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2015年4月

2015年4月30日 (木)

春雨の琵琶湖沖島

 先日、春雨がしょぼ降る中、退職教員仲間三人と、琵琶湖に浮かぶ沖島へ行ってきました。目的は特に無しです。誰かが言い出せば、何となく決まっていくという感じです。子供たちが集まって何をして遊ぼうかと相談するとき、なんとなく流されながら物事が決まっていく、それによく似ていますね。なかなか大人になれていないのか、歳をとるとだんだんそうなっていくのか、よく分かりませんが・・・。気楽な小旅行です。

 琵琶湖に浮かぶ沖島は、近江八幡市の沖合い約2km、周囲が6.8km、人口350人。淡水湖の島に人が住んでいるのは、全国でこの島だけです。世界的にも珍しいそうです。
 保元・平治の乱で破れた源氏の落ち武者7人が、山裾を切り開き、漁業を生業として住み始めたのが、最初といわれています。
  沖島へは、堀切港から1時間に一本出ている連絡船に乗ります(片道500円)。堀切港は、竿飛びで有名な伊崎不動のある小さな半島の付け根にあります。
 堀切港を出ると湖上は霧です。その霧の向こうに、琵琶湖を囲む山々が見えます。
 ここで、万葉集より琵琶湖を詠った一首です。柿本人麻呂。
  ~♪ 近江の海 夕波千鳥 汝が鳴けば  心もしのに いにしへ思ほゆ  ♪~
  意味: 近江の海の夕波に集う千鳥よ。君が泣くと心が沈んで、昔のことが思い出されます。
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   沖島の港が見えてきました。
 沖島港です。絡んだような漁具のロープが妙に気になります。
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   港の風景です。桜の木が植えられており、桜の頃ならよい風景が楽しめそうです。港の堤防の先に立つと、霧の中、遙か遠くに高い山が見えます。方角から考えて、伊吹山ではないかと思われます。
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   漁網の掛けられた湖岸沿いの道。狭い生活道路を抜けて、藤原不比等の建立と言われる「奥津島神社」へ。奥津島神社より見る風景です。
 万葉の頃は、琵琶湖の水位は今よりも高く、奥島(長命寺山)も島であったとみられています。この辺りの風景にちなんで詠まれた万葉集からの一首。作者不詳です。
 ~♪ 淡海の海 沖つ島山 奥まけて 我が思ふ妹を 言の繁けく ♪~
  意味:近江の海の沖の島山ではないが、奥深く私はあの娘を思っているのに、人の噂の絶えない娘だ。
  このような美しい風景を見ながら嘆く作者は、片思い? 相手が移り気な女? 解釈が難しいですが、老人の私には、もはや無縁の世界ですね。
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   湖上を漁船が行き交います。この島では、戸数よりも舟の数の方が多いそうです。一家に車一台ではなく、一家に船一艘です。
 船には金属製の囲みが作られています。これには、網ですくい上げた鮎が、跳ねて逃げるのを防ぐためのネットを張るそうです。港のおばさんから聞きました。
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   港の端にカラシナが咲き残っていました。猫と出会いました。
 最後に、万葉集から作者不詳の一首。
 ~♪ 近江の海 波畏みと 風まもり  年はや経なむ 漕ぐとはなしに ♪~
意味: 近江の海の波が恐ろしいと、風向きをうかがうだけで年が過ぎ行きてしまいました。漕ぎ出すこともなく。
 この歌の作者は、行動しなかったことを後悔しているようです。恋を告白出来なかったのか、何かを成し遂げるために行動できなかったのか? しかし、後悔のない人生はありませんね。私も後悔ばかりです。
  琵琶湖上に発生した霧と遠く霞む山々、幻想的な沖島小旅行でした。では。また。
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2015年4月27日 (月)

