2018年1月22日 (月)

二十四節気「大寒」2018

 1月20日は、二十四節気の「大寒」でした。一年で一番寒い時期に突入です。
しかし、京都府南部では、「大寒」の当日は春を思わせる暖かい一日でした。
体調不良を押して、車で木津川土手へ撮影に行きました。
大寒の日、どんな風景が見られたのでしょうか? 紹介していきます。

 土手の上に立つと、葦やオギの枯れた河原が広がり、その向こうに比叡山や愛宕山を望むことができます。気がつくと、早くもひばりの声が聞こえます。青い空が広がり、飛行機雲が流れていきます。春が近づいているのですね。

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  飛行機雲を見て、頭の中を石川啄木の「飛行機」という詩がよぎりました。

  ~♪ 「飛行機」
見よ、今日も、かの蒼空に
飛行機の高く飛べるを。

給仕づとめの少年が
たまに非番の日曜日、
肺病やみの母親とたった二人の家にゐて、
ひとりせっせとリイダアの独学をする眼の疲れ……

見よ、今日も、かの蒼空に
飛行機の高く飛べるを。 ♪~

 啄木の時代、飛行機は少年の夢や憬れの象徴でした。病気の母を抱え独学する少年。疲れた目で空を見上げれば、飛行機が高く飛んでいます。病魔に侵されながらも、希望を失わなかった啄木の姿が浮かびます。

土手の上のコブシも希望の春を待っています。
モクレンの花芽もしっかりと春を抱きしめています。

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  春を待つ田んぼでも、少しずつ作業が始まっているようです。荒起こしされた田んぼも少しずつ増えていっています。

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  寺田堤付近では、水仙の花が咲き始めました。
与謝野晶子の歌です。
  ~♪うつくしき 素足の冬の来りけり ちらほらと咲く 水仙の花 ♪~

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  土手を降りて、近くを流れる古川沿いへも行ってみました。
突然の訪問者に驚いて、慌てて鴨が飛び立ちました。
  田んぼ道の脇にナズナが、生えています。逆光で見ると、まるで光の衣を着ているようです。春はもうすぐです。
~♪ 畦道に いつ萌え出でしナズナ花 光の衣着て春を待つ ♪~

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  日が傾いてきて、赤みを帯びた光があたりを包み始めました。
夕日をあびて、枯れ草も水も一日の終わりを雄弁に語り始めます。

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  夕日が土手に沈みます。
空には、家族が揚げる凧が舞っています。
凧を詠った詩といえば、中村稔の「凧」ですね。

~♪ 「凧」
夜明けの空は風がふいて乾いていた
風がふきつけて凧がうごかなかった
うごかないのではなかった 空の高みに
たえず舞い颶(アガ)ろうとしているのだった

じじつたえず舞い颶っているのだった
ほそい紐で地上に繋がれていたから
風をこらえながら風にのって
こまかに平均をたもっているのだった
 …………
風がふきつけて凧が動かなかった
うごかないのではなかった 空の高みに
鳴っている唸りは聞きとりにくかったが ♪~

 「ああ記憶のそこに沈みゆく……」という、一番大事なフレーズは省略させていただきましたが、それにしても緊張感のある詩ですね。好きな詩です。
 では、「大寒」の写真はこのへんで。
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2018年1月19日 (金)

中室牧子著「学力の経済学」感想

Shoukan2018501  中室牧子著「学力の経済学」(ディスカバー・トゥエンティーワン)を、図書館で見つけて読みました。教育経済学という学問分野があることも初めて知りました。
 この本は、2年前、ベストセラー(30万部)だったそうです。

 中室牧子氏は、慶応大学準教授、教育経済学の専門家ということです。
 教育経済学は、教育政策の費用対効果を統計的に分析・評価するもので、統計データや教育実験などの科学的根拠に基づいて行われます。

 最初は面白くて引き込まれ、笑いながら読み進みましたが、途中で目が醒めて、この本のおかしさに気付きました。
 では、内容を紹介してみます。

  <第2章より>
  ★子どもをご褒美で釣ってはいけないのか?
 子どもを「ご褒美」で釣ってはいけないのか? こんな疑問は、興味がありますね。 ハーバード大のフライヤー教授の教育実験の結果は、「効果あり」です。
 「よい成績を取ればご褒美」というアウトプットにご褒美を与えるより、「本を1冊読めばご褒美」とか「宿題をすればご褒美」というように、具体的なインプットにご褒美を与える方が、結果として効果が大きいそうです。どうしたら良い成績が取れるのか、具体的方法は子どもには分からないですから…。 納得ですね。

 この本は、こんな調子で様々の教育課題に対して、教育経済学の研究を紹介しながら答えを紹介しています。面白そうなものを取り出してみます。

  ★「頭がいいのね」と「よくがんばったね」は、どちらが効果的か?
 答えは、「よくがんばったね」です。「能力を褒めることは、子どものやる気を蝕む」という、教育実験の結果をまとめた論文があるそうです。

 ★テレビやゲームは子どもに悪影響を及ぼすか?
 答えは、「ほとんど影響はない」です。テレビやゲームを禁止しても、学習時間はほとんど増えないということです。
 「勉強しなさい」も、効果はないそうです。逆効果の場合もあるそうです。

 ★「友だち」が学力に与える影響は?
 ・学力の高い友だちの中にいると、プラスの影響がある。
 ・レベルの高すぎるグループに無理矢理入れると逆効果になる可能性がある。
 ・問題児の存在は、学級全体に負の効果を与える。
 ・飲酒、喫煙、暴力などの反社会的行為は、友人からの影響を受けやすい。
  ということです。

 ★教育にはいつ投資すべきか?
  教育を投資と考えるならば、最も収益率が高いのは、幼児教育ということです。
  これは、ペリー幼稚園を舞台に行われた大規模な教育実験の結果だそうです。

