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2014年2月

2014年2月26日 (水)

有朋自遠方来 不亦楽

 先日、古い友人のTk氏と会い、食事を共にすることができました。この時、私の頭の中を論語のフレーズが駆けめぐっていました。
   朋有り遠方より来たる  亦楽しからずや。
   人知らず、而して愠みず 亦君子ならずや。
 これは、「友が遠方から訪ねて来てくる。これも嬉しいことである。他人に理解されなくとも気にしない。それは立派なことである。」といった意味だと思います。

 Tk氏と出会ったのは、今から40年も前、教師になった年のことでした。この時、Tk氏の呼びかけで、若者だけの理科教育研究サークルが結成されました。私は、このサークルの仲間から多くの事を学びました。わかりやすい授業のための技術的なことはもちろん、人間として、教師として、決して失ってはならないものをです。その当時のことは、昨日のことのように思い出すことができます。ここでの付き合いは、私の長距離の転勤により、4年で終わりました。わずか4年の付き合いでしたが、同じ志を抱き、共有した時間は、私にとって、かけがえのないものとなりました。古い友人とは、かけがえのない時間を共有している人のことを言うのでしょう。人生とは、かけがえのない記憶の連鎖でできています。古い友人と語り合うということは、過去の自分たちと語らうということでもあり、過去と現在を行きつ戻りつしながら、自分たちの歩んできた人生の鎖を、俯瞰的に捉え直すということなのだと思います。

 歳が歳だけに健康問題が多くなるのは当然ですが、お互いの近況報告をしました。
 Tk氏は、完全にフリーになった今、NHK放送大学の理数コースに入学して勉強を続けているということでした。また、若い頃より勉強していたヘーゲル哲学を深めるため、月一度、遙々名古屋までヘーゲル哲学のゼミに通っているとのことでした。受講者が輪番で、ドイツ語の原文を訳し、自分なりの理解を講義し、先生の指導の元で、お互いが討論を深める形式だそうです。あくまでも、より高みを目指して学問を続けているTk氏の姿には、頭が下がる思いです。
 学問とは、「人知らず、而して愠みず 亦君子ならずや。」です。人からの評価を気にするのではなく、自らが一歩でもより高みを目指して登り、より高いところから、自然や社会、自分の人生を俯瞰し、仲間と知識を交流し対話する、これこそが学問です。例えば、動植物の生態について知識を深めることにより、森や自然とより深く対話することができます。環境問題についても、より深く理解することができます。仲間とより深く結び合うこともできます。
 自然や社会に対する知識を深め、知識を交流し、学問を通して朋と語り合う、これが学問の楽しみです。まさに、「朋有り遠方より来たる。亦楽しからずや。」です。

 今、「学問」という言い方は、急速に死語になりつつあるように思います。「新自由主義」、「市場原理主義」の競争社会の中で、学校は、共に学び合い、真理を追求する場所ではなくなり、学力競争の場と化しました。学生には、企業から選ばれるための「スキルアップ」、「コミュニケーション能力の向上」が求めら、競争の中に追い立てられています。「就活」と呼ばれる競争がそれです。企業が求めるコミュニケーション能力とは、英語力、顧客に気に入られる能力、職場の空気を読み周囲と上手に協調する能力です。学問のもたらすコミュニケーション(対話)とは、次元を異にするものです。学問による対話には、真理の探究と、対話する喜びが含まれています。「朋あり・・亦楽しからずや。」です。
 私たちが生きてきた時代は、「学問」という言葉の香りが、まだかすかに残る時代であっように思います。

 グラスワインを飲みながらの数時間は、あっという間に過ぎました。短い時間でしたが、私にとってはかけがえのない貴重な時間でした。人生の中で忘れかけていた「熱い思い」や「懐かしい記憶」を呼び戻すことができた気がします。人生は記憶の連鎖で出来ています。記憶を呼び戻し、確かなものにするということは、自分自身の人生を確かなものにするとことであると思います。 ありがとうございました。
            朋有り遠方より来たる  亦楽しからずや。
      人知らず、而して愠みず 亦君子ならずや。

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2014年2月23日 (日)

