« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »

2011年3月

2011年3月28日 (月)

高取~壺坂ハイキング

 3月26日。即席で作られた「万葉を歩く会」の二回目の行事で、高取~壺坂のハイキングに行ってきました。今回の参加者は、私とT.T子先生、Y.Y子先生の三人だけでした。両手に花といったところです。
 近鉄壺坂山駅を出発。まずは、駅前から続く土佐町通りで行われている高取町「町家の雛めぐり」を見学しました。この町では、自分の家の雛人形を、誰でも見学できるように、玄関や縁側、店先などに飾り付け、公開しているのです。約百軒のお宅が協力しているそうです。高取町は、古くから日本一の山城「高取城」の城下町として栄え、昔からの町家が多く現存しています。古い佇まいを残した町並みと、雛飾りがマッチして大変良かったです。では、まず、町の雰囲気を伝える3枚です。古い石畳の通りに菜の花が飾られていました。(似合わない雰囲気の二人は気にせずに。)下屋敷の門を移築した「石川医院」。(診察中でした。) 古い薬局の看板。
Takatori01_0126_2 Takatori0426_2 Takatori0626

  

  

  
   立派な雛飾り多数。「いらっしゃいませ」と言っているような増本家の雛飾り。娘さんは50年ぶりの女の子だそうです。メイン会場の雛。
Takatori01_0226 Takatori0726 Takatori0526
  

  

  
   
   竹の中の雛。塀の雛。時の流れを歩く雛(写り込みです)。
Takatori0326 Takatori0126 Takatori0226

  

  

  


Takatori0926_2     Takatori0826 山道を登り次の目的地壺阪寺へ。壺阪寺の巨大仏像。寺からの眺望。

    次は、本日のメインの目的地、「五百羅漢石仏群」。山の岩という岩に、無数の石仏が彫られています。悟りを求め一体一体心を込めて彫られたのでしょう。何故か、震災で亡くなった多くの人々のことが頭をよぎりました。
Takatori1026 Takatori1126 Takatori1226

  

  

  
    本日の最終目的地は高取城。高取城は、国内最大規模の山城です。備中松山城(岡山県)・岩村城(岐阜県)とともに日本三大山城の一つに数えられています。南北朝時代、南朝方であった越智邦澄が元弘2年(正慶元年、1332年)に築城したのが始まりと伝えられています。。江戸時代は高取藩の藩庁であったとのことです。
 高取城址の石碑。石垣の最上部。下山の途中にあった猿石。  では。また。
Takatori1426 Takatori1326 Takatori1526

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年3月27日 (日)

賀名生梅林写真

 先日の3月24日、奈良県賀名生(あのう)梅林に撮影に行ってきました。昨年に続き二度目です。昨年は雨ので霧が立ちこめ、良い場面に出会いました。今年は、晴れの日を選びました。
 朝10時に出発し、昼には到着。昨年の教訓から、コンビニで弁当を買って行きました。駐車場は、無料の多目的広場に駐めました。有名なのに観光地化されていなくて、駐車料が無料というのがすごいです。昼食の後、3時間ほど梅林をのんびりと回りました。土産に焼き栗を買おうと思っていましたが、帰るときには売り切れていました。代わりに干し柿を買い、4時に帰路につきました。その時の写真です。

 まず、南北朝の頃から続いているという賀名生梅林の全体像を3枚。梅林入り口の駐車場より見上げた梅林。東側の東雲千本あたり。西側の西の千本より見た梅林。
Ganaub030244anou324 Ganaub010012anoub324 Ganaub010130anoub324

  

  

   
  
  梅は、花の主張が弱いので、枝がうるさくなりがちで、写真に撮るのはむずかしいです。しかし、それにかまわず、古木の枝や幹を力強く取り入れてみました。
Ganaub010107anoub324 Ganaub020115anoub324 Ganaub030116anoub324

  

  

  

    逆光と斜光線で撮った3枚。
Ganaub020151anoub324 Ganaub020071anoub324 Ganaub050175anoub324

  

  

  
   
   なんとなく選んだ3枚です。   では。また。
Ganaub010212anoub324 Ganaub030171anoub324 Ganaub020225anoub324

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年3月22日 (火)

二十四節気「春分」

 東北・関東大震災により、大きな被害が出ています。私は、毎日、テレビに釘付け状態になっていて、気分が落ち着かず、季節の変化を楽しむような心のゆとりを失っています。
 しかし、季節は動き、3月21日は、二十四節気の一つ「春分」でした。太陽の黄経は0°で、昼夜の長さがほぼ等しくなります。この日を境に、これからは昼の長さが日毎に長くなっていきます。 春分の日を中日にして、前後3日間、合わせて七日間を「彼岸」といいますが、この頃、「寒の戻り」いって寒い日が来ることが多いです。被災地はまだまだ厳しい状態が続くと思います。「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉もあります。被災地に、暖かい日が訪れるのを祈るばかりです。

