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2016年11月 9日 (水)

二十四節気「立冬」2016前編

 11月7日は、二十四節気の「立冬」でした。いよいよ冬の始まりの日です。
近畿地方では、すでに10月29日に木枯らし一号が吹きました。 
 冬の到来を詠んだ源実朝の歌です。
 ~♪ 秋はいぬ 風に木の葉の散りはてて 山さびしかる 冬は来にけり ♪~

 冬と聞けば、何か身の引き締まる思いがします。おそらく、体の奥深くに隠された太古の遺伝子が、そうさせるのかも知れません。卵や種子で冬を越すもの。葉を落とし根で冬を越すもの。冬眠するもの。動物も植物も、厳しい冬を乗り切るため、様々の工夫をこらして生き延びてきました。その遺伝子を受け継いだ私たちですので・・。
 なんとかして、今の日本の冬を工夫して乗り越えねばなりません。

 7日の「立冬」当日は、良い天気になりました。空は快晴です。こんな日を、小春日和というのでしょう。早速、散歩に出かけましょう。
 先日まで行われていた稲刈りも、ほぼ終了しました。
 稲刈りが終わると、金色に輝く稲穂の代わりに黒褐色の地面が現れ、その上に藁地蔵が立ちならび、風景は晩秋へ、そして初冬へと変化します。
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   藁の屑やもみ殻を焼く煙が、辺りをやさしく包み、初冬の空気感を作り出しています。何か懐かしいような、もの悲しいような初冬の空気感です。もう二度と帰ることのできない風景が、薄く広がる煙の中に見えるような気がします。
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   小春日の光を浴びた日溜まりで、藁地蔵たちは、何かひそひそ話の最中です。 懐かしい思い出話? それとも、明日への希望? 
最近、人が口にするのは、昨日の愚痴と明日の不安ばかり、この先の日本は如何に?
 夕日が差してくると突然、藁地蔵たちは背筋を伸ばし無言になります。気のせい?
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   晩秋から初冬に掛けての風景に、無くてはならないのは赤い柿の実です。初冬の里に必要なものは、柿の実に加え、カラスとススキ。 いや、スズメとコスモス? 夕焼け? 藁地蔵は? ウーン、役者が多くて難しいですね。
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   秋が去り冬が始まる今の時期、田んぼの畦道を彩るのは、枯れたエノコログサやイヌタデ。イヌタデは、ますます赤味を増し、痛々しく畦道を飾っています。
  万葉集よりタデの登場する歌です。作者不詳。 
~♪ 我が宿の 穂蓼古幹(ふるから) 摘み生し 実になるまでに 君をし待たむ ♪~
  意味::私の家の穂蓼の古茎から実を採り植えて、また実をつけるまで、あなたを待っていますよ。 
 蓼に例えられる女性は少女? 相手はまだ若すぎる? いつまでも待っているよ、と誘惑の言葉? 恋のままごと遊び? ウーン、難しい。
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   イヌタデは「赤まんま」と呼ばれ、子どもたちのままごと遊びの赤飯の役を果たしてきました。子どもたちは、何のお祝いをしていたのでしょうね。
 私には、さっぱり記憶が定かでないです。何かをお祝いするような心持ちの少年ではなかったような?  中村草田男の句です。 これかな?
    ~♪ 勝ち誇る 子をみな逃げぬ 赤のまま ♪~  (中村草田男)

  イヌタデは、7月頃から咲き始めています。なぜイヌタデは、この初冬の時期に目立ち始めるのでしょうか。それは、他の雑草に隠されて、季節の流れに取り残されたからだと思います。今は、子どもたちからも見放され、もの寂しい雑草です。
藤原信実の歌。イヌタデが、馬からも好かれなくなったのは古くからのようですね。
  ~♪ 見るままに 駒もすさめず つむ人もなきふるさとの 蓼に花咲く ♪~
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   赤まんまの出てくる詩を一つ。 中野重治です。
 ~♪ 「歌」
おまえは歌うな
おまえは赤まんまの花やとんぼの羽根を歌うな
風のささやきや女の髪の毛の匂いを歌うな
すべてのひよわなもの
すべてのうそうそとしたもの
すべての物憂げなものを撥き去れ
すべての風情を擯斥せよ
もっぱら正直のところを
腹の足しになるところを
胸元を突き上げて来るぎりぎりのところを歌え
     ・・・・・ ♪~

  詠嘆的抒情を否定する流れの中で高く評価され取り上げられた詩です。私は若かった頃、この流れに強く共感していました。 今は、ドップリと短歌的抒情の中です。
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   なぜか走っている子ども。 日の当たるたんぼ道を行くママ友。
 紅葉する木の向こうに、枯れた夫婦?
  小春日の光につつまれた田んぼに居ると、見える世界は、穏やかで何か平和です。
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   水路の傍のエノコログサ。水に光が反射して燦めいています。
 燦めく光の中でで休憩する赤とんぼ。霜が降りた日に最後を迎えます。
 ホトケノザ。暖かさにつられて狂い咲き?  狂い咲きの花=帰花。
     ~♪ 凩に 匂いやつけし 帰花 ♪~        (芭蕉)
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   新名神の工事現場をくぐって、土手下の田んぼに出ました。この付近は、愛宕山や比叡山を望むことができ広々としています。少しだけですが、開放感のようなものを感じる場所です。
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   耕作放棄地に、白く輝くオギ。向こうは木津川の土手。
 藁を焼く煙。 作業を終えて帰路につく人。
 「立冬」の前半は、ここまでです。後半は土手の上に上がります。
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コメント

墓石さん おはようございます。(*^-^*)

もう立冬! 早すぎて着いて行けませんね。
段々寒くなりました。暖房も入れ、炬燵は
アンカ。
年を重ねますと、台所の床暖。風呂の暖房は
贅沢かもしれないですが、備えてます。お風呂は
まだ暖房は入れてないですが。それでだいぶ
助かってます。寒がりですから。

墓石さんは城陽の生活感を旨く表現してられ、
素晴らしいですね。人を入れ尚更です。
ホトケノザも背が高くなり、赤まんまも大きく
なるものですね。雑草も愛おしいです。

寒さに向かい風邪ひかないようにしたいものです。

投稿: 輝子 | 2016年11月10日 (木) 09時48分

輝子さん、こんにちは。

寒くなりましたね。今日は風も強く、特に寒かったです。
私は、寒さ暑さには強かったのですが、最近はものすごく
苦手になりました。
エアコンと炬燵でで寒さしのいでいます。
この先、もっと寒くなるどうなることやら・・・。

車のタイヤをスタッドレスに履き替えるか悩んでいます。
雪の写真を撮りに行かないという決意は、なかなか難しいです。

輝子さんの志賀高原方面の写真、拝見しております。
なかなか見られない風景なので、いいですね。

投稿: 墓石 | 2016年11月10日 (木) 17時13分

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