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2015年5月

2015年5月27日 (水)

二十四節気「小満」2015続き

 二十四節気「小満」の記事の続編です。木津川土手の散歩です。

 木津川支流の長谷川が木津川に流れ込む付近に、一本の榎の巨木があります。古くに、六ヶ池の大榎と呼ばれたこの大榎も、青々と葉を茂らせ夏の姿になってきました。樹の下には、大きな蔭が広がり、風に葉がそよいでいます。
 毎日この大榎の下まで散歩に来るというお年寄りが、話をしてくれました。
 「祖母から聞いた話ですが・・・・。100年以上前、木津川に橋はなく、渡し船が使われていた。田辺方面から渡って来る時、この大榎が富野荘への目印だった。」
 この巨木は、100年以上前に、すでに巨木だったようです。この場所に立ったまま、遙かな時間を旅してきた「時の旅人」なのです。樹の蔭の中に入ると、木漏れ日が揺らめいています。樹が、その長い歴史を語りかけているような気がします。
 散歩の人。通学の学生。いろんな人が、蔭の中を通り過ぎてゆきます。
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   樹に手を当てている人がいます。樹と対話しているのでしょうか。この人を見て、八木重吉の詩を思い出しました。八木重吉は、神の真理を求めつつ、夭逝した詩人です。
    大木をたたく
 ふがいなさに ふがいなさに
 大木をたたくのだ
 なんにも わかりゃしない ああ
 このわたしの いやに安物のぎやまんみたいな
  「真理よ 出てこいよ
              出てきてくれよ」
 わたしは 木を たたくのだ  
    ・・・・・
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   大榎の近くの長谷川河口付近には、ノイバラが白い花を付けています。魚釣りの人しか近づかないので、ノイバラが好き放題に伸びて、ノイバラ天国となっています。ノイバラのアーチの向こうに見えるのは、生まれ口樋門です。
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    土手には次々と花が咲きますが、剽軽そうな良い味を出しているのは、ヘラオオバコとノビルですね。
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   近鉄の鉄橋付近の草むらでは、アカツメグサに混じって、ニワセキショウ(?)が咲いています。斜面のブタナ(?)も、名前に似合わず明るい黄色の花をつけています。
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   栴檀の木に薄青い花が咲きました。ヤマボウシの花も咲きました。桜の木は、サクランボを実らせました。
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   小満の時期、土手の上に空は大きく広がり、雲雀がさえずり、白い雲が流れていきます。木の上では、ホオジロが鳴いています。一日の終わりには、夕日が赤く西の山に落ちていきます。遙かに大阪湾を目指して流れてゆく木津川の水も赤く染まっています。
 散歩には、ほんとに良い季節です。
        雲    八木重吉
  いちばんいい
  わたしのかんがえと
  あの雲と  おんなじくらいすきだ   

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 では、お別れの一枚です。
 まもなく梅雨入りです。
 次は、「芒種」です。では。また。

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2015年5月24日 (日)

二十四節気「小満」2015

  5月21日は、二十四節気の一つ「小満」でした。暦便覧では、「万物盈満(えいまん)すれば草木枝葉繁る 」とあります。自然の中に光があふれ、すべての生き物が成長し、野山は緑に覆われてくる頃です。
 この節気の七十二候は、
 初候:5/21~:蚕起食桑(蚕起きて桑を食む):蚕が桑を食べ成長する頃
 次候:5/26~ :紅花栄(紅花栄う)    :一面に紅花が咲く頃
 末候:5/31~ :麦秋至(麦秋至る)     :麦が実る頃
            6月5日が次の節気「芒種」です。

  では早速、木津川土手をご案内しましょう。
 土手の上は、爽やかな五月の風が吹き渡り、空には雲雀が鳴いています。散歩には良い季節になりました。
 今の時期、土手を飾るのはツバナ(茅花)です。風に白い穂が揺れています。この草ほど、風を感じさせる草はないですね。
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   風の登場する歌と言えば、ボブディランの「風に吹かれて」ですね。この歌は、黒人の公民権運動を歌ったもので、ベトナム反戦が叫ばれていた、私がまだ若かった頃の歌です。私は今でも車の中で、ピーター・ポール&マリーの歌で聞いています。
~♪ How many roads must a man walk down
   Before you call him a man ? ♪~
 (人はどれだけの道を歩まねばならないのだろう あなたが人を人と認めるまでに)
     ・・・・・・・・
~♪ The answer my friend is blowin' in the wind
   The answer is blowin' in the wind.   ♪~
 (友よ答えは風の中にある 答えは風の中にある  )

