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2012年1月

2012年1月30日 (月)

タネが危ない

 野口勲著「タネが危ない」(日本経済新聞出版社)を読みました。この本、書店で何となく見つけて購入しましたが、意外と面白かったです。お薦めの感想を書かせていただきます。

 著者の野口勲氏は、固定種の種子のみを扱う「野口種苗店」の三代目です。若い頃、手塚治虫の虫プロに入り、「火の鳥」の編集担当者を務め、その後、実家の「タネヤ」を引き継いだという、異色の経歴の持ち主です。。
 著者の訴える「タネが危ない」とは、どんなことなのでしょう。早速、説明させていただきます。超要約ですが・・・・。
 多くの人は、農業とは、「種を播き、作物を育てて、そこから種を採種して、次の年にまた種を播き・・・・」を、繰り返していると理解しているのではないでしょうか。この理解は、江戸時代からずっと続いてきた「固定種」による農業です。優れた実をつけたものだけを種子として残し、次の年に使用する。これを繰り返すことにより、その地域の土壌や気候に合った作物を生み出していったのです。固定種は自家採種が基本なのです。
 しかし、1960年代以降、F1という種子が使われるようになりました。F1は、形や成長が一定であるという優れた性質があるものの、農家は毎年、種子を購入しなければならないのです。その理由は、F1では、タネができないか、できたとしても品質にばらつきが出て、そのタネは使用できないのです。そのため、毎年々々、種子を購入する必要があるのです。
 優れたF1種子を作ることに成功した種子会社は、その地域の農業、いや、その国の農業さえも支配できるのです。今、世界の種子は大手種子会社に独占されつつあります。世界の上位10社だけで、世界シェアの70%を占めています。最近では、アメリカのモンサントやデュポンという遺伝子組み換え企業が、種子を支配するようになってきています。農業という人類の基本的営みさえもが、大資本の支配する所となってしまったのです。
 さて、F1とはどんな種子なのでしょうか。昔勉強したメンデルの法則を思い出してください。それは、雑種第一代目の種子のことです。雑種一代目では、対立形質の優性のみが現れ、表面的には均一な性質になります。また、系統が遠く離れた雑種一代目では、雑種強勢という働きにより、生育を早めたり、収穫量を増大させたりできます。こうした原理により作られるのがF1種子です。F1の作物から穫れた種子を播いても、雑種第二代目になれば、劣性遺伝子が発現して、形や収量がバラバラになります。つまり、採種できないのです。
 次に、F1種子はどういう方法で作るのでしょうか。現在主流となっているのは、「雄性不稔」を利用する方法です。「雄性不捻」とは、ミトコンドリアの遺伝子に異常が起こり、花粉を作れなくなることです。花粉ができないので、自家受粉を防ぐことができます。雄性不捻の植物を元に、その傍に掛け合わせたい植物を栽培し、受粉させてF1を作るのです。雄性不捻から作ったF1種子は、当然雄性不捻です。つまり、子孫を残せない植物で農業は行われているのです。
 遺伝子組み換え技術も恐るべき段階に来ているようです。ターミネーターテクノロジーというのがあるそうです。遺伝子操作により、次世代以降での発芽を抑え、自家採種を不可能にする技術です。アメリカのモンサント社が特許をもっているそうです。恐るべき企業の利己的戦略です。もし、この遺伝子が自然界に流出すれば、子孫が残せない死の世界が広がることになります。
 以上のように、種子が世界的大企業の手に支配されつつあるのです。著者は、自家採種できる固定種の栽培を進め、地域に根ざした伝統野菜と食文化を守ることが大切だと主張されています。
 少し長くなりました。人の著作を超要約するのは難しく、失礼でもありますが、この本、お薦めします。

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2012年1月25日 (水)

