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2016年10月

2016年10月30日 (日)

二十四節気「霜降」2016続き

 二十四節気「霜降」2016の続きです。木津川土手の散歩を続けましょう。

 土手の上から眺望すれば、稲刈りが終盤にさしかかった晩秋の風景が、大きく広がっています。風が遠く吹き渡り、空を雲が流れてゆきます。こんな風景を見て、人は何を思うのでしょうか。 良寛さんは、こんな歌を残しています。 
 ~♪ さびしさに 草の庵を 出てみれば 稲葉押しなみ 秋風ぞ吹く ♪~
 遠くから聞こえる祭の音。孤独な良寛さん。遙かに渡ってゆく風。深まるわびしさ。……寂寥感、漂泊感が溢れていますね。これは、私のお気に入りの一首です。
 次のような歌もあります。
  ~♪ 世の中に 交わらぬとには あらねども 一人遊びぞ 我は勝される ♪~
 孤独感。寂寥感。そして時には情熱。貞心尼との恋(?)。ついに悟ることのできなかった、人間良寛さんでした。
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   あちらこちらで稲刈りが行われています。稲刈りが進むと、見る間に風景が変わっていき、晩秋の枯れた色の田んぼが出現していきます。
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   刈り取りが終わった後の田んぼには、藁の束が立ち並びます。何か群衆のようで、壮観ですね。乾燥した藁は、イチジク畑の敷き藁になったり、いろいろ利用されるそうです。私の子どもの頃は、農家には牛が飼われていて、藁はその飼料になっていた記憶が・・。 藁をカットするためのカッターで、同級生が指を切った事件があったとか・・・。
 学校に登校する前に、牛にやる草を刈るのが日課だった偉い同級生がいたとか・・・。 何か、遙か昔の記憶です。 藁のような記憶です。
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   堤防の上では、セイタカアワダチソウが満開です。流れ橋も見えます。
 オギも勢力を回復してきました。セイタカアワダチソウと競合状態です。
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   日が傾いてきました。稲藁もセイタカアワダチソウも輝きを増し、そろそろ一日の終わりを迎える体制に入ってきました。
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   雲が赤く輝き、晩秋の一日の終わりにふさわしい夕焼けになりました。
 今日一日のこと。明日のこと。遠いふるさとのこと。いろいろな思いが通り過ぎてゆきます。夕陽が美しいと、何か祈りにも似た気持ちが湧き上がってきます。空は祈り?
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   空は祈りの場といつも言えるでしょうか? そうでない詩も紹介してみます。
 石牟礼道子さんは、水俣病患者に寄り添い、水俣の悲劇を訴え続けられました。
     ~♪ 祈るべき 天とおもえど 天の病む ♪~
 祈るべき天が病んでいる・・・。何という重い表現でしょうか。身が引き締まるような気がします。 国すらも病んでいる?
 一日の終わり。オギを赤く染めながら、日が沈んでいきました。
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   旧暦の9月13日の「十三夜」の月は、「栗名月」(又は豆名月)と言われていますね。「栗名月」の2日後の満月は、よく晴れて綺麗に見えました。 晩秋の名月? 柿名月? そんな言い方は無いか?
 和泉式部の月が出てくる歌です。宗教心が滲み出ていますね。仏心は月の光。仏教は月の光と親和性が高いような気がしますが、なぜでしょうね? 勉強しときます。
 ~♪ くらきより くらき道にぞ 入りぬべき はるかにてらせ 山の端の月 ♪~
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   お別れは、土手の草刈り作業の様子です。刈った草を燃やしています。
 この場所は、夕陽のエノコログサを撮影していた場所ですが、エノコログサは、みな刈られて灰となりました。残念。草刈りの時期が毎年違うので、こんな年もあります。
     では、次の節気は「立冬」です。
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2016年10月27日 (木)

二十四節気「霜降」2016

 10月23日は、二十四節気の「霜降」でした。遠い北国では初雪の便りも聞かれたようですが、当地ではまだまだ霜の姿は見られません。というか、まだ上着なしで生活しています。寒暖差が激しいです。

 では、「霜降」の頃の風景散歩に出かけましょう。
 家を出た途端、怪しい猫に遭遇。二本足でポーズ。
 住宅地を走れば、何かいい匂いがします。秋の香りです。  土田耕平の一首。
  ~♪ やうやくに 秋ふかむ日のおもほゆる わが庭なかの 木犀のはな ♪~

