2017年7月20日 (木)

カテゴリー追加しました

 カテゴリー「詩集を読む」を追加しました。
「詩集を読む」という記事が増えてきましたので、
新カテゴリーにまとめました。
 現在までに登場した詩人は、次の方々です。

 高見順 宮沢賢治 金子みすず
 八木重吉 石川啄木 山村暮鳥
 中原中也 立原道造 山之口貘
 新美南吉

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新美南吉の詩を読む

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  夭逝の詩人は、どのように死と向きあったのでしょうか。今回は、29歳の若さで亡くなった新美南吉です。
 新美南吉は、「ごんぎつね」などの童話作家として有名です。「ごんぎつね」は、1956年に小学四年の国語教科書に初めて採用され、1980年からはすべての教科書に採用されました。50歳以下の人ならだれでも知っていることになります。童話作家としてあまりに有名になったため、詩人としての新美南吉はあまり知られていないようです。
 では、新美南吉の作品と生涯を追っていきましょう。

 南吉は、1913年(大正2年)、愛知県半田に生まれました。本名は「渡辺正八」。
南吉は四歳の時、母を亡くします。父が再婚し、継母の元で育てられますが離婚。生母のの実家、新美家の養子になりますが、養母との二人暮らしに耐えられず逃げ帰ります。このように、南吉はめぐまれない少年時代を送ります。
  南吉17歳の時の短歌です。傷ついた想い出を歌っています。
 ~♪まま母と あらがいてのち家出ぬ 赤きけいとう うつつなく見る~♪

 18歳で半田中学校を卒業。体が病弱だったため、師範学校の試験に不合格。半田第二小学校の代用教員となります。この頃から、鈴木三重吉が創刊した児童文学誌「赤い鳥」に投稿を始めます。「赤い鳥」に初掲載された「窓」という詩をみてみましょう。
 ~♪「窓」
窓をあければ
風がくる、風がくる
 光った風がふいてくる

窓をあければ
こえがくる、こえがくる
 遠い子どものこえがくる

窓をあければ
空がくる、空がくる
 こはくのような空がくる ♪~

 窓を開ければ、光った風、子どもの声、琥珀色の空。南吉の澄んだ目を感じます。同じ頃作られた「光」という詩では、~♪……人は光の中にいる。/神も光のなかにいる。♪~と、光に満ちた信仰的思いを感じさせる詩を作っています。
 
 19歳で、東京外国語学校英文科に進学します。彼の童話の代表作である「ごんぎつね」や「手袋を買いに」は、この時期の作品です。
  「ごんぎつね」では、きつねは心のつながりを求めますが、悲劇的結末が待っています。「手袋を買いに」では、汚れのない無邪気な子どもの心のみが、心と心をつなげることに成功します。
 生きてゆくことの孤独。他者と心をつなげたいという心情。これらは、南吉童話の底流を流れています。南吉の恵まれない生い立ちを反映したものであると思います。

 21歳で、結核による喀血。帰郷。静養。精神的挫折。この頃より、自己の内面や背後に死を感じさせる詩作が多くなっていきます。この頃書かれた「墓碑銘」という詩をみてみましょう。
~♪ 「墓碑銘」
  この石の上を過ぎる
 小鳥たちよ。
 しばしここに翼をやすめよ。
 この石の下に眠っているのは、
 おまえたちの仲間のひとりだ。
 何かのまちがいで、
 人間に生まれてしまったけれど、
 ・・・・・・
 人間のしゃべる憎しみといつわりの言葉より、 
 おまえたちの
 よろこびと悲しみの純粋な言葉を愛した。
 ・・・・・・
 彼には人間たちのように
 おたがいを傷つけあって生きる勇気は、
 とてもなかった。
 ・・・・・・
 彼は逃げてばかりいた。
 けれど現実の冷たい風は、
 ゆく先き、ゆく先きへ追っかけていって、
 彼の青い灯を消そうとした。
 ・・・・・・
 彼はある日死んでしまった。
 小鳥たちよ、
 真実、彼はおまえたちを好きであった。
 ・・・・・・
 小鳥よ、ときどきここへ遊びにきておくれ。
 そこで歌ってきかせておくれ。
 ・・・・・・
 彼はこの墓碑銘を、
 おまえたちの言葉で書けないことを、
 ややこしい人間の言葉でしか書けないことを、
 かえすがえす残念に思う。  ♪~

 「憎しみといつわりの言葉」より、「よろこびと悲しみの純粋な言葉」を愛したい自分。しかし、現実に立ち向かえない弱い自分。近づいてくる死。深刻な生と心の危機。南吉は、詩をつくることにより、傷ついた心を乗り越えていきます。
  22歳で、再び上京。東京外語を卒業するも、再び喀血し帰郷。時々自殺を考える苦しい生活を送ります。思いを寄せていた女性が結婚するということもありました。この時期に書かれた「わが靴の破れたるごとく」という詩をみてみましょう。

~♪「わが靴の破れたるごとく」
 わが靴の破れたるごとく
 わがこころまた破れたり
  靑やかに美しかりし
 かの若き日の感傷は乾からび
 今ははや
 まことにいたみ凋(しぼ)みたる
 かなしき傷痕のみ
 その破れたる心抱きて
 今宵また氷雨しみらなる
 暗き街々をさまよへば
 わが靴は心とともに
 憐れに貧しく
 しみしみと泣くなり   ♪~

 25歳で、安城高等女学校の英語教師として就職することができます。。生徒と共に詩集を作ったり、しばらくの充実した生活を送ります。
  28歳で、結核は腎臓へと進行。死を覚悟し遺書を書きます。日記には、病気や死に関する記述が多くなります。
 29歳。1月12日の日記です。
 <……朝目がさめるとすぐ病気のことが頭に来た。しかし恐怖感はなかった。「死」にも馴れることが出来るものだなと思った。貧乏や失恋に馴れることが出来るように。…新しい生活が始まったのである。腎臓結核(つまり死)との新婚生活が。……>

