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2014年4月

2014年4月30日 (水)

八重桜の里

 先日、24日に宇治田原町の田原川沿いに咲く八重桜を撮りにに行ってきました。宇治田原町の田原川沿いは、「やすらぎの道」と名付けられた遊歩道が整備されています。この遊歩道には八重桜が植えられています。この日は八重桜は満開で、良い天気で青空が広がり、桜がよく映える日でした。毎年のように来ているので、同じような写真になってしまいました。少しは工夫をしたいものですが・・・。難しいです。

 田原川の上流の方から、やすらぎの歩道に入りました。桜は満開状態で、カラシナも良く咲いています。歩きながら様子をみてまわります。まず、たいした工夫もなく撮った3枚です。八重桜は、花が大きいため逆光になると黒ずんで写ってしまいます。順光の方が、色が映えるように思いますが、どうでしょうか・・・。
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   次は、河原におりての3枚です。青空の中に桜を入れてみました。
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   自転車で子供たちが通ります。「こんにちは。」と声を掛けると、「こんにちは。」と声が返ってきました。私は、社会性に欠け、ろくに挨拶も出来ない人間でしたが、最近は挨拶するように心がけています。少し成長したのかも・・・。
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   田舎風のやすらげる風景を捜しましたが、鉄塔や街灯などちょっと近代的過ぎて、成功した写真は無かったです。大きくアップした花も失敗ばかりでした。
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   もう、日が傾いてきました。山の陰になるので、日が隠れるのが早いです。田んぼでは、田植えの準備をしているようです。田んぼが金色に輝いていました。
 ここまでで、本日の撮影は終了です。     では。また。
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2014年4月27日 (日)

海津大崎の桜

 私にとって、今年の桜撮影は不燃焼のままでした。毎年行っている背割り堤も田原川も井出の玉川にも行けなかったのです。
 そこで、先日の4月16日、思い切って琵琶湖の北、海津大崎の桜を見に行ってきました。以前から行きたいとは思いながら、交通渋滞が激しいと聞いていたので、思い切ることが出来ないままでいしたが、利用したタクシーの運転手さんから、平日なら交通規制もなく、車で行くことも可能だとの情報を得て、決行しました。

 朝9時に家を出ましたが、交通渋滞もなく2時間とちょっとで海津大崎に到着できました。道路の路肩は駐車中の車が並んでいます。私も隙間を見つけてチャッカリと駐車させ、水辺の遊歩道へ降りることができました。
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   岬の西の入り口付近は、桜の密度も高く良く咲いていますが、その代わり人出も多いです。しかも、竹生島が見えないという問題点もあります。それで、せっかく止めた車を出して、岬の先の方へと走りました。岬の先へ進むほど、駐車出来る路肩が多く見つかります。竹生島の見える適当な場所で駐車し、竹生島を入れて撮影できました。
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   昼になったので、遊覧船の船着き場にある食堂で昼食をとりました。船着き場から見る2枚風景です。稚鮎を捕る人たちがいました。このようにして捕られた稚鮎は、放流・養殖用として、全国に出荷されるそうです。初めて見ました。
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   この後、駐車場の管理人さんに勧誘されて、遊覧船に乗ることになりました。料金2500円也です。舟の上から見る桜も、また良いものです。さっきの鮎捕りの人たちが、舟からも見えました。三枚目の写真は、舟から下りた後、別の場所で再び遭遇したときのものです。
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   しだいに日も傾いてきました。そろそろ帰路につかねばなりません。竹生島ともお別れです。
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   最後の2枚は、最初に車を止めた付近です。この時間では、車も減り、すぐに路肩に駐車可能な状態でした。夕日が正面に沈むことになり、桜と夕日が撮影できそうですが、帰りのことを考えると、ここで本日の撮影は終了せざるを得ませんでした。残念。次来るときは、夕日を目指して来ます。     では。
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2014年4月23日 (水)

流れ橋開通

 昨年の大雨で流されていた「流れ橋」が、今日から通れるようになりました。夕方、早速、撮影に行ってきました。 工事の影響で傷ついて、カラシナは少し量が少なかったですが、黄色いカラシナに飾られた流れ橋に出会えました。まず、全体像がよく分かる写真から。
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   カラシナを赤く染めて日が傾き始めました。行き交う人も、夕日に赤く照らされています。
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   夕日の三枚です。最後の写真は、流れ橋の上から撮った夕陽の中のカラシナです。
 短時間の撮影でした。 とりあえず、まずは開通のお知らせです。
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2014年4月20日 (日)