二十四節気「雨水」2014

 2月19日は、二十四節気の一つ「雨水」でした。江戸時代の暦便覧によれば、「 陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となれば也 」とあります。積もった雪も融け始め、雪も雨に変わる頃です。低気圧と高気圧がし交互に通過し、「三寒四温」と呼ばれる気象現象の始まりの頃です。春一番が吹くのもまもなくです。
 この節気の七十二候は、次の通りです。
★初候 :2/19~ : 土の脉潤い起こる  つちのしょう うるおいおこる
★次候 :2/24~ : 霞始めてたなびく  かすみはじめてたなびく
★末候 :3/1~  : 草木萌え動る    そうもく めばえいずる
   3月6日が、次の節気「啓蟄」です。
 この節気は、大地が潤い始め、春霞が立つようになり、草木も芽を出し始める頃です。大地から温さが湧いてくるという感覚は、土と共に暮らしている人ならではの感覚です。太陽の熱で温められるという理解は、科学的であっても生活感に欠けますね。都会の人は、地面のコンクリートから温かくなっていくという感覚を持てるでしょうか?
 「雨水」という節気は、気象協会のアンケートでも、最も認知度が低いそうです。大地の下で静かに起こっている変化を感じとる感性を、現代人も取り戻したいものですね。

 「雨水」の記事を書くのが、随分遅くなりました。その理由は、最近の異常な寒さです。すっかり寒さに負けて、引きこもり生活になり、散歩写真に出かけていませんでした。それでも、寒風の中を短時間ですが撮影してきましたので、最近の季節の状況を報告させていただきます。
 まず、至る処で梅の開花が始まっています。まず、水度神社境内、鴻ノ巣山の散策道に咲いている梅です。
 梅は、近づくとほんとに良い臭いがします。香りを楽しみながら、梅の世界に入っていく、これが梅の花鑑賞の楽しみですね。写真には、臭いは写りませんが・・。
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   梅は、枝がうるさくなるので、標準ズームでは撮りにくい被写体です。大きなボケが期待できる大口径レンズやマクロレンズを使いたいところですが、散歩写真の趣旨にはずれますね。
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   梅以外の花ですが、椿か山茶花かよく区別のつかない珍しい花が、参道に咲いていました。花が丸ごと地面に落ちていたので、椿かも?
 ロウバイは、黒ずんで終わりが近づいています。
 鈴掛(?)の実が、風に揺れていました。
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   観音堂方面では、タンポポやホトケノザに出会えました。蓮が溶けるように最後を迎えていました。
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   木津川土手周辺では、ネコヤナギがますます白く膨らみ始めました。夕日に照らされると、温かさがますます大きく膨らみます。
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   古川には、いつもサギが餌を探しています。一枚目の写真、サギが真っ直ぐに首を伸ばしています。これは、警戒のポーズです。これ以上近づくと飛び立ちます。標準ズームではこれが限界です。
 カキツバタの芽生えも順調のようです。
 寺田堤の土手には、水仙が花をつけています。
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   お別れは、夕刻の土手です。寺田堤の2枚。最後は、大榎に沈む夕日です。
    では。 また。
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2014年2月21日 (金)

定期診察の日(70)・骨髄増殖性腫瘍患者会

今日は、KS病院の定期診察に行ってきました。風の強い寒い一日でした。混雑はなく、予約通りの時間に診察が始まりました。

 さて、結果ですが、血小板数は、横ばいの76万/μlでした。薬を服用しているにもかかわらずほとんど下がらないです。以前なら、同じ量でも5万づつくらい下がっていたのですが。長期的にじりじり下がってきていた白血球と赤血球は、ちょっと増加しました。ヘモグロビンも少し回復しました。造血の機能が、まだまだ良く働いているんでしょうかね?   素人考えで、かってに、これは良いことだと思っていますが・・・。
 中性脂肪、カリウム、LDH、γGTP、尿酸値などは異常値のままです。尿酸値は、83でしたが、これって結構高いと思うのですが、薬は無しです。
 足の痺れや脇腹の違和感、微熱、立ちくらみなどの症状も相変わらずです。最近、朝起きると、少し滲む程度ですが、いつも鼻血が出ています。口内炎がひどいです。二日に一回は出血しています。
 今回、HbA1cの検査が入りました。6.5でした。食事で、まだ何とかなる範囲なので、食事のコントロールと運動で頑張ることになりました。
 抗ガン剤の量は変わらずですが、バイアスピリンは、しばらく中止して様子をみることになりました。なにしろ出血がなかなか止まりにくいですからね。