 「答えは風の中にある」と歌っていますが、これは、風に吹かれていれば何とかなるという楽天主義を歌っているのでしょうか、それとも、やむことなく吹き続ける風のように、人権問題は永遠のテーマだと悲観主義を歌っているのでしょうか? 胸に手を当てて、風によく聞いてみろ、そうすれば解るということのようです。
 風に吹かれる土手の茅花は無言です。
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   風のように生きようとした人と言えば、漂泊の俳人種田山頭火ですね。行乞記の中で、山頭火は次のように述べています。(行乞とは、乞食をを行ずる修行のことです。)
 「行乞は雲のゆく如く、水の流れるように・・・与えられるままで生きる、木の葉の散るように、風の吹くやうに、縁があればとどまり、縁がなければ去る。・・・」
 では、山頭火の風にまつわる句を二つ。
 ~♪ 藪にいちにちのかぜがおさまると三日月 ♪~
  ~♪ われをしみじみ風が来て考えさせる ♪~

 上の一句目は、藪を一日揺らしていた風が収まると、空には三日月。実に静寂な夕刻の一瞬です。
 次の一枚目の写真は、今回のベストショットです(ただし自選)。
一日の終わり。茶摘みの仕事を終えて帰る人たち。夕日は赤くさし、爽やかな風が吹き渡っていきます。心の中に広がる静寂。明日への思い。
 今の時期、カラスムギの白い穂も、風を感じさせてくれます。
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   つい先日まで種子を実らせていたカラスムギも、黒い種子は無事に旅だって、今は白い穂が抜け殻のようになって、風にカサカサと揺れています。
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   土手下の茶畑では、茶摘みの真っ最中です。たくさんのバイク・自転車が止まっています。この黒いシートの下で、たくさんの人が働いているのですね。
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   茶摘みに向かう女性たち。昼食休憩中。仕事が終わり後始末をする人。赤く夕日が射して、一日が終わろうとしています。夕日が作り出す赤みを帯びた空間には、祈りのようなものが満ちているように思います。
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   土手では、同じ時期・同じ場所に、同じ植物が群生するのではなく、違った種類の植物が、突然、群生します。流れ橋近くのこの場所では、今年はコバンソウが咲きました。これが本物の小判なら、私は大金持ちですね。
 三枚目の写真は、アカツメグサと黄色いセイヨウヒキヨモギ(?)です。
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   富野付近の斜面には、ノアザミが群生しています。葉に棘があるので、アザミの一種だとは思うのですが、詳しい種類は分かりません。日本には、100近い種類のアザミがあるそうです。
 アカツメグサは、まだまだ頑張っています。
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   田んぼでは、田植えが進んでいます。若い二人を応援するため、アカツメクサの前ボケを入れてみました。
   この続きは次回にします。
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2015年5月20日 (水)

鳥畑与一著「カジノ幻想」感想

 Kajino
  鳥畑与一著「カジノ幻想」(ベスト新書)~「日本経済が成長する」という嘘~を読みましたので紹介させていただきます。島畑氏の専門は国際金融論で、カジノのことも研究しておられるようです。
 いつものように、私流に整理して、かなり大胆に内容を超要約してみます。

【そもそもカジノとは】
   カジノとは、バクチのことです。お客同士がお金の奪い合いをし、カジノ運営会社が、その掛け金の一部をテラ銭としてピンハネするものです。そうした経済活動は、財産の移動が起こっているだけで、物づくりとは違い、新しい価値を生み出しません。株の投機的取引と同じ、ゼロサムゲームです。儲ける人があれば、必ず同じ額だけ損をする人があるだけです。
 大きくみれば、カジノ運営会社が、カジノのお客から一定の割合で財産を収奪する仕組みです。

