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2008年9月

2008年9月29日 (月)

バナナダイエットの流行

 妻が青いバナナを買ってきました。「なぜ、そんな青いバナナを買ってくるのか?」妻の答え。 「最近、青いバナナしか売っていない。」    な・な・なぜ????。

 その原因が判明しました。テレビの影響でバナナダイエットが流行し、バナナが品薄になっているとのことです。問屋さんは、青いままでバナナを出荷しているそうです。以前、寒天が流行し、品切れになったことが思い出されます。ま・またしても。テレビ恐るべしです。

 私などは、以前76kgあった体重を、今では59kgにダイエットしました。バナナダイエットなどではありません。食物交換表と台バカリです。食物交換表を使って、すべての栄養素のバランスをとりながら、総カロリーを減らしていく方法です。糖尿病の人なら誰でも知っています。やっぱり、健康的なダイエットは、これしかないと思いますよ。ただし、強い意志が必要ですが。

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2008年9月27日 (土)

美山町「茅葺きの里」

 先日、妻と共に、美山町の「茅葺きの里」に行ってきました。この地区は、地区全体が国の伝統的建造物群保存地区に指定されており、38戸の茅葺きの建物が建っているそうです。彼岸花、コスモス、蕎麦の花などが咲き乱れていました。

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2008年9月26日 (金)

映画「おくりびと」

 今、話題の映画「おくりびと」を見てきました。なかなか良い映画でしたので、お薦めの一言を書かせていただきます。

 まずあらすじを;  オーケストラのチェロ奏者をしていたが、楽団の解散で演奏家への道をあきらめ、故郷の山形に帰ってきた主人公の大悟(本木雅弘)。求人広告で「旅のお手伝い」の仕事につられる。納棺師。それは遺体を棺に納める仕事だった。佐々木(山崎努)に言われるがまま引き受けてしまい、妻の美香(広末涼子)には冠婚葬祭関係の仕事に就いたと答えてしまう。こうして、大悟の新人納棺師としての日々がはじまった。
 美人だと思ったらニューハーフだった青年、ヤンキーの女子高生、幼い娘を残して亡くなった母親、・・・さまざまな境遇での死や別れと向き合い、大悟は、納棺師という仕事の意味を理解していく。そんな矢先、妻の美香に、本当のことがばれてしまい、彼女は「汚らわしい!」と言い残して実家に帰ってしまう。
 やがて、美香は懐妊し再び大悟のもとに。大悟の仕事を軽蔑していた幼馴染みの母親である馴染みの風呂屋の老女の死。大悟は、納棺師として、人として、人の死の意味を悟っていく。妻の美香もまた、夫の仕事に誇りを持つようになる。30年前、自分を見捨てて駆け落ちした父を大悟は恨み続けていた。しかし、行き倒れ状態で死んでいった父の遺体に向き合い、ついにその死を受け入れていく。

 感想; ウーン。まず、納棺師の所作が美しく演じられていました。ほんとに納棺師があのようにやっているのかどうかは知りませんが。人間の死に対する尊厳のようなものが伝わってきましたね。

  ストーリーが、よく計算され、準備され、展開されていったと思います。最初、何げなく提示された小物や人物が、やがて大きな意味をもち、必然となって展開していきます。チェロのケースの中に置かれた小石。顔の無い父の想い出。流れてきた女性事務員。風呂屋でいつも会う客。などなど。

  出演者も、それぞれ好演していました。渋い演技の山崎努。妻役の広末涼子。良かったです。ドラマの最後の方で、妻の美香が、「私の夫は納棺師です。」と静かに、しかし、毅然と言う場面、なかなか良かったですよ。

 ちょっと違和感; 映画をあまり見慣れていない私には、ちょっと違和感を感じた部分もあります。一つは、ふぐの白子やフライドチキンを、下品にパクパク食べる部分があります。人の命は他の命の犠牲の上に成り立つという、人間存在の不条理性を提示する重要な場面であると思うのですが、ちょっとしつこすぎるかなと思います。二つめは、女性事務員が、「自分も子供を捨てて来た。」と告白する場面ですが、流れのの中で準備されてきた場面とはいえ、ちょっと唐突さを感じました。納棺師としての仕事の中で、父親の死を受け入れる必然が描かれた方が自然かなと思います。

 以上。映画のお薦めでした。 

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2008年9月24日 (水)

