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2012年12月

2012年12月28日 (金)

定期診察の日(55)

  今日は定期診察、冷たい雨の降る一日でした。こういう日は、気分も沈みがちです。
病院は今年の最終日で、明日から休診です。たぶん混雑していると予想していましたが、意外と早く、予約通りの時間で診察が始まりました。
  さて、診察の結果です。血小板数は70万/μl台をさらに増加しました。主治医から、下痢は無いかとか、微熱はどうかとか、副作用を気にしていると思われる質問が続きました。薬を増量するかどうかか迷っている様子がうかがえました。迷った時に出る「ウーン!」という唸り声も聞けました。結果、投薬量は現状維持のままということになりました。ヘモグロビン値は低めながらも横ばい、中性脂肪、尿酸値、。カリウム、LDH、γGTPなども異常値のままです。代わり映えのしない結果ですが、変わらないことが最良なことなのです。これで、今年の診察は終了しました。診察室を出るとき、医師は、「良いお年を!」と挨拶をされましたが、私はうまく挨拶を返せなかったように思います。私は、少し社交性に欠けた人生を送ってきたもので、とっさの挨拶などは苦手ですね。
                 では。また。

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2012年12月27日 (木)

宇治田原町の風景写真

 【お知らせ】宇治田原町で撮影した風景写真を集めたカテゴリー、「宇治田原の風景写真」を作りました。左サイドバーのカテゴリー「宇治田原の風景写真」より入れます。残り柿、茶畑、彼岸花、霧、雪などの写真が見られます。二十四節気写真の中に分散的に入っている写真は、入っていません。 
 
 今回は、宇治田原町湯屋谷の残り柿の風景です。あまり撮影に行けてないので、少しだけですが・・・・。
 湯屋谷とは。霊峰、鷲峰山の北西側に流れた水が、いくつかの滝となり、深い谷を作りました。この谷の中に湯屋谷の集落はあります。ここには、水の神を祀る湯屋谷大滝や最初に煎茶の製法を編み出した永谷宗円の屋敷跡が残されています。茶の生産地です。
 国道307号線の両側に茶畑が広がっています。この茶畑の中に、柿の木があります。まず、国道の東側の茶畑と残り柿です。
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   この場所は夕日の光で撮ることができます。
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   国道の西側には、広大な茶畑が広がっています。ここは、残り柿や茶畑の撮影ポイントです。朝日でも夕日でも、季節を問わず撮影できます。
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   茶畑の最上部まで登ると、湯屋谷地区を見下ろすことができます。
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2012年12月22日 (土)

二十四節気「冬至」2012

 12月21日は、二十四節気の一つ「冬至」でした。江戸時代の暦便覧には、「日南の限りを行て日の短きの至りなれば也」とあります。一年中で一番昼間が短くなる日です。この日を境に、日が一日一日長くなっていきます。太陽が再生されていくわけです。中国の古歴では、一年の始まりです。 以上代わり映えのしない前置きですが・・・・。

 さて、二十四節気ごとに写真を整理して、ブログに掲載するということを始めて、間もなく3年になろうとしています。撮影の範囲も身近な木津川の土手を中心にしてきました。撮影場所も限られており、写真もかなりマンネリ化してきたように思います。過去の写真を見ると、同じような場所で同じような写真を撮っていることが分かります。おまけに、最近、第ニ名神のジャンクション工事と土手の改修工事が始まり、撮影場所はますます狭まっています。そろそろ新しい企画を立てなくてはいけないと思っています。

 では、愚痴を言っていないで、「冬至」の頃の土手を見に行きましょう。
 一枚目、土手の上から見た水主神社付近の田んぼです。野焼きの煙がうっすらと漂っています。二枚目、木津川土手の大榎です。葉は完全に落ちています。三枚目、ジャンクション工事のクレーンです。人からコンクリートへ。自民党の圧勝を祝福するかのような光景です。それにしては、冬の夕日が物寂しげですが・・・。
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   私の住む城陽市は、イチジクの産地です。冬のイチジク畑を撮ってみました。恐竜の骨のように見えます。この写真を撮っている時、イチジク畑の人から声を掛けられました。「珍しい鳥でも居るンか?」私が、イチジクの木の形が面白いと説明すると、すっかり変人扱いされました。「冬の写真なら冬鳥だよ。」と言って、久御山町の鳥撮影ポイントを教えてくれました。この人の話によると、イチジクの木が、この見事な形になるのに、最低2年はかかると言っていました。また、以前から疑問に思っていたことですが、枝の先にイチジクの実が残されているわけも判明しました。イチジクは、枝の下の方から熟していき、気温が下がってきて、熟し切れなかった実が、上の方に取り残されるということです。
 上空を雀の群れが飛んでいました。私には、鳥は、雀で十分です。
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   19日は、冬型の気圧配置で風の強い寒い一日でした。今年は、昨年に比べ寒い12月になっています。木津川土手に立つと、手が痺れるように痛いです。長岡京方面でしょうか、雪時雨が見えます。二枚目、京都市の西の方でも雪時雨です。北の比叡山方向でも雪時雨が見えます。
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  雪時雨がだんだんこちらに迫ってきました。雪時雨に追われて急いで帰りました。19日の撮影は、これで終了です。
   

