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2016年1月17日 (日)

散歩写真を考える

 写真を撮るようになって20年近くが過ぎました。かっては写真の腕を上げようと、写真雑誌を買ってきては勉強していました。上手な人の撮る風景写真は、朝や夕方のドラマチックな光、雪や雨や霧などの動的な気象条件を活かした、絶景ポイントでの写真です。このような写真に少しでも近づこうと努力していました。有名撮影地にも出かけてきました。しかし、人の後追いをしても、所詮それは真似に過ぎないのです。途中から考え方が変わり、自分にとって意味のある写真の楽しみ方を求め始めました。そこで始めたのが散歩写真です。散歩写真とは何でしょうか。人により散歩写真の意味は大きく違うと思います。本格的な風景写真よりも格下で、手軽に撮る写真という意味で使う人もいます。私もそのような意味で使うことも多いですが・・・・。
 以下、私なりの「散歩写真」について書いてみます。

   【私の目指す散歩写真】
  時の流れは決して止まることはありません。一日は24時間であり、一日の長さは誰にとっても平等です。しかし、人それぞれが持っている時間の感覚は、みんな違っていると思います。
 私はかって、一日の時間を切り刻み、時間に急き立てられるように生きてきました。しかし今は、時間の刻みは二十四節気という大きな刻みで、季節の変化を友にして生きています。季節の時間は、行きつ戻りつ、ゆったりと流れています。
 ゆったりと流れる時間の中で何処かへ行こうかとも、何をしようかとも考えることなく、急がず、心をゆったりとしてただ歩く、それが散歩です。
 ゆったりとした時間の中にあるとき、人は遠くを見ます。例えば、山を登るのを止めて休息するとき、人は遠くを見ます。今まで自分の登ってきた道やこれから登る頂き、そして遙か遠くの景色を見ます。そして、自分の立っている場所や位置、到達点を確認するのです。この時、人は自らの存在を風景の中で俯瞰的に見ているのです。散歩写真に必要なものは、この「遠くを見つめる」ということであると思います。
 島崎藤村の「小諸なる古城のほとり」という詩は、まさに「遠くを見つめる」眼差しで成立しているように思います。流れる雲をを仰ぐ遊子。風景の中に佇む自分自身を見ています。
~♪ 小諸なる古城のほとり
   雲白く遊子悲しむ
   緑なすはこべは萌えず
   若草も藉くによしなし
   しろがねの衾の岡邊
   日に溶けて淡雪流る ♪~

  また、何気ない、ありきたりの風景の中に、一瞬何か新鮮なものを感じたりします。例えば、山道を歩いているとき、ふと足下に小さな花が咲いているのに気づき、ハッとすることがあります。「何気ない一瞬の気づき」です。今まで心の中で忘れていたもの、失われていたものを取り戻させてくれる新鮮な何かに気づくことです。
 散歩写真に必要なものは、この「何気ない発見」だと思います。
 まど・みちおさんの詩は、普遍的なものにつながる、「小さな発見」がテーマになっています。私の好きな詩を一つ。 するめの形は矢印の形。大発見です。なぜ?
   ~♪ するめ  (まど・みちお)
    とうとう
    やじるしに なって
    きいている
    
    うみは
    あちらですかと・・・♪~

 ゆったりとした時間の中に身を置き、風景の中で自分自身を俯瞰すること、また、ふとした何気ない、心をハッとさせるような発見をこと。これが私の目指す散歩写真です。

  散歩写真について好き勝手に書きましたが、実際に写真にするとなると、なかなか厳しいですね。まあ、目指すものということで・・・・、お許しください。

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コメント

墓石さん こんばんは。(*^-^*)

風景写真や花写真は美しくて好きですが、ネット友が
スナップがうまくて影響され、町撮り等数回連れて
頂いてなかなか面白いものだと思いました。でも下手です。

スナップと散歩写真の分類がまた難しいですね。
本当は人生観や生活感のあるものが撮りたいですが、
また難しくて。ある方が大都会の下町で、コンクリの
隙間から力強く雑草が生えてる所をキャッチしてられ
感動しました。風景や花を撮ってますとなかなか目に付か
ず、撮れないですね。

体力が無い時、風景写真はなかなか出にくい。朝夕ですから。花やスナップは手軽でしょうね。特にスナップは
コンデジでも良い。ところがコンデジが故障したのです。
これ2万円でした。カメラの事は1眼以外は解らなくて
友人の勧めでX20の中古を買いました。なんと3万5千!
こういったカメラも数多くあって驚きました。
まだカメラに振り回されてます。

私なんてハッツ!パチ。それしかないのですよ。単純です。

投稿: 輝子 | 2016年1月18日 (月) 19時12分

輝子さん、こんばんは。

写真は、自分がとりたいものを好きに撮るというのが
一番のような気がします。絶景でないと満足できない
という人は、それを目指すのが一番ですね。
スナップは難しいですね。私は苦手です。

実は、街撮り写真を時々試しているんですよ。
京都市内に出かけたときとかに・・・。
しかし、思ったような写真は撮れないです。
まだ、人に見せたことは無いです。
そのうちに・・・です。私もコンデジほしいです。

投稿: 墓石 | 2016年1月18日 (月) 20時27分

墓石さま こんにちは。
「散歩写真」と「風景写真」それと「スナップ」というのもあるんですね。知りませんでした。奥が深いんですね!

せかせかした日常から、過去・現在・未来にまで続く時間の中に佇むことのできる「お散歩」の意味と楽しみを教えていただきました。ありがとうございます。違いはわかりませんが、私は「お散歩写真」がなぜか好きです。

「小諸なる古城のほとり」は私が育った町の近くです。
詩の意味は今一つわかっていませんでしたが…
冬はまるで水墨画のような景色。青空だけが唯一の色彩で、春がとても待ち遠しかったのを思い出しました。

「お散歩写真」の中の「小さな?大発見!」、これからも楽しみにしています。でも寒い間は、ご自愛くださいね。

投稿: ひかる | 2016年1月19日 (火) 11時22分

ひかるさん、こんにちは。

写真の分野もかなり適当なもので、私もよく分からないです。
写真雑誌などで募集されるコンテストなどで、分野がなんとなく分けら
れいるように思います。「風景」、「スナップ」、「ポートレート」とか・・・・。
以前、私の投稿していた写真雑誌は、風景、女の子、スナップ、ファミリー、
スポーツ、ノンセクション、モノクロ、などという分野に別れていました。
これも適当な、雑誌社の都合による分類ですね。
散歩写真というのも、あってないような、いい加減な言い方です。
それから、写真詩というのも、必ずしも定義はないようですよ。

ひかるさんは、信州方面のご出身でしたね。
私も、日本海側の出身なので雪はよく降りました。
冬の厳しさを知る・・・、ですね。
今日は、寒いです。冬の嵐です。引きこもりです。


投稿: 墓石 | 2016年1月19日 (火) 15時47分

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