したものです。
 その推計結果によると、現状を放置した場合、0歳から15歳までの世代を合計すると、所得の減少分の合計は42兆9000億円、税収や社会保障支出による財政収入の減少は、15兆9000億円になると推計しています。収入に関係する一生涯を、19歳から64歳までの45年間とするると、一年あたりの所得減少は約1兆円、財政収入の減少は3500億円となります。 これは、大変な経済的損失です。

第3章「当事者が語る貧困の現場」では、貧困の具体的イメージを取材しています。
第4章「貧困から抜け出すために」では、社会的相続という考え方が紹介されます。
第5章「貧困対策で子どもはどう変わるか」では、海外での貧困対策の効果についての実証的研究が紹介されています。
第6章「子どもの貧困問題の解決に向けて」では、国や自治体、NPOでの取り組みの必要性と現在の取り組み内容が紹介されています。

 新自由主義的な経済政策が進むにつれ、格差社会が拡大し、社会の到るところにひずみが生じています。その中でも、「子どもの貧困」は、経済格差が教育格差に繋がり、それがさらに将来の所得格差を生み出し、格差の拡大再生産につながつていくという日本の将来に係わる大きな問題です。私たち自身の問題として真剣に考えるべき問題です。
  「子どもの貧困」はこれまで、学力の問題、虐待の増加の問題、身体発達の問題、心の健全な発達の問題、進学問題など多方面から論じられてきましたが、この本は、国の経済的損失という点に焦点が当たっています。その点が、この本の面白いところです。
 「子どもの貧困」が放置された場合の影響は、経済的側面だけには留まりません。「子どもの貧困」の教育的側面を知りたい人には、少し不満が残るかも知れませんが、この本は、お薦めです。

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2016年11月18日 (金)

久々の流れ橋2016

 久々に木津川流れ橋(上津屋橋・こうづやばし)の撮影に行ってきました。
 2014年(平成26年)8月に台風で流失した後、いろいろな論議の末、2016年3月に修復されました。流されにくいように75cmかさ上げしての復旧です。
 二年ぶりに撮影に行ってきましたが、かなり賑わっていました。水量も減っている時期なので、橋の下の河原にも降りることができました。

 何の装飾もされず、欄干のない、素朴なこの橋が、人々を引きつける魅力はどこにあるのでしょうか? 
  夕陽の中で、この橋はたよりなく細々と伸びて、その上を人々が渡っていきます。
 渡っていく人により、それぞれの人生が投影されているかのように、橋の表情が変わっていきます。いや、これは考えすぎでしょうか。私自身の感情が投影されているのかもしれません。いろいろな情感を引き起こしてくれる、これが流れ橋の魅力ですね。
  まず、土手の上から。
 ここを通学路にしている高校生が、橋を渡っていきます。
  橋の上で、犬を散歩させるおばさんが座っています。
  橋の北側から一枚。夕陽で、真っ直ぐな橋がオレンジ色に輝いています。
 橋はあくまでも細々と真っ直ぐに伸び、暖かい光が溢れています。
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   河原に降りて橋を見上げます。思ったより力強いですね。
 女の子が、川に石を投げていました。この子の母親は、三脚を立てて撮影に夢中です。ほっておかれた女の子は、ちょっとすねて一人遊び、という感じでしょうか。
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   夕陽の中で人々が橋を渡っていきます。 一人…。 二人で…。子どもたち…。
 何を思って橋を渡っていくのでしょう? 明日の希望? 過去の想い出? 
  風景とともに人の人生がある、そんな感覚が湧き上がってきます。
 川の流れは、時の流れそのもののように感じられます。静かな金色に輝く特別な時間の流れです。
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   いよいよ日が沈みます。 楽しそうな二人。
 流れ橋の夕陽をみていると、昔読んだ、アポリネールの「ミラボー橋」という詩が浮かんできます。堀口大学さんの訳が一番好きですね。
   ~♪ ミラボー橋の下をセーヌ河が流れ
      われらの恋が流れる
      わたしは思い出す
     悩みのあとには楽しみが来ると
                ・・・・・・・
      生命ばかりが長く
       希望ばかりが大きい