 死を覚悟しながらも南吉は、最後の力をふりしぼり童話を書き続けます。「おじいさんのランプ」、「牛をつないだ椿の木」、「ごんごろ鐘」、「花の木村と盗人たち」など、後期の名作を残します。
  26歳頃の童話作品「最後の胡弓ひき」では、時代の潮流に取り残された胡弓弾きと味噌屋の主人との心の交流、失われゆくものや滅びゆくものの哀惜の念が描かれます。
 しかし、後期作品の「おじいさんのランプ」では、時代の流れを感じとったランプ売りのおじいさんは、きっぱりとランプに別れを告げ、人々の内面を照らす本を売る商売を始めます。
 「ごんごろ鐘」では、「古いものは新しいものに生まれかわって、はじめて役立つということに違いない。」と、童話の最後を締めくくっています。古いものは新しいものに変わっていく、自らもまた同じであると……。
 「牛をつないだ椿の木」では、日露戦争へ出征する主人公は、自らの一生の仕事として、旅人や村人のために井戸を堀ります。南吉は、激しく移り変わる時代の流れの中で、自らの死を自覚し、井戸水のように澄んだ作品を後世に残そうとしたのだと思います。
 30歳を迎える年の3月に、死を自覚して退職届けと父への遺言状を書きます。自らの作品を後の世に託し、29歳で永眠しました。
                *********
 スペースが少なくて、十分に詩を紹介することが出来ませんでしたが、私の一番のお薦めの詩は、「疲レタ少年ノタビ」です。死に対する南吉の姿勢が一番示されているような気がします。
 興味をもたれた方は、「新美南吉童話集(岩波文庫)」、「新美南吉詩集(ハルキ文庫)」をお薦めします。低価格♪
 岩崎書店の美しい日本の詩歌シリーズ、「花をうかべて―新美南吉詩集」は、分厚い装丁で、編集の仕方もなかなか良いです。ただし、文庫本2冊分の値段。    
「デデムシ 新美南吉詩歌集」石川勝治・斎藤卓志編集(春風社 )は、年代順に作品が読め、短歌、俳句作品も掲載されている優れものです。1944円。(アマゾン)

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2017年7月17日 (月)

日本の農業と食が危ない~種子法廃止~

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  今、加計学園問題が話題になっています。テレビに登場する評論家が、「特区制度は良い制度だが、加計学園のみが優遇されたことが問題だ。」という追求の仕方をすることが、しばしばあります。これは、間違った議論です。特区制度も大変重要な問題です。
 国家戦略特区とは、新自由主義的な規制緩和政策です。企業が規制を受けずに、自由に利潤を追求するための政策です。今まで公共が担ってきた福祉、教育、医療、水道をはじめとする生活インフラなどを民営化して、企業の利潤追求に差し出すものです。
 種子法の廃止も、岩盤規制の緩和・撤廃という理由付けの下に企業の参入を拡大し、企業の利潤追求を種子生産分野に持ち込もうとするものです。いわゆる新自由主義的なアベノミクス農政の一環です。

 「種子法(主要農作物種子法)」とは、いったいどんな法律なのでしょうか。
  種子法が制定されたのは1952年。戦中から戦後にかけて食糧難の時代を経験した日本が、「食料を確保するためには種子が大事」と、「二度と国民を飢えさせない。国民に食料を供給する責任を負う。」という国家の明確な意思に基づき制定されました。
  種子法では、コメ、麦、大豆といった主要作物について、優良な種子の安定的な生産と供給を「国が果たすべき役割」と定めています。コメ、麦、大豆などの種子は、食糧としての重要性や、野菜などと違い短期間での種子の開発・普及が困難なものです。このため、国の責任として都道府県に対し、種子の開発や生産・普及を義務づけているのです。
  この制度の下で、都道府県は農業試験研究の体制を整え、地域に合う品種を開発し、「奨励品種」に指定し、さらには原原種や原種の生産圃場の指定、種子の審査、遺伝資源の保存などを行ってきました。

 4月14日、共謀罪法案が注目を集める中、たいした議論もなく、マスコミも全く報道しない中で「種子法(主要農作物種子法)」の廃止が国会を通過しました。
  政府や農水省は、「国が管理するしくみが民間の品種開発意欲を阻害している」と説明しています。種子の生産コストが国の財源でまかなわれている今の制度では、都道府県と民間企業との競争条件が対等ではないというのです。つまり、規制緩和してもっと企業に利益をまわせというわけです。

 都道府県が、予算を削り種子事業から撤退し、すべて民間企業の手に種子が委ねられたとしたらどうなるのでしょうか。
  例えばコメについていえば、日本では現在300品種近くのコメが作られています。種子生産企業が利益を上げるためには、たくさんの需要があり、利益が上がる一部品種に集中する必要があります。300品種すべてに責任を持つことはしません。
 300品種コメの中には、愛知県の中山間地でのみ栽培されている「ミネアサヒ」という 大変味の良いコメがあります。三河地方のみで流通し、地域振興資源となっている品種です。このような少量品種では、コストもかかり企業は利益を上げることはできません。やがて切り捨てられていくことは火を見るより明らかです。これは、別の視点から見れば、地域の切り捨てということでもあるのです。

 また、国や都道府県が持つ種子や施設を民間に提供し、品種開発を進めるということは、税金を使って育成した品種という国民の財産を民間企業へ払い下げることです。
  そして、企業はやがて改良した新品種に対して特許を取得します。特許料を払わなければその種子が使えなくなる、つまり種子が企業に囲い込まれてしまう「種子の私有化」が起こります。農家は毎年高い種子を買わされることにもなります。

すでに民間が主体となっている野菜などの作物では、圧倒的な技術力と資本を持つ数社の多国籍企業が、中小の種苗会社を次々に買収し、世界中にシェアを拡大しています。スーパーなどで販売されている野菜の多くも、そうした多国籍企業の種子によるものになっています。

 世界の種子市場は急速に寡占化が進んでいます。世界的な多国籍企業が、各国の種子企業を買収して主要作物の遺伝資源を囲い込むと共に、遺伝子操作による技術開発により新品種の特許を独占し、世界の農業を支配してきています。世界の上位10社で、70%近いシェアを持つまでになっています。
 23%のシェアを持つアメリカのモンサント社は、遺伝子を組み換えて、自社の農薬しか効かない種子を農薬とセットで販売するという方法で巨利を得ています。

