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2009年8月

2009年8月29日 (土)

伊集院静著「少年譜」感想

 伊集院静著「少年譜」の感想です。久々のお薦めの本です。この本は、7つの短編で構成されています。いずれも、主人公は、ひたむきに生きた少年時代、人と出会い、人の心にふれ、様々な体験を通して、心の奥深くに自らの魂の原点を形成していきます。人生の転換点に立ったとき、その魂の存在に気づき、また、その魂に導かれ、その後の人生の苦難を乗り越えていきます。美しい自然の描写、貧しくもひたむきに生きる少年たち。日本がまだ貧しかった時代を生きてきた私たちにとって、自分自身の少年譜と重なり合い、深く心に共鳴してきます。
  今日は、7編中の一つ「笛の音」を紹介します。
  ★主人公のノブヒコは捨て子。炭焼きの老夫婦に引き取られ、美しい自然あふれる山里で育てられます。小説の題名となっている「笛」は、この炭焼きの養父に習ったものです。寺に修行に出されていたノブヒコは、和尚から多くを学びます。その後、ふとした縁で植物学の権威である博士の養子にと請われ、少年の将来を願う養父母や寺の和尚にさとされ、養子として東京に出て行きます。やがて、苦労を重ねながら植物学者として大成し、ふるさとに帰ったノブヒコの吹く笛の音が、養父母の墓に静かに響きます。
 小説のラストシーンです。・・・『陽が傾きはじめたのに気づき、博士は立ち上がると、もう一度ゆっくりと墓石を見つめ、かすかに微笑み、山道を下りていった。やわらかな山の風が博士の背中にやさしく吹きよせていた。』・・・
 
 簡単に粗筋だけをみると、捨て子となった少年の「成功物語」、不幸に負けず前向きに生きた「立派な少年の物語」と受け取られそうですが、それは違います。日本が工業的発展を遂げていく過程で、多くの人々が、地方から都市へと出て行きました。その人たちの心の奥底には、貧しくともひたむきに生きた少年時代の思い出や、美しいふるさとへの郷愁が沈殿しています。まさに、一人一人が自分自身の少年譜を持っているのだといえます。ノブヒコ少年の少年譜は、特別なものではなく、多くの人が持つ少年譜と多くの部分で重なり合っているのです。困難な今を生きている私たちにとって、時には立ち止まり、ひたむきに生きた少年時代を思い返し、人生の意味を問い直すことは必要なことだと思われます。「少年譜」お薦めします。

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2009年8月21日 (金)

木津川サイクリングロード8月

 木津川サイクリングロードの8月の様子です。8月前半は、雨が多く、その上蒸し暑いという最悪のコンディションでした。それに加えて、私の場合、恥ずかしながら尻の皮が摩擦でめくれてしまう事態に。そのため、出かけた回数は、あまり多くなかったです。後半は天気も回復し、夏らしい天気が戻ってきました。土手の上を走っていると、稲穂を揺らしながら渡っていく風は、実にさわやかです。麦わら帽の少年が、田んぼのあぜ道を駆けていくような幻想にとらわれます。流れ橋の下では、子供たちの楽しそうな姿が見られます。A08kaze84 A034kodomo819 A029nhashi816

 

 

 

 土手下の栗の木に、毬をつけた栗の実が姿を現しました。葦(?)の穂も成長してきました。見上げると青い空には夏雲も湧き上がっています。A022kuri816 A012ashi819 A029ashi819

 

 

 

 

 自転車を降りて草むらに目をやると、この時期、もっとも厚かましく勢力を伸ばしているのは、クズのツルです。その間に、月見草(?)が夜を待っています。トラノオ(?)もよくみられます。植物の名前は苦手でよく知りません。申し訳ない。A041kuzu816 A045tukimi816 A016trano819

 

 

 

 

 さらに、ヒルガオ(?)。ショウリョウバッタ。キアゲハ。A06hirugao730 A048musi816 A056ageha816

 

 

 