      日も暮れよ、鐘も鳴れ
      月日は流れ、わたしは残る  ♪~
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   日が沈みました。だんだん闇が迫ってきます。恋人たちも、写真を撮っていた人も全員引き上げました。私も帰ります。
 貧血のため、自転車でヨロヨロと・・・・。では。また。
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2016年11月14日 (月)

定期診察(119)・再び貧血

 今日はKS病院血液内科の定期診察でした。今日は、駅が大混雑。どうやら紅葉の観光シーズン到来のようです。帰り、少々雨に遭いました。貧血で息が切れるので、走ることができず濡れました。

 さて、診察結果です。
 貧血症状が強く出ていたので、Hbは低いことを予想していましたが、やはりHbは8.6に減少していました。
 赤血球の数の変動とHbの数値の変動が一致していないことについて質問してみましたが、これは、血液の病気の人にはごく普通のことらしいです。

 血小板は、40万/μlで横ばいです。
  LDH、γGTP、尿素窒素、クレアチニンなどは、相変わらず異常値のまま。LDHは、過去最高の超高値更新。
 診察の後に気付きましたが、なぜかCRPも高値になっていました。これは、どういうことでしょうか? 次回に質問してみます。
  引き続き、薬は合計6種類。アグリリン4cap/3day。バイアスピリン(抗血小板剤)。アマリール(血糖降下)。ミカルディス(血圧降下)。ガスター(胃薬)。フェブリク錠(尿酸降下)。

   【Hbのグラフ】
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Hb値の数年分をグラフにしてみました。
 上がり下がりをくり返しながらも、長期低落傾向であることがよく解ります。アグリリンの開始は、2015年の8月からですが、グラフの変化から、アグリリンもかなり貧血の副作用があると思われます。
 右下がりのグラフを延長していくと、来年の4月あたりでHb=8.0になると予想されますね。このあたりで輸血とか始まるのかな? 予想が外れてほしいですが、さてどうなるんでしょうね。           では。また。

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2016年11月12日 (土)

二十四節気「立冬」2016後編

 二十四節気「立冬」2016の後編です。
 もう少し、土手近くの田んぼの散歩を続けます。

 休耕田にジュズダマが実をつけています。下から見上げると、青空に祈っているように見えます。子供の頃、これを糸に刺して数珠のようにして遊びました。今の子は、たぶん誰も知らないと思います。ジュズダマの栽培種は、ハトムギ茶のハトムギですね。
 田んぼの上で虫を探すセキレイ。 至近距離。
 枯れた蓮田で、寒そうな蓮の花托を発見。
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   蓮田のわずかに残された水溜まりに、アメリカザリガニ。間もなく水が枯れます。冬眠に入るのでしょうか? 枯れ草で刺激すると、怒ってはさみを振り上げています。
 カマの穂も、風が吹くと盛んに種子をまき散らしています。
 水の豊富な水路では、まだまだミゾソバの花が咲いています。
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   耕作放棄地の草むらは、もう完全に冬枯れ状態です。小春日の光を乱反射して光っています。夕陽の頃になると一層、侘びしさがつのります。こんな場所に立つと、芭蕉の辞世の句が思い出されます。
    ~♪ 旅に病んで 夢は枯れ野を かけめぐる ♪~   (芭蕉)
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   では、ここからは、土手の写真を紹介します。
 最初は、コブシの実です。拳のように握られたコブシの実から、赤い種子が紐付きで出てきます。まるで、これは人の誕生と同じですね。
 吉野弘さんの詩を思い出します。次女・万奈さんが生まれたときの詩です。
  ~♪  「創世記」     (吉野弘)
「お嬢さんですよ」
両掌の上にお前をのせて
産婆さんは私の顔に近づけた

お前のおなかから
ふとい紐が垂れ下がり
母親につながっていた
 ・・・・
あれは、たのもしい命綱で
多分
母親の気持を伝える電話のコードだったろう
   ・・・・
そのコードの切れ端は
今、ひからびて
「万奈臍帯納」と記された桐の小箱の中にある