  地方切り捨てや小規模農家を排除する政策を進める「アベノミクス農政」は、さらに種子事業を民営化し、今まで日本が蓄積してきた公共の種子を多国籍企業が開発した「特許種子」に置き換えることにつながっていくものです。
 世界的に見ても小規模農家が食料生産の重要な部分をになっています。世界各地で、巨大資本による種子の囲い込みに反対し、小規模農家を保護して、農業の多様性を保持しながら食料主権を守っていこうとする市民や農民による運動が起こっています。
  「種子は農業の生命線であり、食の根幹であり、したがってすべて生命の源である。」京都大学の久野秀二教授の言葉です。
  今後も種子法廃止の行方を見守っていく必要があります。
 国家戦略特区や規制改革会議が打ち出す、新自由主義的な企業重視の政策に目を向けていくことが必要です。カジノ容認。医療特区での株式会社の病院経営。混合診療解禁。…など。もう課題は山積みです。     

  なぜ農家は、毎年種子を購入しなければならないのか? 種子の自家採取は出来ないのか? 疑問を持たれた方は、「タネが危ない」へ → こちら

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2017年7月15日 (土)

二十四節気「小暑」・蓮の葉

 木津川土手周辺の蓮田では、夏の花である蓮が成長を始めています。今日は、パソコン上で、葉を出し始めたハスを捜して散歩します。

 ハスの花と言えば、盛夏の花ですね。夏の朝に露をまとって咲く姿は、実に美しいですが、今の時期は、まだ最盛期には少し早すぎます。しかし、今の時期でしか見られないハスの姿もあります。若々しく伸びゆくハスです。
 水の張られた蓮田。長い地中での眠りから覚めて、夏雲の下でゆっくりと成長を始めます。若い蓮の息が、水面に小さな輪を作っています。
 水草が発生した蓮田は、緑の絨毯状態です。
 ~♪ 一葉浮て 母に告ぬる 蓮かな ♪~ (山口素堂)
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   雨の時は、水玉が宝石となって葉を飾ります。玉まつり?
 流れる雨水は、水草の流紋を描きます。
  ~♪  蓮池や 折らで其まま 玉まつり ♪~   (松尾芭蕉)
  ~♪ 蓮の葉に 此の世の露は 曲がりけり ♪~ (小林一茶)
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   夕日が差してくると最高です。水草が黄金色に輝きます。
 影は長く伸びて、水草の上に金と黒のコントラストを作ります。
   ~♪ 一つづつ 夕影抱く 蓮かな ♪~    (高浜虚子)
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   開いた花一つ一つに表情があるように、つぼみにも表情があります。
  ~♪ 面かげも 籠りて蓮の つぼみかな ♪~  (りん女)
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   間もなく「大暑」です。大輪のハスの花が待たれます。
 最後の写真は、琵琶湖烏丸半島のハスです。この見渡す限りのハス群落は、昨年より全滅したとのことです。水中の土壌の悪化らしいです。残念ですね。では、また。
  ~♪ 蓮枯れて 夕栄ばえうつる 湖水かな ♪~  (正岡子規)   
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2017年7月11日 (火)

二十四節気「小暑」2017・雨の歌

 今は梅雨の季節ですね。シトシト降る雨もなかなか良いものです。梅雨の季節には、雨を楽しみましょう。…などと言うと非難を浴びそうです。集中豪雨により九州で大変な被害が出ています。梅雨末期の集中豪雨は大変です。

 ちょっと遠慮しながら、雨を楽しみますね。
 では、啄木歌集から、雨の歌を拾ってみます。

~♪雨降れば わが家の人誰も誰も 沈める顔す 雨霽(は)れよかし♪~
 啄木さん一家は、雨が嫌いだったようですね。

~♪さらさらと雨落ち来たり 庭の面の濡れゆくを見て 涙わすれぬ♪~
  静かに降る雨は涙。多くの人に共通する感覚ですね。啄木さんは、悲しい想い出にひたっているようです。

~♪夏の雨 人ぞなつかしそぼぬれて 窓の小鳥も 日もすがらなく♪~
 人ぞなつかし…。人とは誰? 別れた人? なき続け、求め続ける人?

~♪雨つよく降る夜の汽車の たえまなく雫流るる 窓硝子かな♪~
 闇の中を疾走する列車。絶え間なく流れる雫。漂泊。悲しみ。忘れがたき人。

~♪重げにも 露はね返しゆらぎたる 小雨の中の 草の色かな♪~
  重い露をはね返しゆらぐ葉。小さく揺らぐ心。雨に濡れ、くっきりと草の緑。この歌は、私のお気に入りです。

 雨が降って喜ぶのは、森のきのこたちです。じめじめした今の時期を喜んでいることと思います。
 萩原朔太郎の詩に、キノコを詠った「あいんざあむ」という詩があります。あいんざあむとは、独語でeinsam=「孤独」の意味です。
~♪「あいんざあむ」 (遺稿詩集)
じめじめした土壤の中から、
ぽつくり土をもちあげて、
白い菌のるいが、
出る、
出る、
出る、
この出る、菌のあたまが、
まつくらの林の中で、
ほんのり光る。

すこしはなれたところから、
しつとり濡れた顏が、
ぼんやりとみつめて居た。   ♪~

  真っ暗ななかにほんのり光るキノコ。ぼんやり見つめる濡れた顔。繊細で、ちょっと病的な感じのする、萩原朔太郎らしい詩ですね。
 では、雨の中を鴻ノ巣山へ散歩に出かけましょう。雨に濡れたみどり。地面から顔を出したキノコ。…… 雨の鴻ノ巣山を楽しみたい人は、……    
   二十四節気「小暑」2015・追加へ → こちら

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   鴻ノ巣山の椎の森に降る雨。巨木の幹を伝い地面へと落ちていきます。
 水滴をまとった羊歯や茸たち。 さらに鴻ノ巣山の雨を楽しみたい方は、……
   二十四節気「小暑」2014へ → こちら

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   宇治田原の林道で、雨の中の小紫陽花をご覧になりたい方、太古の雰囲気を漂わせる杉林の羊歯群をご覧になりたい方は、……
    二十四節気「小暑」2010へ → こちら