  秋の香りの元は、金木犀です。この家の木はなかなか立派です。この家を最初に、この通りは、蔵のある大きな家が続きます。私は勝手に、寺田古道と名付けています。城陽市史によれば、寺田は環濠集落だったそうです。ここは、その東の入り口にあたるので、地名は「東の口」です。
 ここから南へ折れ、田んぼ道に出ます。金木犀の香りの後は、実った稲と柿の木が迎えてくれます。

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    私の考えでは、「晩秋」は稲刈りの終了とともに始まります。従って今の時期は、仲秋と晩秋の混在状態です。
 稲刈りの終わった田んぼには、藁地蔵たちが立ち並んでいます。藁地蔵たちは、沈黙の言葉で晩秋を語っています。沈黙の言葉は、聞く人によりそれぞれ聞こえ方が違います。聞こえない人もいます。かっての私のように・・・。
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   作業小屋の傍には籾の山。名付けて「籾富士」。
 畦道に咲くアキノノゲシ。同じ野菊でも、うす紫のヨメナとはちょっと違う雰囲気で咲いています。薄黄色で温かい感じです。
 寄り添う藁地蔵をやさしく包んでいます。
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   田んぼに座って藁地蔵を作る人。この作業をやらせてもらった経験がありますが、結構難しいです。藁で縄を、即席で作るのがなかなかできなかったです。
 明るい秋の日を浴びる何でもない草むら。セイタカアワダチソウ。アキノノゲシ。エノコログサ。畑で作業する人。
 畦道のアキノノゲシとその足元に咲くイヌタデ。
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   野生化したアサガオ(?)。マルハルコウソウ。
 嫌われもののヘクソカズラも無事に実をつけました。
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   実といえば、柿の実もしだいに赤みを増してきました。柿の木のない日本の秋の風景は、ちょっと考えられないですね。赤い実は何かホッとします。柿を詠った一首といえば、やはりこれが一番ですね。故郷の風景とは、目を閉じると見えてくる風景です。  
  ~♪ ふるさとの 秋ふかみかも柿赤き 山べ川のべ わが眼には見ゆ ♪~ 
                                        (古泉千樫)
 珍しく案山子が立っています。古来より、「山田の案山子」とは、役立たずを罵る言葉です。山田の案山子を詠んだ良寛の歌があります。
  ~♪ あしびきの 山田の案山子 汝さえも 穂拾ふ鳥を 守るてふものを ♪~
 案山子さえも鳥から稲穂を守っているのに、自分は何の役にも立っていないと・・・。良寛さんは、自分の存在を謙虚に反省しています。良寛さんは名主の息子で、文才はありましたが商才がなく、挫折し出家したといわれています。
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   藁地蔵。コスモス。セイタカアワダチソウ。 これは、晩秋トリオ?
 ハナミズキの赤い実もよい雰囲気を出しています。
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   ここから、土手に上がります。
 土手の上に上がると、空が広く感じられます。青い秋の空が広がり、雲がながれてゆきます。人はうれしい時も、悲しい時も空を見上げます。空の青さの中に自分を投影したり、様々なことを感じとったりするのです。 空は祈りの空間? 自由な思考の空間?
 吉野弘さんの漢字遊びの詩です。
 ~♪ 「静」 
   青空を仰いでごらん。
   青が争っている。
   あのひしめきが
   静かさというもの。  ♪~
  ~♪ 「浄」 
   流れる水は
   いつも自分と争っている。
   それが浄化のダイナミクス。
   溜まり水の透明は
   沈殿物の上澄み、紛いの清浄。
   ・・・・ ♪~
 青い空の静寂には青の争い 。水の清浄さは、流れることにより保たれる。
 静の中にある動。動により保たれる静。吉野さんは、弁証法的ですね。

 桜の紅葉の上に青空。コブシの赤い実。空をじっと見つめているトンボ。何を見ているのでしょうね? 
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   木津川の支流、長谷川の土手の上です。オギの白い穂が風に揺れています。なだらかな宇治丘陵が青く見えています。空を秋の雲が流れています。八木重吉さんの詩です。
  ~♪  雲が
     湧く 日
 
     白い
     雲を みる

     吐息して
     またも みれば

     白い
     雲が ながれる  ♪~
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   土手の上では、あたたかい晩秋の日差しを受けて桜の花が咲いています。勘違い?
 春が待ちきれなかった? それとも・・・?
 アキノノゲシにも晩秋の光。    次回に続きます。
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2016年10月24日 (月)