小箱を開くたびに私は思いえがく
ちいいさな創世記の雲の中
母親から伸びたコードの端で
空を漂っていたお前を                ♪~

 土手の上には青い空が大きく広がり、遠い憬れを産み落としそうな白い雲が流れていきます。
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   土手下の畑にコスモス。土手を見上げて撮ります。ランニングの女性が行きます。
  土手の上から見ると、冬への準備は着々と進んでいます。傾きかけた日の色は赤みを帯び、初冬のもの悲しさを演出してくれます。
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   夕方の土手は、けっこう賑やかです。犬の散歩。ランニング。
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   夕陽の時、薄雲が広がっていて彩雲が見られました。
 オギ原に潜み、夕陽を見守っているように見えるスズメ。 孤独?
 オギも雲も夕陽も一体となって、オギ原に夕陽が沈んでいきます。
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   夕陽で金色に輝くオギ原です。
 いつの季節の夕陽もいいものです。夕焼けの情景は、文学や絵画や歌などに取り上げられています。例えば、夕焼けは一日の労働の終わりの時です。安息、祈りです。ミレーの「晩鐘」の世界ですね。
 また、夕焼けは、郷愁を呼び起こしてくれます。日の暮れるまで遊んでいた子供時代。その時見た夕焼け。「赤とんぼ」や「夕焼け小焼け」の世界ですね。
  明日への希望、別離、祈り、安息、郷愁、憧憬、漂泊感・・・・。
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   オギ原に沈む夕陽と夕焼け雲。
 夕焼けは夏の季語だそうですが、これには、少し異議ありです。
 清少納言も書いています。「春は曙・・・夏は夜・・・秋は夕暮れ」と…。
  初冬の夕焼けもなかなかなものです。
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   日が沈むと、しだいに夜の闇が迫ってきます。
 ある詩の一節です。        谷川俊太郎「ある世界」。
  ~♪ 夜のおとずれを待ちながら
     夕焼雲のかなたに
          私はひとつの世界を見る      ♪~
 次の節気は、「小雪」です。     では。また。
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2016年11月 9日 (水)

二十四節気「立冬」2016前編

 11月7日は、二十四節気の「立冬」でした。いよいよ冬の始まりの日です。
近畿地方では、すでに10月29日に木枯らし一号が吹きました。 
 冬の到来を詠んだ源実朝の歌です。
 ~♪ 秋はいぬ 風に木の葉の散りはてて 山さびしかる 冬は来にけり ♪~

 冬と聞けば、何か身の引き締まる思いがします。おそらく、体の奥深くに隠された太古の遺伝子が、そうさせるのかも知れません。卵や種子で冬を越すもの。葉を落とし根で冬を越すもの。冬眠するもの。動物も植物も、厳しい冬を乗り切るため、様々の工夫をこらして生き延びてきました。その遺伝子を受け継いだ私たちですので・・。
 なんとかして、今の日本の冬を工夫して乗り越えねばなりません。

 7日の「立冬」当日は、良い天気になりました。空は快晴です。こんな日を、小春日和というのでしょう。早速、散歩に出かけましょう。
 先日まで行われていた稲刈りも、ほぼ終了しました。
 稲刈りが終わると、金色に輝く稲穂の代わりに黒褐色の地面が現れ、その上に藁地蔵が立ちならび、風景は晩秋へ、そして初冬へと変化します。
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   藁の屑やもみ殻を焼く煙が、辺りをやさしく包み、初冬の空気感を作り出しています。何か懐かしいような、もの悲しいような初冬の空気感です。もう二度と帰ることのできない風景が、薄く広がる煙の中に見えるような気がします。
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   小春日の光を浴びた日溜まりで、藁地蔵たちは、何かひそひそ話の最中です。 懐かしい思い出話? それとも、明日への希望? 
最近、人が口にするのは、昨日の愚痴と明日の不安ばかり、この先の日本は如何に?
 夕日が差してくると突然、藁地蔵たちは背筋を伸ばし無言になります。気のせい?
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   晩秋から初冬に掛けての風景に、無くてはならないのは赤い柿の実です。初冬の里に必要なものは、柿の実に加え、カラスとススキ。 いや、スズメとコスモス? 夕焼け? 藁地蔵は? ウーン、役者が多くて難しいですね。
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   秋が去り冬が始まる今の時期、田んぼの畦道を彩るのは、枯れたエノコログサやイヌタデ。イヌタデは、ますます赤味を増し、痛々しく畦道を飾っています。
  万葉集よりタデの登場する歌です。作者不詳。 
~♪ 我が宿の 穂蓼古幹(ふるから) 摘み生し 実になるまでに 君をし待たむ ♪~
  意味::私の家の穂蓼の古茎から実を採り植えて、また実をつけるまで、あなたを待っていますよ。 
 蓼に例えられる女性は少女? 相手はまだ若すぎる? いつまでも待っているよ、と誘惑の言葉? 恋のままごと遊び? ウーン、難しい。
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   イヌタデは「赤まんま」と呼ばれ、子どもたちのままごと遊びの赤飯の役を果たしてきました。子どもたちは、何のお祝いをしていたのでしょうね。
 私には、さっぱり記憶が定かでないです。何かをお祝いするような心持ちの少年ではなかったような?  中村草田男の句です。 これかな?
    ~♪ 勝ち誇る 子をみな逃げぬ 赤のまま ♪~  (中村草田男)