【統合型リゾートというビジネスモデル】
 カジノは、お客さえ確保すれば、安定して高収益が上げられます。しかし、カジノ単体では、安定した集客力が見込めません。そこで考えられたのが、統合型リゾートというビジネスモデルです。
 「カジノを含む統合型リゾート」は、多数のリゾート施設が集まり、その中に、たまたまカジノもあるという施設ではありません。カジノから生み出される高収益の一部を周囲の商業施設に還元して集客し、さらにカジノへのお客を増やすというものなのです。
 カジノから上がる高収益の一部を使って、施設内で安い価格の商品やサービス、エンターテインメントなどを提供して集客し、カジノ利用者には、さらに安い価格で利用できる特典を与えカジノへ誘導します。このような仕組みをコンプサービスといいいます。このコンプサービスを使って、集客力を増大させ、カジノの収益を極大化していくというビジネスモデルなのです。
  「カジノを含む統合型リゾート」は、カジノの高収益を成長エンジンとして、施設全体を運営するもので、単なるリゾートの集合体ではないのです。

【地域経済の破壊】 
  カジノを誘致して地域経済を発展させることはできません。なぜなら、カジノ統合型リゾートでは、コンプサービスにより、施設内では安い商品やサービスが提供されますが、施設外の商業施設は競争力を失い廃業していくことになり、地域は荒廃していくことになります。アメリカのカジノを視察した著者によれば、施設の外では、商店街が荒廃しているような例がいくらでも見られると述べています。
 カジノでうまれるギャンブル依存症患者のケアや治安維持に掛かる社会的コストは、地域社会が負担し、カジノの利益は東京本社の運営会社へ、外資であれば国外へ流出というのでは、地域の発展にはつながりません。
 また、カジノ施設が生み出す雇用は、不安定な非正規労働が担うことになることが予想されます。

【ギャンブル依存症患者の問題】
 ギャンブル依存症は、心を病んだ一部の人の問題という捉え方は間違っています。また、対策をすれば簡単に減らせるという考え方も間違いです。カジノ施設が安定に高収益を上げるためには、何回も訪れるリピーターが必要です。依存症患者の問題は、カジノにつきまとう本質的な問題です。カジノは、依存症患者の存在なしには成立し得ないビジネスなのです。
 秋田県で企画されているカジノでは、年間来訪者が1350万人、経済効果が5152億円が想定されています。しかし、この数字を満たすためには、秋田県の成人は一年で6回、東北の各県の成人は一年に1回以上、東北以外からの観光客は、交通インフラ搭乗率100%で、半数がカジノ施設に宿泊しなければなりません。これは相当無理な想定です。大量の依存症患者が必要な数字です。
 日本には、すでにパチンコ、競馬などのギャンブル依存症患者が100万人いるといわれています。依存症患者の支援にかかる社会的コストは、かなり大きなものがあります。

【マカオ、シンガポールの成功?】
 マカオやシンガポールのカジノは、海外からのギャンブラーを取り込むことに成功しています。外国人なら依存症にかかるコストはゼロで、外貨が稼げます。
 しかし、マカオやシンガポールのカジノは、収益のかなりの部分を中国本土の富裕層に依存しています。中国政府は規制を強めて、一回の持ち出せる資金を5000ドルに制限しています。にもかかわらず、中国の富裕層が大金をカジノにつぎ込めるのは、ジャンケット・システムがあるからです。ジャンケットとは、マネーロンダリングを行い資金を海外に持ち出す仲介業者のことです。日本の法律では(世界的にも)、これは違法です。ジャンケットが公認されていない日本では、中国富裕層が大金を掛けるということは難しいのです。マカオやシンガポールのビジネスモデルは、日本には当てはまりません。
 また、マカオ、シンガポールに加え、フィリピン、マレーシアでもカジノが開設され、韓国でも冬季五輪を控えてカジノの建設が始まっています。アジアのカジノ市場は、飽和状態になりつつあります。
 以上のように、日本のカジノは厳しい国際競争の中で、日本国内のギャンブラーに頼らざるを得ないのです。

