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2012年10月17日 (水)

死とどう向き合うか(1)

 骨髄線維症という不治の病の宣告を受け、「残された数年をどのように生きるのか」「どのように死と向き合うのか」宗教や哲学などをいろいろ勉強し考えてきました。今日は、現時点での考えを簡単にまとめてみたいと思います。偏見や誤謬による内容もあると思いますが、無学者のたわごとと思って許して下さい。 
   【生命とは】
  百数十億年におよぶ宇宙の歴史の中で、私たちの銀河は生まれ、太陽系が生まれ、やがて地球の上に生命が誕生しました。二十数億年という長い時間をかけて真核生物が生まれました。真核生物では、細胞核のDNAに基づいて生物の体が造られていきます。・・・このように、現代の科学は、物質の運動によりすべての生命現象が説明できることの可能性を示しました。また、最新の脳科学も、人間の記憶や思考は、神経細胞と伝達物質に担われていることを明らかにしました。「脳死は人の死」という考えも広がってきたと思います。 「生命は、物質の運動の中で生まれそして消滅する。」 自然科学を不十分ながらも勉強してきた者にとって、これは自明のことのように思います。
 【魂や死後の世界】
 人の思考や記憶が、物質により担われているとすれば、人が死ねば、その人を形造っていた分子は、自然の中に拡散していきます。したがって、その人は完全に消滅します。もちろん死後の世界は存在しません。
 「それでは余りにも悲しすぎる。死後の世界があって欲しい。」と私も思います。しかし、そう思っている自分自身が消滅してしまうのです。
 【死とは何か】
 多くの生物にとって、「死」は必然です。生物は有性生殖を選択することにより進化してきました。有性生殖により遺伝子を交換し、世代交代を繰り返すことにより、環境の変化や遺伝子変異に対応し、種の保存をはかってきたのです。また、世代を交代させることにより進化も進みました。人間も生物である以上、必然的に「死」がDNAの中にプログラムされているのです。
 次の世代のために、「死」のプログラムは存在します。したがって、「死」は種の保存を攪乱してはいけないのです。どうせ死ぬんだからみんなを道連れにしてやるとか、社会を破壊してから死んでやる、などというのは、生物のあり方から外れているわけです。「死」は「静かな死」として準備されなければならないのです。
 【宗教とは何か】
 生物は、遺伝子の中に「静かな死」をプログラムしています。超ざっくり言えば、この「静かな死」を実践的に体系化したものが宗教であると思います。仏教にしろキリスト教にしろ、死への恐怖や不安を取り除き、人を「静かな死」へと導いてくれます。真に神や仏を信ずる者の心は癒やされ、「悟りの世界」や「神の世界」へと導かれるのです。その意味で、宗教は、歴史の中で人類が積み上げてきた叡智だといえます。
 様々な民族、国家、または共同体は、宗教により死生観を共有してきました。そのことは社会の安定につながり、社会を支配するためのツールとなりました。また逆に、支配に抵抗する団結のツールともなりました。民族や国家の対立が、宗教の対立という形をとることもありました。
  【死生観の多様化】
 日本では、江戸時代に檀家制度が作られ、日本人は、ある程度、共通した死生観を持つようになったと思います。地域社会の深いつながりの中で葬儀が営まれ、先祖は尊ばれ、死後、自分もまた同じように弔われるのです。このことにより、死を迎える人の心も、残された人の心も癒やされます。これは、善し悪しは別にして、社会としての癒しのシステムといえます。
 しかし、今、このシステムは急速に壊れつつあります。地方の衰退、地域社会の崩壊、都市での孤立化などが進み、孤独死、孤立死といった事例も増加の一途です。死生観も宗教も多様になってきて、かっての社会がもっていた癒しのシステムは機能しなくなってきています。各個人が、自分の信じられる宗教や哲学を見つけるか、自分流の死生観を持ち、自分流に「癒し」を得なければならない時代になったと思います。
  【多様な死生観の共存】
 価値観・死生観は多様化しています。これは当然のことだと思います。死生観が一つに統一され、他は排除される社会は、危険な社会であるとも言えます。過去には、「桜のようにいさぎよく散れ」などと、死生観を押しつけられた時代もありました。死生観の押しつけには反対です。仏教やキリスト教をはじめ、様々な宗教、様々な哲学による死生観が共存できる社会が求められていると思います。

               長くなりましたので、この続きは次回にします。

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