  <第3章より>
  ペリー幼稚園での幼児教育プログラムの研究より明らかになったことは、意欲、忍耐力、自制心といった「非認知能力」が、将来の年収、学歴や就業などの労働市場における成果に大きく影響をするということです。
  「非認知能力」への投資も非常に重要ということです。 なるほど。

 <第4章より>
 ★少人数学級は効果があるか?
  著者の結論は、「少人数学級は学力を上昇させる因果効果はあるものの、他の政策と比較すると費用対効果は低い政策である」です。
  この結論の根拠になった論文は、慶應義塾大学の赤林教授の研究です。
 研究方法は→40人学級の学校に転校生があると、学級は20人規模の少人数学級が突然誕生します。この突然生じた少人数学級の学力が上昇するか調べるものです。
  結果は、学力の上昇は見られなかったということです。
 著者は結論づけます。
「少人数学級になるときめの細かい指導ができるなどと考えることは、根拠のない期待や思いこみ。こんなことに財政支出するのは危険!」  ウーン!! ちょっと待て!

  何か、この辺まで来ると目が醒めてきますね。
  こんなデータから、少人数学級を否定されてはたままりませんね。教科書も教材も同じで、指導方法も一斉講義方式の授業では、成果が出ないのも当然です。

 少人数学級が、全国一斉で始まるとすれば、指導方法や教材が劇的に変化します。また、変化させなければいけないです。
 OECDの統計で見れば、欧米では学級規模は30人以下が普通となっています。日本は、大規模学級を指導し、勤務時間も長くなっています。
 日本では、大規模学級での一斉講義方式の授業が一般的となっています。学級規模が小さくなれば、生徒が参加できる授業づくりが進むことはまちがいないです。大声で命令口調で喋る日本の教師の特徴も変化するかも知れませんね。

 また、学級規模の縮小は、今や重要な課題です。私が教師になった頃に比べると、現在では教師に求められる課題は、複雑で多様化してきています。
 昔であれば、「やりにくい子」、「できない子」、「落ち着きのない子」などと、一括りにされていた生徒も、実は、様々な発達の課題を持っていることが、心理学の研究が進み科学的に明らかにされてきています。家庭内での虐待や不登校の生徒、食物アレルギーをもった生徒などへも、以前より遙かにきめ細かな指導が求められています。
 成績が上がるかどうかというアウトプットだけを見て、効果が少ないから少人数学級を否定する、これは暴論に近いでしょう。

  <第5章より>
 第5章に入ると、著者のパワーはますます炸裂してきます。
 【いい先生とは?】
  ★いい先生とは、学力を上げられる教師である。
 ★いい先生を作るためには、成果が出ればボーナスを増やすより、成果が出なければボーナスを削る仕組みの方が有効である。
  ★なるべく能力の高い人に教員になってもらうためには、教員免許制度を無くすことである。
  点数の向上というアウトプットだけで、教師を評価しようなどとは、もうついて行けませんね。この辺まで来ると、教育経済学なるものは適用を誤れば危険なものであると思わざるを得ませんね。

 著者は言います。
「現在の日本経済の状況を考えると、学校の教員を1人増やすには警察官や消防士を1人減らさないといけないし、学校を新しく建てるには、病院を新しく作ることをあきらめなければいけない。」
  教育にお金をかければ、なぜ、警察官や消防士を減らしたり、病院を減らさねばいけないのでしょうか? 
 戦闘機の購入やイージスァショアの導入よりも、教育への投資を増やすことは意味がないのでしょうか? その政策の選択は誰が決めるのでしょうね。
 そこまでして、OECD諸国の中で、GDPに占める教育予算が最低の国を維持し続ける必要があるのでしょうか?
  2013年の統計で見ると、日本の国内総生産(GDP)に占める教育機関への公的支出の割合は前年と同じ3.6%で、OECD加盟国中最下位。最下位は4年連続!
  著者は、政府の教育政策に影響のある委員を兼職されているようです。また、労働者派遣業で稼ぐパソナグループ会長・竹中平蔵氏の慶応時代のお弟子さんとか。納得!

 最初は笑って、後は気持ち悪くなる本でした。面白い内容もあるものの、お薦め度は半分以下かな?  では。また。

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2018年1月15日 (月)

定期診察(146)・初夏には…

 今日はKS病院血液内科の定期診察でした。
 寒い朝で、氷が張っていました。吐く息が白い煙のように見えました。滋賀ナンバーの車が、屋根に雪を載せて走っていました。

 【さて、最近の症状ですが…。】
☆発熱、骨の痛み、脇腹の膨満感、寝汗、鼻血、口内炎などの症状は相変わらず続いています。何とも言いようのない体のだるさも続いています。

☆ロキソニンを2錠も飲んでいるにも拘わらず、微熱が続いています。37℃を超えることもあります。毎日、微妙に辛いですね~。

 血液検査の採血の時、看護師さんが広げた伝票に、WT1mRNAの文字が見えました。いつもの白血病の検査ですね。
 今日は、今後の見通しなどストレートに聞こうと思い、診察に望みました。

 【初夏には…】
 「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。」の挨拶の後、おもむろに質問(?)、いや決意かな? を述べました。
 「今年は、ちょっと決意の要る年になると思っています。今年中のどこかで最後を迎えると覚悟をしているんですが……。」
  主治医の答えは、実にサラリとしたものでした。
  「そうですね。それでいいと思いますよ。」

  どうやらWT1mRNAの検査が思わしくなかったようです。主治医は、こちらが質問するまでもなく、今後の見通しについて説明されました。
 「(白血病の)抗ガン剤の投与とかの根本的な治療変更は、初夏くらいになると思われます………。」
  なんともあっさりした余命宣告(?)のような言葉でしたね。「夏」ではなく、「初夏!」と言ったところが、なんとも現実感がありました。忖度のない、さらりとした主治医の言葉はありがたいですね。
 