 「カジノ統合型リゾートで地域振興!  観光立国日本の起爆剤! アべノミクスの成長戦略の一つ! カジノは健全な大人の遊び!」・・・なんだか調子がよさそうですね。
 しかし、次のように言い換えてみるとそのバカらしさがよく分かります。
「バクチ場作って地域振興! 日本観光はバクチ場から! バクチ場作って経済成長!   国民よバクチを楽しめ、依存症になるのは自己責任で!」
      ちょっと言い過ぎましたか。すみません。   では。 また。

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2015年5月18日 (月)

腹部エコー検査

 今日は、KS病院へ腹部エコー検査に行ってきました。検査は、予約通りの時間に始まるので待ち時間は無しです。朝から水だけで、11時半からの検査だったので、腹が減りました。
 さて、検査の結果ですが、脾臓の肥大は、危機というまでには、まだまだ余裕があるようです。左の脇腹や背中が、かなり圧迫されるような感覚は強いのですが・・・。
 我慢しろということのようです。医師の方としても、どうしようもないですからね。

 検査の時、医師と呼吸の合わないことがよくありました。「息を吸って」と言われて息を我慢していると、息をこれ以上吸えないのに、さらに「息を吸って」と言われて困りました。「楽にして」と言うのを言い忘れていたように思うのですが・・・。
 まあ、たいした問題ではないですがね。 ひどい状態でなくて良かったです。
                            では。 また。

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2015年5月15日 (金)

定期診察の日(85)

 今日は、KS病院へ定期診察に行ってきました。10時半~11時の予約でした。予約通りの時間に診察が始まったので、かえって慌てました。長丁場に備えて、飲み物を買って来て、一口飲んだところで呼び出しがありました。
 診察の結果です。
 血小板数は、91万/μlに増加しました。管理目標を超えたので、薬が1.5倍に増量となりました。
 最近、左脇腹から背中にかけての圧迫感が非常に強くなってきました。脾臓が急に肥大していると思われます。来週、エコー検査で脾臓の状態を確認することになりました。
 足の痺れもかなりひどいです。これは対策は無しです。我慢ということです。車に乗ると足が痺れてきます。車の運転は、2時間が限度です。
 ヘモグロビンは前回とほぼ同じで貧血状態ので横ばい、中性脂肪、カリウム、尿酸値、LDH、γGTPなどは、相変わらず異常値のままです。
 結局、投薬量が1.5倍。来週、エコー検査。足の痺れは我慢です。薬の効きが悪くなってきているで、新薬への移行を検討するといっていました。
        では。  また。

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2015年5月12日 (火)

中沢彰吾著「中高年ブラック派遣」感想

 Doreirodo
 中沢彰吾著「中高年ブラック派遣」(講談社現代新書)~人材派遣業界の闇~を読みましたので紹介させていただきます。
 著者は東大卒業後、毎日放送でアナウンサー、記者として勤務するも、身内の介護のために退社。著述業に転身しますが、派遣労働などで年収100万円しかない時期も経験されたようです。この本は、その実体験に基づいて書かれています。

 小泉改革以降、日本の非正規労働者は、全労働者の4割に迫ろうとしています。そして本日、国会では「労働者派遣法」の改悪案が審議入りしました。この法案が通過すれば、派遣労働者は実質的に、一生涯派遣労働者であることを選ぶか、三年ごとに派遣切りに遭う派遣労働者であることを選ぶかの二つの選択肢しか残されなくなります。企業側からみれば、三年ごとに派遣労働者を取り替えれば、いつまでも派遣での仕事を残すことができるわけです。正社員も限りなく派遣で置き換えていくことが可能になるわけです。
  また、長時間働いても残業代や深夜手当が支払われなくなる制度の新設を柱とする、労働基準法など労働関連法の改正案も、今国会での成立が目指されています。日本の雇用環境は、どこまで破壊されていくのでしょうか。

 前置きが長くなりましたが、この本は、中高年の派遣労働者がどのように困難な状況に置かれているかを告発しています。
 前書きより・・・・
  今や人材派遣は「使いたい人数を安価に、必要最低限の時間だけ単純労働に従事させ、人事責任をを負わない」という派遣先企業にとって、すこぶる好都合な制度になっている。数々の違法待遇に加えて、労働者の経験やスキル、人間性、人権をも無視した奴隷に近い労働形態が横行している。・・・・・