二十四節気「穀雨」2015続

 二十四節気「穀雨」2015の続きです。
  古川の土手もカラシナの黄色が溢れています。いつも、カップルのカモの姿が見られます。カモは一度カップルになると、一生カップルを続けるそうです。
  カモは万葉集でもよく歌われる鳥です。ここで、笠女郎(かさのいらつめ)の一首。
  ~♪ 水鳥の 鴨の羽色の 春山の  おほつかなくも 思ほゆるかも  ♪~
意味: 水鳥の鴨の羽の色のような春山みたいに、(あの人の気持ちが)はっきりしなくて、もどかしく思うことです。
 カモは、雄の方が色がはっきりして派手ですね。雌の方が地味ではっきりしていないように思えるのですが・・・・。人間の場合はどうなんでしょうね。
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   時々、水に首をつっこんだり、羽根をバタバタとさせています。羽根でも洗っているんでしょうか、よく分かりません。
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   古川にはサギもいます。この辺りのサギは非常に用心深く、カメラを向けただけで逃げていきます。カラシナの花に隠れて撮影します。望遠レンズが欲しいところですが、自らに課した散歩写真のルールを越えてしまいます。
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   空中を飛ぶサギを撮影するのは簡単です。カメラを向けたまま間合いを詰めていきます。サギが真っ直ぐに首を伸ばして警戒態勢にはいると、次の瞬間飛び立ちます。ただし、チャンスは一度だけです。
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   木津川土手では、桜の花が終わったと書きましたが、八重桜や遅咲きの桜はまだ咲いています。陽寿園という老人施設のある辺りです。山吹も今がシーズンです。
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   鴻ノ巣山方面では、水度神社のキリシマツツジが咲き始めました。山道のコバノガマズミも白い花をつけ始めました。八重桜はほぼ終了し、落花の絨毯状態です。
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   文化パルク城陽では、鯉のぼりが登場しました。もうすぐ子供の日、そして立夏です。季節のうつろいは、待ってはくれませんね。
 最後の一枚、私の家のプランタに植えたシャガです。鉢植えの藤がバックです。もう藤の花の時期なのですね。 次は「立夏」です。   では。また。
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2015年4月25日 (土)

二十四節気「穀雨」2015

 4月20日は、二十四節気の一つ「穀雨」でした。暦便覧によれば、「春雨降りて百穀を生化すれば也」です。この頃は、柔らかな春の雨が降り、すべての穀物にとって、この水は、成長のための恵みの水となります。
 七十二候は次の通りです。
 ★初候: 4/20~:葭始生(葭始めて生ず}    :水辺の葦が芽吹く頃
 ★次候: 4/25~:霜止出苗( 霜止で苗出ずる) :霜が止み苗が育ち始める頃
 ★末候: 4/30~:牡丹華(牡丹はなさく)     :牡丹が開花する頃
    5月5日が次の節気「立夏」です。

 木津川土手では、桜の時期が終わり、セイヨウカラシナの黄色い花が一面に広がっています。では、ここで金子薫園の一首を。
  ~♪ 菜の花の さきつゞきたる山ばたの かぎりに見えけり 茅ふける家 ♪~
 遠く広がる菜の花畑、その向こうに茅葺きの家。日本の春の原風景です。しかし、このような風景は、もはや失われて久しいですね。土手に咲くカラシナを見ながら、記憶を辿るしかありません。なつかしい風景とは、今はない風景のことなのです。
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   カラシナの中に入り込んで周囲を見渡すと、自分がいつのまにか植物になって、人間観察を楽しんでいるような気分にさせられます。いよいよ、私が植物に生まれ変わる日が近づいているのかも・・・。
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   土手のサイクリングロードを自転車が通過していきます。男女のペア、グループ、家族。カラシナに変身してしまうと、急に人間生活がなつかしくなりますね。
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   高校の陸上部と思われる一団が通りすぎました。土手の下の草むらで、犬を遊ばせる人がいます。突然、鋭いキジの鳴き声がしました。見ると、すぐ近くにキジがいました。今の時期、木津川土手ではキジの鳴き声がよく聞こえます。キジも繁殖期に入っているのでしょう。
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   「流れ橋を渡ろう!」と言いながら、土手の下から親子が上がってきました。どうやら、流れ橋が壊れているのを知らないようです。
 壊れた流れ橋にも、子供たちが帰ってきていました。サッカーのユニホームを着ています。練習の方は大丈夫か?
  田植えに向けて、田んぼでの準備も進んでいます。レンゲの田がなつかしいですね。
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   日がしだいに傾いてきました。まだ、畑で作業している人がいます。作業を終えて帰る人がいます。
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   夕日の時間になると、木々の新芽が逆光で輝き始めます。茶畑の黒いシートも金色に波打ち始めます。八十八夜はもうすぐですね。
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   夕陽の中を電車が行きます。カラスムギさえも夕日で輝いています。そう言えば、ムギの季節ですね。夕日にカラシナ。ストロボがの使い方が難しいです。
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   今回はカラシナが中心になってしまいましたが、木津川土手の大榎も新芽を出してきています。夕日の逆光で見ると美しいです。ランニンクの人が木に挨拶をして走り去りました。土手の欅も薄緑の葉を広げてきました。
 土手の斜面は、シロツメクサ、アカツメクサ、コメツブツメクサ、マツバウンランなど、花盛りになってきました。
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   マツバウンランは、北アメリカ原産のゴマノハグサ科の帰化植物で、1941年に京都の伏見で最初に確認され、その後、関西中心に勢力を広げているらしいです。宇治田原の茶畑に行くと、地表に広がる薄紫の雲の様に見えます。木津土手では、まだ弱小勢力。
 城陽市特産、寺田芋の植え付け準備も進んできています。(次回につづく)
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2015年4月22日 (水)

