« 2013年7月 | トップページ | 2013年9月 »

2013年8月

2013年8月30日 (金)

私の風景考

  私は、下手くそな風景写真らしきものを趣味で写してきました。しかも、ほとんどは、散歩しながら写した散歩写真のようなものです。時々、自分は何のために写真を写しているのだろうと思ったり、風景とは何だろうと考えたりします。考えても結論はありませんが、現時点で『風景』について考えていることをまとめてみました。

 写真を趣味とする人は、いや趣味としていなくても、人は絶景や景勝を求めます。絶景に加え、霧に包まれた情景や、朝日、夕日の差す瞬間とかのさらに感動的な風景を切り取ろうとします。したがって、『風景』とは、ある場所でのある瞬間に成立するものだと言えそうです。『風景』とは、場所に依存する座標軸の上にあることは間違いなさそうです。当然のことながら、優雅な富士山の見える風景は、富士山の見える場所でしか成立しません。しかし、『風景』を成立させている要素は、それだけでしょうか。

 『風景』に関連するする言葉として『景観』と言う言葉があります。『景観』は見たままの風景です。良い『景観』のことを絶景とか景勝とか言います。『風景』は、『景観』よりももっと広い意味が含まれているように思います。つまりこうです。
           『風景』> 『景観』 > 『 絶景、景勝』
  『景観』や『 絶景、景勝』は、その場所でしか見ることが出来ません。したがって、場所に依存して成立しています。しかし、『風景』を成立させる要素は、場所という座標軸以外に、さらに何かありそうな気がします。私は、それは時間という座標軸ではないかと思います。
 
Fukeiron2  先日写した左の写真を見てください。ただの雲の写真です。写真を少しでも経験したことのある人なら、何だつまらない写真だ、と思うでしょう。しかし、私にとってこの雲は、「ノンちゃんの雲」です。少年時代に読んだ「ノンちゃん雲に乗る」の記憶、少年の頃、憧れを持って見上げていた雲の記憶と重なります。二度と帰らない少年時代。不断に形を変え流れてゆく雲。私にとっては、寂寥感と漂泊感に溢れた『風景』です。このように、『風景』とは、過去の記憶と重なり合いながら、そして未来へと向かいながら成立しているものだと思います。つまり、『風景』は時間軸の上でも成立するものであると思います。しかもこの時の『風景』は、きわめて日常的なありきたりの風景です。
Fukeiron1  「夕焼け空にトンビがくるりと輪を描いた」光景は、高度経済成長の中で故郷を離れ大都市へと流れていった人々にとって、望郷の思いの溢れる『風景』なのです。夕日に赤く染まる校舎は、少年時代や青春時代の記憶と重なり合い、一つの『風景』を成立させています。
  人には、目を閉じたとき初めて見えてくる風景があります。青く霞む故郷の山。吹き渡る風。遙かに続く故郷の海。寄せてくる波。櫻の咲く木造校舎。夏の夜に見上げた天の川。これらの風景は、その時にはありきたりの日常的風景でしたが、時間軸のなかで美しい、いや悲しいかも知れない、結晶のような『風景』となり、心に刻まれています。つまり、これらの風景の中を通り過ぎ、今の私がここにあるのだと思います。
 私たちはいつも日常的風景の中に身を置いています。時に、ありきたりの日常的風景の中に、風景の中を旅する自分自身の姿を発見することがあります。過去の想い出を重ね合わせた風景、今の自分の心を投影した風景、あるいは未来に希望を託す風景、それらの風景の中に佇む自分の姿をです。この時、ありきたりの日常的風景が、意味のある『風景』として心に刻まれていきます。
 場所という座標の上に成立する『 絶景、景勝』は、素晴らしい『風景』の一つです。しかし、時間という座標軸の上に成立する日常的風景もまた、一つの『風景』ではないかと思います。『風景』とは、場所と時間の座標の上に成立する、これが現時点での私の考えです。

 意味不明なことをゴタゴタと書きました。申し訳ないです。
 私は、日常的なありきたりの風景の中を散歩しながら、下手くそな風景写真のようなものを撮り続けています。他の人から見れば意味のない写真かも知れませんが、自分としては十分楽しめています。                       では。  また。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2013年8月27日 (火)

