« 2016年8月 | トップページ | 2016年10月 »

2016年9月

2016年9月28日 (水)

二十四節気「秋分」2016

  9月22日は、二十四節気の「秋分」でした。
 今年は、台風の通過と秋雨前線の影響ですっきりしない天気が続きました。おまけに私は、微熱が続き、貧血の息切れもあり体調が悪かったです。二週間以上も散歩写真に出られていませんでした。
  23日は、天候が少し回復しました。体調は良くなかったですが、今を逃せば、今年は彼岸花を見ずに終わってしまうという危機感で、無理をして撮影に出かけてきました。別に彼岸花を見なくても一年は終わるんですけどね・・・。
 野の花も私を待ってくれているような気がしますもので・・・。 勝手に妄想?

 では、~♪ 野に咲く花のように ♪~を心の中で歌いにながら出かけましょう。
    ~♪ 野に咲く花のように風に吹かれて
     野に咲く花のように人を爽やかにして
     そんな風にぼく達も
     いきてゆけたらすばらしい
     時には暗い人生も 
     トンネルぬければ夏の海
     そんな時こそ野の花の
     けなげな心を知るのです ♪~
                   この曲を聴きたい方は→こちらから

  住宅街を出て田んぼに出ます。稲の穂は実りに感謝して深く頭を下げています。
 水田雑草のヒレタゴボウも、黄色い花を咲かせて応援です。 農家の方は大迷惑?
Shuubun2016102Shuubun2016101Shuubun2016103  

 

 

 

   ヌスビトハギやヒメジョオンの咲くたんぼ道を進みます。
 適当な草むらに入って、小さな花のアップを狙います。通りすがりのおばさんに怪しまれないように気を遣います。時々、「何か居るんですか?」と聞かれたりします。「ただの雑草です。」と言うと、呆れられたりします。
Shuubun2016201Shuubun2016202Shuubun2016203  

 

 

 

   この草むらでは、ヌスビトハギの薄いピンクが美しいです。
 イヌホウズキが咲いています。花びらがみんな反っくり返って、緊張感? 自己主張?に溢れています。ブドウのような美味しそうな実ができていますが、これは猛毒。食べると子どもには命の危険があるとか・・・。私は子どもの頃、ヤツデやウツギの実など、とにかく実は食べるなと、厳しく言われて育ちました。 田舎の知恵?
Shuubun2016301Shuubun2016302Shuubun2016303  

 

 

 

   水田雑草のイボクサも、チャッカリと稲穂にまぎれて薄紫の可憐な花をつけました。ツユクサと同じ仲間の花です。あまりにもけなげな野の花ですね。
 人は時として、野の花に自分の気持ちを重ね、自らの人生を見つめ直してきました。野の花との対話ですね。 ~♪ 時には暗い人生も・・♪~   
 ツユクサも水田に侵入すれば、立派な水田雑草です。けなげというより、チャッカリとして、ひょうきんな感じです。
Shuubun2016401Shuubun2016402Shuubun2016403  

 

 

 

   畑に植えられていた菊の花を画面いっぱい、着物の模様のように撮ってみました。
 道端には、ニラの花。見た目は清楚な感じです。 匂いはニンニク。
 いつもの土手下の田んぼです。この様子だと稲刈りも近そうです。
Shuubun2016501Shuubun2016501_01Shuubun2016501_02  

 

 

 

   ここで土手に上がります。いつもなら、寺田桜堤に彼岸花が咲いているはずです。
 桜堤で今年初の彼岸花に出会えました。まだよく咲いています。間に合いました。私を待っていてくれたようです。 ~♪ 野に咲く花のように人を爽やかにして ♪~・・・と、かってに感謝。 ただし、私は人を爽やかにするうな生き方はしてこなかったような気が・・・? 今更遅いですが。
Shuubun2016601Shuubun2016602Shuubun2016603  

 

 

 

   アゲハも来てくれました。
 二匹目のアゲハが接近!
Shuubun2016703Shuubun2016701Shuubun2016702  

 

 

 