宇治川ラインの桜

 今年の桜は雨に祟られました。雨が続き、青空を背景に桜という、桜に最もふさわしい爽やかな情景を写真に撮ることが、ついに出来ませんでした。仕方がないので、雨の日に宇治川ラインの桜を撮影に行きました。その時の写真です。
  宇治川ラインというのは、正式名は「京都府道3号大津南郷宇治線」で、天ヶ瀬ダム湖沿いの道です。この道沿いに桜の木が植えられています。また、このダム湖を囲む山の斜面には、人の手が加わらない自然のままの山桜が咲いています。雨の日は霧が発生し、霧の中の桜を見ることが出来ます。
 一枚目の写真、ダム湖道沿いのソメイヨシノですが、手入れもされず、テングス病に罹り、花をつけない枝が増えています。
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    山の斜面では、霧の中に桜が・・・。
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   霧は、でき方、できる場所、できる季節などにより、名前や呼び方が変化します。文学の中でも、様々な表現で霧が登場します。歌謡曲などでも、霧はよく使われます。私の年代であれば、フランク永井の「夜霧の第ニ国道」ですか。ちょっと古すぎますか? 「霧の摩周湖」、「夜霧よ今夜もありがとう」、「霧の中の少女」は?  古~~~!
 宇治川ラインの雨霧は、動きが激しくドラマチックです。激動の中に咲く、という感じです。
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   激しく変化する霧の中で、凛として咲く桜も、なかなかいいものです。内向的で詠嘆的な桜のイメージと違い、力強ささえ感じますね。
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   卒業式や入学式の頃、希望を讃えて咲き誇っていた桜も終わり、五月病の時期に入っています。落ち込んでいる人に、宇治川ラインの桜をお届けします。
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  では、お別れの二枚です。山桜。激しく立ち登る霧。  では。また。
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2015年4月21日 (火)

【ジャカビ始めた人】(4)

 ジャカビを始められたJさんより、処方7ヶ月目のコメントを頂きました。病気の経過も詳しくまとめていただいています。良好な治療効果が出ているようです。

             ***********
 ★MF診断からジャカビ服用までまとめてみました。
  ジャカビ処方6ヶ月 (実際には7ヶ月になります。)

 6ヶ月目の診断 MRIをとり体積的に70%脾臓縮小 心電図問題なし。
診察の時先生に「今私の脾臓は通常の何倍くらいですか?」と聞いたら先生は悲しそうに?「普通は 触診できませんよ。」と…。
まあ私も始め肋骨の下に「あれ 何だろう左右の肋骨違う?」って言うのが自分で気がついた始めですから まだまだ大きいのでしょう。大きくなってきてやばいかなと、病院に行ったくらいの感じが今です。