 サイクリングロードは、ゆく夏を惜しみながら、秋へとつながっていきます。では。また。

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2009年8月20日 (木)

戸塚洋二氏のブログを読む(4)

 戸塚氏は、宗教による救済の道を選びませんでした。では、彼は唯物論的な思考により、死への恐れを克服することができたのでしょうか? 今日は、その部分を読み解きます。

 ★何とか死の恐れを克服する、いってみれば諦めの境地はないのだろうか。そのような境地を無論見つけてはいませんが、上の理由を超克する諦めの考えが一つ二つ思い浮かぶことはあります。
・幸い子どもたちが立派に成長した。親からもらった遺伝子の一部を次の世代に引き継ぐことが出来た。「時間とともに進む世界でほんの少しだが痕跡を残して消える」ことになるが、種の保存にささやかな貢献をすることが出来た。
・もっとニヒルになることもある。私にとって、早い死といっても、健常者と比べて10年から20年の違いではないか。みなと一緒だ、恐れるほどのことはない。
・さらにニヒルに。宇宙や万物は、何もないところから生成し、そして、いずれは消滅・死を迎える。遠い未来の話だが、「自分の命が消滅した後でも世界は何事もなく進んでいく」が、決してそれが永遠に続くことはない。いずれは万物も死に絶えるのだから、恐れることはない。
 後の二つはちょっと情けない考えですが、一蓮托生の哲学によって気が休まります。(2008.2.10 戸塚洋二)

 以上にみるように、唯物論的な思考により「気が休まります。」と述べられています。しかし、それは、「ちょっと情けない考え」「一蓮托生の哲学」として、彼にとっては充実した確信とはなっていません。いったい、それは何故なのでしょうか? この日のブログの最後の言葉にヒントがあります。

 ★結局、充実した人生を送るための糧はまだ見つかっていません。。(2008.2.10 戸塚洋二)

 つまり、彼は、死に直面しながらも尚、「充実した人生を送る糧」を求め苦悩していたのです。決して、死に対して悟ることを求め、苦悩していた訳ではないのです。彼には、あくまでも、どう生きるかが問題だったのです。そうであるからこそ、彼は、正岡子規の「悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きている事であつた。」という言葉に強く惹かれたのだと思います。そして、彼は、生きていくためのささやかな生活信条を残しています。

 ★まず、根底にある考えは、「恥ずかしい死に方をしたくない」が出発点でした。
 弱い人間ですから、やることは簡単です(難しいですが)。
①「恐れ」の考えを徹底的に避ける。ちょっとでも恐れが浮かんだら他の考えに強制的に変える。
②「自己の死」の考えが浮かんだら他の考えに強制的に変える。死は自分だけに来るのではない。すべての人間にくる。年齢にもよるが、死の訪れは、高々10~20年の差だ。その間の世界がどうしても生きて見なければならない価値があるとは思わない。
③自分が「がん」になった理由はすべて自分にある(私の場合は)。自分以外を決して恨まない。
④まだできなくて困っていることが一つ。妻につい愚痴を言ってしまい、彼女を精神的に追い詰めてしまう。これを克服しなければ。(2008.4.29戸塚洋二)

 妻への深い愛情。残された命を淡々と生きようとする戸塚氏。これから2ヶ月後、彼は亡くなります。彼は、何か大きな悟りを開いたわけではありません。しかし、何故か、私には深く共感できるのです。   戸塚洋二ブログはこちらから。

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2009年8月19日 (水)

戸塚洋二氏のブログを読む(3)

 死を間近にした戸塚氏は、宗教とどのように向き合ったのでしょうか? 今日は、そのあたりを読みます。

 ★生前の世界、死後の世界の実在を信じない。輪廻転生も信じない。なぜなら、宇宙が生まれ死んで行くのは科学的事実だから、無限の過去から無限の未来に続く状態など存在し得ない。(2008.2.10戸塚洋二)