 「桜を見る」という目標は、どうやら達成できそうですが、夏の力強く盛り上がる入道雲を見るのは無理かもですね。
 いよいよ最終コーナーをまわったといったところです。

 ★ヘモグロビンはHb=7.5。輸血なしです。血小板は8万/μlでした。
  ★ジャカビは引き続き一日に2錠が続きます。  では。また。

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2018年1月12日 (金)

二十四節気「小寒」2018

 昨年は年の初めから、貧血と発熱と骨の痛みに苦しめられて、散歩写真に出掛けることがほとんどできませんでした。二十四節気をめぐる写真も、過去に撮った写真にリンクを貼るだけになりました。しかし、過去の写真へのリンクも一通り終わりました。

 ここで、二十四節気散歩写真のコーナーを終了すればいいのですが、細々ながらしつこく続けることにしました。
 節気の当日に撮影に行き、その日一日の写真で、その節気の写真にします。写真の量も質も、以前のものよりは下がるとは思いますが、仕方がないですね。もともとそんなによい写真が撮れていたわけではないので…。
 当日が雨や嵐だったらどうするか? まだ決めていません。 どうにかなっていくでしょう。先も長くないことですし…。

 1月6日は、二十四節気の「小寒」でした。「小寒」の日の当日は、冬型の寒い一日で、晴れたり、雪時雨が舞ったり、激しく天気が変化する真冬の一日でした。
  車から降りて土手の上に立てば、寒風が吹き抜けていきます。すべてが枯れて、風に揺れているばかり、写真にできそうなものは何もありません。後悔しきり…。
 雲間から突然、光が射してきました。

  ~♪ 遠山に 日の当たりたる 枯野かな ♪~

 これは高浜虚子の句ですが、光があることにより枯野が浮き立っています。何となく温かさや静寂を感じます。
 しかし、今のこの土手の風景は、風があまりに厳しいです。 寒い! 

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  土手の上で出会う動物と言えば、嫌われ者のカラスばかりです。今日は、何故かよく鳴いています。
 寒風に吹き晒されていると、村上昭夫のカラスの詩を思い出しました。
~♪ 鴉
あの声は寂寥を食べて生きてきたのだ
誰でも一度は鴉だったことがあるのだ
 ………
鴉の食べる食物を何時か見た
道に捨てられているけだもの腑を
川を流れてゆく
腑のような血のかたまりを

たがそれ等のすべては
人が己を他のいきもの達と区別する
高い知性や進歩する科学と
なんの変わりもないものなのだ

鴉はそれを食べて生きてきたのだ
誰でも一度は鴉だったことがあるのだ ♪~

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  何か写すものは無いかと、土手下の枯れた草むらに突入しました。
エノコログサ、セイタカアワダチソウ、オギ。みんな種子を抱いて枯れています。
枯れて可哀想と思うのは人の感覚。春にすべてを託す姿は美しい。
彼らはみんな風と友達。遠くまで種子を運んでもらえるから。
植物たちの生き方は、人の生き方とはあまりにも違うことに気づきます。

~♪名付けようのない季節 (吉野弘)
 ………
樹木がそのすべてを
少しのためらいもなく
春にゆだねようとしているのを見ると
そのすばらしさに胸をうたれる
そして気付く。ぼくらの季節が
あまりにも樹木の季節と違うことに
♪~

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  フカフカの綿毛に覆われたセイタカアワダチソウの種子。よく見ると温かそう。
栴檀の木の実を撮ろうと頑張っていると、突然の雪時雨。その後、光が差してきて、虹が出ました。突然のプレゼントでした。

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  Shoukan2018501貧血と寒さで指が痺れています。
 「小寒」の日の撮影は、ここまでです。

    では。また。 

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2018年1月 9日 (火)

サローヤン著「ヒューマンコメディー」

Saroyan_01_3  アルメニア系移民二世のアメリカ作家、ウィリアム・サローヤン著「ヒューマンコメディー」(光文社古典新訳文庫・小川敏子訳)を読みましたので、拙い感想を書かせていただきます。
 新春読書第一冊目です。体調も悪く、小説も苦手ときているので、集中力を持続させるのに苦労しました。先ずは、簡単に内容の紹介から。

物語の舞台は、第2次大戦下のカリフォルニア州イサカという静かな田舎町。
  主人公のホーマー・マコーリーは、ハイスクールに通う14歳。電報配達人のアルバイトをして家計を助けています。父は、二年前に死亡。兄のマーカスは、戦地へ出征中。母親は趣味のハープを、大学生の姉のベスはピアノを弾きます。弟のユリシーズは、好奇心旺盛な四歳。家族みんなで、力を合わせて家庭を守っています。

  【ユリシーズ】
  物語は、弟のユリシーズの記述から始まります。好奇心旺盛なユリシーズは、人々を乗せた汽車に向かって手を振ります。黒人の兵士が手を振って応えてくれます。「故郷に帰るんだよ。自分の場所に!」と…。この言葉が不思議にユリシーズの幼い心を捉えます。「戦争」、「帰郷」、「共生」、「子どもたちの成長」。この小説の底流となるテーマが暗示的に提示されます。
  この後、この家族と町の人々との交流が、涙と笑いの物語として断章的に描かれてゆきます。この作品の雰囲気が伝わるように、いくつかの物語を切り出してみます。(タイトルは、私が勝手につけました。スミマセン)

