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2014年10月21日 (火)

ガルシン著「信号」感想

 Shingousmal01
  ガルシンの短編集「赤い花」(岩波文庫)に収録されている「信号」という作品を、何十年かぶりに読み返してみました。この作品を最初に読んだのは中学3年の時で、当時使用されていた三省堂国語教科書に載っていました。私はこの作品から非常に大きな影響を受け、その後、人生の岐路に立たされたとき、いつもこの作品が頭をよぎります。今回はこの作品について感想を書いてみます。

 教科書に載っていたのでストーリーはご存じと思いますが、一応簡単にあらすじを書きます。
 時は、帝政ロシアで暗黒の支配が続いていた時代です。主人公のセミョーンは、戦争帰りで、病身な、生活に疲れ切った男でした。ようやく鉄道線路番の仕事にありつき、女房と二人、線路の番小屋で畑を耕しながら慎ましやかな生活を始めます。長い放浪生活の後に、やっと小さな幸せを見つけたのです。
 もう一人の主人公ヴァシーリイは、隣の番小屋の陰気な男。二人は知り合い、土手の上で生き方を語り合うようになります。ヴァシーリイは現在の生活には満足せず、社会に対する不平や不満を述べ立てます。そして、彼は上司の不当性を訴えるためモスクワへ直訴に及びます。しかし、直訴は失敗に終わり、捨て鉢となったヴァシーリイは、線路のレールをはずし列車の転覆を企るのです。
 これを発見したセミョーンは、やめさせようとしますがすでに遅く、遠くから列車の近づく気配を聞きます。セミョーンは自らの体を突き刺し、流れる血でハンカチを染め赤旗を作り、列車を止めようと必死に振るのです。・・・・・・。

Shingou   というような物語です。セミョーンの生き方に一面的にとらわれ過ぎると、道徳臭い作品のように思われるかもしれません。事実、この作品は、正義や自己犠牲を教える道徳の副教材としても利用されているようです。しかし、それは少し違うと思います。
 著者のガルシンは、セミョーンをささやかな幸せを求めつつも、崇高な正義感と美しい自己犠牲に生きた信仰深い人物として描きました。一方、ヴァシーリイは、帝政ロシアの支配に不平不満を述べ立て反抗する陰鬱な人物として描かれました。ガルシンが生きた時代は、ナロードニキ運動がしだいに広がりをみせていった時代でした。帝政ロシアという抑圧の時代を必死に生きた民衆。ガルシンは、その民衆の中の典型的な二人の人物を描き出したのです。ヴァシーリイの描かれ方は、個人的なレベルの抵抗としてしか描かれていないという限界はありますが・・。

 中学生だった私は、この作品は「あなたは、セミョーンの如く生きるのか? それともヴァシーリイの如く生きるのか?」を問うている作品だと思いました。その時以来ずっと、私の心の中にはセミョーンとヴァシーリイの二人が、苦悩の表情を浮かべ、議論を繰り返しながら住み続けています。いかに生きるべきか岐路に立ったとき、必ず二人が現れて議論を始めるのです。
  私は、今までどのように生てきたのでしょうか。セミョーンのような崇高な自己犠牲の人生は送ることは出来ませんでした。ヴァシーリイのような抵抗の人生に徹することも出来ませんでした。しかし、私は今も二人のことを忘れたことはありません。
  原発事故。集団的自衛権行使。高まるナショナリズム。非正規労働は全労働者の4割に迫り、ワーキンングプアという言葉で語られ、秘密保護法が施行されようとしている、閉塞感に満ちた現在の社会。私には、「ヴァシーリイを忘れるな!」という叫び声が聞こえるような気がします。

  33歳の若さで自殺したガルシンがどのような意図を持ってこの作品を書いたのか、文学的な素養のない私には分かりません。しかし、大きな影響を受けたことは確かです。

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コメント

墓石さん こんばんは。(*^_^*)

考えさせられる本ですね。これを中学の時に
読まれたとは凄いですね!そして人生の指針と
なるとは。
相対する生き方ですが、私はセミューンかも。
でもウアシーリイも必要の気がします。
時と場合に必要では?