    「冬至」前日の20日は、少し温かくなりました。午前中は鴻ノ巣山を歩きましたが、これといった被写体は見つからずです。一枚目は、コケです。こんなに寒いのに、胞子嚢のようなものを造っています。ひそかに頑張っているようです。
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     20日の夕方は、木津川土手方面に出かけました。一枚目、古川を泳ぐカモです。二、三枚目、土手の上に雲の切れ間から光が差しています。特に珍しくはないですが・・。こいう光をキリスト教圏では、「天使の梯子」または「ヤコブの梯子」というそうです。旧約聖書で、ヤコブの見た夢に出てくるそうです。読んだことは無いですが・・・。人物を入れなければ、写真として成立しないと思い、寒い中を待ちました。滅多に人は通らないです。人が通る時は光がなかったり、もう完全に、風邪を引きそう・・・・。
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   普段は行かない河原へ出てみました。対岸の田辺町がすぐ近くに見えています。川の水は、冬枯れで渇水状態です。比叡山が、雪雲で隠されそうになっています。相当冷えてきました。急いで帰ります。 この日も、これで終了です。
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   先日よく晴れた日、今年は紅葉の頃にいけませんでしたが、宇治川のダム湖周辺を撮影に行きました。紅葉がほんの少し残っていました。Touji20128_002_2
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   葉を落とし、完全に冬の山になるのももうすぐです。今年は、これで二十四節気は終わりです。来年は、「小寒」から始まります。では、良い年をお迎え下さい。
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2012年12月20日 (木)

宇治田原高尾の残り柿

 今回は、宇治田原町高尾の残り柿特集です。先日、霧の中と夜の撮影に行きました。

 先日の雨の日、高尾へ残り柿の撮影に行きました。この日は、深い霧が発生していていました。冷たい雨の中、スズメも動きが悪いようです。けっこう近づいても逃げません。
 高尾の集落を見下ろせる場所の柿です。ちょっと霧が多すぎて山が見えませんね。
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   霧が少し晴れてくるのを待って撮影しました。少し山が見えた方が雰囲気が出ます。
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   もう少し上へ登った場所です。よく霧が出ています。影絵のようでした。
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   車を降りて、徒歩でもう少し登りました。ちょっと雲海のように見える場所がありました。最後の二枚は、最初の場所にもどって撮りました。
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   次は晴れた日です。夕方から出かけました。夜を待ってストロボ撮影の予定です。
 高尾は晴れると、遠く京都の市街を望むことができます。葉を落とした枝が、逆光に白く輝いています。感動的に美しいのですが、写真では、イマイチうまく撮れないですね。
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   夕日に柿が赤く照らされています。日が沈み、2枚目からストロボ撮影です。
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   次の写真、一枚目はストロボ撮影です。ストロボの欠点は、近くの枝や草が明るく写りすぎたり、ストロボに照らされた被写体が、ノッペリ平板な感じになるという欠点があります。二枚目と三枚目は、自動車のヘッドライトで照らしてみました。
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   車のヘッドライトは、指向性が強すぎて、明るいところと暗いところの差が大きすぎます。良い方法はないかと考えた結果、ヘッドライトの光をレフ板で反射させてみました。シャッタースピードが10秒くらいなので、レフ板でまんべんなく照らせます。
 なぜ夜に柿を撮影するのか、その必然性に疑問が残りますが、面白かったです。
          では。   また。
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2012年12月17日 (月)