  【電報配達の仕事】
   ホーマーはハイスクールに通いながら家計の助けに、自転車で電報を配達するアルバイトをしています。局長スパングラーとアルコール中毒気味の老いた電信士グローガンとの心温まる付き合いが語られます。
 イサカの街にも陸軍省から、出征兵士の戦死を伝える電報が次々に届きます。そのたびに、ホーマーは配達先で、悲しみに打ちひしがれる家族の姿を見ることになります。
「あなたみたいな子が、悪い知らせを届けにくるはずがないわ」と言いながら、哀しみを押さえ、ホーマーを抱きしめる、息子を失った母親。ホーマーは、残されたものの哀しみや生と死について悩み、苦しみます。
  このようにしてホーマーは、人として成長していくのです。

 【古代史のヒックス先生】
  ホーマーが通う学校で古代史を教えるヒックス先生は、人としてアメリカ人として、どうあるべきかについて語ります。
  「……問題は人間性です。人として温かさがあるかどうか。真実を学び胸を張って生きる、短所も長所も自分の一部として受け入れる。……私達は古代史からそれを学ぼうとしています。」と…。
 陸上部の監督に反抗した貧しいイタリア移民の生徒に対し、監督は「イタ公!」と罵倒します。ヒックス先生は、それは間違っていると、監督に謝罪することを毅然と要求します。謝罪は要らないと、暴力で仕返しをしようとする生徒に対しても、監督がアメリカ人としてやり直すために、謝罪の機会を与えるよう説得します。
 移民国家であるアメリカ人が持たなければならない「教養」である、「寛容」と「共生」の精神の大切さが、成長していく子どもたちに示されるのです。

 【子どもたちの成長】  
  杏の実を盗もうとする、いたずら好き少年グループ。幼いユリシーズも見習い役として参加しています。木の持ち主に見つかり逃げ出す子どもたち。怒った振りをしながらも、必死に逃げる子どもたちを見ながら、笑みを浮かべる木の持ち主。
 大人たちに見守られながら、成長していく子どもたちの姿か微笑ましい。

 【強盗事件】
 ホーマーの勤務する電報局に、まだ年の若い強盗が入ります。強盗に対して、局長のスパングラーは売上金を差し出し、それをもって故郷に帰郷するよう諭します。強盗は、「この世で堕落していない人物がひとりでも見つかったら、おれは堕落せずにすむ、人を信じられる、生きていける」と、自分の行為を思い直し、なにも盗らずに故郷へと向かっていきます。

 【最後の電報】
 アル中気味の老電信士のグローガン。愛や希望、苦しみ、死のメッセージを電報の文字にしてきましたが、最後の時を迎えます。彼が受け取った最後の電報は、ホーマーの兄・マーカスの死を知らせるものでした。ホーマーは、皮肉にも、愛すべき兄の死を知らせる電報を届ける運命に直面するのです。
 ホーマーに、言い知れぬ憎しみが湧き上がってくるのですが、それをどうすることもできません。局長のスパングラーは、「憎むべき敵は、おそらく人間ではない。人を憎めば、結局自分自身を憎むことと同じだ。……」と諭します。

  【戦友のトビー】
  兄の死により悲しみにくれるホーマーの家に、兄マーカスの戦友トビーが訪ねてきます。マーカスからイサカの話を聞かされていたトビーは、イサカに暮らすためにやって来たのでした。家の中に招き入れられる場面で、この物語は終わります。

   *******
  この作品の背景をなしているのは、アメリカの精神的支柱であるキリスト教(プロテスタント)の精神です。それが、古代史のヒックス先生の言葉や局長スパングラーの愛の言葉として語られています。
 移民の国であるアメリカは、それぞれの民族の多様性を受け入れ、「共生」すること無しには成り立たないのです。人として、相互の愛と信頼に基づかなければ、社会は分断されてしまうのです。

 この作品が書かれたのは1943年。第2次大戦の真っ只中で、戦争遂行のための国威発揚プロパガンダが溢れる中で書かれました。主人公の名前がホーマーであることからも、戦時下での家族の物語です。出征した人は皆、生者も死者もhomeに帰郷しなければならないのです。作品の中に「帰郷」という言葉が、いくつも埋め込まれています。
 この作品からは、著者の戦争に対するメッセージが聞こえてきます。

 「私たちは、憎しみのために戦ってはいけない。憎むべき敵を打ち倒すことが戦争の目標であってはならない。……」
 「戦争によって危うくさせられるのは、いつもhome なのだ。人々にとって戦争とは、戦うことではなく、homeへの『帰郷』を目指すものである。と……。」

 この作品は、戦時下という時代状況から考えると、ヒューマニズムにもとづく、反戦的作品と読むことも可能です。

 戦時下、日本はどうだったのでしょうか。
 天皇を頂点とする軍国主義支配。血縁にもとづく家父長的家族制度は、軍国主義国家を下支えする基礎単位でした。武士道精神、大和魂、神国日本、八紘一宇など、日本賛美、日本中心主義的な精神が語られていました。「鬼畜米英!」が叫ばれ、また中国、朝鮮に対する民族差別的意識もかき立てられていました。国民は国のために命を投げ出し、戦死者の帰る場所はhomeではなく、靖国神社だったのです。
  現代の日本でも、拝外主義的主張をする人々がいます。なぜか同じ人が、家族の大切さを説いています。閉鎖的家族主義は排外主義と親和性があるようです。

  「憎しみのために戦ってはいけない。戦争によって危うくさせられるのは、いつもhome なのだ。」
 これが、サローヤンから私の受け取ったメッセージです。間違っているかも知れません。 お薦めします。 では。また。

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2018年1月 5日 (金)

北野天神へ初詣

 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
  今年も細々とブログは続けていくつもりです。

 正月三ヶ日は、体調不良のため完全引きこもり生活でした。
 正月の「初夢」と言えば、何か夢のありそうな感じですが、私の場合は「悪夢」ばかりです。寝汗も…。
 ~♪  去年今年(こぞことし) 貫く棒のごときもの ♪~ (虚子)
 すべての変化を貫くような不変の時間の流れ。そして、自然。 病魔も…?

