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2012年9月

2012年9月29日 (土)

加茂町の彼岸花

 秋らしい良い天気が続き、遅れていた彼岸花が咲き始めました。青く澄んだ空と爽やかな風に誘われて、加茂町へ彼岸花を探しに行ってきました。
 国道24号を南下し、JR加茂駅の方へ左折します。一枚目の写真、JR加茂駅前の古びた店です。木の形か異様ですね。赤い前掛けの地蔵もいます。じっくりと撮影したいのですが、今日は彼岸花が目的なので一枚だけです。二枚目、高麗寺遺跡。ここも一枚だけです。さらに進み、山城国分寺跡に到着。小学生が写生中でした。ここの校舎は、木造で雰囲気がいいです。
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   国分寺跡に車を置いて、歩いて彼岸花を捜します。たんぼ道で彼岸花を写そうとしていると、手押し車のおばあさんが登場。畑にいるおじいさんの所に苗を運んできたようです。温かな陽ざし、やさしく吹く風。ここだけ、時間がゆっくりと流れているような気がします。
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   野焼きの煙。実った田んぼ。刈り取りの終わった田んぼ。
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   次は、国道よりも南側の田んぼへも歩いていきます。この辺は、畦道に列をなして彼岸花です。
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   農家の方が、畦道の草刈りをしています。彼岸花はどんどんなぎ倒されていっています。傍を通り過ぎようとすると、この方から話しかけられました。先日から、やたらとカメラマンがやってくるので不思議がっておられました。この辺りは彼岸花の撮影で人気の場所であることを説明すると、この方は納得されてしばらく草刈りは延期するとのことでした。さらに、話を伺うと、この方は、数年前にこの田んぼを購入され農業を始められたそうです。農業は全くの素人で、それまでは大阪で公務員をされていて、今も大阪から農業のために通ってきているそうです。まともに収穫できるようになるまで、2年はかかったそうです。今は都会暮らしのストレスも無く、毎日気分が爽快だと言っておられました。
 良い話を聞かせていただきました。今日はこのへんで。 では。また。
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2012年9月23日 (日)

二十四節気「秋分」2012

 9月22日は、二十四節気の一つ「秋分」でした。秋分の日が22日になるのは、1896年以来116年ぶりです。一年は、約365日5時間48分45秒ほどなので、一年ごとに6時間の余りが出るわけです。4年間でほぼ1日になります。これが4年ごとの閏年で、一日多くなります。これだと、今度は4年ごとに不足分が溜まっていきます。そのため、400年に3回、閏年なのに、一日増やさない年があります。このように暦は微調節されているわけです。2044年までは、閏年は22日、そうでない年は23日のパターンが続くそうですよ。
 昨日、「天地明察」という映画を見てきました。江戸の暦作りの話でした。面白かったです。

