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2012年8月

2012年8月29日 (水)

孫崎享著「戦後史の正体」

 孫崎享著「戦後史の正体」(創元社)を読みましたので紹介させていただきます。久々のお薦め本です。孫崎氏は元外交官で、国際情報局長、イラン大使、防衛大教授などを歴任された方です。
 この本の主題は、「日本の戦後史を動かしてきたのは『対米追随路線』と『自主路線』の二つの力のせめぎ合いであり、日本の戦後史は、世界戦略の変化により、次々と変化する米国の対日政策に、いかに振り回され、いかに従属させられたきたかを明らかにする。」ということです。現在、「日米同盟が基軸である」と主張するマスコミ(大手新聞とテレビ)は、対米従属路線一筋です。これを真っ向から批判しているのは痛快です。ただし私には、ここに書かれていることの真偽を証明するだけの資料もなければ、知識もないです。一つの考え方としては大いに参考になります。

 TPP交渉に懸念を持っている人も多いと思います。この本の中で孫崎氏は、TTPについて次のように書いています。
  ・・・・菅首相になって突然、TPPの参加問題が浮上します。TPPの狙いは日本社会を米国流に改変し、米国企業に日本企業を席巻させることです。・・・TPP論議の最大の問題は、推進者が実態をゆがめて説明している点にあります。TPPは計24分野におよびます。電気通信、金融、投資、政府・地方公共団体の調達、知的財産権など、国民生活のほとんどすべてにおよぶのです。農業問題だけではないのです。・・・これまで日本の繁栄を支えてきた素晴らしい社会システムが、次々と破壊されていくのは確実です。・・・・たとえば世界的に評価の高い日本の健康保険制度は一気に崩壊します。・・・・
 
 いったいなぜ、日本の為政者は、かくも次々と米国の要求に従っていくのでしょうか?
その謎を知りたい方は、この本を一読することをお薦めします。また、なぜ日本で危険な原子力発電が進められていったのか? その辺の事情も 説明されています。
 それから、日本はサンフランシスコ講和条約で千島列島を放棄したにもかかわらず、択捉、国後などを日本領と主張し始めます。この「北方領土」という考え方は、どのような歴史経過でできあがったのかも説明があります。ちょっと立ち止まって、考えを冷やすのにもいいかも知れません。
 この本、お薦めします。

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2012年8月24日 (金)

二十四節気「処暑」2012

 8月23日は、二十四節気の一つ「処暑」でした。江戸時代の暦便覧には、「陽気とどまりて、初めて退きやまんとすれば也」とあります。「処」という漢字の部首は、「几」(つくえ)です。几(肘掛け)に休んでいるところを表しているそうです。したがって、処暑とは暑さが休まるという意味なのだそうです。
 「処暑」と言っても、毎日暑い日が続いていて、日中は35℃を越えています。ここ数日、午前中は晴れているものの、午後になると積乱雲が発達して雷雨になるというパターンの天気が続いて、京都府南部は、21、22、23日の三日連続、雷雨となりました。こんな調子では、二十四節気も新バージョンが必要になってきますね。
 
 では、「処暑」の頃の木津川土手の様子を紹介していきましょう。
 私の家を出て南へ進むと田園地帯に入ります。田んぼの脇にはエノコログサです。陽の光に白く輝いています。秋らしさを感じますね。
 城陽市の特産イチジクの畑に案山子です。先日の大雨に耐えて、実りは順調のようです。さらに南へ直進すると、荒見神社の大榎です。二股に割れているところが特徴です。
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   田んぼでは、稲の穂が出てきました。よく見ると花のおしべがよく見えます。早い田んぼでは、鳥よけのネットも張られています。ここで、夏目漱石の句です。 
          汽車去つて 稲の波うつ 畑かな
 広々と波打つ稲穂を見て、寂寥感や孤独感を詠った句がよくみられます。苦労して稲を育てている農家の方は何を思うのでしょうか。
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    富野荘の土手への登り口です。盛夏の頃とは少し様子の違う雲です。秋らしさが出ています。
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   ツクツクボーシの声が聞こえます。アブラゼミよりは、秋らしさを感じますね。桜の樹に蝉を見つけました。手の届きそうな所で鳴いています。子供の頃なら喜んで捕まえたと思います。
 子供の頃、父が針金を曲げ、母が布で直径5cmほどのセミ採り用の網を作ってくれたことがありました。セミ取りとかあまり上手でなかった私は、一匹も採れず、「こんなもんで、蝉はとれん!」と文句を言ったことがありました。生活にゆとりも無く、家族で旅行や行楽に出かけたこともありません。そんな時代でした。私は、蝉が採れなかったばかりでなく、何か大切なものを取り逃がしていたようです。半世紀が経った今頃気づいても、もう遅いですが・・・・・。私は、蝉の声に寂寥感や孤独感を感じます。
蝉の抜け殻。ゴマダラチョウ(?)。
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   土手を北へ進むと、蓮田があります。今年は、まだたくさん花が残っています。クワイ田もあります。今年も成長は順調のようです。胃ガンの手術をされたというこの田の主人も大丈夫なのでしょう。
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   午後の雷雨の後、晴れてくると流れ橋まで夕日の撮影によく出かけました。毎日表情が違うので飽きないです。16日の流れ橋です。
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  次も、別の日の流れ橋です。
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   お別れは、茶畑のスプリンクラー第2弾です。今年のこの風景も見納めです。
     では。また。
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2012年8月15日 (水)