  イヌタデは、7月頃から咲き始めています。なぜイヌタデは、この初冬の時期に目立ち始めるのでしょうか。それは、他の雑草に隠されて、季節の流れに取り残されたからだと思います。今は、子どもたちからも見放され、もの寂しい雑草です。
藤原信実の歌。イヌタデが、馬からも好かれなくなったのは古くからのようですね。
  ~♪ 見るままに 駒もすさめず つむ人もなきふるさとの 蓼に花咲く ♪~
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   赤まんまの出てくる詩を一つ。 中野重治です。
 ~♪ 「歌」
おまえは歌うな
おまえは赤まんまの花やとんぼの羽根を歌うな
風のささやきや女の髪の毛の匂いを歌うな
すべてのひよわなもの
すべてのうそうそとしたもの
すべての物憂げなものを撥き去れ
すべての風情を擯斥せよ
もっぱら正直のところを
腹の足しになるところを
胸元を突き上げて来るぎりぎりのところを歌え
     ・・・・・ ♪~

  詠嘆的抒情を否定する流れの中で高く評価され取り上げられた詩です。私は若かった頃、この流れに強く共感していました。 今は、ドップリと短歌的抒情の中です。
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   なぜか走っている子ども。 日の当たるたんぼ道を行くママ友。
 紅葉する木の向こうに、枯れた夫婦?
  小春日の光につつまれた田んぼに居ると、見える世界は、穏やかで何か平和です。
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   水路の傍のエノコログサ。水に光が反射して燦めいています。
 燦めく光の中でで休憩する赤とんぼ。霜が降りた日に最後を迎えます。
 ホトケノザ。暖かさにつられて狂い咲き?  狂い咲きの花=帰花。
     ~♪ 凩に 匂いやつけし 帰花 ♪~        (芭蕉)
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   新名神の工事現場をくぐって、土手下の田んぼに出ました。この付近は、愛宕山や比叡山を望むことができ広々としています。少しだけですが、開放感のようなものを感じる場所です。
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   耕作放棄地に、白く輝くオギ。向こうは木津川の土手。
 藁を焼く煙。 作業を終えて帰路につく人。
 「立冬」の前半は、ここまでです。後半は土手の上に上がります。
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2016年11月 4日 (金)

なぜトヨタは税金を払っていなかったのか?

 Toyota
   大村大次郎著「なぜトヨタは税金を払っていなかったのか?」(ビジネス社)を読みましたので、感想と紹介を書かせていただきます。
 著者は、元国税調査官。日本の多国籍企業の横暴、税金逃れ、日本の税制度の闇、タックスヘイブンなどについて訴えておられます。

 「トヨタが世界一に!」と聞けば、多くの日本人は何か誇らしい気分になったりします。しかし、今の時代では、それはまったくバカげた感情なのです。
 なぜなら、現代の資本主義は、新自由主義の時代に入っているからです。日本の上位100社は、多国籍企業として世界に展開しています。例えば、トヨタは60% 、ホンダは80%が海外生産です。雇用は海外に逃げ、多国籍企業があげた利益は、様々の優遇税制や、タックスヘイブンに隠され、日本の国税としては入ってきません。事実、世界的企業のトヨタは、2009年から2013年の5年間、法人税は1円も払っていなかったのですから。
 つまり、多国籍企業の繁栄は、一般国民の利益とは無関係なのです。大手企業が栄えれば、やがて下々にも利益がしたたり落ちて来るというトリクルダウンは、詐欺的言説なのです。