   アッー! アゲハは、連れもってどこかへ飛び去って行きます。ウーン、残念。
 花よりも、やはり恋ですね。 人も同じ?
 散歩の人が通りました。  孤独なヌスビトハギ。
Shuubun2016801Shuubun2016802Shuubun2016803  

 

 

 

 

 

 

 

   桜堤から土手を南へと走ります。土手の下に水主神社が見えてきました。水主神社にも彼岸花があったはずです。ちょっと立ち寄ります。
 水主神社の入り口の田んぼは、ナナなんと、一面草はらです。 ・・・・!!
 以前、この田んぼの老夫婦に写真を撮らせていただき、自宅まで写真を届けたことがあります。 どうかされたのでしょうか? それとも単なる減反? 気になります。
 水主神社でも彼岸花に出会えました。    次回に続きます。
Shuubun2016901Shuubun2016902Shuubun2016903

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2016年9月18日 (日)

鈴木大裕著「崩壊するアメリカの公教育」感想

  Houkai01 鈴木大裕著「崩壊するアメリカの公教育」~日本への警告~ (岩波書店)を読みましたので紹介させていただきます。著者はアメリカの教育に憬れ、16歳でアメリカ留学を果たし、その後スタンフォード大学で修士号を取得し、日本で中学校の英語教師も経験されたことのある教育学の研究者です。

 今、日本の教育はどこに向かって進んでいるのでしょうか?
 安倍政権の下で全国学力テストは、60億円の予算をかけて抽出調査から全数調査に代わりました。調査を受注したB社には大きな利益がもたらされました。テストの結果は、多くの自治体で学校ごとの得点が公表され、学校間の競争と評価につながっていきます。教育方法、教員の指導力が、得点により評価される状況になってきています。
 そもそも教育は、点数によりすべてが評価できるものなのでしょうか?
 大阪では、三年連続定員割れを起こした高校は廃校というような制度も行われています。学校間の競争により、人を集められなかった学校は廃校にする、需要が少なければ切り捨てる、こんな市場競争原理が教育に持ち込まれていいものなのでしょうか? 
 得点化された教育価値で競争が組織され、得点を上げられる教育方法や学校が評価され、それを進める特定の出版社、受験産業等が大きな利益を上げる、そんな事態が進行しているのではないのでしょうか?

  また、小学校では、5~6年生で外国語(英語)を正式教科にするほか、歌やゲームなどで英語に親しむ「外国語活動」の開始を3年生に早める学習指導要領の改訂が予定されています。
 明治維新後、日本ではドイツ語、英語、フランス語などの科学技術用語を、漢語に翻訳し日本語の中に取り入れ、多くの国民が日本語により高度な西欧の先進的知識を学ぶことに成功しました。しかし、高度な学問を学び記述することが、英語でしかできないという事態は、多くの国民への知識の普及という点で大きな障害になるのではないでしょうか?母国語で、高度な知識や文化を語れなくなった国に未来はあるのでしょうか?

  大学教育では、大学の格差付けが進んでいます。世界の大学ランキング100位以内を目指すスーパーグローバル大学(東大など16大学)、社会のグローバル化をけん引するグローバル化けん引型大学などの格付けです。格付けにより運営費交付金に差をつけ、多国籍企業で活躍できる人材作りをする大学を目指しているのではないでしょうか?
  文化系学部については、「組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組む」という方向で改革が進められています。経済効率を高めるための学問が重視され、経済効率の悪いものは切り捨てる、それは果たして正しい方向なのでしょうか?

  前置きが長くなりましたが、この本は、日本の教育が向かっている先には、「崩壊するアメリカの公教育」と同じ運命が待っていると警告しています。キーワードは、「競争原理導入」、「民営化」などによる「新自由主義的教育改革」です。
 新自由主義の下では、今まで公共が担っていたものが民営化されていきます。教育においては、教育目標は数値化・標準化され、単純化された目標に向かって競争原理が導入され、それにより、民営化された教育は、競争に勝つための商品となっていきます。公教育が巨大な市場と化すわけです。世界最大手の教育出版社、ピアソン・エデュケーションは、多くの学力調査を受注し、関連する事業も含めると、アマゾンに匹敵する収益を上げるまでに成長しています。最近では、OECDの「生徒学習到達度調査 PISA」 の運営にも参加しているといいます。

