2012年1月25日 (水)

三丁目の夕陽’64

 昨日、「三丁目の夕陽’64」を見てきましたので感想を書かせていただきます。

 シリーズ三作目になる今回の作品は、東京オリンピックの頃の、三丁目の人々に出会うことができます。この年、私は高校生で、ドラマの淳之介君と同じ年頃でした。「ひょっこりひょうたん島 」、「シェーッ!」というギャグ、「みゆき族」など、なつかしさをかき立てられました。
 ドラマの構成も良かったと思います。三文小説家、茶川は、かって、親爺から勘当され家を飛び出し、小説家を目指しました。その親爺の死を通し、親爺の真の気持ちを知ることになります。この伏線が準備された後、茶川に引き取られた淳之介が、「一流大学を卒業し、一流企業に就職する」という生き方を否定し、小説家を目指す自立の旅に出発します。親の世代から、温かい心の何かを受け継ぎながらも、自立しようとする若者たちの姿が描かれます。また、鈴木オートに集団就職した六ちゃんも、恵まれない人に無料診療を続ける医師と結婚し、新しい旅立ちをします。高度経済成長の時代、上を見ながらひたむきに生きた三丁目の人々の人情や成長が温かく描かれています。
 しかし、この映画を見て、「あの時代はすべてが上向きで、熱気溢れる良い時代だった。」という感想を持つとすれば、それは、昔を懐かしむ老人の感傷と言われるでしょう。いつの時代もそうであるように、この時代も激動の時代でした。公害問題の深刻化。鉄道事故。原子力潜水艦の寄港問題では、佐世保や長崎で数万人の集会が開かれました。誘拐殺人などの暗い事件もありました。今に続く東海村での、原子力発電の商用化の始まりもこの頃でした。
 柴田翔が「されど我等が日々」で、芥川賞を取ったのもこの頃です。学生運動に挫折した男女が、恋愛や生き方に苦悩し、やがて女性は新しい自立を求めて去っていきます。取り残され、茫然と立ち尽くす主人公。60年安保に多くの若者が挫折し、高度経済成長の波に巻き込まれていった時代でもありました。
 新自由主義的競争社会。地方の衰退。コミュニティの崩壊。そんな時代にあって、私たちは、あの時代から何を受け継ぎ、何を次の世代に引き渡せるのでしょうか。三丁目の人々が持っていた温かい人情やひたむきな生き方は、果たして引き渡すことができるのでしょうか。  この映画、お薦めします。                     では。また。

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2012年1月22日 (日)

二十四節気「大寒」2012

 1月21日は、二十四節気の一つ「大寒」です。江戸時代の暦便覧によれば、「冷ゆることの至りて甚だしきときなれば也」とあるそうです。一年で一番寒さの厳しい頃です。一年の最低気温もこの時期に記録されるそうです。
 「寒い」と言えば、童歌にも
  「大寒小寒 山から小僧が飛んできた ・・・寒いといって飛んできた」
とあります。私は長い間、「小僧が飛んできた」と憶えてきました。小僧は冷たい風と共に飛んできたのです。実に風を感じます。
 しかし、当然のことながら童歌なので、地方によって歌詞は違います。関東地方では、
    「大寒小寒 山から小僧が泣いてきた ・・・寒いといって泣いてきた」
と歌うそうです。全国的には、こっちの方がメジャーなようです。「泣いてきた」では、ちょっと表現が、感情に走りすぎて浅いような気がします。やっぱり私には、風を感じる「飛んできた」の方が優れているように思うのですが・・・・。ちなみに、三重県あたりでは、「大寒小寒 山にずっきんおいてきた とりにいこか もどろか ミカンの皮でもかぶろうか」と歌うそうです。いかにミカンどころとはいえ、ちょっと宣伝がましいような・・・・。「山にずっきんおいてきた」とは、山に雪のずきんを置いてきたのでしょうか、雪化粧した鈴鹿の山が見えてきます。オレンジ色と白い雪との対比もなかなか良い表現ですね。