 やはり戸塚氏の言葉は、唯物論的哲学に立脚した、科学者らしい確信にあふれています。さらに抜き出すと

 ★・絶対的超越者の存在を信じない。マザー・テレサが神の子の実在を信じていなかったという記事(その1、その2)を読んでちょっと安心した記憶がある。
 ・佐々木閑先生からお教えいただいた古代仏教の修行には興味がある。その修行は大変厳しく、また集団で行うことが基本ということで、「苦」を解脱するため修行をしたいと思ったときには、体力を失い修行が無理な状態になっている。
 ・個人的に瞑想しても、諦めの境地に達するだけだ。。(2008.2.10戸塚洋二)

 佐々木閑先生とは、自然科学から仏教に転じた方です。古代仏教の研究者のようです。きびしい修行により悟りを開く古代仏教とはちがう日本仏教に対して、戸塚氏は、絶対者におすがりする仏教として、次のように書いています。

 ★絶対者におすがりして幸せに暮らすか。世界の法則を理解しつつ過酷な修練で悟りを開くか。日本人は前者を採用しました。多分、その教義しか日本に伝わってこなかったのでしょう。(2008.2.13戸塚洋二)

 以上みたように、戸塚氏は、科学者として当然の唯物論的な確信から、宗教によって救われる道は選びませんでした。では、彼の苦悩はどこをさまようのでしょうか? それは、また次回に。

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2009年8月18日 (火)

戸塚洋二氏のブログを読む(2)

 戸塚洋二氏のブログ紹介2回目です。よく歌われている「千の風になって」という歌に対して、戸塚氏は、次のような感想を書かれています。

  ★大変申し訳ないと思いますが、私はこの歌が好きではありません。
 この詩は、生者が想像し、生者に送っている詩に過ぎず、本当に死者のことを痛切に感じているのかどうか、疑問に思ってしまうのです。死期を宣告された身になってみると、完全に断絶された死後このような激励の言葉を家族、友人に送ることはまったく不可能だと、確信しているからです。
 むろん、このような言葉を死んでから送れたらこんなにすばらしいことはないのですが。
  実際に死にいく者の視点で物事を見てみたい少数の人々もいることを理解してください。あるいは私一人だけかな。(2007.8.14  戸塚洋二)

 私は、戸塚氏の感想に大いに賛同できます。やはり、この歌は、生きている側の人が、死者を思って歌う歌だと思います。この歌は、死者が千の風になって吹き渡っている、朝の光なって輝いていると、壮大なロマンに溢れています。しかし、それは生きている側の感傷です。死んでいく人にとって、自分は「千の風になって吹きわたる」ことができる、と信じるのはちょっと難しいと思います。人が死んでも、肉体を構成していた分子や原子は滅ぶことなく、自然の中を永遠に動き続けていきます。このことをもって、自分が千の風になる、と言い聞かせても難しいと思います。戸塚氏の眼差しは、余命宣告された人の厳しい眼差しです。死に向かう気持ちが、ブログでは次のように書かれています。

 ★われわれは日常の生活を送る際、自分の人生に限りがある、などということを考えることはめったにありません。稀にですが、布団の中に入って眠りに着く前、突如、
・自分の命が消滅した後でも世界は何事もなく進んでいく、
・自分が存在したことは、この時間とともに進む世界で何の痕跡も残さずに消えていく、
・自分が消滅した後の世界を垣間見ることは絶対に出来ない、
ということに気づき、慄然とすることがあります。
 個体の死が恐ろしいのは、生物学的な生存本能があるからである、といくら割り切っても、死が恐ろしいことに変わりがありません。
 お前の命は、誤差は大きいが平均値をとると後1.5年くらいか、と言われたとき、最初はそんなもんかとあまり実感が湧きません。しかし、布団の中に入って眠りに着く前、突如その恐ろしさが身にしみてきて、思わず起き上がることがあります。(2008.2.10 戸塚洋二)

 今日はここまでです。では。  戸塚洋二ブログはこちらから。 

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2009年8月14日 (金)