定期診察(118)・帯状疱疹

 今日はKS病院血液内科の定期診察でした。今日は、なぜか電車がよく混んでいて立ちっぱなしでした。立ったまま参考書を広げている高校生がいました。(テストかな?)
 私も真似をして立ったまま本を読んでみました。(ウワー、本落としそう。)

 あっ、それから、この間、帯状疱疹で苦しみました。理由もなく左の脇の下が痛み始め、虫さされだと思っていた小さな発疹が、みるみる成長。4日目にしてやっと帯状疱疹を疑い、近所の皮膚科医院へ。薬の効果が出て今は治まりました。「再発はありますか?」の質問に、「普通は七年くらいは再発はしないが、癌末にはその限りではない。」と、ズバリとした回答でした。この皮膚科医院の医師は、日本の名医一覧に名前があります。
    良薬は口に苦し。 名医は口が悪し?

 さて、診察結果です。
 Hbは、9.0に。ほんのわずか改善ですが、赤血球は前回より減少。こんな変な数字もあるんですね。どうもこれらの数値は、測定誤差の内らしいです。息切れ感や筋肉のだるさは変わりなしです。
 血小板は、40万/μlで微増です。まだ増加できるというのはうれしいですね。まだまだ造血能力があるのではないかと思います。(これは全く勝手な素人考えです。)異常を喜ぶとは、恥ずかしくて医師には言えませんね。笑われそう。

  LDH、γGTP、尿素窒素、クレアチニンなどは、相変わらず異常値のまま。
  LDHは、過去最高の超高値。 何故こんなに高いのか、主治医も不思議そうでした。他の肝臓の数値に大きな変化がないのでたぶん大丈夫たろうという判断でした。何が問題になっているのか、素人には不明です。

  結論として、薬は合計6種類。アグリリン4cap/3day。バイアスピリン(抗血小板剤)。アマリール(血糖降下)。ミカルディス(血圧降下)。ガスター(胃薬)。フェブリク錠(尿酸降下)。

 診察が終わり会計待ちをしている時、老人に喋りかけられました。102歳ということです。ひとしきり健康の秘訣を聞かされました。あまりの元気さと会話のなめらかさにに驚きました。 人付き合いが、老化防止に役立つと確信しました。
                         では。 また。

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2016年10月20日 (木)

楜澤能生著「農地を守るとはどういうことか」

 Nouchi
    楜澤能生著「農地を守るとはどういうことか」~家族農業と農地制度 その過去・現在・未来~(農山村文化協会)を読みましたので感想を書かせていただきます。
 著者は、早稲田大学の法学部長を務められ、法社会学、農業法の研究などをされている方です。農業政策についての本をいろいろ勉強しましたが、この本はお薦めです。

  私の住んでいる地域は、木津川が作り出した田園地帯です。しかし、徐々に耕作地は減少し、工場や住宅地に代わっていっています。広々とした芋畑だった場所も、工場用地に変わろうとしています。耕作放棄地も目立ちます。日本全体では、食糧自給率もしだいに下がってきているようです。また、TPPが農業に大きな打撃を与えるのではないかと懸念されています。いったいこのままで、日本の農業は大丈夫なのでしょうか?
 この本は、農地はなぜ守られなければいけないのか、農地をまもるとはどういうことなのかについて、明治以後の土地制度から現在までを概観し、基本的視点を与えてくれています。一読をお薦めしたいですが、ほとんどの方は興味がないと思います。
 そこで、興味のない人のために超要約(?)、勝手な解説(?)をしてみます。 
  【新自由主義からの要請】
 現在日本では、新自由主義的政策が進められており、産業競争力会議は、アベノミクスの成長戦略の一つとして、①農業協同組合(農協=JA)組織の見直し、②企業の参入促進、③農業委員会制度の見直し、などが柱となる抜本的農業改革を提案しています。
 資本力を持つ株式会社に農地を取得させ、輸入農産物との価格競争に耐えうる大規模農業経営体の育成を進めようというわけです。農協や農業委員会が発展の足かせとなっているため、この足かせをはずし、農地法は撤廃し、農地を誰でも自由に取得できるようにすべきだという方向です。既得権益打破。農業の規制緩和路線です。
 はたして、この方向は、正しいのでしょうか? 

