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2016年6月10日 (金)

二十四節気「芒種」2016・後半

  二十四節気「芒種」2016の後半です。木津川土手方面への散歩を続けましょう。

 散歩道では、花や木から突然話しかけられたような気がすることがあります。花や木が無言の言葉で語りかけているのです。古来、詩人たちは自らの心を透明にし、花たちと会話してきました。長田弘さんの詩に「花たちと話す方法」という詩があります。
  ~♪ ・・・・・
     見る。ただそれだけだ。
     花を見ることは、花たちと話すことだった。
     そのようにして、花たちと話す方法を、
     年々、夏の花たちに、
     わたしは、教わってきた。
     徒にことばで語ってはいけないのだ。
     花たちのように、みずからの
     在り方によって語るのだ。
     夏が巡りくるたびに、
     真昼の静けさの中を歩き、
     語りかけてくる夏の花たちを捜す。
     ・・・・・
     花たちではないだろうか。
     人ではない。 わたしたちが、
     歴史と呼んできた風景の主人公は。   ♪~

  田植えが終わったばかりの田んぼの畦道に、ユウゲショウ(?)、タンポポ、ヤナギハナガサ(?)が咲いています。ハナショウブも。 花たちは優しく語りかけてくれます。
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   長田弘さんの「奇跡」という詩の一節です。
   ~♪ ・・・・・
      ただここに在るだけで、
      じぶんのすべてを、損なうことなく、
      誇ることなく、みずから
      みごとに生きられるということの、
      なんという、花の木たちの奇跡。
      きみはまず風景を慈しめよ。
      すべては、それからだ。              ♪~

 ただここに在るというだけの存在。ただここに在るだけで、無言で示す命の素晴らしさ。損なうことなく、誇ることなく、みごとに生きる。無言で語る植物たちの奇跡。
 ユウゲショウ(?)。ハナショウブ。まだ赤ちゃんの柿の実。
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   文化パルク城陽のアジサイ。キンシバイ(?)。ちょっとした憩いの空間です。
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   今の時期、田植えの作業がどんどん進んでいます。もうかなり終わりました。
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   田植えが終わると田んぼの風景は一変します。田んぼには水が供給され、その上に雲を浮かべた大きな空が広がります。水は雲を写し、風が渡っていきます。今の時期だけに出現する水の国です。
     ~♪ 楽しさや 青田に涼む 水の音 ♪~    (松尾芭蕉)
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   風が、水の上にキラキラと光る足跡を残して渡っていきます。
 小さな苗の間を、微かな風が光と遊びながら通っていきます。
 塊となって進んでいく風。時には、見えない風の形を見ることができます。
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    田植えの終わった田んぼで、カモの夫婦がのんびり。
 青サギ君は、田ウナギを捕まえたようです。
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   水には心を癒やす効果が在りそうです。水の国の散歩はいいですね。
 夕暮れが迫ってきました。遠く比叡山が見えています。
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   夕焼け雲を写し、暮れてゆく水の国です。今の時期にしか見られないとっておきの夕景です。稲の成長は早いです。間もなく青田に変身します。
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   次は、吉野弘さんの詩を紹介してみます。「名付けようのない季節」より。
 ~♪ ・・・・
    さて 二十世紀の後半に生きるぼくらは
    何に 悔いなく魂をやっていいのか。
    ・・・・
    樹木がそのすべてを
    少しのためらいもなく
        春にゆだねようとしているのを見ると
    そのすばらしさに胸をうたれる。
    そして気付く。ぼくらの季節が
    あまりにも樹木の季節と違うことに。  ♪~

  私たちの魂は、樹木の季節をはずれて、どの季節を彷徨っているのでしょうか。
  木津川土手の大榎は、葉を青々と茂らせ、すっかり夏仕様になってきました。木漏れ日が優しく揺れています。風に鳴る葉の音以外、大榎は無言です。
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   では、お別れは、風に揺れる大榎と吉野弘さんの詩「木が風に」です。
 ~♪ 木が風に
    ・・・・
    甘えて風につかみかかり、やさしく打たれ
    幹は揺れて静かな悦楽を泳ぐ。
    蜜月の喃語に近く
    意味を成さない囁きをかわし、戯れ、睦み合い
    木と風は互いに飽くことがない。   ♪~
    次の節気は、夏至です。 では。 また。
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コメント

墓石さん こんばんはあ。(*^-^*)

花を見れば、季節がわかり、対話し生きる。
自然と共に生きる我らは素晴らしい存在でしょうね。

城陽らしく田んぼに花菖蒲があるなんて羨ましい。
いつも散歩される墓石さんだから解ってられるのだ。
私が行っても何処にあるやら。

私も早く田園を撮りに行きたいですが、時間がまま
なりません。行事があり、また医者通い。トホホです。

投稿: 輝子 | 2016年6月13日 (月) 17時59分

ときおり拝見させていただいております。
長田弘さんの詩に、ポカンと頭を殴られたような気がしました。"在り方"に自身がもてません。お写真、澄んだ水のようで、頭をたれるばかりです。
ご自愛くださいませ。

投稿: ニオべ | 2016年6月13日 (月) 19時04分

輝子さん、こんばんは。

暑かったり、雨が降ったりで、ちょっと体調が不調です。
最近、なかなか散歩に出られていません。

輝子さんは、宇治植物園や京都植物園に出かけられたりして、
写真を楽しまれているようですね。

明日は良い天気らしいです。散歩に出ようと思っています。

投稿: 墓石 | 2016年6月13日 (月) 20時23分

ニオべさん、こんばんは。

写真を見ていただきありがとうございます。
私の写真は、身の回りを撮しただけの散歩写真ですので、
特別な絶景というわけではないです。
目にとめていただいただけでうれしいです。

投稿: 墓石 | 2016年6月13日 (月) 20時29分

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