 毎日残暑が厳しかったですが、少しずつ涼しくなってきています。22日の京都府南部は、うろこ雲が流れる秋らしい天気となりました。いつものように木津川土手に秋を探しに出かけましょう。どれぐらい秋が見つかるか楽しみです。
 自宅を出て南へ進むと、直ぐに田園地帯です。田んぼの畦道には、農家にとっては迷惑な雑草だと思いますが、秋の花が溢れています。チョウジタデ。ムラサキツユクサ。明治時代に園芸種として持ち込まれたマルバルコウソウがいたるところで野生化しています。
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   マルバルコウソウとニラ。名前は恐ろしいが、可愛いママコノシリヌグイの花。不名誉な名前を付けられてしまったアレチノヌスビトハギ(?)。
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   稲の実り具合は順調のようです。ここで万葉集から一首。詠み人知らずです。
   ~秋の田の 穂向きの寄れる 片寄りに 我れは物思ふ つれなきものを~
  意味: 秋の田の稲の穂が実って垂れているように、私はあなたのことだけを想っています。あなたは知らないふりをしているけれど。
 垂れている稲の穂に自分を投影するとは、かなり深刻な片思いのようですね。
 田んぼに案山子です。作者不詳の一句。
         ~ 頭垂れ 実りし稲に 案山子かな ~
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   今日は、富野荘というところで土手に上がります。土手下の水路に、桜の落ち葉が浮いています。土手に上がると、秋空の下に黄色く実った田んぼが広がっています。
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   土手に萩の花です。足下のエノクログサもよい秋の雰囲気をだしています。
        ~よい秋や 犬ころ草も ころころと~   小林一茶
    ~秋の野に 花やら実やら えのこ草~   金子楚常
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   土手下を散歩の老夫婦が行きます。曲がったたんぼ道を、人生の曲がり道と連想するのは、ちょっと思い過ぎですか? 奥さんが常に後ろからついて行っているように見えるのは、今的には、ちょっと気になります。
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   葛は、葉も大きくて厚かましく他人に巻き付いて広がっていますが、花はひかえめで綺麗です。たしか、秋の七草の一つです。
    ~常よりも あはれは深し 秋暮れて 人も越す野や 葛の裏風~ (守覚法親王)
 昔の人は、花より葉を歌に詠むことが多かったようです。「葛の裏風」は、葛の白い葉裏を見せて吹く風の事で、秋の風情を表す季語です。「裏見」と「恨み」を掛けて恋の歌に使われたりします。
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   では、お別れは、いつものように流れ橋の夕日です。エノコロ草を強調して、秋らしくしてみました。草むらに入るとヤブ蚊が多くて大変でした。  では、また。
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2012年9月18日 (火)

中野敏男著「詩歌と戦争」

 中野敏男著「詩歌と戦争」(NHKブックス)~白秋と民衆、総力戦への道~を読みましたので紹介させていただきます。著者の中野敏男氏は東京外国語大学教授、専門は社会理論、社会思想です。

 1920年代、関東大震災前後、「赤とんぼ」「七つの子」「からたちの花」「この道」といった「日本の童謡」の名歌が、この時期に次々と生まれました。著者は読者に問いかけます。こんな優しさに溢れる歌を歌っていた人々が、いったいどうして、ほどなく迎える戦争の時代には、自ら戦争の担い手になっていたのでしょうか。そこで人々の心情はいったいどのような道筋を辿って、やがて戦争への翼賛に行き着いていくのでしょうかと。
 その謎が、北原白秋という詩人の分析を通して明らかにされていきます。実に読み応えのある本です。

 では、内容を超簡単に、一部分を紹介します。
 まず、小学校に導入された唱歌教育は、近代国家としての形を整えるための事業の一環として、「国語発音の統一」「国家を愛する国民の訓育」を目標に実施されました。「庭の千草」「故郷の空」「埴生の宿」「旅愁」などは、今も歌い続けられる『郷愁』をそそられる名曲ですが、故郷を愛し、それにつながる国家を愛する精神を訓育する目的をもって実施されたのです。
 大正デモクラシーの自由と自主という考えに影響を受けた北原白秋は、「童心主義」を掲げ、上からの国家主義的な学校唱歌に反対し、「からたちの花」「砂山」「ちんちん千鳥」といった名曲を生み出していきます。これらは、今でも歌い継がれる、日本人の心に深く刻まれた心優しい叙情歌となりました。しかし、抒情詩人北原白秋は、その後、愛国的な戦争翼賛詩人の道を進んでいきます。白秋の心の中で、抒情と戦争翼賛が同居できたのは何故なのでしょうか。著者は、そのわけを『郷愁』という詩的テーマを手がかりに分析を進めます。文部省唱歌の「故郷」で歌われる『郷愁』は、空間次元で語られているが、白秋の「この道」では、『郷愁』が時間次元で語られていることを指摘します。二度と帰らぬ過去に向かって『郷愁』が語られる時、人の心は他者と切り離され、ただひたすら自己の世界の奥に内向していきます。海外進出していった兵士たちが、瞼に揺れる旗の波を見、故郷を思い、国のために身を捧げようとする時、白秋の抒情は植民地主義を支える抒情となっていったのです。
 また、かっての戦争は、国家の上からの指示や命令、銃剣による脅迫により一方的に進められたものではなく、民衆の下からの盛り上がりと結合することにより総力戦となり得たことを著者は指摘しています。マスメディアイベント、新民謡運動の経験、校歌や社歌制定ブームなどの文化経験、町内会での自発的活動の経験などの下からの国民的運動、詩歌をも利用した精神的盛り上がり、これらが総力戦のための強固な地盤となり利用されたのです。・・・・・
 ウーン。他人の著作をまとめたり、紹介するのは難しいです。チョツト内容を歪めて説明しているかも知れません。