 先日、晴れた日、気分転換のため自転車で城陽市内を走りました。確実に春は進んでいます。木津川の土手では、蕗の薹やつくしに出会いました。今シーズン初めてです。正岡子規の歌です。
   ~ つくづくし 故郷ふるさとの野に 摘みし事を 思ひいでけり 異国にして~
Jshunbun_3721 Jshunbun_0316 Jshunbun_2118

   

   

   

    
    
   土手から降りて、青谷方面へ。青谷は、古くから梅の名所です。梅にメジロが来ていました。ウグイスと思われる鳥も発見。シャッターを一回切っただけで、逃げられました。
ここで、万葉集より一首。(小典山氏若麻呂)
    ~ 春されば 木末隠りて 鴬ぞ 鳴きて去ぬなる 梅が下枝に ~
     意味::  春がやってくると梢に隠れて鴬が梅の下枝に鳴きわたります。
Jshunbun_0720 Jshunbun_1420 Jshunbun_3618

  

   

   
   木蓮も咲き始めていました。与謝野晶子は木蓮の歌をいくつか作っています。お気に入りを選びました。
   ~ 大世界 あをき空より来るがごと つぼみをつけぬ 春の木蓮 ~
Jshunbun_3419 Jshunbun_2919 Jshunbun_4118

  

  

    

  次も青谷の梅です。撮影していると、農家の人に声を掛けられて、梅と桃とさんしゅゆの枝をもらいました。次の日の朝起きると、家の中に梅の香りが漂っていました。
Jshunbun_047 Jshunbun_1713 Jshunbun_1115

  

  

   

   次も青谷の梅です。竹と組み合わせて撮りました。
Jshunbun_157 Jshunbun_277 Jshunbun_327

  

  

  

  
  
   今の時期、ふつう桜には少し早いですが、伊豆の河津町では、早咲きの河津桜が満開になっいるようです。先日、京都にも河津桜があることを知り、伏見区淀新町というところに行ってきました。咲いていました。木がまだ小さく、人を集めるにはもう少し年月がかかりそうです。
Jshunbun_1019 Jshunbun_4019 Jshunbun_1819b

  

  

  
    では、お別れは、春分の日当日、雨の中で撮った宇治田原高尾のさんしゅゆなどです。
Jshunbun_0921Jshunbun_3321Jshunbun_2821 Jshunbun_1621 Jshunbun_2321   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月18日 (金)

定期診察の日(33)

今日は、KS病院で定期的診察を受けてきました。
 JRの駅に向かう途中で、小学生と思われる一団を見かけました。服装がやたら派手で、AKBのようなミニスカートの子もいました。そうだ。今日は小学校の卒業式だと思い当たりました。最近は、いや、かなり前から、小学校の卒業式は、服装が派手になっているように思います。

 さて、検査の結果ですが、血小板数は80万/μl台から、一気に10万も上昇して、90万/μl台になりました。投薬量を2倍にする方針が出ました。
 血中のクレアチニンがさらに上昇しました。また、血圧も155でしたが、降圧剤無しで様子をみるそうです。ぬかるんだ道を歩くような状態が続きますが、病気とはこういうものなのでしょう。
 
 ところで、ここ一週間、地震と原発の報道で、毎日、テレビに釘付けになっています。かって、京都府でも久美浜町に原発を作る計画が持ち上がり、私も原発反対の資料作りをした経験があります。「***シーベルトは、レントゲン検査の何回分にあたる」といった、電力会社の宣伝パンフレットに書いてあるような内容を、テレビでどんどん流されると、その当時を思い出して、少々苛ついてきます。早く収束してほしいものですが、まだまだ不安な日々は続きそうです。       では。また。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月10日 (木)

二月堂修二会見学

 奈良東大寺二月堂の修二会を見学に行ってきました。修二会は、1250年以上、一度も休むことなく続く伝統行事で、 寒い冬の夜に、大松明を持った童子(どうじ)が観客の頭上に火の粉を散らしながら舞台を走り抜けます。3月1日から14日まで、毎日この大松明を見ることができます。土・日及び12日・14日は大変な混雑になるようなので、昨日、9日にしました。写真サークルの世話役のM氏が、毎年すばらしい写真を撮影されているので、私も一度、どんなものか行ってみたいと思っていました。しかし、恥ずかしい話、今まで二月堂が何処にあるのかもよく知らなかったのです。奈良には詳しい妻の案内がたよりでした。写真の撮影というよりはロケハン気分です。三脚が何処で使用できるのかも知らないので、もちろん三脚などは持って行かずです。
 4時に家を出て、5時に大仏殿前駐車場に入りました。駐車場は無料開放されているようでした。
 ①②鐘楼に夕陽が当たっていました。③二月堂からみた夕陽です。
Omizutori029 Omizutori039 Omizutori019

  

  

  
   6時前、二月堂の下の芝生地帯に入りました。前から2列目の段に入りました。場所は自由で、先を争って前に出るということはないので、どこが良い場所かも分からず適当に場所を決めました。一時間も前から芝生に座って7時の開始を待ちました。寒いことこの上なしです。
 ④二月堂前の混雑  ⑤二月堂下の芝生で待つ人  ⑥開始直前の人波
Omizutori049 Omizutori059 Omizutori069

  

  