志賀櫻著「タックスヘイブン」

Taxh  志賀櫻著「タックスヘイブン」(岩波新書)を読みました。志賀氏は、金融庁国際担当参事官や東京税関長などを歴任された国際租税法の専門家だそうです。
 主要8カ国(G8)首脳会議が6月17、18日、英国・北アイルランドのロック・アーンで開かれました。そこでの大きな議題の一つが「タックスヘイブン」問題でした。先進国はどこも財政が悪化し、景気対策と財政規律がせめぎ合い、政府は有効な手が打てなくなってきています。「税金逃れ」に走る巨大企業や富裕層がいて、税収不足の解消を庶民への増税に頼るため、国民の反発も高まってきています。多国籍企業や富裕層、投機筋が税金の逃避先として利用するタックスヘイブンを無視できなくなってきたようです。
 また、NHK総合テレビで8/18(日)夜9時より、「新富裕層vs国家」という番組が放送され、大きな反響を呼びました。この番組では、日本には190万人の「富裕層」いて、タックスへイブンの一つであるシンガポールに税逃れのため移住した男性の例が紹介されていました。
 今、新自由主義と共に拡大してきたタックスヘイブン問題は、国家の行く末を左右する大きな問題となってきています。大企業や富裕層の租税回避が野放しにされている一方で、消費増税という、逆進性の高い大衆課税が増税されようとしています。このような情勢にピッタリの本です。お薦めします。

 この本の著者は訴えます。「日本の所得税制は累進課税を採用している。しかし、実際は、所得が1億円を越えると税金の負担率がどんどん下がっていく。それは租税回避によるものか、ひどい場合は脱税である。そうした租税回避や脱税を助けるカラクリの核心部にあるのが『タックスヘイブン』である。」、また、「巨額投資マネーにより世界経済の大規模な破壊が引き起こされているが、このマネーゲームのどこかで、かならずタックスヘイブンが用いられている。」、「市民はこの実態を知らなくてよいのか。」と。
 「第1章タックスヘイブンとは何か」では、タックスヘイブンはなぜあるのか、どこにあるのか、そのしくみ、利用法などが説明されています。
 「第2章逃げる富裕層」では、租税回避の実例が示されます。武富士事件では、金融業で巨億の富を築いた父親が、相続税や贈与税の無い台湾に息子を移住させて贈与し、財産を国外に持ち出したという事件です。課税額は1500億円という莫大なものですが、国の方が敗訴しました。
 「第3章逃がす企業」では、多国籍企業がどのような手口で税の回避を行っているか、日本のAIJ投資顧問事件なども例に出して説明されています。
 新自由主義の拡大と共に、タックスヘイブンは増殖してきました。日本の多国籍企業もアメリカに次いで、世界第2位のタックスヘイブンへの投資残高となっています。カリブ海にあるケイマン諸島だけでも、日本企業の投資残高は、55兆円になっています。(日本銀行資料) タックスヘイブンに隠された世界の金融資産は、イギリスのタックス・ジャスティス・ネットワークの調べで、1600~2500兆円にのぼります。タックスヘイブンは、リーマンショックなどの経済危機発生の舞台となっています。
 「第4章黒い資金の洗浄装置」では、マネーロンダリングの問題が説明されます。
 「第5章連続して襲来する金融危機」では、タックスヘイブンを経由して、世界を駆けめぐるヘッジファンドなどの巨大な投資資金が、金融危機を作り出している実態が説明されます。
 「第6章対抗策の模索」では、タックスヘイブン対策には、世界的連携の必要性が強調されています。
   最終章で著者は、「タックスヘイブンは、富裕層や大企業が課税から逃れて負担すべき税金を負担しないことに使われ、・・・巨額の投機マネーが繰り広げる狂騒の舞台にも使われている。その結果、一般の善良かつ誠実な納税者は、・・・マネーゲームの引き起こす損失や破綻のツケまで払わされている。」、「これは文明に対する災厄である。」と訴えています。

 今、消費増税の決断が問題となっています。逆進性の高い消費税ではなく、富裕層に対する課税こそ真剣に議論すべき課題のように思います。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年8月23日 (金)