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2017年7月 7日 (金)

二十四節気「小暑」2017

 7月7日は、二十四節気の「小暑」です。暦便覧によれば、「大暑来れる前なれば也」です。梅雨末期に入り大雨の降る頃です。近年は毎年のように、大雨の被害がくり返されています。今年も、九州地方で大きな被害が出たようです。
  私は貧血などの体調不良で、引きこもり生活です。いつものように、パソコン上で、木津川土手方面の散歩に出かけることにします。
 では、梅雨の晴れ間に、詩人の立原道造さんと一緒に散歩に出かけましょう。

  今の時期、土手の斜面には萱草(ワスレグサ)が咲いています。萱草といえば、立原道造の詩集「萱草に寄す」ですね。
  ~♪……夢は そのさきには もうゆかない/ なにもかも 忘れ果てようとおもひ/ 忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには/夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう/そして それは戸をあけて 寂寥のなかに/星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう ♪~
 女性との出会いと別れ。孤独。美しいイメージの詩ですね。
  立原さんが、もしこの木津川土手に立ったらどんな詩をつくるのでしょうね。たぶんこんな詩だと思います。「初夏」という詩を紹介してみます。
 
  ~♪ 「初夏} 
街の地平線に 灰色の雲が ある
私の まはりに 傷つきやすい
何かしら疲れた世界が ただよつている 
明るく 陽ざしが憩んでいる
 
そして 一本のポプラの木が
白い壁のまへで 身もだへしてゐる
ああ 西風が吹いてゐる きらきらと
うすい陽ざしがちらついている
 
しかし 屋根ばっかりの 街の
地平線に 灰色の雲が ふえてゆく
 
私を 生んだ 私の母の ちひさい顏を
私は 不意に おもひ出す
 
ああ 陽ざしがかくれる かげが
しづかにひろがる 風がやはり吹いている  ♪~

 あかるい日差しの中でも、「私のまはりに 傷つきやすい 何かしら疲れた世界が ただよつている」。漂う深い倦怠感。心の痛み。なぜか不意に母を思い出す。ああ、灰色の雲が日差しを隠していく。風も吹いていく……。立原さんにとってはこの時、「恋人」よりも「母」ですね。私も、もう長くは生きられない…、突然母を思い出したりします。
  萱草の咲く木津川土手を、立原さんとさらに散歩を続けたい方は、……
   二十四節気「小暑」2016へどうぞ → こちら

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   人生には絶望もあります。悲しみもあります。立原道造さんの詩をもう一つ。
 ~♪ 「歌ひとつ」
昔の時よ 私をうたはせるな
慰めにみちた 悔恨よ
追憶に飾られた 物語よ
もう 私を そうつとしておくれ
 
私の生は 一羽の小鳥に しかし
すぎなくなつた! 歌なしに
おそらく 私は 飛ばないだらう
木の枝の向うに 靑い空の奥に
 
未來よ 希望よ あこがれよ
私の ちひさい翼をつつめ!
そして 私は うたふだらう
 
大きな 眞晝に
醒めながら 飛びながら
なほ高く なほとほく    ♪~

 「追憶に飾られた物語よ もう 私をそうつとしておくれ 」、「おそらく 私は飛ばないだらう 」。「未來よ 希望よ あこがれよ」、「私の ちひさい翼をつつめ!」。 絶望の中から、詩人立原さんは飛び上がります。「なほ高く なほとほく 」…。希望や憬れを抱きつつ、孤独に、悲痛に…。
 今の時期、土手には、ヤブカンゾウ以外にも様々な花が咲いています。ヒメジョオン、アカツメクサ、ネジバナ、ムクゲ。頭上には、ホオジロ、田んぼにはサギ。今の時期、茶色のアマサギも見られます。希望を翼に込めて、さらに散歩を続けたい方は、……
   二十四節気「小暑」2015へどうぞ → こちら

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   さらに散歩を続けます。今の時期、土手周辺には、カワラナデシコが咲き乱れています。アカツメクサ、タンポポ、ガマ、ツユクサ、アカバナユウゲショウ、セリ、サツマイモ、ハス……なども花盛りです。
 まど・みちおさんは、ツユクサは青空からの雫だと言っています。
 ~♪「ツユクサのはな」
……あの はるかな ところから /おちてきて /よくも つぶれなかった /
あおぞらの しずく /いまも ここから /たえまなく /ひろがっていく /
なみのわが みえます /あのそらへの /とめどない /おもいなのでしょうか

 様々な花に思いを寄せながら、さらに土手の周辺を散歩したい方は、……
  二十四節気「小暑」2016後半へどうぞ → こちら 

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2017年7月 3日 (月)

定期診察(134)・横ばい状態

 今日はKS病院血液内科の定期診察でした。暑過ぎる一日でした。汗まみれ!

最近の症状ですが、……
 発熱し骨が痛くなる症状は続いています。ロキソニンが習慣化してきています。
 背中から脇腹の違和感もますます強くなってきました。何か気持ちが悪いです。
 貧血も相変わらず続いています。
  寝汗。むくみ。理由のない体のだるさ。手足の痺れ。……等々。

  さて、診察結果です。
 ★ヘモグロビンはHb=7.4。予想に反して少し上昇。今日は輸血は無し♪
 看護師さんから口内炎の有無について聞かれたので、口内炎はよく起こっていると答えると、口の中を調べられました。輸血をした患者の中に、口内炎を訴えることがよくあるそうです。
 ★骨の痛みと熱については、やはりロキソニンの処方です。
 ★ジャカビは一日に2錠が続きます。血小板は10万のまま。
  ★主治医の感想的評価は、「主治医の欲目かも知れませんが、病気の進行は何とか抑えられていると思いますよ」でした。何とか病気は横ばいのようです。

  今日の診察は、こちらもあまり質問もしなかったので、変化もなくあっという間に終わりました。次の診察は、三週間後になりました。(二週間後が休日のため)