   【余談です】  ・・・情報です・・・。
 ・本態性血小板血症(ET)、真性赤血球増加症(PV)、原発性骨髄線維症(PMF)を対象とする『骨髄増殖性腫瘍患者・家族会(MPN-JAPAN)』のホームページが立ち上がったようです。この病気の解説なども出ています。
   『骨髄増殖性腫瘍患者・家族会(MPN-JAPAN)』
            http://mpn-japan.org/index.html
また、新着情報などは、次のFaceBookのページで見ることができるそうです。
            http://www.facebook.com/mpnjapan

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2014年2月19日 (水)

雪の禅定寺残り柿

 2月14日の雪の写真の続きです。城陽市内で撮影の後、宇治田原に向かいました。目指すは、前回、雪が無くて不満だった高尾です。今回、雪は十分です。
 しかし、雪が多すぎました。対向して来た車との離合で手間取りました。どうやら下校する子供を迎えに行く車のようです。車の窓を開けて雪の状態を聞いたところ、かなり厳しいという話でした。この後も、子供を迎えに行く車が何台か来るそうです。住人の方に迷惑がかかりそうなので、高尾へ行くのは諦めました。
 それならと、湯屋谷を目指しましたが、湯屋谷の峠が通行止めになっていました。雪が多すぎるのも、困ったことです。
 というわけで、禅定寺の茶畑で残り柿を写すことにしました。ここの茶畑には、近年、撮影に来たことは少なかったです。最も多く写真に撮られていたMさんの家の茶畑に被いが付けられたためです。(1枚目の写真)
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   柿の木をいろいろな角度から狙ってみました。雪が多いので、道路の上からしか狙えませんでした。
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   農機具小屋と柿の木をいろんな角度から撮ってみました。農機具小屋にしては、ちょっと立派すぎる家です。ひょっとすると、人が住んでいるのかも?
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   今年最後の雪の写真だと思うと諦めきれず、この後、宇治川ラインに行ってみました。しかし、雪があるので、空き地が雪で塞がれて車を止める事が不可能でした。やっと、橋を塞ぐ形で車を止めましたが、カメラの中に水分が入って、レンズの内側に水滴がついてしまいました。どうしても取れません。悲惨に曇った写真ですが、1枚。
 ここで、本日は撤退です。今年の雪は、これで終わりだと思います。 では。また。
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2014年2月17日 (月)

雪の城陽市内散歩

 2月14日は、かなりの積雪になりました。雪が降って喜ぶのは、犬とカメラマン。早速、カメラを持って城陽市内を散歩です。まず、近くの水度神社へ。
 神社の前を遅刻(?)して登校する生徒が通りました。こんな雪の中を神社にお詣りに来た人がいます。熱心な人がいるものですね。
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   神社の境内には、カメラを持った人が数人ウロウロ。雑談しながら、被写体の登場を待ちますが、お詣りに来る人はほとんどいません。そのうち、カメラマンどうしが交代で傘を持って、参詣人を演じたらどうか、という話が持ち上がりました。しかし、この話は立ち消えになりました。いかにも胡散臭いカメラマンジャケットを着た人には、この役は無理ですね。
 境内では、咲きかけの梅も寒そうです。
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   この後、鴻ノ巣山の方へも入ってみました。
 赤い実が雪をかぶっていました。雪道を楽しむ人が通りました。
 この後、とんでもない事態に巻き込まれました。道の脇の木が、雪の重みで折れて倒れてきたのです。一瞬、何が起こったか理解できず、気がつくと、体のまわりは木の葉で囲まれていました。雪まみれです。幸い、幹の部分の直撃は無く、枝の方だったので怪我は無かったです。こんな事があるものなんですね。驚きました。
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   ここで、一旦家に帰りました。
 気を取り直して、今度は車で木津土手方面へ 。まず、寺田堤へ上がりました。
 茶畑の雪。河原に積もった雪。流れ橋、第ニ京阪の橋、遠くに乙訓の山が見えます。広々として、良い雰囲気です。
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   次は、土手の大榎へ。ここでも、雪道を楽しむ人に出会いました。「こんにちは。」と挨拶して少し話をしました。雪がふって喜ぶのは、犬とカメラマンばかりではなさそうです。
 青谷梅林にも行ってみましたが、良い被写体は見つからずでした。
 これで、城陽市内の雪の写真は終わりです。
 この後、宇治田原に向かいましたが、その写真は次回に。 では。また。
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2014年2月15日 (土)