二十四節気「処暑」2013

 8月23日は、二十四節気の「処暑」でした。江戸時代の暦便覧によれば、「 陽気とどまりて、初めて退きやまんとすれば也」です。萩の花が咲き、朝夕は心地よい涼風が吹く頃です。
 この節気の七十二候は次の通りです。
   ★初候 :8/23~ ; 綿のはなしべ開く  わたの はなしべひらく
  ★次候 :8/28~ ; 天地始めてさむし  てんち はじめてさむし
  ★末候 :9/02~ ; 禾乃ちみのる    こくもの すなわちみのる
 この節気は、綿の実を包む萼が開き、暑さもようやく収まり始め、朝夕は涼しさを感じるようになり、田に稲が実り穂を垂らす時期ということです。
 
  今年は異常気象の連続。連日の猛暑にかなりやられています。二十四節気の季節感とは、少し離れすぎています。しかし、暑さに負けず、「処暑」を探しに木津川土手へ出かけましょう。
 暑い日が続いていますが、秋は着々と歩みを進めています。まず、田んぼの稲に穂がつきました。案山子も登場しました。空をちぎれ雲が流れていきます。夕方になると、涼しい風が田んぼの上を渡っていきます。
Shosho101_01Shosho102Shosho101_02  

 

 

   土手の上に立って雲を見ていると、昔読んだ「ノンちゃん雲に乗る」を思い出しました。私が小学生だった頃、この作品は大変な話題になりました。私は見ませんでしたが、天才バイオリニストの鰐淵晴子の主演で映画化されました。その頃、小学館の「○年生」という雑誌の表紙を飾っていたのは、目のパッチリした松島トモ子でした。私の頭の中には、「松島トモ子=ノンちゃん=雲に乗る」の連想が出来上がってしまいました。今でも、空に浮かぶ雲を見ると、ノンちゃんが座ったフカフカのソファのような雲、帰りに乗った小雲は、どんな雲だったのだろうと思ったりします。今の子は、松島トモ子は知らないですね。ライオンに噛まれたタレントとしては知っているかも。
 雲の写真3枚お届けします。1枚目と2枚目は、「ノンちゃん」の雲です。
Shosho202Shosho201Shosho203  

 

 

   毎日暑いので、散歩に出かけるのはたいてい夕方です。夕日に、入道雲やかなとこ雲が紅く染まっています。3枚目は雨柱が写っています。この写真の後、猛烈な雷雨に襲われました。
Shosho301Shosho301_02Shosho3014  

 

 

   次も雲の写真です。
 今回は雲の写真が多いついでに、ボードレールの散文詩を紹介してみます。
        エトランジェ(異国人)
 ----君は何を一番愛するか? 謎の人よ、聞かせてくれ、君の父か君の母か、それとも姉妹か兄弟か?
 ----私には父も母もない、姉妹も兄弟もない。
  ・・・この後、謎の人は、質問者の質問にことごとく否定の答えを言います。質問者は、この謎の人に対して「世にも変わったエトランジェよ!」と嘆きます。そして、「君は一体何を愛するのか?」と最後の質問を投げかけます。エトランジェは答えます。
 ----私は雲を愛する。・・・あの流れゆく雲を・・・向こうの・・・向こうの・・・あの素晴らしい雲を!
 何にも束縛されず、止むことなく変化を続け、どこかに去っていく、雲を愛する人生のエトランジェ。ポードレールは若かった頃に読みました。遙か昔のことです。今はちょっと・・・。
Shosho301_04Shosho403Shosho401  

 

 

   なにげなく撮った夕方の木津川土手です。だいたいこんな雰囲気です。
Shosho501_01Shosho501Shosho502  

 

 

   次は茶畑のスプリンクラーです。夕日で水が金色に輝くところがいいですね。
Shosho602Shosho601Shosho601_01  

 

 

   毎回出てくるおなじみの流れ橋の夕焼けです。
Shosho701_01Shosho701Shosho702  

 

 

   お別れの三枚です。
 土手を行くと百日紅の花です。ここで岡麓の歌です。
    ~♪ 百日紅 花のさかりはいとながし 秋近づきて 暑さまされり ♪~
  鴻ノ巣山で見かけたキノコ。秋ですね。
 最後は、土手に沈む夕日。   では。また。
Shosho801Shosho801_02Shosho801_01   

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2013年8月18日 (日)

島本理生著「七緒のために」

Nanao01  島本理生著「七緒のために」(講談社)を読みましたので、拙い感想を書かせていただきます。
 島本理生さんは、史上最年少の20歳で野間文芸賞を受賞された方のようです。
 本の帯に、「二度と帰らない友情のきらめき、そして痛み、純粋さゆえに傷つきあう少女の日々を描く、珠玉の物語。」とありました。この宣伝文句につられて、ついつい買ってしまいました。結果。この本に共感するには、私は歳をとりすぎていて、しかも男、ちょっと失敗でした。しかし、心に引っかかるものが残りましたので紹介します。

 東京の中学校に転校した2年生、主人公の雪子は同じクラスの七緒と出会い、誘われて美術クラブに入部します。二人はしだいに引かれ合っていきます。相手を求めれば求めるほど、うまく関係が作れない不安定な二人の友情が綴られていきます。美術部顧問の自殺。スクールカウンセラーとのやりとり。二人だけの世界に雪子をつなぎ止めておくため、果てしなく嘘を積み重ね続ける七緒。クラスの中で孤立を深め、しだいに学校に登校しなくなる七緒。母を使用人と呼ぶ七緒。満たされない親子関係。七緒はなぜ嘘をつき続けるのか、嘘に引き回され、雪子はしだいに疲れきっていきます。生まれて初めての言葉をたくさんくれた七緒。雪子は疲れながらも七緒との関係を求め続けます。スキー学習の夜。雪の中で二人は激しく求め合い衝突します。
 しかし、このドラマの背後には大きな仕掛けが潜まされていました。雪子もまた、七緒に対して大きな嘘をしかけていたのです。以前の女子中学で挫折し転校してきた雪子。離婚調停中の雪子の家庭。仮面を付けていた雪子は最後に独白します。「どうでもよかったのだ。自分さえ守れれば、他人も七緒のことも。幼い笑顔もわざとらしい振る舞いも綺麗すぎる少女小説もむしろ好みじゃなかった。一番大きな嘘をついていたのは自分だった。・・・・」と。 
 七緒の嘘に気づきながらも七緒を求める雪子。雪子の嘘を見抜きながらも雪子を救おうと嘘を続ける七緒。求め合えば求め合うほど傷ついていく二人。流星群の夜。二人は別れを迎えます。そして、雪子は自分の嘘の象徴である伊達眼鏡をはずし、七緒が自分の嘘を見抜きつつも、許容してくれていたことを悟りながら、美術室を去っていきます。
 
 割れた鏡が敷き詰められた荒野を二人の少女が、お互いを求めながら、交互に光となり影となり、素足で走っていきます。割れた鏡は、二人の少女の放つ光を反射させて、キラキラと美しく輝いています。彼女たちを温かく包むことの出来なかった家庭は、荒野に灰色の影を投げかけています。美しく燦めく荒野を進めば進むほど二人の素足は、痛々しく傷ついていきます。・・・そんなイメージを湧かせてくれる作品です。
 私は中学校で教えていました。女生徒たちの理解不能な反抗。係わりようもない友達同士の対立。自己中心的とも思える行動。灰皿を投げつけられたこともありました。女生徒の気持ちが理解できない、いや理解しようとしていなかった私自身を苦々しく思い出します。この作品の中に登場する「ちりめんじゃこのような目をした担任」は、まさに私のことなのだと思えてきます。
 私が粗末に扱った少女たちへの懺悔の念を込めて、この本お薦めします。ただし、繊細な少女時代を送った人に限ります。粗暴な男子、および老人にはお薦めしません。
                では。 また。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年8月15日 (木)

消費税増税の基本的問題点(2)

