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2014年6月

2014年6月29日 (日)

矢田寺の紫陽花

 今年もまた、矢田寺のアジサイを撮影に行ってきました。退職教員仲間のTg氏に連れて行ってもらいました。昨年とは一味違った写真にしたいと思っていましたが、あまり進歩は無かったです。同じような写真になりました。花の写真は、どうも苦手ですね。
 寺という宗教施設に咲いている花なので、「静かな祈り」を感じさせる写真にしたいと思ったのですが・・・。考えてみれば、私自身に信仰心が無いので、これは最初から無理な着想だったのかも知れません。

 駐車場から徒歩で坂道を登り寺に向かいます。道の脇で地蔵が迎えてくれています。
 門前のアジサイ。 門をくぐって進みます。
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    ハート型をしたアジサイ発見。本堂へ向かう道。日傘の観光客を入れて。
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  境内には、いたる所に地蔵が立っています。地蔵が立っているのを見ると、私は必ず亡くなった母のことを思い出します。母は毎年夏になると、子供の健やかな成長を願い、町はずれの、ほとんど忘れ去られた川裾地蔵にお参りに行っていました。たくさんの祈りの中で、私も成長してきたのだと思います。信仰心も無く、傲慢な考え方で生きてきた私は、最大の親不孝をしているのかも知れません。
 ただし、私は信仰心を持った人は好きです。自らの弱さを見つめ、神仏に救いを求めようとする心は、人類普遍のもののように思われます。
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      次の3枚も境内で取ったことが分かる写真です。
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        アジサイ庭園にて。蝶の集まる白いアジサイ。
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     矢田寺からの帰り道、京都府木津川市の岩船寺に寄ってみました。ここもアジサイ寺として有名ですが、まだ咲き始めでした。
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2014年6月23日 (月)

二十四節気「夏至」2014

  6月21日は、二十四節気「夏至」でした。江戸時代の暦便覧によれば、「陽熱至極しまた、日の長きのいたりなるを以て也」です。一年中で一番昼が長い時期です。しかし、梅雨の時期に当たり、本格的暑さは、まだまだこれからです。
 この節気の七十二候は、次の通りです。  
   初候: 6/21~  乃東枯る       なつかれくさ(ウツボ草)が枯れる頃
   次候: 6/26 ~  菖蒲はなさく   アヤメの花が咲く頃
   末候: 7/02 ~   半夏生ず       半夏(カラスビシャク)が生えはじめる頃
           7月7日が次の節気「小暑」です。

 急に大雨が降ったり、真夏のような暑さになったり、天候の変化が極端ですね。家に引きこもってないで、今の時期の木津川土手周辺をご案内しましょう。
 水田には水が張られ、広大な水の国が出現しました。土手の斜面では、茅花の白い穂が、梅雨空にタネを飛ばしています。旅だったタネは、一年間どこで過ごすのでしょうか?
 今の時代、田植えはすべて機械で行われますが、機械が植え落としたところは、今でも手作業が必要です。昔はすべて手作業でしたので、田植えは大変な作業だったと思います。私が子供だった頃、中学校には「農繁期休み」という休みがあったと記憶しています。私がその休みの恩恵にあずかる頃には廃止されました。遙か遠い昔の話ですね。
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   畦道の草取り。施肥。水の国の管理も大変そうです。田植えの終わった田んぼには、サギがよく見られます。この辺りのサギは警戒心が強く、カメラを向けただけで逃げていきます。遠くから写すしかないです。茶色のサギ。アマサギ(?)。
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   田植えの終わった田んぼに、近くの幼稚園生がやって来ました。水に子供たちの姿が映り、空には雲雀が鳴いています。実にのどかで平和な光景です。しかし、保育士さんたちは、結構大変そうでした。子供の一人が突然、かぶっていた帽子を水田の中に投げ捨てました。保育士さんは、慌てず騒がず、慣れた感じの対応でした。保育士は、専門性の高い仕事ですね。
 三枚目の少年。捕まえた豊年エビとカブトエビについて語ってくれました。小学低学年なのに、ものすごく難しい説明でした。私は家に帰って、豊年エビという生き物について勉強しました。豊年エビは、初めて知りました。
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   田んぼの畦道は、ちょっとした花畑です。
 今の時期に咲くタデは、ハルタデと言うらしいです。
優雅な名前を持つ、帰化植物のアカバナユウゲショウ(?)。あなどれない美しさです。
アレチハナガサ(?)。これも帰化植物。最近、はびこってきて、ちょっと問題になっているらしいです。これもよく見ると美しい。
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   城陽市は花ハスの産地です。いたる所に蓮田があります。今の時期、水面から葉を少しずつ出してきています。日の光を受けて発生した植物性プランクトンが、蓮田に流れのような模様を作っています。風が吹くと模様が次々と変化します。見ていると飽きないですね。
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   ここで、ハスの葉を詠った句を二つ紹介しましょう。
  ~♪ くつがへる 蓮の葉水を 打ちすくひ ♪~   松本たかし
  ~♪ 波なりに ゆらるゝ蓮の 浮葉かな  ♪~   正岡子規
  三枚目の写真、ワイングラスのような蓮の葉。今の時期の特製です。
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   城陽市特産の寺田芋畑では、スプリンクラーが勢いよく稼働しています。夕日の逆光に水が金色に輝いています。
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   土手の植えに上がりましょう。土手では、月見草が咲いています。昼間は、あまり綺麗ではありませんね。今回、夜の月見草も撮影してみました。慣れない夜の撮影でうまく撮れませんでしたが、夜はよく開いていますね。夜の蛾が、花粉を運ぶそうです。
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   今の時期、土手の主役は、どこに行ってもヒメジョオンです。
 夏の花、キョウチクトウも咲き出しました。
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   カワラナデシコも一斉に咲き出しました。ヒョウキンな顔つきの蛾が、チャッカリと蜜を吸っていました。
 アカツメクサは、まだ咲いています。
 土手に立てられた看板の上で、鳥が鳴いています。ホオジロ(?)。去年も同じ場所で鳴いていました。あれから一年が経ったのです。この鳥は、去年の鳥なのでしょうか? それとも、世代交代しているのでしょうか? 私自身は、何の成長もなく、ほぼ去年と同じ私です。ただ、息切れがするようになりました。来年もまた、会えるでしょうか?鳥君。
           では。また。 次は、「小暑」です。
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2014年6月18日 (水)