眼科定期診察

 今日は、KS病院で、眼科の定期診察でした。私は、糖尿病による眼底出血を監視するため、眼科で定期診察を受けています。また、抗ガン剤による白内障の副作用が起こっていないかを看るということもあります。
 最近、目の調子が悪く、パソコンのディスプレイを見ると、目がかすみ、涙目になってきます。パソコンは、一日2時間以内と自分で決めたり、読書量もグッと減らしています。夜寝るときに、オレンジの光の玉が見えます。目の視野の中のゴミの量も増えてきました。
 さて、診察の結果ですが、眼底は健全でした。
 視野のゴミが増えたことについては、歳のせいでどうしようもない、オレンジの光の玉については、それはよくあることで、普通のことだと言われました。白内障は、歳の割には、濁りが少ないということでした。涙目になることについては、涙が出なければ大変だが、涙が出るだけまだマシといわれました。目のかすみも歳をとればどうしようもないようです。
 言葉遣いの丁寧な美人の女医さんですが、言っている内容は、かなり冷酷なことをズバリと言っているようです。この切れ味の良いズバリは、一種の心地良さがありますね。
  と言うわけで、目は、特に異常は見つからずです。しかし、目の調子の悪さはそのままですが・・・・・。   では。また。

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2012年12月13日 (木)

河上肇詩集を読む

 先日、偶然の機会に、河上肇が詩を書いていたことを知りました。調べてみると、河上肇詩集が筑摩書房より出版されていました。すでに絶版なので、古本で買って読んでみました。紹介させていただきます。

 河上肇を知らない人はいないと思いますが、一応説明を書いておきます。
 河上肇は、戦前の経済学者で、京都帝大の教授でした。「貧乏」をなくそうと、ベストセラー「貧乏物語」を書きました。その後、マルクスの資本論の翻訳なども手がけていきます。やがて教授の職を追われ、左翼運動へと進んでいきます。地下活動へと入りますが、治安維持法違反で逮捕され、5年間投獄されます。この投獄中から詩を書き始めたようです。釈放後は、京都で困窮した生活を送り、戦争が終わり活動が再開できる日を待ちますが、終戦の僅か5ヶ月後に病死しました。

 河上肇は、権力に屈せず、ひたむきに学問を追究し、ついに自ら活動家となり、投獄され、その後は悲惨な生活を送り、病死するという波乱の生涯を送りました。苦しい中でも、最後まで人間らしい豊かな感性を失わず、希望を持ち続け、その中で書き留められた詩は、心打たれるものがあります。
 果てしない新自由主義的競争の中で、勝ち組と負け組に分断され、格差の広がりを当然視する社会。公然と軍備強化が叫ばれる社会。そんな社会の中で、私たちは大切なものを忘れかけているような気がします。貧乏を克服しようと働く人の立場に立ち、反戦・平和に身を捧げた彼の精神こそ、戦後に生きる私たちが、引き継がなければならないものだと思います。
 彼の死後60年以上が経っています。著作権は失われていると思いますので、いくつかを抜き出して紹介してみます。
 
    わが詩
私の詩は
他人に見せたなら
詩でも何でもなく
歌でもないと云ふだらう

げに私の詩は
なべて幼稚に
しらべは低く
言葉もいやし

だが私の詩は
私の産むだ子
いかにみにくくとも
私のためには最愛の詩

他人の詩は
美しくとも心を惹かず
ひとりわが詩のみ
味ひつくることなし

 彼がどのような姿勢で詩を作っていたのかが分かる一作ですね。私もまったく同感です。プロの詩人のような技巧はありませんが、他の詩と同じように、素直に響くものがあります。

   甲申正月述懐
天涯の一角に
あつき病を得て
すでに年の半ばを
あこは病院に臥せり

いとし子の病看むとて
老妻もまた
海のかなた
とつくににとどまれり

母はすでに八十四
いく山川をへだてて
西のかた二百里
わがふるさとに住めり

ひとりわれ京のほとりにありて
母を思ひ
妻を思ひ
子を思ひ

曠古の大戦
世は狂へるがごと
わかいほは
ひるなほしづか

ひとはかかるさかひを哀めど
われ敢て黎明の近きを疑はず
こころは風なき春のあけぼの
大古の湖の静けさに似たり

 荒れ狂う軍国主義、困窮する生活。その逆境にあっても、家族を思いやり、「黎明の近きを疑はず」という彼の信念と愛情は、「大古の湖」のように澄んで静まりかえっています。「風なき春のあけぼの」の心象が、読むものの心の中に深く静かに広がっていきます。
 では、長くなりますが、もう一作。味噌を手に入れ、里芋と一緒に食うまでを描いた何気ない一作ですが、周囲からも愛され、清貧の中でも生きる喜びを見いだそうとする彼の生き方や、ささやかな日常生活が滲み出た一作です。読後の心の中に、彼の買い求めた「白菊一本」が、静かに鮮やかに残されています。名作だと思います。 
     河上肇詩集、お薦めします。   では。また。