二十四節気「穀雨」2014

  4月20日は、二十四節気の一つ「穀雨」でした。暦便覧によれば、「春雨降りて百穀を生化すれば也」です。この頃は、柔らかな春の雨が降り、すべての穀物にとって、この水は、成長のための恵みの水となります。
 七十二候は次の通りです。
 ★初候: 4/20~: 葭始めて生ず ( 水辺の葦が芽吹く頃)
 ★次候: 4/25~: 霜止で苗出ずる( 霜が降りなくなり作物の苗が育ち始める頃)
 ★末候: 4/30~: 牡丹はなさく  ( 牡丹が開花する頃)
    5月5日が次の節気「立夏」です。

 季節の変化は、新たにやって来たものと去りゆくもののすれ違いの上に成り立っています。桜の時期は、ほぼ終わりました。いきなりですが、去っていった桜を惜しんで万葉集から二首。まず、 柿本人麻呂です。旅先で詠んだ漂泊感漂う歌ですね。
   ~♪桜花 咲きかも散ると 見るまでに 誰れかもここに 見えて散り行く♪~
  意味::桜の花が咲いて散るのを見るように、誰なのでしょう、ここに集い、そして散り行く・・・・
  次は、作者不詳の一首。好きな人に死なれてしまった悲しみを詠います。
  ~♪ 春さらば かざしにせむと 我が思ひし 桜の花は 散りにけるかも ♪~
意味:春になったら、髪飾りにしようと思っていた桜の花は、散ってしまった・・
 木津川土手では、桜に代わって、黄色いカラシナが主役になってきました。
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   良く晴れた日、木津川土手沿いに国道一号線を越えて、京阪電車の鉄橋付近まで、カラシナ撮影に行ってきました。
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   夕日は、近鉄富野鉄橋付近で迎えました。なぜか、家族が集団で駆けていきました。犬を散歩させる人が通ります。
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   田んぼや畑では、春の農作業が進んでいます。「穀雨」の日当日は、夕方から雨になりましたが、前日までは良い天気が続き、畑の水やりは大変そうです。
 城陽の名産、寺田芋の畑でも、植え付け準備が完了です。
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   城陽のカキツバタも開花を始めました。
 大榎も目立たないですが、花を咲かせています。城陽市指定名木荒見神社参道の大榎と長谷川河口の大榎です。荒見神社の大榎は二股です。
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   城陽市の鴻ノ巣山では、八重桜が咲いています。
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   カエデの若葉も美しい時期になりました。この鳥はヒヨドリ?
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   隣町の井手町玉川沿いでは、山吹の花が満開を迎えています。この玉川の上流には、聖武天皇の時代に権力をにぎった橘諸兄の邸宅があり、山吹の花を植えさせ愛でていたそうです。 ここで一首。大正の歌人、中村三郎作です。
   ~♪  山吹の 咲きのさかりの 花かげに 昼を久しき 落水の音 ♪~
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   では、今節は、玉川の河原で、花の流れとともにお別れです。 では。また。
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2014年4月18日 (金)

定期診察の日(72)

  今日は、KS病院の定期診察に行ってきました。朝、雨が降っていましたので、傘をさしての病院です。病院へ着いた頃には、雨はあがっていました。こういう場合、傘を忘れることが多いですが、やはり、会計を済ませた後、傘を忘れて帰りそうになりましたが、病院職員の方が知らせてくれたので、傘は忘れずにすみました。
 さて、結果ですが、血小板数は、ほぼ横ばいの71万/μlでした。ヘモグロビンも前回と同じで横ばいでした。同じ量の薬でも、以前のようには数値は下がらないです。年齢と共に、薬の効きは悪くなるとのことです。
 中性脂肪、カリウム、LDH、γGTP、尿酸値などは異常値のままです。
 足の痺れや脇腹の違和感、微熱、立ちくらみなどの症状も相変わらずです。
 前回とほぼ何も変わったことはないので、坦々とした変化のない診察でした。
 「この先、急激な破綻が来ることもあるんですか?」という質問に、主治医は、「何%
かの確率で、そう言う場合もあります。」と、一般論を語っただけでした。他に質問することもまとめていなかったので、短時間で診察は終了しました。
 それから、糖尿病のHbA1cの検査は、6.5から6.3に下がりました。食事のコントロールで、体重は1kgほど減りましたが、数値は思っていたほど下がっていなかったです。引き続き努力します。 
             では。 また。