 ようやく気力を取り戻し、昨日は、北野天神に初詣に行ってきました。
 妻の実家が北野天神の直ぐ近くなので、北野天神の初詣は毎年の恒例となっています。特別な信仰心があるわけではないです。一刀彫の干支の置物を買うのも毎年のことです。妻は小学生の頃、天神の境内を遊び場にしていたそうです。

 三が日が終われば参拝客も少ないはず、と予想していましたがなかなかの人出です。 頭を撫でると賢くなれる牛。参道の屋台と参拝の人。開運巨大絵馬。今年は戌年。

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  先ずは本殿へ。賽銭を百円投入。賽銭は、不浄のお金を捨てるという意味があるらしいです。花びら型の鏡がありましたが、意味は?。

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  参拝後は、境内をブラリと一周。期待していた梅は一輪も無し。今年の冬は、寒さのために、開花はまだまだのようです。3枚目の写真は、書き初め会場。

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  東の門の前でおみくじを買いました。 中吉♪

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  合格祈願の絵馬を架ける所は、やさしい冬の斜光が差し込んでいました。
受験生と思われる少女。孫のために絵馬を架ける老夫婦。ささやかな願い。
最後の写真は、木津川河川敷の小道。冬の光がやさしい。
名物の長五郎餅を土産に買いました。  では。また。

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2017年12月29日 (金)

二十四節気「冬至」2017

 12月22日は、今年最後の二十四節気「冬至」でした。いよいよ今年も終わりですね。では、いつものように、「冬至」の頃の木津川土手や鴻ノ巣山へ散歩に出掛けましょう。ただし、過去の写真をパソコン上で見るだけですが…。

 年の瀬になると、大売り出しのセールだの、正月準備の買い物だの、大掃除だの、世間の動きに引きずられ、何となく心が落ち着かず、慌ただしさを感じます。しかし、実は、私はほとんど用事らしい用事も無く、ナマコかクラゲのように、毎日グダグダと骨のない生活をしています。

 ~♪ 憂きことを 海月(くらげ)に語る 海鼠(なまこ)かな ♪~

  江戸時代の俳人・黒柳召波の句ですが、自分のことを言われているようでなんとも面白いです。天の高いところから俯瞰すれば、人もまた、世間という海の底を這い回るナマコのような存在かも知れません。私などは、まちがいなくナマコ。いや、クラゲかな?  どっちもどっちか。

 最初に選んだ写真3枚は、道を行く人がいる何げない風景です。立ち止まって見ていると、何か静かで穏やかです。人は、どこから来てどこへ行くのでしょうね。
 慌ただしく過ぎ去っていった1年が夢のように思われます。

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  冬の散歩道で、ほっと心を和ませてくれるのは赤い実たちです。道端の枯れ草にまぎれて、ひっそりと小さな希望を抱くように輝いています。
ヒヨドリジョウゴ。ノイバラ。枯れたホオズキ。

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  土手に生えている欅や榎などの木々は、冬になりすっかり葉を落とし、立ちつくしています。空に向かって投げ上げられた投網のように広がるその姿は、様々な思いをかき立ててくれます。いろいろな詩人の心もとらえています。
 吉野弘さんの場合をみてみましょう。「樹木」という詩の一節です。

~♪ ………
今は冬。
落葉樹と人の呼ぶ樹々は大方、葉を散らし
あるものは縮れ乾いた葉を、まだ梢に残し
時折吹き寄せてくる風にいたぶられ
錫泊のように鳴っている。
地面に散り敷いた枯葉を私は踏み
砕ける音を聞く。

人の体験できない別の生が
樹の姿をとって林をなし
ひととき
淡い冬の日を浴びている。私と共に。 ♪~

 「樹が枝分かれするときの決断。無数の芽が兆すときの微熱。それが苦痛なのか歓喜なのか。樹の目標は何か、完成とは何か、人はなにも知らない。」「人の体験できない別の生」である樹木。淡い冬の日を浴びて、共にあることの不思議。生きるとは何か。ひとときの安らぎ…。

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  ~♪「冬の欅 遠景」(吉野弘)
 冬の間、葉をすっかり振り落とした欅の樹形は、遠くから眺めると、開いて空に貼りついた扇子の骨のようにも見える。
 弧を描いている樹形は、木の上を毎日通り過ぎてゆく太陽の軌道が決めたもののような気がして、ほほえましい。……その樹形が、東の空から出て西に沈む太陽の軌道を忠実に反映していることを、冬の間中、私に示してくれる。……♪~

 落葉樹と呼ばれる木々は、冬になると裸になって、太陽の軌道の形に鍛え上げた自らの骨を風に晒します。樹木は太陽の子どもですね。そんなことを確認できるのは、今の時期ならではです。
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  「人はかって樹だった」の詩人・長田弘さんも冬の巨木を詩にしています。
~♪「おおきな木」 
………
大きな木の冬もいい。……黙って、みあげる。黒く細い枝々が、懸命になって、空を掴もうとしている。けれども、灰色の空は、ゆっくりと旋るようにうごいている。冷たい風がくるくると、こころのへりをまわって、駆けだしてゆく。おおきな木の下に、何があるのだろう。何もないのだ。何もないけれど、木のおおきさとおなじだけの沈黙がある。
 ♪~

 詩人たちには、木の語る沈黙の言葉が聞こえているようですね。
木津川土手の大榎は、何を語っているのでしょう。明るい明日について?

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  透きとおるような冷たい青空かと思えば、突然の雪時雨。走る雲。光芒。冬の天気は変わりやすいです。ドラマ仕立て?

