« 2010年3月 | トップページ | 2010年5月 »

2010年4月

2010年4月26日 (月)

宇治田原の茶畑へ

 今日は、まずまずの天気でした。もう茶摘みが始まっているかもしれないと思い、宇治田原町の茶畑へ行ってきました。予想は完全に外れました。まだ早かったです。
 茶畑で草取りをしているおばさんに聞いてみたところ、昨日の朝、遅霜が降りて、せっかく出始めた芽が、黒く枯れてしまったとのことでした。大損害だと嘆いておられました。茶摘みは1ヶ月くらい先になるそうです。「八十八夜の別れ霜」という言葉があるそうで、お茶は霜に弱く、八十八夜までは油断ができないということでした。キャベツが値上がりしていることは、テレビを見て知っていましたが、意外なところで異常気象の影響に出会いました。
  茶畑で撮った写真3枚載せておきます。新緑がすごいです。こういう状態を「山が笑う」と言うのでしょうか。 では。また。6a17chabat226 6a63chabat226 6a44chabat226_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月23日 (金)

二十四節気散歩(穀雨)

 4月20日は「穀雨」です。例年、この頃は雨の降る日が多くなり、春の温かい雨により、穀類の若芽の成長が促進されます。「百穀が春の雨に潤う候」です。
 4月12日、京都府南部では雨がよく降りました。この日でソメイヨシノは終わりを告げました。宇治田原町、田原川沿いの遊歩道では、雨で散った桜が絨毯のように広がっていました。無数の花びらが川面を流れていきました。山手では、葉桜となった山桜に霧が立ちこめていました。7a3i92ame412_2 7a250b 7a0214ame412 

 

                      

      14日も雨になりましたが、この日の雨は暖かい春の雨ではなく、異常気象による冷たい雨となりました。関東では雪が降っていたようです。20日は、まさに「穀雨」となりました。22日も雨。楠木(?)の雄花が雨に濡れていました。楓の新芽も雨に濡れています。7a0184ame412 7a0187ame412 7a016momiji420
 

 

 

 

 さて、桜の終わった後、花の主役はツツジ。城陽の鴻ノ巣山では、三つ葉ツツジが満開となりました。幼稚園生が、「探検だ~!」と言いながら通り過ぎました。こちらを見て、珍しい動物を発見したかのように、「人発見!」と言っていました。木津川の土手では、カラシナが黄色い絨毯のようです。7a022kounosu413 7a085kounosu413 7a054
 

 

 

 ソメイヨシノが散った田原川では、少し遅れて咲く八重桜が満開となりました。田植え準備も始まりました。木津川土手の大榎木も柔らかい新芽で覆われました。目の前を子供たちが、「おっちゃん、前通ります!」と叫びながら自転車で通り抜けていきました。季節は夏に向かって進んで行きます。 では。また。7a52botans4211 7a030 7a255b

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年4月22日 (木)

木津川サイクリングロード4月

 木津川サイクリングロードの4月です。4月の木津川土手は、桜から始まりましたが、後半は、黄色いカラシナの世界となっています。一枚目の写真。赤い橋は1号線です。一転振り返ると、遠く名神高速が見えています。(たぶん) 花の中に入って見上げると、サイクリングロードを自転車が行きます。この写真を写している時、突然、キジが飛び出して逃げていきました。こんな所にキジがいるとは驚きです。しばらくして、2羽目が飛び出してきました。どうも、つがいで潜んでいたようです。キジには申し訳ないです。8a065_2 8a049_2 8a042_2

 

 

 

 花の間から土手下の畑で農作業をしているのが見えます。花には蝶がきていました。メスをめぐって争っているようです。(下になっているメスが見えにくいですが) サイクリングロードの側で、老夫婦がヨモギを採っていました。草餅にするのでしょうか。8a033 8a034 8aa0042

 

 

 

 土手下の田んぼでは、レンゲの花も咲いていました。花にはミツバチが。流れ橋の改修工事は、かなり完成に近づいています。橋桁がほぼ渡されました。8a023 8a021 8a095  8a020

 花の向こうを近鉄電車が進んでいきます。ほんとに、光溢れる良い季節になりました。 では。また。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月18日 (日)

桜の写真終了

 先日の14日、京都府南部は、よく雨が降りました。この日をもって、私の桜の撮影は終了しました。桜が咲くとなぜか気分が高揚して、撮影に必死になってしまいます。ゆっくりと花見をすれば良いと思うのですが・・・。今年、一番時間を掛けた撮影地は(いや、毎年のことですが)、「背割り堤の桜」と「宇治川ラインの桜」です。遠出をしない私にとっては、近くて手頃な場所です。
 では、「背割り堤」の3枚です。人出がすごいので、人物をどのように入れるのか苦労します。9c053sewari1 9c042sewari1 9c081sewari1b

 

 

 

 次は、「宇治川ライン」の3枚です。ここは、駐車場所に困ります。しかも、桜の木がツル植物や宿り木の寄生で弱ってきています。花の付き方が年々悪くなってきています。9c0161rsakura43 9c028rsakura 9c0282ame412

 

 

 

 近くの場所で写真になる桜は無いものかと、和束町の茶畑で無名の桜を探してみましたが、なかなか難しいです。最後は花筏でお別れ。  では。また。9c031chabaksa49 9c03chabatasa48 9cimg252b 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月16日 (金)

定期診察の日(21)