 この本を読み終わり感想を一言。
 憲法改正を主張する安倍元首相は、「美しい国、日本」と言っていました。強力な軍隊を持つことと「美しい国」とが、彼の頭の中では矛盾なく同居しているのです。内向きの〈優しさ〉と他者への〈否認と暴力〉とは、表裏をなして存在できるのですね。よく分かりました。
 東日本大震災・大津波・原発事故で、多くの人々の心が傷つきました。「絆」を合言葉に、被災地にはたくさんのアーティストが心の癒しを与えようと奮闘しています。しかし、その癒しが、対米従属的な原子力政策への反省、新しいエネルギー政策への転換、危機便乗型資本主義への警戒と関係なく語られるとすれば、真の癒しにならないことは当然だと思われます。今ここで、抒情の質を問い直す必要がありそうです。
         この本お薦めします。   では。

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2012年9月14日 (金)

京都駅ビル散歩

 散歩といえば、いつもは木津川土手を自転車で走るのですが、たまには気分を変えて歩きたくなりました。というわけで、カメラを持って京都駅ビルを散歩してきました。知らず知らずの間に、けっこうな距離を歩きました。ブラブラなので運動になったかどうかは、チョット疑問ですが・・・。 その時の写真です。

 近鉄電車で京都駅到着。さて、何を写そうかと考えるも、まったくアイデアは無しです。とにかく、気になるものや面白そうなものを片っ端から写すことに・・・。
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   写しているうち、自分は何をやっているんだろうと疑問が沸々と湧いてきます。いつもの木津川土手の写真とは、勝手が違いすぎです。
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Ekibil3_001_01 頭を冷やすため、ラーメン横町で昼食にラーメンを一杯。カロリー高そう。ここで、次の作戦決定。京都駅ビルといえば大階段。階段を中心に撮ることにしました。ビルの横にも目立つ非常階段があります。外国人。修学旅行生?。

  
  
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   大階段。エスカレーター。 ウーン。何かがもう一つ足りないですね。
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    歩いているうち本日の最高場面に遭遇。店の白い制服を着た若者が、目立たない階段の所で一人休憩中です。仕事をサボっているのか、はたまた、恋人か友達にメール中なのか・・・。写真的には成功はしていないと思いますが、心に残ります。私的には、故郷の母親へのメールであってほしいですが。 ウーン、そんなわけないか。
 最後の写真2枚も、チョット孤独感を滲ませました。      では。また。
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2012年9月 8日 (土)

二十四節気「白露」2012

 9月7日は、二十四節気の一つ「白露」でした。江戸時代の暦便覧には、「陰気ようやく重なりて露こごりて白色となれば也」とあります。「朝夕はめっきり涼しくなり、ススキの穂が風になびき始めました。」と書きたいところですが、毎日30℃を越え、残暑が厳しすぎます。ここのところ、午前中は晴れて、午後は積乱雲が発達して雷雨がやってくるという天気が続いています。日本海に秋雨前線が現れていますが、本格的な秋は、まだ先のようです。