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  最初の頃は、宇治田原によく出掛けていました。懐かしいです。
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  冬の散歩は、日だまりで枯れていく草の中に、小さなドラマを発見する楽しみもあります。賑やかにお喋りする雀たちの群れに、出会うこともあります。土手に沈む夕日はいつも美しいです。……今年最後の更新でした。
~♪人間の 海鼠(なまこ)となりて 冬籠もる♪~ (寺田寅彦)
 良いお年をお迎え下さい。では。
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2017年12月25日 (月)

定期診察(145)・6回目の輸血

 今日はKS病院血液内科の定期診察でした。
運の悪いことに、行きも帰りも雨に遭いました。晴れていたのに突然の雨でした。油断して、傘を持っていかなかったため少し濡れました。
 高校生が休みになったせいか、電車は空いていました。

 さて、最近の症状ですが…。
☆貧血症状がかなり進みました。ちょっと辛かったです。

☆発熱、骨の痛み、脇腹の膨満感、寝汗、鼻血、口内炎などの症状は相変わらず続いています。何とも言いようのない体のだるさも続いています。
体温が高い日が多くなりました。ロキソニンを飲んでいるにも拘わらず、37℃を超えることもあります。

☆以前は風呂好きでしたが、最近は風呂嫌いになりました。風呂に入ると目まいがします。おまけに、体が温まらないです。風呂から出た直後なのに、直ぐに手足が冷たくなります。風呂上がりのホッコリ感がないです。

 さて、診察結果です。
★ヘモグロビンはHb=6.5。 低~! 6回目の輸血です。

★血小板は8万/μlで、回復せず横ばいです。
5万/μl以下になると、血小板の成分輸血の対象になるそうです。あと少し…?
中央処置室の看護師さんの話では、実際に輸血しているのは、1万/μlくらいの人がほとんどということでした。

★結論としてジャカビは引き続き一日に2錠が続きます。
 診察が終わり、主治医が「来年も良いお年を!とは言いにくいですが……」と挨拶されました。私もちょっと笑いながら、「来年もよろしくお願いします」と頭を下げて、今年最後の診察を終わりました。
 私は、それなりの決意をもって来年を迎えます。
 みなさん、良いお年をお迎え下さい。   では。また。

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2017年12月22日 (金)

今年最後の撮影と吉野弘の詩

 最近は貧血も進み体調も良くない日が続いています。12月15日は風も無くうららかな小春日和となり、この日和に誘われて、木津川土手へ撮影に行ってきました。おそらく、今年最後の撮影ではないかと思います。
 大榎の傍に車を置き、歩いて長谷川河口へ。ここは今の時期、野茨の赤い実が鈴なりになり、日の光に輝いています。
 野茨の匍えた藪を歩こうものなら、鋭い棘で服はボロボロ、野茨は、人間からは嫌われものの植物です。しかし、私は野茨の花や赤い実に強く惹かれます。

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  私は、野茨の花や赤い実を見ると必ず、吉野弘さんの「つるばら」という詩をを思い出します。吉野弘さんといえば、「祝婚歌」や「I was born」という詩が代表作ですね。
 「祝婚歌」は、♪二人が睦まじくいるためには/愚かでいるほうがいい/立派すぎないほうがいい…♪と、夫婦の絶妙な関係を歌います。
  「I was born」では、英語を習い始めた少年が、英語で「生まれる」は、受け身で表現されていることを、新鮮な驚きをもって発見します。
 吉野さんは、平易な表現で読者の心を温かく包んでくれるような詩を書いた人だと思っている人もいると思いますが、それはちょっと違います。
私にとって、彼の代表作は、「つるばら」です。

~♪「つるばら」
まっすぐに立つ背を持たない
という非難と
侮蔑に
つるばらよ
どれだけ長く 耐えてきたろう。
 ………
まわりを
棘で威嚇して
心もとなく
つづいた
成長。

空と地の間を 横に這い進む
この成長には かすかな罪の匂いがある
向日性と向地性とのアイノコのような──。
 ………
ゆたかな葉と
その上にひらいた無数の花たちは
口のきけない人が
緑と真紅の絵の具だけにたよった
くるしい弁明のようだった。 ♪~

 吉野さんは、労働組合の書記長などを務める闘士でした。しかし、過労のため入院、療養生活に入り、労働運動から離れていきます。人間とは何かを深く思弁する中で、次第に詩人としての道を歩むようになったのです。
「まっすぐに立つ背を持たないという非難をあびながら、かすかな罪の匂いがある向日性と向地性とのアイノコのよう」に生きている人間性の本質を歌ったのです。
吉野さんの「何をつくった」の詩の一節です。

~♪労働者は何を作った
  いや
  労働者は何を作る?
  これからもずっと
  資本家の思いつきに合わせて?
  自分をつくってゆく?
  自分をこわしてゆく? ♪~

 労働者側に立ち資本に対峙しながらも、自らの肉体や生活を壊していく自分。まっすぐに立つことの難しさ、苦悩。このような深い人生の体験の中から、彼の人間的なやさしさが生まれてくるのです。私には、痛いほど理解できます。
 嫌われながらも、棘で威嚇しながら赤い実を守り続けようとする野茨。何かせつなく、何か温かさを保っているように思うのは、私だけでしょうか?

