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2014年2月 8日 (土)

カンサンジュン著「心の力」

Kokorochikara  姜 尚中(かんさんじゅん)著「心の力」を読みましたので、拙い紹介を書かせていただきます。姜 尚中氏は、聖学院大学全教授、東京大学名誉教授、政治学・政治思想史の専攻です。
 この本は、夏目漱石の「こころ」とトーマス・マンの「魔の山」を読み解くことにより、閉塞感と不安に満ちた現代という時代を生き抜くために、「心の実質を太くする」には、どうすればよいかを説いています。「魔の山」の主人公、ハンス・カストルプと、「こころ」の主人公、河出育郎(これは姜氏が勝手に命名)が、戦後に出会うという、架空の小説も合わせてセットされていて、ちょっと面白い書き方になっています。

 著者は、現代とは、グローバル資本主義が地球を覆った時代であり、「地域や階層の間にある格差や貧困の拡大、金融優先の経済システムのモラルハザード、激化する優勝劣敗や雇用不安、ヘイト・スピーチや隣人への無関心など、多くの不幸や憎悪がばらまかれ、そうした問題に取り組んでゆく制度や仕組みさえ廃れ」た時代であると捉えます。
 陰湿ないじめ、無差別な凶行、ネットを駆けめぐるスケープゴート叩き、国粋主義を彷彿とさせるヘイトスピーチ。グローバル資本主義の敗者たちや没落の不安に怯える人々が排外主義や社会の「異物」への攻撃にはけ口を見出す傾向など、現代の荒廃した心は思った以上に危険ラインに近づきつつあるのではないか、漱石やトーマス・マンが描いた「心が失われた時代」から、私たちはすでに「心なき時代」の心に向き合っているのではないか、と述べています。
 現代の社会はなぜ生きづらいのか、著者は三つの視点を提示しています。
 一つめは、グローバリゼーションの進行が、人々の価値観を画一化させたことです。心の豊かさとは、複数の選択肢を考えられる柔軟性があることですが、しかし、人々は画一的な価値観に固執し、それについて行けない自分の方を否定してしまうのです。
 二つめは、人と人との繋がりが薄れていることです。「社会とは、みなが互いを支え合うネットワークである」という時代に代わり、新自由主義は、「社会は存在しない。あるのは個人かせいぜい家族」、「すべては個人責任」という時代をもたらしたのです。個人は、バラバラにされ、競争原理の中に投げ込まれているのです。
 三つ目は、発想力の貧困です。価値が画一化し、発想力が貧困になり、失敗しても誰も助けてくれず、失敗を恐れ萎縮し、目指す目標もなく、恐怖にかられ、せせこましい競争に神経をすり減らしながら、人はただ闇雲に走り続けているのです。
 著者は、このような現代を生き抜くための心のあり方として、「偉大なる平凡」を提案しています。「偉大なる平凡」とは、「魔の山」の主人公、ハンス・カストルプに見ることができると言います。マンは、「魔の山」で、山上のサナトリウムを舞台に、療養生活をする多様な人々が、それぞれの思想や文化に立脚し、様々の多様な意見を闘わす様子を描きました。ハンスは、多様な思想や価値が衝突する中で、苦悩しながらも自分の道を歩んでいくのです。英雄的にでもなく、激しく死を求めるのでもなく・・・。
 著者は、漱石の「こころ」の主人公、「私」の中にも「偉大なる平凡」を見ています。「私」は、天才でもなく、時代に押し流されるのでもない、「先生」に心酔しながらも、どこか醒めていて、悩みながらも、しぶとく自分の道を進んでいくところです。
 「明日をのみ思い煩うな。死に急ぐな。死者と手をつなぎ過去から学び、多様な価値と接し、多くの選択肢を持とう。その中から自分なりのものを選び、まじめに生きよう。ダメだったらしぶとく出直そう。自己を否定するのではなく・・・。偉大なる平凡!!」
 この本からのメッセージを、こんな凡俗なまとめ方をしたら、文学性は台無しです。本一冊を短く要約するなど、失礼な話ですね。お許しください。

 では、一言感想を。
 資本主義は今、新自由主義の時代に入っています。新自由主義がもたらしたのは、低賃金、低福祉、自由競争、自己責任の社会です。すべてが市場の競争の中に投げ込まれ、利潤の追求が至上のものとされ、公共の福祉さえもが市場化され投資の対象となっています。人々は、きびしい競争に巻き込まれ、敗者と勝者に選別され、格差社会が進んでいます。現在、非正規労働者は4割に迫っています。多くの労働者が使い捨ての労働者として扱われているのです。
そんな社会が進行する中で、「偉大な平凡」という心のあり方を抱いた若者たちは、新自由主義と対峙する生き方を選択してくれるのでしょうか? 心というとらえどころのない観念の闇の中で、迷子にならないのでしょうか? ・・・これは、ちょっと愚かな質問ですね。問題意識が少しずれましたか?  この本、お薦めします。では、また。

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