雪の宇治田原・高尾と湯屋谷

 先日の2月8日、南岸低気圧の通過により、朝方に雪が降りました。しかし、起床したのは9時半、ちょっと出遅れました。雪は融け始めており、しかも水分の多いベタベタの雪です。出かけるか、ちょっと迷いましたが、せっかくの天からの贈り物を無駄にしてはいけないと思い、ゆっくり遅めの出発で出かけてきました。その時の写真です。

 宇治田原町の高尾は、少し高いところにあるので、雪はまだ融けていないに違いないと予想して、真っ直ぐに高尾を目指しました。
  1枚目の写真:高尾へ入る途中にある柿の木
 一気に、集落を見下ろせる場所に来てみました。よく霧が発生していました。雪は少なかったです。
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   雪は融けてしまって、雪の写真というよりは、霧の写真になってしまいました。
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   開き直って、霧の写真です。残り柿も少なくなってきましたね。
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   雪を求めてウロウロしました。カラスの足跡発見。時々、思い出したように雪が降ってきます。寒くなってきたので、この辺で、高尾から撤退しました。
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   これが、今シーズン最後の雪だと思うと心残りです。午後遅めに、今度は湯屋谷の茶畑に行きました。最初は、いつもの農機具小屋ですね。
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   前回とは、ひと味違う写真を目指しましたが、同じようなところに目がいってしまいますね。申し訳ない。
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   雪の高尾と湯屋谷の写真は、これが今シーズン最後になると思います。
 (14日も大雪になりましたが、この時は、雪が多すぎて通行止めになりました。
    14日の写真は次回にします。)  では。また。
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2014年2月11日 (火)

冬の琵琶湖東岸ドライブ

 先日、琵琶湖東岸の湖岸道路をドライブしました。その時の写真です。本当は、雪の多い湖西に行きたかったのですが、走りやすい東岸で我慢しました。行ったのは、この前の大雪よりも前のことですので、雪はあまり写ってないです。

 大津大橋付近から湖岸道路に入り、北上しました。護岸工事をしていたので、水鳥のポイントを見逃してしまいました。次は、草津市烏丸半島のハスのポイントですが、ここも新しい被写体は発見できそうもないのでパス。
 守山市のなぎさ公園には、カンザキハナナという早咲きの菜の花が植えられています。見頃でした。いつもの場所で、いつもと同じような写真ですが、3枚。春の知らせは、早咲きナノハナからですね。
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    冬の風景を見ながら北上しました。
 琵琶湖のエリ漁の杭(?)と比良の山々。雪の残る田んぼ。
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   長命寺付近を通過。この辺りでは、木の枝に氷が着いているのを見たことがありますが、今日は無しです。
 さらに進み、愛知川河口近くまで来ました。冬らしい風景です。
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   ここで北上は諦めて、西の湖を目指しました。安土町の西の湖岸に広がる葦原で撮影。ここの葦原は広いですね。
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   刈り取られた葦が、丸く立てられています。地蔵のように見えます。
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   雪を載せた舟。凍った枝。西の湖は波もなく静かです。青く霞む山が見えていました。
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   次は、近くの近江八幡の水郷地帯、丸山地区です。
 1枚目:水郷の向こうに丸山地区が見えています。丸山には、葦の加工製品が作られています。ここでも、葦の束が丸く立てられています。これは、「丸立て」と呼ばれているそうです。
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   水郷を泳ぐ鳥。雪の積もった水田。遠くに見える山は、伊吹山か(?)。
 これで、本日のドライブは終了です。  では。また。
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2014年2月 8日 (土)

カンサンジュン著「心の力」

Kokorochikara  姜 尚中(かんさんじゅん)著「心の力」を読みましたので、拙い紹介を書かせていただきます。姜 尚中氏は、聖学院大学全教授、東京大学名誉教授、政治学・政治思想史の専攻です。
 この本は、夏目漱石の「こころ」とトーマス・マンの「魔の山」を読み解くことにより、閉塞感と不安に満ちた現代という時代を生き抜くために、「心の実質を太くする」には、どうすればよいかを説いています。「魔の山」の主人公、ハンス・カストルプと、「こころ」の主人公、河出育郎(これは姜氏が勝手に命名)が、戦後に出会うという、架空の小説も合わせてセットされていて、ちょっと面白い書き方になっています。