  では、大村氏の主張を超要約的に解説してみます。大村氏は、トヨタという企業のみを取り上げていますが、もちろん他の上位100社の企業にも共通します。

 ①法人税、事業税など、法人が払うべき法定実効税率は34.62%であるが、実質税負担は低く、トヨタは(27.3%)しか払っていない。
  理由は、企業向け政策減税である。安倍政権になってスケールアップしている。
 企業向け「政策減税」は、2014年度、1兆2000億円にのぼっている。
 
 ②「政策減税」のなかで、大きな割合を占めているが研究開発費減税である。
 2014年度で、減税額の総額は6746億円にのぼっている。

 ③エコカー減税は、9300億円が使われたが、これは、待機児童関連の予算の2倍を超えている。これは、自動車業界救済であ。 自民党への企業献金第一位は、自動車工業界である。実に分かりやすい構図になっている。

 ④海外子会社を使った課税逃れ。
 海外の子会社から受け取った配当の95%が、課税対象から外される「受取配当益金不算入」という制度により課税を逃れている。
  トヨタは、日本本社の営業は赤字でも、海外子会社からの配当をを入れると経常黒字になっている。赤字なので、もちろん日本への法人税は払っていない。

 ⑤タックスヘイブンの利用による逃税。
 トヨタは、ヨーロッパ地域の統括本部をベルギーに置いているが、ベルギーは配当所得のロイヤリティー収入に関して低税率である。トヨタの知的財産などをベルギーの子会社に持たせ、ヨーロッパの収益をそこに集中することにより、税を逃れることができる。「海外子会社受け取り配当の非課税制度」により、日本に持ってきた利益にも税金は掛からない。また、トヨタは、アジア地域の統括本部をシンガポールに置いている。シンガポールは、様々な優遇税制をもっているタックスヘイブンである。シンガポールには生産工場は無く、合法的に税逃れをしていることは明らかである。。

 ⑥「日本の法人税は世界一高い」というのは、大きな嘘である。
 日本の名目法人税は高いが、研究開発減税を初めとして様々な減税を考慮すると、実質税負担率は18%しかない。
 さらに、先進諸国の中では、日本の企業の社会保険料負担がかなり低い。法人税と合算すると、企業負担は、フランス、イタリア、ドイツより低い。

 ⑦破壊された雇用
 1995年、経団連は、非正規社員を増やして賃金抑制を行おうとする「雇用の流動化策」を提案。1999年には、労働者派遣法が改正され、非正規労働は増加の一途を辿り、現在では、ついに4割を超えた。非正規雇用の半数は、厚生年金に加入していない。国民年金すら加入していない人もいる。将来的には、国民の20%~30%が生活保護という事態も予想される。
 トヨタは、悪名高い「トヨタ方式」と呼ばれるやり方で、期間工の使い捨てを行ってきた。2年11ヶ月で首を切り、1ヶ月の空白の後、再雇用するやり方である。

 ⑧儲かっているのに賃金を渋り続ける大企業。
 トヨタを例にとれば、トヨタは毎年1000億円~6000億円の株主配当を行ってきたが、7万人の従業員に1万円の賃上げをしても80億円ほどで済む。株主には数千億円の配当を支払っても、従業員には数億円の支出さえ渋っている。

 ⑨消費戻し税のしくみ。
 海外へ輸出した商品について、輸出企業は消費税を取ることができない。輸出企業は、その分を消費税から戻し税として、還付を受け取ることができる。
 トヨタは消費税を払うどころか、毎年受け取る還付は、数千億円に達している。
 消費税は、輸出企業優遇税制である。

  この後、この本は、第4章「トヨタは日本経済に貢献していない」。第5章「トヨタ栄えて国滅ぶ」と続きます。
  この本で、新自由主義の経済政策の一端が、分かりやすく理解できます。
 「このままでは格差は広がる一方だ・・・。」新自由主義を告発する元国税調査官の叫びが聞こえてる一冊です。  お薦めします。

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