薬の副作用

 抗ガン剤を服用するようになって、2年近くが経ちます。強い薬であるため、患者としては薬の副作用が気になるところです。

 私の場合、最初、「血小板増多症」の第一選択薬である「ハイドレアカプセル」から服用が始まりました。数ヶ月後、不自然な咳が続くようになり、主治医は間質性肺炎を疑い、薬の変更を指示。それ以後、一年以上にわたり「マブリン散」を毎日服用しています。ハイドレアより副作用は大きいと言われています。

 この「マブリン散」なる薬の副作用を調べてみると、まず、二次的なガンを発症する危険があるとのこと。以下列挙すると、間質性肺炎・肺線維症、貧血、白内障、黄疸、腎障害、脱毛、色素沈着・黒皮病、耳鳴り、嘔吐、発熱等々。ちょっと気分が滅入るくらい書いてあります。この毒のような薬を飲み続ける地獄、しかし、飲まなければまた地獄。一生抗ガン剤を飲み続けなればならない宿命。これは、ちょっと重いですね。

 今まで、この薬を飲み始めて気になる症状としては、初めの頃、何回か嘔吐しました。発熱は、ずっと続いていましたが、薬に慣れるということがあるのでしょうか、最近少しましになっています。脱毛は深刻です。頭が次第に薄くなっていっています。耳鳴りもひどいです。ただ耳鳴りは、薬の副作用ではなく病気本来の症状かも知れません。それから、血液を固まりにくくする薬「パナルジン」を服用していましたが、肝機能障害になりました。(今は、「バイアスピリン」にかわっています。)

 さて最後に。私の場合、けっして副作用情報に掲載されていない副作用が出ています。それは、毎朝恐ろしい夢を見てしまうことです。火事に追われたり、得体の知れない動物に追われたり、殺人犯に追われたり、最後、うなされながら目が覚めるのです。火事なども半端な火事じゃないです。夢には色が付いていないと言いますが、真っ赤なカラーの火事です。おそらく、体の深部でゆっくりと、重大な変化が進行しているせいではないかと思います。熟睡できない日々は、耳鳴りと共に、ボディブローを受けているように効いてきますね。

  ぐちっぽくなりましたが、今回はこのへんで。では。

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2008年9月18日 (木)

寺田芋の警告

 城陽市の特産寺田芋を簡単に食べる方法は無いものか? 蒸し器で蒸かして調理すると30分はかかります。そこで、ラップで包み電子レンジで温める作戦に。15分くらいで出来上がると目算してセット。しはらくして、妻の叫ぶ声が。見ると、電子レンジからモクモクと黒煙が。みるまに部屋中に煙が充満。煙の中で必死にレンジのスイッチを切る(妻が・・)。  水をかけて芋を冷やした後、試しに包丁で切ろうとしましたが、炭化して刃が入りませんでした。電子レンジ恐るべし。その後、家中、煙の臭いが取れなくなっています。

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2008年9月17日 (水)

残された時間は?

 後どれくらい生きられるのか、自分に残された人生の設計図を作るために必要なことかと思います。このことで、自分の考えを書いてみたいと思います。どこかの国の首相が、「私は冷静に自分を見つめることができるんです!。」と、冷静さを失って言ったのを真似するようですが。

 私が血小板増多症を発病したのは、45歳の時だと思われます。この年の人間ドック検査で、血小板が70万に増えており、LDHの数値も異常値を示していました。しかし、このサインを無視してしまいました。55歳になり始めて血液内科を受診し、「本態性血小板増多症」の診断を受け、骨髄も繊維化していることを告げられました。しかし、この診断も軽く考え放置しました。60歳の定年退職を迎える頃になり、脇腹に違和感を覚えるようになり、再び血液内科を受診しました。この時すでに、骨髄の線維化はかなり進んでいて、骨髄の液を採取するのも困難なくらいだったそうです。脾臓の肥大化もかなり進んでいるとのことでした。かなり深刻な状況になっていたわけです。

 大学病院の血液内科や癌センターのホームページを次々と調べたところ、発病後の生存率の中央値(2人に1人が亡くなる年数)は、血小板増多症で5~10年、線維症では3~5年と出ていました。ページにより数値は若干違っていますが。

 ということは、私の場合、何も治療もせず放置して15年、抗ガン剤治療が始まって2年弱、中央値をはるかに超えて、17年も生きていたことになります。つまり、逆に、今の状況の深刻さは、いつ最後が来ても不思議ではないということを示しています。