  帰りの電車で途中の駅から、高校生らしい男女の一団が乗ってきました。4人掛けの私の前の席が二つ空いていました。そこに男子の生徒が二人座りました。座れなかった女子の生徒が、「ウワァ~、女子に席を譲らずにズル~!」と、非難を浴びせていました。私は、今時「レディーファースト」など絶滅危惧言語と思っていましたが、どうなんでしょうね? やり取りが面白くて、心の中で笑っていました。 では、また。

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2017年6月30日 (金)

年金問題、最低限の理解

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  暇に任せて、図書館から年金問題についてのいろいろな本を借りてきて、猛勉強してみました。制度の大まかな成り立ちや問題点について、自分なりに理解できた範囲で問題点を解説してみます。
 年金制度は複雑な経緯を辿っており、多くの人が理解不足と不信・不満のかたまりとなっています。政治家や評論家がメディアを通じてあれこれ発言し、何が真実か解らなくなり、やたら不安がかき立てられています。次のような意見もよく耳にします。

 ◎年金未納者が多く、今の年金制度は間もなく破綻する。若い世代は老人になった時、年金はもらえないかもしれない。
 ◎高齢化社会が進み、社会保障費は増加の一途である。年金についても消費税を増税して、その財源で年金を支えるべきだ。
 ◎今の老人は年金をもらいすぎている。人口減少で現役世代に大きな負担がかかっている。現在の年金支給額は切り下げるべきだ。
 ◎保険料を未納にし、それを積み立ておくか、民間の年金保険にした方が得だ。
 ◎GPIFが株式に投資しているが、利益が出れば年金給付が増える…等々。
 
  これらは、すべて間違った意見です。不十分ながら解説してみます。

 【公的年金は賦課方式】
 現在の公的年金制度は賦課方式をとっています。積み立て方式ではありません。この賦課方式というものを理解するだけでも、年金にまつわる間違った言説を見破ることができます。賦課方式とは何でしょうか? まずこれから解説します。
 賦課方式では、現役世代が収めた年金保険料が、年金受給世代の年金として支払われます。賦課方式は積み立て方式ではありません。いわば、川の流れのようなものです。上流から流れ込む保険料を下流で年金として受け取るわけです。「年金積立金が不足し、将来的に積立金が無くなれば、制度が破綻する」と不安を煽る人がいます。しかし、賦課方式では、原理的には積立金は不要です。積立金が不足し年金制度か破綻するということはありません。
 企業年金などの私的年金では、株式に投資し利益が出ればもらえる年金が増えます。しかし、賦課方式は、年金積立金を運用している法人・GPIFが、株式に投資して利益を出しても、それが年金支給額に反映されるという仕組みではありません。
 過去の経緯で積み上がっている積立金の株式への投資は、株価をつり上げるために利用されているだけ。しかも、民間に丸投げされていて、取り扱う銀行などが利益を手にしているだけです。公的な年金を市場運用している国はほとんどありません。
  ちなみに、企業年金などに使われている積み立て方式では、市場運用は絶対必要です。なぜなら、貯金と同じで、インフレなどに対応できないからです。

 【マクロ経済スライド】
 賦課方式の年金は、川の流れと同じです。上流からの保険料収入がある限り川は流れ続けます。しかし、人口減少、高齢化社会、インフレ、デフレ、景気の変動などがあり、この川の流れを一定に保つのは大変難しいです。そこで、2004年から導入されているのが、マクロ経済スライドという方法です。
 マクロ経済スライドを簡単に言えば、保険料が上がりすぎないように、上流側の保険料に上限を設けます。当然、下流で受け取る年金にも上限が発生します。その上で、人口減少、高齢化など将来的要素を考慮に入れて年金支給額を決定します。これにより、川の流れが維持できるようにコントロールするわけです。別の言い方をすれば、川の流れを維持するために、受け取れる年金を抑制するわけです。年金を抑制されるのは嫌だと言っても、川の流れを維持するための必要悪ということです。このように、現在の現役世代が年金世代となっても、川の流れが維持されるように人口減少や高齢化は織り込み済みで設計されています。いろいろ問題はあっても、川がすぐに干上がることはありません。
 団塊の世代が現役の頃は、高度経済成長もあり、年金会計にゆとりがありました。杜撰な年金運用もあり、年金をもらいすぎた人がいるのは確かです。しかし、マクロスライドで、徐々にゆがみは解消していっています。

 【公的年金はお得な保険】
 公的年金を払わずに、積立貯金をしたり民間の年金保険にすると、どっちが得なのでしょうか? 答えは簡単です。公的年金と同じ支払い率を持つ民間の年金保険はありません。なぜなら、国民年金には税金が投入されています。厚生年金では、保険料の半分は会社持ちです。公的年金に未加入という選択肢はありません。
 年金未納者は40%といわれています。これが社会的「悪」のように非難されることがあります。しかし、多くは、第3号被保険者や所得の低い人、学生など、法的に猶予されている人たちです。純粋な未納者は数%です。未納率が高くて年金を維持できないと騒ぐのは、問題が少しずれています。年金制度を維持するために未納者を減らす必要があるのではなく、「老後に年金をもらえない人を減らすために未納者を減らす必要がある」というのが正しい言い方です。

 【消費税と年金】
「社会保障のために消費税が必要…」という嘘から、日本人は、もういい加減に目を覚ますべきです。消費税は、貧乏人が消費しても金持ちが消費しても同じ税率です。これに対して所得税は累進課税で、所得の多い人ほどたくさん税金を払います。社会保障は、所得の多い人が、所得の少ない人を支えることにより成り立ちます。つまり社会保障は、所得の移転制度なのです。消費税には累進性がありません。社会保障の財源としては不適切です。世界の多くの国で、これは常識になっています。
 当然のことながら、消費税を年金財源にすることは間違いです。厚生年金の場合、保険料の半分は企業負担です。ここに、フラットに集めた消費税を投入することは、企業の負担を小さくすることになり、財界にとって有利な政策となります。
 消費税増税は、多国籍企業の利益を優先する新自由主義的経済政策を主張する経団連を先頭に、政界やマスコミに溢れています。政治家や評論家を評価するとき、消費税に反対か賛成かは、重要で基本的な目印です。
 公的年金の民営化を主張する人もいますが、問題外でしょう。

