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2016年2月28日 (日)

アンデルセン童話の想い出など

 先日、図書館からアンデルセン童話の翻訳本を借りて読みました。アンデルセンと言えば、「マッチ売りの少女」、「みにくいアヒルの子」、「人魚姫」、「親指姫」など、日本でもよく知られた作品が多いですね。今日は、アンデルセンの童話について、雑感や想い出などを書いてみます。

  児童文学という分野は、十九世紀中頃にヨーロッパで盛んになりました。今よりも遙かに乳幼児死亡率の高かった時代にあっては、子どもの死は身近な問題でした。早くに死んでいく子どもたちのことをどう考えるのか、自分を含めて、死んだ子どもの魂がどのように救済されるのか重要なテーマでした。
 ロマン主義の影響を受けたアンデルセンは、深いキリスト教の信仰に、土着の北欧神話を融合させ、神話や妖精物語を基盤とする豊かな詩情あふれる物語を紡ぎ出しました。
 その物語により、人々は、貧困や早死にといった生きる苦しみに意味を見出し、それを受容して心の安らぎを得ることができました。愛する子どもの死にあたっては、子どもの死は生命の終わりではなく、死後の世界で幸福に生きていると描きくことで、死の悲しみを癒やす働きも持っていました。
 十九世紀、児童文学といえるものの最初の幕を開けたのが、デンマークのアンデルセンだったのです。

 子どもの死について書かれたアンデルセン童話「天使」では、「よい子が死ぬと、そのたびに神様の天使がこの世におりてきます。」という書き出しで始まります。そして、最後に、死んだ子どもたちは天使となり、枯れた花さえも蘇り、すべてが一緒になって喜びの賛歌を歌うのです。この喜びに溢れた世界こそ、宇宙の中心にユグドラシルという巨木をすえる北欧神話の調和体系と、キリスト教的な神の愛とを融合させた、アンデルセン特有の世界なのです。

 「マッチ売りの少女」は、実に悲劇的に死んだ貧しい少女の話ですが、どこか明るく救われるような感覚が湧き上がってきます。これは、現実の死の悲しみを超えて、喜びに溢れた世界への魂の救済を描こうとしたアンデルセンの死生観によるものと思います。
 「マッチ売りの少女」の最後の部分をみるとよく分かります。書き出してみます。

 ~♪ おばあさんは、少女をそのうでに抱きました。 二人は、輝く光と喜びに包まれ、高く、高くのぼっていきました。そこはもう寒くもなく、空腹もなく、不安もないところ――神さまのみもとにめされたのです。
 けれど、夜明けの寒さの中、かわいそうな少女は壁にもたれて座っていました。 薔薇のように頬を赤くし、口もとには微笑みを浮かべ、死んでいたのです。――凍えるほど寒い大みそかの夜のことでした。
 その子は燃え尽きた一束のマッチをぎりしめていました。「あったかくしようと思ったんだね」と人々は言いました。だれも知らなかったのです。 少女の見たものがどんなに美しく、どんな光につつまれて、おばあさんといっしょに、新しい年の喜びをお祝いしにいったかを! ♪~
 
  私が最初にアンデルセン童話に接したのは、小学の低学年の頃だったと思います。
 私の出身は、僻地と呼ばれるような小さな田舎町です。この町には、今でもあるかどうか定かではないですが、小さな教会がありました。この教会の日曜学校に参加していた友達の「お菓子がもらえる」という言葉に誘われ、日曜学校なるものに初めて行きました。ここで、スライドを使って一つの物語を聞かされました。断片的な記憶しかないですが、次のような話です・・・・。
 ・・・綺麗な服を着た可愛い女の子がいて、この子は、服が汚れるのを嫌がって、持っていたパンを踏みつけてにして、水溜まりを歩こうとしたのです。たちまち神により地獄に落とされ、身動きできない状態で蛇やムカデと暮らすことになるのです・・・・。

 「可愛い女の子に何とうことをするんだ~! 神は悪すぎる!」 これが私の感想でした。以後、二度と日曜学校に行ったことはなかったです。私は、このころから「可愛い女の子好き」だったようです。神より女の子ですね。やがて少女は小鳥になり、自分が踏んだと同じ量のパンを集めて、他の小鳥に分け与えたとき、許されて天へと登っていくのですが、こんな結末は私の頭にはまったく残っていなかったです。
 この物語が、アンデルセン童話の「パンを踏んだ女の子」であることを知ったのは、恥ずかしいですが、人生の後半になってからのことです。キリスト教に触れたこともなく、粗野な小学生だった私には、アンデルセン童話の理解は難しすぎたようです。
 
 「貧困」や「死」ということが身近ではない現代の子どもには、「マッチ売りの少女」は、単なる悲劇の物語でしかないような気がしますが、どうなんでしょうね?
 アンデルセン童話、子どもよりも大人の方が楽しめるかも知れません。
    お薦めします。

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コメント

墓石さん こんばんは。(*^-^*)

童話なんて随分離れて過去の世界と思ってますが、
今読んだ方がよく解るでしょうね。
マッチ売りの少女は私も可哀想な子としか捕え
なかったですもの。

日本は一応満ち足りていますが、今も未開発国では
貧しく、子供が多く死んでいきますよね。

北欧の神話とキリスト教が融合したアンデルセンの
童話。死後(天の御国)に希望を見る、私の今の心境
ですよ。今となればそれしかない!
アンデルセンの世界の様に失望ではなく、希望を持って
生きて行ける幸いを感じます。

投稿: 輝子 | 2016年2月28日 (日) 20時42分

輝子さん、こんばんは。

私も、アンデルセンの童話を読むのは久しぶりです。
しっかりした翻訳で読むと、結構楽しめますね。
マッチ売りの少女のストーリーはよく知っていましたが、
ラストが、こんなに情感豊かに書かれているとは知りませんでした。
キリスト教への理解も必要ですね。

輝子さんは、錠南宮へ行かれたようですね。
梅ばかりでなく、椿も綺麗なんですね。

投稿: 墓石 | 2016年2月28日 (日) 21時28分

墓石さま こんにちは。
アンデルセン、なつかしいですね~。

「マッチ売りの少女」の結末、そんなに美しく表現されていたのですね!
どのように受け止めるか、もしかしたら、翻訳者の表現によって変わるかもしれませんね。
私はただ「かわいそう~」って泣いた記憶しか残っていませんでした。
(私の中では「フランダースの犬」と並んで悲しい物語でした)

子どもの頃、私は「王子様」が活躍するお話のほうが好きでした。
幼い頃の墓石少年が、パンを捨てた女の子を救う王子様として登場したら楽しいな~( ^ω^ )
でも、コツコツ自分のしたことを償わなくても、天国につれていてくれる王子様が登場するとしたらキリスト様かな~。
勝手にアンデルセンに失礼な物語を妄想しました。

投稿: ひかる | 2016年2月29日 (月) 11時51分

ひかるさん、こんにちは。

 「フランダースの犬」ですか。これも可哀想な物語ですね。
日本ではすごく有名で、みんなが知っていますが、舞台となったベルギーでは、
まったく知られていないそうです。作者がイギリス人ということからのようです。
日本人観光客が、フランダースの犬のことを必ず質問するので、ついに観光用の
記念碑ができたそうですよ。少し前、テレビで見ました。雑学ですが・・。

王子様ですか。ウーン。私は王子様にはなれないです。
好きと言えずに、かえってイジメにかかるような子供でしたので。
小学時代の同窓会では、非難が多いです。困ったことです。

投稿: 墓石 | 2016年2月29日 (月) 14時42分

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