   
   7時。大松明が登場です。12日と14日以外は、松明は10本通るだけです。20分ほどで、あっという間に終わりました。 写真は?・・・・・。もちろん失敗です。炎は明るく、周囲は暗い、明暗差が大きすぎます。ISO感度を1250にあげていましたが、手ぶれします。感度を上げたので画面がざらついて見えます。 
  お水取りが終わると、奈良に春が訪れるといわれますが、当日は寒かったです。もう少し、撮り方を勉強して、次の機会に挑戦します。では。また。
Omizutori01_019Omizutori04_019Omizutori05_019Omizutori02_019Omizutori03_019  Omizutori01_029   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月 6日 (日)

二十四節気「啓蟄」

 3月6日は、二十四節気の一つ「啓蟄」でした。蟄虫(すごもりむし)が戸を啓くという意味です。冬ごもりをしていた虫たちも、春の気配にはい出てくる頃です。
 家の近くの空き地では、オオイヌノフグリ、ナズナなど、春の花が溢れ、テントウムシも活動を始めていました。まさに、啓蟄です。
 ここで、オオイヌノフグリを詠んだ句です。
          ~かく生きて イヌノフグリに 逢着す~   前田普羅
 思えば、私の離任式の日も、グランドの片隅にこの花が咲いていました。
Keititu015 Keititu025 Keititu01_025

  

  

  

  

   木津川の土手に登れば、もうどこでも梅の花が満開です。土手下の田んぼや畑で農作業も進んでいるようです。
 梅の花を詠んだ句を二つ選んでみました。
          ~ 一枝は 薬の瓶に 梅の花 ~     正岡子規
     ~ 梅咲けど 鶯啼けど ひとり哉 ~   小林一茶
Keititu0226 Keititu0123 Keititu0223

  

  

  
   土手のサイクリングロードを走る人がいます。鉄橋を近鉄電車が渡っていきます。偶然、少年サッカーの試合で、最後のPK戦をやってました。ゴールキーパーは、女の子のようです。このシュートは止められなかったようです。
Keititu0126 Keititu03_0123 Keititu0326

  

  

  
   2月の最後の日、雨がよくふりました。宇治田原町の高尾というところで、雨霧の中の梅を撮影しました。
Keititu0180 Keititu0228 Keititu0328

  

  

  
   山の木々も、冬芽がふくらみ、わずかに薄桃色に見えています。枝も白く光って見えます。私は、この光景が花の頃よりも好きです。杉の木が赤く見えています。花粉症の方は憂鬱かも。
Keititu0323 Keititu0121 Keititu0221b

  

  

  
   私の住む城陽市の青谷梅林は、満開を迎えています。3月5日、昨日、ブラブラと出掛けて撮りました。ウグイスが鳴いていました。   では。また。
Keititu01_015Keititu055Keititu045Keititu03_015Keititu065  Keititu02_015   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月 1日 (火)

山の辺の道ハイキング

 先日の日曜日、山の辺の道をハイキングしてきました。以前、カニすき飲み会に集ったT中学の同僚により、「万葉歩こう会」なるものが、思いつき的に結成されました。当日は6人の参加で、山の辺の道南半分(近鉄桜井駅→柳本バス停 )を歩きました。
 コースの案内役は、Y.Y子先生でした。Y.Y子先生は、退職後、ネイチャーガイドの資格を取られ、奈良県の自然観光ガイドとして活躍されています。万葉集の解説を担当したのは、国語を教えていたS氏でした。S氏は、万葉集の熱心な研究家で、この日のために、山の辺の道に関係する歌をすべて抜き出して、プリントにして持ってきていただけました。
 天気も良く、また、二人の解説のおかげで、楽しい一日を過ごすことができました。では、その時の写真をお届けします。
 コースには、たくさんの万葉歌碑が建てられています。筆者も有名人ばかりです。すべては紹介できませんが、三つばかり掲載します。
一枚目の写真: 痛足河 河波立ちぬ巻目の 由槻が嶽に 雲居立てるらし
        作者;柿本人麿      筆者;棟方志功 
二枚目の写真: 山吹の 立ちしげみたる 山清水 酌みに行かめど 道の知らなく
        作者;高市皇子        筆者;安田靱彦
三枚目の写真: うま酒三輪の 山青丹・・・・・・・
        作者;額田王     筆者;中河興一
Yamanobe1027 Yamanobe0727 Yamanobe1427  

  

  

  

  

  梅の花が満開。すばらしい垂れ梅に出会えました。
Yamanobe0227 Yamanobe1227  Yamanobe01_0127 Yamanobe0327

  

  

  

  

 大美和の社展望台より。右が耳成山、左が畝傍山。山清水碑の水。桧原神社鳥居。
Yamanobe0527 Yamanobe0627 Yamanobe0827

  

  

  

   コースの雰囲気。
Yamanobe0927 Yamanobe1527 Yamanobe1727

  

  

  

   大和川。道ばたの花。3号培塚。ロウバイ。巨木の根。美女二人。 では。また。
Yamanobe0127Yamanobe1327Yamanobe1627Yamanobe1127Yamanobe0427  Yamanobe1827   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »