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2013年2月22日 (金)

定期診察の日(57)・尊厳死について①

  今日は定期診察日でした。今日は待ち時間が長く、待合室で、「遅いっ!」と文句を言っているおばさんがいました。私は、本に飽きたので、廊下に張り出された患者からの投書とそれに対する病院の回答を読んでいました。職員の応対の悪さを訴えるものもかなりありました。私は、この病院職員の対応は丁寧だという感じでみていますが?・・・。
  さて、診察の結果です。血小板数は、ほぼ69万/μlに減少しました。主治医は、日々変動する数字なので、あまり気にすることはないと言われました。投薬量はこのままだそうです。薬の増量は免れました。
 ヘモグロビン値は低めながらも横ばい、中性脂肪、尿酸値、。カリウム、LDH、γGTPなどは異常値のままです。
  今日は、病気の今後について質問しました。主治医から、あり得る一つのシナリオが述べられました。「骨髄の繊維化がすすめば、脾臓が肥大化して、腹水が溜まるなどの重大な状態になる。」ということです。「血小板の数が安定して低く抑えられていれば、骨髄の繊維化も抑えられる。二次性の骨髄線維症の場合、血小板が多いことに反応して、繊維化が進むと考えられる。」とも言われました。
 二次性の骨髄線維症の場合、特発性の線維症と同じ経過をたどる人もあれば、ゆっくりした進行の人もあり、経過のバリエーションが多いようです。(これは、以前の診察で聞きました。)原因や病気の仕組みが、十分に解明されていないので、すっきりした答えは無いですね。
 とりあえず、現状維持ということです。 では。 また。
 
 ~余談です。~
【尊厳死について】①
 そんなに長く生きられないことを宣告された者にとって、「死」をどう考えるかは気になる問題です。気にしても結論はないですけど・・・・。先日、「尊厳死」という言葉に出会いました。なにやら「尊厳死協会」というのもあるようです。興味をもって、尊厳死協会ホームページを早速調べてみました。次のようなことが書いてありました。

   ****** 尊厳死協会のホームページより******
 日本尊厳死協会は、治る見込みのない病気にかかり、死期が迫ったときに「尊厳死の宣言書」(リビング・ウイル)を医師に提示して、人間らしく安らかに、自然な死をとげる権利を確立する運動を展開しております。
 リビング・ウイルとは、自然な死を求めるために自発的意思で明示した「生前発効 の遺言書」です。その主な内容は
    ○ 不治かつ末期になった場合、無意味な延命措置を拒否する
    ○ 苦痛を和らげる措置は最大限に実施してほしい
    ○ 回復不能な遷延性意識障害(持続的植物状態)に陥った場合は生命維持
      措置をとりやめてほしい
 自分の病気が今の医学では治る見込みがなく、死が迫ってきたとき(不治かつ末期)には、自から「死のあり方を選ぶ権利を持とう」、そしてその権利を社会に認めてもらおう、というのが設立目的です。ですから尊厳死運動は人権確立の運動なのです。
     **************

 この協会によれば、「不治かつ末期になった場合、無意味な延命措置を拒否する」ということが、「尊厳死」につながるということのようです。ウーン。どうもイマイチよく理解できないですね。
 回復が見込めない状態になり、胃瘻チューブや栄養点滴、排泄吸引チューブ、酸素吸入など、チューブに繋がれたような状態で生きるのは拒否したいということのようですが、無意味な延命治療とは何か、無意味を誰が決めるのか、どの程度の延命処置なら受け入れるのか、難しい問題が残ります。そもそも、医療チューブに繋がれた死は、尊厳ある死に方ではないというのもイマイチ理解できないです。逆に、医療チューブに繋がれなければ、尊厳死というわけでもないと思います。医療の進歩により、一日でも二日でも長く生きられる、これは、私には良いことのように思えます。少しでも長く生きられること目指して、治療にいろいろ努力していただいた医療スタッフの皆さんにも感謝して死ねます。ありがたいことです。医療も受けられずに死ぬよりは恵まれています。
 「在宅死」というのもあります。過剰な医療を受けず、無機質な病院ではなく、在宅で家族に見守られ死を迎えるという死に方です。しかし、これは、食事から排泄の世話から、何から何まで、介護する家族が大変です。長期に及べばなおさらです。「在宅死」は、一つの理想かも知れませんが、ちょっと美化され過ぎのような気がします。ことさら病院で死ぬことを拒否する必要はないように思えます。医療も受けられずに死ぬより、医療を受けて病院で死にたいですね。医療費が払えればの話ですが・・・。
                               この話、長くなりましたので、続きは次回に。