 前回の「消費税増税の基本的問題点」の続きです。

  【消費税と輸出還付金制度】
 消費税の持つ重大な問題点に、「輸出還付金」の問題があります。
 輸出還付金とは、輸出企業が消費税から還付されるお金のことです。2012年度の輸出還付金総額は、2兆5千億円になります。10兆円の消費税収入の4分の1にも当たる額が、輸出企業に支払われているのです。その半分は、日本の輸出大企業トップ20社に支払われています。理由は簡単です。輸出企業は、仕入れの時消費税を払ったのに、外国の消費者からは消費税が取れないからです。輸出企業は、その分を補填してもらっているわけです。この制度は当然の制度のように見えます。
 しかし、問題は、大企業が下請け企業に対してまともに消費税分を払っていないということにあります。価格支配権は大企業にあります。下請け企業は税務署ではありません。強引に消費税分の金額を大企業から徴収することは出来ません。それどころか、コストカットで、製品そのものの価格まで切り下げられている現状があります。したがって、消費税は、輸出大企業にとって優遇された有利な税制であると言えます。例えばトヨタは、2010年度2200億円の還付を受けています。驚きです。
 ヨーロッパの国々では、1954年にフランスで最初の付加価値税(消費税)が導入されました。GATTでの自由貿易協定が発足し、ルノーなどの輸出大企業へ直接的補助金が出せなくなり、そのため、輸出還付金付きの付加価値税が導入されたのです。付加価値税(消費税)は、このように誕生の時から輸出企業に対する「影の補助金」という意味を持っていたのです。

   【新自由主義と消費税】
 資本主義が福祉国家として成熟して行くにつれ、資本の生み出す利潤率は低下します。利潤が社会保障などにまわる分、利潤率が低下するのです。様々な規制も利潤率を低下させます。例えば、労働時間は8時間とか、女性の深夜労働の禁止とか、解雇の規制とかです。製品の安全に対する規制もあります。利益優先で暴走しようとする資本を規制するためには、規制は必要ものなのです。しかし、経済がグローバル化する時代になると、これではグローバル競争に負けてしまいます。ここで登場したのが新自由主義です。
 新自由主義とは、グローバルな多国籍企業の利益を擁護するために登場した経済政策と言えます。社会保障の切り下げ。安い労働力を派遣労働として確保し、解雇が自由に出来るような規制緩和。製品の安全に関する規制緩和。保育、交通などの公共サービスを民営化し、安い労働力を利用し利潤の対象とする。・・・などです。「小さな政府」、「市場原理主義」、「民営化」、「規制緩和」、「道州制」など、新自由主義政策は、さまざまな顔を見せながら、進められています。
 
 輸出大企業を中心とする経団連は、新自由主義的政策を進める司令塔のような役割を演じています。その経団連は、「平成25年度税制改正に関する提言」で、次のように述べています。
 「社会保障の財源として、消費税が望ましいことは繰り返すまでもない。消費税は資本形成を阻害せず、企業の国際競争力や我が国の経済成長に関して中立的な税であり、税収の安定性や世代間負担の公平性という面においても、他の税目に比べ優れている。」
 
 今後増加する社会保障財源を賄うためには消費税の引き上げが避けられないと、考えている人もいると思います。しかし、社会保障財源を消費税に求めるということ自体が間違っています。医療保険、介護保険、公的年金保険の財源の多くは社会保険料です。これらの社会保険料は企業と労働者の折半で負担しています。社会保障財源を消費税に求めるということは、これまで半分を負担してきた企業の負担をなくすことです。つまり、「企業の負担を減らし、その分、貧乏な人からも高い税率で負担させろ!」という主張なのです。まさに、「資本の形成を阻害せず・・・」です。消費税は日本の新自由主義的政策の中心的政策の一つなのです。
 「社会保障は消費税で!」というスローガンは、日本の新自由主義者が国民をだますために考えた素晴らしいスローガンですが、ヨーロッパでは通用しません。付加価値税(消費税)により社会保障をしているという考えはないのです。
 ヨーロッパで社会保障が日本より充実しているのは、消費税率が高いからだ、と思っている人もいると思いますが、それは違います。表面的な税率で比較するのは間違いです。ヨーロッパでは生活必需品への免税措置などにより、国家予算全体に占める消費税の割合は、消費税5%の日本とほぼ同じです。日本はこれ以上消費税率を上げると、実質税率では、ヨーロッパを越えることになります。一時期マスコミで、「ヨーロッパは社会保障が充実=消費税率が高い」ということが宣伝されました。まさか、いまだにこの説を信じている人はいないとは思いますが、念のために書いておきます。

 表面的な議論に惑わされず、消費税の行方をしっかりと考えたいものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月14日 (水)

消費税増税の基本的問題点

 8月12日、内閣府から、2013年4~6月期の国内総生産(GDP、季節調整済み)速報値が発表され、それによると、実質で前期比0.6%増、年率換算では2.6%増ということです。安倍政権は、消費税増税に向けた決断をますます進めそうです。ここで、消費税とは何か、基本からその問題点を確認しておくことは意義のあることだと思います。