 7日の「白露」の日も、積乱雲が発達し激しい雷雨になりました。写真は、木津川の土手から見たものです。積乱雲から雨が落ちていて、虹が見えています。
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   虹と言えば、先日も散歩の時、虹が見えました。写真を写していると、知らないおばさんから、虹か綺麗ですねと、にこやかに声を掛けられました。虹は人を結びつける不思議な力を持っているようです。この後、土手の上で虹を撮りました。一枚目の写真です。見えにくいですが、小学生高学年くらいの少女が二人写っています。この少女からも、「虹が綺麗ですね。」と声を掛けられました。予期せぬ、おませな挨拶に、私は慌てて、「ハッ、ハイ。」と、ちぐはぐな返事をしてしまいました。この後、この少女は、「お母さんに知らせなくっちゃ!」と、自転車で必死に走り去りました。虹の感動をお母さんと共有したい。なんという素直な子供たちなのでしょう。たぶん、知らせを受けた母親もにこやかに迎え入れることと思います。ちなみに、私の場合は、「虹が綺麗なのは、今に始まったことでない!」と叱られました。母は忙しく働いていました。そんな時代だったのでしょうか? 私の性格が少しひねくれているのは、この辺に理由があるのかも知れません。
 大榎と虹。近鉄電車と虹。もうだいぶと消えかけていますね。
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   最近、道端にたくさんのニラの花が咲き出しました。白く清楚な感じの花です。万葉集では、久々美良(ククミラ)の名で出てくる食用の植物です。土手では、桜の木が少しずつ葉を落とし始めました。エノコログサもよく見られます。アララギ派の歌人、岡 麓の歌です。
  ~ みちのべの 相撲取草 猫じゃらし われにしたしき 草のしげりや ~
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   城陽市の特産のハスもいよいよ最後を迎えています。一枚目の写真、比叡山をハス君が案内してくれています。
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     枯れかけたハスの葉です。網目状に枯れた葉は、蛾の幼虫にやられた葉です。ときどき見かけます。
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   単なる土手の写真です。まだ、夏の雲と秋の雲が同居しています。
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    9月2日、流れ橋に撮影に行きました。いつもの撮影場所が、大阪から来たという写真クラブの人で占領されていました。遠慮がちに撮りました。
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   夕日が沈み、ほとんどの人が引き上げました。その後の写真です。せっかく来たんだから、もっと粘ればいいのにと思うのですが・・。
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   別の日の流れ橋と土手の夕日です。
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    お別れは、私の住む城陽市寺田のメインストリート(?)です。 では。また。
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2012年9月 7日 (金)

定期診察の日(51)・早ければ5年

 今日は、KS病院で定期診察を受けてきました。前回の診察の時、来月は予約の人数が少し多いので遅くなるかも知れないと聞いていたので、新しい本を一冊持っていきました。ちょうど読み終わる頃に順番がきました。

 最近、足の痺れ感が強くなっていることと、目のかすみがひどいことを伝えました。検査の結果ですが、血小板数は、70万/μl台に増加しました。結果、投薬量は今のままで様子をみるそうです。来月、様子をみて薬を増量するとのことでした。
 さて、今日は、自分の病気のことについて、質問というか、確認というか、をしてみました。まとめると次のような内容です。
 ★まず病名ですが、「本態性血小板血症からの二次性の骨髄線維症」ということです。
 ★原発性骨髄線維症と二次性の骨髄線維症とは、必ずしも同じ病状とは言えず、二次性の場合は、病状にバリエーションが多いということでした。
 ★治療方針としては、血栓症を防ぐ意味でも、繊維化を遅らせるためにも、血小板数は80万/μl以下でコントロールしたいということです。
 ★現在の状態から危機が訪れるのは、個人差も大きいが、早い人は5年以内ということでした。

 「個人差があり、長く生きている人もいる」という条件付きながらも、担当されている医師からの「5年」という言葉は、覚悟しているとはいえ、やはり重く響きますね。しかし、考えてみれば、あと5年生きると71歳です。これだけ生きられれば、まあ良しとしなければ。
                         では。 また。

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2012年9月 3日 (月)