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コメント

墓石さん こんばんは。(*^_^*)

まずは血小板が落ち着いて良かったですね。
死の問題は皆、色々考えますね。

私も最近、同年齢や若い方の死に面し、自分も
どうなるか解らない問題でしょ。そう長くはない
人生。また10年なんか瞬く間ですよ。

私は教会へ行ってますから、最近、もし体が召される
状態になっても、静かに、死を受け入れ、天を
見上げ、過ごしたい、と思いました。
神の愛を心から受け入れ、永遠の命の希望を
持ち、祈りつつ、最後を迎えたいです。

投稿: 輝子 | 2013年2月23日 (土) 20時34分

輝子さん、今晩わ。
ご訪問ありがとうございます。

輝子さんのように澄んだ心はうらやましいです。
さすがにクリスチャンという感じですね。
私は、無い知恵を絞って、死についていろいろ考えています。
今は、聖路加病院の日野原氏の本を読んでいます。
この方もクリスチャンで、信仰心やヒューマニズムの
大切さを強調されています。いろいろ教えられています。

投稿: 墓石 | 2013年2月23日 (土) 21時41分

墓石!久しぶり\(^o^)/

体のほうは大丈夫ですかー??
ほんまに元気が1番やから、体に気をつけてください!

ほんで、あたし、学校の先生を諦めて就職する事にしました。
まさかの路線変更です。笑
あんだけ学校の先生なりたかったのに...

なので、東京にいきます(T_T)
航空会社に就職したので羽田空港で働きます!
東京行くまでに墓石に会いたいょーーーーー!

投稿: 吉田優子 | 2013年2月24日 (日) 12時06分

私は病気になってからエンディングノートを書いています。ウェブでダウンロードした無料版です。
その中で延命治療は望まない事にしました。
延命治療は意識もなく回復の望みもなく只
心臓が止まってないようなイメージです。

以前飼い猫を亡くしましたが
病気に苦しみながらも
最後まで一生懸命に呼吸して
自然な感じで亡くなりました。
そんな死に方が良いなと思っています。

人より早く死ぬ事を思って泣いていた事もありましたが
この頃忘れて楽しく暮らす日も多くなりました。
墓石さんのブログで励まされています。

投稿: alice | 2013年2月25日 (月) 15時26分

優子さん、ご訪問ありがとうございます。
返事が遅くなったと思われるかも知れませんが、返事はすぐ書き込みまし
たが、今見ると消えています。どうしたんでしょうね。
もう一度、投稿し直しますね。

まず、なによりも就職おめでとうございます。
就職が厳しい折、活躍できる場を見つけられたことがなによりです。
何事にも前向きだった優子さんなので、きっと活躍できると思います。
就職が決まったら、回転しない寿司を食べに連れて行くよう頼まれて
いる人もいるんですが、いまだに就職決定の連絡が来ません。
やっぱり苦労しているんでしょうね。
では、またお会いできる時を楽しみにしています。

投稿: 墓石 | 2013年2月25日 (月) 17時19分

alice さん、コメントありがとうございます。

エンディングノートですか。早速、調べてみます。
良さそうなものなら、直ちに真似をさせていただきます。
ありがとうございます。

楽しく暮らせる日が多くなってきたとは、素晴らしいですね。
私などは、日々の充実を目指そうとしていますが、一日があっという間に
終わっていきます。
老人の一日は、早いです。

投稿: 墓石 | 2013年2月25日 (月) 17時36分

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