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2014年9月

2014年9月30日 (火)

宇治田原・加茂町の彼岸花

 先日、宇治田原町と加茂町に彼岸花の撮影に行ってきました。今年は、体調が悪かったり、天気が悪かったり、用事が出来たりで、木津川土手の彼岸花しか写せていませんでした。彼岸花は、もう咲いていないだろうと諦めいましたが、意外にもまだ咲き残っていました。大部分は黒ずんでいましたが、まだ撮影に耐えられる場所もありました。

 まず目指したのは、宇治田原町田原川の土手。久々に来てみたら、あったはずの木の橋が無くなっていました。大水で流された後、いまだに修復されていないようです。残念。宇治田原町も予算不足か。 
 この後、高尾に行きましたが、咲き残っていたのは1本だけ。
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   すぐに今度は、宇治田原町禅定寺へ。ここは、かなり残っていました。道路から見下ろした一枚。下の田んぼの水路での二枚。
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   禅定寺での三枚。ススキの穂をバックに。蝶。電気柵の電線に止まったトンボ。
 この電気柵の田んぼの人と話をしました。この辺では、電気柵がなければ農業は出来ないと嘆いておられました。1反あたり、8万円ほど費用がかかるそうです。電気柵のない隣の田んぼは、イノシシに掘り返されて、悲惨な状況になっていました。
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   この後、鷲峰山のを越えて加茂町へ。国道163号北側の水田地帯での三枚です。
 白い彼岸花を見つけました。
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   今度は、国道163号南側の水田地帯での三枚です。この辺りは畦道に彼岸花が列を成しているのですが、もうほとんど終わっていました。
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   次は、恭仁京跡(恭仁小学校横)に車を止めて、周辺の田んぼを歩きました。この辺りは、まだかなり残っていました。天気は良いし、言うこと無しです。
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   稲刈りの終わった田んぼでは、藁地蔵が立っていました。後の二枚は、太極殿跡付近です。この辺り、コスモスが植えられていますが、まだ花の数は少ないです。
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   一枚目、バックの白いボケは蕎麦の花です。二枚目は、コスモスのボケです。
 夕日の時間が近づいてきました。今日の農作業は終わりのようですね。米を載せた車が行きます。
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   夕日の時間になりました。ススキの穂が輝いて白いボケとなっています。
 ほんとに駆け足の撮影でした。これで今年の彼岸花は終了です。
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2014年9月24日 (水)

二十四節気写真「秋分」2014

 9月23日は、二十四節気の一つ「秋分」でした。暦便覧によれば、「陰陽の中分となれば也」です。秋彼岸の中日。昼と夜の長さがほぼ同じです。
 この節気の七十二候は次の通りです。
★初候: 9/23~ :雷乃ち声を収む         夕立などの雷の発生が止む頃
★次候: 9/28~ :虫かくれて戸をふさぐ   虫が鳴くのを止め冬ごもりに入る頃
★末候:10/03~ :水始めて涸る           田んぼの水を抜き稲刈りをする頃
    10月8日が、次の節気「寒露」です。
 この数日、京都府南部では良い天気が続きました。彼岸花も満開となりました。早速、秋の日の木津川土手をご案内しましょう。ところで、あなたの場合、目を閉じるとどんな秋の風景が見えてきますか? 今回も写真詩風にいきます。

    「秋分の日に」

   遙かな宇宙を運行する地球
   今年も約束通り秋が運ばれてきた
   この日 太陽は真東から昇り
   青く澄んだ天空を進んでいく
   降り注ぐ光に稲穂は金色に輝き
   案山子さえも胸を張っている
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   土手の上に空は大きく広がり
   白い雲が流れてゆく
   コスモスは風に揺れ
   ニラの花は青空に直立している
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   太陽は真西をめざし落ちていく      
   夕雲は赤く染まり
   彼岸花も燃え上がっている
       しだいに濃くなる夕闇の中で
   すべての生き物たちは夢を追い始める
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   夕闇の中で目を閉じれば
   初めて見えてくる秋の風景がある
   秋祭りの太鼓の響き バラ寿司
   運動会の遠い歓声  栗ご飯
   毎日が輝いていた頃の秋
       白い雲に憧れたいつかの秋
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   エノコログサが夕日に染まり
   吹き渡る風に金色の波をつくっている
   少年の日に見た遠い秋の風景だ    
   秋は幾度となく運ばれてきた
   私はどこまで運ばれていくのだろう
   約束も無く
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  今、土手の主役は彼岸花です。木津川土手の彼岸花は、田んぼの畦道に咲いている彼岸花と違い、草に埋もれていて、しかも本数が少ないです。周囲の草刈りは一苦労です。
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 エノコログサも夕日の時は金色に輝き、あなどれない美しさです。金色の穂を見ると、私は「こがねの花」(?)という作品(?)を思い出します。
 母を喜ばせようと都へ出かけた男が、盗賊となり大金を手に入れ、故郷へ帰りますが、母が望んでいたのは黄金などではなかったのです。人間として大切なものが何であるかを知った男は、失意の中、金を投げ捨て再び都に旅立つのです。夕日が稲穂を金色に輝かす中を・・・。
 というような話です。金色に輝く穂が頭に残っています。見たわけでもないのに。小学か中学の国語で勉強したように思うのですが、誰に聞いても知らないと言われます。ネットで必死の検索を続けていますが、謎のままです。
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 秋の花と言えば萩ですね。木津川土手では、数は少ないですが萩の咲いている場所があります。
 嫌われもののヌスビトハギなら一面どこでも咲いています。人のものを盗むわけでもないのに、ひどい名前を付けられたものですね。
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 寺田桜堤や文化パルク城陽の樹木も少しずつ色を変えてきました。これから稲刈りも本番を迎えます。トンボまで忙しそうです。これから、ますます深まりゆく秋です。
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 コスモス。 少し前ですが、スーパームーンの中秋名月。
 ツユクサと蓼の花のツーショットでお別れです。 次は「寒露」です。
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2014年9月18日 (木)