 【人口減少と年金】
 「日本の人口は減少している。2015年には、1人の老人を2.3人で支えていたのに、2050年には、1.3人で支えなければならない。」と、こんなふうにに言われると不安になります。2010年に8000万人あった生産年齢人口は、2030年には6700万人ほどになり、「生産年齢人口率」は63.8%(2010年)から58.1%(2030年)に下がる予想です。5.7%の減少です。20年で5.7%ということは、1年あたり0.3%です。これは、経済成長でカバーできる範囲の数字です。しかし、逆に言えば、経済成長(賃金の増加)が無ければ年金制度は維持できないということになります。年金制度の安定は、経済政策から大きな影響を受けます。賃金が増えなければ、保険料収入が減り年金制度は危機に陥ります。アベノミクスにより株高で好景気といわれていますが、実質賃金は下落しています。これは年金にとって良くない方向ですね。庶民の生活にとっても…。

  【年金制度を充実させるためには】
 2013年のOECDの発表によると、日本の年金水準(所得代替率)は、下から3番目の低さです。もっと年金を充実させるためにはどうすればいいのでしょうか。
 ★「増え続ける社会保障費で国の財政が破綻する。消費税の増税が必要だ。社会保障費削減はやむを得ない。」と危機をあおっている人々が、政治の主流となっています。国の社会保障に責任を持とうとしない政治を変えることは基本として重要です。
 ★社会保障は、税の累進性によって成り立ちます。所得を正確に掌握し、所得税率を上げて、所得税の累進性を高める必要があります。法人税や所得税に対する様々な優遇税制も見直す必要があります。金融所得の分離課税は廃止しすべきでしょう。
 ★年金を支えるのは現役世代です。非正規労働が4割を超えるなど、労働環境が悪化しています。「働き方改革」などという的はずれな政策ではなく、最低賃金の引き上げや、非正規雇用の正規雇用化などをすすめ、現役世代の賃金を増やすことが必要です。これにより保険料収入を増やして年金財政を安定させることができます。
 ★様々な学者や政治家が、いろいろな年金改革を提案しています。細かい数字と数式を並べられると、ついゴマカされてしまいます。しかし、ゴマカされないために一つの目印があります。それは、高所得の人ほど負担が大きくなる「応能負担原則」が強化されているかどうかをみることです。
 例えば、標準報酬の上限を引き上げて、高所得者の保険料負担を増やすなどの政策は、すぐにでも可能です。現在、標準報酬月額の上限は、62万円に据え置かれたままです。月収が62万円の人と月収が数百万円もある人が同じ保険料は、常識的にあり得ないでしょう。また、中小企業よりも大企業の方に高額所得者が多いとすれば、厚生年金の保険料は会社と折半なので、大企業がより多くの保険料の拠出をすることにもなります。
  年金積立金を株などに投資してないで、保険料を下げるなどに有効利用することも直ぐにできることです。
 ★マクロ経済スライドルールの変更、将来的な廃止。厚生年金と国民年金の会計統合など、今後に検討すべき課題です。

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2017年6月26日 (月)

二十四節気「夏至」・雨の詩

 6月21日は、二十四節気の「夏至」でした。この時期は、ちょうど梅雨の時期に当たります。今年の梅雨は晴れの日が続き、26日になってようやく雨が降り、やっと梅雨らしい天気になってきましたね。近年は異常気象で、大雨に注意です。
 古来、自然に親しんできた日本人にとって、雨は詩作の重要なモチーフですね。万葉集では、雨の登場する歌は、100首を越えているそうです。
 ~♪ひさかたの 雨の降る日を ただ独り  山辺に居れば いぶせかりけり♪~
 意味:雨の降る日にただひとり山辺にいると、気分はすっきりしないものです。
  大伴家持が紀郎女に贈った歌です。雨で気分がすっきりしないというより、あなたが居ないので寂しいといったところでしょうか。 家持はこまめな色男?

 今の時期の雨に関する言葉も多いです。いくつか挙げてみましょう。ほんの一部ですが…。在りすぎて使い分けるのが大変ですね。
 「青時雨」(青葉に降る雨)  「樹雨」(霧の雫が葉に溜まり落ちてくる水滴)
 「喜雨」(日照りの後の恵みの雨)  「雨濯」(すべてを洗い流すような雨)
 「五月雨」(さみだれ、梅雨の雅語、皐月雨)  「翠雨」(すいう、若葉雨、緑雨)
  「卯の花くたし」(卯の花が散る頃=梅雨入り)   「梅霖」(梅雨の長雨)
 「旱天の慈雨」(日照り続きの乾いた大地に降る恵みの雨)……

 雨のでてくる詩をいくつか紹介してみます。詩人たちには、どんな雨が降っていたのでしょうね? 詩人と雨です。
 雨の最も似合う詩人は、やはりあの人、中原中也さんですね。
   ~♪ 六月の雨
またひとしきり 午前の雨が
菖蒲のいろの みどりいろ
眼うるめる 面長き女
たちあらはれて 消えてゆく

たちあらはれて 消えゆけば
うれひに沈み しとしとと
畠の上に 落ちてゐる
はてしもしれず 落ちてゐる

  お太鼓たいこ叩いて 笛吹いて
  あどけない子が 日曜日
  畳の上で 遊びます
         ・・・・・♪~

 雨の中に別れた女性の幻影が浮かんできます。追憶。挫折。愁いに沈み、雨はしとしとと降り続きます。あどけない子どもが無邪気に遊ぶ、けだるい日曜日。降っているのは、「梅霖」?、「愁霖」?、「寂霖」?……。

 詩人と雨。祈りに満ちた雨の詩を書いたのは八木重吉さんですね。
  ~♪雨はつちをうるおしてゆく 
   雨というもののそばにしゃがんで
   雨のすることをみていたい ♪~

 敬虔なクリスチャンだった彼の場合は、天から落ちてくる雨に、神の御業を感じとっていました。彼の雨は「旱天の慈雨」?「静寂の雨」?  八木重吉さんと一緒に、雨の鴻ノ巣山を散歩したい方は… ★二十四節気「夏至」・雨の鴻ノ巣山へ→ こちら 
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   詩人と雨。金子みすずさんの場合は…。
~♪ほこりのついた/芝草を/雨さん洗って/くれました。
  洗ってぬれた/芝草を/お日さんほして/くれました。
  こうして私が/ねころんで/空をみるのに/よいように。

 「すべてのものが支え合い、補い合い、つながりあって存在している。私もまたその中に生きている」。金子さんの雨は、「喜雨」?、「慈雨」?