 長谷川河口の藪の中には、野茨と同じツル植物のキカラスウリの実もあります。橙色の実が、何とも温かです。
  倒れかかったた葦の穂。残り柿と野焼きの煙。
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  土手下の畑で冬ネギを収穫する夫婦。大榎を撫でる老夫婦。
夕日をあびる茶畑の残り柿。冬の風景は意外にも温かですね。
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  少し前になりますが、12月3日も小春日和の温かい一日でした。宇治川のダム湖をドライブしてきました。紅葉が残っていましたので、数枚シャッターを切りました。
 これで、今年の写真は終了です。 では。 また。

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2017年12月18日 (月)

二十四節気「大雪」・詩人と歩く

 今の二十四節気は「大雪」です。、雪の便りも本格化してきた「大雪」の頃。詩人と一緒に、木津川土手を散歩しましょう。(ただしパソコン上ですが…)

 散歩とは何でしょうか? 風景と対話しながら歩くことですね。決して体力づくりのためなどと急いではいけません。息が切れると、風景の言葉が聞こえなくなります。
 詩人の高田敏子さんも言っています。
~♪「じっと見ていると」 (高田敏子)
流れる雲を見ていたら
雲がいったのよ
「田舎のおばあちゃんが
ほしガキたくさん作っていますよ」
 ………
金色のイチョウの葉
きれいねと見とれていたら
「さよなら さよなら また来年ね」
風にふかれて 散っていった

なんでも じっと見ていると
聞こえてくる いろんなことば
いろんな おはなし  ♪~

 詩人の金子みすずさんは、生きているもの、そして存在するものすべてに意味を見出した詩人ですね。
~♪「みんなを好きに」
私はすきになりたいな、
何でもかんでもみいんな。
 ………
世界のものはみイんな、
神さまがおつくりになったもの。♪~

 「落ち葉のカルタ」、「雲」、「土」、「草の名」、「土と草」など、金子みすずさんと一緒に、木津川土手周辺を散歩したい方は、
二十四節気「大雪」2016前半へどうぞ → こちら

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  金子みすずさんは、どんな詩人か知りたい方は、僭越ながら私の解説でよろしければ、「金子みすずの詩を読む」へどうぞ → こちら
 「青い空」、「雲」、「このみち」、「日の光」、「さようなら」、「声」など、さらに金子みすずさんと一緒に、木津川土手周辺を散歩したい方は、
二十四節気「大雪」2016後半へどうぞ → こちら

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  詩人の茨木のり子さんの第Ⅱ詩集は、「見えない配達夫」です。季節を配る見えない配達夫。逝きやすい時代のこころを配る配達夫。茨木のり子さんの「見えない配達夫」に合わせて、木津川土手周辺を散歩したい方は、
二十四節気「大雪」2015後半へどうぞ → こちら

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  人生とは何でしょうか?
 茨木のり子さんは言います。(ぎらりと光るダイヤのような日より)
~♪
短い生涯
とてもとても短い生涯
六十年か七十年の
 ………
世界に別れを告げる日に
ひとは一生をふりかえって
じぶんが本当に生きた日が
あまりにすくなかったことに驚くだろう
♪~
 
 詩人の石垣りんさんも考えます。(私はこの頃より)
~♪
この美しい陽の照るきわに
花はどのように散り
木はどのように実るのであろうか
私はこのごろ不安な心で
滅びの支度について 考える――。
♪~

 美空ひばりさんは歌います。人生は川の流れのようだと…。芥川龍之介「大川の水」。世界民謡の「アフトン川の流れ」。広瀬川の「青葉城恋歌」。三好達治の「Enfance finie 」。ロマンロラン「魅せられたる魂」。「大岡川」など、川の流れに沿って自分の人生を振り返ります。
 二十四節気「大雪」・川の流れは、 → こちら

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  大震災以後注目されている詩人・和合亮一さんの詩集「木にたずねよ」より、「見上げる木」という詩です。
~♪
とても疲れているのに
こころを休める方法が分からない
それを考えすぎて
もっとくたびれてしまう
 ………
とても悲しいのに
伝える方法が分からない
それを考えすぎて いつも
あの大きな木を見上げてしまう
~♪

 冬すがたの大きな樹木に出会える、
二十四節気「大雪」2015・追加は、 → こちら 

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2017年12月14日 (木)

原爆死の真実・紹介と感想

 NHKスペシャル取材班著「原爆死の真実」(岩波書店)を読みましたので、内容の紹介と感想を書かせていただきます。この本は、2015年8月6日に放映されたNHKスペシャル「きのこ雲の下で何が起きていたのか」を書籍化したものです。証言者を捜し、事実を丹念に追っていく圧倒的な取材力に驚かされます。お薦めします。

 【出発は2枚の写真】
 下に掲げた2枚の写真。原爆に係わる写真といえば、郊外で写したきのこ雲の写真や数日後に写された写真は残されていますが、被爆3時間後の街の中の様子を写したものは、この2枚の写真が唯一の写真です。
  この写真を撮ったのは、中国新聞社のカメラマン・松重美人氏。涙でファインダーが曇る中で、シャッターを二度だけ押したのです。その後、松重氏は、市内の中心部に足を踏み入れ、焼けた路面電車を見つけます。ステップに足を掛け中を覗いた彼は、数十人の凄惨な死体が折り重なる光景に、恐怖と申し訳なさを感じ、二度とシャッターを押すことはできなかった、と手記に書き残しています。
  このような状況下で、この2枚の貴重な写真だけが残されたのです。

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  【撮影場所は御幸(みゆき)橋】
 発生した大火災に追われた人々は、先ず大きな通りへ出た後、橋を渡ることになります。南東方面に逃げた人々は、この御幸橋を目ざしたのです。火の手は川で遮断されます。御幸橋は、まさに「壊滅地帯」の出口であり、「生と死の境界点」だったのです。
 取材班は、この御幸橋の写真に写っている人を捜し、証言を集め、いったいこの写真に写し出された光景は、どんなものだったのかを明らかにしていきます。