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2014年4月16日 (水)

宇治川ラインダム湖の桜

 山城地方では、遅咲きの八重桜はこれから満開ですが、ソメイヨシノなどの主だった桜は、ほぼ終了しました。私は、木津川土手など、家の近くの桜しか撮影に行けなかったです。何となく気合いが入らず、毎年行っている背割り堤の桜へも行かなかったです。どこか微妙に体調が悪く、気力が出なかったかも知れません。
 先日、良い天気が続いたので、何とか気を取り直し、山城地方では一番桜の開花が遅い、宇治川ラインの桜を撮影してきました。桜は落花の最中でしたが、なんとかまだ残っていてくれました。

  宇治川ラインというのは、正式名は「京都府道3号大津南郷宇治線」で、天ヶ瀬ダム沿いの道です。このダム湖を囲む山の斜面に、たくさんの桜が咲いています。ほとんどが、人の手が加わらない、自然のままの山桜が多いです。
 午後、日が傾きかけると、さざ波に湖面がキラキラと輝きますが、今年は、浮いているゴミが多いです。良い光を待ってもダメですね。
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   湖面を入れてたアングルで、良い場面捜しますが、なかなか良い場所が・・・。
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   ダム湖を取り囲む山々には、山桜が実に伸びやかに咲いています。妖艶な桜と言うよりは、実に力強い桜です。
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   アップにすると、また一段と力強さが出ますね。神社・仏閣で見る桜は洗練された美しさですが、野性的な桜もいいものです。
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   次の一枚目、蔦にからみつかれて、幹が見えなくなっていますが、花はしっかりとつけています。生命力を感じますね。
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   次の一枚目、赤いスポーツカーが通ったので、次に、色の目立つ車かバイクが来るのを待ちました。 逃がした魚は大きい? 世の中甘くない? 待ちぼうけでした。
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   新緑の美しさも目立つようになってきました。季節はどんどん進んでいきますね。
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   帰り、宇治田原町の高尾へも寄ってみました。やはり赤い花が咲いていました。
 ハナモモだと思うのですが、少し木が大きすぎるような・・・。 ??。
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   日が傾いてくると、山の端がライン状に照らされて美しく輝きます。良い時間に来ました。 最後の写真は、墓地から見た京都市内です。  では。また。
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2014年4月10日 (木)

鴻ノ巣山の三つ葉ツツジと桜

 城陽市東部の丘陵地帯を鴻ノ巣山と言います。水度神社の裏山という感じです。この神社の中を通りぬけ、山を越えると鴻ノ巣運動公園です。その先は、青谷方面へつながっています。山城古道と呼ばれている道です。
 この鴻ノ巣山では、今、三つ葉ツツジが満開となっています。今日は、この鴻ノ巣山をご案内しましょう。(桜は落花中)

 家を出発し、水度神社の参道を進みます。参道は巨木が並んでおり、高校や医院、幼稚園、教会などがあり、静かな雰囲気の道です。
 一枚目の写真、小学生が写生に出かけるようです。
 神社の中を通り抜け山道に入ります。少し進むと、三つ葉ツツジが登場します。二枚目の写真です。
 三枚目は、同じツツジを見下ろしたところです。
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   ツツジと山道です。同じような構図で申し訳ないです。
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   神社から10分ほどで休憩所です。次の一枚目は、休憩所から見える階段です。この階段を上がると、ベンチが置いてある桜見台という場所です。この階段の周辺が、私のお気に入りの撮影場所です。
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   桜見台への道を登る人、下る人。
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   一枚目は、階段のある場所を引いて撮りました。今日、付近は落花が激しいです。
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   階段にこだわっていないで、花菖蒲池のところで、桜とつつじを引いて撮りました。
このおばさんは、この後、かなりの時間よく寝ていました。
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   花のアップは苦手なのですが、一応撮っておきます。
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   竹藪があって、その側にツツジが咲いているのですが、竹藪が荒れているので、竹との組み合わせは、ちょっと無理ですね。
 レンギョウも咲いていましたが、三つ葉ツツジと比べるとちょっと地味ですね。
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    夕日が射して来ると、ちょっと雰囲気が変わってきます。
 お別れは、参道の途中にある白鳥幼稚園の桜です。
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2014年4月 5日 (土)