 ジャカビ服用にあたって。貧血、血小板の減少。免疫力が落ちているので帯状疱疹などの感染症に気をつけるよう言われました。
私の場合は始めから輸血との平行だったためか、これといった副作用は 今のところ出ていません。

嬉しいのは 体の調子が良くなったこと。脾臓が小さくなり食事がおいしくなったこと。膨満感がなくなり 胃の痛み 背中の痛み(食道かな)38度近い微熱が平熱に戻り輸血の回数が劇的に減ったこと。そして生きてることです。
今も脾臓に軽い痛みや違和感はあります。触診もできます。不安もあります。
でも気持ちは軽くなりました。前はかなり無理しての前向きだった気がします。

 ★私のMF診断からの日々まとめてみました。
 正式に診断名がついたのは、2013年 1月です。
骨髄移植を勧められ眠れなくなり睡眠導入剤(ロヒプノール)を処方してもらいました。
主人も私も病気の進行より先に体を壊してしまいそうでしたので。ww

 病院の壁に貼ってあった つばさの会「骨髄増殖性腫瘍」の講演会を知り、とりあえず参加 第一線の先生方の病気の説明 現在最前線の医療の状況など とてもわかりやすく詳しく講演していただきました。(現在は骨髄増殖性腫瘍.netなどにも詳しく載ってます。)病気を知ることで大分心構えができた気がします。

 ここで移植以外の治療法について先生方に相談してみました。
先生方は現在治癒が望めるのは移植だけ、技術も術後のケアもかなり向上してきている。リスクも減ってきている。治療法方から移植を外さないようにと言われました。
ただ先生方も この病気の場合始めの頃は体の不調をあまり感じない。人により進行にかなり差があるため、移植を進めるタイミングは難しいとも。診察時間内には詳しい説明がなかなかできずいけないなぁとも言ってました。

 私は家族とも相談して 治験の参加か ジャカビの承認もそう遠い話でではなさそうなので、そちらを待つことにしました。

 大学病院でも見てもらうようになり 遺伝子検査もしてもらいました。
JAK2V617F陽性 アレルバーデン値72.9% でした。

 始めの一年間はヘモグロビン9前後の貧血 胃の不調はあるものの数値も横ばいで、旅行もしてコンサートにも行き 日々楽しくをコンセプトにしてました。

2年目いきなりヘモグロビンが7を割ってしまい月1輸血。 
 5月ヘモグロビン4.2に激減 血小板も下がり週2の輸血になりました。血小板は5日くらいしか持たないとのことでピンチでした。
 輸血を始め尿酸値が上がりザイロリック5mg処方 病気の進行は思ったより早いなと感じました。
 5月末よりプリモボラン2錠 造血のため処方 これは3ヶ月ぐらいで効果が出てくるらしいのですがちょうどその位で辞めたので効果は不明。

 9月よりジャカビ処方朝1錠 夜1錠  「ジャカビ 1」です。^^

 輸血の為鉄分増加 フェリチン1000を超えた為11月よりエクジェイド500mg処方。
 エクジェイド良い薬らしいですが飲み方が微妙です。後お腹が 私ゆるくなります。だから休み休みです。

今はジャカビ朝1錠 夜2錠  ザイロリック朝10mg  エクジェイド500mg空腹時(休み休み)   眠れない時ロヒプノール1mgの1/4時々です。
 現在ジャカビの処方も 地元の病院でいただくようになりました。

 ジャカビ1日でも長く効いて欲しいです。
「海外で長く飲んでいる方で 骨髄の働きが良くなったという報告もあるんですよ。」っていう先生の言葉が希望の光です。
 保険制度にも感謝 夏には特定疾患に指定されるといいなぁ。

   長々と書いてしまいました。すみません。  (J)

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2015年4月17日 (金)

定期診察の日(84)