三丁目の夕陽’64

 昨日、「三丁目の夕陽’64」を見てきましたので感想を書かせていただきます。

 シリーズ三作目になる今回の作品は、東京オリンピックの頃の、三丁目の人々に出会うことができます。この年、私は高校生で、ドラマの淳之介君と同じ年頃でした。「ひょっこりひょうたん島 」、「シェーッ!」というギャグ、「みゆき族」など、なつかしさをかき立てられました。
 ドラマの構成も良かったと思います。三文小説家、茶川は、かって、親爺から勘当され家を飛び出し、小説家を目指しました。その親爺の死を通し、親爺の真の気持ちを知ることになります。この伏線が準備された後、茶川に引き取られた淳之介が、「一流大学を卒業し、一流企業に就職する」という生き方を否定し、小説家を目指す自立の旅に出発します。親の世代から、温かい心の何かを受け継ぎながらも、自立しようとする若者たちの姿が描かれます。また、鈴木オートに集団就職した六ちゃんも、恵まれない人に無料診療を続ける医師と結婚し、新しい旅立ちをします。高度経済成長の時代、上を見ながらひたむきに生きた三丁目の人々の人情や成長が温かく描かれています。
 しかし、この映画を見て、「あの時代はすべてが上向きで、熱気溢れる良い時代だった。」という感想を持つとすれば、それは、昔を懐かしむ老人の感傷と言われるでしょう。いつの時代もそうであるように、この時代も激動の時代でした。公害問題の深刻化。鉄道事故。原子力潜水艦の寄港問題では、佐世保や長崎で数万人の集会が開かれました。誘拐殺人などの暗い事件もありました。今に続く東海村での、原子力発電の商用化の始まりもこの頃でした。
 柴田翔が「されど我等が日々」で、芥川賞を取ったのもこの頃です。学生運動に挫折した男女が、恋愛や生き方に苦悩し、やがて女性は新しい自立を求めて去っていきます。取り残され、茫然と立ち尽くす主人公。60年安保に多くの若者が挫折し、高度経済成長の波に巻き込まれていった時代でもありました。
 新自由主義的競争社会。地方の衰退。コミュニティの崩壊。そんな時代にあって、私たちは、あの時代から何を受け継ぎ、何を次の世代に引き渡せるのでしょうか。三丁目の人々が持っていた温かい人情やひたむきな生き方は、果たして引き渡すことができるのでしょうか。  この映画、お薦めします。                     では。また。

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2012年1月22日 (日)

二十四節気「大寒」2012

 1月21日は、二十四節気の一つ「大寒」です。江戸時代の暦便覧によれば、「冷ゆることの至りて甚だしきときなれば也」とあるそうです。一年で一番寒さの厳しい頃です。一年の最低気温もこの時期に記録されるそうです。
 「寒い」と言えば、童歌にも
  「大寒小寒 山から小僧が飛んできた ・・・寒いといって飛んできた」
とあります。私は長い間、「小僧が飛んできた」と憶えてきました。小僧は冷たい風と共に飛んできたのです。実に風を感じます。
 しかし、当然のことながら童歌なので、地方によって歌詞は違います。関東地方では、
    「大寒小寒 山から小僧が泣いてきた ・・・寒いといって泣いてきた」
と歌うそうです。全国的には、こっちの方がメジャーなようです。「泣いてきた」では、ちょっと表現が、感情に走りすぎて浅いような気がします。やっぱり私には、風を感じる「飛んできた」の方が優れているように思うのですが・・・・。ちなみに、三重県あたりでは、「大寒小寒 山にずっきんおいてきた とりにいこか もどろか ミカンの皮でもかぶろうか」と歌うそうです。いかにミカンどころとはいえ、ちょっと宣伝がましいような・・・・。「山にずっきんおいてきた」とは、山に雪のずきんを置いてきたのでしょうか、雪化粧した鈴鹿の山が見えてきます。オレンジ色と白い雪との対比もなかなか良い表現ですね。

 では、21日、「大寒」の日の写真です。京都府南部は朝から雨です。よく降りますが、思い切って、傘をさして出かけましょう。城陽市の東側、鴻ノ巣山へ向かいます。はたして、「大寒」にふさわしい被写体は見つかるでしょうか。
 今年は雪が降らないため、朽ちた葉が落ちずに、まだ残っています。水滴が着いて、雨らしい雰囲気ですが、大寒らしいかどうかは、ちょっと・・・・・。Taisetumj_001_3 Taisetumj_002_5 Taisetumj_003_2

  

  

  

  
     梅もロウバイも咲いています。もう春も近づいていますね。鴻ノ巣山は、これくらいにします。Taisetumj_001_01 Taisetumj_001_02_2 Taisetumj_002_01

  

  

   
     次は、宇治田原町高尾というところの残り柿です。久々の雨なので、霧の中の残り柿も撮影します。これで、雨の「大寒」の撮影は終了です。Taisetuamek_001 Taisetuamek_002 Taisetuamek_003

  

  

   
    今年はまだ積雪はありません。先日、12日に宇治田原では、ほんの少し積雪がありました。雪の茶畑と枯れススキです。Taisetudtawa_003 Taisetudtawa_001 Taisetudtawa_002

  

  

   