 では、21日、「大寒」の日の写真です。京都府南部は朝から雨です。よく降りますが、思い切って、傘をさして出かけましょう。城陽市の東側、鴻ノ巣山へ向かいます。はたして、「大寒」にふさわしい被写体は見つかるでしょうか。
 今年は雪が降らないため、朽ちた葉が落ちずに、まだ残っています。水滴が着いて、雨らしい雰囲気ですが、大寒らしいかどうかは、ちょっと・・・・・。Taisetumj_001_3 Taisetumj_002_5 Taisetumj_003_2

  

  

  

  
     梅もロウバイも咲いています。もう春も近づいていますね。鴻ノ巣山は、これくらいにします。Taisetumj_001_01 Taisetumj_001_02_2 Taisetumj_002_01

  

  

   
     次は、宇治田原町高尾というところの残り柿です。久々の雨なので、霧の中の残り柿も撮影します。これで、雨の「大寒」の撮影は終了です。Taisetuamek_001 Taisetuamek_002 Taisetuamek_003

  

  

   
    今年はまだ積雪はありません。先日、12日に宇治田原では、ほんの少し積雪がありました。雪の茶畑と枯れススキです。Taisetudtawa_003 Taisetudtawa_001 Taisetudtawa_002

  

  

   

   
    最近の木津川土手周辺です。田んぼでは、春の準備が少しづつ始まっています。藁のクズを焼いています。肥料をまく人もいます。Taisetutanb_002 Taisetutanb_001 Taisetutanbo_002

  

  

   
    雀は群れをつくって飛び回っています。Taisetusu_002_01 Taisetusu_001_02 Taisetusu_002

  

  

   
    野鳥もよく見かけます。一枚目の写真、モズだと思うのですが・・・・。鳥の名前はよく分からないです。Taisetutor_001 Taisetutor_001_01 Taisetutori_001

  

  

  

        土手の風景です。最後の写真はタンポポです。畑の側に咲いていました。春が近づいています。次は立春です。  では。また。Taisetudot_001 Taisetudot_001_01 Taisetudot_002 Taisetuharu_001

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2012年1月20日 (金)

定期診察の日(43)

  今日は、KS病院で定期診察を受けてきました。年末年始を挟んだため、7週間ぶりの診察です。今回は、今年に入って初めての診察なので、「本年もよろしく。」と挨拶をされました。
  さて、検査の結果ですが、血小板数は、前回とほぼ同じで約50万/μl台でした。ヘモグロビン値が少し低いですが、他の血球数については異常な変動はなく、骨髄の繊維化が急激に進行している兆候は無いとのことでした。
 糖尿病の検査ですが、食後2時間血糖値が、270という過去最高の値が出たりすることもありましたが、HbA1c の値は正常値内でした。不思議です。
 というわけで、急激な状況の変化は無しです。今後の投薬量は現状維持が続きます。
          では。 また。

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2012年1月16日 (月)

宇治田原雪の残り柿

 1月12日朝、うっすらと積雪しました。朝、なかなか起きられない私は天気予報を見て、今日は雪が降ると確信し、前日から心の準備をしていました。6時に起床し、顔も洗わず宇治田原の茶畑に出発です。
 どこの茶畑にするか迷いますが、湯屋谷地区の茶畑は、規模も大きく、残り柿も多く、無難です。めったに早起きしないので、無難な場所を選びました。まずは、農機具小屋のある人気の場所に直行です。すでに、3人のカメラマンが来ていました。
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     湯屋谷の茶畑の全体的様子が分かる写真です。
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     車で茶畑の奥へと進み、その後、少し歩きます。途中の残り柿です。山から太陽が顔を出してきたので、先を急ぎます。
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     太陽が出ました。周囲の様子は一変します。ここで、ハレ切りを車に忘れたことに気づきましたが遅いです。わざとハレーションやゴーストを入れてみました。
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     茶畑の一番奥にある柿の木です。撮影は、日が出ると急に忙しいですね。
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   太陽が差してくると、何でもない場所が、急に美しく見えてしまうので不思議です。
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     最初の農機具小屋の所まで帰ります。さっきとは、まったく違った場所のように見えますね。
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     雪もだいぶ融けてきました。さらに、隣の茶畑にも足を延ばしてみました。
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     前回紹介した夕陽のポイントへも行ってみました。まだ朝ご飯も食べていないので、この辺で撤退です。雪でズボンも濡れてしまいました。 では。また。
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2012年1月14日 (土)