 【税とは何か?】
 今の経済の仕組みは、「資本主義」です。「資本主義」とは、投下された資本が利潤を生み出す世界です。資本を持つ者はますます利潤を得、持たない者は貧乏なまま取り残されます。放置すれば、格差が広がり、恐慌や戦争により社会そのものが崩壊してしまいます。これは、資本主義の根本的欠陥です。
 この欠陥を補うため「福祉国家」が構想されました。金持ちほど多くの税金を払い、この税金で社会保障を充実させるのです。つまり、所得の移転・再配分です。福祉国家の基本は、所得累進課税制度です。累進課税こそが、最も民主的な税であるとされたのです。日本でも戦後、シャウプ勧告により所得累進課税制度が、基幹税として導入されました。
 
 【消費税の逆進性】
 所得の多い人ほど高い税率で税金を払うという所得の累進性は、基幹税が持つべき基本的性質です。消費税は、所得を反映出来ません。なぜなら、金持ちが100万円の買い物をしようが、貧乏人が100万円の買い物をしようが税率は同じです。もちろん、金持ちは多くを消費します。したがって払う消費税総額は多くなります。しかし、消費せず金融資産になった部分には消費税はかかりません。 貧乏な人ほど、所得のすべてを消費にまわさねばなりません。所得の多い人ほど、所得の多くを消費税のかからない金融資産にまわすことができ、所得に占める消費税の割合は減っていきます。つまり、消費税は所得を反映させることは出来ないのです。これが消費税の逆累進性です。消費税を基幹税と位置づけて、さらに増税しようということは、「貧乏人ほど高い税率で税金を払え。」という意見と同じです。「消費税を増税して社会保障にまわそう。」という意見は、「社会保障のためには、貧乏人ほど高い税率で税金を払うべきだ。」という意見とほぼ同じです。
 消費税の導入、所得税の累進性の緩和、様々の所得減税により、日本の税制は所得の累進性が崩れていっています。所得一億円以上の金持ちは、社会の安定のために税金をもっと払うべきです。財務省の資料を、以前の記事で使用しましたが、もう一度下に掲載します。

 【消費税を払うのは誰?】
 所得税を払うのは所得のある人です。直接税といいます。では、消費税を払うのは誰でしょうか? 消費した人? これは、微妙に違います。消費税を払うのは流通弱者なのです。そのへんのところを次に説明します。
 今、業者Aがもっていた100円の商品が、 業者B→業者C→消費者 に売られたとします。話を簡単にするため、消費税は5%、BとCの利益は無しで転売したとします。
 業者Aが税務署に納める消費税は5円です。Bは、仕入れの時Aに消費税5円を払いますが、Cに販売したとき消費税が5円が入ってきますので、差し引き消費税は無しです。Cは、仕入れの時Bに消費税5円を払いますが、消費者に販売したとき、5円の消費税をもらうので、消費税は無しです。結局、消費者の払った消費税5円は、 消費者→C→B→A→税務署 へと流れたことになります。
 しかし、流通というのは弱肉強食の世界です。今、業者Cが消費税5%値引きセールを実施し、立場の弱いBに5%の商品値引きを押しつけたとします。すると、実質に消費税を負担したのは業者Bということになります。つまり、消費税というのは、「弱い立場の業者が支払う税」という欠陥を持った税制なのです。消費税を価格に転嫁出来ない業者が消費税を払っているのです。また、消費税は、赤字になっていても払わねばならない税です。国税滞納額9000億円のうち、半分近くは消費税です。この点からも消費税は欠陥の多い税制といえます。
 消費税を支払う義務のない中小業者が、消費税額を上乗せして販売するのはけしからんと思っている人は、けしからん間違いをしています。中小業者は、仕入れの時すでに消費税を払っているのですから、これを価格に上乗せしなければ、その分損になるわけです。マスコミが、「消費税は中小業者には益税」という説を垂れ流した時期がありました。まさか、いまだにこの説を信じている人がいるとは思いませんが、念のため一言。

 長くなりましたので、この後の【消費税と輸出還付金】、【新自由主義と消費税】という項目は次回にします。 では。 また。Zeifutanritujpeg  グラフは、クリックすると拡大します。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年8月 9日 (金)

定期診察の日(63)