瀬木比呂志著「絶望の裁判所」感想

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   瀬木比呂志著「絶望の裁判所」(講談社現代新書)を読みました。著者の瀬木比呂志は、明治大学法科大学院教授です。裁判官として、最高裁に勤務した経験もある経歴の持ち主です。
 書店の店頭に平積みされていて、この系列書店の書評ランキングも上位でした。私は、あまり流行は追わないことにしていますが、誘惑に負けて買ってしまいました。紹介させていただきます。

 著者の主張を超要旨でまとめてみます。著者には申し訳ないですが。
 著者は、国民の知らない裁判所腐敗の実態を次のように告発しています。
「情実人事に権力闘争、思想統制、セクハラ・・・、もはや裁判所に正義を求めても、得られるものは『絶望』だけだ。」、「国民、市民の期待に大筋応えられる裁判官は、今日ではむしろ少数派、マイノリティーとなっており、また、その割合も、少しずつ減少しつつあるからだ。そして、そのような少数派、良識派の裁判官が裁判所組織の上層部に昇ってイニシアティヴを発揮する可能性も、ほとんど全くない。近年、最高裁幹部による、裁判官の思想統制『支配、統制』が徹底し、リベラルな良識派まで排除されつつある。」
 「日本の裁判所は、事務総局中心体制であり、それに基づく、上命下服、上意下達のピラミッド型ヒエラルキーである。支配・統制のなかで、裁判官たちは精神を荒廃させ、モラルや士気を低下させている。裁判所は、『ソフトな収容所群島』である。」
 著者は、司法改革の方向性については、次のように提言しています。
 日本の裁判所を支える巨大な官僚システムを変革するするために、弁護士などの法曹経験者から裁判官・検察官を任用する法曹一元化制度の導入は不可欠である。最高裁判所事務総局体制を解体し、司法行政権を裁判官会議に、ガラス張りで帰属させる必要がある。憲法判断を活性化するために、憲法裁判所の設置も一つの方向である。・・・・。