 第一章:人材派遣という名の「人間キャッチボール」
    ~「いい歳して、どうして人並みのことができないんだ!?」~
  労働者からのピンハネ搾取を禁じた労働基準法と、一般労働者派遣を認めている派遣法とは、相矛盾する法律であると著者は指摘します。人材派遣会社と派遣先企業との間で行われる無責任な「人間キャッチボール」、ボールの種類や性能は問わない、思った通りに飛ばないボールは捨てる、このような実態が広がってきていると・・・。
 中高年者に準備されている多くは、時給800~900円の「三種の辛技」(警備、清掃、介護)であると述べています。

 第二章:人材派遣が生んだ奴隷労働の職場
   ~ノロウィルス感染者に「大丈夫ですから勤務にいって」~
 お菓子の工場での製造補助。女性に大人気の職場。パティシエにお菓子作りを教えてもらっちゃいましょう」という洋菓子工場への派遣。待っていたのは、消毒用の塩素ガスがたちこめる密室内での、6時間に及ぶイチゴのヘタ取り作業。
 「倉庫内での軽作業」という説明の仕事。自分よりも背の高い、ガムテープで固められた段ボールの解体作業。工具も渡されずに悪戦苦闘。
 人数確保のため、ノロウィルスに罹った人を無理矢理食品会社に派遣した派遣会社。
 労働者のピンハネをする派遣会社、人件費のコストを削減しようとする派遣先企業、両者の無責任な「人間キャッチボール」の実態が告発されています。

 第三章:人材派遣の危険な落とし穴
   ~「もうくるなよ。てめえみたいなじじい、いらねえから」~
 経済界財界の総本山、日経連が1995年に発表した「新時代の日本的経営」が、労働者派遣の起点であると著者はいいます。ここでは、労働者を三つの階層に分類することが提案されています。 長期蓄積能力活用型グループ(終身雇用の正社員)。高度専門能力活用型グループ(専門知識をもった有期雇用者)。雇用柔軟型グループ(低賃金有期不安定労働者)。
 雇用柔軟型グループ(低賃金有期不安定労働者)、この労働者を供給する役目を担うのが人材派遣会社というわけです。
 官公庁、自治体、外郭団体でも派遣労働が拡大しています。意外と知られていないが公立学校でも非正規化が進んでいます。
 著者は次のように述べています。
「問題のある派遣会社の顧客リストには驚くほかない。最高裁判所、法務省、厚生労働省、国土交通省、財務省、総務省、文部科学省等の中央官庁。全国の地方自治体が運営する美術館や大ホール、運動場などの公共施設。新聞社やテレビ局などの大手マスコミ、大手通信会社、大手金融機関、大手小売、大手製造......世間から真っ当と見られている団体、企業がこぞって人材派遣会社の繁栄を支援している。歪んだ労働市場に寄生し、中高年を低賃金の奴隷労働で酷使し、ピンはねで肥え太る人材派遣......彼らの増殖と繁栄は底辺の労働者のさらなる困窮と表裏一体であり、日本社会の創造的な活力を削いでいるのではないか」と。

 第四章:悪質な人材派遣会社を一掃せよ
 ~「もう仕事紹介してもらえないよ。かわいそう」~
 日本では、非正規労働者は、労働者の4割近くを占め、2000万人を越えています。この内の6割以上が40代以上の中高年だといいます。欧米との比較を通して、日本でのひどさが浮き彫りにされています。
 激増している非正規労働者の賃金を上昇させること無しに、景気浮揚など期待できないと、著者は主張しています。
 各章の副題は、具体例に出てくる言葉です。ご一読をお薦めします。

  今国会での「派遣法」をはじめとする労働法制の改悪論議と安全保障法制論議、注目が必要です。

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2015年5月 7日 (木)