 かなり厳しい現実ですが、これは冷静に受け入れなければならないと思われます。そこで、私は、「後、5年生きる」と仮定して、自分の残された人生を考えています。「5年」というのは、かなり願望が入った数字かもしれません。まあ、これぐらいの希望的数字の方が元気が出ると思いますので。

 では、残された5年をどのように計画しているか? それは、また次回に。

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2008年9月13日 (土)

寺田芋登場

 運動をかねて、毎日1時間は散歩をするように心がけています。散歩の途中、時々、道端で売っている野菜などを買ったりしています。城陽はイチジクの産地で、最近では、イチジクをよく買っていましたが、イチジクもだんだん盛りを過ぎてきました。

 しかし、ここ数日前から、イチジクに代わりサツマイモが登場してきました。城陽は、サツマイモの産地でもあり、「寺田芋」として有名です。木津川の砂地地帯で、相当古くか栽培されていたようです。早速買って来て、蒸かして食べました。良い味でした。

 家の軒下や車庫で販売する農家

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2008年9月10日 (水)

朝顔

 夏も終わりかけ。しかし、我が家では、朝顔がもう2週間くらい、毎日1~3輪の花を咲かせています。どこから来るのか蜂も見ます。家では、花の栽培はめったに成功していないので、ここで記念の写真を1枚。

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2008年9月 5日 (金)

後どれくらい生きられますか?

 今日は、KS病院で定期的な診察を受けてきました。8時40分に病院の受付機を通過後、採血検査、診察、治療費の支払いなど、すべて終わったのは10時50分でした。大きな病院は待ち時間が長いです。

 診察の結果ですが、一時期、150万くらいに上昇していた血小板の数値は、今日の検査では、70万くらいに減少していました。減少したといっても、正常の人から比べると(正常で10万~30万くらい)、まだまだ高く、抗ガン剤の量は、引き続き同じ量を続けるとのことでした。

 さて、後どれくらい生きられるのか、患者としては気になるところです。前かかっていたK病院で主治医のS先生に、「後どれぐらい生きられますか?」と、単刀直入に質問したことがありました。S先生は、「ウーン!シビアな質問ですネ。」と困ったような顔をされた後、「人によりいろんなケースがるので何とも言えないですねネ。」という返事でした。そして、今かかっているKS病院の主治医の先生にも同じ質問をしてみました。「イヤー、明日すぐに亡くなるというような病気ではないですよ。」でした。なにか微妙にはぐらかされたような答でした。

 このようなデリケートな質問に対しては、医師としては慎重な返答をしているという感じでした。次回は、また別の聞き方で聞いてみます。 

 

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2008年9月 2日 (火)

天橋立遠望

 退職教員仲間のT氏と成相寺を見学。天橋立を遠望する。あいにく天気は曇り。霞んでいて撮影は失敗。それでも、一応、画像貼り付けの練習のた めアップしました。

成相寺本堂と天橋立遠望

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2008年9月 1日 (月)

はじめに病気のこと

 今日からブログを始めました。開設の第一の理由は、ホームページの無料スペースが残り少なくなってきたことです。ホームページの近況報告で書き足りなかったことと、一部の写真を移動して来ようと思っています。

 初めての記事なので、まず私の病気のことを書いてみます。私の病気は、「血小板増多症およびそれに伴う骨髄線維症」です。白血病や真性多血症と同じ「骨髄増殖性疾患」という分類にはいるそうです。平たく言えば、血液のガンと言うことです。完治する治療法は無く、抗ガン剤で血小板の増殖を抑えるというのが唯一の治療法のようです。骨髄線維症は、もっともたちが悪く、早ければ1~2年で、普通でも5年くらいで終わりになるそうです。主治医は、「血小板の数値が下がれば、骨髄の繊維化は止まるはず。」と言ってくれてはいますが。

 現在の症状としては、手足の先がチリチリと針で触られているような感覚があります。また、骨髄の繊維化により脾臓が無理をするため、脾臓が肥大化してきています。そのためか、左脇腹にいつも違和感があります。あと、抗ガン剤による微熱が続いているということもあります。治療としては、マブリン散という抗ガン剤と血液を固まりにくくするバイアスピリンを服用しています。

 今後のことは、心配していても仕方がないので、気楽に生活するより道はないと思っています。毎日、一日に一回はカメラのシャッターを押すこと、最低一時間は散歩することを心がけています。では。また。

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