 詩人と雨。蛙の詩をたくさん書いた草野心平さんの場合は…「驟雨」。
 ~♪ 驟雨直後
まるでポンプだ
放射する光線のポンプだ
そして又
歓声をあげるようなこの野っ原のざわめき!
万歳だ        ♪~
 野っ原に、生き物たちの歓声が爆発しそうですね。実に草野心平らしいです。蛙たちの喜ぶ声も聞こえそうです。万歳だ!

 私は以前、雨が降るとよく宇治田原の林道に行っていました。「卯の花くたし」の雨が降り、杉の樹間に霧が流れ、小紫陽花がひっそりと咲いていました。そんな静かな林道を散歩したい方は、…… ★二十四節気「夏至」2011へ → こちら 
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    白洲正子随筆集、「かくれ里」には、「田原道」という題で、宇治田原町高尾のことが紹介されています。白洲正子さんと一緒に、静かな林道の雨に打たれたい人は、…
  ★白洲正子と宇治田原町高尾へ → こちら 
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2017年6月22日 (木)

二十四節気「夏至」2017

 6月21日は、二十四節気の「夏至」でした。暦便覧では、「陽熱至極し、また日の長きのいたりなるを以て也」です。
 「陽熱至極」となっていますが、日本の今は梅雨の真っ只中。今年の「夏至の日」当日は大雨になりました。一日中引きこもり生活でした。
 「夏至」の時期は、土手の周辺はどんな様子なのでしょうか。今回もまた、パソコン上で散歩に出かけましょう。夏の野の花が待ってくれていることでしょう。

 人はなぜ散歩するのでしょうか? 何を求めて…?
 散歩の達人、詩人の長田弘さんに聞いてみましょう。
          (森の絵本より)
~♪ どこかで よぶ声が しました。
   でも 見まわしても だれもいません。
       …………
      「いっしょに ゆこう」
      すがたのみえない 声が いいました。
   …………
      「きみの だいじなものを さがしにゆこう」
   すがたの見えない 声は いいました。
   「ほら、あの 水のかがやき」と、
   その声は いいました。
   声のむこうを きらきら光る
   おおきな川が ゆっくりと 流れてゆきます。
   「だいじなものは あの 水のかがやき」
   …………
   「たいせつなものは あの たくさんの 花々のいろ」
   「ほら、あの わらいごえ」
   …………
   夏がきて 秋がきて 冬がきて 春がきて
   そして 百年が すぎて
   …………
   どこかで よぶ声が しましす。
    「だいじなものは 何ですか」
    「たいせつなものは なんですか」  ♪~

 私たちにとって、大切なものとは何なのでしょうか? きらきらと輝く風景や野の花たちと対話しながら考える、それが散歩なのですね。長田さん。
 詩人の吉野弘さんが、四つ葉のクローバーを見つけたようです。何か幸福について考えているようです。
 哲学者の三木清さんも幸福について語っています。
 「幸福は表現的なものである。鳥の歌ふが如くおのづから外に現はれて他の人を幸福にするものが眞の幸福である。」と。
 では、自然や花々と対話しながら木津川土手周辺を散歩しましょう。

 ★二十四節気「夏至」2016へは、→ こちら
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   田植えも終わり、遙かに広がる水の国。
 なつかしい桑の実。青い空。白い雲。
 土手に咲き乱れるアカツメグサ、ヒメジョオン。

  ★二十四節気「夏至」2016後半へは、→ こちら
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   気がつくと、いつのまにか咲き始めたカワラナデシコ。
 いつも季節を知らせてくれるのは野の花々です。
 季節の変化に気づくとは、うつろう自然と時間の中にある自分に気付くこと。止めようもなく流れてく時間。その時間の中を旅をしている一人の旅人。わたし。
  6月23日は、沖縄慰霊の日。 夏に咲く花、夾竹桃♪~
 水の中から蓮の葉が顔を出し始めました。

  ★二十四節気「夏至」2015へは、→ こちら
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   夕日に輝く、寺田芋の畑のスプリンクラー。
 芽生え始めた蓮。
 夜の月見草。

  ★二十四節気「夏至」2014へは、→ こちら
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2017年6月19日 (月)

定期診察(133)・痛み進行

 今日はKS病院血液内科の定期診察でした。良い天気で暑い一日でした。
 電車の中は、参考書を広げている高校生が目立ちました。たぶんテスト期間に入っているようです。

  最近の症状ですが、発熱し骨が痛くなる症状はさらに進みました。一日にロキソニンが3錠必要な状態が近づいています。これが一番の心配。
 背中から脇腹の違和感も強くなってきました。脾臓が肥大化する感覚です。
 貧血は前回よりひどくなった感じです。駅の階段で一回休みが必要なくらい…。心臓音と同じリズムの耳鳴りがします。
  寝汗は相変わらずひどいです。体重が少し増え、その分、体が浮腫んでいます。

  さて、診察結果です。
 ★ヘモグロビンはHb=7.2でした。  少し減少。予想通り。
    しかし、7.0を超えているので、今日は輸血は無し。

 ★骨の痛みについては、ロキソニンで押さえ込むより方法は無いということです。
  一日につき、3錠のロキソニンが処方になりました。
 「この先、この痛みはどうなりますか?」という質問に、「モルヒネとロキソニンの中間をいくような鎮痛剤がまだある。」という、何か怖ろしい回答……。
  痛みの原因は? ウーン、何か説明の歯切れが悪く気になりますね。

 ★脇腹の違和感が強くなっているので、ジャカビは一日1錠から2錠に増量。
  本当は4錠くらい飲んでほしいということです。
  副作用の貧血が心配です。

  ★主治医の感想的評価では、「まあなんとか横ばいです。」でした。

 帰りは暑くて、少々バテ気味。ヨロヨロ歩いていると、近所のお婆さんに、「○○さん、最近痩せましたね。大丈夫ですか?」と声を掛けられました。どうやら、私は病人らしい外見になってきているようです。        では。また。

