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2014年4月 3日 (木)

金田一秀穂監修「一日歳時記」

Onedays  金田一秀穂監修による「一日(ワンデイ)歳時記」(小学館)を読みました。拙い感想を書きます。

 私の人生も残り少なくなってきました。一日一日を大切に生きたいと思います。しかし、一日とはいったい何でしょうか?朝と昼と夜。時間にすれば24時間。一日を構成しているのはいったい何なのでしょうか? この本は、そんな疑問に、日本古典文学からの答えを与えてくれます。
 清少納言の枕草子は、「春は曙・・・。夏は夜・・・。冬はつとめて・・・。」と書き始めます。「曙」も「つとめて」も朝です。朝にも多様な姿があり、表現も違うのです。著者は、「時感語」と「時感色」という言葉を使って説明してくれます。
 ・・・・いにしえの日本人は、なぜかくも夜が白みゆく時間の流れに敏感だったのか? 甦る日輪と、世界が日々再生される驚異。神々しい造化が見せる、最も美しい一瞬一瞬を感得する眼差しの豊穣さ。そこから紡ぎ出されたのが、朝の「時感語」と「時感色」です。・・・・
 朝の言葉を、「時感語」として、時間経過を整理すると次のようになるそうです。
  ◎暁→曙→東雲→あさけ→つとめて→朝ぼらけ→あさまだき→かはたれ
 その他にも、朝の言葉として、「昧爽・昧旦」、「かはたれ星」、「払暁」、「鶏鳴」、「有明」、「夜明け」、「未明」、「あした」などの言葉が説明されています。
 朝の「時感色」は、最も一般的な「曙色」、「東雲色」。色相の微妙な違いにより、「薄曙」、「曙紅」、「曙霞色」。どんよりと曇った「鳩羽鼠」または「鳩羽紫」。くすんだ朱色の「洗い朱」などです。
 古くは、通い婚制度だったため、朝は別れを意味します。いにしえの人は、夜から朝にかけての時間の流れに、極めて繊細であったとの指摘は、面白いです。

  「黄昏」については、次のように説明しています。
 ・・・・やるせない生の幻想性を際立たせる無常観への誘惑。日輪が沈むとき、宇宙が演じる混沌への尊崇の念。あまりに劇的な天地流動への畏敬。瞬く間に押し寄せ、大地や山や海や草花を寂寥の色に覆い尽くす、闇への恐怖。朝の清新さ、昼の高揚感、夜の静謐に対して、眩暈がするほどの変幻性。・・黄昏とは、茜空にたぎる血潮のような光芒(いのち)のはかなさと、闇(死)に向かって疾走する無情迅速の運命(さだめ)を思い知らせる、神々のドラマだった・・・・。
 夕の時感語の流れは、次の流れが基本だそうです。 
  ◎黄昏→夕さり→夕まぐれ 
  「黄昏」、「彼誰時」、「火点し頃」、「雀色時」、「逢魔が時」、「天が紅」、「夕まぐれ」、「暮れ泥む」、「白宵」、「入相」、「薄色」、「香色」などの言葉が解説されています。
 「枕草子以前の万葉集や古今集などには、朝を詠嘆するおびただしい数の和歌が残されているが、そのほとんどは『暁』『東雲』『東雲』『有明』。『秋の夕暮れ』に着目したのは、清少納言が最初であり、清少納言の風流センスは革命的である。」という説も面白いです。
 昼、夜について。秀歌を一日の時間ごとに整理したもの。これらについては、スペースが無くなってきましたので、紹介はこれぐらいにしておきます。

  いにしえの人は、自然の中で時間のうつろいと共に刻々と変わる色彩の変化を繊細に感じとり、多様な「時感語」と「時感色」を駆使して、ありきたりな一日に潜む、自然の美を表現していたのですね。
 一日は、単なる二十四時間という時間の流れではなく、ゆったりと、そしてまた時に、激しく流れる豊穣のドラマなのですね。一日一日を大切に生きるとは、いにしえの人が感じとっていた、この豊穣のドラマの中に身を置き、日々を送ることなのかも知れません。            では。 また。

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コメント

墓石さん おはようございます。
「一日(ワンデイ)歳時記」読んでみたいですね。

10年以上も前になりますが、人並み以上に健康で(健康診断書も問題なし)明るくて一緒にいると楽しかった友達が、TELを終えてその数十分後に亡くなりました。
死因は分からず、自然死ということでした。

あれ以来、人の命のはかなさを思うようになりました。
翌朝、目が覚めることのありがたさを感じ、
自分が生かされている意味を考えたりします。

昔の人はそれがよく分かっていたのかも...
ワンディを楽しみながら一生懸命生きる...

日々の忙しさにかまけて、ともすれば忘れがちになりますが、こんな風流を楽しめる心を持ちたいと思います。

投稿: yasubee | 2014年4月 6日 (日) 08時56分

yasubee さん、おはようございます。

TELを終えて30分後ですか、そんな人もいるんですね。
昔の人は、死というものを、私たち以上に身近に感じていたのではないか、
と私もそう思います。
美しさと悲しさは、微妙に同居していますね。

投稿: 墓石 | 2014年4月 6日 (日) 10時12分

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