  今日は定期診察日でした。毎日暑い日が続いていますが、今日は陽ざしも強く、特別に暑かったです。病院に着いたときは、もう汗まみれでした。京都市内は、37℃を越えていたようです。おまけに帰りは、信号機故障で快速電車が運休でした。

 さて、診察の結果です。血小板数は、88万/μlに増加しました。抗ガン剤の量が増えているにも拘わらず、増加傾向が続いています。管理目標を超えたので、血小板数を、もう少し下げたいということです。という訳で、さらに投薬量が2倍になりました。これからは、微熱に悩まされそうです。マブリン散は、二次ガン発症のリスクが高いので、これは、ちょっと好まない結果ですね。薬もだんだん効きが悪くなっていくんでしょうね。
  中性脂肪、尿酸値、。カリウム、LDH、γGTPなどは異常値のままです。尿酸値は特に高いです。痛風になると嫌ですね・・・。目眩も続いています。

 最近、1時間半ごとにトイレに行きたくなったり、残尿感もあります。このことを主治医に話すと、泌尿器科で診てもらった方がよいということで、泌尿器科でも診察を受けました。エコー診断とPSA検査を受けました。結果は、前立腺肥大で前立腺ガンの心配はないということでした。膀胱の緊張を押さえる薬を薦められましたが、便秘になる副作用があるということなので、薬は断りました。トイレが近いのよりも便秘の方が辛そうですね。トイレが近いぐらい我慢できます。     では。また。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年8月 8日 (木)

二十四節気「立秋」2013

 8月7日は、二十四節気「立秋」でした。江戸時代の暦便覧によれば、「初めて秋の気立つがゆへなれば也」です。この日から立冬の前日までが秋です。しかし、一年中で一番暑い頃です。
 この節気の七十二候は、次の通りです。
  ★初候: 8/07: 涼風至る      すずかぜ いたる  
  ★次候: 8/12: 寒蝉鳴く      ひぐらし なく
  ★末候: 8/18: 深き霧まとう  ふかききり まとう
      8/23が次の節気「処暑」です。
 この節気は、しだいに朝夕の風が涼しくなり始め、ヒグラシが鳴き始め、冷えた朝には霧が出現する頃、と言うことのようです。

 8月7日、「立秋」の当日、京都府南部は朝からよく晴れて暑い一日となりました。早速、朝早くから撮影に生きましょう、と言いたいところですが、体調不良、おまけに腰痛。と言うことで、午前中は、1時間だけと時間を区切って、自宅から木津川土手周辺までを自転車でご案内しましょう。
 私の家から西へ数百メートル進むと蓮田があります。すぐ傍に幼稚園があります。今日は、水色の帽子の子供たちです。この蓮田の隣は、睡蓮の栽培田です。この組み合わせ、前回と同じ写真ですね。申し訳ない。
Risshu101Risshu102Risshu103  

 

 

   代わり映えのしないハスの写真です。後の2枚は、セリフ付きで。「おーい、元気か?」。「私の付き合ってる彼女です」。(チョット無理ですか?)
Risshu201Risshu201_01Risshu202  

 

 

 

     時間がないのでどんどん自転車で進みます。目に付くものを手当たり次第に写します。田んぼの稲の中に、隣の蓮田のハスがチャッカリ侵入しています。面白くもない・・? 田んぼに給水中。少し勢い強すぎないか?故障か? ハスの葉の上にアマガエルが鎮座。
Risshu301Risshu301_01Risshu301_02  

 

 

   ハスに糸トンボ。次は、ただのトンボ。オモダカに花が咲いています。糸トンボも来ています。
Risshu401Risshu401_03Risshu401_02Risshu401_01  

 

 

 

   土手下の花畑にアゲハが来ていました。土手のアカツメクサです。いまだによく咲いています。以上で、1時間の予定が2時間になりましたが、午前中の撮影は終了です。水を浴びたかのように、汗びしょになりました。風呂に入り休憩して、夕方、涼しくなってから夕日の撮影にご案内する予定です。
Risshu501Risshu502Risshu501_01  

 

 

   夕日の撮影に出る予定でしたが、雷雨になり、かなり激しく降りました。
 6時前に、雨が上がりました。虹が見られるかも知れません。ちょっと出かけてきましょう。雷雨の後の蓮田です。葉に水が溜まっています。ザリガニが水から出てきていました。アメンボもいました。しだいに光が赤味を帯びてきています。
Risshu602Risshu601_01Risshu601_02  