   
    最近の木津川土手周辺です。田んぼでは、春の準備が少しづつ始まっています。藁のクズを焼いています。肥料をまく人もいます。Taisetutanb_002 Taisetutanb_001 Taisetutanbo_002

  

  

   
    雀は群れをつくって飛び回っています。Taisetusu_002_01 Taisetusu_001_02 Taisetusu_002

  

  

   
    野鳥もよく見かけます。一枚目の写真、モズだと思うのですが・・・・。鳥の名前はよく分からないです。Taisetutor_001 Taisetutor_001_01 Taisetutori_001

  

  

  

        土手の風景です。最後の写真はタンポポです。畑の側に咲いていました。春が近づいています。次は立春です。  では。また。Taisetudot_001 Taisetudot_001_01 Taisetudot_002 Taisetuharu_001

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2012年1月20日 (金)

定期診察の日(43)

  今日は、KS病院で定期診察を受けてきました。年末年始を挟んだため、7週間ぶりの診察です。今回は、今年に入って初めての診察なので、「本年もよろしく。」と挨拶をされました。
  さて、検査の結果ですが、血小板数は、前回とほぼ同じで約50万/μl台でした。ヘモグロビン値が少し低いですが、他の血球数については異常な変動はなく、骨髄の繊維化が急激に進行している兆候は無いとのことでした。
 糖尿病の検査ですが、食後2時間血糖値が、270という過去最高の値が出たりすることもありましたが、HbA1c の値は正常値内でした。不思議です。
 というわけで、急激な状況の変化は無しです。今後の投薬量は現状維持が続きます。
          では。 また。

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2012年1月16日 (月)

宇治田原雪の残り柿

 1月12日朝、うっすらと積雪しました。朝、なかなか起きられない私は天気予報を見て、今日は雪が降ると確信し、前日から心の準備をしていました。6時に起床し、顔も洗わず宇治田原の茶畑に出発です。
 どこの茶畑にするか迷いますが、湯屋谷地区の茶畑は、規模も大きく、残り柿も多く、無難です。めったに早起きしないので、無難な場所を選びました。まずは、農機具小屋のある人気の場所に直行です。すでに、3人のカメラマンが来ていました。
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     湯屋谷の茶畑の全体的様子が分かる写真です。
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     車で茶畑の奥へと進み、その後、少し歩きます。途中の残り柿です。山から太陽が顔を出してきたので、先を急ぎます。
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     太陽が出ました。周囲の様子は一変します。ここで、ハレ切りを車に忘れたことに気づきましたが遅いです。わざとハレーションやゴーストを入れてみました。
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     茶畑の一番奥にある柿の木です。撮影は、日が出ると急に忙しいですね。
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   太陽が差してくると、何でもない場所が、急に美しく見えてしまうので不思議です。
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     最初の農機具小屋の所まで帰ります。さっきとは、まったく違った場所のように見えますね。
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     雪もだいぶ融けてきました。さらに、隣の茶畑にも足を延ばしてみました。
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     前回紹介した夕陽のポイントへも行ってみました。まだ朝ご飯も食べていないので、この辺で撤退です。雪でズボンも濡れてしまいました。 では。また。
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2012年1月14日 (土)

宇治田原の残り柿

 新年が始まったとたんに、鼻炎で苦しんでいましたが、ようやく回復です。さっそく、宇治田原の残り柿の撮影に出かけてきました。しばらくぶりの宇治田原です。12日に少し雪が降りましたが、この時の写真は次回にまわして、今回は晴れた日の残り柿です。

 柿が残っているか心配して出かけましたが、今年は、まだ雪も降らず、柿の豊作の年に当たっていたため、たくさんの柿が残っていました。
 まずは、宇治田原町高尾です。ここは、山の中腹の高い位置にあるため、青みを帯びた山をバックに撮影することができます。
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      古い木が多く、木の形も面白いです。高尾は、ススキも多いです。
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      高尾から山を降りて、宇治田原町 立川方面に入ります。鷲峰山登山道の入り口付近に、古い柿の木がありました。逆光を浴びて枝が輝いていました。
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      立川から湯屋谷方面に進みます。湯屋谷の集落を見下ろす地点にも残り柿があります。
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      次は、湯屋谷の茶畑に入ります。入り口付近の茶畑に登ります。国道307号線が見えています。
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      茶畑を奥の方へ進むと、農機具小屋と柿の木がある人気の撮影ポイントです。ここは、大阪ナンバーの車もよく見かけます。
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      出発が遅かったため、もう夕陽が近づきました。夕陽の撮影ポイントに移動します。宇治田原は、高尾以外、山の陰になるため、夕陽の撮影ポイントが少ないように思います。ここは、数少ない夕陽のポイントだとかってに思っています。カメラを持った人はあまり見かけないですが・・・・。  次回は初雪の残り柿です。 では。また。
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2012年1月11日 (水)