 では、感想を。
 東京地裁で砂川事件の判決が出たとき、私は中学生の子供でした。新聞一面の大きな見出しが、今でも頭に焼き付いています。伊達裁判長という名前も未だに記憶しています。その年の内に、高裁を飛び越して、いきなり最高裁で逆転判決が出ました。その時以来、最高裁は支配権力の一部であると思っていました。(その後、当時の最高裁田中耕太郎長官が、アメリカと接触していたことが、アメリカ側の公文書の公開により明らかになりました。)
 私は、法曹制度や法律には無知ですが、三十数年間、裁判官をつとめられた方の内部告発には、やはりそうだったのかという思いが湧き上がって来ます。この告発は、かなりの部分で、真実ではないかという思いがします。
 現在、安倍政権により進められている「集団的自衛権の行使」は、どう考えても最高法規である憲法をねじ曲げています。こんなことが公然と進められているにもかかわらず、司法の力が働かないとすれば、まさに司法は死んでいると言えます。
 また、法曹一元化は、裁判所という官僚的キャリアシステムを変革していく力になるとは思います。しかし、法曹一元化も万能であるとは言えません。例えば、もし大阪の橋下弁護士を最高裁判事に推すような勢力が、権力を握ったとしたら・・・。法曹一元化も民主的な政治が確立しなければ機能しないですね。素人の考えですが・・・。

 先日、大飯原発3・4号機の運転差し止めを命じる福井地裁の判決がありました。樋口英明裁判長は判決文で、「原発は社会的に重要だが、電気を生み出す一手段にすぎず、人格権より劣位にある」、「豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている。」と述べています。権力にとらわれない、素晴らしい判決だったと思います。今後、上級審での審理を見守りたいと思います。
 この本に、少々不満も。
 第五章の「心のゆがんだ人々」は、客観的根拠が乏しく、著者の感情が出すぎている気がして、気分良く読めなかったです。
 また、近年の司法制度改革での裁判員裁判が、刑事系裁判官の復権のための「陰謀」であるという意味の指摘は、裁判所内部の事情を知らない私たちにとって、理解しようにも理解出来ないです。  興味のある方に、この本お薦めです。
                               では。  また。

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2014年6月13日 (金)

定期診察の日(74)・関連サイトへのリンク

  今日は、KS病院の定期診察に行ってきました。時々、梅雨とは思えない激しい雨の降る一日でした。
 さて、結果ですが、血小板数は、ほぼ横ばいの67万/μlでした。ヘモグロビンは、再び劇的に減少しました。過去の最低にもどりました。前回、劇的に増加したのに、再び減少に転じたわけです。前回がちょっとぬか喜びだったようですね。道理で、最近よく立ちくらみがあると思っていました。
 中性脂肪、カリウム、LDH、γGTPなどは異常値のままです。尿酸値は、なぜか正常値の範囲に入りました。??。
 足の痺れや脇腹の違和感、微熱などの症状も相変わらずです。
 それから、糖尿病のHbA1cの検査は6.4で、前回より増加しました。努力して低炭水化物食をやってみて、体重が1kgほど減少しましたが、数値には反映しなかったようです。食事療法もこれが限界かも・・・。
 前回、血圧が150~90と高めでした。朝と夜の2回のチェックを続けましたが、高い状態は一時的なものだったようです。
 診察のたびごとに、質問を一つに絞って聞くことにしていますが、今回は時間が大幅に遅れていたので、配慮して質問は無しです。
 以上、病状に急激な変化は無しです。抗ガン剤の量は、今まで通りです。
                
 【病気に対するリンクのまとめ】
    血液ガン・慢性骨髄増殖性疾患に関連するサイトへのリンクをまとめてみました。

  ★最新医学社  慢性骨髄増殖性疾患 →こちら

 ★特定非営利法人 血液情報広場「つばさ」 →こちら

  ★もっと知ってほしい「血液ガン」のこと       →こちら
        ◎お薦め動画=慢性骨髄増殖性疾患       →こちら
  ★FaceBookもっと知ってほしい「血液ガン」のこと  →こちら

  ★骨髄増殖性腫瘍患者・家族会(MPN-JAPAN) →こちら

  ★MPNアドボカシー・教育国際  →こちら

 ★PAL Project  →こちら

  ★ 日本血液学会  →こちら

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2014年6月 7日 (土)

二十四節気「芒種」2014

 6月6日は、二十四節気の一つ「芒種」でした。 暦便覧には、「芒(のぎ)ある穀類、稼種する時也」とあります。稲や粟などの芒のある種子を播く頃という意味です。西日本は、梅雨に入る頃です。
 七十二候は、次のようになっています。
   初候 : 6/06~  蟷螂生ず       カマキリが生まれる頃
   次候 : 6/11~  腐れたる草蛍となる  蛍が飛び始める頃
   末候 : 6/16~  梅のみ黄ばむ     梅の実が熟す頃
            6月21日が、次の節気「夏至」です。
 「腐った草から蛍が生まれてくる」と、昔の人は考えていたそうです。明時代の洪自誠によって書かれた中国の古典、「菜根譚」には、次のように書かれているそうです。
   ~汚れた虫も、蝉となって秋風のもと露を飲む。光らない腐った草も、蛍と化して夏に耀く。潔きは常に 汚より出、 明るきは、晦(くら)きから生まれる。~
 えらく哲学的な話ですね。 万物の流転性? 闇と光の弁証法?
 