 今日は、KS病院へ定期診察に行ってきました。11時~11時半の予約でしたが、診察は12時半でした。1時間程度の待ち時間ということで、これは順調な方です。
 診察の結果です。
 血小板数は、84万/μlでした。横ばいです。ヘモグロビンも前回とほぼ同じで横ばい、中性脂肪、カリウム、尿酸値、LDH、γGTPなどは、相変わらず異常値のままです。全体的にみて前回と大きな変化はないということで、投薬量は引き続き同じです。
 前回、足の痺れ対策のためにキネダックが処方されていましたが、これを服用すると、下痢になったり、吐き気がしたり、気分が悪くなったりしたので中止することになりました。代わりの薬も不整脈の副作用があるということなので断りました。
  「ほっておくと、歩けなくなる可能性がありますか?」という質問には、「そこまでひどくなることはないと思う。」ということでした。ということで、足の痺れの方は、原因が確定しないまま、しばらく我慢することになりました。心配ですが・・・。
  どんよりとした曇り空のような病状ですが、大雨になっていないだけマシということでしょうね。          では。  また。

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2015年4月14日 (火)

鴻ノ巣山の桜と三ツ葉躑躅

 二十四節気「清明」の追加写真です。
 城陽市東部は、宇治丘陵と呼ばれる丘陵地帯になっています。ここに、鴻ノ巣山と呼ばれる小さな山があり、山背古道の一部として散歩コースが整備されています。ここに、桜と三ツ葉躑躅が咲いています。
 今年の桜の時期は、雨が多かったです。自転車に乗れない雨の日は、歩いて鴻ノ巣山を散歩するのが一番です。雨の鴻ノ巣山を歩いてみました。
 雨に濡れると、紫や緑が一層引き立ちます。
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   この雨に名前をつけるとすれば、どんな名前がピッタリするでしょうか? 春の雨を集めてみました。あり過ぎて書ききれないですね。
  ★春雨=こまかく烟るように降る春の雨。万葉の頃から使われていました。
 ★華雨=春の花に降る雨。桜雨と言う言い方も。
 ★甘雨=草木に柔らかく烟る様に降る春雨。
 ★紅の雨=躑躅、石楠花、桃、杏などに降る雨。
 ★木の芽雨=木の芽どきに降る雨。
  ★菜種梅雨=菜の花が咲く頃降り続く暖かい雨。
 ★春霖=こまかく烟るように降る長雨。
 ★花時雨=桜の頃に降る冷たい時雨。
  ★春驟雨=激しく降る春のにわか雨。
 では、万葉集から詠み人知らずの一首。
~♪ 我妹子に 恋ひつつ居れば 春雨の それも知るごと やまず降りつつ ♪~
意味::あの娘に会いたいと恋しく想っているのに、春雨がそれを知っているかのように降り続いています。
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   唐の詩人、杜牧の漢詩に、清明の頃の雨を詠ったものがあります。
    「清明」
   清明の時節 雨紛々
   路上の行人  魂を断たんと欲す
   借問す 酒家は何の処にか有る
   牧童 遥かに指さす 杏花の村
  牧童が遥かに指さした杏花の咲く村が、雨に烟りながらも、くっきりと浮かんでくるようです。高校で習った杜牧の漢詩、「千里鶯啼緑映紅・・・」というのも好きです。
 写真に写っている人たちは、暖かいコーヒーを希望しているような気がします。昼間から酒はどうも・・・。
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   雨が降るときは、人通りもほんとに少ないです。雨の鴻ノ巣山は、これくらいにしておきます。
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   晴れた日の鴻ノ巣山も載せておきます。晴れた日は、散歩の人も多くなります。男女のグループが来ました。やはり男性が荷物を持っています。これは、昔から変わらないですね。私の時代は、喫茶店にはいると男性が料金を払っていたような記憶が・・・・。
 恋は下心ですね。 (面白くもないか。)
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   桜にヒヨドリ。ツツジに老カップル。晴れた日は、まさに「清明」。
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    桜と三ツ葉躑躅の鴻ノ巣山。お別れの三枚です。では。また。
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2015年4月11日 (土)