間人中学校同窓会

 昨日、間人中学校第15期卒業生(昭和21、22年生れ)の同窓会があり参加してきました。前日の夜から京都府南部は、猛烈な雨と雷に襲われ、夜あまり眠れませんでしたが、朝早くおきて、160kmも離れた間人まで、車で駆けつけました。
 この年の卒業生は、3クラス150名くらいだったと思います。(この頃は50人学級でした。)そのうちの40名が参加しました。卒業後、今年で50年になります。その当時の担任の先生の参加は無しです。もうすでに全員亡くなられました。
 
 お互いの近況、参加できなかった人の情報、当時の想い出話などに、花が咲いたのは言うまでもありません。数時間があっという間に過ぎました。
 印象に残った話としては、お互いの病気の交流です。最新の補聴器の装着、腎臓癌で片方を摘出、くも膜下出血手術、糖尿病腎症で透析中、心臓除細動器の埋め込み、突発性難聴、前立腺肥大・・・・など。65歳を過ぎると人間の体も故障がちで大変です。すでになくなられた方、25名の名簿も回覧され、みんなでご冥福をお祈りました。

 私に関する証言も出ました。N子さんの証言によると、N子さんは児童会の副議長をしていて、その時、正議長をしていたのは、私だったというのです。あまり記憶にないのですが・・・・。しかも、会議のたびごとに私は行方不明となり、大変苦労させられたというのです。私にイジメメられたという別の女性の証言もありました。また別の人からは、「君から親切にものを教わったことがない。無愛想で、教師には最も適さないタイプだ。」とも言われました。私は、いい加減な、ワガママな少年だったようですね。私は自分のことを、「いつも夢を見ているような少年だった」と思っていましたが、とんでもない思い違いだったようです。何でも言い合えるのは、ありがたいことです。

 亡くなった方の名簿の中に、T君の名前がありました。T君は卒業式で涙を流しました。その頃は、卒業式で泣く男子はいませんでした。そんな空気の時代でした。私は、「卒業式ごときで泣く奴があるか!」と、さんざんT君をバカにしました。それから3年後、心臓が悪かったT君は亡くなりました。おそらく何かを予感していたのかも知れません。
 会の最後は、間人中学校校歌と応援歌をみんなで歌いました。アルコールが入っているため、みんな元気よく楽しそうに歌っていましたが、私は、必死に涙をこらえていました。半世紀が過ぎて初めて、私はT君の気持ちが理解できたような気がします。

 お知らせですが、、平成25年度末をもって間人中学校は閉校となります。つまり、一年半後に間人中学校はなくなります。丹後町では、学校の統廃合により、中学校が1校に統合されます。地方の衰退、財政効率化の波は吹き荒れていますね。
 では最後に、校歌でお別れしましょう。  
  【間人中学校校歌   作詞:奥野勇 作曲:今西謙吉】
   暁の光輝よう 峰高き依遅ヶ尾の山
   己がじし力と仰ぎ 日々共に学びて競う
   先達の跡をたずねて けわしき世の鎮とならん
   ああ我等が誇り 間人中学
                        では。 また。

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2012年8月10日 (金)

定期診察の日(50)