宇治田原の残り柿

 新年が始まったとたんに、鼻炎で苦しんでいましたが、ようやく回復です。さっそく、宇治田原の残り柿の撮影に出かけてきました。しばらくぶりの宇治田原です。12日に少し雪が降りましたが、この時の写真は次回にまわして、今回は晴れた日の残り柿です。

 柿が残っているか心配して出かけましたが、今年は、まだ雪も降らず、柿の豊作の年に当たっていたため、たくさんの柿が残っていました。
 まずは、宇治田原町高尾です。ここは、山の中腹の高い位置にあるため、青みを帯びた山をバックに撮影することができます。
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      古い木が多く、木の形も面白いです。高尾は、ススキも多いです。
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      高尾から山を降りて、宇治田原町 立川方面に入ります。鷲峰山登山道の入り口付近に、古い柿の木がありました。逆光を浴びて枝が輝いていました。
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      立川から湯屋谷方面に進みます。湯屋谷の集落を見下ろす地点にも残り柿があります。
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      次は、湯屋谷の茶畑に入ります。入り口付近の茶畑に登ります。国道307号線が見えています。
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      茶畑を奥の方へ進むと、農機具小屋と柿の木がある人気の撮影ポイントです。ここは、大阪ナンバーの車もよく見かけます。
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      出発が遅かったため、もう夕陽が近づきました。夕陽の撮影ポイントに移動します。宇治田原は、高尾以外、山の陰になるため、夕陽の撮影ポイントが少ないように思います。ここは、数少ない夕陽のポイントだとかってに思っています。カメラを持った人はあまり見かけないですが・・・・。  次回は初雪の残り柿です。 では。また。
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2012年1月11日 (水)

連凧を揚げる人

 新年早々、朝起きたときから突然、激しい鼻炎に襲われました。数日間、完全引きこもり生活をしていましたが、なんとか前向き生活を開始しようと、マスクをして、久々に木津川土手に散歩に行きました。
 土手の上で、寒風に負けず連凧を揚げている人がいました。風に乗り、天高く凧が揚がっています。凧に番号が打たれていて、現在、二百数十枚が揚がっています。凧の間隔は2mあるため、糸の長さは400mを越えていることになります。糸を引っ張らせてもらいましたが、相当な圧力です。素手ではもちろん無理です。ゴムを貼り付けた手袋が必要です。
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     通りすがりの人が、次々に声を掛けていきます。空に駆け登る龍のようだと、龍を見たかのように言う人がいたり、今年は、辰年だから縁起か良いという人もいました。
 凧は500枚準備されているそうです。全部揚がれば、糸の長さは1kmになります。しかし、500枚全部が揚がるのは難しく、数年に1度くらいだそうです。
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     曇っていたので、夕陽の中の凧は撮ることはできませんでした。最後のギャラリーは、私と子供二人になりました。子共に質問攻めに合いました。「何で写真写しているの?」「写真が仕事なの?」。めんどくさくなって、「仕事は年金生活だ。」と答えると、「ということは60歳以上? 暇なの?」とまた質問です。子供は無邪気ですが疲れますね。
   では。  また。
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2012年1月 6日 (金)

二十四節気「小寒」2012

 1月6日は、二十四節気の一つ「小寒」でした。暦便覧によれば、「冬至より一陽起るが故に陰気に逆らう故益々冷る也」とあるそうです。冬至を過ぎ、季節は春に向かっていますが、逆に、この日は「寒の入り」、これから節分までの期間が「寒」です。寒さはこれからが本番ということです。
 年も改まりました。今年もまた新しい気持ちで、季節変化を「二十四節気」折々の写真で楽しんでいきましょう。 遅まきながら、明けましておめでとうございます。