二十四節気「清明」2014

 4月5日は、二十四節気の一つ「清明」でした。江戸時代の暦便覧によれば、「万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれる也」とあります。清浄明潔。若葉が萌え出し、花は咲き、鳥は歌う、総ての生命が輝く春本番です。
 七十二候は、次の通りです。
  初候:4月 5日~  「玄鳥至る」      南からツバメがやってくる頃です。
 次候:4月10日~  「鴻雁かえる」       雁が北へ帰っていく頃です。
 末候:4月15日~  「虹始めてあらわる」 初めて空に虹がかかる頃です
              4月20日が次の節気「穀雨」です。
 2010年の「清明」より、二十四節気に合わせて写真を掲載してきました。それもいよいよ5年目に入りました。この企画も惰性のように続いて行きます。
  4月5日は、京都府南部は少し寒く、天気も今一つです。昨日は、強風の大荒れでした。天気の調子がちょっと悪いですね。

 では、最近の木津川土手周辺の様子を紹介しましょう。
 田んぼの畦道には、タンポポの綿毛です。ホトケノザの紫がよい味を添えています。2枚目、白く見えているのは、帰化植物のオランダミミナグサです。3枚目、ホトケノザが夕日の方を指さしているように見えます。
 日本古来のミミナグサは、最近では、めったに見つからないそうです。古来のミミナグサは、「枕草子」にも登場します。古の人は、野の草でも楽しんでいたようです。
   【七日の日の若菜を】(枕草子)
 七日の日の若菜を、六日、人の持て来、さわぎとりちらしなどするに、見も知らぬ草を、子どものとり持てきたるを、「なにとか、これをばいふ」と問へば、とみにもいはず、「いま」などこれかれ見あはせて、「耳無草となむいふ」といふもののあれば、「むべなりけり。聞かぬ顔なるは」
  【訳】
   正月七日の若菜の準備で、六日、一騒ぎしていると、見たことのない草を子供が持ってきたので、「何と言う草か」と尋ねると、すぐには答えられず、お互い顔を見合わせたりしている。中の誰かが「耳無草と言います」と言ったので、道理で話が聞こえないような顔をしていること、と大笑いになった。
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   木津川の傍を並行して流れる古川の土手に、たくさんの土筆が出ています。今年は、特に多いように思います。ビニール袋一杯に、土筆を採っているおばさんに、土筆の食べ方を聞きました。「まず、袴を取る→ゆでる→醤油、砂糖、味醂で味を付けて煮る→卵でとじる」が、一番ということでした。
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   木津川土手にも大量の土筆が出ています。やはり、おばさんが土筆採りです。私などは、土筆を傷つけないように注意をして撮影しているのですが、おばさんたちは、容赦なく無慈悲ですね。いや、優雅なスローライフかも。
 草の先から、天道虫が飛び立ちました。
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   城陽市観音堂では、菜の花や桃の花が満開になりました。
 ここで、尾上柴舟の一首を。
    ~♪ 神の世の 夕日を浴びて菜の花の かをりの中に 立つはたゞわれ ♪~
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   菜の花と桜。よく手入れされた桃畑。カキツバタは、まだ葉が伸び始めたところです。水に桃の花が映っていますね。
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   城陽市東部の山手、鴻ノ巣山に桜と三つ葉ツツジが咲きました。時々、散歩の人が通ります。
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    花に囲まれて、時を過ごすのもなかなか贅沢な楽しみですね。
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   木津川土手の桜も満開です。近鉄富野鉄橋のたもとの桜です。様々の人々が、桜の木の傍を通り抜けていきます。ぼんやりと佇んでいると、通り過ぎる人々が、春風のように思えてきます。 ここで、三ヶ島葭子の歌を一首。
 ~♪ さくら花 今をさかりと咲きたれば うつしみのいのち 寂しくなりぬ ♪~
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   次は、富野桜堤の桜です。草の上に座り込んで、のんびりと撮影です。春休みの子供らも通ります。私には、身近にある木津川土手の桜で十分楽しめます。
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   結局、今年はどこへも桜見物に行かずに終わりです。遠くまで行く元気が無くなっています。この日も、富野桜堤で夕日を迎えました。
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   最後の一枚は夕日です。では。また。 次は「穀雨」です。
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2014年4月 3日 (木)