古川の桜とカラシナ

 二十四節気「清明」の追加写真です。
 城陽市内を流れる古川という川沿いにも桜とカラシナが咲いています。水を流す能力の低い河川のため、しばしば洪水を起こしてきました。現在、河川改修が行われており、この風景は、まもなく失われると思います。工事の詳細は知らないですが・・・。
 ヤナギ、桜、カラシナ。何かなつかしいような日本的風景です。子供たちが魚取りをしていそうな、そんな雰囲気が漂っています。
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   時々、散歩の人が通るくらいで静かです。
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   古川の歴史は古く、「日本書紀」の仁徳と推古紀に登場する灌漑水路、栗隈大溝が、後に古川になったと言われています。大化改新以前、市域の北部から久御山にかけての一帯を支配していた栗隈県主を中心とした氏族が、開発したと考えられています。
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   魚取りの少年と出会いました。おばあちゃんと一緒に来たということです。川の水がビンクや黄色を写し込み、少年は夢の世界にいるように思えてきます。
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Furukawa502_2 Furukawa501少年は帰り、夕日が沈みます。残っているのは、少年の頃の想い出だけです。
       では。また。

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2015年4月 8日 (水)

二十四節気「清明」2015

 4月5日は、二十四節気の一つ「清明」でした。江戸時代の暦便覧によれば、「万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれる也」とあります。「清明」とは清浄明潔から出た言葉です。若葉が萌え、花は咲き、鳥は歌う。万物はけがれがなく清らかなです。
 七十二候は、次の通りです。
  初候:4月 5日~  「玄鳥至る」      南からツバメがやってくる頃
 次候:4月10日~  「鴻雁かえる」       雁が北へ帰っていく頃
 末候:4月15日~  「虹始めてあらわる」 初めて空に虹がかかる
              4月20日が次の節気「穀雨」です。

 今年の「清明」の前後は、菜種梅雨の時期に入ってしまい、雨が多いですね。しかし、「清明」にふさわしい、晴れた日の木津川土手の写真から紹介します。
 まずは、「清明」に最もふさわしい詩を一つ。上田敏の訳詩集『海潮音』より、ブラウニング作「春の朝(あした)」です。

時は春、
日は朝、
朝は七時、
片岡に露みちて、
揚雲雀なのりいで、
蝸牛枝に這ひ、
神、そらに知ろしめす。すべて世は事も無し。

 この詩は、ブラウニングの劇詩『ピパが通る』の中で、ピパが春を讃えて歌う歌だそうです。上田敏は、東大時代、師の小泉八雲に語学の英才と言われたそうです。五音が次々と尻取りのように連鎖していく、リズム感のある訳詩ですね。
 では、この詩に合う(?)写真三枚。木津川土手では、桜が咲き雲雀が鳴いています。ホオジロも負けずに鳴いています。「イッピツピツ、ピッツ」。
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   木津川土手の桜、北から順に紹介します。寺田桜堤付近です。部活の試合の帰りでしょうか、生徒が土手に上がっていきます。二枚目、京都市内の愛宕山をバックに入れました。土手に夕日が沈みます。
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   次は、近鉄木津川橋梁付近です。
 母と子が、電車を見に来ていました。母親の手を握り、走り去る電車をじっと見つめています。この子は、10年後もこの日をおぼえているでしょうか。
 「近鉄」が「奈良電」と呼ばれていた頃、この鉄橋の下は水泳場として賑わっていたそうです。奈良に住んでいた文豪志賀直哉も、幼稚園生だった息子、直吉を連れて泳ぎに来ていたことが、短編「早春の旅」に書かれています。「早春の旅」は、直吉が15歳の時、二人で旅行した想い出を書いたもので、鉄橋の上を走る電車の窓から、この下の水泳場で泳いだことがあることを語っても、直吉はほとんど関心を示さなかったと書かれています。息子の成長を複雑な気持ちで見守る文豪の気持ちが察せられます。写真の子供はどのような成長を遂げていくのでしょうか?
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   次は、富野荘の桜堤です。
 家族が桜見物をしています。子供が抱き上げてもらっています。
 こっちの子は、枝を折ろうとして、おばあちゃんに「アカンよ!」と注意されていました。アカンよ。
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   富野荘の桜堤では、カラシナと桜を撮ることができます。黄色と桜、よく合います。
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   カラシナの咲いている斜面の反対側は、遊歩道になっていて、犬の散歩の人がよく通ります。
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   遊歩道の終点が、木津川土手の大榎です。大榎の下の公園に桜が咲いています。大榎から下を見ると、少年が自転車で登ってきます。この坂をさっきのカップルが降りていきます。この日(清明の日の前日)、花吹雪になりました。もう桜は終わりですね。
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   大榎より南へ行くと、陽光桜という札の掛かった桜やユキヤナギが咲いています。夕日の光ででどうぞ。
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   文化パルク城陽の桂などが新芽を出してきました。逆光で撮ると、まるで紅葉のように輝いています。いよいよ若葉の新緑の時期に入りましたね。
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   お別れの三枚です。
 桜と反対の枯れ草の方を見ている人。土手のタンポポ。曲がりくねって続くサイクリングロード。季節もまた、曲がりくねって、ずっと続いていきます。いつか、私を残して・・・・。
                    では。また。
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2015年4月 2日 (木)

