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2011年10月

2011年10月28日 (金)

定期診察の日(41)

  今日は、KS病院で定期診察を受けてきました。予約時間が11時でしたので、遅く出掛けました。診察は12時過ぎになりました。
  さて、検査の結果ですが、血小板数は約60万/μl台に一気に上昇しました。数値そのものは高くはないのですが、薬を続けているにもかかわらず上昇率20%というのは、今までに例のない最高の上昇率でした。次回の様子をみて、投薬量を2倍にするということです。
 この病気、自然的経過で、「消耗期」といって、薬でコントロールできない状態に陥っていく場合もあるそうです。この上昇が、病状の急激な変化で無ければいいのですが・・・・。少々気になりますね。どうしようも無いですが・・・。    では。また。

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2011年10月24日 (月)

二十四節気「霜降」2011

10月24日は、二十四節気の一つ、「霜降」でした。江戸時代の『暦便覧』には、「露が陰気に結ばれて霜となりて降るゆゑ也」とあるそうです。
 野の花も次第に少なくなり、代わって紅葉した木々が目立ってきています。平地では、霜が見られるのは、まだまだ先のようですが、北国や山間部では霜が降り始めているようです。季節は、いよいよ晩秋に入りました。
 歳時記によれば晩秋とは、 寒露(10月8日ごろ)から立冬の前日(11月6日ごろ)までを言うそうです。ちなみに初秋とは、 立秋(8月8日ごろ)から白露の前日(9月7日ごろ)まで、仲秋とは、 白露(9月8日ごろ)から寒露の前日(10月7日ごろ)までということです。初秋は今の感覚では真夏、ちょっと季節感がずれていてるように思いますが・・・・。

 さて、最近の写真です。先日、良い天気の日が続きました。この日の木津川土手にご案内しましょう。
 家を出て南へ進み、田んぼ道に出ます。籾殻を焼く青い煙がうっすらと地面を這っています。晩秋の里の空気感です。少し行くと、籾すり作業をしている小屋から勢いよく籾が飛び出していました。
 水路にミゾソバです。
         溝そばと赤のまんまと咲きうづみ   高浜虚子
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    田んぼには到る所、藁の束が乾されています。畑の敷き藁として使うということです。写真を写していると、農家の方が藁束の回収にきました。この藁の束が見られるのも後しばらくです。
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    土手に上がると、野焼きの煙が上がっています。「野焼き」は、春の季語のようですが、私には、秋の印象の方が強いです。
 土手の上から見渡すと、稲刈りは、この時期ほぼ終了しているようです。遠く比叡山が見えます。
   栗の木のある土手下の田んぼ。ここはまだ、稲刈り中でした。
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    土手の桜の木も紅葉が一段と進みました。
 夕陽が近づいてきました。土手のススキの穂も輝き始めました。そろそろ帰路につきます。古川の水路で、魚取りをしていました。祖父、祖母、孫娘2人、息子の嫁といったところでしょうか。幸せそうな三世代家族と思われます。
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    次は、別の日の写真です。宇治田原町の高尾に、柿の撮影に行きました。今の時期、柿は葉を落とし、色づいた実が強調されています。高尾は少し高い位置にあるため、青みを帯びた山をバックに撮ることができます。枝をとりいれた3枚です。
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    高尾は高い位置にあるため、大阪湾をわずかに確認することができ、夕陽も見られます。夕陽のときの3枚です。
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    宇治田原町の禅定寺というところも柿の撮影ポイントです。私のお薦めポイントは、農機具小屋(人が住んでいたらスミマセン)のところの柿の木です。逆光がきれいです。
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    ここの場所は、人物を添景に入れるチャンスも多いです。
  お別れに一首。アララギ派の歌人、古泉千樫(1927年没)。 では。また。
   ふるさとの 秋ふかみかも 柿赤き 山べ川のべ わが眼には見ゆ
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2011年10月20日 (木)

竹田城雲海写真

 昨日、10月19日、兵庫県朝来町にある竹田城の雲海撮影に行ってきました。
 竹田城とは、全国屈指の山城遺構で、有名な雲海撮影ポイントです。ちょっと大げさですが、東洋のマチュピチュとも言われています。標高353メートルの山頂に位置し、本丸を中心に南北に両翼を広げたような構造をしています。但馬の守護大名・山名宗全が基礎を築いたとされ、太田垣氏が5代にわたって城主となり整備されていったそうです。

