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2015年10月29日 (木)

風を考える

  最近体調不良で、毎日ゴロゴロと日を送っています。暇に任せ、「風」についていろいろ書いてみました。

  人はどこから来て、どこへゆくのでしょうか。人はいつの間にかこの世にあり、やがてどこかへ消えていきます。風もまた、絶えることなく、どこからか吹いてきて、どこかへ吹き去ってゆきます。人の一生は、風のようなものではないかと思えてきます。
 徳富蘆花は、「湘南雑筆」の中で、雨と比較して、風は「過ぎ行く人生の声なり」と書いています。
 ・・・・雨は人を慰む、人の心を医す、人の気を和平ならしむ。真に人を哀しむるものは、雨にあらずして風なり。飄然として何処よりともなく来り、飄然として何処へともなく去る。初めなく、終りを知らず、蕭蕭として過ぐれば、人の腸を断つ。風は、過ぎ行く人生の声なり。何処より来りて何処に去るを知らぬ「人」は、この声を聞いて悲しむ。「春秋も、涼む夕べも、凩も、あわれに風に限るなりけり」。古人已にいう。・・・・
  蘆花にとって風とは、人生の漂泊感や無常感、悲しみの声なのです。

  昨年亡くなった詩人・長田弘さんは、アンデルセンの童話について書いた作品、「風は物語る」で、次のように書いておられます。
 ・・・・人生は一冊の本だ。風だけが読むことのできる一冊の本だ。風が枝や葉をざわざわさせてふきぬけてゆく。風の音は、風がものいわぬ本のページをめくっていく音である。物語を読むとは、そうしたものいわぬ一冊の本を開いて、語られることなく生きられた1コの物語をそこに読むということなのだ。・・・・

 「人生とは、風だけが読むことのできる一冊の本だ。」 風にしか読まれることのない人の一生。人間存在の漂泊感、無常感や悲しさ。ザワザワと木の葉を揺らし吹き抜けていく風の中には、言葉では語ることのできない無言の世界が広がっています。

  不断に時は流れ、季節はうつろっていきます。うつろう季節を運ぶのは風です。人は、風の中にうつろう季節を感じとります。古今集・藤原敏行の歌にも詠まれています。
  ~♪ 秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる ♪~
  また、風は季節を語ります。大伴家持の歌です。
  ~♪ 今よりは 秋風寒く 吹きなむを  いかにかひとり 長き夜を寝む  ♪~
(これから秋風が寒く吹くのに、どのように一人で長い夜を寝たらよいのでしょう)

  日本文学の古典「枕草子」。清少納言は、風をどのように書いているのでしょうか。ちょっと気になりますね。 枕草子第187段です。
  ~♪ 風は、嵐。
  三月ばかりの夕暮れに、ゆるく吹きたる雨風。
  八、九月ばかりに、雨にまじりて吹きたる風、いとあはれなり。
  ・・・・暁に格子、妻戸をおしあけたれば、嵐の、さと顔にしみたるこそ、いみじく  をかしけれ。・・・・♪~

  清少納言は、「風は、嵐」、また、「野分のまたの日こそ、いみじうあはれにをかしけれ」と、きっぱり書いています。中宮定子を支えて、宮中の風を巧みに受け流しながら生きた清少納言にとって、風は、「あはれにをかしけれ」だったのでしょう。芯のの強そうな女性ですね。 「嵐に向かって立つ」。軟弱な私にはちょっと似合わないです。

  フォーク歌手・ボブ・ディランは、「風に吹かれて」(Blowin' In The Wind)で、公民権運動や平和について歌いました。私と同世代の人はたいてい知っている歌と思います。
  ~♪ How many roads must a man walk down
     ・・・・
    The answer my friend is blowin' in the wind (友よ答えは風の中にある)
     The answer is blowin' in the wind    (答えは風の中にある.) ・・・♪~

  「友よ答えは風の中にある」と歌いますが、遙かに吹き渡ってゆく無常の風の中には、残念ながら答えはありませんね。もしかして、人権や平和は永遠の課題だと歌っているのでしょうか?
 
 人の悲しみ、漂泊感、無常観を湛えて吹き渡る風。季節を運び、季節を語る風。
 風に吹かれ、人はどこから来てどこへゆくのでしょうか? 私のようなものにとっては、難しすぎる問題です。
      では、答えのないまま、このあたりで。

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コメント

墓石さん おはようございます。(*^_^*)

人生は一人一人ドラマですね。皆1冊の本に出来る
のでは。文才があれば自叙伝でも書きたい位です。

風、、、虚しい! 人生、、、虚しい。
虚しいので私は風の様にさ迷っていました。本当は
どんな成功者でもさ迷うのでは?

その虚しさからの開放が、聖書であり、キリストでした。
40才の頃に虚しさから喜びに変えられました。
脳のない弱い私ですが。。。

投稿: 輝子 | 2015年10月30日 (金) 09時22分

輝子さん、おはようございます。

私のつまらない独り言のような駄文を読んでいただきありがとうございます。

輝子さんは、風に吹かれ、その中に神を見出されたのですね。
もう迷うことはありませんね。素晴らしいですね。
ボブディランも、ひょっとして同じ答えを言っていたのでしょうかね。

輝子さんなら、風だけに読まれる自叙伝ではなく、人にも読まれる自叙伝が
書けるとと思いますよ。素晴らしい写真付きで。

投稿: 墓石 | 2015年10月30日 (金) 10時38分

墓石さま こんにちは。

風…感慨深いですね。
私は「写真詩」の密かなファンで、時々おじゃまして、未知の旅に連れて行ってもらっています。「木枯らし」や「湖岸にて」や「どこか遠く」など…風を感じる旅が好きです。「廃校」を拝見して「風の又三郎」を思い出しました。

〈風〉は神の〈息〉と同じ語源とか…。Windは〈風〉であり〈息〉でもあり、どこかで「命」につながっているような気がします。種や花粉を運んだり、渡り鳥を助けたり…そして、人間の心の中にまで吹いて来る風はすごい!と思います。

「風立ちぬ、いざ生きめやも」意味を正しく理解しているかわかりませんが、深い言葉ですね。「いざ生きめやも!」

投稿: ひかる | 2015年10月30日 (金) 14時54分

ひかるさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

エーッ! 写真詩を読んでいただきましたか。うれしいです。
ホームページの方は、訪れる人も少なく、写真詩はあまり読まれていないと
思っていました。知り合いでも、褒めてくれた人はいないです。
ありがとうございます。

〈風〉は神の〈息〉と同じ語源でしたか。初めて知りました。
風について書いていたのに、「風立ちぬ、いざ生きめやも」が頭になかったです。
風もなかなか奥が深そうですね。もう少し、いろいろ考えてみます。

投稿: 墓石 | 2015年10月30日 (金) 18時12分

墓石さん、おはようございます。

人は何処から来て、何処へ去って行くのか・・
千の風になって大きな空を吹き渡っている
のでしょうか・・

この世には、ほんの少しの時間お邪魔して、
そして風のように去っていくのでしょう・・

その風は、冷たく吹き荒れる日もあれば、
優しくほほを撫でるような、心地よい
日もあるでしょう・・

出来るなら、あと少しの時間、
心地よい風を吹かせていたいと思います。

投稿: yasubee | 2015年10月31日 (土) 06時53分

yasubee さん、おはようございます。

コメントありがとうございます。
あと少しの心地よい風を楽しみたいと思います。

最近、すっかり物干し台読書が定着してきました。
太陽の光を受けると、暖かいです。
今日も良い天気なので、物干しに行ってきます。

投稿: 墓石 | 2015年10月31日 (土) 10時01分

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