  近畿地方は暑い日が続いていましたが、6月4日に突然梅雨入りが発表されました。
6日の「芒種」当日は、午前中雨となりました。雨なので、自転車で木津土手に行くのは無理です。傘をさして、鴻ノ巣山方面へご案内しましょう。
 出かけ際に、自分の家の紫陽花を写します。雨には、やはり紫陽花ですね。アジサイの属名Hydrangea(ハイドランジア)は、ギリシャ語の 「hydro(水)+ angeion(容器)」が語源だそうです。紫陽花は、やはり水と関係があるようです。
 万葉集では、「味狭藍」「安治佐為」として、二首が詠まれています。日本が原種の花なのに意外と少ないですね。
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   鴻ノ巣山への入り口、水度神社の参道脇で、白いツユクサを見つけました。トキワツユクサと言うそうです。南アメリカ原産の帰化植物で、昭和初期に園芸種として持ち込まれた花が、野生化して全国に広がったそうです。
 神社の脇を抜けて山道に入ります。キノコが出ていました。
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  神社の脇の道は、椎の巨木の森の中です。雨の日は、誰も通らず静かな雰囲気です。椎の巨木は、空を包むように枝を広げています。巨木が抱える森の宇宙という感じです。木の窪みには雨水が溜まり、小さな水の宇宙をつくっています。
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  椎の巨木の森は、今の時期、芽生えの時です。去年の秋に地面に落ちたドングリたちが、一斉に葉を出し、光を求め必死に成長しようとしています。倒木の上に落ちたドングリが、根と葉を必死に延ばしています。しかし、親になれる木は、おそらく一本もないでしょう。植物の世界も厳しいですね。
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 カエデの幼木から落花する水滴を、空中で写そうと意地になりましたが難しいです。一枚だけ成功しました。
 さらに進むと花菖蒲の植えてある池があります。もう終わりかけですが、咲いていました。 今日の撮影は、ここまでです。水滴の撮影で疲れました。
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   次は、鴻ノ巣山で、梅雨に入る前に撮った写真です。
 鴻ノ巣山では、毎年、梟が子育てにやってきます。5月の末頃まで見られました。私の標準ズームでは、撮影は不可能ですが、家に帰ってパソコンで拡大すると、荒れた画面ながら確認できました。
 2枚目は、椎の森で空を見上げたところ。森の宇宙。3枚目は、ヤマボウシの花。
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  では、次は木津川土手方面を紹介します。
 土手の主役は依然として、種子を飛ばし始めた茅花たちです。風にしなやかになびきながら土手を飾っています。梅雨入り前に吹く湿った南風のことを「茅花流し」と言うそうです。「茅花流し」になびく白い穂は、夕日に照らされると、一層漂泊感が漂います。 
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  土手の第ニの主役は、ヒメジョオンでしょうか。一斉に咲き出しました。
 土手下では、栗の花が咲きました。「栗花落」とは、梅雨のことです。この花が落ちる頃には、梅雨入りです。ここで、片山広子の一首です。
  ~♪ 青あらしに 栗の花落つる我が家を あかつきの夢に 人の訪ふらむ ♪~
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  田植えは今が最盛期です。田植機が活動しています。田植機が怖いのか、散歩中の犬が、突然、隠れるように側溝を進み始めました。気の弱い犬らしいです。
 水の張られた田んぼの傍に、タンポポの綿毛が光っていました。
 これからしばらく、田んぼは水の国になります。夕日の頃が一番です。
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  田植えの終わった田んぼにサギです。
 土手の富野付近には、桑の木が実を付けています。城陽市史によれば、昔は、この辺りで盛んに養蚕が行われていたそうです。
 畑にジャガイモの花(?)が咲いています。園芸種の美しい花が店頭に溢れる時代、この花に、誰も目をやらないと思いますが、あなどれない美しさです。昔は、多くの歌人が注目していました。石川啄木の一首です。
    ~♪ 馬鈴薯の うす紫の花に降る 雨を思へり 都の雨に  ♪~
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   お別れに、気になる3枚。
 祈りの木、長谷川河口の大榎。 近鉄富野橋梁付近。  ねぐらに帰る鳥(?)。
      では。 また。

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2014年6月 4日 (水)