 では早速、「小寒」の頃の木津川土手付近に出掛けましょう。冬らしい風景が、どれくらい見つかるでしょうか。楽しみです。
 城陽市は花ハスの産地ですが、夏、あんなにも勢いのあったハス田は、今は、水が抜かれひび割れています。一枚目の写真、遠くに見えているのは比叡山です。
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    土手近く、耕作放棄地の枯れススキです。この草むらには、いつも雀が潜んでいて、近づくと一斉に舞い上がります。枯れゆくススキと突然舞い上がる雀、冬が持つ二つの性格が、この一瞬に表現されているような気がします。動と静。終焉と始まり。
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    冬らしい光景、次は、単なる草むらですが、私のお薦めの光景です。冬の弱い日差しに、枯れ草が金色の光を放っています。特に夕陽の時はいいですね。
 百人一首の歌の中で冬を詠った歌は、次の一首だけだと思います。
 ~山里は 冬ぞさびしさまさりける 人目も草も かれぬと思えば~ (源宋千)
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    土手の上で写した三枚です。冬らしい雰囲気ですが、いつも同じような写真で申し訳ないです。
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     では、次は城陽市の東側、鴻ノ巣山の様子です。鴻ノ巣山の入り口に水渡神社という神社があります。正月は参拝客が多かったです。2日の夜、賽銭箱が盗まれたと新聞に出ていました。散歩道は、落ち葉に覆われて、静かな冬の雰囲気です。
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    散歩道の脇の林では、 まだ少し紅葉が残っています。クヌギの黄葉が木に引っかかっていました。
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    頂上付近にあるソヨゴの赤い実です。風が吹くと、葉っぱがこすれあって音を立てることから「ソヨゴ」という名前になったようです。それから、夕陽の当たるヒヨドリジョウゴの赤い実です。おいしそうな実ですが、ソラニンという神経毒を持っているので食べられないそうです。
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    正月2日に、京都市内の北野天満宮に初詣に行きました。すごい人出でした。特に信仰心は無いですが、何となくつられておみくじを買いました。「吉」でした。昨年は「凶」だったような・・・・。   では。また。
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2011年12月29日 (木)

カジノ資本主義

スーザン・ストレンジ著「カジノ資本主義」(岩波現代文庫)を読みましたので、感想を書かせていただきます。
 著者、スーザン・ストレンジは、この本の中で、現代の資本主義を「カジノ資本主義」と、初めて命名しました。この本は、1988年、今から20数年も前に書かれたにもかかわらず、実に新鮮で、現代の資本主義の本質を言い当てています。この本の書き出だしの部分を抜き出してみましょう。実に明快な書き出しです。
   「・・・・・西側世界の金融システムは急速に巨大なカジノ以外の何物でもなくなりつつある。毎日ゲームが繰り広げられ、想像できないほど多額のお金がつぎ込まれている。・・・・・自由に出入りができるふつうのカジノと、金融中枢の世界的カジノとの間の大きな違いは、後者では我々のすべてが心ならずもその日のゲームに巻き込まれていることである。・・・・・」
 「私たち一般国民もこのカジノに巻き込まれている」とは、実に本質を突いた指摘です。東京為替市場では、一日に15兆円~20兆円の取引、つまり博打が行われています。ニューヨーク市場では、一日当たり200兆円の博打が行われています。博打とは、もうける人がいれば損をする人がいるというのが原理です。リーマンショックでは、インチキな商品が取引され、一部の人は、大もうけをしました。逆に、危機に陥った銀行に大量の公的資金(元は税金)が投入されました。また、値下がりをした株を買い支えるため年金基金などから大量の投資が行われました。まさに国民のお金がバクチ場に投げ捨てられたのです。最近では、円売りドル買い介入が行われました。円高を利用して儲けようとする投機資本のために、大量の税金がバクチ場に提供されたのです。
 現在もなお、人の幸福とは無縁の、5000兆円ともいわれる投機資金が利益を求め世界を動き回っています。天候異変で食糧の供給が低下すれば、日本のような食料自給率の低い国は、投機の格好の餌食になりそうです。