 【セーラー服の女学生】
 左側の写真で、一番手前にセーラー服を着た女学生らしい女性が写っています。
この女性は、当時13歳。過去に、写真に写っているのは自分であると名乗りでたが、メディアの取材に深く心が傷つき、以後メディアの取材は避けてきました。NHK取材班の丁寧な何回かの取材の結果、ようやく重い口を開いたのでした。
 セーラー服は従姉妹からもらったもの。勤労動員の最中に被爆し、友達と逃げてきたこと、硝子の破片を浴びて大けがをしていることなど被爆時の詳細が証言されます。
 この写真に写っている光景で、忘れられないことは?との質問に、衝撃的な回答が返ってきます。右の写真で、中央少し右に、全身が黒い女性が写っています。(足が少し曲がった女性です。)この女性は何か黒いものを抱いています。これは、「黒こげになった赤ちゃんを抱いていた…。」  ………。

 【日本被団協の坪井直さん】
 右の方の写真では、橋の欄干に沿って人々が座り込んでいるのが写っています。
この列の中に、後の日本被団協の坪井直さんもいたのです。みんな痛みのために立っていることができず、座り込んでいたのだそうです。坐ることもできず倒れた人の「水」、「助けて」、「お母さん」といった声が聞こえていたそうです。
 立っている人たちは、何をしていたのでしょう。足元に四角い箱のようなものが写っています。これは、菜種油の入った一斗缶で、みんなは火傷の上に油を塗っていたのだそうです。坪井さんの証言はなおも続きます。………。

 【垂れ下がる皮膚とフラッシュ・バーン】
 左の写真のやや右側に、服がボロボロの女性が写っていいます。専門家は、これは服ではなく皮膚であると指摘します。熱傷について研究するこの専門家は、フラッシュバーンという、人間にとって最高度の痛みを与える熱傷のメカニズムを明らかにします。
  フラッシュバーンとは、強烈な光線により、皮膚の下の血液などの液体が一瞬に沸騰する熱傷のことです。表皮がはがれることにより、痛覚神経が刺激され続け、最高度の苦痛を与えるのです。原爆は、放射線、熱線、爆風、火災による複合的な大破壊をもたらします。そして、人に必要以上の苦痛を与える非人道兵器なのです。
 左の写真の右端に写っている人も、手をだらりと下げていて、フラッシュバーンの火傷を負っていると考えられます。火傷により体の表面から急速に水分が失われます。そのため、異常な喉の渇きに襲われ、みんな水を求めていたのです。「水」、「水」という声が溢れていたと、証言者は述べています。……。 

【この続きは……】
 こんな調子で内容を紹介していくと、スペースが足りませんね。私の下手くそな説明を読んでいるよりは、本を読んでいただく方が早いですね。
 私は、過去に何度もこの2枚の写真を見ています。しかし、この写真に写し出されているものが、いったい何であるのか、ここまで深く考えたことはありません。ただ何となく、悲惨な広島の被爆写真としてしか見ていませんでした。猛反省です。
   この本、お薦めします。
      ******
  国連会議で、122カ国という圧倒的多数で「核兵器禁止条約」が採択されました。唯一の被爆国である日本は、この条約に棄権の態度をとっていましたが、今回、明確な反対を表明して議場から退席しました。情けない限りです。
 「日本はアメリカの核の傘に守られている」。これが理由です。しかし、アメリカが北朝鮮に対し軍事的選択肢をとれば、日本が核攻撃を受けるかも知れない事態となっています。アメリカは、軍事的な選択肢を含めすべての選択肢を用意していると言い、日本政府はそれを全面的に支持していると宣言しています。話し合いは不要、必要なのは圧力。これは、国民を危険にさらす余りにも酷い発言でしょう。
 ここに来て、アメリカの核の傘で守られているという、アメリカに従属した安全保障体制は、大きな問題があることが明らかになってきたと思います。本当は、守られていたのではなく、アメリカの戦争政策に追随していただけのこと……。
  戦後70年が経ちました。今こそ悲惨な戦争の原点に立ち帰って、アメリカに従属しない、日本独自の安全保障体制を構想する段階に来ているようです。

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2017年12月11日 (月)

定期診察(144)・血小板急減少

 今日はKS病院血液内科と年一回の眼科の定期診察でした。
高校生が休みになったせいか、電車は空いていました。

 さて、最近の症状ですが…。
☆貧血症状は、かなり進みんだ気がします。少し動いただけで息が切れます。

☆発熱、骨の痛み、脇腹の膨満感、寝汗、鼻血、口内炎などの症状は相変わらず続いています。これに加え、何とも言いようのない体のだるさが出てきました。何かの拍子に吐き気を感じることもよくあります。

☆寒くなってきて、手足の冷えも尋常ではないです。氷のようです。

 さて、診察結果です。
  【眼科の診察】
★一年ぶりの爽やかな女医さんです。心が和みます。
 糖尿病による眼底の変化は無いということでした。
年相応の白内障が進んでいるということで、日常生活に支障が出るようなら、いつでも来院して下さいということでした。

  【血液内科の診察】
★ヘモグロビンはHb=7.0。 主治医は悩みながらも、輸血は無しです。

★血小板が8万/μlと一段減少しました。
 今回は様子を見るそうですが、ジャカビを減らすとか、いろいろ試さなくては…、ということです。血小板の減少は、現局面での病気進行の目印のようです。病気の進行は着実なようです。

★総コレステロール、中性脂肪、悪玉コレステロールも半端でなく異常ということでした。これ以上薬の種類が増えるのもリスクだし…、ウーン……、様子を見るそうです。今日は、主治医は迷うことが多かったです。
 主治医の関心がコレステロール値に向かっているのは安心、と楽観していましたが、脂質の代謝異常が起こっており、食事で改善できるような問題ではなく、楽観できるようなことではないようです。素人の勝手な考えでした。

★結論としてジャカビは引き続き一日に2錠が続きます。
 年末、年始で病院が休みになるため、次回は必ず輸血をしておくそうです。
                                 では。また。

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