 朝3時前に起床。これが最大の難関ですが、なんとか、3時に出発できました。京滋バイパス、名神、中国道、播但道と高速を乗り継いで、5時に和田山ジャンクション到着です。名神と中国道では、大型トラックの洪水、生野辺りからは霧に悩まされました。
 和田山ジャンクションを出て、JR竹田駅の少し南から山へ入る予定でしたが、霧のため看板を見落として、少し迷いましたが、南登山道から駐車場に到着できました。この南登山道は、道が狭く車の離合は困難です。シーズンの土日は、下りの一方通行になっていて、「山城の郷」経由の西登山道からしか入れません。土日に行く人は注意です。西登山道の方が道が広く走りやすいです。駐車場はよく整備されていて、50台は止められます。第2駐車場も準備されています。
 駐車場からアスファルトの舗装道路を15分ほど歩くと山頂です。確かに雄大な雲海が広がっていました。城郭の石垣跡は南北に翼を広げたような形をしており、2枚目の写真は天守より見て北側(北千畳と言うらしい)、3枚目は南側(南千畳?)です。かなり空も赤みを増してきました。
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    いよいよ日の出です。辺りが金色に輝き始めました。感動の瞬間の北千畳・・・・と書きたいところですが、無情にも太陽は雲の中に・・・。結果、落ち着いた静かな雰囲気の北千畳の写真になりました。定番の構図ですが・・・。
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     到る所、石垣の上に立って記念写真を撮る人がいるので、風景写真にはちょっと邪魔ですね。石垣の上で踊っている女の人を3組も目撃しました。飛び上がって、雲海の上を飛んでいるような写真を狙っていたのだと思いますが・・・。
 この後、天守台を南千畳方面へ降りて撮影です。南千畳より見た北側の2枚です。3枚目、雲海の中に山が見えていますが、ここには、観音寺山城というのががあったそうです。
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    空をたくさんのすじ雲が流れていきました。今日の撮影は、これで終了です。
 帰り道、藤和峠というところにある撮影ポイントにも寄ってみましたが、ここは撮影のパターンは一つしかなく、しかも超望遠が必要な気がします。 では。また。
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2011年10月13日 (木)

広角レンズ購入

 先日、広角レンズを購入しました。{SIGMA 10-20mm F4~5.6 EX DC HSM }です。APSサイズに換算しても、15mmなので少しだけ広角だと思います。以前、フィルムカメラを使っていた頃は、20mm を持っていたのですが、実はあまり使いこなせていませんでした。標準ズームの広角側28mmで、十分広角だと思っていましたもので・・・・。今回が、実質、広角レンズ初体験ということになります。
 さて、いよいよ試し撮りです。フィルムカメラを購入した最初の頃、よく、「一本勝負」というのをやっていました。撮影に行くとき、フィルムは一本、レンズは単焦点の50mm一本しか持って行かないというものです。単焦点レンズ一本で、広角的表現や望遠的表現を工夫しようというわけです。これに習って、今回も、買ったレンズの一本勝負です。有名撮影地に出掛けるなら、こんなことはやらないですが、なんせ、出掛けるのは、いつもの木津川土手の散歩なもので、後悔する場面も無いと思います。何回か散歩撮影に出掛けてきました。その時の写真です。

 終わりかけの蓮田で花托を一枚。接近すると迫力がでますね。台風で壊れた流れ橋です。迫力を出すため、立ち入り禁止の場所に侵入。広角は、被写体に思い切り接近しないと迫力がでないです。いつもの案山子ですが、稲穂の方を主題にして、稲穂を強調して撮ることができました。
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    田んぼに藁の束です。ウーン! これは難しいです。
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    この田んぼは、第二名神城陽ジャンクション工事のため、今年が最後の収穫となりました。去りゆくものの寂寥感を出したいですが・・・・・。ローアングルで接近して一枚。夕陽を入れて寂しげな一枚。
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  ススキの下から空を見上げてみました。空に向かって立ち上がる植物たち・・・・・。しかし、ススキの葉は、体に当たるとカユイ。
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   桜の木が、毎日少しずつ葉を落としていきます。落ち葉を、散歩の人まで入れて撮影できました。こんな狭い場所が、広々とした空間に見えるのがすごい。土手に咲くハギ。土手下のコスモス。
 広角レンズ、なかなか楽しめますね。人がものを見て感じるイメージに、よりに近い気がします。しばらく、散歩のお供に連れて行きます。  では。また。
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2011年10月10日 (月)