 著書は、この「カジノ資本主義」に対する処方箋を「第7章カジノを冷やすこと」で書いています。その方法とは、「アメリカがまず行動することである・・・」と。しかし残念ながら、その後のアメリカが進んだのは、「新自由主義」という道です。世界の金融システムは、新自由主義の台頭により、ますます「カジノ」化が進行し、ついに深刻な世界的な経済危機、リーマンショックを引き起こしました。バクチの後始末のために、大量の公的資金(税金)が、各国で投入されています。もし、スーザン・ストレンジが生きていれば何と言うでしょうか? この本の最後を締めくくる言葉を書き出します。
  「金融カジノの熱気を冷やし、コントロールするための前向きの実践的処置が取られないならば、・・・・・・生き残った金融ギャンブラーだけが祝杯をあ上げているであろう。残りの者には、・・・・悲惨な終わりがやってくる。」 
  経済の知識の無い私には、少々難しかったです。  では。また。

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2011年12月25日 (日)

大根の寺

 先日、「大根のなる木」があるという話を聞き出掛けてきました。隣町、八幡市の円福寺という寺です。この寺は、臨済宗妙心寺派の修行専門道場だそうです。
 「大根のなる木」確かにありました。
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    この大根、修行僧たちが市内や近隣の町を托鉢して集めるそうです。3000本あるそうです。下から見るとかなりの迫力ですね。
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     では、ここで大根についての蘊蓄を。最近、蘊蓄が多いですね。coldsweats01
 大根の歴史は大変古く、古代からすでに食用になっていたようです。生食、煮物、漬物、千切り干し大根など、幅広い用途があり、日本人の栄養源として大切な野菜です。
 枕草子にも「大根」が登場します。「えせものの所うるおり」(145または149段)の段です。
       「えせもののところ得るおりのこと 正月の大根(おほね)・・・」
         (つまらないものが幅を利かせるとき。正月のダイコン・・・)
 清少納言は、大根が嫌いだったようで、生意気にも大根をけなしているようです。
それから、「にげなきもの」の段(45段、42段、52段)では、「下衆の家に雪の降りたる。
また、月のさし入りたるもくちをし。」などと、貴族意識丸出しで暴言を言っています。貴族だから仕方ないですけどね。清少納言さん、悪口言ってスミマセン。私は高校の頃、古文の勉強が嫌いで、こういう横道の勉強ばかりしていました。へそ曲がりというか・・・。
 それから、「大根足」は、今は悪口ですが、『古事記』では女性の白い美しい腕のたとえだったそうですよ。
 「大根役者」は、江戸時代、大根は消化が良いのでめったに当たらないということから、下手な役者のたとえになったようです。  では。また。

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2011年12月22日 (木)