水野和夫著「資本主義の終焉と歴史の危機」

Mizuno   水野和夫著「資本主義の終焉と歴史の危機」(集英社新書)を読みました。お薦めの感想を書かせていただきます。
  水野和夫氏は、三菱UFJを経て、内閣官房審議官。現在は日本大学の教授です。

 書店の店頭で何気なくこの本を手に取り、面白そうな内容なので購入しました。マルクス経済学者が書いたものであると勝手に思っていたのですが、モルガン・スタンレー証券のチーフエコノミストという経歴を見てびっくりです。近代経済学の道を歩んでこられた方が、このような結論に到達したとは・・・。
 では、著者の主張を超要約的に説明してみます。

 資本主義とは、資本を投下し利潤を得るというシステムです。これは、経済成長を最も効率的に進めるシシステムであり、絶えざる資本の自己増殖過程です。
 資本は、利潤を上げるため、安い労働力と資源、市場を求め世界を駆けめぐります。資本主義はフロンティア(周辺)を開拓することで資本(中心)を増殖させてきたのです。しかし、南米もアジアもアフリカも開拓されつくして、もはや地球上にフロンティアは残されていない状態が近づいてきています。フロンティアが無くなることにより、資本は利潤を上げることができず、利潤率はしだいに低下してきました。利潤率が2%を切ると、投資して利潤を回収することが不可能になります。
 日本やアメリカ、ユーロ圏では、10年国債利回りは超低金利、政策金利はおおむねゼロです。金利は、ほぼ資本の利潤率を示しています。金利がゼロということは、資本を投下して利潤を得るという資本主義の基本が機能していないことになります。資本主義のシステムは、もはや限界に達しているのです。

 アメリカは、資本の利潤率の低下を逃れるため、物づくりから、金融に経済をシフトさせ、「電子・金融空間」を創出しました。銀行業務と証券業務の兼務を認める金融サービス近代化法を成立させ、商業銀行は子会社を通じて無限の投資をすることが可能になりました。「電子・金融空間」では、実物経済をはるかに凌駕する100兆ドルもの資金が世界を飛び回ったのです。
 しかし、金融は、物づくりと違い、新たに価値を生み出すことは出来ません。富の再配分をするに過ぎません。つまり、金融取引から生まれる利潤は、他人の富を合法的に奪っているに過ぎないのです。バブルが次々と作り出され、一部の資本が利益を上げ、バブル崩壊のツケとして、莫大な公的資金が投入されるのです。つまり、大多数の者から富が奪われ、1%の者に富が集中していく格差社会が進んでいるのです。

 BRICsなど新興国が成長を続ける現在、資本が、先進国と呼ばれる国々で、高騰する資源と高い人件費を使って、利潤を上げることはもはや不可能です。無理やり利潤を追求すれば、低賃金、低福祉を自国民に押しつけるしか方法はありません。「圧倒的多数の中間層が没落する形で現れる」のです。民主主義の担い手である中間層の没落は、民主主義の死を意味します。資本主義は、常に周辺(フロンティア)を必要とします。無理矢理利潤を追求しようとすれば、今や中間層が「周辺」となり、没落していくことになるのです。日本では、アベノミクスで、残業代ゼロ法案が提案され、すでに非正規労働は4割に達しようとしています。
 BRICsなど新興国の成長も過去の成長とは違ったものになります。新興国が、先進国並みの豊かさを目指せば、原油などのエネルギーの需要が飛躍的に拡大し、エネルギー価格は高騰します。先進国の中間層も購買力を失っていきます。新興国の輸出依存の成長モデルは、やがて行き詰まってしまいます。それでもなお成長しようとすれば、自国民の貧富を拡大させる以外にありません。今まで資本主義は、人口の2割に当たる先進国が8割の途上国を「周辺」として発展してきましたが、これからは、すべての国で格差社会が進行していくことになるのです。
 著者は断言しています。今こそ、利潤を追求する「成長型モデル」ではなく、「脱成長型モデル」が必要であり、ゼロ金利が続く日本こそが、その先頭を行くべきであると・・。

  水野氏が描いた資本主義の発展と終焉の理論、ドラマを見るように面白かったです。
 日本では、企業の利潤のみを追い求めるアベノミクスが吹き荒れています。日本の企業のブラック化。低賃金。長時間労働。4割に近づく非正規労働。解雇自由化法案である「限定正社員制度」。さらに、集団的自衛権の行使。TTP。成長の幻を追い続ける人々。
 この本が、アベノミクスの矛盾を浮き彫りにする力になることを期待します。この本、お薦めします。

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