 

 

   木津川土手を進んでいるうち、再び雷雨になりました。慌てて休憩所に駆け込みました。犬がチャッカリと人間様用ベンチの上に寝ていました。犬と一緒に雨宿りです。
 雨が上がりました。再び夕方の赤味を帯びた光が差してきました。百日紅の花です。ここで、島木赤彦の歌です。
 ~♪ あかねさす 日の入りがたの百日紅 くれなゐ深く 萎れたり見ゆ ♪~
 土手の上では、霧が発生していました。
Risshu701Risshu701_01Risshu701_02  

 

 

   雨上がりの土手です。二枚目と三枚目が「立秋」にふさわしいような・・・?
Risshu801Risshu802Risshu801_01  

 

 

   これで、「立秋」の日の撮影は終了します。「立秋」を感じさせる写真は、あまり撮れませんでした。まだまだ、暑い夏が続くようです。お別れの3枚は、夏の写真です。
  では。  また。
Risshu901_01Risshu901_02Risshu901   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月 4日 (日)

琵琶湖烏丸半島のハス

 琵琶湖の烏丸半島にハスの群生地があります。先日、撮影に行ってきました。
 「水の森」の無料(?)駐車場に車を止め少し歩くと、目の前にハスの広大な絨毯が広がります。人々がのんびりとハスの花を観賞しています。花の向こうには、淡水真珠養殖のエリが見えます。その向こうに対岸の木立の影、青い山。そして、白い雲の流れる夏の空へと続いています。実に「良い眺め」です。
 早速、暑さも忘れて撮影です。
Biwahasu102Biwahasu103Biwahasu101  

 

 

   花の美しさに惹かれればひかれるほど、「良い眺め」から離れてしまいます。カメラで「良い眺め」を写すことは難しいようです。「良い眺め」とは、人が主観的に感じている部分が多いからだと思います。写真には人の感情は写らないです。
 ハスが群生した雄大な「良い眺め」を撮るため努力しました。自分で選んだベストショットが、次の最初の一枚です。母と娘が、ただ立ったままハスを見つめています。これが一番良いと思うのですが・・・・。自信は無いです。
 この二人は、そのうち記念写真を撮り始めました。二枚目の写真です。ピースした娘が可愛いですが、主題のハスとは離れていきますね。三枚目になると、ますますハスから離れていきます。お喋りが聞こえてきそうです。のどかな(?)雰囲気は出ました・・・。
Biwahasu201Biwahasu201_01Biwahasu201_02  

 

 

   二人組の女性の一方が、「ハスの前で写真を撮ってあげる。」と誘いましたが、もう一方の女性が、美しい花と一緒に写したら、自分がみすぼらしく見えるから嫌だと、断っていました。この人、花と張り合ってどうするんでしょうね。思わず笑ってしまいました。人は、「良い眺め」の中に自分が包まれていることを幸せだと思うものですが、この人は、何か自己顕示欲の強そうな人です。
 二枚目は、記念写真を撮る女性の集団。この人たちは、どのようなつながりの人たちなのでしょう。ハスからますます離れてしまいますが、気になりますね。
Biwahasu301Biwahasu302Biwahasu303  

 

 

   女性が、危ない姿勢で花のアップを撮ろうとしています。私も真似をして、水面付近を狙ってみました。
Biwahasu401Biwahasu403Biwahasu402  

 

 

   何となく写した3枚です。ちょっと狙いが中途半端ですか? 大きな木がハスを邪魔しているような・・・。ハスの写真からは、確実に離れていっています。のんびり(?)感は出せたような・・・ 。
Biwahasu501Biwahasu503Biwahasu502  

 

 

   この後、対岸の方へも行ってみました。今さっきまで居た公園が、遠く見えています。風力発電の羽根も見えています。
Biwahasu603Biwahasu601Biwahasu602  

 

 

   エリと群生のハス。鳩が棒の先に。鴨が泳いでいました。
少し人の方に関心がいってしまいましたが、ハスの写真、楽しめました。では。また。
Biwahasu702Biwahasu701Biwahasu703   

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2013年7月 | トップページ | 2013年9月 »