  【農地法の要=耕作者主義】
 明治政府は、農地を自由な取引、自由な所有権の対象物としました。その結果、誕生したのが大地主制度でした。不在地主などが、自分の利益のために農地を他の目的のために転売すれば、農地によって成り立っていた農民の生活、文化は丸ごと破壊されてしまいます。農村の自然と社会に組み込まれた農地は、他の一般商品とは違った性格を持っているのです。全国で農地を守るための小作争議が起こされました。
  戦後の農地改革は歴史の教訓に学び、「耕作者主義」という考え方を取り入れました。「耕作者主義」とは、農業に常時従事する生活を営む地元農家を、農地に対する権利主体として保護する考え方です。つまり、農地は誰でも自由に買えるものではなく、一定の要件を満たす者だけにその取得が許されるということです。これにより、農地を基本とする地域社会、水資源、里山や山林の自然資源、生活・文化を保護するのです。
  資本は、より安い労働力を求め、より税金の安い国を求めて移動するものです。必要とあらばいつでも地域を捨てます。このような農外資本(株式会社)に農地所有権の取得を解禁するということは、農地を他の一般商品と同じく、所有した以上は、転用を含む売買自由の世界に置くということになります。

  【持続可能社会へ】
 現在人類は、三度目の大転換に迫られています。一度目の大転換とは、農耕と牧畜に基づく社会の成立です。二度目の大転換は、産業革命です。すなわち、化石燃料の大量投入による経済成長、大量消費の社会です。しかし、地球温暖化、環境の破壊など、地球そのものの限界に直面しています。
 現在、人類にに求められている大転換は、自然と調和した持続可能社会への転換です。資源の効率性を向上させ、生産と消費を自然循環プロセスに適合させる、新しい社会モデル、幸福モデルの追求です。

  【自然保護と農地】
  人間は、自然に働きかけ、自然を加工することによって生を営んでいます。自然保護とは、人間の生産と消費を自然の循環にどう適合させるかという課題です。
 好きな物を、好きな時に、好きなだけ食べるという消費のあり方は、大きな問題です。消費者を獲得し、利潤を最大化するために大量の化学肥料や農薬を投入する農業のあり方も問題です。生産と消費を自然と調和させる社会への変革が求められているのです。
  森林資源と水資源を保全し、農地を保全することは、国の自然環境の保護にとっても重要な問題です。
 農地にとって、本源的な意味をもつのは土壌です。長い時間をかけて醸成された、豊かな微生物の棲息空間としての土壌です。化学肥料ではなく堆肥を利用し、生態系を丸ごと保全する必要があるのです。この課題を成し遂げることができるのは、地域社会・文化の担い手として、その土地で生きる生活者、農地を含む自然との関係を共同で形成しつつ世代を越えてこれを継承する農業者をおいてほかにないのです。
 農地を農外資本に売り渡すことは、国土の保全に逆行することです。

  【ヨーロッパにおける取り組み】
  スイスでは、憲法に農業の持続的生産規定があります。政府は、①国民にたいする食料の安定供給、②生命基盤としての自然の維持、③地域定住の施策を講じる義務があることが規定されています。
 オーストリア、ドイツでは、農林地取引法により自由な農地取引を規制しています。
 欧州共同体内では、農林地の取引に関して、事前許可制の法規制がかけられているのが一般的です。

 農産物については、他の工業製品のようにグローバルな自由貿易に任せるのではなく、国土を保全し、食糧自給率を確保するための特別な政策が必要です。農業の保護。国土の保全です。TPP推進は、国土を荒廃させることにつながる危険があります。経済成長一辺倒ではなく、持続可能社会への転換。脱原発。「人類三度目の大転換」です。
    不十分なまとめで申し訳ないです。お薦めします。

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2016年10月16日 (日)

二十四節気「寒露」2016続き

 「寒露」の続きです。田んぼ道の散歩をさらに続けましょう。
 野菊(ヨメナ)が咲いています。周囲には、ツユクサも広がっています。草むらは、明るい秋の陽を受けて、秋の花の二重唱です。 曲名は、「純愛」?
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   日本の秋の野に欠かせないは、やはり野菊です。野菊といえば、私の世代では、伊藤左千夫の「野菊の墓」ですね。   ちょっと抜き書きしてみます。
 ~♪ 
 野菊がよろよろと咲いている。・・・・
 僕は一寸脇へ物を置いて、野菊の花を一握り採った。・・・・
 「まア政夫さんは何をしていたの。私びッくりして……まア綺麗な野菊。・・・政夫さん、私ほんとうに野菊が好き」
「僕はもとから野菊がだい好き。民さんも野菊が好き……」
「私なんでも野菊の生れ返りよ。野菊の花を見ると身振いの出るほど好もしいの。どうしてこんなかと、自分でも思う位」
「民さんはそんなに野菊が好き……道理でどうやら民さんは野菊のような人だ」
 民子は分けてやった半分の野菊を顔に押しあてて嬉しがった。・・・・
 二人はしばらく無言で歩く。・・・真に民子は野菊の様な児であった。・・・♪~

 純粋な愛を育む政夫と民子。封建社会の壁が、身分の違う二人を引き裂き、不幸な死をとげてしまう民子。悲しみと後悔を湛え、民子の墓の周囲に咲き乱れる野菊。・・。
  「野菊の墓」、今でも読まれているんでしょうかね?
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   水路の脇にニラの花が咲いています。 セセリチョウ(?)
 エノコログサにもチョウが来ています。 蝶の名前は、ちょっとお手上げ。
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   古川の土手に、一本の楠が植えられています。市の名木の二代目を移植したものだそうです。まだまだ小さい木ですが、良い雰囲気で立っています。
 ここで、八木重吉の詩を一つ。
  ~♪ 「木」  八木重吉
     はっきりと
    もう秋だなとおもうころは
    色色なものが好きになってくる
    明るい日なぞ
    おおきな木のそばにへ行っていたいきがする  ♪~

 八木さんの第一詩集は、「秋の瞳」でした。八木さんにとって秋は特別な季節だったようです。秋の明るく透明な光。青い空。流れる白い雲。果実。草花。
 四季折々の自然の営みと一体化し、自然を通して神の存在を感じとっていた八木さん。「宗教詩人」であると同時に、「自然派詩人」と言えそうです。
 エノコログサも、マルハルコウソウも木に寄り添って咲いています。
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   今年は、ちょっと異常気象だったようです。古川土手のしだれ桜が、季節はずれの花をつけました。秋に桜とは珍しいです。
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   コスモスが咲いています。空は一面のうろこ雲です。うろこ雲は、雨を知らせる雲。悲しみをはらんだ雲。 八木さんなら、この雲を見てどんな詩を紡ぎ出すのでしょうか? ちょっと近い詩を拾ってみます。 
 ~♪ 「彫られた 空」 八木重吉  
 彫られた 空の しずけさ
 無辺際の ちからづよい その木地に
 ひたり! と あてられたる
 さやかにも 一刀の跡    ♪~

  八木さんの詩は、すじ雲のイメージですね。空を彫刻するもの。 神?
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   土手で撮った写真も紹介しましょう。
 ~♪ 「白い 雲」   八木重吉
   秋の いちじるしさは
   空の 碧を つんざいて 横に流れた白い雲だ
   なにを かたっているのか
   それはわからないが
   りんりんと かなしい しずかな雲だ  ♪~

  風になびくオギの上に青い空が広がり、白い雲がながれていきます。「りんりんと かなしい しずかな雲」? 八木さんの言う雲はどんな雲? 
 ヌスビトハギと雲。  地には季節はずれのブタナ。 異常気象?
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   今の時期、土手の主役はセイタカアワダチソウです。
 コブシの実も赤く秋を演出。遠くに稲刈りの人も見えます。しかし、この辺りではコブシは、この木一本だけ。
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   夕陽の時間になりました。エノコログサもオギも金色に輝き始めました。
  少しひんやりとして、虫の声に気付きます。
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    一本の巨木の中に、日が沈みます。今日の一日が、終わろうとしています。
   明日も充実した一日でありますように・・・。     次の節気は、「霜降」です。
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2016年10月12日 (水)

二十四節気「寒露」2016

 10月8日は、二十四節気の「寒露」でした。台風が過ぎ去り、高気圧がやってきて、「寒露」の8日は良い天気になり、涼しい風も吹き始めました。
 いつものように、木津川土手方面に写真散歩に出かけましょう。
 (ただし、8日は用事がありましたので、7日と10日に撮った写真です。)