二十四節気「冬至」2011

 12月22日は、二十四節気の一つ「冬至」でした。暦便覧によれば、「日南の限りを行て日の短きの至りなれば也」とあります。一年で最も昼が短く、太陽高度も低くなる日です。これから一日ごとに日が伸び始めることから、古くには、この日を年の始点と考ていたようです。
 では早速、木津川土手周辺で写した最近の写真です。
 冬至の日には、柚湯に入る習慣がありますが、土手下の畑でたくさん栽培されていますね。一枚目の写真です。
 東京都浴場組合のホームページによると、・・・・わが国の古い習慣に、この冬至の日に湯をわかして、沐浴(髪を洗い、からだを洗うこと)したのが、ゆず湯のはじまりと言われています。古くから、この日に冬至かゆ、冬至かぼちゃ、冬至こんにゃくを食べ、またゆず湯に入る習慣があります。冬至の日にかぼちゃを食べると中気にならないと言われ、ゆず湯に入れば風邪を引かないと言われています。・・・・とありました。また、別のサイトでは、柚子(ゆず)=「融通」がきく、冬至=「湯治」という語呂合せから、柚子湯に入るようになった、という説が紹介されていました。
 今の時期、木津川土手から見える風景2枚です。
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    初冬の田園風景を飾るのは、冬の弱い日差しを受けて広がる野焼きの煙です。風が吹くと紫煙は地を這うように流れ、夕陽のときは暖かく辺りを覆います。野焼きは、春の季語のようですが、これには異議ありですね。
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    今の時期に合うのは野鳥ですね。動きが速いので写真には難しいですが。 それから、枯れたハスです。壊れた流れ橋も、このまま年越しのようです。
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    以上で、木津川土手は終了です。続いて、城陽市の東側、鴻ノ巣山にご案内しましょう。今年は暖かかったので、紅葉はいまだに少し残っています。コナラやクヌギの紅葉が中心です。紅葉と言うより茶色葉ですが。
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    落ち葉も良い雰囲気を出しています。華やかさはありませんが、初冬の物寂しげな雰囲気です。
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     モミジの種子が旅立とうとしています。葉をほとんど落とした木もあります。
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    冬の弱い日差しが当たると、ほんのりと暖かさも感じますね。
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    今から、本格的な冬に向かいますが、よく見ると、木々は、もう春の準備をしているようです。冬芽が光をうけて輝いていますね。  では。また。
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2011年12月19日 (月)

眼科の定期診察

 今日は、KS病院で眼科の定期診察を受けてきました。糖尿病のため、眼底に出血が無いかどうかを調べます。また、抗ガン剤に白内障発症の副作用があるため、これも調べます。最近、パソコンや読書をすると、目がかすみ涙目になります。これも質問してみます。
 9時半の予約で、時間通りに診察が始まりました。
 診察の結果です。眼底の出血と白内障は、ともに異常なしでした。目のかすみの方は、「ドライアイ」ということで、目薬を薦められました。
 特に問題が無かったのは良かったです。しかし、帰り道は大変でした。瞳孔を開く目薬を両目に使用していたため、病院を出て駅まで歩くのに、眩しくて苦労しました。手で目を覆い、指の隙間から見ながら帰りました。  では。また。

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2011年12月14日 (水)

クワイ栽培の人(4)

 クワイ栽培の人の最終回です。前回、クワイの収穫が始まったことをお伝えしましたが、クワイの収穫は順調に進み、今週の日曜日に全部終了したようです。収穫中、奥さんと息子さんの姿は見かけましたが、ご主人の姿はついに見ませんでした。昨年、手術をされたので、体の調子が悪いようです。
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 Kuwai_001  収穫の終わったクワイ畑です。田んぼ全体がすべて掘り起こされているのが分かります。田んぼ全体を捜索しなければならないので、クワイの収穫は大変です。それでも取り残しが出ます。写真に写っている男性は、隣の畑の人です。取り残したクワイをチャッカリ拾っています。隣のよしみで許されているそうです。雨が降ると、土が流れてよく見つかると言っていました。

    では、クワイの話題の最終回を記念して、クワイの蘊蓄を一つ。
 クワイは、今でこそ縁起物として貴重な扱いを受けていますが、昔は、粗末な食物の一つだったと思います。観阿弥の作と言われている「卒塔婆小町」という謡曲に、クワイが登場します。
 高野山の僧が、卒塔婆に腰を掛けている老女を説教しようとします。しかし、老女は、「この世は元来無一物で、仏も衆生もかわりはない」と逆に僧を説き伏せます。僧に名を聞かれた老女はは、出羽の郡司 小野良實が娘 小町の成れの果てと答えます。・・・・・・・・。
 この時、小野小町のなれの果てである老女が持っていたのは、粟と豆の干飯、垢と脂に汚れた着物、そして白と黒のクワイだったのです。
 老いた小野小町の哀れな姿を飾る小道具の一つがクワイとは、やはり粗末な食べ物の一つだったと思います。
  卒塔婆小町については、いろんな機会から、ストーリーはよく知っているのですが、本物の能は見たこと無いです。相当難解らしいです。また、小野小町の生涯はよく分かっていないようです。隣町にも小野小町の墓と称するものがあります。 では。また。

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