 新自由主義的教育改革が進められたアメリカでは、「市場型学校選択制」が進められました。特に貧困地帯で、学力の低迷を理由に公立学校が閉鎖され、チャータースクール(公設民営学校)などの選択肢が新設され、すべての学校が存廃を掛けて点数の取れる生徒を奪い合う一大教育市場が生まれました。学校選択制の名の下に公教育の序列化を進め、教育の機会均等を保障するはずの義務教育が、格差を拡大する社会システムへと変質してしまったのです。また、バウチャー制(税金で私立学校へ通えることを可能にする制度)は、税金が私学・教育産業へ流れる仕組みになりました。

 アメリカでは発展途上国からの「教員」輸入という驚くべき問題も起こっています。
教育目標が単純化され、得点化されれば、教育は効率よく得点を取るためのマニュアルと化していきます。教育の専門性は軽視され、教育はマニュアルに従って進められる単純化された労働へと変質していきます。教員免許の条件が緩和され、教師は「安い使い捨て労働者」へと変質し、安い労働力として、海外から教員を調達するということすら起こっているのです。

 レーガン政権の下で始まった「ゼロ・トレランス」政策も、教育格差拡大に大きな影響を与えたといいます。「ゼロ・トレランス」とは、「割れ窓」理論です。割れた窓を放置しておけば、さらなる無秩序が広がり、より深刻な犯罪へとエスカレートしていくというものです。些細な乱れの段階で取り締まろうというわけです。日本風に言えば、「心の乱れは服装の乱れから」です。
 しかし、「ゼロ・トレランス」は、正しい援助が行われない状態で、取り締まりが強調されれば、非行の定義が拡大され、犯罪・非行は増大します。教育現場では、停学処分、退学処分の増加となり、300万人もの生徒が処分されるという事態になっています。結果として、家庭に困難を抱える黒人やマイノリティーの貧困層が学校システムから排除され、社会的弱者の切り捨てへとつながっていると、著者は指摘しています。

 著者は、日本では大きな権威として受け入れられている、OECDの「学習到達度調査 PISA」についても、新自由主義的危険性を指摘しています。
 第10章「立ち上がったアメリカの人々」では、今後の方向性が示されています。
 不十分なまとめですが、長くなりますので、このへんで。
 この本、一読をお薦めします。  では。また。
      

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2016年9月15日 (木)

二十四節気「白露」2016後半

  二十四節気「白露」の後半です。近鉄の線路沿いまでやって来ましたが、ここから木津川土手を目指し、西に向かって田んぼ道を進みます。

 アスファルトの舗装道路から田んぼの脇の草むらに入ると、驚いた虫たちが一斉に飛び出してきます。イナゴ? バッタ? 区別があるのかないのかさえよく知りません。一枚目は、稲に取りついたイナゴ(?)です。
 テレビでおなじみの夏井いつきさんの「絶滅寸前季語辞典」に、「蝗捕り(いなごとり)」が出ています。「蝗捕り」は、あくまでも食用にするためにイナゴを大量に捕獲することで、単なる虫取りとは違います。そう言えば、久しくイナゴの佃煮など見たことがないです。昔、一度だけ食べたことがあるだけです。
 田んぼ脇の草むらは、知らない植物で溢れています。二枚目は、カヤツリグサ(?)。三枚目は、???。
Hakurokouhan101Hakurokouhan101_02Hakurokouhan101_01  

 

 

 

   道端に並ぶニラの花。エノコログサ。今の時期、一番目立っています。
Hakurokouhan201_02Hakurokouhan201_01Hakurokouhan201  

 

 

 

   一枚目は、たぶんスベリヒユ(?)。
 次は、ヤブツルアズキ(?)。 アズキの花のように螺旋状にねじれています。
  ここで万葉集より一首。 (丈部鳥・生没年不詳)
  ~♪ 道の辺の 茨の末に延ほ豆の からまる君をはがれか行かむ ♪~
意味:道端のノイバラの先に絡みつく豆のように、私に絡みつく君をおいて別れゆく
  これは、防人として出兵される兵士の歌です。草むらに悲しいドラマが投影されていますね。 昔の人は、自然と豊かに対話していたようですね。
Hakurokouhan301Hakurokouhan301_01Hakurokouhan301_02  