鈴木真奈美著「日本はなぜ原発を輸出するのか」

 鈴木真奈美著「日本はなぜ原発を輸出するのか」(平凡社新書)を読みましたので、紹介と感想を書かせていただきます。鈴木真奈美氏は、フリーのジャーナリストです。

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  日本では、かっての民主党政権でも安倍政権でも、福島原発事故にもかかわらず原発輸出に熱心です。日本はなぜ原発を輸出しようとするのでしょうか。私などは、「自国の事故すら処理できないのに、原発を輸出するなどどうかしている。」と単純に考えてしまいます。「輸出で儲けたいなら、もっと他に輸出するものがあるだろう。」と思ったりもします。しかし、本書によれば、原発を推進したい勢力、および将来に核武装の可能性を残しておきたい勢力にとっては、原発の再稼働と原発の輸出は絶対に必要なことなのです。原発の輸出までがなぜ必要なのでしょうか。では、著者の主張を超要約してみます。

 まず、原子力利用の歴史から始めます。
 アメリカは、マンハッタン計画で核爆弾の開発に成功しました。ウラン濃縮、核燃料加工、原子炉、再処理といった一連の技術は、核兵器独占のために国家機密とされました。しかし、ソ連が独自に核開発に成功、3年後イギリスもそれに続きます。水素爆弾も開発されていきました。また、イギリス、ソ連、カナダなどが商業用原子炉を開発しました。こうした背景の中で、アメリカは方針転換します。アイゼンハワー大統領の「アトムズ・フォア・ピース」戦略です。原子力分野でのリーダーシップを失わないために、原子力の平和利用としての原発を輸出しつつも、核兵器として転用出来ないよう厳しい世界的体制を確立しようとしたのです。IAEAといった組織も作られました。輸出相手国には、厳しい二国間協定が結ばれました。その後、核拡散防止条約(NPT)、核物質防護条約といった体制が作られていきました。
 核燃料サイクルを維持・管理するためには、莫大な費用が必要です。安上がりに安定して核爆弾を製造し続けるためには、原子力利用を産業として発展させる必要があり、「アトムズ・フォア・ピース」戦略とは、核兵器を独占しながら、それを支える原子力産業を発展させようというものです。産業として成立するためには市場が必要です。原子力市場を支配することにより、核物質を世界的に統制し、核保有国が核兵器を独占するというものだったのです。これにより世界に原発が輸出され、広がっていきました。

 1960年代から世界の原発は増え続けましたが、70年代をピークに減少に転じ、頭打ちとなります。原発の耐久年数を40年とすると、2020年代までに300基が新たに稼働しないと、現在の原子力産業は維持できません。このままでは2050年頃までに、世界の原子力発電は実質的に終わりを迎えることになります。アメリカでも原発建設はストップし、アメリカの原子力産業は、確実に衰退期に入ってきています。市場競争力を失い、自前の原発を輸出する能力すら失われてきています。ウラン濃縮業者のユーゼック社が、破産法の適用を申請するという事態にもなっています。アメリカのGE社のイメルト最高責任者は、「原子力発電は経済的に正当化するのは非常に難しい」と発言しています。
 日本でも原子力産業を維持していくためには、原発の増設は必須ですが、原発の新規増設は難しくなってきています。そこで、新興国への原発の売り込みに成功しなければ、日本の原子力産業は確実に衰退していくことになります。アメリカも、市場への影響力を失わないために日本の企業と提携し、新興国への売り込みを共同で進めようとしています。アメリカ市場への進出、アメリカ企業と提携し新興国への売り込み、これこそが日本の原子力産業生き残りの道というわけです。
 原子力産業が衰退すれば、日本は核兵器製造能力も失うことになります。核兵器製造のための原子力技術・施設をコンパクトに残せばよいと思われるかも知れませんが、発電に使用するわけでもないのに、莫大な予算を投入して核施設を保持し続けることは、核兵器製造の野心を世界から見抜かれてしまいます。
 このように、原発を推進したい勢力、および将来に核武装の可能性を残しておきたい勢力にとっては、原発の輸出は絶対に必要なことなのです。