二十四節気「春分」・青谷梅林

 二十四節気「春分」の追加写真です。私の住む城陽市の青谷梅林の写真です。青谷梅林は、私の家から自転車で15分くらいの距離にあります。
      ~(城陽市観光協会のホームページより)~
 この青谷梅林がいつごろからあるのか、その起源は定かではありませんが、古くから、日本でも有数の梅どころとして知られていました。後醍醐天皇の皇子である宗良(むねなが)親王の歌に、早くも次のように詠まれています。「風かよふ 綴喜の里の 梅が香を 空にへだつる 中垣ぞなし」―鎌倉時代から、すでに人々に愛されていたことを物語っています。
 現在では、50軒あまりの農家が、20㌶ほどの面積に約1万本の梅を栽培しています。梅は、大別して大梅と小梅に分けられ、大梅は城陽特産の梅酒や和菓子の原料に、小梅は歯ごたえのある味が好まれ梅干し用になります。あわせて約160㌧を生産し、その8割は京都、名古屋方面へ出荷されていて、栽培面積、生産量とも府下一を誇っています。

  ~(昨年の私のブログより)~  
 青谷地区とは、城陽市の南東部にあたり、木津川の支流、青谷川と長谷川に挟まれた地区です。この地区の丘陵地帯には古くから梅林があり、その歴史は少なくとも鎌倉時代にさかのぼります。後醍醐天皇の皇子である宗良(むねなが)親王の歌に、「風かよふ 綴喜の里の 梅が香を 空にへだつる 中垣ぞなし」と詠まれています。おそらくは平安の昔から梅林があったと思われます。奈良と京都を結ぶ奈良街道の古道が、この梅林の傍を通っています。奈良と京都の中間点に位置し、ちょうど両方から五里の距離にあるため、「五里五里の里」と呼ばれていました。東へ進む道は田原道と呼ばれ、宇治田原へと繋がる古道がありました。この地は、交通の要衝だったようです。
 「青谷村誌」によれば、明治時代に「青谷梅林保勝会」が設立され、遊覧客を集める努力がされていたようです。大正時代には、梅の開花時期に合わせて、「青谷梅林仮停車場」が開設されました。これが、今の「山城青谷駅」です。
 現在、観光梅林として公開されているのは「中梅林」です。

 一枚目の写真を見てください。画面下の方に、私の乗ってきた自転車が写っていますね。この場所が私のお気に入りポイントです。青谷梅林で写真を撮るならここが一番です。この自転車から、半径30m以内で写した写真ばかりをお見せします。
 ここからは、木津川の土手を遠くに見ることが出来ます。
 「○○ちゃん、早く来なさい!」と呼ばれているに、女の子が夢中で何かを見ています。花に見とれているのではなく、メジロを見ているのです。
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   この辺、なぜかメジロがよく来ます。私の標準ズームでも不十分ながら撮れます。
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   この場所は、夕日がいいですね。しだいに夕日の時間が迫ってきて、光に赤味が出てきました。
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   青谷梅林の夕日は、ここが一番と、かって決めています。今まで、ここで写真を撮っている人を見たことがないので、私だけの穴場かも・・?
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   三枚目は、夕日の順光で撮ってみました。
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   太陽を直接入れましたが、成功とはいえませんね。三枚目は、別の場所です。
 この場所は、半径30mの範囲なのに多様な写真が撮れる最高の場所ですね。お薦めします。 では。 また。
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