 

 

 

   さらに進むと、ピンクの花。アレチノヌスビトハギです。最近では、和種のヌスビトハギに代わって、北米原産のアレチノヌスビトハギが主力になってきているそうです。薄いピンクのこの花を見ると、秋が来たという思いが高まります。私の選んだ秋の七草の一つです。名前は悪いですが・・・。
  「絶滅寸前季語辞典」によると、秋の七草も絶滅寸前季語だそうです。なにしろメンバーがグラついているらしいです。ハギ・ススキ・クズ・オミナエシ・フジバカマのレギュラーメンバー。しかし、レギュラーだったフジバカマは絶滅危惧種に転落、野草としてのポジションを失い、残りののポジションは三つ。キキョウ・アサガオ・ナデシコ・カルカヤの争いが激しいらしいです。栄光の「秋の七草」の称号は誰のものに・・・?
 私としては、ヌスビトハギを推薦したいですね。 名前の印象が悪い? 帰化植物はダメ? 国籍が問題? ウン?・・・何の話?
Hakurokouhan401Hakurokouhan402Hakurokouhan403  

 

 

 

   ヘクソカズラ。これも名前の印象が悪くて、栄光の秋の七草には遠いですね。
 ママコノシリヌグイ。これも名前が悪い? 「絶滅寸前季語辞典」には、ママコノシリヌグイも載っています。美しいのに、季語の世界から消えるのかも・・・? それはちょっとまずいのでは? 俳人の皆さん。
Hakurokouhan501Hakurokouhan502Hakurokouhan501_01  

 

 

 

   清楚で可憐な露草が咲いています。 落合直文の一首。
  ~♪ 人の世に のぞみたちたるよわき身の めづべき花か 露草の花 ♪~
  この露草も7月頃から咲いているし、秋の七草には無理ですね。
 マルハルコウソウ。これは、新秋の七草の有力候補。 無理か?
  イヌタデ。子どものままごとに使われなくなったので注目度は下がり気味。
 雑草にもっと光を! 子どもは雑草とともに! ・・・ですね。 無理か?
Hakurokouhan601Hakurokouhan601_01Hakurokouhan601_02  

 

 

 

 

   いよいよ木津川土手に到達。実り始めた稲が風に揺れています。遠くに京都市の最高峰、愛宕山が見えます。広々とした場所では、なぜか風に寂寥感を感じますね。
  ~♪ さびしさに草のいほりを出てみれば 稲葉おしなみ秋風ぞ吹く ♪~
                                               (大愚良寛)
  土手に上がります。秋の空が大きく広がります。
 土手の斜面では、カワラナデシコが迎えてくれています。
Hakurokouhan701Hakurokouhan701_01Hakurokouhan701_02  

 

 

 

 

   野焼きで、土手にはうっすらと煙が立ちこめ、秋らしい空気感が漂っています。
 ヤマボウシの実も赤く実りました。 
 季節はずれのコブシの花が咲きました。 異常気象?
Hakurokouhan801Hakurokouhan801_01Hakurokouhan801_02
  

 

 

 

 

   今の時期の土手は、やはりツルボですね。ツルボやヒガンバナは救荒植物として中国から日本に伝わったと考えられ、貝原益軒の「大和本草」に紹介されているそうです。飢饉の時の非常食なら、ツルボも栄光の秋の七草入りは難しそうですね。
Hakurokouhan903Hakurokouhan902Hakurokouhan901  

 

 

 

   夕日が優しくツルボを包んでいます。ツルボたちは、夢を見ているのでしょうか? それとも、明日への決意を固めているのでしょうか?
Hakurokouhan9101_01Hakurokouhan9101Hakurokouhan9102  

 

 

 

   日が沈みました。静かな夕暮れです。ゆっくりと闇が広がっていきます。「白露」の一日が終わろうとしています。
   次の節気は、「秋分」です。  では。 また。
Hakurokouhan9201Hakurokouhan9202Hakurokouhan9203