 著者は、現代とは、グローバル資本主義が地球を覆った時代であり、「地域や階層の間にある格差や貧困の拡大、金融優先の経済システムのモラルハザード、激化する優勝劣敗や雇用不安、ヘイト・スピーチや隣人への無関心など、多くの不幸や憎悪がばらまかれ、そうした問題に取り組んでゆく制度や仕組みさえ廃れ」た時代であると捉えます。
 陰湿ないじめ、無差別な凶行、ネットを駆けめぐるスケープゴート叩き、国粋主義を彷彿とさせるヘイトスピーチ。グローバル資本主義の敗者たちや没落の不安に怯える人々が排外主義や社会の「異物」への攻撃にはけ口を見出す傾向など、現代の荒廃した心は思った以上に危険ラインに近づきつつあるのではないか、漱石やトーマス・マンが描いた「心が失われた時代」から、私たちはすでに「心なき時代」の心に向き合っているのではないか、と述べています。
 現代の社会はなぜ生きづらいのか、著者は三つの視点を提示しています。
 一つめは、グローバリゼーションの進行が、人々の価値観を画一化させたことです。心の豊かさとは、複数の選択肢を考えられる柔軟性があることですが、しかし、人々は画一的な価値観に固執し、それについて行けない自分の方を否定してしまうのです。
 二つめは、人と人との繋がりが薄れていることです。「社会とは、みなが互いを支え合うネットワークである」という時代に代わり、新自由主義は、「社会は存在しない。あるのは個人かせいぜい家族」、「すべては個人責任」という時代をもたらしたのです。個人は、バラバラにされ、競争原理の中に投げ込まれているのです。
 三つ目は、発想力の貧困です。価値が画一化し、発想力が貧困になり、失敗しても誰も助けてくれず、失敗を恐れ萎縮し、目指す目標もなく、恐怖にかられ、せせこましい競争に神経をすり減らしながら、人はただ闇雲に走り続けているのです。
 著者は、このような現代を生き抜くための心のあり方として、「偉大なる平凡」を提案しています。「偉大なる平凡」とは、「魔の山」の主人公、ハンス・カストルプに見ることができると言います。マンは、「魔の山」で、山上のサナトリウムを舞台に、療養生活をする多様な人々が、それぞれの思想や文化に立脚し、様々の多様な意見を闘わす様子を描きました。ハンスは、多様な思想や価値が衝突する中で、苦悩しながらも自分の道を歩んでいくのです。英雄的にでもなく、激しく死を求めるのでもなく・・・。
 著者は、漱石の「こころ」の主人公、「私」の中にも「偉大なる平凡」を見ています。「私」は、天才でもなく、時代に押し流されるのでもない、「先生」に心酔しながらも、どこか醒めていて、悩みながらも、しぶとく自分の道を進んでいくところです。
 「明日をのみ思い煩うな。死に急ぐな。死者と手をつなぎ過去から学び、多様な価値と接し、多くの選択肢を持とう。その中から自分なりのものを選び、まじめに生きよう。ダメだったらしぶとく出直そう。自己を否定するのではなく・・・。偉大なる平凡!!」
 この本からのメッセージを、こんな凡俗なまとめ方をしたら、文学性は台無しです。本一冊を短く要約するなど、失礼な話ですね。お許しください。

 では、一言感想を。
 資本主義は今、新自由主義の時代に入っています。新自由主義がもたらしたのは、低賃金、低福祉、自由競争、自己責任の社会です。すべてが市場の競争の中に投げ込まれ、利潤の追求が至上のものとされ、公共の福祉さえもが市場化され投資の対象となっています。人々は、きびしい競争に巻き込まれ、敗者と勝者に選別され、格差社会が進んでいます。現在、非正規労働者は4割に迫っています。多くの労働者が使い捨ての労働者として扱われているのです。
そんな社会が進行する中で、「偉大な平凡」という心のあり方を抱いた若者たちは、新自由主義と対峙する生き方を選択してくれるのでしょうか? 心というとらえどころのない観念の闇の中で、迷子にならないのでしょうか? ・・・これは、ちょっと愚かな質問ですね。問題意識が少しずれましたか?  この本、お薦めします。では、また。

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2014年2月 4日 (火)