    味噌
関常の店へ 臨時配給の
正月の味噌もらひに行きければ
店のかみさん
帳面の名とわが顔とを見くらべて
そばのあるじに何かささやきつ
「奥さんはまだおるすどすかや
お困りどすやろ」
などとお世辞云ひながら
あとにつらなる客たちに遠慮してか 
まけときやすとも何とも云はで
ただわれに定量の倍額をくれけり
人並はづれて味噌たしなむわれ
こころに喜び勇みつつ
小桶さげて店を出で
廻り道して花屋に立ち寄り
白菊一本
三十銭といふを買ひ求め 
せなをこごめて早足に
曇りがちなる寒空の
吉田大路を刻みつつ
かはたれどきにせまる頃 
ひとりゐのすみかをさして帰りけり
帰りて見れば 机べの
火鉢にかけし里芋の   
はや軟かく煮えてあり
ふるさとのわかやのせどの芋ぞとて
送り越したる赤芋の
大きなるがはや煮えてあり
持ち帰りたる白味噌に 
僅かばかりの砂糖まぜ 
芋にかけて煮て食うぶ 
どろどろにとけし熱き芋
ほかほかと湯気たてて 
美味これに加ふるなく 
うましうましとひとりごち
けふの夕餉を終へにつつ 
この清貧の身を顧みて
わが残生のかくばかり
めぐみ豊けきを喜べり
ひとりみづから喜べり

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2012年12月 8日 (土)

二十四節気「大雪」2012

 12月7日は、二十四節気の一つ「大雪」でした。「雪いよいよ降り重ねる折からなれば也」(暦便覧)です。低気圧が通過し、日本海側や北海道では雪が降ったようです。私の住む京都府南部は、アラレは降りましたが、雪の降るのはまだ先のようです。最低気温が零下というかなり寒い日が続いています。暖冬だった昨年よりかなり冬らしいです。
 さて、「大雪」の今頃が一番「日の入り」が早いというのをご存じでしたか? 一番早く日が沈むのは、冬至の日ではないのです。ちなみに、一番日の出が遅いのは、冬至ではなく1月の初め頃になります。昼間が一番短いのは、当然冬至の日ですが・・・。知り合いに、この理由を質問されて、即答できませんでした。家に帰っていろいろ考えた結果、これは、地球が楕円軌道で公転しているためだという結論に達しました。簡単なことなのに、即答できなかったのは、ちょっと恥ずかしいです。
 さて、「大雪」の7日は、京都府南部は良い天気となりました。午前中は、城陽市の東側にある「鴻ノ巣山」をご案内しましょう。
 一枚目の写真、近所に住み着いている野良猫です。出かけ際に見つけました。「冬の日だまりの猫」といきたかったのですが、「警戒する猫」になりました。
 行く途中にある城陽ナザレン教会。街路樹の蔦の紅葉です。
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   「鴻ノ巣山」は、まだまだ紅葉は残っています。一枚目の写真、黄色く見えているのはタカノツメの黄葉です。
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   落ち葉の量もすごいです。落ち葉をメインに撮ってみました。
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  落ち葉と木漏れ日。山頂へ向かう道。木の影。
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   「大雪」の日の写真、午後は、城陽市西側の木津川土手に行ってみましょう。
 途中の田んぼでは、クワイの収穫も始まりました。正月も間もなくです。稲藁は、冬に備えて積み重ねられ、ビニールが被せられています。まだの所もありますが・・・。
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   午後遅めに出てきたので、直ぐに夕日の時間です。富野荘鉄橋付近で夕日を待ちましょう。昔、この辺りが水泳場だったとは思えないです。オギの原が広がっています。
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   夕日に光るススキ。少しフレアーが入りすぎました。申し訳ない。それから、富野の鉄橋をゆく電車です。鉄橋の反対側へ出るために、思い切り急ぎました。
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   夕日が、山に隠れようとしています。鳥はねぐらに向かって急いでいます。今日の撮影は、ここまでです。
 最期の2枚は、別の日に撮ったものです。第ニ名神のジャンクション工事と流れ橋近くの土手の改修工事が始まったため、撮影場所はかなり制約されてきました。写真のように巨大なクレーンも稼働を始めました。木津川土手の写真は、今回が最期になるかも知れません。      では。また。
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