二十四節気「寒露」2011

10月9日は、二十四節気の一つ「寒露」でした。江戸時代の「暦便覧」には、「陰寒の気に合って、露むすび凝らんとすれば也。」とあるそうです。秋もしだいに深まり、朝には冷たい露が結ばれる頃です。稲刈りもほぼ終わりに近づいています。
 今日は、「寒露」にふさわしい写真から紹介します。
 先日、朝は苦手なのですが、5時に起床して宇治田原町の田原川に撮影に行ってきました。日の出前に到着。朝露でズボンがずぶ濡れになるため、まず、長靴に履き替えます。車を止めた空き地から田んぼを横切り、歩いて田原川の土手を目指します。地面近くには、うっすらと朝靄が立ちこめ、東の空がしだいに赤く色づいてきます。彼岸花も、エノコログサも、チカラシバも朝露で光っています。静かな雰囲気です。
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    田原川の土手です。彼岸花。土手を散歩の人が通ります。空が金色に輝き、まもなく日の出です。
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    いよいよ日の出です。木橋のかかった田原川に、朝陽が差し始めました。川霧が上がり、すべてが金色に輝いています。
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    川霧を写した後は、すぐに虫探しです。光が赤みを帯びている間に、露の付いた虫を逆光で撮りたいので、時間が無く忙しいです。虫もなかなか見つからなくて焦ります。最初に見つけた蝶は、残念、日陰です。一匹見つけると、不思議と次々に見つかります。
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    朝日をバックに取り込もうとすると、どうしてもローアングルになります。尻の辺りが、かなり露で濡れてきました。
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     以上で、田原川での朝露の撮影は終了です。

 次は、秋らしい雲の写真です。秋らしい雲とは、どんな雲でしょうか? 正岡子規は、明治31年の随筆「雲」に、四季の雲について書いています。
 「春雲はわたの如く、夏雲は岩の如く、秋雲は砂の如く、冬雲は鉛の如く・・」
 堀辰雄も、代表作「風立ちぬ」の冒頭、二人の出合の部分に、
 「それはもう秋近い日だった・・・・砂のような雲が空をさらさらと流れていた」
と書いています。どうも秋の雲は、さらさらと砂のように流れるもののようです。おそらく、うろこ雲のイメージだと思います。では、私の選んだ秋の雲です。
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    ところで、今日、10月9日は、旧暦9月の十三夜、「栗名月」です。「豆名月」、「後の月」ともいって、月見の習慣があるようです。ちなみに、中秋の名月は、「芋名月」というそうです。お供え物により名前を付けたようです。夕方、自転車散歩の時、木津川の土手で名月を撮影してきました。西の空はすごい夕焼けでした。
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     では、お別れは最近の写真です。では。また。
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2011年10月 2日 (日)

加茂町の彼岸花

 先日、木津川市加茂町の恭仁京史跡に、彼岸花の撮影に行ってきました。
 新しいカメラ、ニコンD5100を購入しましたので、その試運転の意味もありました。レンズは、ニコン18-200VR F3.8-5.6です。カメラ本体よりも、レンズの方が高価でした。CCDがフルサイズなので、18mmという広角はうれしいです。

 天気は晴天。出発です。国道24号を南下、307号線に入ります。ここで、ちょっと寄り道をします。山城郷土資料館の近くに、国指定史跡「高麗(こま)寺跡」があります。7世紀初頭(飛鳥時代)に、高句麗からの渡来してきた狛(こま)氏により創建された国内最古の寺院跡のひとつです。ここにも彼岸花が咲いています。柿の木があって、彼岸花が咲いていました。ここは早々に切り上げます。
 今日の目的地、恭仁京史跡に到着です。車は、傍の空き地に駐車できました。恭仁京は、奈良時代、聖武天皇によって造られた都ですが、わずか4年あまりで廃都になり、その後、山城国分寺として再利用されました。
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    この史跡付近では、コスモスやソバが植えられています。ソバの花の白いバックに、彼岸花を入れてみました。
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    この史跡の周囲は、黄金色の田んぼが広がっていて、田んぼの畦道に彼岸花が咲いています。のんびりと撮影です。カメラのボタン操作も、のんびりとした撮影では、特に問題は無しです。
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    あてもなくウロウロするうち、ネギに肥料をまいている人がいました。ネギは茶色く変色していたので、私が、「ネギが枯れてしまいましたね。」と声を掛けたところ、「このネギは、今植えたばっかりだ~。」と笑われてしまいました。ネギの苗は、枯れたように見えるものですかね? 恥をかきました。
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    この後、車を307号線と木津川との間の田んぼに移動させて、撮影を続けました。ここにも、大量の彼岸花です。
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    夕陽の時間が迫ってきたので、急いで恭仁京 史跡に戻ります。さっき、夕陽を狙おうと思っていた場所に直行です。
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    陽が沈みました。ストロボで彼岸花を浮き立たせる作戦に出ましたが、ここで問題発生です。ストロボの露光補正のやり方が分かりません。補正せずに発光させます。ここで、また問題が。レンズフードで光がけられます。直ぐ、フードをはずして発光。それでもけられる部分がでました。手間取っている間に暗くなってしまいした。今日は、これで終了です。  では。また。
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