金田一秀穂監修「一日歳時記」

Onedays  金田一秀穂監修による「一日(ワンデイ)歳時記」(小学館)を読みました。拙い感想を書きます。

 私の人生も残り少なくなってきました。一日一日を大切に生きたいと思います。しかし、一日とはいったい何でしょうか?朝と昼と夜。時間にすれば24時間。一日を構成しているのはいったい何なのでしょうか? この本は、そんな疑問に、日本古典文学からの答えを与えてくれます。
 清少納言の枕草子は、「春は曙・・・。夏は夜・・・。冬はつとめて・・・。」と書き始めます。「曙」も「つとめて」も朝です。朝にも多様な姿があり、表現も違うのです。著者は、「時感語」と「時感色」という言葉を使って説明してくれます。
 ・・・・いにしえの日本人は、なぜかくも夜が白みゆく時間の流れに敏感だったのか? 甦る日輪と、世界が日々再生される驚異。神々しい造化が見せる、最も美しい一瞬一瞬を感得する眼差しの豊穣さ。そこから紡ぎ出されたのが、朝の「時感語」と「時感色」です。・・・・
 朝の言葉を、「時感語」として、時間経過を整理すると次のようになるそうです。
  ◎暁→曙→東雲→あさけ→つとめて→朝ぼらけ→あさまだき→かはたれ
 その他にも、朝の言葉として、「昧爽・昧旦」、「かはたれ星」、「払暁」、「鶏鳴」、「有明」、「夜明け」、「未明」、「あした」などの言葉が説明されています。
 朝の「時感色」は、最も一般的な「曙色」、「東雲色」。色相の微妙な違いにより、「薄曙」、「曙紅」、「曙霞色」。どんよりと曇った「鳩羽鼠」または「鳩羽紫」。くすんだ朱色の「洗い朱」などです。
 古くは、通い婚制度だったため、朝は別れを意味します。いにしえの人は、夜から朝にかけての時間の流れに、極めて繊細であったとの指摘は、面白いです。

  「黄昏」については、次のように説明しています。
 ・・・・やるせない生の幻想性を際立たせる無常観への誘惑。日輪が沈むとき、宇宙が演じる混沌への尊崇の念。あまりに劇的な天地流動への畏敬。瞬く間に押し寄せ、大地や山や海や草花を寂寥の色に覆い尽くす、闇への恐怖。朝の清新さ、昼の高揚感、夜の静謐に対して、眩暈がするほどの変幻性。・・黄昏とは、茜空にたぎる血潮のような光芒(いのち)のはかなさと、闇(死)に向かって疾走する無情迅速の運命(さだめ)を思い知らせる、神々のドラマだった・・・・。
 夕の時感語の流れは、次の流れが基本だそうです。 
  ◎黄昏→夕さり→夕まぐれ 
  「黄昏」、「彼誰時」、「火点し頃」、「雀色時」、「逢魔が時」、「天が紅」、「夕まぐれ」、「暮れ泥む」、「白宵」、「入相」、「薄色」、「香色」などの言葉が解説されています。
 「枕草子以前の万葉集や古今集などには、朝を詠嘆するおびただしい数の和歌が残されているが、そのほとんどは『暁』『東雲』『東雲』『有明』。『秋の夕暮れ』に着目したのは、清少納言が最初であり、清少納言の風流センスは革命的である。」という説も面白いです。
 昼、夜について。秀歌を一日の時間ごとに整理したもの。これらについては、スペースが無くなってきましたので、紹介はこれぐらいにしておきます。

  いにしえの人は、自然の中で時間のうつろいと共に刻々と変わる色彩の変化を繊細に感じとり、多様な「時感語」と「時感色」を駆使して、ありきたりな一日に潜む、自然の美を表現していたのですね。
 一日は、単なる二十四時間という時間の流れではなく、ゆったりと、そしてまた時に、激しく流れる豊穣のドラマなのですね。一日一日を大切に生きるとは、いにしえの人が感じとっていた、この豊穣のドラマの中に身を置き、日々を送ることなのかも知れません。            では。 また。

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