 今日はKS病院で、定期的な診察を受けてきました。診察の結果です。

 血小板の数は、問題の80万を目前に、今回も横ばいです。抗ガン剤の再開は、今回も逃れました。主治医は、「予想に反して上がり方が少ない。」と言っておられました。また、「骨髄の繊維化も進行している様子はなく、良好な経過である。」との判断でした。しばらくは、少し安心な状態のようです。この病気では、10人に1人くらいの割合で、白血病に移行していく人もいるということでした。左脇腹の違和感と微熱については、どうしようもないという雰囲気でした。とにかく気長に様子をみるしか方法はなさそうです。     では。また。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年4月11日 (日)

二十四節気散歩(清明)

 これから、カテゴリー「二十四節気散歩」を始めます。日々散歩しながら撮った写真を、二十四節気の節目ごとにまとめてお届けするものです。途中で挫折するかも知れませんが。

 まず4月の二十四節気は「清明」。今年は4月5日にあたります。「万物ここに至り皆潔斎にして清明なり」と言われているように、桜等草木の花が咲き始め、万物に清明の気が溢れて来る頃です。
  4月5日前後、京都南部では春らしい良い天気が続きました。私の住む城陽市では、桃の花が満開となりました。桃の花は桜より花の色が濃く、青空に映えます。桃畑の側をJRの電車が行きます。9b0123a0dani44 9b0003a0dani442 9b0187a0dani44

 

 

 

 桜も満開です。井手町の玉川では、子供たちが春休み最後の日を楽しんでいました。入学式の日の田原川。桜の下にはタンポポ。9b0132tamagawa47bb 9b0023tawaragawa48 9b0121tanpo48

 

 

 

 神童寺では、三つ葉ツツジと桜の競演。田辺町観音寺では菜の花と桜。和束町茶畑の桜。さすが「清明」の頃、気分も高揚し、散歩写真には最適の時期でした。では。また。9b0102jindoji48 9b0055kannon47 9b0058chabataksa48

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2010年4月 5日 (月)

堤未果著「ルポ貧困大国アメリカ」

 堤未果著「ルポ貧困大国アメリカ」(岩波新書)を読みました。
 日本では、小泉内閣の元で新自由主義的経済政策が進められ、「構造改革」「市場経済」「グローバルスタンダード」「官から民へ」「自己責任」といった言葉が、マスコミに溢れていました。その結果もたらされたのは、「派遣切り」「ネットカフェ難民」「医療崩壊」「地方の衰退」などです。しかし、この本では、、新自由主義の先輩であるアメリカの、遙かにすさまじい状況が報告されています。この本は、大変お薦めです。
 著者の言葉です。『・・・・そこに浮かび上がってくるのは、国境、人種、宗教、性別、年齢などあらゆるカテゴリーを超えて世界を二極化している格差構造と、それをむしろ糧として回り続けるマーケットの存在、・・・・恐ろしい暴走型市場原理システムだ。そこでは「弱者」が食いものにされ、人間らしく生きるための生存権を奪われた挙げ句、使い捨てにされていく。・・・・「教育」「いのち」「暮らし」という、国が国民に責任を負うべき政府の主要業務が「民営化」され、市場の論理で回されるようになった時、果たしてそれは「国家」と呼べるのか?・・・・単にアメリカという国の格差・貧困問題を超えた、日本にとって決して他人事ではないこの流れが、いま海の向こうから警鐘を鳴らしている。・・・・・』

 本書の内容です。第1章「貧困が生み出す肥満国民」。新自由主義による経済政策の結果、アメリカの中流家庭は貧困層に転落し、格差が急激に広がったことが、まず述べられます。福祉や学校給食等が、ファーストフード産業のビジネスの対象にされ、そこではコスト削減のため、いわゆるジャンクフードが提供されます。カロリーは高いが栄養価は乏しく、その結果として貧困層に肥満が増加していることが報告されます。

第2章は「民営化による国内難民と自由化による経済難民」。民営化と自由化が職場を奪い、収入の手段を失った人々が、経済難民化していく姿が描かれます。ハリケーン・カトリーナの災害は、民営化によって被害が拡大したことが明かされます。非常事態宣言を発すべき連邦機関は実質的に民営化され、「主要任務はいかに災害の被害を縮小し多くの人命を救うかということから、いかに災害対策業務をライバル業者よりも安く行うことができるかを証明するということに代わった」と、専門家は証言します。

 第3章は、「一度の病気で貧困層に転落する人々」。新自由主義の流れが強まり、公的医療費は削減され、医療さえもが利潤の対象とされ、「市場原理」にまかされます。医療費は高騰し、無保険の人は、一度病気になれば貧困層へと転落していきます。恐るべき医療崩壊の実態が報告されます。

 第4章は、「出口をふさがれる若者たち」。学資ローンは民営化され、ローンの返済に行き詰まる大学生たち。これらの貧困層の若者たちが兵士としてリクルートされていく現実が報告されています。

 第5章「世界中のワーキングプアが支える民営化された戦争」。著者は言います。「グローバル市場において最も効率よく利益を生み出すものの一つに弱者を食いものにする貧困ビジネスがあるが、その国家レベルのものが戦争だ。」戦争さえもが民営化され、利潤の対象とされている実態が明らかにされます、アメリカ軍の後方支援は、ハリバートン社などの2つの会社によって支えられている実態には驚きます。   
 この本お薦めします。 では。また。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年3月 | トップページ | 2010年5月 »