 家を自転車で出て住宅街を抜け、田んぼ地帯に入ります。
 田んぼの畔にイヌタデが満開です。赤まんまと呼ばれるこの植物は、かってはままごと遊びには欠かせない一品でした。近くの幼稚園の園児も通りますが、子どもたちのもっぱらの関心は、赤まんまではなく、地面に腹ばいになった怪しいオッサンですね。
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   田んぼの畔は、わずかな狭い空間ですが、注意してよく見ると花で一杯です。
 薄紫が美しいイボクサ。黄色が鮮やかなヒレタゴボウ。水田版秋の七草。
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   蓮田はもう終わりです。雑草に覆われて、蓮の葉もかなりが枯れています。花托はうなだれて夏の夢を追っているようです。
 詩人、三好達治の詩に、「かよわい花」という詩があります。
 ~♪ かよわい花です
        もろげな花です
    はかない花の命です
        朝さく花の朝がおは
    昼にはしぼんでしまいます
    ・・・・
    みんな短い命です
    けれども時間を守ります
    そうしてさっさと帰ります
    どこかへ帰ってしまいます ♪~

 古来、日本人は、儚さやうつろいゆくものの中に美を見出してきました。三好さんは、与えられたかけがえのない命を精一杯生き、時間が来ればさっさと帰っていくという、命に対する近代的な捉え方をユーモラスに提示しているようですね。
 蓮さんたちは、どこへ帰っていったのでしょうね?
 私も、間もなく帰らねばなりません。何事もなかったように、淡々と・・・。
  しかし、どこへ?
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   田んぼの脇の水路にミゾソバです。ママコノシリヌグイを大きくしたような花ですが、拡大するとピンク色が華やかで美しいです。ソバと名前がつけられていますが、タデ科の花だそうです。花びらの様に見えるのはガクで花弁は無く、閉鎖花を持ち、受粉しなくても確実に種子をつくる能力を持っています。生き残り戦略です。水路付近にはびこるように咲いています。 はびこる! 嫌われもの? 
     ~♪ ミゾソバの 水より道に はびこれる ♪~  (星野立子)
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   ミゾソバが、水路から田んぼに進出。 はびこり中? 稲とは仲良し?
 田んぼの中に進出したヒレタゴボウ。嫌われものの水田雑草ですが、こうしてみると、秋空を背景になかなか立派な姿です。
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   稲が実り稲刈りも始まりました。秋の空は大きく広がり、遠くに愛宕山が見えています。青い空に白い絹層雲がうすく広がっています。 ああ、これぞ日本の秋という感じ。
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   丸山薫という詩人が、終戦間もない頃に、「青い黒板」という詩を書きました。丸山さんは、一時期小学校の先生でした。
  ~♪ 「青い黒板」   丸山薫
  鉛筆が買えなくなっても
 指で書くから いい
  ・・・・・・
 ぼくたちに鉛筆やノートブックの
 買える日がくるまで
 しずかに空の黒板に向かって
 指のチョークで 勉強しよう
 空の黒板はひろくて たのしい
 日本中のぼくたちが書いても
 書き切れないだろう

 毎日 雲がまっさおに
 それをぬぐってくれる   ♪~

 日本がまだ貧しかった頃、物はなくても、子どもたちは青い黒板に明日への希望を書くことができました。力強く力を合わせて生きることができました。
 稲穂の上に青い空が広がっています。白い雲が流れていきます。青空の中で、赤とんぼが見ているのは希望でしょうか? それとも過ぎ去った過去でしょうか?
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   いたる所で、稲刈りも始まりました。秋は、しだいに深まっていきます。稲刈りが終わるともう晩秋ですね。
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   今は実りの時。柿も実をつけました。
 草むらの中で、ひそかにママコノシリヌグイも実をつけました。小さなブドウのようです。何げない草むらの中の小さな秋です。   (つづく)
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2016年10月 7日 (金)

望月衣塑子著「武器輸出と日本企業」

 Buki
  望月衣塑子著「武器輸出と日本企業」(角川新書)を読みましたので、感想と紹介を書かせていただきます。望月氏は、東京新聞の社会部記者です。

 武器がなければ戦争はできないはずですが、世界各地で紛争が絶えません。口では平和を言いつつ、なぜ武器輸出は行われるのでしょうか? 考えると不思議ですね。
 
 本書の紹介の前に武器輸出について基本的な問題点を整理しておきます。
  【軍事は産業】
  多額の武器輸出をしているのは、アメリカ、ロシア、フランス、中国などの国です。いずれも軍事大国です。なぜ軍事大国は武器を輸出するのでしょうか?
 理由は簡単です。新しい兵器を研究・開発し、大量の兵器を製造するには、莫大なコストがかかります。国家予算だけをつぎ込んで、自国のみの兵器の開発・製造を維持するのは負担が大きすぎます。そのため、兵器生産が産業として自立することが必要です。産業には、利潤をあげる市場が必要です。つまり、軍事大国には、それを支える軍需産業が必要であり、そのために国内ばかりでなく、海外の市場も必要なのです。
 武器輸出は、軍事大国の宿命、必然的なことなのです。
 アイゼンハワー大統領は退任挨拶の中で、巨大な軍産複合体の危険性について警告しました。「軍産複合体による不当な影響力の獲得を排除しなければなりません。」と。
 しかし、その後のアメリカの歴史は、この警告を無視して進みました。
 日本の自衛隊は、数兆円もかかるミサイル防衛を初め、イージス艦、航空機などを購入し、莫大な日本の国費を使ってアメリカの軍需産業・軍事力強化に貢献していることになるのです。
 
  【新武器輸出三原則】
 日本は、「武器輸出三原則」により、武器輸出には慎重な態度を取ってきました。しかし、安倍内閣の下で、「新三原則」が制定され、規制は実質的に撤廃されました。「防衛装備庁」も発足し、武器輸出に向けた国内環境が整いました。
 武器輸出を解禁し軍需産業を育てる、その軍需産業により軍事が支えられる、日本は本格的な軍事大国への道を歩み出したと言えます。憲法9条とは逆行する道です。

  【デュアルユースについて】
 デュアルユースとは、民生用にも軍事用にも使える技術のことです。
 例えば、核兵器を作るために開発された核技術は、ウランの精製から濃縮、ウランを扱う技術など膨大なものです。これらの技術・設備を核兵器のためだけに維持するのは、コストがかかり過ぎます。そこで、軍事から民生用にデュアルユースして、利潤を確保し、核技術を産業として維持するわけです。それが原子力発電です。
 逆に民生用に開発された技術も軍事用にデュアルユースして、利潤を得ることができます。武器輸出とは、単に完成した兵器を輸出することだけではなく、民生用に開発した技術を軍事用として輸出することも含まれるのです。
 これにより、今まで民生用の製品しか生産していなかった企業が、軍事用として輸出し、利潤を確保することが可能になるわけです。このことが進めば、軍事依存により利潤を確保する、歪んだ企業が出てくることになります。海外の子会社は、「新武器輸出三原則」は、適用されません。武器を生産する日系企業が活躍する日も来るかも知れません。

  では、本書の内容を簡単に紹介します。、項目だけで申し訳ないですが・・。
 第1章:悲願の解禁 
  2015年10月、防衛装備庁が発足。220社30万部品を結集した国産戦闘機X2の開発。 フランス武器見本市への日本企業の参加。防衛セミナーで企業募集。前のめりな防衛省 の姿勢が浮き彫りに。国の形は変わりつつあると・・・。

 第2章:さまよう企業人たち 
  大手防衛企業と防衛省の蜜月関係。積極的な企業。とまどう企業。
  足踏みする企業。様々な企業の反応が紹介されます。

 第3章:潜水艦受注の脱落の衝撃 
  日本製潜水艦・「そうりゅう」のオーストラリアへの輸出をめぐる問題です。

  第4章:武器輸出三原則をめぐる攻防 
  国民の税金を使って進められる軍産複合体作りへの道。三原則改変の歴史。

  第5章:最高学府の苦悩
  狙われてきた大学の研究。軍事研究容認か禁止か、揺れる大学の姿。

  第6章:デュアルユースの罠
  防衛省が始めた、科学研究を取り込むための資金援助制度。それに応募する大学。
  広がる波紋。日本学術会議での軍事研究容認発言問題。

 第7章:進む無人機の開発
  無人機開発。防衛省のイスラエルとの接近。日本の向かう先はどこか・・・。

  三菱重工、川崎重工、NEC、ANAホールディングス、三菱電機、IHI・・。
 武器輸出で利潤を上げたい企業。自前の武器を安くで整備したい防衛省。
  防衛費は5兆円を突破。死の商人の栄える国。軍事国家。
 日本の進路はこれでいいのでしょうか・・・?  
 今一度立ち止まって、冷静な判断が必要です。  一読をお薦めします。

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2016年10月 3日 (月)

定期診察(117)・さらりとした言葉

  今日はKS病院血液内科の定期診察でした。腹部CT検査のため朝食無しで、いつもより30分早く家を出ました。駅の階段で足がだるくなりました。電車は座れました。

  造影剤を入れてのCT検査。腕の静脈から注入です。造影剤で、何となくジワジワと体が熱くなり、ちょっと不気味な感じでした。検査の人に、「痛くないですか?」と聞かれたので、「熱い!」と返事をすると、「それは普通です。」と言われてしまいました。