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016年9月12日 (月)

定期診察(116)・Hb最低更新

 今日はKS病院血液内科の定期診察でした。何となく蒸し暑い日でした。
最近、体調がどうも思わしくないです。ゴロゴロと日を送っています。

 電車は、行きも帰りもチャッカリ優先座席に座りました。
 途中、妊娠中かも知れない女性が乗ってこられましたが、席を譲るべきか悩みました。もし、間違いであれば・・・大変?   ウーン! 実に悩ましい・・・。
 私はマタニテイーマーク普及賛成派です。happy01 Maternity_mark_3

 さて、診察結果です。
 Hbは8.4で、過去最低を更新です。アグリリンを隔日で1錠に減らしたにもかかわらず、回復してこないです。 かなりつらいですね。
 血小板の方は、アグリリンを減らしたにもかかわらず34万/μlで、前回より減少しました。
 血小板の減少と貧血の進行。これは線維症進行のサインですね。たぶん・・。

 今日は、ズバリ直球で質問しました。
  「・・・線維症が進んで来たのですか?・・・」
  「他の指標(血球や脾臓の肥大状況)などから見て、まだまだです。・・・」
 ということでした。 ウーン。 何かいつも中途半端なやりとりです。ここまで来たら、心配してもどうしようもないことなんですが・・・。
 長く生きられるなどとは思っていませんが、何か気になりますね。  ・・・と言いつつ、ちょっと生きることに未練がありそうな・・・?

 貧血対策についても質問しましたが、特に良い手はないそうです。

 結論として、さらにアグリリンを減らすことになりました。 4cap/3dayです。つまり、三日に一回2錠。他の日は1錠。

 積み残しの課題、脾臓と膵臓の腫瘍については、次回にCT検査をすることになりました。膵臓の乳頭腫については、成長していれば危険ですね。

 LDH、γGTP、尿素窒素、クレアチニンなどは、相変わらず異常値のまま。医師からのコメントは無しです。

  薬は合計6種類。アグリリン4cap/3day。バイアスピリン(抗血小板剤)。アマリール(血糖降下)。ミカルディス(血圧降下)。ガスター(胃薬)。フェブリク錠(尿酸降下)。
                    では。 また。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2016年9月10日 (土)

二十四節気「白露」2016

  9月7日は、二十四節気の一つ「白露」でした。江戸時代の暦便覧によれば、「陰気ようやく重なりて露こごりて白色となれば也」です。
 少しずつ本格的な秋が近づいて来て、朝には露が白く光り、セキレイが鳴き、やがてツバメたちも南へと旅立ってゆく、そんな季節です。
 「白露」の日当日は、台風の影響で雨の予報でしたが、意外にも京都府南部は晴れた一日となりました。体調が良くないですが、散歩写真に出かけてきました。前日の6日にも出かけましたので、連日の散歩です。

 家を出て住宅街を南へ進むと、5分ほどで田んぼ地帯に到達です。田んぼの水路の斜面に、四季折々の雑草が迎えてくれます。ここが、いつも最初の撮影場所です。
 今の時期は、マルハルコウソウが咲いています。
Hakuro2016102Hakuro2016101_01Hakuro2016101  

 

 

 

   ここから水路に沿って30m進むと、T園芸社の栽培田で、ここが第2の撮影ポイントです。蓮やスイレンなどが栽培されています。つぼみの段階で出荷されるせいか、咲いてる花は少ないです。
 すぐ近くに幼稚園が在ります。 蓮はもう終わりですね。 
 ミズアオイに蝶が来ていました。
Hakuro2016202Hakuro2016201Hakuro2016203  

 

 

 

   一見、深い池のように見えますが、それは空が映っているからです。本当は、田んぼです。絶えず気泡が発生し、波紋となって広がっています。水は空と雲を写しています。
 静寂に形があるとすれば、きっと波紋のような形だと思います。 妄想?
Hakuro2016301Hakuro2016301_01Hakuro2016303  

 

 

 