戸塚洋二氏のブログを読む

 最近、私は、戸塚洋二氏のブログを読んでいます。戸塚洋二氏は、東大の宇宙線研究所長などをされていた方で、ニュートリノ振動を確認し、ニュートリノに質量があることを確認したことで有名です。日本でノーベル賞に一番近い研究者といわれていましたが、昨年の7月、ガンの転移により66歳で亡くなられました。ガンで余命を宣告され、2007年4月より、Few More Monthsという名前でブログを書き始められ、2008年の7月2日で終わっています。私は、このブログを書かれた順に、つまり時間を追う形で、ブログ作者の気持ちを想像しながら、丁寧に何回も読んでいます。余命宣告を受け、死と向き合いながら書かれた文章には、多くのことを考えさせられます。内容や私の感想などを、これからも、時々紹介しようと思います。

 今日は、このブログに書かれていた正岡子規の言葉と、それに対する戸塚氏の感想を紹介します。

 ★「悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思つて居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きている事であつた。」(正岡子規)

 ★「僭越な感想ですが、文豪が、まさに私が努力して到達したいと思っている人生の終末を至言で表してくれています。」(戸塚洋二)

 このブログは、まだネット上に残されています。興味を持たれた方はこちらから。    では。また。

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2009年8月12日 (水)

腹部エコー検査

 今日は、KS病院で腹部のエコー検査を受けてきました。脾臓の肥大化の進行具合を調べるためです。11時15分からの予約でしたが、検査が始まったのは、12時をだいぶ過ぎてからでした。前の患者が、家族も呼ばれ深刻そうな雰囲気で、時間がかかっていました。さて、検査の結果ですが、1年近く前の検査に比べ、脾臓の肥大化は、大きくは進行しておらず、まだ問題無しということでした。少々安心というところです。次は、3週間後の定期診察です。では。また。

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2009年8月11日 (火)

パソコン壊れる

 昨日、突然パソコンが壊れました。突然といっても、最近ハードディスクから異音がするようになっていたので覚悟はしていました。そして、昨日ついに立ち上がらなくなってしまいました。直ぐに修理に出しましたが、古いパソコンでもあり、新品を買う決断をしました。その場で、デスクトップパソコンを購入しました。

 家に帰ってからが大変。梱包をほどいて設置。ソフトの組み込み。外付けハードディスクからデータの転送。慣れないVistaにとまどい、夜の11時までかかり一段落となりました。今日は朝から、自分のホームページのダウンロードに取りかかりました。ところが、恐ろしいことにダウンロード中に、「タイムアウト!」の表示がでて接続が遮断される事態になりました。理由がわからないので、ファイルを小分けにしてダウンロードしました。時間がかかりましたが、先ほど完了しました。やっと落ち着いて、これを書いています。外付けハードディスクに保存していなかったデータは失ってしまいました。ブックマークしていたサイトの情報、画像ソフトで編集した画像(原盤は残っています)などです。これから、ボチボチ取り戻します。  では。また。

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2009年8月 7日 (金)

定期的診察の日(12)

 今日は、KS病院での定期診察の日でした。今日の予約は11時からで、いつもより遅く出かけました。9時過ぎのJRで病院へ。すぐに採血検査。今日、採血にあたった看護師さんは、かって担任をした生徒の保護者のMさんでした。この生徒さんも大学4年生になり、いよいよ就職活動が始まっているとのことでした。

 それから待つこと、ほぼ2時間。待ち時間は、いつものように長いです。12時前になり診察が始まりました。さて、診察の結果ですが、血小板値は、10万ほど急降下して、50万を切りました。抗ガン剤の効果が出てきたようです。これからも、投薬は今のままの量で続けるとのことでした。最近、脇腹と背中に、強い違和感、圧迫感を感じるようになっており、このことを主治医に伝えると、脾臓の肥大化の状態を調べるため、来週、腹部エコー検査をする事になりました。骨髄の繊維化がすすめば、それに連れ脾臓も肥大化するそうです。 来週は検査です。では。また。

 

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