 核兵器の製造が原子力産業を生み出し、原子力産業の発展が核兵器を支え、核兵器の保有と原子力市場での優位性により世界の原子力政策・核政策が決定されていった歴史、なんとか理解できました。日本の原子力産業の生き残りと将来の核保有のためには、原発再稼働と原発輸出は絶対条件であることも理解できました。
 最近、原子力発電が高コストであることは、広く国民にも理解されてきました。また、核廃棄物の最終処理も見通しがありません。核廃棄物の処理まで含めれば、原発のコストは計り知れません。輸出相手国で発生した核物質の処理はどうするのでしょうか。今のルールでは、当然日本が引き受けることになります。見通しが見えないです。莫大な国費を投入しても、原発に未来はなさそうですね。
 こんなに超約しては、著者に失礼ですね。実際にはもっと多方面にわたって書かれています。一読をお薦めします。    では。また。

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2014年9月12日 (金)

定期診察の日(77)・ジャカビの情報

 今日は、KS病院へ定期診察に行ってきました。良く晴れて朝のうちは涼しかったです。帰りは、陽ざしが強く暑かったですが、乾いた涼しい風が吹いていました。秋らしい天気の日でした。
 さて、診察の結果ですが、血小板数は、少し増加して67万/μlでした。ヘモグロビンも横ばいでした。
 中性脂肪、カリウム、尿酸値、LDH、γGTPなども変わらず異常値のままです。
  最近は、少し運動すると息切れがしたり、体にもだるさを感じています。体重も減ったまま回復せず、むしろジリジリと減少傾向です。直ちに原因が決められるわけでもなく、心当たりを検査するより仕方がないようです。次回に、心電図と胸のレントゲン撮影とB型肝炎の抗体検査を入れることになりました。突然、B型肝炎の検査と言われて驚きましたが、抗ガン剤を使用しているとB型肝炎のウィルスとかが動き出したりする例があるそうです。ほとんど可能性は低いそうですが、念のためということです。

 今日は、ヘモグロビンについて質問しました。ここ数年で、ジリジリとヘモグロビンが低下している原因についてです。
 答えは、抗ガン剤の使用が一番の理由はではないかということでした。Hbが10を切ると貧血対策の治療を開始するということでした。7を切ると輸血が必要ということです。私の場合、治療を開始するのはまだ先のようです。

  【新薬ジャカビの情報】
 もうご存じとは思いますが、新薬ジャカビの情報です。
  ★ノバルティス ファーマのプレスリリース→こちら

 ついでに
   ★厚生労働省:高額な外来診療を受ける皆さまへ→こちら

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2014年9月 8日 (月)

二十四節気「白露」2014

  9月8日は、二十四節気の一つ「白露」でした。江戸時代の暦便覧によれば、「陰気ようやく重なりて露こごりて白色となれば也」です。朝夕に涼しさを感じ、夜には虫の声が聞こえ、残暑は消え、ようやく本格的に秋がおとづれてくるころです。
 この節気の七十二候は次の通りです。
  ★初候 ;9月8日~ : 草露白し  朝露が白く光って見える頃
  ★次候 ;9月13日~: 鶺鴒鳴く  せきれいが鳴き始める頃
  ★末候 ;9月18日~: 玄鳥去る  つばめが南へと旅立つ頃
       次の節気は、9月23日の「秋分」です。

 今年は、秋雨前線の活動が活発で不安定な天気が続いています。昨年も今頃は秋雨の時期でした。では、晴れ間見つけて撮影した木津川土手周辺の写真を紹介しましょう。
 今回も写真詩風にやってみます。今回は、「対話」ということについて考えてみました。世の中には、ディベート能力、コミュニケーション能力、自己表現能力など、自己を主張し相手を取り込んでいく対話能力が求められています。しかし、真の対話とは、時間と心を共有することではないか、という気がします。新自由主義的な競争社会にあっては、対話の本質が失われているのではないか、そんなことを考えました。