 今日は、KS病院で定期診察を受けてきました。待ち時間は長く、しかも暑いです。1時半に家に帰り着いた時は、汗まみれでした。
 
 さて、検査の結果ですが、GTP、GOT、γGTPなどの肝機能の数値は、ほぼ正常値の範囲です。血小板数は、微増で60万/μl台後半の値でした。引き続き、投薬量はそのままです。薬の量が少ないままなので、ちょっとホッとします。
 中性脂肪、LDLコレステロールは高いままの状態が続いています。尿酸値も8.0と高いままです。尿酸値が高くなるのは、この病気特有の症状だそうですが、中性脂肪が多い理由はよく分からないそうです。私の場合、糖尿病対策のため、カロリーは1800kcal以下に抑えており、体重もやせ気味です。食事の偏りも無いです。このまま様子をみるより仕方がないという感じです。血圧の上の値は、140位が続いています。高血圧、糖尿病、高脂質症、高齢など、高リスク状態は変わらずです。
 骨髄の方は、急激な病状の変化は無しです。      では。 また。

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2012年8月 7日 (火)

二十四節気「立秋」2012

 8月7日は、二十四節気の一つ「立秋」でした。江戸時代の暦便覧には、「初めて秋の気立つがゆへなれば也」とあるそうです。今日から秋の始まりですが、ここのところ毎日猛暑です。暦の季節と実際の季節感とが、最も離れた季節のように思います。しかし、暑ければ夏、寒ければ冬、涼しくなれば秋というのでは、「日本人は季節変化に敏感な感性を持っている」という自慢はできませんね。
  ~秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる~
  この藤原敏行の歌にもあるように、暑い中でもかすかな秋の兆しを予感するというのが、日本人流の繊細な季節感のようです。また、夏の終わりころ、夜の涼しさの中に秋の気配を感じたとき使う、「夜の秋」という言葉なども繊細な季節感の表現です。
 最初の写真は、秋を予感させる、流れる雲、田んぼの上を渡る風。2枚目、遠くに比叡山が見えています。
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  では次に、立秋の日の木津川土手に出かけましょう。今日は、午後から曇りの予報なので、午前中に出かけましょう。いつものように南へ進みます。T園芸の水性植物栽培の田んぼです。睡蓮。葉の陰で休憩する蕾といった感じで、少し涼しげに蓮を撮ってみました。
 今日も富野荘で土手に上がります。土手のヒルガオです。
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   土手を少し南へ進むと、木津川土手の大榎です。休憩中の人がいます。なぜか、大榎の下では、いつも涼しい風が吹いています。
 南へさらに進むとキョウチクトウの花です。キョウチクトウといえば、私はキョウチクトウの歌を思いだします。反戦・平和の歌です。
          夏に咲く花 夾竹桃     戦争終えた その日から
     母と子供の おもいをこめて  広島の 野にもえている
        空に太陽が 輝くかぎり       告げよう世界に 原爆反対を
 しかし、この歌、久しく聞いていないです。私の記憶の底では、確かに響いているのですが・・・。
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  近くに、サルスベリの花です。アララギ派の歌人、古泉千樫は百日紅が好きだったようで、百日紅を歌った歌をたくさん残しています。
       家いずれば すなはち見ゆる墓原に たかだかと咲く 百日紅の花
       さるすべり 花咲くかげに男ゐて ちひさき墓を 掘りにけるかも
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   土手には、オニユリも咲いています。
Risshu5_001   オニユリによく似たコオニユリというのがあるそうですが、オニユリは、3倍体のためムカゴを着けて増えるそうです。写真の花は、ムカゴが着いているので、オニユリに間違いなしです。オニユリの百合根は、漢方の百合(ひゃくごう)の名で滋養、強壮、解熱等に用いられる薬だそうです。茶碗蒸しの百合根は最高ですね。
 では、立秋の日の撮影はここまでです。

  
  次に、最近写した写真です。最初は、流れ橋で遊ぶ家族です。この家族は、中国の方です。日本に永住する予定と言っておられました。
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   7月31日の流れ橋です。この日は晴れすぎて、赤い雲の量が少なめでした。
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   8月3日の流れ橋です。水量がぐっと減りました。
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   お別れは、土手下の茶畑です。毎日、スプリンクラーが稼働しています。夕陽に照らされると、水が金色に光ります。  では。また。
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