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2017年6月15日 (木)

山之口貘の詩を読む

 Yamabaku
  山之口貘という詩人をご存じでしょうか? 知らない人のために、この詩人を紹介してみます。私にそのようなことをする資格があるかどうか大変疑問ですが、私の知る限りを紹介してみます。
 激動の戦前・戦中・戦後をかくもマイペースに、「僕」という生活者のままで、時流に流されず、貧困の中をユーモアを失わず生き抜いた人がいることを知るのは、私たちにとって、何か心が洗われるような気がします。

 では早速、貘さんの自己紹介から…。
  ~♪ 自己紹介 
   ここに寄り集まつた諸氏よ
   先ほどから諸氏の位置に就て考へてゐるうちに
   考へてゐる僕の姿に僕は気がついたのであります

   僕ですか?
   これはまことに自惚れるやうですが
   びんぼうなのであります                   ♪~

 山之口貘さんは、本名山口重三郎、沖縄の名家の生まれでしたが、家は破産・没落し、借金の肩代わりの下男奉公から逃れるため、那覇の公園や海辺で放浪生活を送ることになります。23歳で上京、詩を書きながら、暖房工事人夫、汲み取り屋、鉄屑運搬船の人夫、荷造り作業員、マンホールの掃除人など、職業を転々としながら生きていきます。16年間畳の上で寝ることはなかったといいます。
 貘さんは、まことにおおらかに、自らを誇れるような貧乏だったのです。

 ~♪ 存在
   …………
  僕である僕とは
  僕であるより外には仕方のない僕なのか
  おもうにそれはである
  僕のことなんか
  僕にきいてはくどくなるだけである

    なんとなればそれがである
  見さえすれば直ぐにも解る僕なんだが
  僕を見るにはそれもまた
  もう一廻わりだ
  社会のあたりを廻って来いと言いたくなる   ♪~

   汲み取り屋、マンホールの掃除人、底辺生活、…。「社会のあたり」を生き抜いてきた貘さんは、「僕」という人間の生活の現実を凛として描くことにより、社会を描いた詩人でした。
 貘さんが生きた時代は、戦争の時代でした。多くの詩人が大政翼賛、戦争賛美の詩へと傾斜する中で、友人の金子光晴氏と共に、貘さんは戦争・翼賛の詩を書かなかった数少ない詩人の一人でした。金子光晴氏は、はっきりとした反戦詩を書きましたが、獏さんは声高に反戦を主張するのではなく、ただひたすら「僕」の生活を書きました。戦争が激しくなっていく時期の「ねずみ」という詩をみてみましょう。

 ~♪ ねずみ
  生死の生をほっぽり出して
  ねずみが一匹浮彫みたいに
  往来のまんなかにもりあがっていた
  …………
  車輪が
  すべって来ては
  ねずみはだんだんひらたくなった
  ひらたくなるにしたがって
  ねずみは
  ねずみ一匹の
  ねずみでもなければ一匹でもなくなって
  その死の影すら消え果てた
  …………      ♪~

 厳しい言論弾圧の時代、個人の表現の自由は奪われていきます。検閲官は、この抵抗詩を、ただのネズミの詩として見逃しまったようです。
 戦後になっても貘さんは、「僕」の日常生活を描くことにより、社会を深く見つめる詩を書き続けました。平和。原水爆。沖縄などについて…。
 第五福竜丸事件にまつわる詩、「鮪に鰯」をみてみましょう。

 ~♪ 鮪に鰯
  鮪の刺身を食いたくなったと
  人間みたいなことを女房が言った
  …………
  ある日ぼくは食膳をのぞいて
  ビキニの灰をかぶっていると言った
  女房は箸を逆さに持ちかえると
  焦げた鰯のその頭をこづいて
  火鉢の灰だとつぶやいたのだ   ♪~

 ビキニの死の灰に脅かされ、腹立ち紛れの貘さん。「死んでもよければ鮪を食え」と言ってはみたものの、貧乏では鮪は食べられません。いつも食べている鰯の灰は火鉢の灰でした。何げない日常の生活の中に、ユーモアと鋭い社会批評が含まれています。

 ~♪  求婚の広告
 一日もはやく私は結婚したいのです
 結婚さえすれば
 私は人一倍生きていたくなるでしょう
 かように私は面白い男であると私もおもうのです
 面白い男と面白く暮したくなって
 私をおっとにしたくなって
 せんちめんたるになっている女はそこらにいませんか
 さっさと来て呉れませんか女よ
 見えもしない風を見ているかのように
 どの女があなたであるかは知らないが
 あなたを
 私は待ち侘びているのです       ♪~

  ~♪ 畳
  なんにもなかった畳のうえに
  いろんな物があらわれた
  …………
  結婚生活を呼び呼びして
  おっとになった僕があらわれた
  女房になった女があらわれた
  桐の簞笥たんすがあらわれた
  …………       ♪~

 求婚の広告に効果があったのか、金子光晴氏の世話で、貘さんは34歳でめでたく結婚します。やっと放浪生活に終止符をうちます。しかし、1963年、59歳で、胃ガンにより亡くなるまで貧乏生活は続きました。
 
 ~♪ 鼻のある結論
  ある日
  悶々としている鼻の姿を見た
  …………
  またある日
  僕は文明をかなしんだ
  詩人がどんなに詩人でも 未だに食わねば生きられないほどの
  それは非文明的な文明だった
  だから僕なんかでも 詩人であるばかりでなくて汲取屋をも兼ねていた ♪~

 貘さんは、自分の思想や主張を声高に主張するのではなく、社会の底辺や地べたの「僕」の現実を詩にすることにより、ユーモアと風刺の効いた社会批判や文明批判を書き残しました。
 詩人の高橋新吉は、「風刺詩人」、茨木のり子は「精神の貴族」と評しています。
 沖縄についての詩など、まだまだ紹介したいですが、スペースが無くなりました。
 今の時代に、ますます輝いている詩人の一人かと思います。
   山之口貘詩集(岩波文庫)、お薦めします。

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