      「白露の日に」 ~季節との対話~

       今 静かに過ぎゆく一つの季節がある
        朝には白く輝く露に心奪われ
    昼には稲穂を揺らす風の音を聞く
    蓮の花托は一斉に手を振り
    過ぎ去る季節を惜しむ
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    新しい季節の始まりに思いをはせ
    蔓穂の花は大空に向かって立ち上がり
    赤とんぼは澄んだ目で流れる雲を追っている
    うろこ雲は夕日に赤く
       家路を急ぐ少女を優しく包んでいる
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    人はいつも季節と対話してきた
    そのたびに季節は無言の言葉で語った
    うつろう時間の中で風景を共にし
    心を透明にすること
    それが対話であると
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    夏の終わりに
    赤い火を灯すほおずきを提灯にして
    あの人達は夕暮れの道を去って行った
    季節と対話しゆっくりと後を追う
    ほおずきを提灯にして
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  お盆のときには、ナスやキュウリ、ほおずきなどがお供えされます。ほおずきは霊が夜道を歩くときの提灯、キュウリは霊が来るときの馬、ナスは帰りの牛になるとされています。誰が考えたのでしょう。素朴でささやかな信仰です。
 久しぶりに早朝の撮影に行ってきました。家から200mほどの田んぼです。早朝と言っても7時頃ですけど。いまだに蓮の花が咲いて蜜蜂が来ていました。糸トンボもたくさん見かけました。朝はいいですね。
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  赤とんぼ、糸トンボ。やはり、秋はとんぼですね。
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  土手に咲く植物は、同じ場所に同じ植物が群生するとは限りません。毎年、群生場所が変化します。今年は、土手の大改修工事が行われたせいか、やたら蔓簿を見かけました。いつ草刈りが行われるかによっても、違ってくるように思います。
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  ママコノシリヌグイとクズが競合している場所があります。競合しているのか、競演しているのか?
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   「白露」前日は、秋らしい一日でした。遠くに見える比叡山の上を雲が流れていきます。田んぼには、案山子も登場しました。大榎に夕日が射してきました。
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「蓮太郎です。」「ハス子です。」
 「今日はここまでです。」 
   次は、「秋分」です。では。また。

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2014年9月 1日 (月)

丹後のばら寿司づくり

 私は京都府丹後地方の出身です。丹後地方で寿司と言えば、バラ寿司のことです。寿司と言えば、にぎり寿司を思い浮かべる人が圧倒的多数だと思いますが、丹後人は圧倒的にバラ寿司です。丹後地方では、祭の日、祝い事の日、たくさんの人が集うときは、たいていバラ寿司が振る舞われます。「まつぶた」と呼ばれる木の枠にすし飯を入れ、その上に、鯖の缶詰の身を甘辛く味付けした「そぼろ」をのせます。さらに、かんぴょう、かまぼこ、錦糸卵、椎茸の甘辛煮、あと思い出せませんが、緑色の野菜系(グリーンピース? or インゲン?)のようなものなどがのっていました。私にとっては、なつかしい故郷の味です。しかし、私は久しくこれを食べていません。私の妻は、丹後人ではないので仕方のないことです。このバラ寿司の存在すら知らないのですから・・。 

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 「そうだ! 自分で作ってみよう!」 妻の留守をねらって、思いつきでバラ寿司つくりに挑戦してみました。頼りは、母を手伝ったというか、横から邪魔していたというか、小学の頃の記憶だけです。実際やってみるとなかなか大変。しゃもじにご飯がくっついてすし飯がうまく作れない、じゃまくさい、出来上がったと思ったら、やたら色が黒い・・、錦糸卵を作り忘れていました。慌てて追加製作、悪戦苦闘の末に出来たのが左の写真です。やたら錦糸卵が板状だったり、椎茸もやたらブロック状態のような気が・・・。まるで、記憶とは大遠いの代物です。食べると、ウーン! カラ~~~ッ! そぼろに醤油を入れすぎたらしいです。と言うわけで、この思いつき、悲惨なる失敗に終わりました。

 先日、失敗を教訓に再び挑戦しました。今回は妻の協力つきです。細かくめんどくさいことは妻にお願い作戦です。ネットでレシピを調べ、その中から記憶と一致するもの、めんどくさくないものを組み合わせて選び、もっともらしく思えるレシピを決定しました。 次の通りです。
   ★すし飯: 米2合のご飯に市販のすし酢70mlを混ぜるだけ
   ★そぼろ:  鯖の水煮缶(190g)×2 砂糖大さじ2 醤油大さじ2
         味醂と酒大さじ1.5くらい加える←不要かも(?)
         フライパンでつぶしながら水気がなくなるまで熱する
   ★椎茸  : 砂糖と醤油で甘辛く水気がなくなるまで炊く
    ★かんぴょう: 水にもどし味を付つけて煮る
   ★錦糸卵: 普通の作り方です
   ★かまぼこ、グリーンピース、紅生姜などを盛りつけ

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完成で~す! 左の写真です。 まあ何とか食べられるものが出来ました。懐かしいふるさとの味が再現できました。

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