二十四節気「立夏」2015

5月6日は、二十四節気の一つ「立夏」でした。暦便覧によれば「夏の立つがゆへ也」です。新緑があふれ、いよいよ「初夏」に入ります。この後、「初夏」、「梅雨」、「盛夏」と進み、8月8日が立秋です。
 この節の七十二候は、次の通りです。 
    ★初候 5/6 ~  :蛙始鳴( 蛙始めて鳴く)  :蛙が鳴き始める頃
  ★次候 5/11~ :蚯蚓出( みみず出ずる)  :ミミズが這い出てくる頃
  ★末候 5/16~ :竹笋生( 竹のこ生ず)   :タケノコが出てくる頃
      5/21が、次の節気「小満」です。

 では早速、初夏の木津川土手に出かけましょう。
 木津川土手では、桜が終わり、カラシナもほぼ終わりました。今の時期、それらに代わって、様々の雑草が花をつけています。最大勢力のカラスムギ。シロツメクサ。アカツメクサ。ミヤコグサ。ノビル。スイバ。コメツブツメクサ。ノアザミ・・・・。
 地面に腹ばいになり、雑草と同じ高さまで目線を下げると、草たちの上に空が大きく広がってきます。そして、小さな草たちもまた、大空のもとで生きていることを発見できます。人は、希望に満ちたときも、絶望したときも、空を見上げます。光合成をする草たちもまた、光を求め必死に大空を見上げて生きているのですね。
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   草の目線で人間世界をみていると、人の生活もまんざら苦しいことばかりではなさそうに思えてきます。お喋りなおばさんたち。夕陽の中、畑から帰る夫婦。犬を散歩させるおばあさんと孫娘(?)。娘さんの右手に四つ葉のクローバーが握られていますね。さっきまで、私が写真を写している直ぐ後ろで、四つ葉のクローバーを捜していました。「あったあった」、「ここにもある」という声が聞こえていました。四つ葉のクローバーをわざわざ捜さなくても、そんな生活が一番幸せだ思うのですがね・・・。
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   こよなく雑草を愛した人に、漂泊の俳人種田山頭火がいます。山頭火の人生指針は、「水の流れるように、雲の行くように、咲いて枯れる雑草のように」です。雑草について次のように述べています。「見よ、雑草はみすぼらしいけれど、おごらずおそれずに伸びてゆくではないか、私たちはいたずらにイライラしたり、ビクビクしたり、ケチケチしたり、ニヤニヤしたりしているではないか、雑草に恥じろ、頭を下げろ」と。
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   山頭火の句より。
    ~♪ みんなめぶいた そらへあゆむ ♪~
    ~♪ 草のそよげば 何となく人を待つ ♪~
 奈島付近の土手は、ミヤコグサ、コメツブツメクサ、キンポウゲなどが黄色く広がっています。
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   ノアザミ、ノビルです。
 ノアザミは、スコットランドの国花です。バイキングの夜襲を防いだという謂われがあるそうです。ノビルを国花にする国はないでしょうね。あれば、住んでみたいですね。
     ~♪のんびりのびのび のびる♪~       ~♪まがっても のびる♪~
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   夭逝した詩人八木重吉は「聖書」と「詩」に生きた人です。詩集「秋の瞳」の中に、次のような詩を見つけました。
       草に すわる    
  わたしのまちがいだった
  わたしの まちがいだった
    こうして 草にすわれば それがわかる

  草の上に座り自己を深く内省する、ウーン、できそうでできないですね。
  花に来た蝶。夕陽の中で風にそよぐ茅花です。
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   アカツメグサと夕日です。今回は、アカツメグサの写真が多いですね。
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   今の時期、土手の最大勢力はカラスムギです。スイバも勢力を伸ばしていますね。
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   5月5日は、子供の日でしたね。文化パルク城陽に鯉のぼりが泳いでいました。
 ベランダで必死に泳ぐ鯉のぼり。この家の子供は、何歳なんでしょうね。青い小さな鯉。男の子は間違いないですね。
 近鉄線路沿いのツツジ。自転車の女子高生が通りますが、この子たちは、間違いなく15歳ですね。制服が新しいです。
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   お別れは、土手下の田んぼです。
  水やりの老夫婦。畑の葱坊主。城陽市特産のカキツバタ。
    次は「小満」です。      では。また。
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