デヴィッド・ハーヴェイ著「新自由主義」

  デヴィッド・ハーヴェイ著「新自由主義」(作品社)~その歴史展開と現在~ を読みましたので、紹介させていただきます。
 デヴィッド・ハーヴェイは、専攻:経済地理学 ニューヨーク市立大学名誉教授です。

 日本では、小泉政権下で本格的な新自由主義の経済政策が進められました。特殊法人や郵政の民営化など公共部門の民営化が容赦なく推し進められ、また、企業の競争力を強化するための規制緩和、労働者派遣法の改正、三位一体地方分権改革、社会保障費の削減など、小泉・竹中構造改革とも呼ばれる政策が進められました。その結果、大企業には「史上最長の好景気」がもたらされ、逆に国民の間には、「ワーキングプア」、「格差社会」という言葉が普及し、既存社会の安定は崩れ、地域社会や家族の崩壊がもたらされました。ここで初めて、日本の国民の前に新自由主義の実態がさらけだされたのです。さらに、新しい政権が誕生しましたが、菅政権、野田政権はみごとに変節し、法人税減税、消費税増税、社会保障の一体改革、TPP参加など、新自由主義推進政策を進めました。
 日本の政治に大きな影響力を持ち始めた「大阪維新の会」も、規制緩和、道州制制といった新自由主義的政策を掲げています。道州制は、日本財界のかねてからの主張です。国民総背番号制、日本の医療制度を根本から破壊する混合診療の解禁なども維新八策に盛り込まれました。「維新の会」のさらなる大問題は、憲法の改正、労働組合に対する露骨な攻撃、民主主義への憎悪といった新保守主義と結びついているということです。
 さて、前置きがずいぶんと長くなりましたが、私が言いたいのは、新自由主義への理解無しには、今の政治は語れないということです。新自由主義とは何か? なぜ、新自由主義は新保守主義と結びつくのか?  デヴィッド・ハーヴェイの「新自由主義」は、多くの視点を与えてくれます。
 ハーヴェイは、「新自由主義」を、イギリスやアメリカなどの先進資本主義国が福祉国家維持のための高コストにより利潤率を低下させ、国際競争力を失ったため採用した国家体制、と単純には捉えていません。「新自由主義」は、韓国やシンガポールなどの開発途上国、ロシアや中国などの旧社会主義諸国も含め、それぞれの国の事情を引きずりながら、世界同時的に展開されている体制、資本主義の一時代として捉えています。 第4章地理的不均等発展では、メキシコ、アルゼンチン、韓国、スウェーデンで、どのように新自由主義が受け入れられていったのかが分析されています。第5章「中国的特色のある」新自由主義では、中国がどのようにして新自由主義国家となっていくかの分析があります。中国という国を理解するのにも役立つと思います。
 また、ハーヴェイは、「新自由主義は、国家の干渉から自由な市場を守るもの」という市場原理主義的側面からのみの理解を否定し、「新自由主義」は、グローバル企業の競争力を回復するために、それを妨害する政治制度を破壊し、強力な国家介入をおこなうものであることを指摘しています。中国やロシアなどの「権威主義的国家」が新自由主義を受け入れていった理由も理解できます。
 第3章新自由主義国家では、新自由主義国家は、世界市場における競争主体となったため、ナショナリズムを動員するものであることが指摘されています。また、新保守主義との結びつきの危険性も指摘されています。

 ナショナリズムの高揚、新保守主義の台頭は、日本でも重要なテーマになっています。「尖閣を守れ!」、「憲法を改正して自分の国を守れる国に!」、「決める政治を!」、「国家の改変を!」など、日本人の欲求不満は極点に達しています。新自由主義と新保守主義の結合体である大阪維新の会は、この不満を吸収して巨大怪物となり成長しています。「新自由主義」に対する理解無しでは、この怪物の餌食になることは間違いないです。
 今こそ冷静に!!  この本お薦めします。 ハーヴェイは日本のことにはほとんど触れてていませんが、編者の渡辺治氏が、「日本の新自由主義」という付録を付けてくれています。この方が勉強になるかも。  では。また。

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