 さて、診察結果です。
  心配していた膵臓の腫瘍は、前回とほぼ同じ大きさで、成長はしていないということでした。 これはちょっと安心。
 脾臓の腫瘍も前回同様巨大ですが、成長はしていないそうです。
 しかし、脾臓全体が成長していました。画像を素人の私が見ても、成長しているのが確認できました。いや、成長という言葉遣いは可笑しいですね。脾種の進行です。
 最近、無性に腹に違和感がありました。やはりという感じですね。
 主治医の言葉は、さりげなくサラリとしていました。「脾臓が肥大化するのは線維症の進行で起こります。もう少し進めば、薬の変更を検討します。」
 ウワーッ! サラリと、何ということを言うんでしょうか。
 薬の変更? たぶんあの薬ですね。
 これも当然の成り行きなのでしょうがないですね。
 十分覚悟はできていますよ。

 Hbは、8.9に少々改善ですが、息切れ感や筋肉のだるさは変わりなしです。
 血小板は、35万/μlで横ばいです。アグリリンを減らしたにもかかわらず横ばいとは、血小板は減少局面に入ってきたのでしょうか? 
 次回に、さらりと質問してみます。

  LDH、γGTP、尿素窒素、クレアチニンなどは、相変わらず異常値のまま。

  結論として、薬は合計6種類。アグリリン4cap/3day。バイアスピリン(抗血小板剤)。アマリール(血糖降下)。ミカルディス(血圧降下)。ガスター(胃薬)。フェブリク錠(尿酸降下)。                                 では。 また。

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2016年10月 1日 (土)

二十四節気「秋分」2016続き

 二十四節気「秋分」2016の続きです。水主神社から再び土手に上がり、土手の上を南に進みます。
 土手の上にも彼岸花が咲いています。しかし、セイバンモロコシなどの優勢な雑草に囲まれて、撮影はなかなか難しいです。草刈りの時期がいつになるかによって状況が変わります。今年は、彼岸花にとっては最悪です。
 ヨメナなどの野菊系は健在ですね。
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   彼岸花にアゲハです。羽根が少し傷ついています。恋のバトルの結果でしょうか? 捕食者に襲われたのでしょうか? 
 ショウリョウバッタが彼岸花で一休み? 本当は、こちらの様子をうかがって緊張しています。この後、すぐに逃げられました。
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   さらに南へ進むと、時季はずれのシモツケの花が咲いていました。今年は異常気象なので、こんなこともあるんでしょうね。 土手では桜も狂い咲きしています。
 足元に突然トンボが止まりました。 ビックリ!
 こちらのアキアカネは、ソロリと近づいて・・・。 空にはアキアカネが乱舞。
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   台風と秋雨前線で不順な天候が続きました。キノコにとってはチャンス到来。思わぬ場所にキノコ登場です。
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   日が傾いてきました。逆光でエノコログサも輝き始めました。
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   逆光で彼岸花。しかし、ここでは撮影条件が悪そうです。もっと条件が良さそうな場所に引き返します。・・・少し、急ぎます。
 夕陽を受けて鉄橋を渡る近鉄特急。 スケボーの子どもたち。
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   マゴマゴしている間に陽が沈みました。斜面の草むらに飛び込んで、二輪並んで咲く彼岸花を狙います。これが本日、最後の彼岸花。おそらく今季最後の彼岸花かも。
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   空に茜雲を残し、少しずつ夜が忍び寄ってきます。遠くの町に、灯がともり始めました。もう、急いで帰路につかねばなりません。
 帰り道、夭逝の詩人、立原道造の詩の一節が頭をよぎりました。
  ~♪ 唄
    ・・・・・
    雲がながれるのを 私は見た
    太陽が 樹木のあいだをてらしていた

    そして 林の中で 一日中
    私は うたをうたっていた
     《 ああ 私は生きられる
      私は生きられる・・・・・
      私は よい時をえらんだ 》  ♪~

 自らの生を、こんなにも純粋に、高らかに歌うことができるとは・・・。この詩人はどんな未来を見つめていたのでしょう・・・。
 今日は短時間でしたが、野に咲く花たちと対話することができました。 感謝。
    では。また。      次の節気は「寒露」です。 
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