二十四節気「立春」2015

 2月4日は、二十四節気の「立春」です。二十四節気の始まりの節気です。江戸時代の暦便覧には、「春の気たつを以て也」とあります。日が一日ごとに長くなっていくのを感じます。春がやって来たことは、光の変化によって語られます。
 この節気の七十二候は次の通りです。
 ★初候 : 2/04~: 東風凍を解く   はるかぜ こおりをとく
 ★次候 : 2/09 ~:うぐいす鳴く   うぐいす なく
 ★末候 : 2/14 ~:魚氷を上る    うお こおりをいずる
     2月19日が、次の節気「雨水」です。
 この節気では、温かい風が吹き始め池や川の氷が氷が融け、ウグイスが鳴き始め、魚が活動を始める頃、ということです。いよいよ春の始まりです。今年もまた、うつろう季節の中で、生きている実感を確認していきたいと思います。

 うつろう季節の風景は、新たにやってきたものと、静かに去って行くものからできています。新鮮な驚きと共に春の兆しを運んで来たものと、冬を引きずりながら静かに去っていくもの、この二つものが織りなす立春の時期の木津川土手を散歩しましょう。
 土手の上に立つと、空高く雲雀のさえずりが聞こえます。土手に音の春を運んできたのは雲雀です。遠くて写真には写りませんが・・。先日は、キジの鳴き声を聞きました。
 万葉集では、雲雀の歌は三首ありますが、大伴家持の歌は有名ですね。
   ~♪うらうらに 照れる春日に ひばり上がり 心悲しも ひとりし思へば♪~

 冬の季語、ロウバイはすでに満開です。
 枯草の目立つ草むらに、いつのまにか野茨が、くっきりと赤い棘を出し始めました。
  梅の蕾が膨らみ始めました。もうすぐ開花ですね。
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   ネコヤナギも、しだいに白猫らしくなってきました。万葉集では、ネコヤナギは河楊(かはやぎ)という名前で三首あります。作者不詳の歌です。
  ~♪ 山の際に 雪は降りつつ  しかすがに この河楊は萌えにけるかも ♪~
意味: 山の間に雪が降っているけどこの河楊は芽吹いていますよ。もう春ですね。
  雪とネコヤナギ。去るものと来るものが鮮やかに対比されています。
 城陽市の名産カキツバタも、もう芽生えの時期です。
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   日当たりの良い場所では、すでにタンポポが咲いています。春と言えばタンポポですね。若山牧水の歌です。
   ~♪ 多摩川の 土手にタンポポ 咲く頃は 我にも思う 人のあれかし  ♪~
  じつに若々しく、春の始まりにはふさわしい歌ですね。
 しかし、最近のタンポポは年中咲いています。外来種のタンポポは、乾燥した土質やアルカリ性土質にも強く、花粉を運ぶ昆虫なしでも、単為生殖で殖え、年中咲いています。春に咲く和種のタンポポは、しだいに減ってきているようです。タンポポにもグローバル化の波ですね。
 古川の柳も少し芽を出してきました。
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   今の時期、木蓮も白く芽を膨らませてきています。白が青空によく合いますね。
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   春が運んできたものを見てきましたが、今の時期、去っていくものといえば何でしょうか? まず、残り柿です。長谷川河口付近です。
 城陽市特産の蓮も、今は枯れ葉が残るのみです。春の光ばかりが眩しいです。
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   城陽市特産のイチジクの木は、今の時期、剪定が行われています。剪定前のイチジクの木には、昨年に実ることのできなかった実が、空に向かって何かを訴えているように立ち尽くしています。イチジクは、枝の下の方から実っていくため、温度が下がり、実ることができなかった実が、枝の上の方に残されています。
 田んぼに積まれた藁の束。これも、まもなく消えていきます。
 河原の枯れた葦も、もの悲しい雰囲気を演出し、去っていきます。
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   今の時期、城陽市内ではイチジクの剪定が行われ、剪定した枝を焼く煙が立ち上り、春を知らせる狼煙のようです。
 寒起こしや肥料播きも、よく見られる光景です。春の準備は着々ですね。
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   木津川土手に立つと、夕日が紅く沈んでいきます。今の時期、毎日のようにムクドリの群翔するのが見られます。V字の編隊を組んで飛んでいく鳥もいます。種類は分からないですが。
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   お別れは、土手を行く人です。サイクリングロードをゆく人。犬の散歩の人。夕日を浴びて散歩する老夫婦。   では。また。   次は「雨水」です。
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