   畦道にしゃがみ水面を見ていると、何処からともなく現れるのが糸トンボです。いや、現れたのではなく、気付かなかっただけかも知れません。人は小さな世界を見落としがちですから・・。 トンボにも、恋や悩みもある・・? たんなる妄想?
Hakuro2016401Hakuro2016402Hakuro2016403  

 

 

 

   青い色の糸トンボと赤い色の糸トンボがいます。糸トンボにもいろいろな種類があるようですがよく分かりません。
 青い空、白い雲、花の影、水の色。体は小さくても、見ている世界は、私たちと同じであることは間違いないですね。
Hakuro2016501Hakuro2016502Hakuro2016501_01  

 

 

 

   少し体の大きなシオカラトンボが来ました。最もありふれたトンボですね。同じ場所に止まる習性があるので、逃げても、待っているとすぐ帰ってきます。そんなわけで、同じトンボを、背景を変えて写してみました。背景でトンボの話す言葉が違ってくるように思えます。
Hakuro2016601_01Hakuro2016601Hakuro2016602  

 

 

 

   この後は、たんぼ道を西へ進み、近鉄線の踏切を渡ります。この線路の柵の中は、雑草の天国です。近くに児童公園があり、花壇には四季折々の花が植えられていますが、私にとっては、こっちの雑草天国の方が興味津々です。
  まずは、野放図に伸びたノブドウです。古くからある植物で、ノブドウ、ヤマブドウなどをまとめて、エビカズラと呼ばれていたそうです。エビカズラは、古事記にも登場します。イザナギノミコトが黄泉の国から逃げ帰る時、追ってきた鬼にエビカズラを投げつけて難を逃れたそうです。ノブドウの実に誤魔化されるとは、昔の鬼は食糧難だったのかもしれません・・? いや、飢えているから鬼になった・・? 最近の鬼は、国までも食べるらしいから怖いです・・?
Hakuro2016702Hakuro2016701Hakuro2016701_01  

 

 

 

 

   次はヤブガラシ。繁殖力が強く、ビンボウカズラとも呼ばれ、人間からは特に忌み嫌われています。しかし、虫からは好かれています。蜜の宝庫です。花の形も面白い。
 それからジュズダマ。これは実が黒く固くなるので、糸でつないで数珠のようにすることができます。子どもの頃遊びました。私には、固くて針を通せなかったような記憶があります。
Hakuro2016801Hakuro2016802Hakuro2016801_01  

 

 

 

   長田弘さんの詩に、「この世の間違い」という詩があります。
 ~♪ この世の間違い     (長田弘)
   春、暖かな日がきたら、草とりをする。
   家のまわり、日の当たらない、冷たい場所に、
   いっせいに、びっしりと、生えでてくる、
   幼い、名も知らない、草たちの草とり。
   身を屈め、草たちをぬいてゆく。
   ・・・・
   ほんのわずかな隙間にすぎないのに
   ここには、神々の世界がある。
   ・・・・
   ・・・・ここでは、
   どんな些細なものにも意味がある。
   ここからはこの世の間違いがはっきり見える。
   ゲーテの言った、この世の間違いが。
   限界を忘れて、神々と力競べしようとした
   人間たちの冒した、この世の間違いが。  ♪~

  何げない、ささやかな日常。何げないもの。小さなもの。日常の風景、その中で人間のあり方を追求された長田さん。詩人の眼差しは、私には見えないもの、言葉にできないものを見ているようですね。
  雑草世界は、生き物たちの命の揺りかごでもあります。じっと待っていると、蝶だの蜂だのが、次々とやって来ます。
Hakuro2016901Hakuro2016903Hakuro2016902  

 

 

 

   線路の柵に、ルコウソウが絡みついて咲いています。
 誰が植えたのか、柵からはみ出るようにアズキ(?)の花も咲いています。
  フウセンカズラも。
 電鉄会社が草刈りを手抜きしている鬱蒼とした草むらですが、結構楽しめますね。
   まだ木津川土手に到着していませんが、紙面が尽きましたのでこの辺で。
                                 この続きは次回に。
Hakuro20169101_01Hakuro20169101Hakuro20169102    

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2016年8月 | トップページ | 2016年10月 »