素敵な本をありがとうございます。

私も中学生の時読んだ本は?我が家に手伝いに
来て下さってた男性から、貸して頂いて読みましたが。
忘れましたね。(私も多感だったのですが。。。)
山上の垂訓という言葉は知りました。全く訳は
解らなかったですが。

投稿: 輝子 | 2014年10月23日 (木) 18時52分

輝子さん、こんばんは。コメントありがとうございます。

輝子さんは、クリスチャンなので間違いなくセミョーンのように生きておられますね。
私のようなどっちつかずの人間は、どうしようもなく迷い続けています。

 山上の垂訓ですか。この男性も、ひょっとするとクリスチャンの方だった
のですね。この時から、道はつながっていたんでしょうね。

志賀高原の写真、いいですね~。
白樺はいいですね~。

投稿: 墓石 | 2014年10月23日 (木) 20時08分

墓石さん

わたしが使った教科書にはこの物語は載っていませんでした。だから、いまいち、ストーリーが分からないのですが。直訴に失敗した後、ヴァシーリイは、どうして列車の転覆を企ったのですか?権力に対して、抵抗するなら、民衆の乗った(?)列車ではなくて、別の手段を使ったほうがいいような気がするのですが。

私は、昔はともかく、今はセミョーンでもヴァシーリイでもない生き方をしています。自己犠牲あるいは抵抗を通して、外の世界と繋がりたいという思いがありません。外の世界に幻滅しきっているのかもしれませんが、私は自分の中に秩序と美を見つけて、残された時間を心静かに生きたいと思います。

投稿: kazumi | 2014年10月24日 (金) 12時46分

kazumiさん、こんにちは。

ヴァシーリイが、列車転覆を企てる点は理解できにくいと思います。
テロに走るなど許されないですからね。妻からも同じ指摘を受けています。
ロシア・ナロードニキ運動が、十分な発展をしていない段階という歴史的制約に
よる未塾さであったと理解しています。

 「心静かに生きる」。これは全く同感です。
しかし、私のような人間は、なかなか心静かにできないです。
毎日、心騒がしく煩悩にまみれて生きています。

投稿: 墓石 | 2014年10月24日 (金) 20時14分

墓石さま こんばんは。
お誕生日おめでとうございます!

秋の情感ゆたかな写真もありがとうございます。

「信号」を読んでみたくなってアマゾンの古本1円で入手しました。中学校の教科書に載っていたなんて、驚きです。初版は1937年、それも驚きです。戦争の時代、どうにもならない体制の中で、みんな「自分はどう生きるか」を考えて過ごして来たのですね。わたしは、ぼ~っと「平和ボケ」して過ごしていることが恥ずかしいです。

自分の置かれた状況を受け止めて、喜んで過ごせるセミョーンは素敵です。怒りによる暴力は、正義も平和も実現することはできないのだと思います。人間が人間の心を取り戻すことが本当の「革命」だと、わたしは思いました。

セミョーンが作った「柳の笛」の音は、きっと人々の心に希望を与えたのでしょうね。
飛躍しますが、わたしにとって墓石さまの写真は、セミョーンが採取していた「柳」のように思いました。(もちろん、笛をつくって商売するわけではありませんが)

セミョーンは、きっと助かったと思いたいです。中学生の読後感想文以下の、かってな感想ですみません。
E:maple]

投稿: ひかる | 2014年10月27日 (月) 22時20分

ひかるさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
写真も見ていただきありがとうございます。

アマゾンの古本で1円でしたか。ちょっと驚きです。

ガルシンの信号は、そんなに高い評価を受けている作品とは言えませんが、
私にとっては心に残る重要な作品です。ずっとその意味を考えてきました。
幸せとは何か、人は社会とどう関わるべきかなど・・・。
「人間が人間の心を取り戻すことが本当の「革命」だ」というのは、
ひかるさんの素晴らしい言葉ですね。
心に大切にしまっておきます。

投稿: 墓石 | 2014年10月27日 (月) 23時11分

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