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2014年2月26日 (水)

有朋自遠方来 不亦楽

 先日、古い友人のTk氏と会い、食事を共にすることができました。この時、私の頭の中を論語のフレーズが駆けめぐっていました。
   朋有り遠方より来たる  亦楽しからずや。
   人知らず、而して愠みず 亦君子ならずや。
 これは、「友が遠方から訪ねて来てくる。これも嬉しいことである。他人に理解されなくとも気にしない。それは立派なことである。」といった意味だと思います。

 Tk氏と出会ったのは、今から40年も前、教師になった年のことでした。この時、Tk氏の呼びかけで、若者だけの理科教育研究サークルが結成されました。私は、このサークルの仲間から多くの事を学びました。わかりやすい授業のための技術的なことはもちろん、人間として、教師として、決して失ってはならないものをです。その当時のことは、昨日のことのように思い出すことができます。ここでの付き合いは、私の長距離の転勤により、4年で終わりました。わずか4年の付き合いでしたが、同じ志を抱き、共有した時間は、私にとって、かけがえのないものとなりました。古い友人とは、かけがえのない時間を共有している人のことを言うのでしょう。人生とは、かけがえのない記憶の連鎖でできています。古い友人と語り合うということは、過去の自分たちと語らうということでもあり、過去と現在を行きつ戻りつしながら、自分たちの歩んできた人生の鎖を、俯瞰的に捉え直すということなのだと思います。

 歳が歳だけに健康問題が多くなるのは当然ですが、お互いの近況報告をしました。
 Tk氏は、完全にフリーになった今、NHK放送大学の理数コースに入学して勉強を続けているということでした。また、若い頃より勉強していたヘーゲル哲学を深めるため、月一度、遙々名古屋までヘーゲル哲学のゼミに通っているとのことでした。受講者が輪番で、ドイツ語の原文を訳し、自分なりの理解を講義し、先生の指導の元で、お互いが討論を深める形式だそうです。あくまでも、より高みを目指して学問を続けているTk氏の姿には、頭が下がる思いです。
 学問とは、「人知らず、而して愠みず 亦君子ならずや。」です。人からの評価を気にするのではなく、自らが一歩でもより高みを目指して登り、より高いところから、自然や社会、自分の人生を俯瞰し、仲間と知識を交流し対話する、これこそが学問です。例えば、動植物の生態について知識を深めることにより、森や自然とより深く対話することができます。環境問題についても、より深く理解することができます。仲間とより深く結び合うこともできます。
 自然や社会に対する知識を深め、知識を交流し、学問を通して朋と語り合う、これが学問の楽しみです。まさに、「朋有り遠方より来たる。亦楽しからずや。」です。

 今、「学問」という言い方は、急速に死語になりつつあるように思います。「新自由主義」、「市場原理主義」の競争社会の中で、学校は、共に学び合い、真理を追求する場所ではなくなり、学力競争の場と化しました。学生には、企業から選ばれるための「スキルアップ」、「コミュニケーション能力の向上」が求めら、競争の中に追い立てられています。「就活」と呼ばれる競争がそれです。企業が求めるコミュニケーション能力とは、英語力、顧客に気に入られる能力、職場の空気を読み周囲と上手に協調する能力です。学問のもたらすコミュニケーション(対話)とは、次元を異にするものです。学問による対話には、真理の探究と、対話する喜びが含まれています。「朋あり・・亦楽しからずや。」です。
 私たちが生きてきた時代は、「学問」という言葉の香りが、まだかすかに残る時代であっように思います。

 グラスワインを飲みながらの数時間は、あっという間に過ぎました。短い時間でしたが、私にとってはかけがえのない貴重な時間でした。人生の中で忘れかけていた「熱い思い」や「懐かしい記憶」を呼び戻すことができた気がします。人生は記憶の連鎖で出来ています。記憶を呼び戻し、確かなものにするということは、自分自身の人生を確かなものにするとことであると思います。 ありがとうございました。
            朋有り遠方より来たる  亦楽しからずや。
      人知らず、而して愠みず 亦君子ならずや。

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コメント

墓石さん、初めまして!

かけがえのない貴重な時間を共有できる友がいることは、本当に幸せなことですね。

私も昨年、高校卒業以来、一度も会っていなかった同級生と40年ぶりに再会しました。
学生時代は特に親しかったわけでもなく、ただイメージだけで彼女を見ていましたが、語らう時間が増えるにつれ晩年を過ごす時間を心豊かにしてくれる友になりそうな気がします。

若い頃に出会った友人は、時を経ても一足飛びにあの頃に戻りますね。
人生のトレーニングの時代を一緒に勉強して過ごした仲間という意識が心の隅にあるからでしょうか?

仕事を始めてからは、仕事に関する本や自己啓発、趣味の時代小説などはそれなりに読んできました。
リタイアが間近になった今、あの頃、机上の学問が足りなかった分を取り返したい自分がいます。

学生時代、成績の良かったその旧友に刺激されて..(笑)

投稿: yasubee | 2014年3月 1日 (土) 13時31分

yasubee さん、こんにちは。コメントありがとうございます。

yasubee さんは、定年退職が近づいているのですね。
私の場合、退職して分かったことですが、義務感で多くの人とつきあって、
来たんだなあという気持ちを持ちます。
本当の意味での人間関係を大切にしてこなかったことが悔やまれます。

投稿: 墓石 | 2014年3月 1日 (土) 17時10分

>古い友人と語り合うということは、過去の自分たちと語らうということでもあり、過去と現在を行きつ戻りつしながら、自分たちの歩んできた人生の鎖を、俯瞰的に捉え直すということなのだと思います。

墓石さん こんばんは。(*^_^*)
そうですね。その通りですね。私も同窓会や、また
古い友人と会うのが嬉しいです。

貴女の様な学問はしなかったですが、共に思いを
共有し、燃えた事は掛け替えのない思い出でしょ。
良い時を過ごされましたね。

学問ていいですね。私には憧れです。

投稿: 輝子 | 2014年3月 4日 (火) 18時46分

輝子さん、こんばんは。コメントありがとうございます。

ほんとに良い時間を過ごすことができました。感謝ですね。

ブログ拝見しています。レディースランチョンという催しがあるんですね。
初めて知りました。信仰で結ばれた関係というのは、強固で素晴らしいですね。

「豪雪の朽木」、「琵琶湖、朝景夕景」拝見しました。
いいですね~。私は、琵琶湖の北の方、あまり行けていないので、
行き方を勉強してみます。

投稿: 墓石 | 2014年3月 4日 (火) 20時22分

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