連凧を揚げる人

 新年早々、朝起きたときから突然、激しい鼻炎に襲われました。数日間、完全引きこもり生活をしていましたが、なんとか前向き生活を開始しようと、マスクをして、久々に木津川土手に散歩に行きました。
 土手の上で、寒風に負けず連凧を揚げている人がいました。風に乗り、天高く凧が揚がっています。凧に番号が打たれていて、現在、二百数十枚が揚がっています。凧の間隔は2mあるため、糸の長さは400mを越えていることになります。糸を引っ張らせてもらいましたが、相当な圧力です。素手ではもちろん無理です。ゴムを貼り付けた手袋が必要です。
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     通りすがりの人が、次々に声を掛けていきます。空に駆け登る龍のようだと、龍を見たかのように言う人がいたり、今年は、辰年だから縁起か良いという人もいました。
 凧は500枚準備されているそうです。全部揚がれば、糸の長さは1kmになります。しかし、500枚全部が揚がるのは難しく、数年に1度くらいだそうです。
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     曇っていたので、夕陽の中の凧は撮ることはできませんでした。最後のギャラリーは、私と子供二人になりました。子共に質問攻めに合いました。「何で写真写しているの?」「写真が仕事なの?」。めんどくさくなって、「仕事は年金生活だ。」と答えると、「ということは60歳以上? 暇なの?」とまた質問です。子供は無邪気ですが疲れますね。
   では。  また。
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2012年1月 6日 (金)

二十四節気「小寒」2012

 1月6日は、二十四節気の一つ「小寒」でした。暦便覧によれば、「冬至より一陽起るが故に陰気に逆らう故益々冷る也」とあるそうです。冬至を過ぎ、季節は春に向かっていますが、逆に、この日は「寒の入り」、これから節分までの期間が「寒」です。寒さはこれからが本番ということです。
 年も改まりました。今年もまた新しい気持ちで、季節変化を「二十四節気」折々の写真で楽しんでいきましょう。 遅まきながら、明けましておめでとうございます。

 では早速、「小寒」の頃の木津川土手付近に出掛けましょう。冬らしい風景が、どれくらい見つかるでしょうか。楽しみです。
 城陽市は花ハスの産地ですが、夏、あんなにも勢いのあったハス田は、今は、水が抜かれひび割れています。一枚目の写真、遠くに見えているのは比叡山です。
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    土手近く、耕作放棄地の枯れススキです。この草むらには、いつも雀が潜んでいて、近づくと一斉に舞い上がります。枯れゆくススキと突然舞い上がる雀、冬が持つ二つの性格が、この一瞬に表現されているような気がします。動と静。終焉と始まり。
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    冬らしい光景、次は、単なる草むらですが、私のお薦めの光景です。冬の弱い日差しに、枯れ草が金色の光を放っています。特に夕陽の時はいいですね。
 百人一首の歌の中で冬を詠った歌は、次の一首だけだと思います。
 ~山里は 冬ぞさびしさまさりける 人目も草も かれぬと思えば~ (源宋千)
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    土手の上で写した三枚です。冬らしい雰囲気ですが、いつも同じような写真で申し訳ないです。
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     では、次は城陽市の東側、鴻ノ巣山の様子です。鴻ノ巣山の入り口に水渡神社という神社があります。正月は参拝客が多かったです。2日の夜、賽銭箱が盗まれたと新聞に出ていました。散歩道は、落ち葉に覆われて、静かな冬の雰囲気です。
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    散歩道の脇の林では、 まだ少し紅葉が残っています。クヌギの黄葉が木に引っかかっていました。
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    頂上付近にあるソヨゴの赤い実です。風が吹くと、葉っぱがこすれあって音を立てることから「ソヨゴ」という名前になったようです。それから、夕陽の当たるヒヨドリジョウゴの赤い実です。おいしそうな実ですが、ソラニンという神経毒を持っているので食べられないそうです。
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    正月2日に、京都市内の北野天満宮に初詣に行きました。すごい人出でした。特に信仰心は無いですが、何となくつられておみくじを買いました。「吉」でした。昨年は「凶」だったような・・・・。   では。また。
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